『弱め』な大黒柱   作:レスト00

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結構間が空いてしまいました。
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今回は少し短めです。


説教

 

 

 その日、蝶野亜美はいつもとは少し違う仕事を受けていた。その内容は戦車道を再開する高校生の指導というものである。

 若い頃から戦車道に打ち込んできた女性の一人として、自分たちの後輩であり新世代の選手たちの面倒を見ることは大変かもしれないが、やりがいのある仕事であると彼女は意気込みを見せた。

 そしていい刺激となると考え、自身が乗る戦車まで持ち込み演習は開始された。

 その時、思いがけない再会もあったが、演習自体は特に問題もなく終了する。

 自身が打ち込んできた戦車道におっかなびっくり挑む後輩の姿に、自然と頬を緩めていた彼女であったが、見覚えのない青年に理事長室に来るように言われ、そこにいる人物と対面してからは上がっていた気分が一気に急降下した。

 

「お久しぶりですね、蝶野さん?」

 

 平時であれば再開を喜んでいた相手。

 しかしそんな相手が表情は笑顔であるが、なぜか雰囲気がピリピリしているのだ。

 

「再開を喜びたいところではありますが、まずはハッキリとさせておくべき事があります」

 

 先の演習で勝者となった戦車チームの一人に彼の娘がいた時点で、今現在家元が血眼で探している二人の内のもう一人がいても何も不思議ではないことに、彼女は後から気付いた。

 

「取り敢えず――――」

 

 既に春も超え暖かくなってきたというのに、なぜか冷や汗が止まらない彼女。

 

「――――正座しなさい」

 

 この時、勢い余って土下座しそうになったのは、彼女の中だけの話である。

 

 

 

「演習に一生懸命なのは構いません。しかし、指導する側だからこそキチンとした行動を行いなさい。ん?『車は保険が効くから大丈夫』?――――本気で言っていますか?貴女が言っているのは、怪我は治るからいくらでも相手を怪我させていいと言っているのと同じですよ。それでは戦車道の選手云々以前に人として問題です。はい?『あれは自分も意図したものではなかった。あくまで事故です』?――――指導する立場であるのであれば、それこそ危険性を説くためにこういった事故をしないようにすべきです。戦車道であるから物が壊れるのは当たり前だと、甘えた考えを持っているのであれば、今すぐ戦車道の選手をやめなさい」

 

 言い過ぎな部分もあるが、普段は温厚である彼がそれほど怒っている証拠である。

 一方で、説教をされている蝶野は説教による精神的な負担と正座による肉体的な負担がピークになっていた。しかも、ぼそりと呟いた言い訳も全て彼には聞こえており、それすらも燃料投下になってしまい、既に彼女のメンタルはボロボロであった。

 しかも、それを『初恋の相手』にされているというのが、彼女の追撃に拍車をかけていたりする。

 

「はぁ…………これ以上は僕が言ってもしょうがないですね。学園長?」

 

「はい?」

 

「どうします?壊されたのは、あくまで貴方の私物です」

 

「えっと、修理費の一部を負担して頂ければありがたいですね」

 

 こうして、蝶野への説教は終わりを告げた。

 未だに本人は青い顔をしていたり、足が痺れてうまく立ち上がれなかったりするが、それはそれである。

 

「……そろそろお暇しましょう。思ったよりも長居をしてしまいましたし」

 

「え?あ、はい」

 

 説教の間、何故か一緒に萎縮してしまっていたタカシは生返事を返すことしかできなかった。

 

「ま、待ってください」

 

「?」

 

 帰ろうと車椅子を動かそうとしていた彼を止めたのは、正座していた場所の近くに位置するソファーに縋り付くようにして立とうとする蝶野である。

 

「えっと、師範……奥様が実家の方で、その……荒ぶってらっしゃいますけど……いいのですか?」

 

 イタこそばゆい妙な感覚の両足を何とか立たせながら、彼女は彼にその事を伝えた。

 その彼女の言葉に少しだけ思案顔になる彼。

 

「…………うん。いい情報をありがとうございます。でも、僕たちがここにいることは連絡しないでくださいね」

 

 数分の熟考の末、“イイ”笑顔で感謝の言葉を口にした彼は、来た時と同じようにタカシに車椅子を押してもらいながら帰っていく。

 その彼の言葉にどう反応していいのか困惑する蝶野。その傍らでは、学園長がどこか寂しげな目で、閉じられた扉を見つめていた。

 そんな学園長の脳裏には、数十分前に行った彼とのやり取りが思い出される。

 

 

 

 扉の閉まる音。そして、パタパタとスリッパで歩く足音が離れていく。お願いをして、了承してくれたタカシに彼は内心で感謝した。

 そのタカシの足音を聞きながら彼は疲れたため息を吐き、重くもない体を車椅子に預けた。

 

「やはり、辛いのか?」

 

 凛とした声が彼の耳朶を打つ。

 この学園長室には、自分と先程まで項垂れていた学園長の二人以外いないかったことからその声の主が誰であるかは自然と断定される。

 

「……学園長?」

 

「違和感はあった。最後に会ったとき、少しの距離であれば歩けたお前さんが今日は終始車椅子に座りっぱなしだ」

 

 タカシが退室してから、口調が一変する学園長。それはプライベートと仕事をキチンと線引きしようとする学園長の昔からの癖であった。そして、少し粗野な今の口調こそ元来の彼の口調である。

 

「正直に答えて欲しい……もう長くはないのか?」

 

「…………」

 

 短くも重いその言葉に彼は無言であった。

 だが、彼の表情は語る。

 笑顔で――――伝える。

 

「――――そうかい」

 

 そこにどんなやりとりがあったのかは、当人同士にしか分からない。だが、彼は学園長に確かに何かを伝えていた。

 

「そう言えば、懐かしいと言えば、今大洗におやっさんが住んでいるぞ」

 

「え……榊さんが?」

 

 重苦しい雰囲気を吹き飛ばすように、学園長は新しい話題を振ってくる。案の定その話題に彼は食いついた。

 

「ああ、お孫さんがウチに通っている。自動車部でな。あの人と一緒で油にまみれながら整備をしているよ」

 

 話題のおやっさんこと榊と言われたのは、彼やしほがまだ若い頃に戦車道関係でお世話になった人であった。

 もちろん、呼び方がおやっさんであるとおり男性であるのだが、彼は戦車道に限らず乗用車や工業関係の整備士として腕利きで、しほも自身の戦車チームがお世話になったことがあるのである。

 しかも、そちらの業界では有名人らしく、戦車道連盟や西住家の前家元であるしほの母親も頭が上がらないのだ。

 そんな人物と彼は学園長とは別の場所で、同じ時分に出会っていた。

 

「まぁ、お前さんの娘と同じ学校なのも何かの縁だ。今度、挨拶に行くのなら住所は教えといてやるよ」

 

「あぁ、それは助かります」

 

 そして、時間は過ぎていく。

 誰に対しても平等に。

 

 

 

 




中途半端な感じですが、ここで一旦切ります。
次回はどの話をしようか迷います。正直なところ、聖グロとの試合は飛ばしても大丈夫かなと思ってたりします。あまり主人公の出番無いですし。

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