ラブライブ!サンシャイン!!アンソロジー『夏――待ちわびて』   作:鍵のすけ

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ちょっとリアルがごたごたしてて結構グダグダですが、この企画がいかに素晴らしかったか、俺個人がいかにこの企画を気に入ってたかを知ってほしかったので今回サプライズ寄稿させていただきました。




砕けないハート

皆様、こんにちは。ご機嫌いかがでしょうか、(わたくし)は最悪の極みでございますわ、おほほ。

……いえ、最悪ではありませんわね。人生そんなに悪いことばかりではありませんわ。

 

ただ、悪いことも起きるだけでして……

 

「会長! 好きです! 付き合ってくださ~い!」

「嫌ですわ」

 

私の目の前にはアスファルトと熱い抱擁を交わしている男性の姿が。彼は起き上がると実にヘラヘラと軽率そうな笑みを見せつけた。

 

「いやぁ、相変わらず黒澤会長は手強いなぁ」

「そういう貴方はかなりしぶといですわね……これで五年目ですわよ」

「あぁ覚えててくれたんですね!」

 

「別の意味で、ですわよ」

 

流石に五年間暇さえあれば……いいえ暇がなくても作ってでも告白してくる男を忘れろという方が無理な話、よくもまぁ飽きませんわ。

 

「貴方、いったいどういうつもりで毎日私に会いに来るのですか?」

「え? そりゃあ好きだからですよ」

「わかりました、とりあえず私が馬鹿でしたわ」

 

認めたくないけれど、本気らしいですし。そもそもなぜ私なのでしょうか……あぁそれは当然ですわね、私の美貌に惹かれているに違いありませんわ。だって私ですもの。

ただどうにも、解せないことがあります。五年も、毎日毎日私に愛を捧げにくるうち気付かないのでしょうか……叶わない恋なんだ、と。

 

彼と出会ったのは私が中学二年生になった春。彼が私を会長と呼ぶのは、私が生徒会長だったからですわ。そのときの名残で私を今でも会長と呼んでくる。まぁ今でも浦の星の生徒会長ですから呼ばれ慣れていますし間違ってはいませんけど……

 

「それでは会長また明日です!」

「違う学校に通っているのにまた明日、ね……」

 

彼が言うのだから、また明日で間違いないのだろう。たとえ休日だったとしても、会いに来るのだろう。

だけど、それもあと少しだけ。残された時間はそう多くは無いということを、彼は知らないのだから。

 

それでも私はどうしても「あと少しの辛抱」と、思うことは出来なかった。

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

「今日は、なかなか来ませんわね」

 

翌朝、晴れた空の下。私は縁側で静かに彼が来るのを待っていた。待っていたというのは少し違いますわね、彼がしっかり習慣をこなせるかどうか確かめているところですわ。

だけども、今日はなかなか現れません。雨の日はメリーポピンズのように傘を持って飛んでくるというのに、晴れの日で風も無い日に現れないというのはなかなか不気味ですわね。

 

「まさか、どこかで事故に遭ってたり……」

 

少しだけ、ゾッとしました。ちょっぴり厄介な殿方ではありますが自分を慕い続けてくれている人が事故に遭ったなどとは、いくらなんでも考えすぎですわ。どうせ寝坊しているに違いありませんもの。

 

「…………」

 

振り子時計が折り返す音のみが部屋に木霊する。私はしばらく無言で、その音だけを聞いていましたがやがて湯飲みを叩きつけるようにして立ち上がってしまいました。

 

「…………っ~」

 

自分でも自分が分からずとりあえず家の門を開け放ちました。外へ出てみると、結論から言ってしまえば彼の姿がありました。彼は海を眺めていたのです。

なんだかやりきれない気持ちになって、気持ちずかずかと歩み寄ると私は彼の耳を思いっきり引っ張ってやりました。

 

「あれ、会長。奇遇ですね、これから挨拶に行こうと思ってたのに」

「少しはっ、痛がりなさい! このっ! ここまで来てるならさっさと挨拶に来なさい! 海を眺めるなら追い返されてからになさい!!」

 

どこかで事故に遭ってるかも、そんなことこれっぽっちもありませんでしたわよ数分前の私! タイムマシンなんて非現実的なものは信じませんがあるならすぐにでも過去の私に伝えてやりたいですわ!

しかし耳をどれだけ引っ張っても彼は痛がる素振りを見せないどころかいつものニコニコへらへらとした笑みを浮かべていて、無性にイライラさせるのでした。

 

「あー、もう……いいですわ、何事も無ければそれで! 心配なんかこれっぽっちもしてませんから!」

「え、え~。もう帰っちゃうんですか? もう少しお話しましょうよ~」

「嫌ですわ、私あなたを待っていたせいで無駄な時間を過ごしすぎましたもの。今から取り返さなきゃ今日が無駄になるわ」

 

そう言って彼に背を向けた瞬間だった。あまりのあっけなさについ不安になって振り返ると、彼はきょとんと呆けていた。

 

「待っててくれたんですね~!! 俺感激です!」

「誤解よ! というか、語弊ですわ!」

 

ああもう本当に楽観的で馬鹿馬鹿しい人ですわね……まったく、ちょっと困らせてみようかしら。

 

「貴方を待つ(いとま)はございませんわ。なぜなら私、卒業後に控えて今度お見合いをする予定ですの」

「見合い、ですか。これまた古風な」

「古風でもなんでもございませんわ、今でもする人はするでしょう? 私は、私含め黒澤家をさらに発展させてくれるような素晴らしい人材をこの目でしかと見定めるつもりです」

 

実のところ、これは嘘でもなんでもない、真実ですわ。私はもうすぐ様々な男性を見定めて、この人だっていう殿方を黒澤家へと迎え入れる。それが両親の望みでもあり、私が生きてきたうちの最初の大きな目標でもある。

それに対し、彼はへらへらとも切り詰めたような顔でもなく、ただニコニコしていた。

 

「そうなんですか。会長に釣り合う男見つかるといいですね~」

「え……?」

 

思わず虚を突かれた気分でした。いつもの彼なら、いいえ、彼の返答としてあまりに相応しくない言葉が飛び出して目と耳を疑いました。

彼が私を諦めた? こんな唐突に? 今までの五年間は? すべて、無意味になってしまっても良いというの……?

 

「そんじゃ、今日も会長の顔が見れたんで俺は帰りますね! お邪魔しました!」

「は、はい……御機嫌よう」

 

そこからは、いつも通りだった。彼は手を大きく振って、フェンスに掛けていた自転車に跨った。私は、そんな彼の背中を見て少しの罪悪感に襲われた。

どんな気持ちだろう、好きな人から、他の殿方とお見合いするので自分のことは早々に諦めなさいと言われたら。

 

「そんなの、知りませんわ……」

 

生まれてこの方、人を好きになったことなんかありませんもの……私を認めてくれる人はたくさんいた。けれど、その人たちが全員私を好きになってくれたかと言うと自信ががありませんわ、黒澤家の長女が聞いて呆れますわね。

いいえ、むしろこれは転機ですわ! 私は彼の屍を乗り越え、私を愛してくれる男性を必ず見つけてみせますわ!

 

「頑張るのよ黒澤ダイヤ! 私は絶対に愛されてみせますわ!」

 

こうして、私が覚悟を決めたのですわ。けどそれは長いようで短い、壮絶な数週間の始まりでした。

 

 

 

 

 

 

「お初にお目にかかります、黒澤ダイヤと申します。本日は、よろしくお願い致しますわ」

 

しずしずと頭を下げる。我ながら、素晴らしい所作だと感嘆の息が漏れてしまうわね。っとと、いけないいけない。いいですこと私、私はお見合い中ですの。従って自惚れるようなことがあってはいけませんわ。相手を立てて、優雅に、淑やかに――――

 

「いやぁ、本当にお美しい。お名前の響きに負けておられない……まるであなたは天女のようだ」

 

相手の男性は東京の方ではとても名の高い企業の御曹司だそうで、気品に溢れ私に相応しい優雅さを兼ね備えていました。気立ても良く、優しさが滲み溢れていますわ……!

そうですそうです、私はこういう男性を待っていたのですわ!

 

「いえいえ、そんな……行く先々でからかわれますのよ? ダイヤだなんて、仰々しい名前だって。私はもう少し、日本の女性らしい名前が良かったですわ」

「それこそもったいない、あなたはダイヤという名前で正解だ。ご両親の先見に狂いは無かったのです」

 

堪えるのです黒澤ダイヤ! ここでニヤケてしまってはいけないわ! 私は家名を背負ってこの場にいるのですから、私のせいで家に泥を塗るだなんてそんな馬鹿な真似が出来るものですか!

 

「僕も、お見合いなど歳不相応だと思っていたのですが、あなたさえよろしければこれからもよろしくしたいものです」

 

っ! 来ましたわ! 一発目にして最高の殿方が――――!

 

 

 

「やはり、美しい女性でなければダメなのです。あなたのその美貌は美醜という概念を超えている、どんな芸術家であっても貴女のような美しい彫刻は作れないでしょう」

 

 

 

その一言は、確かに私を賞賛するような声でした。しかし私の心に何か、異物があるような違和感を残していきました。まるで歯が抜けた後のあの空間のように、何も無いのに気になって仕方がない。

結局、その後のやりとりに私の魂はありませんでした。だんだんと胸がムカムカするような気持ち悪さに変わっていって、最後の方は眉すら顰めていたかもしれません。

 

 

 

 

 

「う……」

 

「大丈夫……? ダイヤ、顔色悪いよ?」

「平気ですわ……ただ眠くてお腹が空いただけです」

「Oh!? ダイヤ、オネムでハングリーなの?」

「騒がないで鞠莉さん頭に響きます……ふぁ……っ」

 

あれから数週間後、あっという間に過ぎ去った私のお見合い強化期間。結果は言ってしまえば散々、でしたわ。最初の殿方以降も、優しくとても紳士的な方ばかりでした。

しかし、どの人も共通していることがありました。私しか見ていない、または私をまったく見ていない人しかいなかったのです。

 

私しか見ていない人は、私という人間……少しだけ不躾な表現をするなら私という女が欲しいだけ、と顔にありありと書いてありました。

さらに私を見ていない人は論外ですわね、黒澤の名前が欲しいだけのように思えました。私の目を見ながら、私の後ろを見ていたのです。そんな殿方に私の伴侶は務まりません。

 

そんな有象無象を相手にしたストレスか、最近私はまったくというほど寝付けませんでした。ついでにご飯も喉を通らなかったのです。

私という人間、ここでいう人間とは私という全ての要素であり、それら含めて愛してくれる男性がいないということに気付いたことが想像より少しショックが大きかったようですわ。

 

欠伸をこらえることも出来ずに涙目を擦ると、昇降口の先に下校中と思われるあの人を発見しました。

お見合い期間中は一度も現れなかったからか、妙に新鮮な雰囲気を感じていました。けれど彼は私に気付くと手を振るだけでそのまま立ち去って行った。

 

ドサッ、と私の肩から通学鞄が落ちた。しかし私は寝不足に宛てられすぎた頭ではさすがに処理しきれない情報と戦っていました。

 

「へぇ~、彼がダイヤを見て挨拶も告白もしないで会釈だけなんて珍しいね~」

「ホントね~、もしかして喧嘩でもした? ダメよ、せっかくダイヤが好きだって言ってくれる唯一の人なのに意地悪しちゃあ」

 

好き、好き……そうですわ、彼は私のことを好いているのですわ。だというのに、だというのにここでスルー!? あんまり……じゃなかった、あまりにもいい加減すぎませんこと!?

 

「ちょっと、お待ちなさぁぁああああああああい!!」

「ダイヤ!?」

「Wow! ダイヤ!?」

 

私は鞄を拾うのも忘れて彼の背中を追いかけた。昇降口を飛び出すと彼の背中目掛けてタックルでもしてやりたい衝動を解き放ちながら追いかけた。しかし彼は足音か何かで私の存在に気付くと顔を真っ青なのか真っ赤なのか分からないような奇妙な顔色にして逃走しました。きっと私に対して何か負い目があるから逃げたに違いありませんわ!

 

「待ちなさい!」

「い、いやですよー! ぜ、絶対いやですよー!」

 

さすがは男性、全力で追いかけてるのになかなか捕まらない。けれど私は寝不足、空腹というハンデを背負ってでも彼を捕まえなければというどこか執念めいた思いに突き動かされていた。

やがて、彼自身も消耗してきたのか、だいぶ走ったところで観念したのか走るのをやめた。しかし私は考えるよりも先に足を動かしていたため、彼が止まったと認識した瞬間思い切り彼を突き飛ばしていました、私自身の身体で。

 

「うごぁ!」

 

彼の悲鳴の後、私はようやく彼の背中の上にうつ伏せになっていることに気付いた。慌てて立ち上がろうとしたけれど、私の腕は彼の腕の下に挟まっていて下手に身動きが取れない姿勢だった。

そのとき、私の胸に直接叫んできたのは彼の心臓の鼓動。必死で走っていたのでしょう、バクバクと私にその旨を伝えてきた。その心臓のリズムが私の心臓のリズムと重なって、正直かなりドキリとしましたわ……

 

「なんで逃げますの!?」

「会長、お見合いするって! だから、俺応援しようと思って!」

「これがお見合い成功した女の顔に見えますの!? あなた私のことが好きだと言うのならもっと目を凝らしなさいな!」

 

彼を転がして、拙い化粧では隠しきれなかった酷い顔を見せる。しかし彼は、私から目を逸らすとやや強引に立ち上がった。

 

「すいません! もちろん会長のことは好きですけど、今日は特売があるんです! それじゃ!」

「はい……?」

 

そう言い捨てるようにして彼は鞄を拾ってそそくさと去って行った。残された私は立ち上がるのも忘れてぽかんとしていました。

 

――――が。

 

「ちょっと、お待ちなさいなぁぁぁぁあああああああ!!」

 

「えぇー!? なんで追いかけてくるんですかー!!」

「傷心の私よりもお買い物の方が大事なんですの!? その程度の男でしたの!?」

「死活問題なんですよー!!」

 

私よりもいつもよりちょっと安い卵やその他の方が大事だなんて認めませんわ! 絶対に!

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

「お、弁当も安い。買っておこ」

「あなた、いつもこんなものばかり食べてますの?」

「はい、ここのお惣菜絶品なんですよ~」

 

なんやかんや、もう一度彼を捕獲した私は彼に説教するついでになぜか買い物に付き合っていました。追いかけてくるなら、と腹を括った彼が卵のパック二つを安く買うために協力してほしいと頭を下げてきました。正直意味が分からないけれどこれ以上追い掛け回すと私が倒れそうだったので譲歩案として受け入れただけですわ。

 

「ダメですわ、きちんと自炊しなさい」

「えぇ~……学生に自炊はキツイですよ……」

「あなたの性格上、好きなものしか食べないでしょ。サラダを好き好んで食べているようには思えませんわ」

 

そう指摘すると彼はバレてる、と言った風に目を逸らした。図星を突いたようなので私は彼の手からお惣菜をやや強引に奪い取るとコーナーの一角に戻した。彼曰く美味しいお惣菜さんごめんなさい、どうか他の誰かに美味しくいただかれてくださいませね。

 

「どうにもあなたは自己管理が甘いですわ。この際だから、私があなたの私生活をチェックして差し上げます!」

「いやいやいや、結構ですって。会長の手は煩わせませんよ」

「卵を一パック多く買うためだけに私を使うだなんて納得行かないわ、ここまで来たら徹底的に監修します」

 

彼からカートを引っ手繰ると、手当たり次第に材料を放り込んでいく。すると見る見るうちに彼の顔が真っ青になっていく。まるで自炊するくらいなら餓死すると言わんばかりの往生際の悪さ――――

 

「ま、待ってくださいよ! こんなにたくさん、冷蔵庫に入りませんし!」

「あなたの家の冷蔵庫はどれだけ小さいんですの!?」

「いや一般家庭の冷蔵庫のキャパと会長のお家の冷蔵庫と一緒にしないでください!」

 

これがギャップというやつですのね、一つ勉強になったわ。にしても、まさかそんなに冷蔵庫が小さいだなんて、大きい冷蔵庫を使えない理由でもあるのかしら……ひょっとして彼の部屋はとても小さいんじゃ……?

 

「おやつは五百円までよ」

「会長、バナナはおやつに入りますか?」

「栄養価が高く、房でも比較的安価で手に入りますから、許可します」

「やったー、わーい……バナナか」

 

バナナ苦手なのかしら、バナナがおやつ入りしたせいで彼はひどくげっそりしていた。しかし高校生にもなって食べられないものがあるだなんて、中身はまだまだお子様ですわ。ちなみに私はハンバーグとグラタンが嫌いなだけで食べられないわけではございませんわ。

 

「あと、食後にヨーグルトなんかも効果的ですわ。特にサラダを定期的に食べない貴方に乳酸菌が食物繊維の変わりになってくださいますわ、感謝なさい」

「会長ありがとうございます」

「わ、私じゃなくてヨーグルトに……いえ、この際だから受け取っておきますわね」

 

なんだか、いつもとはペースが違うような。言ってしまうと、なんだか変な気分。ここまで彼と話をしたことがあったかしら……

 

いつもは、告白されて、けれど私が相手にしなくて、彼はすぐにいなくなっていたけど……今日は違う。

 

今日は、私から話を振って、彼が一喜一憂の反応を示す。そしてまた私が返し、彼も続く。いつもの私たちと、全然違うのです。

そしてなぜだか今日はとても暖かな気分。あれだけ白熱したチェイスを繰り広げたからか、身体は火照っているし鼓動がいつもより速い。

 

「あ、先輩この卵ですよ。はい、お願いします」

「……はいっ!? そ、そうですわね。卵を買いに来たんですものね……」

 

最初こそ、ついでに私を担ぎこんだことに対してブツブツ文句を言いましたが、その……彼とのお買い物、商品の取捨選択は今まで以上に彼を知ることになってとても不思議な気持ち。

たかが買い物、されど買い物。お見合いによって私に溜め込まれたストレスがすとんと落ちていくみたい。彼はまるで軽石のようで、彼を掴んでいる間はふわふわとした気持ちでいられる気がしますわ。

 

レジ部の係員の下へカートを運ぶ。端から見ればどういう風に見えているのだろう。

ひょっとして、私たちがそういう関係に見えていたりするのかしら? いやいや、ありえませんわ。こんな、こんな……

 

「こんな、なんですの……」

 

どうして、彼に対する不満が出てこないの……いつもだったら、軽薄だとか、嘘っぽいとか、とにかく出てきた言葉を粗方投げつけて彼を追い払えるのに。

 

なぜこんなにも、彼に対して辛辣な言葉をかけることに抵抗があるのですか……?

 

彼とどういう関係に見られているのですか? 私は、それをどう思っているのですか?

 

「お会計以上でよろしいですか?」

「はい、ちょうどでお願いします」

「お会計ちょうどですね、お預かり致します……こちらレシートでございます。ありがとうございました、またお越しくださいませ」

 

けれど、私はどう答えたらいいのでしょう。彼の五年を、認めるべきなのか。それとも、黒澤の家に相応しい殿方を探し続けるべきなのか。

彼との触れ合いは心を鈍らせる。あまり好ましいこととは思えませんわ。だけど、だけど……

 

「会長……?」

 

認めなくてはいけない、彼の隣にいたこの数分はとても、居心地が良かった。だらしなくて、ちょっぴり危なっかしい彼を放っておけなくなる。

心を、どんどん鈍らにされていく。けど、鋭い刃でい続けるには、精神を研ぎ澄まし続けなければならない。この誘惑に屈してしまいそうになる。でも屈することで得る幸せも見つけてしまった。

 

そこまで考えていたときだった。やや乱暴なくらい強い力で、手を引っ張られた。くっと握られた掌から彼の異常なまでの熱を感じた。

 

「次のお客さん来てますから、早く行かないと……!」

 

彼が私の手を引っ張っていた。その表情は真剣で、私はぼうっと突っ立っていたことをすっかり忘れるほど顔に熱がこみ上げた。それから、彼の買った商品を袋に入れるまでも考え事が止むことは無かった。

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

「お邪魔しますわ……」

「ホント狭いんで、すみません」

 

そう言って彼は先に上がると買った商品の中で冷蔵する必要のあるものを率先して冷蔵庫に入れていく。ちなみに彼の冷蔵庫だが確かに私が選んだものまで買っていたら間違いなく入らなかった。こんな小さい冷蔵庫があるんですのね……

彼が冷蔵庫に夢中になっている間に、彼の部屋の中を見渡す。冬制服がハンガーにかけてあったり、朝のまま整ってないシーツや布団がベッドの上に散らばっていたり。

 

「まったくだらしないですわ」

 

私はちょっと目に付いたシーツや布団を皺が残らないようにパンパンと伸ばしながら畳んでいく。すると、シーツやふとんからふわりと、微かに彼の匂いが漂ってきて心臓が止まるかと思うほどの衝撃が走りましたわ。

 

「ありがとうございます会長のおかげで、しばらく卵には困らないと思います」

「ふぁっ!? あ、あ~! え、えっと……そうですわね、無駄遣いしないよう計算して使用するように!」

「はい、わかりました。じゃあ送りますよ」

 

そう言って彼は再び部屋の鍵を手に取った。どうやら私を家に送り届けるつもりらしかった。けれど私は先ほど生じた迷いに結論を出すまで、彼から離れるつもりはない。

 

「いいえ、まだ帰りませんわ」

「え……いや、俺は嬉しいですけど……やっぱ会長は帰らなきゃダメですよ。婚活してるのに、男の部屋で二人きりだなんて……」

「婚活じゃありませんわ! とにかく、私の気が済むまでここにいさせなさい!」

 

ヤケになって怒鳴ると彼は困ったように頬を掻いた。なんですの? 私がここにいたら困るんですの? 私のことが好きなら、嬉しいはずでしょ。

私はとにかく座るスペースも無かったようなので、彼のベッドに腰を下ろさせてもらった。すると彼はさっき買ってきたペットボトルのお茶をコップに注ごうとしたが、私はそれを手で制した。

 

「少し、話がありますの。さっき話題に上がったお見合いのことですわ」

「……会長は、その話を俺にしてどういうつもりですか。結構、ひどいことだと思います」

「承知してますわ、ただ少しの間だけ我慢して聞いてほしいのです。私はこの数週間のお見合い期間で、ずいぶん心をすり減らしました。ここまで私個人に魅力がないと叩きつけられたのは人生で初めてですわ」

 

彼はそんなことない、そう言ってくれましたが私はまた彼を制した。

 

「何度も何度も、私の外しか見ない人間。さらには私を見ているようで、私の後ろ、家を見ている人たちを相手にして、若干男の人というのが分からなくなりつつあります。少なくとも、ここ数年は貴方以外に私と接してくれる男性などいませんでしたから」

 

覚悟は決まった。この質問に彼が答えられないのなら、私はもう黒澤家の長女としての価値を失くす。

いいえ、答えたとしてもきっと茨の道を行くことになる。それでも、私は答えが欲しい。

 

「だから、聞かせてほしいのです。あなたは、いったい私のどこが好きになりましたの?」

 

そう訪ねて、彼は思案するように顎に手を当てた。彼のベッドから降り、彼の正面に座して答えを待ちました。

どんな考えを繰り広げているのだろう。私が気に入るような最善の答えを探しているのだろうか、しかしそれは繕った言葉。身体や心の正直さの前に脆く儚く崩れ去る。

 

「そう、ですね……確か最初は入学式の時のスピーチで、一目惚れしたのがきっかけだったのであの時は会長の外見から好きが入っていったと思います」

「そうですか、続きがあるのでしょう?」

 

私が促すと彼はこくりと首を縦に振った。

 

「で、しばらくは会長のことを遠くから見てるだけだったんですよ。それで、夏休みに入る頃くらいかな……会長と初めて話をする機会が来たんですよ。と言っても、出逢い方はある意味最悪でしたね。なんせ踊り場から振ってきた段ボールが直撃してきたわけですから」

 

そういわれて思い出した。私は当時会長職に慣れず、やれることすべてを抱え込もうと必死でどんな仕事も一人でこなそうとして、結果大量の荷物を運んでいた最中バランスを崩して彼を書類まみれにした。

 

 

 

「あの時の会長で、会長の中身を知りました。すげぇ凛としてて、かっこいいのに本質はやっぱり女の子で、予想外のことに弱くて……そんな凸凹で、歪な会長が好きになったんだと思います」

 

 

 

……なんですの、それ。凸凹で歪、それが人に、好きな人に対する評価なの……? 

だけど、そうかこれが……これが彼の答え。彼はこのときに私という原石を見つけて、五年かけて研磨してきたんですのね。

 

金剛石の原石を、ひたすらに。五年という歳月、一日ずつ、確かに磨いてきたんですのね。

 

「……やっぱりあなたは他の殿方とはどこかが違う。でも、そうですわよね。あなたが私に捧げた歳月は五年、最近会った殿方()()()が敵うはずありませんわね」

「ごときって、会長かなり辛辣ですね」

「あなたを持ち上げてるのですから当然ですわ」

 

「ははは、でも会長にそう言ってもらえてなんか嬉しいです。なんか……満たされました」

 

彼はそう言って照れくさそうに頬を掻いた。しかし私はその一言を受けて少しムッとしてしまった。

 

「満たされた、ってどういうことかしら? もしかしてこの程度で満足してるのかしら。だとしたらまだまだ程度が甘いですわ。」

 

「けど、会長が認めてくれたから……なんか、これ以上はバチが当たりそうで……」

「そうですわね、仮に! ですけどあなたが私の伴侶候補になるのなら、間違いなくお父様たちから叱責が飛んできますわね! だらしない私生活がこの部屋から見て取れますもの」

「いやぁ割と綺麗にしてるつもりなんですけどね……」

「確かに綺麗ですわ、でも詰めが甘いのよ。冷蔵庫の中も整理が追いついてないし、ベッドも朝のまま!」

 

先ほど私は彼の冷蔵庫の中を見たが、入れ方を工夫すればまだ十分にスペースが取れるような感じでしたし、少しずぼらすぎるのですわ。

 

「なんか、褒められた嬉しさ以上のショックで少し気分が……」

「下がってきました? ならちょうどいいわ、あなたにチャンスを上げますわ」

「チャンス……ですか?」

 

そう鸚鵡返しをする彼に対し私は不躾と分かっていても指を突きつけ、宣戦布告する。

 

「私と勝負なさい。競技は問いませんし、あなたの得意なことで私を打ち負かしてみなさい。あなたが勝てたら、あなたの望みを叶えてあげます」

「俺の、望み?」

「有り体に言えば、私を好きにしても良いわ。ただし勝てたら、あなたが負けたら私の望みを聞いてもらいますからね」

「俺に出来る限りのことで勘弁してくださいね……? と言っても、この部屋で勝負できるといえば……ゲームくらいしかないけど……」

 

キョロキョロと周囲を見渡す彼。私も失礼にならない程度の彼の机の上などを探してみる。そして、賭け事にはちょうどいいアイテムを発見した。

 

「これで、どうでしょう?」

「トランプ……ですか。二人でやるなら……ババ抜き?」

「お子様ですか! ……そうですね、大人っぽくポーカーで行きましょう」

 

ポーカーが大人っぽいという発想が既に子供っぽいですが、この際気にしないわ。私は山札をシャッフルし、彼と私の交互にカードを配っていく。

妙に静かな雰囲気がテーブルを中心に広がっていく。

 

「私から行きますわね、二枚捨てま…………」

 

そこまで呟いて、私は言葉を失いました。揃いすぎていたのです。いえ、確かに一番強いという役ではございませんが、それでもスペードの5が二枚、クラブのQが三枚(フルハウス)

彼がよほどの運を持たない限り、彼はまず勝てない。そして、彼の番になり彼は――――

 

「ノーチェンジ、俺は何もしません」

 

その言葉はあまりにも衝撃だった。私の手札を知らないからこその大胆な行動。いえ、知っていたとしても彼はノーチェンジ、札を変える必要が無い。

なぜ? 彼にとってこの勝負は片手間にするような勝負ではないはず。五年の集大成と言っても過言ではない、彼の努力を彼自身が称える大事な一戦。

 

だというのに、彼は自らの手に舞い込んだ最初の五枚を、そのうちの何枚かに掛けた想いからか一枚も手放さない。

 

それはなんですの……?

 

賭けを振ってまで誇示したいそのカードはいったい、なんなんですの……?

 

「じゃあ、オープンでいいですか? 会長からどうぞ」

 

彼はいたってにこやかにポーカーフェイスを保っていた。私はなんだかその見透かした目にここ数週間相手してきた男たちに似たものを感じて少しだけ機嫌が悪くなりました。

 

「フルハウス、ですわ。あなたの手札は、いったいどんな役なのかしら」

「…………まぁ結論から言えば、ワンペア……ですね。完璧に俺の負けです」

 

手札を公開するより先に、彼は負けを認めた。私にはなおさら、その手札から勝負に出なかった彼を疑った。私が役無し(ブタ)である可能性に賭けたのでしょうか、それとも別の理由が?

 

「あなたの手札、いったいどんな手札なの……? この勝負、あなたが何の意味もなくワンペアを維持するために手札を変えなかったとは思えませんわ」

「確かに、ちょっとワケ有り……ですね、ってあぁちょっと!」

 

私はまだるっこしい彼から五枚のトランプを奪い取った。クラブの3、5、ハートとダイヤのA、スペードの8と確かにワンペアでした。この五枚に、勝負を投げるほどの意味が含められている。

 

「なぜ、この五枚なんですの……」

「五枚っていうか……この二枚です、これはどうしても外せないっていうか……俺からの、そうですね……」

 

彼が言葉を千切った瞬間、私の中で答えが繋がった。

 

 

 

「「――――――告白」」

 

 

 

まったく、酔狂な殿方ですわ。確かにこの勝負でダイヤのAとハートのAを引き当てたのは、強運としか言いようがありませんわね。

 

「1月1日、会長の誕生日でしたよね」

「そして、ダイヤにハート……ですものね。えぇこれは負けましたわね、私のフルハウスを上回る運ですわ」

 

 

――――この世に"たった一人"の"黒澤ダイヤ"へ捧げる、"たった一つ"の"愛"。

 

 

この札のために彼は勝負を投げた。彼にとってこの勝負の勝ち負けは札を配られた瞬間に決まっていたのです。

 

「ですが、勝負は私の勝ちですわ。最初に言った通り、私の願いを聞いて叶えてもらいましょう」

「お、お手柔らかに……」

 

こんな大胆な告白をされて、正直顔が緩んでしまいそうなのだけれどここはかっこよく決めなくてはいけませんわね。

これから宣告するのは、彼にとっても私にとっても過酷な未来。けれど、きっと彼なら乗り越えてくれる。

 

 

「じゃあ貴方に下しますわ、私からの命令よ。よーく聞きなさい」

 

 

 

 

 

一生、私と添い遂げなさい。

 

健やかなるときも、

 

病めるときも、

 

喜びのときも、

 

悲しみのときも、

 

富めるときも、

 

貧しいとき……はきっとありませんわね。

 

とにかく私を愛し、私を敬い、私を慰め、私を助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いなさい。

 

約束、ですからね!

 

 

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