似て非なるもの   作:八割方異形者

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水底ノ彼女ハ永久ニ

「……あと5分だけ」

 

 ゆさゆさと、身体が揺さぶられる感覚で意識が浮上する。

 眠りの沼に半分ほど浸かった脳をどうにか動かし、起こそうとしている相手に拒否の意を伝える。

 相手からの返答は無いが、身体を揺さぶってくる動きがピタリと止まる。よし、どうやらこちらの言い分を理解してくれたようだ。

 

 ――それではおやすみなさい。

 

 俺は再度、睡魔の波に身を委ねようとして、ふと左頬に妙な感覚を覚える。

 ペチペチと一定の間隔で左頬を叩いてくる何か。こちらを気遣っているのか、痛みは無い。むしろ赤子を寝かしつける様な力加減だ。

 最初は指かと思ったが、感触的にそれとは違うようだ。スベスベしているが、かじかんだ指先で触れられているようにヒヤリと冷たく、それでいてぬるりとした湿り気がある。

 

 「困リマシタ。起キマセンネ……ソレナラ」

 

 困惑していると、起きない俺に業を煮やしたのか、頬を叩いていた何かの動きに変化が起きる。

 この時点で眠気は8割方吹き飛んでいるのだが、相手が何をしてくるのか気になったため、そのまま狸寝入りを決め込む。

 するとその何かは頬を一撫でした後そのままニュルリと耳の中に入り込んできて――

 

 「っ!?」

 

 思わず音にならない声が口から漏れ、飛び起きる。

 反射的に入り込んできたソレを掴もうとするが、すんでの所で取り逃がしてしまった。

 

 「……ヤリマシタ。現在時刻、0805(マルハチマルゴー)。オハヨウゴザイマス、工廠」

 

 抑揚の少ない、落ち着きのある声。

 だが耳に届くその声は、どこか成し遂げたような満足感に満ちている様にも聞こえる。

 とんでもない起こし方をしてきた相手の頭には、スラリとした体躯とは対照的な、大きな艤装。

 そして艤装の両端から伸びる、イカの触腕に似たモノ。それはヲ級の感情を表現しているのか、ゆらゆらと左右に揺れている。

 いあいあまさか……いやいやまさか。思わず左耳をかばう様にさすってしまう。

 混乱と動揺が思考を埋め尽くしているが、ひとまず朝の挨拶を返さなければ。挨拶は相手の存在を確かめる行為でもある訳だし。

 

 「お、お」

 

 「ヲ?」

 

 「ヲ……おはようございます」

 

 「呼吸ガ荒イデスネ。ドウカシマシタカ?」

 

 「……ちょっと夢見が悪くて」

 

 主に貴方のせいで。とは言いだせず、適当にお茶を濁す。

 そんな俺をヲ級は不思議そうに見つめた後、本来の用件を思い出したのか、表情を引き締め話し始める。

 

 「司令カラ伝令デス。目ガ覚メタラ丘ノ上ニ来ルヨウニ、ト」

 

 「ちなみにどういった用件でしょうか?」

 

 「私ハ内容マデ知ラサレテイマセン。直接司令ト話シタ方ガ良イデショウ」

 

 了解、と寝ぼけた身体に気合を入れ、座った姿勢から勢いをつけ立ち上がる。その衝撃で今まで寝ていたベッドが大きく軋む。

 外の天候は――どうやら晴れているようだ。半壊した壁の隙間から、光が差し込んでいるのが見て取れる。

息を吸い込み、伸びを一つ。体中の関節から小気味よい音が聞こえ、それが妙に心地よく感じた。

 

 「よし、行きますか……ヲ級はどうしますか?」

 

 「工廠ヲ、司令ノ所マデ連レテ行クノガ任務デスカラ」

 

 ひどく真面目に返されたが、つまり一緒に来るという事と解釈。

 さて、用件とは一体なんだろうか。崩れかかった建物から抜け出し、目的地へと足を進め――さほど時間もかからずに、待ち合わせ場所に到着する。

 ……そこには自らの艤装に寄り添ったまま、すやすやと眠っている中枢と、どこか困ったように中枢に話しかけているタ級の姿。

 

 「司令、工廠棲姫様ガオ見ミエニナリマシタ……司令、聞コエテイマスカ」

 

 タ級はちらりとこちらを視界に収めた後、再度中枢に視線を戻し、呼び掛け続けている。状況を見るに、タ級は中枢を起こそうとしているようだ。しかし、肝心の中枢は――全く起きる気配がない。

 呼んだ当人が眠っているという事実。そして無防備に気持ちよさそうに眠る中枢に対し――わずかのいら立ちと、それ以上の悪戯心が湧き出してくる。

 仕掛けるか――いや、まずその前に普通に起こそう。後で言い訳するための逃げ道を残しておかねばなるまい。俺は眠る中枢に近づき、声をかける。

 

 「中枢、起きてください」

 

 肩を軽く揺するも、反応ナシ。

 

 「朝になりましたよ、中枢。そろそろ起きる時間ですよ」

 

 ほっぺたを軽く叩くも、くすぐったそうに身をよじるだけで、すぐに規則正しい寝息を立て始める。

 

 「警告、起きなさい」

 

 「あと5分だけ……」

 

 目標は再三の呼びかけに応じず。弱々しく返ってきた言葉は、二度寝確実の決まり文句。ならば。

 俺はおもむろに、眠る中枢の耳に口を近づける。

 

 「工廠、何ヲスルノ?」

 

 俺の行動に不信感を抱いたのか、隣にいたタ級が待ったをかけようとするが、その行動を手で制し、軽く息を吸い込む。

 そして口をすぼめて――中枢の耳に向け、息を吹きかける。

 

 「っぁ――!?」

 

 反応は劇的。閉じられていた両目はぱっちりと開き。抜ける様に白い肌は羞恥か、それとも別の何かで紅潮し。

 次の瞬間、中枢の傍らで成り行きを眺めていた艤装から、大砲が流れる様に展開され。

 

 ――そのまま砲口がこちらに向けられる。

 

 「なにか言い残すことは?」

 

 「中枢は耳が弱い、覚えました」

 

 「よし、沈めるわ」

 

 「落ち着いて、中枢。いちおう私は起こしましたよ。それでも起きずにいた中枢がダメなんだと思います」

 

 「……こちらが呼びつけたのに、眠っていた事に関しては謝るわ」

 

 ――でも、とそこで中枢はいったん言葉を切り、じろり、と擬音が付きそうなくらい剣呑(けんのん)な視線をこちらに向け。

 

 「次にやったら折檻(せっかん)するから」

 

 ギロチンの刃が落ちる様な宣告を俺に下してくれた。

 次にやったらという事は、今回は許されたという事。そう前向きに判断し、はーい、と気の抜けた返事を中枢に投げかける。

 

 「……まあ、いいわ。さて、貴方をここに呼んだ理由だけど――その前に。2人とも(ヲ級、タ級)席を外して」

 

 中枢のその言葉に、2人は会釈をし、引き下がる。わざわざ人払いをするという事は、なにか重要な事なのだろうか。思考はそう判断し、無意識のうちに身構えてしまう。

 

 「これでよし。さて、工廠。貴方は深海棲艦の事を、どの程度理解しているかしら?」

 

 「……それは、遠慮せずに答えてもいい質問ですか? 気分を害する可能性もありますが」

 

 「大丈夫よ。元人間の貴方が、深海棲艦(わたしたち)をどう思っているのか、個人的に興味があるだけだから」

 

 「……わかりました」

 

 あくまで私見だと前置きし、深海棲艦へのイメージを伝える。

 

 「倒すべき人類の敵、深海からやってくる異形、過去の亡霊、あとは……艦娘の成れの果て、でしょうか」

 

 俺の返答を黙って聞いている中枢の表情からは、これといって大きな感情を読み取ることはできない。

 だが、ときおり相づちを打ってくれたり、先を促すように視線を向けてくれるので、激情に駆られているということは無いと思われる。

 

 「その中で言うのなら、成れの果てというのが当たらずといえども遠からずね」

 

 こちらの意見を聞き終えた中枢は、自らに落とし込むようにうんうんと頷いている。

 

 「端的に言うわ。私達は、()()()()()()()よ」

 

 「捨てられたもの?」

 

 相手の言っていることが理解できず、言われたままの言葉を返す。

 

 「定義するなら、艦娘から分かれた負の感情や思念。それが私達(深海棲艦)を形成している根幹になるわね」

 

 中枢は、それが常識であるかのように、自らの存在がどういったものかを俺に語ってくれる。

 だが、さすがにそれを一から十まで受け入れる事には抵抗がある。だってその理論でいけば、俺という存在も。

 負の感情から生まれ、そして捨てられたものという考えに至ってしまうから。

 

 「では、私も……私も艦娘から分かれたものですか?」

 

 自らの存在がどういったモノなのか。それが判明することによる緊張からだろうか。自分の口から出た声は、調子の外れた楽器の様に上擦っている。

 俺の問いに言葉はすぐに返ってこらず、少しの間をおいて言葉を選ぶように中枢は話し始める。

 

 「……よく分からないというのが正直な所ね。貴方の身体は深海棲艦に近いものだけれど、今まで直すという概念を持った個体は現れなかった」

 

 つまりこの世界では、今まで存在していなかった新種という扱いになるという事か。

 しかし、どうにも解せない。何故中枢はそんなに俺のことを気にかけてくれるのだろうか。

 

 「そうね、なぜかしら……私の事を、貴方に知ってもらいたかったのかもしれないわね」

 

 不思議ね、と。どこか嬉しそうに中枢は微笑んでいる。ある意味一種の告白のような、不意打ちとも言える言葉に思考が一瞬停止する。

 

 「あと、これは別件になるのだけれど」

 

 誰が聞いても一発で分かるような、露骨な話題そらし。もしかして中枢は照れているのだろうか。

 

 「サーモン海域に向かわせていた偵察部隊、その生き残りが夜間帯に帰還したわ」

 

 そんな俺の茹で上がった思考は、中枢の言葉により一瞬で凍り付く。

 

 「彼らは遭遇した敵について、断片的だけど情報を残してくれたわ。酷い損傷と、恐慌状態だったからまともに話を聞けなかったけど」

 

 「その、情報とは?」

 

 「要領を得ないけど、最後には皆同じ事を言っていたわね」

 

 アレは化物だ、味方と思っていたが、アレは違う――――まるで、1個の艦隊が1人の深海棲艦になったようだと。




日が変わるあたりで活動報告を書きます。
内容は……そこまで重要な事でもありませんが、よろしければご覧頂けると喜びます。
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