ラブライブ!サンシャイン!!アンソロジー『夏――待ちわびて』   作:鍵のすけ

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「ラブライブ! ─ 背中合わせの2人。─」でお馴染みのまたたねさんです!By企画主催者


どうも、初めましての方は初めましてまたたねと申します!
普段は「背中合わせの2人。」という作品を書いております。
今回初めてサンシャインの小説を書いてみて、µ’sとは全く違うキャラの扱い方になかなかの苦戦を強いられましたが非常に楽しく書き上げることができました。
私らしい、『ラブライブ!サンシャイン‼』を描けたのではないかな、と思います。
少しでも私の作品を面白いと思っていただければ嬉しいです。
それでは、よろしくお願いします。


3度目

 1度目の告白は、夕暮れに染まる河川敷で。

 ただがむしゃらに、心の底から溢れ出す君への愛を叫んだ。

 

 

 2度目の告白は、雪の降る噴水広場で。

 これからの未来を、君の隣で過ごしていきたいと叫んだ。安物しか買えなかったけど、気持ちだけは誰に負けないほど詰め込んだ“誓い”を手に。

 

 

 

 3度目の告白は─────

 

 

 

 

 

 

「ねえ()()()!起きて、もう朝よ?」

 

 2月のある休日。

 アメリカの大手企業に勤める至って普通のリーマンである俺は恋人の声で目が覚めた。

 

「んぁ……まだ寝させてくれよ……マリー」

 

 俺の恋人…マリーこと小原鞠莉(おはらまり)はイタリア系アメリカ人の父と日本人の母との間に生まれたハーフで金髪に金色の瞳……そしてモデルのような体つきをした美女。

 

「だって今日はアナタの久々の休み!さぁ早く起きて!遊びに行きましょ!」

「お前……久々の休みだから俺をゆっくり休ませてくれるっていう選択肢は」

「無いわよ?」

「デスヨネー……」

 

 彼女の魅力はその天真爛漫さ。やると決めたことは絶対に曲げず、どこまでも“我が道を行く”チャレンジャー。

 ……最も、今日だけはそのポリシーの対象から俺を外していただきたい。

 

「……おやすみ」

「ちょっとおおおおお!?何で寝るわけ!?」

「昨日何時に帰ってきたか知ってるだろ……?」

「夜中の2時だったわね」

「で、今は何時だ?」

「朝の5時よ?」

「そーだよな!だって外真っ暗だもん!!まだ外も暗いこんなクソ寒い時間帯に起こすんじゃねぇ!軽い迷惑だわ!!」

「だって!だってだってだって!アナタが休みだと思ったら……夜も眠れなくて……てへっ」

「ふーん」

「扱い雑っ!」

 

 知らん知らん。俺は今眠りたいんや。

 例えそれが愛するハニーからの頼みでも今この時だけは寝る。そう決めたんや。

 ……因みに俺は関西生まれでもなければマリーほど頑固でもない。

 

「へー、そんなことしちゃうんだー…えいっ!」

「おわっ!?ちょ、マリー!?」

 

 するとマリーは俺の布団の中へと潜り込み、俺へと抱きついてきた。

 

 そして俺の顔と文字通り目と鼻の先まで己の顔を近づけ───

 

 

「────これでも、ダメ?」

 

 

 照れたように少し頬を赤らめて俺に言う。

 ……ズルい奴だ。これをされると俺が逆らえないことを知ってるくせに。

 

 はぁ、と溜息をついて俺は彼女の金色の髪を撫で、指ですくように触れる。

 

「……いいよ。でも8時。8時まで寝させて」

「やったぁ♪ありがと!じゃあ朝食作って待ってるから!」

「え、まだ早す」

 

 俺の言葉を最後まで聞くことなくマリーは寝室を出てキッチンへと向かって行ってしまった。俺の起床まではあと3時間もあると言うのに。

 

「……ふふっ」

 

 そういうところが可愛いと思ってしまうあたり、俺が彼女をどれだけ愛しているのかが窺い知れるのではないだろうか。

 そんなことを考えながら俺は2度目の眠りについた……先ほど抱きしめられた時に残ったマリーの香りを感じながら。

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、今日はどこに行く??」

「いや、君が言い出したんだから君が決めてよ」

「もーう!いっつもそればっかじゃない!たまにはアナタが決めてよ!」

 

 時刻は8時半。マリーが作ってくれた朝食を食べながら俺はやや寝ぼけた頭で彼女の話を聞いていた。

 

「んー、じゃー、えーっと、あ、買い物」

「何の?」

「……食料品?あ、あとキッチンペーパー切れかけてたよ」

「それじゃデートじゃないわよぉーぅ!!」

 

 うーん、いっつも彼女が行きたいところに行って、彼女が食べたいものを食べて……ってしてきたからいざ自分で決めるとなるとなかなか難しいんだよなぁ。

 

「……はぁ…あの時はこんな人だとは思ってなかった…」

「ん、なにが?」

「……ほら、アナタが私に…」

「……あぁ、あの日か」

 

 懐かしい話だ。

 俺が彼女に想いを告げた────

 

 

 ───“1度目の告白の話”。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 俺の恋人、小原鞠莉は高校時代にスクールアイドルをやっていた。

 静岡の浦の星女学院という廃校の危機を迎えたその学院で、彼女たちは見事な輝きを放ち…伝説まで上り詰めた“女神達”と遜色ない存在として語られるようにまでなって。

 

 じゃあ俺は何をしていたとかというと……彼女達のプロデュース。当時大学1年生だった俺は、高海千歌という俺の幼馴染が始めたこのアイドル活動に成り行きで参加することになったのだ。

 まぁそんな感じで俺も関わることになったそのアイドル活動の中で俺は……

 

 小原鞠莉に、恋をしたのだ。

 

 今思えば一目惚れという奴だったのかもしれない。

 初めてメンバーの皆にあった時から俺は彼女の事を可愛いと思ったし、いつしか俺の目は頑張る彼女を追いかけることになっていて……

 気づけば俺の頭は、彼女のことしか考えられなくなっていた。

 しかし当時の俺は自分に言い聞かせ続けるのだ……相手は年下だ、と…一時の気の迷いだ、と。

 

 そんな思いは3月のある出来事によって脆くも崩れ去る。

 

 

『小原鞠莉は高校卒業と共にアメリカへ帰国する』

 

 

 この事実を千歌から聞かされた時、途方もない虚無感が俺に襲いかかった。

 

 

 居なくなるなんて考えたことなくて

 

 会おうと思えば会えるんだと思ってて

 

 『もう会えない』と自覚した瞬間───

 

 俺はすぐに家を飛び出した

 

 

 どこにいるかなんてわからない、知らない。

 それでもただひたすらに会えると信じて俺は走る。

 運命ならば、逢えるはず。

 そんな非現実的な何かに縋ってでも彼女に会いたくて。

 

 

 そして────見つけた

 

 

「───鞠莉!!」

 

 

 夕暮れに染まる河川敷、1人歩く彼女を

 

 

「……あら、どうしたの?」

「……やっと……見つけ……た……」

「そ、そんなに息切らして……私に何か用?」

 

 

 言うんだ 決めたから

 

 

「────俺は君が好きだ!!」

 

 

「ふぇええっ!?ちょ、ここ人沢山っ……!」

「君が行く場所なら、どこへだってついて行く!今すぐには無理だけど、絶対にアメリカに行く!!だから!!

もし俺が来年アメリカの大学に編入出来たなら!!

────俺と付き合ってください!!!」

 

 

 誰が聞いてようが関係ない。

 何も言わずに君が行ってしまうことの方が俺にとって耐えられないことだったから。

 そして彼女は俺の言葉を聞いて、ただ一言。

 

 

「────はい?」

 

 

 惚けたような顔でそう言うだけ。

 

 

「えっ、だから……俺と」

「付き……合う?」

「……うん」

「……………………」

 

 しばらくの間目をパチパチとさせて……

 

「……ふふっ、あははははは!」

 

 彼女は声を上げて笑う。

 

「……本気、なんだけど……」

「い、いやだっていきなりこんな告白されるなんて…!あはははは!」

「……………………」

 

 彼女に笑われて初めて自分がしたことの恥ずかしさに気づいた。

 ただただ夢中に愛を叫んだあの行為、冷静さを取り戻した今になって猛烈な羞恥に襲われる……今すぐにこの横を流れる川に身を投げてしまいたいほどに。

 

「…はー、久し振りにこんなに笑ったわ。ええ、いいわよ!」

「そーだよね、俺なんかじゃ……え?」

 

 彼女は満面の笑みで俺に歩み寄り

 

 耳元に優しく囁く

 

 

 

 

「───待ってる、会いに来て」

 

 

 

 それだけ言い残して、彼女は俺に背を向け行ってしまった。

 残された俺は1人呆然と立ち尽くし、時間が経つと共に鞠莉から言われた言葉に実感を持ち始めて…

 

 

「ぃよっしゃああぁぁぁぁぁあ!!!」

 

 

 河川敷を吠えながら走る。

 やってやる。彼女に会うためならなんだって!

 

 

 

 1年後、死ぬ気の猛勉強を重ねた俺はアメリカの大学の編入試験を受け見事に合格し、見事彼女と結ばれることになったのだ。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「あの時はカッコよくて行動力がある人だと思ってたのに、はぁ……」

「……何だよ、今はヘタレで意気地なしって言いたいのか?」

「あら?そうじゃないの?」

「……何も言い返せません」

 

 事実普段の俺はマリーに告白した時のような行動力はなく、やらずに後悔することの方が多いまである。あの時あんな芸当ができたのはもはや奇跡としか言いようがない。

 

「あ、そーだ!今日はあそこに行きましょ!」

「んぇ、どこ?」

「いーからいーから!ほら、早く行くわよ!」

「ちょ、まだ俺、飯っ!飯の途中!」

 

 食事中だった俺の目の前の皿は無残に片付けられ、俺は寝間着のまま本当に外に引き摺り出されることになったのである。

 

 

 …本当に少しは周りを見ようぜ、マリー……

 

 

 

 

「ぶぇっくしょぉぉい!!う゛ーさぶっ」

「……アナタもう少しくしゃみの仕方どうにかならないの?」

 

 あれから本当に出発しかけたマリーを何とかして引き止め、“キチンと”仕度をしてから改めて家を出た。アメリカの2月は日本のそれよりも寒く、着込まなければ凍死してしまうのではないかというほど。それは言い過ぎか。

 

 

「んぁー、なんだってこんなクソ寒い日にどっか行くんだよー……。家で2人でゴロゴロしてても良いじゃんかー」

「あ、それもアリだったねー」

「おぉ!じゃあ今からでも……」

「それはナシ」

 

 うん、知ってた。

 

「っていうか今日は君にとっても久々の休みだろ?明日からの“仕事”大丈夫なのか?」

「だーい丈夫大丈夫っ!このマリーに不可能はないわ!」

 

 そう言いながらマリーは“かけていたサングラスを取り”、俺にウインクをして見せた。

 彼女の職業は……“女優”。

 まだまだ新人のレベルだが世間の扱いは全くそんなこともなく、彼女の人気は凄まじいものになっている。

 彼女が持つ美貌と抜群のプロポーション……

 そして一度見たら忘れられない彼女の口癖通り“シャイニー(光り輝く)”な笑顔。

 そんな彼女が初めて主演を務めた映画は大ヒット、新人を主演起用した映画の中で歴代最高利益を叩き出した。

 

 故に彼女は今ベージュのニット帽を被り、サングラスで目元を隠して外を出歩いている。

 ……でもコレ、意味あるの?

 どっちかっていうと隠さなきゃいけないのは目元よりもその誰よりも綺麗な金色の髪だとおもうんだけど。違う??

 

「まぁ君が大丈夫なら別に良いんだけど……んで、今日はどこに行くワケ?」

「まだわからないの?ここまで来て」

 

 俺の質問に、マリーは頬を膨らまして拗ねてしまった。

 

「えぇ、だって…………って……“ココ”……」

「わかった?」

 

 わかったもなにも、ここはマリーにとっても…もちろん俺にとっても忘れられない場所で。

 だってここは────

 

 

 ────“俺の2度目の告白”の場所。

 

 

 

 

 詳しい話は省略させてもらうが、2ヶ月前……雪の降るクリスマス。俺はここ、“噴水広場”で彼女へプロポーズを果たした。

 指輪……安物だけど、想いだけはありったけ込めた“誓い”を手に。

 

 彼女はただ、俺の言葉に────

 

 

『─────はい』

 

 

 とだけ返した。

 

 

 

 そう、つまり俺とマリーはただの恋人ではない。

 互いに生涯を誓った“婚約者”なのだ。

 

 式は彼女の誕生日である6月13日に行う予定。

 

 

「あの時のアナタも、まぁまぁカッコよかったわねぇ」

「うるせぇっ。一言余計なんだよマリーは」

「えへへっ♪まぁ良いのいいのっ!私はそんなアナタが大好きなんだから」

「ちょ、マリー……っ!」

 

 唐突にマリーが俺の右腕へとしがみ付く。

 その時に感じる彼女の柔らかな膨らみは、俺の精神衛生面上、非常によろしくない。

 

「あー、照れてるんでしょ、顔赤くなってる」

「べ、別に……。?な、慣れてるからな………」

「もーう素直じゃないわね、日本人は」

「お前も日本人だろ」

 

 マリー曰く、“日本人は間接的過ぎる”と。

 思ったことはズバッと、感じたことは大胆に表現。

 これがマリーの“道理”。いつだって直球一本槍の彼女の生き方。

 学生時代から変わらない、そんな眩しすぎる生き方が俺は大好きだった。

 

「……ねぇ」

「……ん?」

 

 

「────ずっと一緒にいてね?」

 

 

「…………当たり前だろ?」

「ふふふ♪ さ、次のところいきましょ!!」

「ちょ、引っ張んなって……!っていうかどこに」

「おしえなーい♪」

「なんだよそれ!…おい、マリー!」

「さぁ、いっくわよーー!!」

 

 俺の言葉を無視して、走り出そうとするマリー。

 

 いつもと何も変わらない姿を微笑ましく感じて…

 

 俺は一歩踏み出した。

 

 

 

 

 

 はずだった

 

 

 

 

 

 

 俺の足は、ピクリとも動かない

 

「……?」

 

 俺が動かないことを不審に思ったマリーが振り返り……その表情が驚愕のそれに変わる。

 

「アナタ、鼻血……」

「えっ?」

 

 鼻を拭うと……(おびただ)しい量の血が手に付着していて。

 

「なんだよこ…………んぐぅっ…!?」

「どうし……きゃあああっ!?」

「がブッ…ふぁあっ……!」

 

 突如猛烈な吐き気に襲われて、耐えることも間に合わず吐き出してしまった。

 しかしその色は……赤。

 

 誰の目にも、俺が嘔吐でなく……“吐血”したのが明らかだった。

 

「どうしたの!!ねぇ!!」

「あっ……ぐぁ、あ…………」

 

 頭が……割れそうだ

 金槌で頭を何度も殴打されるような激痛

 体の奥からこみ上がり口から零れ出る血液

 

 あぁ、やべぇ

 

 これ、ダメだ

 

 堕ちる

 

 

「……マ……り…………」

「しっかりして!!ねえってば……ねぇ!!」

 

 

 突然の事態に、俺も彼女も理解が追いつかない

 

 俺、死ぬのかなコレ

 

 ってか、なんでこんなに落ち着いてんだろ

 

 マリー、心配かけてごめん

 

 

 

 不意に俺を襲う黒い闇。

 それに身を委ねるように俺は意識を手放した。

 

 

▼▽▼

 

 

 

 

 

 

 “夢”という言葉がある

 

 

 それは人々に見ている間希望を与えるもので

 

 

 はたまた醒めた後に絶望を与えるもので

 

 

 人は言う───“夢ならば醒めないで”

 

 

 そして人は言う───“夢なら醒めろ”

 

 

 夢を望むも、夢を拒むも人の(さが)

 

 

 これから彼が試されるのは─────

 

 

 

 

 

 

▼▽▼

 

 

「うっ……くっ…ぁ…………」

「っ! アナタ!!目が覚めたのね!?」

「マ…リー……」

 

 未だ頭に響く鈍痛、ぼやけた視界…それらに悩まされながらも俺は辺りを見回して状況の理解を試みる。

 俺が身に付けているのは白衣、右腕には点滴の針、背中に感じる柔らかな感触……恐らく俺は“何らかの理由”で病院に搬送され今まで意識を失っていたのだろう。

 問題は、その何らかの理由を俺自身が覚えていないということ。

 

 そこまで考えて初めて先程まで自分を苦しめていた頭痛と視界不良が幾分か収まっていることに気づいた。

 大分調子が戻ってきた、俺はそこでずっと気になっていたことをマリーに言う。

 

「マリー」

「ん?どうしたの?」

 

 

「──()()()()()()()()()()()()()()()()()()?重くて足が動かないんだよね」

 

 

 俺の気持ちとしては、軽いお願い程度。

 しかしそれを聞いたマリーの表情は青ざめ、わなわなと震えだす。

 

「……マリー?」

「………………ない、よ…?」

「えっ?」

 

 

「何も、ない……()()()()()()()()()()()()()()()……?」

 

 

「は……?いや、だって」

 

 そんなわけないと思いながら俺は自分自身の足を見て───戦慄した。

 

「なん……だよ、これ……!!」

 

 俺の足には重いものはおろか、毛布1つかかっていなかった。それなのに一向に動かない俺の足……そこで悟る。

 

 俺の足に何かが乗っていたのではなく

 

 ───“()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「くそっ……くそっ!くそッ!!」

 

 

 膝から下が、自分の言うことを聞かない。

 力を込めたり、指を曲げたりすることはおろか…足首を動かすことさえも出来ないのだ。

 どれだけ動かそうとしても、俺の足はそれには応えない。そもそも俺は、“足の動かし方なんて知らない”。

 普段動かそうと思わなくても足は動くし、足が動かなくなるなんて考えたこともなくて。

 俺の心は今、足が動かないという“未知”への恐怖に侵されている。

 

 

「おい動けよ……!動けって!!おい!!」

「やめて!落ち着いてっ…」

「動けっつってんだろ!!動けよ!!動け!!!」

 

 動かない足をバシバシと叩き、怒るように──祈るように『動け』と叫ぶ。

 

 

 嘘だ、これは夢だ、信じない、

 

 ありえない、こんないきなり、足が、

 

 なんで、どうして、こんなことに、

 

 

 細切れになる思考、奪われていく冷静な判断力。

 そんな焦燥に満ちた思考の中、ある1つの声が俺の耳に届いた。

 

「───落ち着いてください」

 

 ふと気づくと病室の入り口は空いていて、そこには白衣を着た黒人の男性が立っていた。

 

「……あなた、は…」

「初めまして、あなたの主治医を務めさせていただくことになりました」

「……先生、足がっ……俺の足がっ!!」

「詳しい話は診察室で。……取り敢えずこれに」

 

 医師は、横に携えてあった車椅子を指差した。一瞬躊躇したものの、動かない足のことを思い返して乗るしかないと思い直す。そして俺は人生初の車椅子を後ろからマリーに押され、診察室へと向かった。

 

 そこで聞かされる事実は、俺の人生史上最悪のものとなる。

 

 

 

 

 

 

「“脳神経性筋硬化進行症”……?」

 

 医師の口から告げられた聞き慣れない病名を、俺はおもわず聞き返してしまった。

 

「はい。それが貴方の病名です」

「……聞いたことありませんが」

「そのはずです。

 

───この病気を発症した人は、貴方を合わせて世界で3人しかいない」

 

「っ……!!」

 

 絶句した。

 世界でたった3人…………?

 

「……どういう病気なんですか?」

 

 驚きのあまり言葉を失った俺の代わりに、マリーが医師へと問いかける。

 

「……この病気は端的に言ってしまうと脳の異常です。人間は“筋肉を動かす”という命令を脳から受けて体を動かしているわけですが、その時に脳から電気信号が発せられ、それが神経を通って可動箇所に指示を出しています。

 ところが貴方の病気の場合、この脳から出る電気信号がだんだん弱くなっていき…“可動箇所に到着する前に遮断されてしまう”のです」

「それで、足が…………」

「しかもこの症状は段々と悪化していき……過去の2人も最初は足からだったのですが、足、太もも、指、腕、肩、顔と登っていき……最終的には完全に()()()()()()()()()()()()()()()()()

「─────っ」

「……治療法は」

「発症の原因もわからない上、症例の絶対数が少なく……()()()()()

「そん……な…………」

 

 人はこのような感情を絶望というのだろうか。

 突如背中を突き飛ばされ、暗く何も見えないどこまでも広がる湖の底に堕とされたような感覚。

 

 そしてその言葉は、トドメのように

 

 

「───your life is...one month , only(貴方の命は……一ヶ月も持たないでしょう)

 

 

「……………………………………」

 

 

 不思議だ。恐ろしいくらいに心が冷めていく。

 ……否、許容範囲を超えた悲劇が負の感情を呼び起こすことすら許さないのかもしれない。

 しかし……

 

 

「───ふざけないでよ!!!」

 

 

 俺の隣に立っていた彼女は、そうではなかったらしい。

 

「あなた医者なんでしょ!?よくもそんなに淡々と…っ!!人の命が掛かってるのよ!?医者なら治しますって言いなさいよ!!ねぇ!!!」

「マリー!おいっ……!」

 

 マリーは医師に掴みかかり、感情のままに叫ぶ。

 

「彼を治してよ!!何のためにあなたがいるのよ!!!これで彼に何かあったら……絶対にあなたを許さない!!!」

「……もういいんだ、マリー」

「良くない!!何も良くないっ!!さぁ言いなさいよ、彼を絶対治しますって!!」

「……ホントに頑固だなぁ。落ち着いて、マリー」

「落ち着けるわけないでしょ!?大体なんでアナタはそんなに冷静なの!?だってこのままじゃ……」

 

 

 冷静、か。他人から見るとそう見えるのか。

 

 ───そんなわけない。

 

 今でも油断すれば後ろから迫り来る絶望の波に飲まれてしまいそう。そんな俺が今こうして平静を装っていられるのは───

 

 

「───君が俺のために怒ってくれたからだよ」

 

 

「えっ……?」

「俺の不幸を君は俺の分まで……いや、俺以上に怒ってくれた。それが今どれだけ俺に勇気をくれているか、わかるかい?」

「アナタ……」

 

 

「───俺は生きるよ、マリー。残り全ての時間を君のために使いたい。だから君の一ヶ月を、俺にくれないか」

 

 

「……どうして…そんなに強いのよ……っ」

「俺が強く見えるなら──それは君が隣にいるからだ。俺は君のためなら、何回だって強がってみせるから」

「バカっ……バカぁ……うわあぁぁん……」

 

 堪えきれなかったかのように彼女は俺の胸に飛び込み、嗚咽をあげて泣き噦り出した。

 その頭を優しく撫でながら、俺は改めて決意する。

 

 

 残された時間は長くはない

 

 けど残された時間全てを使って

 

 

 ───俺は君を、愛し抜こう

 

 

 

 

 

 

 病名を告げられて2週間後。

 俺の身体は先生が言ったようにどんどん動かなくなっていった。

 足はもうピクリとも動かず、指先にも痺れが見え始めている。

 最初は若干寂しかった入院生活にも今はもう慣れ、俺は一日中動画を見たり寝たりしながらダラダラと過ごしている……ある時間を除いては。

 

 

 ────ガラララ。

 

 

「……ハァーイ♪」

「ん…わざわざ毎日ありがとな、マリー。ただ入るときはノックをしてくれよ」

 

 机の上で行っていた“作業”を片付けながら、俺はマリーに苦言を零した。

 

「いいじゃない、私とアナタの間に秘密なんてないでしょっ?♡」

「帰れ」

「酷いっ!?」

「はははっ。冗談だよ、いつも本当にありがとね」

「きゅ、急に素直にならないでよ……」

「お?照れてるのか?可愛いなぁマリーは」

「ううううるさーーい!!ほら!早く行くわよ準備しなさいっ!」

「はいはい。少し待ってて……んしょっ」

 

 自力で車椅子に乗れるようにわざわざ低く調整してあるベッドの上を、手だけを使って器用に移動し、約1分程で車椅子に乗り終えた。

 

「大分早くなったね」

「毎日何度も乗り降りしてるからね……あ、マリーそこの上着とって」

「ん、はいどーぞっ」

「ありがと。待たせてごめんね、行こっか」

「大丈夫よっ♪今日はどこに行きたい?」

「そうだなぁ…今日は屋上のガーデンテラスがいいな」

「いいね、そうしましょ!さぁしゅっぱーつ!」

 

 元気良く宣言したマリーは俺の車椅子のハンドルを握り、屋上へ向けて歩き出した……俺の身体に負担をかけないよう、彼女のテンションに反してゆっくりと。

 

 

 

 

 

 

「うわぁいい天気っ……風が気持ちいい!」

 

 屋上に出た俺たちは2月にしてはそこそこ暖かい、絶好の散歩日和の容器に感嘆を打った。

 俺が入院して以降、マリーは毎日俺の元へと訪れ、一緒に散歩をしている。

 女優としての仕事も夕方以降に限定してもらっているようで、新人女優である彼女のこんなワガママな言い分が通る辺り彼女が如何に人気であるかが窺い知れるというものだ。

 

 そして俺たちは話す。

 他愛もない話……互いに1日何があったのかを。

 マリーの話は面白い。彼女が本当に楽しそうに話すのも相まって聞いているだけで笑顔になれる。

 

 普段なら2時間ほどそんなことをしてマリーを見送るのだけど、今日はいつもと違う結末を迎えた。

 

「……ねぇ、マリー」

「ん?どうしたの?」

 

 

 

「───君は俺と過ごせて、幸せだったかい?」

 

 

 

 俺がずっと気になっていたこと。

 永遠に寄り添って行くはずだった彼女との時間は、図らずして僅かに限られたものになってしまって。

 

 きっと俺は彼女を残して逝ってしまう

 

 あの時はあんなことを言ったけれど、そんな俺のためにまだ沢山の未来を残しているマリーを一時でも縛ってしまうことは、果たして正しいことなのだろうか。

 

 

 俺はもう直ぐ───彼女の前から居なくなるのに

 

「…………」

 

 俺の質問を受けた彼女は車椅子を押す足を止め、立ち止まる。数秒の沈黙の後、彼女は口を開いた。

 

 

 

「決まってるじゃない────“最悪よ”」

 

 

 

「───────っ」

 

 ある程度想定していた答えだとはいえ、正直に言うとやはり傷ついた。

 マリーは絶対に“嘘を吐かない”。

 だから彼女が今言ったことは事実で───

 

 

「─────だって」

 

 

ところが終わったと思っていた彼女の言葉には続きがあって

 

 

 

 

「アナタがもうすぐ、居なくなっちゃうから」

 

 

 

 

「っ……!!」

 

 

「なんで居なくなっちゃうのよ…ずっと一緒にっ……!私の隣に居てよぉ、ねぇ……」

 

 

 それ以上は彼女自身の涙声にかき消され、聞き取ることができなかった。

 そして俺の目からも───涙が溢れる。

 

 

 俺だって、君と一緒に居たい。

 

 君と結婚して、子供作って、一緒に年を重ねて、孫も出来て、おじいさんとおばあさんになって、最後はやっぱり君の隣で。

 

 それなのに

 

「…………なんで…だよ……」

 

 今まで病気の診断を受けて一度も吐かなかった弱音が今、初めて明確な音となり口から放たれた。

 

「なんで俺なんだよ……!!俺だって君と離れたくなんかないのに、どうして……っ!なんで!!」

 

 運命を呪う言葉と共に、俺は涙を流す。

 なんで。どうして。

 心の奥に閉じ込めていた思いは、一度溢れ出せば止まらない。

 

 

 俺は今日初めて、“俺のために”涙を流した。

 

 

 

 

 診断から3週間。俺はついに腕すら動かなくなり、自力での移動が不可能になった。

 この時期になるといつ“最悪な事態”が訪れてもおかしくないということで、マリーとの散歩も禁止された。

 2人で過ごす時間は病室での会話に限定されたが、それでも良かった。

 この時間が幸せなことに変わりなんてなくて。

 俺はただ彼女と過ごす掛け替えのない時間を…この一分一秒を動かない身体に刻み付けるように日々を過ごした。

 

 ただ……この頃の俺にはもう、口先にも痺れが出始めていて。日を増すごとに彼女との会話もおぼつかなくなっていった。

 そんな俺の姿を見て涙を流す彼女の頭を撫でてやることも、声をかけてやることも今の俺には出来ない。

 

 

 そして3日後。俺の心臓は一度止まった。

 そこから息を吹き返したのは、“生きたいという思いが起こした奇跡だ”と医師は言っていたが……確実に“次”はもう無い。

 

 

 そしてその“次”は、一週間後に訪れた。

 

 

 

 

 

 

 診断を受けてから、32日。

 余命宣告を乗り越えて数日後のこと。

 遂にその時は訪れた。

 

 俺の身体の中で言うことを聞くのは、もう目だけ。

 先程から尋常じゃない眠気が俺を襲っている。

 これに負ければ、俺は2度と目覚めることができないだろう。

 

 病室にいるのは、医師とマリーの2人。

 

「……心臓の動きが弱まり始めています。このまま脳が止まるのも…時間の問題かと」

「そう……です、か…」

 

 医師とマリーの会話が、朧げな意識の中耳に響いてきた。

 

 もうすぐ、か。

 

 終わってみれば、あっけなかったな。

 

 俺の人生は、もうすぐ終わる

 

 俺の人生は、もうすぐ

 

 俺の人生は、

 

 俺の

 

 俺

 

 俺は

 

 俺は、

 

 俺は、まだ

 

 俺はまだ────────死ねない。

 

 

 

 嫌だ

 

 

 逝きたくない

 

 

 彼女と過ごした日々に 不満なんてないけれど

 

 

 心残りが 1つだけ

 

 

 それをやり遂げるまで───俺は死ねない

 

 

 

 

「…………ぁっ…ぁ…………」

「っ!!先生、彼が!!」

 

 

 なぁ、俺の身体よ

 

 

「……………………ぁぁ……ぁっ、ぁっ…………」

「口が動いている……!?バカな…………!!」

 

 

 頼むから少しだけ、俺のワガママを聞いてくれ

 

 

 口よ、動け

 

 

 声帯よ、震え

 

 

 俺の最期のコトバを  どうか彼女に─────

 

 

 

『笑ってくれ、マリー』

「ぁ……ぇっ……ぁ…ぃ…………」

「何……何て言ったの、アナタ!?」

 

 

『最後にもう一度だけ、君の笑顔が見たい』

「ぁ……ぃ………ぇ………ぃ……ぉ……ぁ、ぃ…」

「聞こえない……聞こえないわよアナタ!!はっきり言ってよ!!ねぇ!!」

 

 

『最期は涙じゃなくて』

「……ぃ……ぁ……ぅ…………ぇ……」

「ちゃんと言ってよ!!アナタぁ………!!」

 

 

『君の笑顔を、目に焼き付けて』

「ぃぉ……ぉ…………ぇぃ…………ぇ……」

「お願い…いかないで……アナタ……っ」

 

 

 ───────畜生

 

 なんでだよ、どうして最期までこうなんだ

 

 彼女は俺にたくさんのものをくれたのに

 

 俺は彼女に何も返せていないじゃないか

 

 現に俺のために涙を流す彼女に俺が出来るのは、ただただその姿を眺めていることだけ

 

 頭を撫でたい 一言『大丈夫だよ』と声をかけたい

 

 彼女の心に傷だけつけてこの世から消え去るなんて

 

 絶対に嫌なんだよ───────!!

 

 

 

 その時

 

 

 

 

 ────ぽんっ。

 

 

 

「…………えっ…?」

 

 感覚としては、数年ぶりのような……実時間としては約2週間ぶりの感覚が、俺の脳へと届いた。

 

 動くはずのない俺の左手は不思議な力に支えられたかのように持ち上がり───吸い寄せられるように、マリーの頭の上へ。

 

 

「「っ!!!」」

 

 

 先生とマリーがあまりの驚愕に目を見開く。

 それはそうだろう、俺自身も驚きで困惑しているのだから。

 

 

「………………………………………………」

 

 

 その代償に、俺の口はピクリとも動かなくなってしまった。

 これじゃダメだ。俺の伝えたい思いは何も───

 

 しかしマリーは微動だにしない俺の口元を見て……涙を拭い、自分の頭上に乗せられた俺の手を優しく握り───

 

 

 

「───待ってて、“()()()()”会いに行く」

 

 

 

 笑った。

 

 

 

 

────『───待ってる、会いに来て』────

 

 

 

 その笑顔は夕暮れの河川敷で見たあの笑顔のようで

 

 

 ────あぁ、伝わった。

 

 

 根拠はないけど、そう思った。

 俺は本当に────幸せだったよ。

 

 

 ……やっぱりこれも伝えたいなぁ

 

 

 照れくさくて、最期の最期まで言えなかったけど

 

 

 正真正銘、俺の人生最期の

 

 

 ────最期の告白

 

 

 

 マリー 俺は君 のそ の笑が  おが   大

 

 

 

 

 

 

 

 ピ────────ッ ピ────────ッ

 

 

 

 

 

 

 

「アナタッ……!!嫌あぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 

 

 “3度目”の告白は、君の心に届くことはないまま。

 

 

 

 

 

▼▽▼

 

 

 

 

 彼を喪ってから約半年が経った。

 彼の葬式は彼の故郷であり、私…小原鞠莉の第二の故郷である日本の静岡、内浦で行われた。

 葬式には多くの人が参列し、その中にはもちろんAqoursのメンバーの姿も。

 千歌、曜、ルビィ、花丸、善子なんかは号泣してたし、果南、梨子、そしてあのダイヤでさえも涙を見せた。

 Aqoursメンバーだけに限らず、参列した皆が涙を見せた彼との最後の別れ。

 

 そんな中でただ私だけが───泣くことも、声を出すこともせず……ただ立ち尽くすだけ。

 

 そう、私はあの日彼と共に

 

 

 ────“声と心”を、喪った。

 

 

 オーバーフローした私の中の哀しみは、それを認知できなくなるほど大きくなり……私の中の“哀しみを知覚する何か”を、壊してしまった。

 それだけ彼は私の中で特別で大切な存在で。

 けれど私は彼を亡くした哀しみで泣くこともできなくて。

 

 ───皮肉なものね。

 “彼を亡くした哀しみ”が故に、“彼を亡くして哀しむ”ことが出来ないなんて。

 神様は私からどれだけのものを奪っていけば気が済むのだろう。

 

 それから私は女優業を休業し、彼との思い出が残るあの家で無気力な生活を送っている。

 季節はもう夏。アメリカでの夏は日本のそれよりも気温こそ高くないものの、数年もここにいるとやはり耐え難い暑さに感じてしまう。

 彼と過ごしたあの日々は肌寒くて、外に出た彼はくしゃみをしてたっけ……。

 そんなことを思いながら、日々の流れを実感する。

 

 ───こんな私を見たら、彼は何て言うかしら。

 

 怒るのかしら、笑うのかしら。

 

 ………………顔を見せに、行こうかな。

 

 彼の遺骨は、私の強い意向で彼の実家に預かってもらっている。

 毎日毎日彼の死を実感するのは耐えられないと思ったから。

 彼の両親にも葬式以来挨拶をしてないし、Aqoursメンバーにも会いたい。

 

 “やると決めたらやる”。私の事をそう評したのも、彼だったかしらね。

 

 少しだけ懐かしみを感じながら、私は帰省の準備を始めた。

 

 

 

 

 

 

 暑い…………。

 

 図らずして私の帰省はお盆になってしまった。

 8月の猛暑はやはりアメリカのそれよりも遥かに暑く、私の白い肌をジリジリと焦がす。

 今は彼の初盆。つまり彼の霊は今彼の家にいる…………

 なんて、バカバカしい。

 そんなものに縋るのは、死者への冒涜と同じ。

 

 彼は逝ってしまった。もう会えない。

 

 それが全てなんだから。

 

 

 

 

 空港から様々な交通機関を駆使して、やっとの事で辿り着いた彼の家。

 その大きなドアを3回叩く……少し強めに。

 『すいませーん』と言いたいところだけど、生憎私は声が出ない。

 

『はぁーい!!』

 

 家の中から元気な返事が響く。そしてそのあと聞こえたのは『ダダダダダッ』という音。

 そしてその音はだんだんこちらに近づいてきており……

 

 

 ────ガラララッ!!

 

 

「いらっしゃーい!待ってたよ、マリーちゃん!」

 

 出てきたのはそう、彼の幼馴染でありAqoursのリーダーでもある高海千歌(たかみちか)

 この展開を予測していた私は、予めスマホで作成していた文面を彼女の目の前に示す。

 

『……相変わらず元気そうね、チカ』

「……やっぱりまだ声は出ないんだね…」

『えぇ。会話に間ができちゃうけど、ごめんなさい』

「ううん、気にしなくて大丈夫だよ!さぁ上がって上がって!汚い家だけどごゆっくり〜!」

 

 そう言いながら居間へと駆けて行くチカ。

 

 ……あなたの家じゃないでしょうに。

 

 チカはいつまで経ってもチカのままで。

 それを微笑ましく思いながら、私も家の中へと入った……心の中で『お邪魔します』と言いながら。

 

 

 

 

 居間に上がるとそこにはもう1人、思いがけない姿があった。

 

「───久しぶりだね、鞠莉」

『果南……!どうしてここに?』

 

 そう、Aqoursメンバーで私の最も信頼する友人である松浦果南(まつうらかなん)

 

「千歌から鞠莉が帰ってくる、って聞いたから。話さなきゃいけないことがあって」

『話さなきゃいけないこと…?』

「……まずはこれを」

 

 そう言って果南はバッグから一枚の茶封筒を取り出して、私に差し出した。

 

『……これは?』

「手紙。───彼から」

「!?」

 

 彼から……?いつ、何の時に……?

 

「半年くらい前、私の所にこれが届いた。『もしマリーがこっちに帰ってきたら、君の手からこれを渡してほしい』っていうメモと一緒にね」

「………………」

「……最初は夫婦ゲンカの避難先がウチになったのかな、って思ったよ。鞠莉の行動力ならありえない話じゃないし。だから怪しむこともなく預かってたけど……まさかあんなことになるなんて、ね。鞠莉、彼のこと私達には伝えてくれなかったから」

『…………ごめん、なさい…』

「それはもういいよ。終わったことだしね」

『ありがとう。それで中身は?』

「開けてない。早く読みなよ」

 

 果南の促しにコクリと頷いて私は封を切り、手紙の内容に目を通す。

 

 そこには彼の直筆で綴られた────

 

 彼の最期のコトバがあった

 

 

 

 

 

《拝啓、親愛なる君へ。

 

……なーんて言葉は俺には似合わないよね。

どーも、君の愛しのダーリンです》

 

 彼らしい、フランクな感じでその手紙は始まった。

 

《これを書いてるのは診断を受けてから3日後。力が残ってる間に、暇潰しがてら1日1日ゆっくり書いていこうかなぁと思いまーす。君がいつこの手紙を読むか、当ててみせようか。

ズバリ、5月だ!こいのぼり立ってるでしょ。どう?当たってた?》

 

 残念、今は8月よ。

 ……私が来た時、慌てて机の上を片付けてると思ったらこんなことしてたのね。

 

《まぁそれはさておき、この手紙が俺の遺書ってことになるのかな。いやー、まさかこんなに早く遺書を書く時が来るとは思いませんでしたなぁ。

あ、俺の遺産とか貯金とか、そんな大した額じゃないけど全部君のものにして良いからね。

家にある俺の私物も、全部君にあげる。どうするかも君の自由だよ。

……あ、俺の部屋の本棚に、本の裏に隠した“アレなDVD”があるけどそれは許して。マジごめん(笑)》

 

 ……知ってるわよ、それくらい。しかも結構ハードなプレイのやつ。

 見つけた瞬間粉々に砕いてゴミ箱にぶち込んでやったわ。

 隠し場所が本棚の裏なんて……在り来たり過ぎて私が声を出せたらきっと『中学生かよ!!』と叫んでやりたくなってたはずよ、全く。

 

《んー、あんまり書くこと思いつかないなぁコレ。そーだ、どうせだから君に対して思ってることをたくさん書いていこっと。

 

まず1つ。───君結構いびき大きいから、気をつけてね(^ー゜)》

 

「っ〜〜〜〜!?」

「ま、鞠莉…?どうしたの……?」

 

《あと昼寝中に寝返りを打って尻を掻くのもちょっと女性としてどうかと思うし、涎を口から垂らしてるのも頂けないかな。まぁ気持ち良さそうな寝顔は可愛いけどさ。

そうそう、君が作ってくれる日本食。ちょーっと味が濃いかも。あれはあれで美味しいんだけど日本のご飯はアメリカと違って素材の味を生かした薄味だから。これ、俺からのアドバイスね(^ー゜)》

 

 

「〜〜〜〜!!〜〜!?ーーー!!!」

「ま、マリーちゃんが顔を真っ赤にして悶えてる……」

「こ、声が出せない分逆に滑稽に見えてきちゃうね…何が書かれてるんだろ、あの手紙には……?」

 

《おぉおぉ!君の悪口(?)ならどんどん筆が進むぞ!これなら良い暇つぶしになりそうだ(^ー゜)》

 

 余計なお世話よまったく!

 しかもいちいち腹立つのよその下手くそなウィンクの顔文字!!センスなさすぎ!!

 

《……でもねマリー。

 

俺はそんな君の変なところも、大好きなんだ》

 

「……!」

 

《君があの日俺を“待つ”って言ってくれたから、俺を選んでくれたから。俺がアメリカに来てからの日々は幸せで、忘れられないものになった。

それは俺の隣に、君が居てくれたからだよ。

君とのたくさんの思い出を作れてよかった。

その思い出を抱えて、俺は“あっち”へ旅立ちます。

 

 

今までずっとありがとう

 

 

だからマリー

 

 

───()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「─────!!」

 

《君にはまだ、未来がある。何年も、何十年も。

俺との思い出に縛られるよりも、新しい幸せを探す方がきっと君のためになる。

 

君との過去にしばられるのは……俺だけでいい。

 

君の時間を、ほんのわずかでもうばってしまって本当にごめんね。

きっと俺が君の心にのこすのは、きずあとの方が多いと思う。

でも俺は、君の笑がおが好きなんだ。

俺がてんごくから見る君は、わらってるすがたがいいからさ》

 

 

「……………………」

 

 

《さっきはふれなかったけど、君にはいいところがたくさんある。そのなかでも俺が一番だと思うのは、どこまでもまっすぐな君の心。

まわりをおきざり にしてでも前をみてい るそのじゅんすいな心は、得ようとして得られるものじゃない。

人はそれを……“向こう見ず”とか、“自己中心的”とかい うかもしれない。

でもねマリー。そのこ ころだけは……どうかすてないで。

 

おれはきみの そんなところが、大すきだったから》

 

 

「………………っ」

 

 掠れてゆく文字、段々と読めなくなっていく漢字、増えてゆくひらがな……

 この頃の彼には、指の痺れが出始めていたのだろう

 

 

《あぁ、だめだ なぁ  

  まだきみにいいたい と が たくさ んある のに

ぜんぜ ゆ びが いうこ きかなぃや

 

 

 

もつと きミ の ソバ に ぃたかつた

 

   もしき  ミがこっち にき  たら

 

 また ふ たリで  く らし た    いな

 

 

 

まリー いま  ま で ありが  と  う》

 

 

 

「─────ぅ…………」

 

 

 

《き みの ことか ゛ だ いす    き》

 

 

 

「ぅぁぁ──────」

 

「マリーちゃん……!」

「声が…………!」

 

 

 

《し  ぁ  わせ  に  な つて  ね》

 

 

 

 

「───あぁぁああああああぁああ…………」

 

 

 半年振りに、私の口から放たれた“オト”。

 “哀しみ”で凍った私の心を溶かしたのは、やっぱり彼の……彼がくれた“カナシミ”で。

 

 

「あぁああ……うぁあああぁん…………」

 

 

 彼が私にくれた、“ヤサシイカナシミ”は

 

 不思議と暖かい何かを私にくれて

 

 

「───、─────!!」

 

 

 恋しくて、ただ恋しくて

 

 会いたくて、ただ会いたくて

 

 

「嫌、嫌よぉ……いかないでよぉ……!」

 

 

 何度も何度も彼の名を呼んだ

 

 心の中にずっと溜まっていた思いと共に

 

 

 

「うぅっ…ひっぐ……うわあぁぁあああん……」

「鞠莉……っ」

「マリーちゃん…………」

 

 

 涙が止まらない。半年間、無意識のうちに心に溜まっていた涙は今洪水のように目から零れ落ちていく。

 

 手紙を胸に抱えて子供のように泣きじゃくる私を、チカと果南の2人が横から抱きしめてくれた。

 その暖かさが心地よくて、私はまた泣いてしまう。

 

 

 

 

 

 

 1度目の告白は、夕暮れに染まる河川敷で

 

 

 2度目の告白は、雪の降る噴水広場で

 

 

 3度目の告白は、私には聞こえなかったけれど

 

 

 

 ─────“4度目の告白は”

 

 

 

 

 

「───ちゃんと届いたわよ、アナタ」

 

 

 

 

 4度目の告白は、彼が遺してくれた暖かい“想い”。

 

 

 

 その想いに背中を押された気がして、私は顔を上げて……笑う。

 彼が“好き”と言ってくれた、彼が“見たい”と言ってくれたあの笑顔で。

 

 

 不意に窓から潮風が吹く。

 

 なびく髪を手櫛で整えながら……風が吹いてきた窓を振り返った。

 そこに広がる一面の蒼い海。

 彼も愛したその海が、何故かいつもより輝いて見えて。

 

 

 ……見ててね、アナタ。

 

 次にアナタに逢うときは

 

 もーっと“シャイニー”な私になってみせるから!

 

 

 再び優しい風が吹き込む。

 その風に、不思議と彼の香りを感じた私は

 

 

 

 ────最後に一粒だけ、涙を流した。




ここを読んでくれているということは、長い本編を読み終えてくれたということでしょう。
まことに感謝申し上げます。
扱ったネタは決して明るいものではなかったのですが、これも一つの恋の形としてはアリかな、と。
今回使用した病気はメイド・イン・またたね。完全にフィクションなので悪しからず。

さて、今回このような素晴らしい企画に参加させてくださった鍵のすけさん、本当にありがとうございました!
鍵のすけさんのサンシャイン小説と鍵のすけさん自身をこれからも応援していきます!
企画も折り返しを越え、そろそろ終盤へと差し掛かってきました。
私の後ろにもまだ作品投稿を控えた作家たちが今か今かとその時を待ち構えております!えっ、うそっ!まさかあの方が出るなんて………! なーんてこともあり得るかも?笑

長くなりましたがここまで読んでくださった読者の方、企画に参加されている作家の皆さま、鍵のすけさん、本当にありがとうございました!
それでは!
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