西暦2061年年─────────────────。
第117次大規模調査船団の壊滅が事の端にあたる《ヴァジュラ戦役》の終結から2年が経過し、宇宙はひと時の安寧を享受していた。
新マクロス級超長距離移民船29番艦、通称《マクロスα》は、第60次超長距離移民船団を率い、母なる惑星、地球に代わる人間が居住可能な惑星を求めて辺境への旅を開始した。4度の超長距離フォール度航行を行い、星の海を彷徨うことさらに8年。西暦2071年─────────────────。
遙か1億4960万キロメートルほど
この丘に吹く風は、とても気持ちがいい。こうやって、お天道様にへそを向けて寝そべっていると、いつの間にやらうとうとと微睡んでしまう。
「今日もいい天気だ。こんな日は、ここで昼寝をするに限るよ」
柔らかな草本のベッドからは、所謂お日様の匂いというやつがする。俺はこの香りが大好きだ。ずっと昔、まだ子供だった頃、母親と同じ布団で寝ていたのを思い出す。その時と同じ香りがするのだ。
『アスカ?ちょっとアスカ!!ポイントθ17-5にヴァジュラ出現!!急いで!!』
俺が寝転んでいるすぐ側にある戦闘機のコックピットから、暗号無線を介して自分の名が呼ばれる。
閉じていた瞼を持ち上げたついでに、上体を持ち上げて身体を起こす。半ば飛び上がるようにして立ち上がり、コックピットに乗り込む。
「θ17-5だって?大気圏抜けてすぐだな。了解、今すぐ行くよ」
パイロットスーツの固定具と、パイロットシートのジョイントを接続し、ロックする。キャノピーを閉じて、メインシステムを起動させる。インターフェースモニターに表示された赤文字の《STANDBY》が緑文字の《READY》に変わると、左の横に倒れたコントロールレバーを立てる。
すると、モニターに映し出された戦闘機の3DCGが見る見るうちに変形、それと同時に実際の戦闘機も変形を開始していく。シートはコックピット内で向きを変え、戦闘機は形を変えていく。
変形が完了すると、丘の上にデルタ翼の戦闘機の姿は無く、代わりに四つ這いになる機械の巨人の姿があった。
フットペダルを踏み込み、操縦桿を後ろへ倒すと、巨人は膝立ちの体勢から起き上がり、大地にベクターノズルが変形した足を着け、立ち上がる。
「行くか」
足の裏から噴き出したエンジンの気流は、その巨体を宙へ持ち上げた。そして、鋼鉄の人は天空へと舞い上がった。
前進飛行しながら、再び左のレバーを横に倒す。すると今度は先程と逆の手順を踏んで、人型から戦闘機へと変形した。
左のレバーを前へ押し込むと、機体は急加速。操縦桿を繰って、ポイントθ17-5へと針路をとる。
数分すると、指定された座標の近辺まで来た。それを確認した瞬間、レーダーに赤紫色のドットが現れる。どうやら、1体のようだ。
レバーを今度は斜めにする。すると、エンジンブロックが下垂し、半ばで前方に折れる。そして、先端のベクターノズルが前後に展開。戦闘機の下側から、逆関節の足が生えたようなシルエットになった機体は、今度はエンジンブロックの外側にあった区画が、主翼の一部とともに前方に折れる。ストレーキ横のカナードとヒンジが連結し、主翼の一部が折りたたまれたサイドパーツの先端のマニピュレーターが起動。
結果、戦闘機に手足を生やしたような妙なフォルムに変形した俺の乗る戦闘機は、前方を飛行する赤色で6本足の節足動物のような生物に、減速しながら接近する。それと同時に、OSに繋がれた《ある装置》を起動させ、機体後部にあるコンテナユニットを起こした。OSにインカムを繋いで、入力した音声を《ある装置》に入力し、そこからコンテナユニットから出力させる手筈を整える。
「シグナルオールグリーン…………………………。準備完了。テスト開始」
インターフェースを操作して、インカムをオンにする。
「流星に、ま~た~がって、あなたに急降下~。濃紺の、ほ~し~ぞらに~、私たち~花火~みたい~。心~が光~の、矢を放~つ」
俺は、いつも家で歌っているときのように歌った。この日のために、選曲するにもいろいろ考えてちょっとは練習したんだ。食いついてくれよ。
俺の思いが通じたのか、前方を飛行する生命体は、速度を落として俺の機体の隣に並んだ。彼らのコミュニケーションと同じ原理を用いたのだ。同族と思ったんだろう。昆虫のような目で、キャノピー越しに覗き込む。
「悪いな、君の仲間じゃなくて。俺に相対速度を合わせてくれたってことは、俺の声が届いたって解釈していいのかな」
俺の真横にいる生物は、謎の波動を発した。キャノピー内側のホロウインドウにしっかりと波形がモニターされている。
「あぁ、悪い。君らの言葉を解析する技術は、まだ完成してないんだ。だから、今君がなんて言ったのか分らない」
俺がそう言うと、昆虫のような目がやや下方に垂れ下がる。
「そう落ち込まないでくれ。その技術は試験段階直前まで来てる。その内実用化されて、もっと会話らしい会話が出来るようになるさ。それまで我慢してくれ」
垂れ下がった半ば剥き出しの眼球がこちらに向けられる。どうやら、機嫌を直してもらえたようだ。
「詫びと言っちゃあなんだけど、あそこの岬、ちょうど西を向いてるんだ」
俺は左のアームを操作して、マニピュレーターの指で、8時方向の海岸線の岬を指差した。
「あそこから見る夕日が綺麗なんだ。暇があれば見てみなよ。きっと気に入ると思う」
モニターしてる波形が一瞬強く波打つ。恐らく、関心を示してくれているのだろう。
「じゃあ俺はそろそろ行くよ。引き留めて悪かったな。知り合いによろしく頼むよ」
俺はレバーを横に倒して、機体にとって付けたような手足を収納し、戦闘機の形態に戻した。そして、左に大きく旋回し、赤い生物から離れた。
「ユリィ、モニターできてたか!?」
『なによ、テンション上げちゃって』
「そりゃ上がるだろ!ヴァジュラとちょっと一方的だったけど会話できたんだぜ!?すごいことなんだよ!!ヴァジュラとのコミュニケーション手段を持たない人間としては初のコンタクトだぞ!!」
『はいはい、早くサンプル持って帰ってきてよね』
「なんだよ、つれないなぁ」
嘆息を漏らしながら、俺は愛機《YF-44》を駆るのだった。
「アスカ、お帰り。聴いてたぜ、お前の歌」
「ああ、ヨハン。ただいま。おかげさまでなんとか向こうさんには通じたっぽいよ」
「そうだな。指令室でモニターしてたよ。お前の録ってきてくれたサンプルのおかげで、《言語フォールド波変換装置》の逆回路の、感情カテゴライズのシステムが組めそうだ。感情の変化が今までのサンプルより顕著に出てた」
「変換装置自体の質も上がってるからな」
俺と同僚のヨハネス・ワルターソンは、カフェテリアの一角の卓の上で、先のサンプル資料を囲んでいた。
一応、発案者と企画者である俺たちは、技術部長であるロニー・マルクスより、サンプル資料と、装置の稼働状況についての資料を総合的にまとめてレポートを提出するという命を受けていた。
「キースはなんて言ってた?」
「計画は一歩前進。ただ、ヴァジュラの言語解明までにはまだまだ時間がかかりそうだとよ」
「でも相手の喜怒哀楽が分かるようになったなら、もっと会話らしい会話が出来るよな。逆回路は確実に完成に一歩近づいた。その旨書こうか」
「そうだな、そうしよう。レポートは俺が書くよ。お前はゆっくり休んどけ」
「うん、そうさせてもらうよ」
そう言ってヨハネスは資料を手に持って席を立った。
「さて…………………どうしようか」
今後の予定を考える。家に帰るのもアリだな。そう言えば洗剤が切れそうだったことを思い出す。帰宅ついでに町に出て買い物して帰るかな。そう思って重たい腰を持ち上げる。
去年買ったばかりの車のキーリングを指先で回しながら、カフェテリアを出た。
一応、俺は今年で19歳。俺の乗ってきたマクロスα率いる第60次超長距離移民船団、通称アルファ船団では、成人年齢が16歳、車を購入していいのが18歳からと、法律で決められている。成人年齢に対し、車を買っていい年齢が高いのは人権違反ではないか、と昔は一悶着あったらしいが、今はだいぶ落ち着いている。そもそも、いくら成人したとはいえ、16歳なんて体も心もまだ子供。19歳の俺に言えたことでもないだろうけど、法律が間違っているとは思わない。
運転席に乗り込んでエンジンをかけた俺は、カーステレオを操作する。そして、ミュージックライブラリから、《FIRE BOMBER》のアルバムを選択し、再生する。俺の大好きなロックバンドだ。同僚や知り合いからは古いだの何だのと言われているが、俺は彼らの音楽が好きだ。きっと、死んでからもその気持ちは変わらないだろう。
「フンフ~ン、フフ~ン」
他にも、カーステレオには、《リン・ミンメイ》、《ランカ・リー》と《シェリル・ノーム》など、この宇宙進出後の人類史において《英雄》や《歌姫》と呼ばれるアーティストたちの楽曲が入っている。特に《愛・おぼえていますか》は、一時期へヴィーリピートをしていたし、実際に自分でカバーもした。
「そう言えば、最近全然ギター触ってないな」
コドルバ前線研究基地から南にある《超》大型ショッピングモールへ向けてハンドルを切りながら、そんなことをぼやく。
俺は音楽が好きだ。だから楽器も弾くし、歌も歌う。これと言って大した特技も持たない俺が他人に自慢できる、唯一のこと。ギター、ベース、キーボード、ドラム等のバンド楽器は一通り演奏できる。後はハーモニカやカホンなんか。この最先端の時代、今やハーモニカやカホンなんかのアコースティック楽器は割と珍しかったりする。楽器屋に行けば置いてあることにはあるんだが、電子楽器に比べたら数は少ない。おまけに値段もちょっとお高い。学生の時に必死こいてバイトして稼いだ金で買ったアコースティックギターは、10万円近くした。
「家に帰ったら弾いてやるか。多分、アイツもいるし」
そう呟いて、俺は件の《超》大型ショッピングモールの駐車場に車を停めた。そしてモールの入り口のアーケードへと向かう。
まず、このモールは、縦にも横にもかなりデカい。衛星軌道上にあるステーション1で一番規模の大きいモールの1,5倍から2倍はある。
そして、目抜き通りは1階から最上階までが吹き抜けになっており、高さ1,5メートルのアクリルガラスが転落防止として張り巡らされている。
何故そんなサイズや構造になっているかと言うと─────────────────。
「おお、アスカくん。久しぶりだね」
「おっちゃん、久しぶり。今日も美味そうなのたくさんあるな」
俺は声の主の顔を見るため、天を仰ぐ。そこには、緑がかった肌の巨人が、立っていた。身長は約10メートル。偉丈夫と呼ぶに相応しい体格を持った声の主は、壮年らしい皺の刻まれた笑みで俺を見下ろしていた。
彼らは《ゼントラーディ》と呼ばれる”元”戦闘民族だ。当初、戦うことしか知らなかったうえに、彼らの女性個体である《メルトランディ》と対立していた彼らは、人類と全面戦争をしていた。しかし、《リン・ミンメイ》の歌を聴いたおっちゃんたちのご先祖様は、人類と、そしてメルトランディと和解。半世紀近く、共存の道を歩んでいる。
そう、このショッピングモールはゼントラーディの人たちも買い物が出来るように設計された施設なのだ。そして、俺が贔屓にしてるこの八百屋のおっちゃんのように、ここで商売してる人もいる。
「お仕事、順調かい?」
「うん、まあね。ヴァジュラの喜怒哀楽は区別できるようになったよ。それに、フォールド波言語変換装置はほぼほぼ完成した。ヴァジュラの言葉の翻訳はまだ出来ないけど、前よりずっと、らしい会話は出来るようになったし」
「そうかい、頑張ってるんだねぇ」
「おかげさまで」
世間話もそこそこに、俺は店頭に並べられた野菜をじっくり見つめる。
やっぱり、いつ見てもおっちゃんの店に並んでる野菜は美味そうだ。形や色艶もいい。契約農家から仕入れてるらしい。きっと、丁寧に、愛を持って育てているんだろうな。
陳列棚から、袋詰めされたトマトと束ねられらたキュウリ。キャベツ、ニンジンを掬い上げ、篭に入れる。
「こんだけもらってくよ」
「あいよ、1,450円ね」
レジのコンソールに携帯端末をかざすと、鈴のような電子音が発せられた。技術の発展したこのご時世、紙幣や硬貨と言った通貨は殆ど流通していない。代わりに《リアルタイムバンクシステム》なる決済システムが発展した。所謂電子マネーである。
「そう言えば、レーナちゃんが君に会いたいってぼやいてるらしいよ」
「やっぱり。戻ってきて正解だったよ。それじゃ、急いで帰るとするかな」
レジの奥でビニール袋に野菜を詰め込んだロボットから袋を受け取り、店の軒先に出て再び天を仰ぐ。
「それじゃあ、おっちゃん。また来るよ」
俺がそう言うと、おっちゃんは戦闘民族の血を引いているとは思えない微笑で手を振った。
モールから出て車に乗り、今度はモールからほど近い農村に向けて出発する。そこの近くの丘の上にあった、謎の小屋が、俺の家だ。
そう、謎の小屋。
1年と少し前、俺たちが調査研究のためにこの惑星に降り立ったときには、既にこの小屋は存在していた。曰く、ずっと昔にここを訪れたマイクローン、すなわち人間が建てたのだという。その人間は程なくして《バルキリー》で宇宙へ飛び立ち、二度と帰らなかったという。
短期間ではあったが、人間が生活していたので、ガス、水道は通っており、小屋の裏手に発動機が設置されているため、電力の心配もない。身内がいることにはいるが、一応俺たちがここへ降りてきているのは調査研究、そして観測のためだ。俺の家族はコルドバの衛星軌道上で浮遊しているアルファ船団のステーション1に住んでいる。
そして俺たちがこっちに降りてきている間は、さっきみたいに技術開発や戦闘演習、そしてこの惑星ほしに残された、超古代の巨大星間文明《プロトカルチャー》の遺跡を調査するためだ。
年代物ではあるが、それでもしっかり働いてくれている冷蔵庫の野菜室に野菜を放りこみ
、居間の中央に置かれた卓袱台のそばにどっかりと座る。そして、木造の天井を見上げる。こうしていると、心の底が落ち着いてきて、今日一日の出来事なんかの整理がつきやすくなる。最近では、こうやって日々の研究成果をブツブツと呟くことが日課となっている。
「変換装置は、感情カテゴライズのシステムを組むのみ。それで7割方完成。あとは試験運用と、それで得たデータを基に改良するだけ・・・・・・・・・・・・・。もうしばらくは自由に空を飛べそうだ」
そう言うと、この前替えたばかりの畳に背中をつけ、卓袱台の横に寝転がる。
このまま、少し昼寝でもしてやろうか。
そう思い瞼を閉じたその瞬間・・・・・・・・・・・・・・・・・轟く地響き。しかも、振動は次第に大きくなっている。つまりこちらに近づいてきているのだ。しかし俺は微動だにしない。その客人の正体を知っているからだ。
「アスカ~、帰ってきたの?」
少女の声とともに、開け放たれた窓枠の向こうから、ぎょろりと巨大な目玉がこちらを覗く。
「レーナ、それ普通に怖いからやめろ」
「あ、ごめんごめん」
すると目玉は窓枠から消え、代わりに巨大な影が小屋を飲み込んだ。
俺はゆっくりと起き上がり、玄関に脱ぎ散らかしてあるサンダルを爪先で引っ掛けて、横着をしながらそれを履く。
小屋から出て、俺はその巨大な人影を見上げる。
「あ、アスカ。久しぶり」
「よう、久しぶり」
はるか上空から手を振る彼女に、俺は手を振り返す。
彼女はレーナ・ユーリシア。この惑星に《先住民》として住んでいるメルトランディの少女だ。
「お仕事、順調?」
レーナは小屋の建つ丘の斜面に腰を掛ける。
「ああ、まあな」
「そっか~。わたしも働きたいな~」
「来月卒業だろ?進路はどうすんの?」
彼女の顔のそばまで行き、そこに胡坐をかく。
「いやぁ、実はさ・・・・・・・・。オーディション、受けることになったんだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・は?」
あんまり唐突すぎて、思わずすっ呆けた声で訊き返してしまった。
「だから、オーディション!卒業式の翌週、近くを通る《シャルデリア船団》であるの。これに受かったら、そのままレコード会社と契約して、歌手になれるんだ」
そこまで訊くと、突然腹の底から笑いが込み上げてきた。
思わず声を上げて大笑いをする。
「ちょ!!笑うことないでしょ!?」
「いや、悪い悪い・・・・・・・・。そっか、歌手か。夢だって言ってたもんな」
「うん。でも、わたしサイズの人が乗れる便ってお金かかるから・・・・・・・・・。せめてマイクローン化出来ればいいんだけど」
「軍用のだけど、基地にマイクローン化装置あるから、使ってもいいか訊いといてやろうか?」
「ホントに!?いいの?」
レーナが首を回してこちらを見やる。
「ああ。友達の夢への第一歩だ。手伝ってやるのが人情だろ?」
「ありがと!!じゃあさ、ちょっと練習したいから、ギター弾いてくれる?」
「ああ、いいよ。晩飯までの時間なら付き合ってやる」
俺は小屋の中に戻り、スタンドに立てかけてあるアコースティックギターを手に取った。
その瞬間、レーナと初めて出会った日のことを思い出した。
俺がこの小屋を見つけ、ここに住もうと中を掃除しているところ、散歩している彼女と出会った。最初は廃屋の中でコソコソしているおかしなマイクローンだと思われていたようだが、俺がここに住む旨を伝えてからと言うもの、ほぼ毎日のように会うようになったわけだ。その時期から、彼女は歌手になりたい、と言っていた。自分のご先祖が心を震わせた、リン・
ミンメイのような歌手になりたいと。
「んじゃあ、どの曲やる?リン・ミンメイの曲でもやるか?」
小屋の中からレーナに訊く。
「うん、いいよ!!オーディションではリン・ミンメイの曲やろうと思ってる」
その返事を聞くと、俺は玄関から外へ出て、再び彼女を見上げた。
そしてそばに座り込み、ギターを構える。
俺のギターの音色に合わせて、レーナが歌いだす。
彼女の歌声が、風と共に、草原の草を揺らした。