『弱め』な大黒柱   作:レスト00

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馴れ初め

人間が生きるためには、何を必要とされるだろうか?

 現代の社会であれば、お金が必要であると答える人が多いと思われる。

 一昔前であれば、衣食住という人も多かったと思う。

 そして、歴史の教科書に載っているぐらい昔であれば、日々の糧である食べ物と答える人もいたでしょう。

 多かれ少なかれ、人間は生きるために必要とするために必要なものを言えと言われれば、一つか二つ答えるだろう。

 だが、現代を生きるある一人の男性は違った。

 彼は生きるために必要なモノが“多すぎた”。

 生まれつき砂糖菓子のように脆い体は、満足に歩くこともできず、移動には必ず車椅子か、杖を使わなければならない。

 普通の人のものよりもあまり機能していない臓器のせいで、一般人が当たり前のように食べることができるものも食すことはできず、いつも彼が食べられるものを特別に用意されていた。

 あまり光を捉えてくれない目は、強い光を直視することもできず、ただ朧げにモノの輪郭を伝えることしかしない。

 不定期的に引き起こる発熱や体調不良は、下手に拗らすと命取りになってしまう為、四六時中とは言わないが、多くの時間傍に居てくれる誰かが必要になった。

 そんな生きるために多くのものを必要とする彼にも優れた部分があった。

 あまり見えていない目のせいか、その分を補うように耳や触覚と言った元々人並であった部分が補強されていったのだ。

 だからだろう。ろくに学校に行くこともできず、一日の大半を自室のベッドで過ごす彼が音楽や本といった文学などを含む、芸術関係に興味を持つにいたったのは。

 音楽はスピーカーから流れてくる音を聞けばそれだけで嬉しくなる。

 文学は点字を指で読み、文字通り自身の知らない世界を手探りで広げていくから楽しくなる。

 今まで彼の生きることに精一杯であった姿しか見ることのできなかった両親は歓喜した。幸いにも一般家庭の中ではどちらかといえば富裕層である彼の家では、そう言ったサブカルチャー関連の物品を手に入れるには苦労しない程度の資金はあったため、彼のそう言った部分の才能は面白いぐらい伸びていった。

 特に音楽関係の伸びしろは大きかった。最初は真似事のようなものであったが作曲を始め、通っていた病院の小児科の子供たちにその歌を聴かせたりしていく内に、自然とその実力は上がって行き、両親の勧めに乗りレコード会社に作曲した曲を持ち込むと短い期間ではあるが、ローカルのCMのBGMに使用されたりと、既に成人の年齢に近かった彼にも収入源ができた。

 これにより、これまで両親に迷惑を掛けるしかなかった彼にも生きるための活力が沸く。決して多くはないが、少なくもない収入の中で作曲をしていたある日、その音は彼の耳に滑り込んできた。

 

「――――――?」

 

「どうかしたの?」

 

 ぼんやりとしか見えない目でも、既に二十年近く生きてきたため慣れた手つきで楽譜に音符を書き込んでいた彼が、その部屋の窓の方に顔を向けたことに彼の母親はどうしたのかと訪ねていた。

 

「すごく力強い音が聞こえて」

 

「?…………あ、あぁ、そう言えば今日は波止場の方の街で戦車道の試合があるのよ」

 

 最初は何のことか全くわからなかった彼女は、合点がいったように説明を加えた。

 母には聞こえなかったらしいが、自分には確かに聞こえたその音が彼にはひどく興味を覚えた。

 

「母さん、戦車道ってなに?」

 

 作曲の手を止めてまで尋ねてくる我が子に少し驚きながらも、彼女は説明した。

 曰く、女子が行う武道の一つ。

 曰く、戦車に乗り込み、お互いに切磋琢磨し合う乙女の嗜み。

 曰く、学園艦それぞれに学生のチームがある。

 等など、要点を抑えるとそう言った説明を聞いた彼はその戦車道の“音”を聞いてみたいと考えた。だから、母親に次に言うことは決まっていた。

 

「母さん、それって僕でも見に行くことはできる?」

 

 

 

戦車道・試合会場

 

 

 彼にとっては珍しい部屋の外へ向かう為のワガママは、幾つかの約束事を取り付けた上で承諾された。約束事といっても、病院などに行く際にも気を付けていることを少し大げさに言っているだけであったので、外出自体は実にスムーズに行われた。

 既に愛車といってもいい車椅子に乗り、母に押されながら試合のために設置された特設の観客席の隅に移動する。

 

「誘導ありがとうございます」

 

 母が案内をしてくれた係員にお礼を言っている中、彼は既に試合の音に自身の意識を集中させていた。

 会場に集まる多くの観客の声援も耳にも入らず、それどころか試合の映像を映している大型スクリーンのスピーカーからの音も聞き流し、今この瞬間躍動させるような力強い音を生み出す戦車の生の音を彼は確かに聞いていた。

 

「あぁ――――すごい」

 

 陳腐な感想が彼の口から漏れる。

 だが、それ以上の言葉を挟めばどこか無粋なようで、短くも確かな言葉がその音には似合っていると彼は感じていたのだ。

 戦車の一台一台それぞれに固有の音がある。それが一つの大きな演奏を奏でる。その力強くもリズミカルな演奏に彼は動かせない身体ではなく、心を躍らせていた。

 試合自体はスピーディーに決着した。

 今回の試合は社会人ではなく、学生のものでそこまで大規模なものではなかった為、早期の終了に彼は先ほどとは違い大きな落胆の気持ちを抱く。

 特に一番心地よい音を聞かせてくれた一両は何時までも聞いていたくなるほどだったのだ。これまで、自分の中のなかった音を聞いたせいか、彼はこれまでよりも積極的に自分の願いを口にする。

 

「母さん、選手の人に会うことってできる?」

 

「え?それは……」

 

「できますよ。試合後は基本両チームの交流の為にある程度その辺りの人の行き来がゆるくなっていますので。それに今回は学生のチームでしかも練習試合ですから」

 

 彼の疑問に答えたのは、退場するときにも手伝うために付いていてくれた係員の人であった。

 そして係りの人に再び誘導され、彼はお目当ての一両を目指して選手と戦車の待機場になっている広場に到着する。

 そこではお互いの検討をたたえ合う両チームの選手たちがいた。

 未だ全ての戦車が帰ってきていないのか、広場の方に帰ってきている車両もちらほらある。その中の一台の音を耳にした彼はその細い腕で車椅子の車輪を押し、自分の力でお目当ての戦車に近づいていった。

 明らかに母が押したほうが速い速度であったが、彼が到着する頃には丁度その戦車が停車する場所であったのでちょうど良かったのかもしれない。

 

「ハァハァ…………あの!」

 

 普段から運動していない体で、しかも病弱といっても過言ではない彼にとって自身の車椅子を進めるだけでも重労働であるため、人生でも数えられる程度にしか経験していない息が上がるという状態で、彼は大きな声を出す。

 戦車を止め、中から出てくる女子高生は不思議なものを見るような目で彼を見る。その視線に乗っている感情は、困惑や驚きであった。

 

「あ、貴女たちの音はとても素敵でした!」

 

 とにかく、自分の感じた“それ”を伝えたくて、自身の内にできた――――彼女たちがくれた想いを知って欲しくて、遮二無二口を開いた。

 もちろん、彼の音に対する感性を知っているわけもない彼女たちの困惑は大きくなる。そんな中で代表するようにその戦車の機長である一人の女生徒が彼の車椅子の前でしゃがみ、目線を合わせるようにして尋ねる。

 

「音?」

 

「えっと、その自分は目があまり見えなくて、でも、耳はよくて。それでこの戦車の音が試合の中で一番綺麗で」

 

 緊張と焦りから考えを纏める前に口から言葉が出て行く。そんな経験は初めてで、彼はますます焦ってしまうが、その想いは確かに目の前の彼女に届いていた。

 

「ありがとう」

 

「――――あぅ」

 

 その言葉が嬉しくて、目が見えないことを思ってか握手するようにして自分の手を取り、感謝の気持ちを伝えようとしてくれる彼女の優しさに彼の緊張はピークに達する。

 元々小柄な体躯で、見ようによっては小学生か中学生にしか見えない彼が顔を真っ赤にして緊張している姿にその場を見ていた他の学生も緊張を解き、微笑ましいものを見るような目で見ていた。

 

「あの、その……貴女のお名前は?」

 

 緊張の中、なんとかひねり出した言葉は初対面の人間が一番初めにする挨拶であった。

 一瞬きょとんとした彼女は、微笑みながらこう答えた。

 

「初めまして、西住しほと言います」

 

 それが未来で夫婦となる二人の馴れ初めであった。

 

 

 

 


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