おぼろげに浮かび上がる意識。
最初に感じたのは、右頬に触れている柔らかな、弾力のある何か。
目を閉じたまま、左手でその何かに触れてみる。表面はすべすべしており、それでいてほのかに温かい。
まるでマシュマロのような、それでいてしっとりと吸い付いてくるような不思議な感触。
その心地よさに、思わず頬をすりよせてしまう。すると、その何かは子供をあやす様に頭に手を置き、そのままやんわりと撫でてくる。
何度も髪を通り抜けていく誰かの手。それを不快と思うどころか、されるがままに身を任せてしまおうかとも考えてしまう。
そのまま襲来してきた睡魔という波に、再度意識がさらわれそうになる寸前、背中と右腕に疼く様な痛みを感じた。
痛みという刺激に急速に意識がクリアになっていき、同時に少しずつ自分がどういう状態なのか理解ができてくる。
どうやら俺は右側を下にして横になっており、頭を誰かの身体の一部に乗せている……と思われる。
ひとまず、自分が起きている事を相手に知らせなくては。眠っているふりもほどほどにしておかないと、後が恐い。
というかこのままの状態を続けていると、削れる。主に理性とか、自尊心とかがゴリゴリと。そういったある種の危機感を抱き、伏せていた目蓋を開く。
「良カッタ。目ガ覚メタヨウネ」
頭上から安堵した様な、穏やかな声が耳に流れ込んでくる。
横になっていた状態から身体を起こし、声の方面に顔を向ける。
するとそこには予想とは少し違った人物がいた。
「……タ級?」
何故ここにという意味を込めて、彼女の名を口にする。
「不思議ソウナ顔ネ。貴方、自分ガ沈ミソウニナッタ事……覚エテイル?」
タ級の言葉に、先ほどの光景が脳裏によみがえる。動かない身体。感覚は徐々に薄れ、もがいても水面に届かず暗い水底へ沈んでいく。
それを思い出し、自然と両手で自分の身体を抱きしめる。もし、あの時伸ばした手を掴まれていなかったら、今頃俺はここに存在していなかった。
ずぶ濡れになった犬のように、身体が震えだす。そんな俺をどう思ったのか、タ級は励ますように俺の頭に手を置き、そのまま頭を撫でてくる。
一瞬、意外に優秀な軽巡の台詞が頭をよぎったが、口に出したら死にたくなる事は明確……!なので抵抗せず、状況に身を任せる。
「
俺の頭を撫でながら、言い聞かせるようにタ級は告げてくる。その言葉に、僅かな違和感を覚える。
沈んだらそこで終わりなのは、艦娘も深海棲艦も同じ。轟沈したものは二度と戻らない。これは元の世界でも原則としてあった事だ。
だが、タ級の口ぶりからすると……艦娘には轟沈に対して何かしらの
……ここはタ級に聞いてみよう。自己知識で判断を下すのは危険だ。
「艦娘と違うとは?」
「
でも、とそこでタ級は話を区切る。
「
タ級は俺を撫でる手を止め、問いかけるようにこちらを見つめてくる。どうやら、自分で考えてみろという事らしい。
深海棲艦と艦娘の違いか。艦娘と決定的に違う事、やはりそれは。
「妖精さんの存在でしょうか」
「ソノ通リ」
よくできました、と感心した様な声色でタ級はこちらに返答してくる。
要は、艦娘には妖精がいるから大破状態でも沈まないという事か。逆に深海棲艦は妖精の恩恵を受けられない。
なるほど、つまり妖精さんはすごい。
「コチラニモ、妖精ガ
そういってタ級は物憂げに呟く。
「妖精さんですか。私、見えますけど」
「エ?」
ほら、そこに。
そういって先ほどまで持っていた単装砲――今は俺の手から離れ、砂場に転がっているが。
その単装砲の台座に座っている装備妖精さんを指差す。突然話を振られた妖精さんは、慌てた様に台座の影に隠れてしまった。
素面で言ったら、間違いなく黄色い救急車を呼ばれてしまいそうだが、実際見えるから仕方ないし。
「嘘ヲ言ッテイル訳デモナイヨウネ。ヤハリ――」
タ級は絶句していた顔を引き締め、口に手をあてて考え込み始めた。
後半は声が小さかったため聞き取れなかったが、何かを決めかねているようだ。
さらっと言ってしまったが、もしかすると地雷を踏んでしまったのではないだろうか。そんな若干の後悔が頭をよぎる。
「話ハ纏マッタカ」
考え込んでしまったタ級に対しどうしたものかと悩んでいると、いつのまにか俺の隣にホ級が佇んでいる。
「ホ級? いつからここに」
「オ前達ガ仲良ク膝枕ヲシテイタ辺リカラ、ダ」
……それってつまり、最初からいたんじゃないだろうか。
気付かなかった俺もアレだが、居たなら声をかけて欲しい。みられた方は非常に恥ずかしいのだが。
「妖精ガ見エル、カ。マアイイ。ソレヨリ身体ハ大丈夫カ?」
そんな俺の心境などいざ知らず。ホ級は心配そうにこちらの身体を気遣う発言をしてくる。
「少し痛みますが、動く事に問題はありません。ホ級は今までどこに?」
「私ハ周囲ヲ警戒シテイタ。先ホドノ艦隊ガ追ッテクル可能性ガアッタカラナ」
そのまま互いの状態や現在の状況について、軽く情報交換を行う。
すると、タ級が意を決したように俺達に話しかけてくる。
「貴方達、行ク当テハアルカシラ。良ケレバ私達ノ泊地ヘ来ル事ヲ勧メルワ」
「泊地?」
聞き慣れない単語を、オウムのように聞き返す。
察するに、艦娘側でいう所の鎮守府みたいなものと推測できる。つまりこれは一種の勧誘だろうか。
正直にいうと願っても無い助けだ。このまま広大な海をさまようより、どこかの集まりに属してその庇護下に入る方が身を守れるだろう。
そこが受け入れてくれるかどうかは、別としてだが。
「泊地の場所はどこですか?」
思わず反射的に場所を聞いてしまう。
しまった。これでは行きたいですと言っているも同然じゃないか。
タ級は腕組みをしながら、我が事成れりといわんばかりの顔で泊地の場所を教えてくれる。
「ココカラ南に下レバ到着スルワ。人間達ハ私達ノ泊地ヲ、
思わず言葉を失ってしまう。聞き間違いだろうか。今なにかとてつもなくアロハ的単語が聞こえたような。
ハワイ、はわい、hawaii、羽合布哇、はわい、ハワイ……頭の中で単語が意味も無くクルクル回る。
十回ほど単語の意味を咀嚼し、思考を巡らすも、返ってくる単語はやはりハワイ。
俺は動揺する精神を押さえ込み、タ級に問いかける。
「ちなみに、深海棲艦の方々はなんと呼称しているのでしょうか」
動揺が抑えられなかった為か、妙に形式的な問い方になってしまう。
まるで逃げ道がどんどん無くなっていく様な、バラバラだったパズルのピースがかみ合うような奇妙な感覚を覚える。
糸をたぐり寄せるように、記憶を思い返す。
――そうだった。深海棲艦の、人類にとっての元凶が居る場所は。
「私達ハ、中枢泊地ト呼ンデイルワ」