『弱め』な大黒柱   作:レスト00

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クオリティがぁ、文章量がぁとか言いながら、執筆しています。


今更ですけど、作品のタイトルがナデシコっぽい事に気付く今日このごろです。


親の心

 

 

(あぁ……………………大洗に来てから色んな経験をするなぁ)

 

 現実逃避気味にそんな事を考えている彼は、人生の中でも指折り数えるくらいしか経験のない“脂汗を流す”ということをしていた。

 

「弥栄さんはどう思いますか?…………私のように音楽ならまだしも戦車道なんていう横道に逸れるのなんて……」

 

 怒っているような、若しくは悲しんでいるような様子で百合はそう語る。

 彼が話題に窮し、咄嗟に尋ねた結果が今の状態である。

 百合は語る。

 自分には娘がいることを。そして、その娘は偶然にも彼の下の娘と同じ歳らしい。

 百合は誇る。

 娘には才能があり、五十鈴流を次ぐに相応しい華を生けると。

 百合は嘆く。

 その娘が、親である自分に黙って戦車道を始めたことを。そして、つい最近戦車道の練習試合を行った日に偶然娘と会い、それを知ることとなったと。

 

「…………」

 

 ここまで話を聞いた彼は、ぶっちゃけ心当たりがありすぎた。

 

(五十鈴……五十鈴…………そう言えば、みほの話に出てきた名前の中にはそんな名前があったような)

 

 語るというよりも、既に愚痴のようになってきた話しを聞き流しながら、彼はぼんやりと娘とのやり取りを思い出す。

 

(こういう“親”もあるのか)

 

 聞き流す中で、ふとそんな感想が彼の中に生まれる。

 これまで親が自身の子供に対してどういう期待を抱くのかを考えたことがなかった彼にとって、この話は人生の中では未知の領域であった。

 

(僕は…………うん……娘に期待するどころか……色々と娘の期待に答えようと必死だった……かな?文字通り)

 

「戦車なんてなくなってしまえばいいのに!」

 

「え?」

 

 自身の思考に浸っている中で、その言葉はしっかりと耳に入った。

 呆然とするように声が言葉となって、口から自然ともれる。その声が大きかったのか、彼以外の三人の視線がその声の主に集中する。

 

「弥栄さん?」

 

「……え?……あ」

 

 気遣わしい声にハッとする。

 そして、気持ちを入れ替えると同時に、彼は思い切って口を開く。

 

「あの、確認なのですが、娘さんが通っているのは大洗高校ですよね?」

 

「ええ、そうですが……」

 

「だとすれば、戦車道をするきっかけになったのはうちの娘かもしれません」

 

「………………はい?」

 

 彼の言葉を咄嗟には理解できなかったのか、百合は間抜けな声を漏らす。

 

「私の弥栄縁というのはペンネームで、今の苗字は西住です」

 

 そこまで言われて、色々と察したのか、百合の顔は呆然としたものになった。

 彼女の中で怒るべきなのか、それとも自身の発言を謝ればいいのかすらわからなくなり、思考停止しているのだ。

 そんな彼女の心境を知ってか知らずか、彼は言葉を続ける。

 

「このことに対して、こちらは謝ることはしません。娘が切っ掛けで直接的な原因であったとしても」

 

 いつもの穏やかな口調ではなく、断言する力強い声と言葉であった。

 そして、そこまで言われたことで、意識を切り替えることができたのか、百合は先程までと打って変わって厳しい目を彼に向ける。

 

「……あくまで、うちの娘に選択の責任があり、そちらには非がないと仰るつもりですか?」

 

「非……ですか。それは何のですか?」

 

 咎めるような言葉に疑問を持った彼は聞き返す。

 

「そちらの娘さんが戦車道を始めたことですか?それとも華道を離れたことですか?」

 

「どちらもです!」

 

「それは――――悪いことなのですか?」

 

 そう切り返され、百合は閉口した。

 仮にも、西住という戦車道の大きな流派の人間が、その専門とする分野を離れる事を容認するような発言をしたのだから。

 

「私は今、大洗の方に下の娘と一緒に家出してきています。それは、娘が一度戦車道から離れたいと願ったからです」

 

 その言葉に信じられないという表情をして、彼女は事の推移を見守っていた菊代に視線を向ける。視線を向けられた彼女は、肯定するように一度頷いた。

 

「大洗に……戦車道のない高校に来て、他の様々な選択肢がある中で、娘はそれでも戦車道をすると、戦車道が好きだと言いました。それは娘が西住だからではなく、娘が選んだからです」

 

「それは……でも、それでも、そちらの娘は親が望んだ事をしているではないですか」

 

「え?」

 

 そう言われて、彼はキョトンとする。

 

「……そうか、そういう取り方もできるのか」

 

 ぼそりと呟いてから、彼は少しだけ考える。そして、ある程度考えが纏まってから、もう一度口を開いた。

 

「百合さん。確かにそう思われるかもしれませんが、僕は二人の娘がどんな道を選ぼうとも口を出すつもりはないのですよ。なんせ、僕自身が好き勝手に生きていますから」

 

 彼の言葉に百合は息を飲んだ。

 普通であれば、到底信じられない言葉である。あるのだが、それ以上に信じられない言葉を彼は口にしたのだから。

 

(自分……勝手?……)

 

 車椅子に座り、自由に歩くこともできない。

 光を映さない目で、何かを見ることもできない。

 先程から、テーブルに出されているお茶請けに手も付けないほどに制限されている食事もそうだ。

 これだけ不自由な生き方をしておいて、彼はそれでも言い切ったのだ。

 自分は好き勝手に生きていると。

 

「別に同情を誘うために言っているわけじゃないですよ。僕は一人では何もできない。それを理解して、誰かの負担になるのも分かっていて、その上で、僕も僕の道を選んだのだから」

 

 彼の言葉に、百合はハッとした。

 

「僕も娘も結局は自身が望んだ好きな事をしているだけですから。百合さんもそうでしょ?」

 

「…………はい」

 

「娘さんとどんな事を話したのかは、僕は知りません。ですけど、我が子が選んだ道であるのであれば、それを信じてあげるのが親の責務だと僕は思います」

 

 そう言われて、百合は思い出す。

 自身の娘が華道が嫌になったわけではないと言ったことを。

 

「気休めにしかならないかもしれませんが、貴方にとって僕の曲が切っ掛けになったように、戦車道が娘さんの変わる切っ掛けになることを祈っています」

 

 そこまで言うと、一度彼は頭を下げる。

 

「無礼な言葉の数々、本当にすみませんでした。自分はこれで失礼します」

 

 頭をあげて、車椅子を動かそうとする。

 そして、部屋の出入り口がどちらにあったのか思い出そうとする前に、菊代が彼の車椅子を押し始めた。

 

「お、お送りします!」

 

 背中の方から、大きな声と足音が聞こえてきた。

 そのまま、五十鈴家の門の前まで移動すると、付いてきていた新三郎が引き車を取ってくると言い、その場を離れていった。

 

「菊代さん、貴方は百合さんの方に付いていてあげてください」

 

「あら?私に丸投げですか?」

 

「……きっと、百合さんは親として初めて、子供の本心を聞いて混乱しているのだと思います。だから、話しを聞いてくれる人がいるだけでも違うはずです。だからお願いします」

 

 茶化すような彼女の言葉をスルーしつつ、彼は誠心誠意頭を下げる。

 その、何事にも真面目な姿勢を見せる彼に、危うさを感じつつも菊代は了承の意を込めて、彼の頭を優しく撫でた。

 

「頭を上げてください。新三郎さんに貴方の事を頼んでから戻りますから。それと、みほお嬢様にはメールをしておきますので、電話がなったらしっかりと受け取ってくださいね」

 

 その幾つかのやり取りの後、引き車と一緒に戻ってきた新三郎と共にある程度やり取りをした三人はそれぞれ二手に分かれて目的の場所に向かった。

 その移動の最中、彼は携帯電話の短縮キーを操作し、ある人物に電話をかけた。

 

「もしもし母さん?昔の楽譜の中から探して欲しい物があるのだけど」

 

 

 

 





こちらの作品の裏で、不定期更新の作品も最近アップしました。
よろしければそちらもどうぞ。――作品の雰囲気だいぶ違いますが。

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