劇場版のブルーレイを購入し、後日談のOVAも見た高いテンションの状態で書きました。
今回しほさん出ません。
ではどうぞ
「困りました」
口からポロリとそんな言葉が漏れる。
聞き慣れない音が溢れる場所で、車椅子に座る彼は途方にくれていた。
「外出に慣れたとはいえ油断していましたね」
心情を吐露したせいか、自嘲気味な言葉が堰を切ったように口から出てくる。不安な気持ちを誤魔化そうとしているようにも見えるが、言っている本人の頭の中ではそれどころではない。
色々と身体的ハンデがある為、外出はもちろん、普通に生活するのにも十分気を付けなければならない筈の彼は土地勘のない屋外で何故こうなったのかを思い出し始めた。
事の始まりはいつもの作曲の仕事であった。
これまで作曲を行う上で、顔出しや取材と言ったものをほとんど断ってきた彼であったのだが、ある映画のテーマソングとBGMを請け負ったことでそうもいかなくなってしまった。
その映画はその年のある映画コンテストの楽曲部門で賞を取ってしまったのだ。
これには事務所も彼本人も、そして彼の家族も仰天するしかなかった。そしてこれまで顔出しを控えてきた彼の事を知りたいと考える映画ファンや、元々彼のファンであったリスナーたちが所属となっているその事務所に問い合わせを殺到させた。
このままでは、いつ彼の情報が漏れ自宅の方にまでマスコミの手が伸びるのは時間の問題と危惧したその事務所は、彼と彼の両親を説得し、その映画の授賞式に出席させることにしたのだ。
このことに対し、彼の両親は最初渋った。何故ならこれまで顔出しを避けてきたのは、そういったことを行い彼がストレスを抱え、体調を悪くすることになるかもしれないからだ。
もちろん、事務所側もそれを十分理解した上での苦肉の策なのである。なので、お互いがお互いに彼の事を慮った上での意見であるので、引くに引けなくなってしまっていた。
そこで妥協案として、その授賞式には出席し、関係各者に挨拶は行うが、本番で壇上に立つのは監督に行ってもらうというものであった。
もちろん、その際にはマスコミにも事情を事前に説明し、出席者として彼を映すことは許可するが、彼が作曲者であると判別できるテロップは流さない事を確約させることを徹底させることに相成った。
そして、いつも行動している範囲から大きく離れた地に彼は向かうことになる。
「浮かれてしまっていたのかな?」
そこまで思い出し、自省の意味も込めて呟きながら少し心を落ち着かせる。
それを助長させるために二度三度と深呼吸。そうしてから、彼は車椅子に付いている収納ボックスからある紙束を取り出す。
それは点字で書かれた手紙であった。
「しほさんに会いたかったとは言え無茶でしたね」
その手紙には、送り主であるしほが行う次の戦車道の試合の日程と場所が書かれていた。そしてそれは、偶然にも映画の授賞式の会場の近くで、且つ日程も近かった為足を伸ばせば出会うことができる事を表していたのだ。
これを知った時、彼の心は生まれて初めての悪戯をしたいという気持ちを抱く。
もちろん悪戯といえど、相手を困らせる類のものではなく、相手を驚かせるためのものだ。所謂一種のサプライズである。
それは事前連絡を行わず、戦車道の試合を行っているしほに会いに行くと言う可愛らしい内容であった。
「連絡をしようにも、皆さん明日の準備で忙しそうでしたし……第一、公衆電話ありませんし」
いつもであれば必ずどちらか片方ついてこようとする両親は、今回に限って恩師の訃報により、彼の世話を事務所の人たちに任せることにしてついてきていない。そして、この日は一日ホテルで大人しくしていると彼本人が事務所のスタッフに伝えている為、今彼が屋外で迷子になり困っているのは、ある意味自業自得であった。
「車輪の感触から未舗装地ですね…………本気でどうしましょうか?」
彼の感じたとおり、彼が今いるのは街中ですらない。
それ程深いというわけではないが、人通りがあるような場所ではない林の中なのだ。そして、知り合いに連絡を取る手段すら持ち合わせない彼は途方に暮れるしかなかった。
「ふぅ…………ん?」
葉と葉が擦れる音をBGMに小休憩をしていると、彼の耳がある音を拾う。
「微かだけどエンジン音…………軽い音だから乗用車かな?」
兎にも角にも、今のところ唯一頼れる音を拾った彼はそちらの方に車椅子の車輪を転がす。
決して早いとは言えない速度であるが、確実かつ安全に進んでいく。それに連れ、彼の耳はその手掛かりとなる音を決して逃さないようにしっかりと、空気の振動を捉えていく。
「エンジン音が止んだ…………これは……草を踏む音?」
普段、舗装された以外をであるかない為、自信を持って断定はできないがそれは確かに人が地を踏む音であった。
「と、うわ……光が…………」
林を抜けると、彼からは見えないがそこは広い草原であった。
これまで木の葉によって遮られ、木漏れ日程度になっていた日光が遮蔽物をなくした彼を照らし出す。
雲も高く、快晴と言えるほどに蒼い空から降り注ぐ光は、以前よりも光を捉えられなくなってきている彼の目でもしっかりと判るほどであった。
「どなた?」
日の光に思わず車輪を止めてしまった彼に、鈴を鳴らしたような女性の声が届く。
「あ、えと、こ……」
「こ?」
どうやら、音を聞くことに集中していた彼は、どの位その音に近づいていたのかを把握していなかったようだ。不意打ちにも似たその邂逅に、元々人見知りの傾向にあった彼は、クタクタになってきている体のことも忘れ、どもった声を出してしまう。
「こ、こんにちは?」
なんとか捻り出した言葉はそんな当たり前の挨拶であった。
「……はい、こんにちは」
こういう時、いきなり語彙が乏しくなるのはコミュニケーション障害なのだろうかと思い始める彼に対し、挨拶をされた彼女は、最初こそ面食らっていたが、仕切り直すように彼に近づくと丁寧に挨拶を返す。
「地元の方ですか?ここは明日戦車道が行われるフィールドですから勝手に入ってしまっては怒られてしまいますよ?」
注意する、というよりは悪戯を見逃そうとしてくれる大人のようにそう語りかける彼女は、車椅子に座る彼に目線を合わせるようにしてしゃがみ込み。
「!」
そこまで近付いて、彼の目が自分に焦点を当てずに自分の顔のある方に向いているだけであることに彼女は気付く。
「えっと、その言い方だと……その、選手の方ですか?」
「ぇ、あ、そうです。あす試合を行う選手の一人ですよ」
恐らく自分の目やその他諸々について、動揺させてしまったであろうことに少しの申し訳なさを覚えながら、彼は恐る恐る尋ねる。
ハッとするようにして、彼女は肯定の返事を慌てるように返していた。
「なら、申し訳ないのですが――――」
「島田隊長!地形の確認終わりました、よ?」
頼み事を口にする前に、複数の足音と大きな声が近付いてくる。声の方は尻すぼみになり、発音が疑問系の上がり気味になっていたが。
「た、隊長が!男の子を口説いている!?」
(………………ん?男の子?)
既に二十代後半になっているにも関わらず、見た目が中学生で通用しそうな容姿をしている彼は、その近づいてきて一方的に驚いている彼女たちの物言いに引っかかりを覚えていた。
「ハァ…………貴女たち、失礼な事を言ってないで車をまわしてきなさい。彼は迷子みたいだから運営会場の方に送っていきますよ」
「え?」
自分の隊の隊員の物言いに呆れつつ、彼女は告げる。決して大きな声ではないが、よく通る声で告げられた言葉に従い、複数の足音が遠ざかる音が聞こえてくる。
そして、告げられた内容に彼は困惑した。
「流石にこのままここに置いて行くわけには行きません。お小言は言われてしまうかもしれませんが、私たちについてきてくださいね」
「あ、ありがとうございます、えっと――――」
「千代、島田千代です」
叱るように、しかし、心配もするような彼女――――島田千代の優しい声音に彼は感謝の言葉を返した。
そしてそれから数分もしないうちに、彼女たちの乗用車であった10HPティリーが彼のすぐそばに停車し、手際よく乗り込んでいくのであった。
その際にスペースの関係上、車椅子は折りたたまれ、彼は荷台の中に座ることになるのだが、乗り込む際に千代にお姫様抱っこされたのは本当に余談だ。
「それにしてもどうしてあんな所にいたのですか?」
「えっと、知り合いがこのあたりに来ていると聞いたので、会えないかなと」
色々と省いていて、無理のある説明であったが千代は特に気にした風もなく普通に納得していた。
「多分、どこかで道を違えたのかもしれません」
「あ、あはは」
本当のことを言うのはバツが悪い彼は、卑怯だと思いつつも曖昧な笑いを返すしかしなかった。
「でも、少し厳しい事を言わせてもらいますが――――」
「え?」
そう前置きしてから千代は表情を引き締めて口を開く。
「貴方は自分の身体のハンデをちゃんと理解していますね。なのに一人で出歩くのは危ないと思わなかったのですか?」
「…………反省も後悔もしています」
「いいですか?貴方は自分だけのことだと思っているかもしれませんが、貴方の家族はもちろん、貴方の知り合いも貴方に何かがあれば悲しいし、心配もするのです。それをよく考えなさい」
「……はい」
そこまで言って、彼女はこれまでの厳しい顔を緩め、微笑むと優しく語りかける。
「貴方はまだ幼いのですから、大人に頼ることをするのは恥ずかしいことではないのですよ?」
「…………ん?」
「ん?」
最後の言葉に思わず素っ頓狂な声が漏れた。
何か誤解されていると思った彼は、財布から身分証である保険証を取り出し、彼女に見せる。
「多分ですけど、僕は皆さんよりも年上ですよ?」
その発言と証明している身分証に目をパチクリさせると、数秒後その車に乗る女性陣の絶叫が響いた。
そんなこんなで荷台で揺られること二十分程、車は会場の設営を行っている運営会場の方に到着した。
「お世話になりました」
「あ、いえ、こちらこそ失礼な物言いをしてしまい」
会った時とは逆に、今度は千代が少しおどおどしている。
そんな彼女の態度の変化に苦笑しながらも、彼は彼女に手を差し出す。
「あなたの言葉は有難かったです。またご縁があれば、その時に」
「あ、はい」
二人は握手を交わす。
その時、千代は握った彼の手が戦車道をしているとは言え、女性である自分の手よりも細く薄い手に壊してしまいそうな華奢さを感じた。
「あ、そうだ」
握手を終えると、彼は思い出したように車椅子から小さい長方形の平たいケースを取り出した。
「ここには、仕事で来たんですけど、初めて作ったものです。どうぞ」
そう言って彼はケースの中から名刺を取り出し彼女に渡した。
その見た目小柄な中学生のような社会人の男性からの名刺に、彼女は面食らいつつもそれを受け取る。
「ぁ…………それでは僕はこれで、ありがとうございました、千代さん」
「…………あ」
何かに気付いたのか彼は挨拶もそこそこに、車椅子を走らせていってしまう。
その後ろ姿を見送りつつ、彼女は自分よりも年上で華奢な男性を想う。彼を意識して感じるのは、傍にいてあげたいという願望といつ壊れてしまうのかという不安だ。
たった数十分の邂逅であったが、その数十分だけでも彼は島田千代という女性を信頼し、頼った。その事実がとても心地よく感じるのだ。
「…………これが母性というもの?」
ちょっと迷走気味な思考に振り回されている彼女が、自身の家のライバルである女性と彼を取り合う間柄になることをまだ知ることはない。
だが、名刺に書かれている名前が、自分の尊敬する作曲家のペンネームであることに気付くのはあと数分後。
まほみほ姉妹が生まれるどころか、両親が結婚もしていないので携帯電話がまだ普及していない時代のイメージで書きました。
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