「着イタゾ」
先に沈黙を破ったのはホ級だった。
どうやらここが、ホ級が言っていた『人間の住んでいた島』のようだ。
たしかに、先ほどまで俺達がいた島とは明らかな違いが見て取れる。
海岸沿いは整備されており、砂浜と言った類のものは見当たらない。
船の発着場と思われる場所に小型船舶やボートなどが停留しており、周辺には宿泊施設の看板がちらほらと点在している。
島の中心部には民家が集中しており、平常時なら人の営みがあったと感じられる。
リゾート地の様な明るさ、華やかさを楽しむのでは無く、日々の暮らしに疲れた人が集まりそうな、のどかでほっとする雰囲気だ。
「私ハ、島周辺ヲ哨戒シテクル。後デ落チ合ウトシヨウ」
「哨戒?」
「周囲ヲ見回ル、トイウ事ダ。探索ナラ一人デ行ケ」
ホ級は突き放すように俺に告げる。
やはり、先程の一件から俺に対して警戒をしているようだ。
――仕方の無い事か。こうなったのは自分の行いが原因。自業自得だ。
「……わかりました。ホ級、そちらも気をつけて」
ホ級にそう返答し、俺は上陸するために島へ近づく。
足の裏に伝わる感触が、不確かな液体を踏む感触から、硬い人工物に接する感触へと変わる。
しっかりと足裏を押し返してくる地面の感触に、なぜか安堵の感情が湧いてくる。
何気なく、後ろを振り返る。
ホ級の姿は既に小さくなっている。先ほどの言葉通り、見回りに向かったようだ。
「よし、行くか」
独りになってしまった不安を振り切るように、大きめの声を出し自己を鼓舞する。
ホ級の話によると、この島の人達は深海棲艦の進行から逃げるために、本土に避難しているという事だった。
だが、こうもいっていたか。可能性は低いが離れるのを嫌がって残っている人も居るかも、と。
――オ前ハ、
ホ級の問いかけを思い出す。
俺は深海棲艦なのか、それとも
それに対する答えは出ないまま、ただ一点、誰かに会えるかもしれないという淡い希望を抱いて、島の中心部へと足を進める。
島に上陸する前に見えた、民家の前まで来ることができた。
外観は、古民家――幼い頃に遊びに行った田舎の家を思い出すような平屋。
玄関には木製の表札が掛かっており、そこには日本人苗字ランキング1位に入りそうな字が書かれている。
ノックをし、どなたかおられますかと声を上げるも、帰ってくるのは静寂のみ。
周囲の民家も同様で、中から人の気配を感じることはできない。
やはり、全員避難しているか。
少々の落胆を感じながら
その時、砂交じりのアスファルトを踏みしめたような音が、耳に飛び込んでくる。
音の発生源に顔を向けると、民家の影からこちらの様子を伺っていたと思われる男性と眼が合う。
俺は、その人に声を掛けようとして近づくが――
「ひっ――来るな、化け物!」
上ずった声をあげる男性。
近づこうとした俺の足が、その言葉に縛り付けられたかのように止まる。
男性は空気が足りない魚のように口をパクパクさせながら、腰が抜けたように地面に座り込んでいる。
唇は引きつった様に歪み、蒼白い顔には恐怖という感情がありありと浮かんでいるのが一目瞭然だ。
化け物……違う、俺はただ話をしたいだけなんだ。だからそんなに怖がらないでくれ。
待て、と示すように男性に向かって右手を伸ばす。
「待ってくれ! 俺の話を――」
「来るなぁっ!」
額に何かがぶつかり、鈍い音を立てる。その衝撃に一瞬、視界が白く染まる。
地面に落ちていく物体を、半ば反射的に右手で掴む。
掴んだ手の中には、一握りの石。それをぶつけられたと脳が理解した瞬間、左の視界が蒼く揺れる。
まるで鬼火といわれる怪異が、左目に乗り移ったかのように。
それに違和感を感じることなく、激情に任せて石を投げ返す。
狙いをつけず力任せに投げた為か、石は男性の足元でバラバラに砕け散る。
次は自分がこうなるとでも思ったのか、声にならない悲鳴を上げながら、脱兎の如く逃げ出した。
逃げる男性の背中を、俺は酷く醒めた気分で見つめる。
先ほどの感情は潮が引くように鳴りを潜め、揺れていた視界も元の色を取り戻す。
「やってしまった。やっぱりそう、なるよなぁ」
男性が視界から消えるのを確認した俺は、その場に崩れるようにへたり込む。
思わず、弱弱しい声が口から漏れてしまう。
分かっていたはずだった。こうなることは。
……いや、違う。正確には理解していた気分になっていた。
人間と深海棲艦は戦争をしているのだから、この容姿で対策を立てぬままに、人と接触しようなどと考えたりはしない。
それを念頭におかず、説明すればなんとかなるだろうと考えた、浅はかな過信がこの結果。
「……戻るか」
これ以上、ここに居ても仕方ない。
俺はのろのろと立ち上がって、来た道を引き返す。
奮い立たせたやる気が、自己嫌悪で急速に萎んでいくのを感じ、独り言(ご)ちる。
結局、この島では――自分の存在がどういった物なのかを思い知らされただけだった。
ホ級と別れた地点に戻ってきた俺は、キョロキョロと辺りを見回す。
しかし、周囲にホ級の姿はない。どうやらまだ哨戒から帰ってきていないようだ。
明確に約束を交わしたわけではないが、どうやら待ちぼうけをしなくてはならないらしい。
……待っている間、ニンゲンに見つかると面倒なことになりそうだ。
そう判断した俺は、近くの岩陰へ腰を降ろし、身体を小さくして隠れる。
先ほどの事を思い返す。
化け物。普通に生きていれば、他人からそう呼ばれる事はそうそう無いと思われるが――実際に言われてみると結構堪える。
人からああいった対応をされると言うことは、艦娘からも同様に攻撃される事は明確だ。
先程のように、石を投げられるならまだしも、砲弾が直撃したら痛いではすまないだろう。
恐らく、轟沈する。つまり存在が消えるという事。
ぶるり、と身体が震える。
轟沈への恐怖か、否定された悲しみかはわからない。
カチカチと硬いものを合わせるような音が、絶え間なく頭の中に反響し、しばらくしてそれが自分の口から発生している音だと気付く。
それを認識した途端に、鼻の奥にツンとした痛みが走り、時を待たずして熱い涙があふれてくる。
決壊してしまえば、後は一瞬だった。
他人に泣き顔は見られたくないという、最後に残った自尊心だろうか。
俺は顔を伏せ、声を殺して泣き続けた。