ラブライブ!サンシャイン!!アンソロジー『夏――待ちわびて』 作:鍵のすけ
深くは言いません。彼の作品を読んで、そして世界観を感じ取ってくださいBy企画主催者
波は青で、海は紺。
雲は白で、葉は緑。
空にぽっかり開いた穴からは、光が漏れてきている。
眩しい世界、目映い世界。
そんな世界で生きている。
せめて眩しいものが、世界だけだったら。
光に焼かれることなんて、なかったんだろう。
これは昔話。
いいや。違う。
これは自分の知っている、最初の童話。
無邪気に信じていて、今も覚えていて。
胸を躍らせて、何度も読み聞かせられて。
始まりはいつだってそう。
むかしむかし、あるところに……。
* * *
ボクが暮らしていたのは、静岡県。
さらに言えば、海へと多くの男達が踏み出す沼津市。または内浦。
もっと言えば、そこに浮かぶ、小さな島。
寂れていると言えば、そう。きっとここよりも寂れた場所はある。教科書に載るくらいには、有名な町なのだから。
それでもこの内浦にあるのは、緑の山、青い海に太陽、白い雲。
逆に言えば、それしかない。
そんなもの、内浦でなくたってある。
ボクは石ころを蹴飛ばした。本当に蹴飛ばしたかったのは石ころじゃない。でもその正体は、わからないままだった。
海を眺めた。何もない海だった。
ここからこの海は、地続きになっている。ボクが歩いているのも、きっと海なんだ。海の底に沈んでいるような気持ち。息苦しさをいつも感じていた。
ボクには何もできない。この内浦に、何もないように。
生きにくい世界。歩くことさえ、苦しい場所。
浜辺へと歩き出す。さく、さくと、足音を踏み鳴らす。
振り向いて、自分のつけた足跡を見た。ボクはそれを見て、少しだけ笑った。
「何をしてるの、ボク?」
声が聞こえた。綺麗な声だ。
ボクは顔を上げた。そこには女の人がいた。
声の通り、綺麗な人だ。濡れている一房にまとめられた髪。ダイビングスーツをまとった女性。
大人びた印象。落ち着いた雰囲気。目はすっごく輝いていた。
まるで、そう。人魚姫だ。
陸のしがらみに捕われない、海の生き物。
「ええと」
ボクは知っている。この人はダイビングショップのお手伝いさんだったかな。あのお爺さんの、お孫さん。
こんな綺麗な人だったっけ。ボクは思い出そうとしたけど、なんだかんだ、きちんと見ていないようで、まったくわからなかった。
「ちょっと波が高くなってきたから、気をつけた方がいいよ」
「あ、うん」
ボクはまるで、声を失ったかのようだった。喉から何か音を絞りだそうとするんだけど、何も言うことができない。
曖昧な返事、強張った顔。変な風に思われてないかな。不安になる。
「どうしたの? もしかして、私の顔に何かついてる?」
「い、いいえ、何も!」
「ああ、よかった。たまに千切れた海藻とかついてるんだよね」
へへ、と言って、頬を書いた女の人。
「って、ついてるじゃん! もう、嘘つき!」
「え、ええっ!? そんなぁ」
「冗談だよ、冗談」
女の人はそう言って、また笑った。眩しい笑顔だった。
見惚れてしまった。これ以上ないほどに、見惚れてしまった。
息ができなくなる。それは水の中にいるようなものではない。むしろ、水から陸へと上げられた魚のようだった。
急に吸った空気。そもそもの呼吸の仕組みが違う。
遠くを眺めた。海しかなかった。この海を、彼女は泳いでいたのだ。
ちょっとの時間が流れた。とっても長く感じたけど、実際はほんの少ししか経ってない。
ボクは、ある疑問をぶつけた。
「あの」
「なあに?」
女性は髪を梳く。その姿が、どこか艶かしい。
「どうして、海に潜るんですか」
それは素朴な問いだった。
ボクにはさっぱりわからない。どうしてわざわざ、息苦しい海へと潜るのか。
タンクを背負わなければ、呼吸さえままならない。体の自由だって利かない。
彼女が人魚だと言うのなら、答えてほしい。
この海を愛しているというなら、答えてほしい。
「そうだなあ、考えたことなかったかも」
その答えは、言葉は、ボクには衝撃的だった。
少しして、納得した。彼女にとって、海で泳ぐことというのはごく自然なものなのであろうと気づいた。
ボクにとって息苦しいことが、彼女にとっては当たり前にあるもので。そうしたものに、苦しんだことがないのだ。
だって、足ではなく、尻尾でこの海を渡るのだから。
「ぷかぷかと浮かんで。波に揺られて。潜って、魚たちを眺めて。それだけで、たくさんのことが『ま、いっか』ってなるの。大変なことがあったらさ、できる人にやってもらうの。私は、私のできることをするの」
そう言ってる彼女の姿は、どこまでも自由に見えた。
言ってることは、ダメな気がするけど。
海からも、陸からも、繋ぎとめられていないような。
どこだって自由に泳いで。どこだって自由に飛んで。
それでいいんだって、笑うように。
「できること、ですか?」
「そう。幼馴染がいるの。そのうちの一人が、くすくす、少し困った子でね。幼いくせに、立派に心配ぶって。でも、あの子の元気さと突飛な発想は、どうしてかわからないけれど、面白そうって思えるの。それで海で泳いで、ちょっと考えるんだけど、でもすぐに手伝ってあげたくなるの。不思議だよね。だから、できることだけ手伝うって決めたの。できないことは、やらない」
きっぱりと言い切る彼女。
どうしてだろう、ボクはその言葉が、救いに思えてしまった。
口が開く。けれど、言葉は出ない。
胸の奥底から湧いて出て来る感情。
その正体はわからないまま。また時間がすぎていく。
日が暮れてくる。遮るものがないから、内浦はとっても日が長い。
「ねえ、今晩さ、空いてる?」
言葉に詰まるボクを見かねたのか、彼女はそう言った。
「夜、ですか?」
「そう。星、一緒に見ない?」
星を一緒に。
それはとっても魅力的な誘いだった。
きっと、親にも彼女と一緒にいることを伝えれば、夜の外出を許してくれるはずだ。
けれど。
けれど、ボクの中に、ちっぽけなプライドが芽生えた。
「ごめんなさい、夜はちょっと」
「そうなの?」
「うん……」
嘘をついた。きっと見透かされてるだろう。
でも、これでいいんだろう。
「そっか。じゃあ、また、ここでお話ししようね!」
彼女はそう言って立ち去っていく。
後ろ姿を見届けた。ボクは視線を、海へと戻した。
また、ここで。それはとっても、とっても嬉しい言葉。
……ボクはまた、ここに来ることはあるのだろうか。
とっても眩しい彼女。
あの人をきちんと見れる日は来るのだろうか。
もう、海の底にいたような息苦しさはなくなっていた。
代わりにあったのは、眩しい太陽と、流れる雲。
緑の山。そして青い海。
ボクは足元を見た。あったのは、丸くなった瓶の欠片。
それを拾い上げる。光に照らされ、反射する。それは偽物だけど、宝石のように思えた。
大きく振り被る。思いっきり投げた。あの眩しい海に沈む、太陽に向かって。
ちゃぽんと、小さな波を立てるけど、大きな波に揉まれて消えていく。
ボクの告白は、泡となって消えた。
初めまして、真城光です。誰だお前って思った方も多いでしょう。それで正解です。誰ですか私は。
久しぶりの二次創作、それも『ラブライブ! サンシャイン』という未だにアニメ化していない作品を手がけさせていただきました。
普段は一次創作をしており、さらには……書いておいてなんですが、他の方より『ラブライブ!』への愛が薄いのは自覚しているところです。
けれども、今回は挑戦させていただきました。多くを語ると陳腐になるので、二点のみ。
一つに、どんな作品を書いたっていいということ。今回の作品は二次創作として邪道でしょうが、一次創作ではよくあるもの。こんな作品があったっていいんだぞ、と。
二つに、誰だって挑戦していいということ。私のような無名な人間だって書きたくなるんです。みんな書いていいと思うんです。
簡潔ですが、以上をあとがきとさせていただきます。
作品、楽しんでいただけたなら幸いです。またどこかでお会いしましょう。