先日はうたわれをクリアしました。個人的にやってよかったと思えるゲームでした。続きものでそう思える作品が最近減ってきたので嬉しい限りです。
では本編どうぞ
ほっそりとした腕と手は、その部分だけを見れば、老人と見間違えてしまいそうになる。
肉付きが良いとも言えなく、一見すれば誰でもその人物が健康的ではないと判断できる腕。
その腕が今、その姿では考えられない程しなやかに、軽やかに、緩急織り交ぜられながら動いていた。
「――――」
右手は持った撥を動かし、左手は張られた弦を時に短く、時に長く抑える。
右手は音を生み、左手は音の調和をこなす。
「――――」
普段から車椅子に乗り、ペンや箸以上に重いものを持っているイメージを抱かせない彼。そんな彼が、三味線の太棹を引いているのだ。
音楽に興味を持ち始めてから、彼が一番初めに引き始めた楽器。それが三味線であった。
彼が三味線に手を出した理由。それは三味線が、目が見えなくてもできる楽器ではなく“目が見えない人がするため”の楽器であったからだ。
日本の古い時代、現代ほど職業に幅がなかった頃に盲人がお金を稼ぐ方法は限られていた。その内の一つが三味線奏者である。
彼はそれを本で読み――――ひどく惹きつけられた。
「――――っ!」
弾き始めてから数分。
コンクールと違い、時間の制約がないため長い曲を彼は弾いていた。
だが、時間に制約がなくとも、肉体的な制約が彼にはある。だから、弾けば弾くほど、曲が長ければ長いほど、彼にとっては肉体的な疲労が大きくなる。
曲も既に終盤に差し掛かり、最後のテンポアップが待っている。
だが、弾き始めとは違い既に鈍くなってきた腕の感覚が、それを阻害する。
「――――」
その感覚に彼は一瞬苦い顔をした。
そう――――たった“一瞬”だ。
(腕が重い、汗をかくほどに体も熱い、指も痺れてきた――――でも、楽しい)
その苦しく、重い感覚さえ味わうように彼は弾く。まるでそれを感じていることが生きている証であるように。
撥で弦を弾くことで生まれる音。一瞬で失われてしまうその音を自身に刻み付けるように彼は弾き続ける。
そして、その演奏の幕引きは訪れた。
「――――…………はぁ」
最後まで弾き終え、余韻が空気に溶け消えると彼は肺に貯めていた空気を吐き出すように、息を吐き出す。
そして、最後の締めとしてぺこりと一礼。
すると彼がこれまで演奏していた場所――――ある和食料亭の小さな壇上の前にいたお客から大きな拍手の音により埋め尽くされた。
「はぁ……はぁ……」
たった数分の中で全てを出し切ったのか、彼はその拍手を笑顔で受けながらも、上がった呼吸をなかなか整えられないでいた。
「よぉ、お疲れさん」
「榊、さん……」
「あぁ、いい、いい、そのまま楽にしてな」
壇上から下りた彼に話しかけてくる老人がいた。
大きめのサングラスをかけ、白髪をオールバックにまとめたその老人は彼の事情を知っているために、礼儀の言葉よりも自身の体の気遣いを優先させるように促す。
「久しぶりの再会に、お前さんの演奏を聴けるとは思わなかったぜ」
「はぁはぁ……ふぅ…………こちらも榊さんとの再開で自分の演奏を聴いてもらえるとは思っていませんでしたよ?それも同じ大洗とはいえ、まさかの“陸”で」
呼吸を落ち着けてから彼はそう返す。
そう、彼の言葉通り、今現在彼の居る料亭は大洗学園艦の街ではなく、寄港した大洗の港の近くにあった。
何故、彼が陸の料亭で三味線を弾いていたのか。
その理由は、旧知の間柄である老人――――榊さんとの再開にあった。
大洗学園を訪問した後日、学園長から受け取った「おやっさん」こと榊さんの連絡先を受け取った彼は、早速出会えないかと連絡を取った。
しかし、お互いに多忙とまではいかないが、それなりに予定が詰まっていたため、少し間を置くこととなる。その結果、大洗学園艦が母港である大洗に寄港するタイミングで会食をするということに相成ったのだ。
ここまでは、彼らが陸の料亭にいる経緯である。
ならば何故、彼がそんなところで三味線を弾いているのか。それはある意味お人好しな彼の性格に原因があった。
「本日は本当にありがとうございました」
「いえ、そんな……こちらもお食事のことで気を使って戴いていますし」
「滅相もない。ウチはお客様にお食事を提供することこそを喜びとし励ませて頂いております。それに急な代役を依頼すると言う失礼なこともしてしまっています。なので、今回お代の方は結構ですので、少しでもお返しをさせてくださいませ」
料亭の女将が、彼が店から借りていた三味線を受け取りながらそう言い頭を下げる。
壇上を降りてから、料亭の一室に通された彼とタカシとおやっさんの三人。その三人はある意味で丁重な扱いを受けていた。
話を纏めると、偶々店内で耳にした三味線奏者の病欠により中止になりそうであった演奏の話を、彼が自分から代役を提案し引き受けたのだ。
当初は店側もいきなりの彼の話に困惑していたが、彼の隣にいたおやっさんの姿を見るとその困惑も鳴りをひそめる。
今回三人が訪れた料亭はおやっさんの行きつけであり、その女将や大将とも親しい間柄だったのだ。
そのおやっさんが「コイツなら大丈夫だ。安い腕じゃねえさ」と言い出し、店側も彼に正式に依頼した。その結果が、当初の店での演奏である。
「女将もこう言ってんだ。自分の持ってる技術を安売りするもんじゃねえ。貰えるもんは貰っちまいな」
「えっと……ぅん、じゃあ、今回はご馳走になりますね」
女将からの提案に渋るような言葉を吐こうとした彼におやっさんが言う。少し申し訳ない気もするが、そう言われてしまえば彼も特に断る理由もなかった。
そして、いくらか言葉を交わしてからその個室には三人だけとなる。座敷であるため、長机に座布団があるだけなのだが、彼の場合は店側の配慮で用意してもらった座椅子に座っていた。
疲れたのか、少しだけぐったりした彼の隣にお付き役のタカシ、そして机を挟んだ向かい側におやっさんという位置づけである。
ぐったりしている彼のよこでは、控えめに言っても高級料亭の部屋に萎縮しているのか少しだけ居心地が悪そうであった。
そんな中で口を開いたのは、この面子の中で最年長のおやっさんである。
「それで?久方ぶりに再会してみりゃ、姉妹の片割れ連れて大洗に引っ越したぁ、何かあったのかい?」
「あはは……少しあって、今は親子仲良く家出中です」
出されていたお茶を啜りながら、おやっさんはどこか呆れた表情を目の前の見た目は子供、中身は大人を地で行く彼に向ける。
「あの嬢ちゃんがよくもまぁ許したもんだ」
「家出ですから、無断ですよ?」
「………………お家の方はいいのか?てんやわんやだろうに」
そのおやっさんの言葉に笑顔で返すあたり、彼は本当にいい性格をしている。
「大丈夫ですよ。それにそろそろ追いついてくる頃ですし」
「「?」」
一息つくためにおやっさんと同じように、タカシに手を誘導してもらいながら茶碗に手をつける。
そんな彼の落ち着き払った態度と言葉に解せない表情を浮かべる残りの二人。
どういうことか詰め寄ろうとおやっさんが口を開こうとした瞬間、その音は聞こえてきた。
「……足音?」
「……そういうことか」
ポツリと呟いたのはタカシ。そして妙に納得した顔をしたのはおやっさん。
その言葉が数秒もせずうちに、部屋の出入り口である襖の扉がスパンと開かれる。
「――――――――貴方?」
「――――――――父様?」
はたしてそこにいたのは二人の女性と少女。彼の妻子である西住しほとまほの二人であった。
二人はそこにゆっくりとお茶を飲む彼の姿を視覚的に確認すると、必要最低限すべきことを口にした。
「貴方は少し出ていてもらえますか?」
「え?ア、ハイ」
急すぎる来訪者に呆気にとられていたタカシは自分に向けられた眼光を見るやいなや、そう答えるしかなかった。
寧ろ、一刻も早くこの場から去りたいとさえ思ってしまう。何故なら、タカシに退室を促す二人の女性の目からハイライトが消えていたのだから。
頭の片隅で先生である彼の世話をするためにも退室するわけにはいかないと考えつつも、本能が離脱を命じてくる。
(先生…………不甲斐ない僕を許してくれますか?――――あぁ、アリサ。君の言っていた通り、世間はそんなに甘くなかったよ…………)
この道を進む事を引き止めた後輩の女の子の姿を思い出しつつ、タカシはそそくさと退室していく。
タカシが退室した時点で、この部屋の中にいる人間は西住家の三人だけとなる。もう一人いたはずのおやっさんはタカシよりも先に「年を取るとトイレが近くなっていけねーや」等と言いながら、とっくに部屋から退散していた。
「………………良かった」
タカシの足音が聞こえなくなり部屋の中が静かになると、しほは安堵の息と共にそんな言葉を漏らした。
「…………急にいなくなって心配しました」
「…………」
「…………貴方?」
しほとまほが入ってきてから一言も喋らず、また反応も見せずにお茶を啜る彼にしほは違和感を覚えた。
タカシが退出した瞬間、首に齧り付くように密着しているまほすら無視して、だ。
どうしたのだろうかと彼を呼ぶしほ。しかし、返ってきたのは湯呑を机に置く硬質な音であった。
「あ、貴方?」
「父様?」
打ち付けるようなその音に、近くにいた二人は肩を震わし驚く。普段の彼女たちからは考えられないその反応。だが、二人からすれば今の彼の態度のほうが考えられないどころか、ありえないものを見た心境であった。
「心配したのは僕だけ?」
「「…………」」
その問いかけに二人は苦い顔しか返すことができなかった。
「しほさん」
「っ」
名指しで呼ばれ、先ほどよりも大きく肩を揺らす。
「今晩はみほが御飯を作ります。だから、三時頃には弥栄の家にいますよ」
「!…………ありがとう、貴方」
短い返答とともに彼女は踵を返し、部屋から、そして店から出て行く。
先ほどと同じく遠ざかる“二人分”の足音を聞きつつ、彼は演奏で未だに疲れている表情筋を緩ませた。
「さて……まほ?そろそろ僕の首元に顔を埋めるのをやめて、さっきの二人を呼んできてくれるかな。昼食を食べよう」
「………………お父様は、私を見捨てませんか?」
懐かしい質問をされる。
はじめは懐いてくれなかったまほが父親を好きになる切っ掛けとなった会話。
それを思い出しつつ、緩めた表情のまま彼女の髪を梳くように頭を撫でてやる。
「まほとみほ。僕には二人の娘がいるけれど、二人の父親は僕だけだ。だから、そんな寂しいことは言わないでくれ」
彼は見ることができないが、その言葉にまほは破顔し、そして年相応の嬉しそうな表情を浮かべていた。
今回、一番迷ったのはサブタイでした