これまでのあらすじ
主人公、BRSの姿で艦これ世界に誕生。
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深海棲艦とキャッキャウフフ
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本拠地についていく
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上司の命令により周囲の探索
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あ! やせいの レきゅうが とびだしてきた!(今ココ)
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「退屈だナァ」
名もない島の波打ち際で、気だるげにそれは呟く。
黒いレインコート、同系色のストールに身を包み、自らの臀部から伸びた巨大な尾に腰掛ける、異形の少女。
その人間染みた部位と相反する深海棲艦の部分。それが彼女の印象を、ひどくちぐはぐなものにさせている。
ぶらぶらと揺れる足先は通常の形とは違い、馬の蹄のようになっており、見ようによっては足首から先が存在しないように見える。
「この間遊んだ玩具も、スグに壊れちゃったシ」
不満そうに頬を膨らませ、足先を波打ち際で遊ばせるそれからは、どこか未成熟な――子供じみた印象を受ける。
「そうダ、わざわざ待たなくても、こっちから探しに行けばいいじゃないカ」
――次に出会う誰かが、簡単に壊れないとイイナ。そう期待しながら、彼女は当てもなく動き出した。
▽
簡易的に作成した海上の的に向かい、揺れる海面に立った状態で左手の艤装を構え、狙いをつけ発射。
発射の反動で左腕が跳ね上がるが、無様にバランスを崩す、という事は幸いにもなさそうだ。
だが自己流で適当な姿勢のままに発射した砲弾は、弧を描くように目標に向かう……訳もなく、何もない海面へと着弾し、派手に水柱を上げる。
気を取り直し、もう一度――当たらない。いや、まだあきらめるには早い。当たると信じれば、必ずいつか命中するだろう。というか当たるまで止めない。何か負けた気分になるし。
視認、構え、発射の流れを何度か繰り返した所で、ふと後方に気配を感じ、そちらに顔を向ける。そこには腕を組んだまま、こちらをジトッと見ているホ級の姿。
「10発ノ内、至近弾ガ1発、他ハ外レ。端的ニ言ッテ下手糞ダナ」
ホ級は腕を組んだまま、こちらの精神に
……もう少しオブラートに包んだ言い方をしてくれないと、普通に心が折れると思うのだが、そんな俺の心境は華麗にスルー。
「端的ニ言ッテ下手糞ダナ」
「ホ級。わざわざ繰り返さなくても聞こえています」
俺の内心を知ってか知らずか、さらに追撃を加えてくるホ級。なぜわざわざ傷口に塩を塗り込んでくる様な事を言うのか。
理由は不明だが、その声色はどこか刺々しい。ホ級を怒らせてしまう様な事をした記憶はないのだが……どこかで人知れず地雷を踏んでしまったのかもしれない。
といっても、荒ぶっている相手の心を察する事ができるほど、俺は鋭くない。むしろ鈍感な方だと自認する。
結局の所、直球で聞いてみるしかないだろう。
「……何か、怒ってますか?」
「別ニ」
自己判断に基づき、ホ級の意図を探ろうと会話を切り出すも、取り付く島もない。
ぷい、とホ級はそっぽを向き、俺との会話を一方的に打ち切る。ふむ、どうやらバッドコミニュニケーションの模様。
……切り込む方向を変えてみよう。わざわざここにいるという事は、なにか俺の訓練に言いたい事があると推測。
「見ての通り全くといっていい程、当たらなくて困ってます。もしよければアドバイスを頂いてもいいですか?」
俺の言葉が届いたのか、ホ級は組んでいた腕を解きながら、こちらに近づいてくる。
その表情は、しかめっ面とも笑みとも言えない、なんとも微妙なもの。
「私ニ航行ノ仕方ヲ聞イテキタノダカラ、砲撃ノ方法モ私ニ聞ケバ良イジャナイカ、馬鹿メ」
「え?」
「……何デモナイ。マズ、撃ツ時ノ姿勢ガ良クナイナ」
……もしかして、ホ級は拗ねていたのだろうか。
一瞬、明後日の方向に思考が飛ぶも、その隙にホ級はそのまま俺の後ろに回り――そっと身体を密着させてくる。
背中に柔らかいものが押し付けられている感触を感じるが、ここでふざけた事を抜かせば本気で怒られると直感で理解。必死で表情の筋肉を無に保つ。
「撃ツ時ハ肘、膝ヲ余リ延バサズニ……両脚ハ肩幅クライマデ広ゲル」
そんな俺の内心など露知らず、ホ級は俺の至らない点を丁寧に指摘し、一つ一つの動作に改善点を示してくれる。
言われた通りに姿勢を変え、海上の的に向け砲身を向ける。足元は海面の為若干揺れているが、撃つ事に対しては問題は無い。
密着したままのホ級にちらりとアイコンタクトし、再度、的に向けて発射――着弾地点を目で確認すると、先ほどより的に近い場所に弾が落ちる。
「上々ダ。打ツ際ニ頭ハ動カサズ、相手カラ目ヲ逸ラサナイ事。基本ヲ疎カニスルノハ禁物ダ」
生徒を導く教官の様に、ホ級は俺に手ほどきをしてくれる。
今、こうして海の上に立っているのも、素人同然の射撃がどうにか形を成しているのも、ホ級のおかげだ。
だからだろうか。そこで疑問が頭をよぎる。なぜホ級は人の形から逸脱しているのに、人型の俺に対して効果的に教えることができるのか。
どうして自身の体の一部であったかのように手慣れた様子で、この単装砲の撃ち方を教える事ができるのか。
私達は捨てられたものという、不意に脳裏に蘇る先ほどのやり取り。ならばもし捨てられていなければ、ホ級も深海棲艦ではなく、別の形だったのだろうか。
――そんな、意味のない考えが頭をよぎった。
「ドウシタ? 私ノ顔ニ何カ付イテイルカ」
どうやら無意識に、ホ級の顔をみつめていたらしい。
……馬鹿な事だ。愚かな考えだ。そんな
「……上カラ来ルゾ、気ヲツケロ」
「上?」
そういってホ級は密着した状態から静かに離れる。その言葉に導かれるように、上空へと視線を向ける。
そこには視界いっぱいに広がる一面の暗がり。一瞬、夜になったのかと勘違いしそうになるも、そんな事はあり得ないと一蹴。
同時に此処にいてはマズい、と本能が警鐘を鳴らし、それが命じるままに、立っている海面を蹴り後ろへ下がる。
瞬間、ガキンと金属同士が噛み合った時に出る様な、甲高い音が鼓膜を震わせてくる。
距離を取ったことにより、俺に接近していた物体の全容が見えてくる。
白くつるりとした球体に、歯が剥き出しになった巨大な口。この物体には見覚えがある。たしかコレはタコ焼きとも呼ばれていただろうか。
ふよふよと宙に浮き、こちらを見つめて……いや、目に値する部分が存在しないので分からないが、こちらに注意を向けている気がする。
記憶の中の特徴と一致。これは間違いなく浮遊要塞と呼ばれるモノだろう。しかし、今こいつ俺に噛みつこうとしなかったか?
「あら……丸呑み、という訳にはいかなかったようね」
巨大な口から聞こえてくるのは、いたずらが失敗したとでもいいたそうな、聞き覚えのある声。
ぶっちゃけると、その異様な外見から女性の声がする、というのは非常にミスマッチだが――まあそれは置いておく。
それでいて相手が噛みつくつもりではなく、丸呑みするつもりであったという衝撃的事実もひとまず置いておこう。まず相手の意図が不明すぎる。
「……突然何をするんですか、中枢」
「サーモン海域の不明存在について、正確な位置が把握できたから教えに来たの。場所は海域の北方部よ」
「そこは素直に感謝します……が」
「連絡は普通にしてください、死んでしまいます」
「……善処するわ」
回答までに間があった事を考えると、絶対反省してないだろうと思われるが、ここで問い詰めても仕方ない。
不明存在の位置が把握できたという事は、いよいよそれと対峙しなくてはならない時が来たという事か。
――まるで、1個の艦隊が1人の深海棲艦になった様だ。
以前聞いたこの言葉で思い当たる……というか、自らの記憶から思い起こし、結び付けてしまったというのが正しいというか。
脳内で導き出された答えから想像するに……いや、やめよう。まだ相手の姿を見ていないのに断定するのはあまりよろしくない。
……正直に言ってすごく行きたくない。すごく行きたくないのだが。主に、死にたくないという理由で。
だがここで断る選択肢など、初めから存在していないというのも、以前のやり取りから学習している。
「ところで――貴方の訓練を見ていたけれど、砲撃が致命的に下手ね」
……仕方ないと思う。一般的に生きてきて、銃器の類に触ったことがない訳だし。だから自主訓練をしていたのだ。
だがそんな事情を話した所でどうなる訳でもなし。言い訳として受け取られるだけだろう。
まあ、心中で自己弁護に走ってみても、実際の俺はホ級よりもさらにド直球な指摘に反論できず、ぐぬぬとうめき声を上げるしか事しかできないのだが。
「……すいません。砲撃は苦手なもので。すぐにサーモン海域に向かいますね」
「ちょっと待って。工廠、貴方にこれを渡しておくわ」
どことなくいたたまれない気持ちになり、そそくさと退散しようとした俺を中枢の声が引き留める。
すると浮遊要塞の口が何かを咀嚼するようにモゴモゴとうごめく。正直に言うと気持ち悪い。
数瞬の後、ペッと口から黒い棒状の物体が吐き出され――反射的にそれをキャッチしてしまう。
その物体は若干ヌメヌメしているが、よく見ると――
「……刀?」
飾り気の無い黒い刀身に、同系色の柄。それを収めるこれまた簡素な造りの鞘。長さはちょうど、自分が振り回しても身体を持っていかれないぐらいに調整されている。
パッと見の印象で名をつけるなら、まんま
「海上で白兵戦……ナンセンスだけど、いざという時使うかも知れないわ」
中枢からの突然の贈り物に、状況把握できずにわたわたしていると、サーモン海域まではこの子が案内するわ、と一方的に用件を伝え浮遊要塞は沈黙。こちらを先導するように動き出す。
まるでさっさとついてこいと言わんばかりのその動きに、慌てて追いすがる。
「……大事に使わさせて頂きます」
ありがとうございます。と先導する浮遊要塞に向け謝意を伝える。ヌメヌメしている事を除けば、シンプルでいい刀だと思う。
深く考えるとこのヌメヌメの正体に行き当たりそうなので、思考を無理やりストップさせ、浮遊要塞の後をついていく事に専念する。
……ああ、ひとつ言い忘れていた。傍らで中枢と俺の会話を聞いていたホ級に一言いっておかなければ。
「それじゃあ任務に行ってきますね、ホ級」
ホ級はどこか上の空の様だが――俺の言葉に我を取り戻したのか。どこか感慨深そうにホ級は言葉を返してくれる。
「私ガ見送ル側ニナルトハナ……工廠、気ヲ付ケテナ」
周囲は青。上空を見上げても青。下を見つめても青――中枢泊地を離れてから、どれほどの時間が経過しただろうか。
静まり返った赤い海から、見慣れた……この形になる前に見ていた、青い海が広がる。懐かしい、戻ってきたと感じるには――まだ短いだろうか。
妙な感傷に浸る俺の前を、浮遊要塞が依然沈黙を続けたまま、ふわふわと一定の速度を保ちながら進んでいる。
「――」
「……」
間に横たわるものは沈黙。というか感情というものが備わっていないのか、それとも案内役としての任務に忠実なのか。
どちらかは分からないが、浮遊要塞の間に会話は無い。というかどんな話を振ればいいのか。脳内でシミュレーションしても全く回答が出てこない。
「――危険」
「……え?」
前触れもなく、浮遊要塞がポツリと呟く。その意味を聞こうと、そちらに顔を向けた瞬間、周囲の景色が一変する。
いや、一変というか……一瞬で何も見えなくなった、というのが正しいだろうか。周囲を何か――海面に何かを思い切り叩きつけたような着水音。
バケツをひっくり返した様に上空から降り注ぐ海水が、服に染み込み、肌に張り付く。
「至近弾、確認。攻撃、感知」
呆気にとられていた意識に飛び込んでくる、簡潔で平坦な浮遊要塞の警告。
遠距離からの砲撃――視界内に相手は確認できず――危険、迎撃は不可能――!
攻撃されているという事実に、白から黒へ、オセロの様に思考が裏返る。ならば、どうする? 決まっている。
砲撃が飛んできた方向に、全速力で突っ込む。このままでは一方的になぶられるだけだ。まず相手を自分の射程圏内に捉えないと。
それは相手も承知している様で、接近すればするほど、近づけさせまいとばかりに、こちらへの攻撃が苛烈になる。
長距離から飛んでくる砲撃を回避したのも束の間。視界に黒い飛行物体を捉える。その物体は急降下しながら俺のいる場所に何かを落とす。
瞬間、脳裏をかすめたのは爆撃という単語。その考えに至った瞬間、反射的に水面を蹴っ飛ばし、真横に飛び――僅差で先ほど居た場所から水柱が立ち昇る。
「――まずい」
考えろ。次は何が来る? 砲撃、爆撃は何とか回避した。相手への距離はさっきより詰まっている。とくれば次にしてくる事は。
海面に目を向けると、地を這う蛇の様にこちらへ向けて何かが高速で迫ってくるのが視認できた。直撃を食らわないよう、左右へ揺さぶりをかけながら前へ。
砲撃、航空機からの爆撃。そして恐らく先ほどの魚雷。単独でこれ程の火力を有する艦娘は、記憶の中には存在しない。
そう、艦娘の中には存在しない。ならば必然的に相手は――
「へえ、ここまで来れたんダ」
こちらを眺める赤い目は、新しい玩具を見つけたとばかりに輝き――人の形では決して存在しない巨大な尾が、感情を現わすように揺れている。
ああ、やっぱり。当たって欲しくはなかったが、あの姿形はまさしく。目の前の事実を自分に落とし込む為か、ほぼ無意識に相手の呼び名が口からこぼれ落ちる。
「……戦艦、レ級」
「へえ……それ、ボクの名前?」
浮かべているのは人好きする、無邪気な顔。だが瞳の奥にはなにか、それ以外の感情が潜んでいる様な――どこか歪さを感じさせる表情だ。
それゆえに、身体が反射的に身構えてしまう。第六感めいたなにかが、こいつはヤバいと警報を鳴らす。
「それで、ここまで何しに来たノ? ボクの攻撃に反撃しないなんテ、沈められたいノ?」
カクン、と首が傾き――先ほどまで顔面に張り付いていた笑顔が消え去る。
「……調査です。ここで味方が沈められていると聞いたので、その原因を探りに」
ふーん、とレ級はつまらなさそうに鼻を鳴らす。まあ、原因はレ級だと分かったのだし、これ以上は不毛だ。
サクッとこの顛末を報告すれば、後は上司――中枢が何かしらの対応をしてくれるだろう。
……問題を丸投げしているという事実が、良心をキリキリと締め付けてくる。だがしかし、ここに留まっているとものすごく面倒な事になりそうな予感がするのも事実。
「じゃあ、原因も分かったので私は帰りますね」
シュタッと手を上げクルリと踵を返し、レ級の姿を視界から外す。
ぴた、と貼りつくような小さな手の感触を右肩に感じる。その体温の低さと、逃がさん……お前だけは……とばかりに鎖骨に食い込んでくる指に、びくりと肩が震える。
思わずチッと舌打ちをしそうになり、ギリギリ踏みとどまった自らの表情筋を自賛したい。
「待って待っテ、せっかくココまで来たんだかラ」
振り向いた俺の目に飛び込んできたものは。
「もう少しボクと遊ぼうヨ、お姉さん」
もう待ちきれないとばかりに、きらきらと目を輝かせたレ級の姿。
この状態でYES、と答えればどうなるか。恐らく速攻で蜂の巣にされる事は想像に難くない。
かといってNO、と答えればどうなるか。十中八九、レ級の怒りを買うことになり、土手っ腹に風穴コースだろう。
ああなるほどつまり、この状況はいわゆる。
――詰みというやつなのかもしれない。
このあとめちゃくちゃ