『弱め』な大黒柱   作:レスト00

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少し間が空いてしまいました。
今回は短めです。


家族

 

 

 日本家屋の縁側にはどこか静謐感がある。

 その静かでありながら、少なくない音の溢れる場所に彼は座っていた。

 小柄の体にしては大きな座椅子に座り、この日本家屋に住まうようになってから度々着るようなった着流しが崩れないように姿勢を正しながら、彼はそこから聞こえる様々な音に耳を傾けていた。

 夏であり、まだ日中のため絶え間なく続くセミの合唱。そして時折吹く風が、風鈴の澄んだ音を鳴らし、青々とした木々の葉を擦れさせる。

 その音の波に身を任せているだけで、彼は幼い頃に確かに見た風景を思い出す。

 その風景をもう見ることができないのは寂しい。それは偽れない彼の本心である。

 だが、それを超える幸福の形を、今の彼は持っていた。

 

「お父さーん!」

 

「お父様」

 

 芝を踏む二人分の足音。それを追うようにして聞こえてくる幼い女の子の声。

 その元気でできていると勘違いしそうなほどの活力に溢れた音に彼の頬は自然と緩んだ。

 

「おかえり、まほ、みほ」

 

 それは彼が恐れを乗り越えた先に掴んだ未来であった。

 

 

 

 彼と西住しほとの婚約騒動は本人たちが思うよりも大きな騒ぎとなった。

 その発端となったのは、この二人の結婚を認めない反対派が少なくない人数存在したことだ。

 とは言っても、彼に懸想していた女性陣が多くその結婚に反対した――――――というわけではない。寧ろ、そう言った人達は、彼が自分で相手を選び、そしてその想いが成就するかもしれないと考えその結婚を応援したぐらいだ。

 では、誰が反対したのか?

 それは西住流関係者たちであった。

 彼らは、良くも悪くも西住しほという女性に大きな期待を寄せていた。それは次代に続く後継者に関しても、だ。

 つまり、彼らの反対の言い分はこうだ。『正々堂々と力強さを示す西住流の夫として、彼はふさわしくない。病弱な彼では西住家の未来すら危ういものにしてしまう』ということらしい。

 この意見に支持をしたのは、西住しほと婚姻関係を築くことで、西住家との関わりを持とうとした戦車道関係の家などである。

 その決して小さくない規模の一派に対し、しほと彼の両親を始めとした賛成派はその意見に対し真っ向から立ち向かうこととなった。

 こじれにこじれた論争の中、とうとう堪忍袋の緒が切れたしほは宣言する。

 

「家を気にして私の未来を決めたいのであれば、私を戦車道で倒してから偉そうなことを言いなさい!」

 

 これを聞き、賛成派と反対派の代表チームが戦車道の試合を行い、勝った方の意見を採用する流れとなる。

 この時、しほは既に次期家元としての実力をはっきりと示していた。その為、当初反対派はこの試合に乗り気ではなかったが、実力、権力ともに有力な家の殆どが反対派に所属していることに気づくと手のひらを返すようにしてその試合を承諾した。

 彼が一般家庭の人間であり、親族に戦車道に関係する人間がいなかったことも要因の一つである。

 だから、彼らが把握できていなかったのは、彼の人脈の異常さとその人柄の良さからくる人徳の大きさだ。

 試合当日、反対派が用意した西住家の連合軍と呼べるような戦車三十両に対し、賛成派は西住しほを筆頭に“彼女が苦戦した”戦車道チームからの選抜十五両で対峙する。

 賛成派のしほ以外の車両に乗る女性たちはいずれも彼に想いを寄せていた人たちであり、それ以上に彼の幸せを願っていたのだ。

 そして、試合はあっけなく終わる。

 しほたち賛成派の蹂躙による圧勝という形で。

 試合会場で、ほとんど景品扱いで主治医まで控えてもらっている状態の彼は、その時初めて『女性は強い生き物なんだ』と本能的に悟った瞬間であった。

 

「貴方をもう離しません」

 

 試合後すぐに彼の元に戦車で駆けつけたしほの第一声である。そう宣言したあと、大衆の面前であるにも関わらず、しほは彼の唇を奪う。

 お互いにファーストキスであった。

 

 

 

 そんな、なんやかんやを思い出しながら、彼は夏にしては涼しいその縁側で自身の二人の娘の髪を梳くようにしてなでていた。

 二人は今、座っている彼の膝に左右から凭れるようにして眠っていた。

 自分では考えられないほどに活発的な姉妹に、不意に感情がこみ上げそうになる。

 

「健やかに育ってくれてありがとう」

 

 二人には聞こえていないだろうが、その言葉は感謝であり、願いであった。

 

「貴方」

 

 パタパタと木の廊下を踏む音が響いてくる。先ほどと同じように二人分。

 その聞きなれた音を聞きながら、二人を起こさないように音のする方に首を向けようとするが、思ったように動かせない身体に苦笑を漏らす彼であった。

 

「しほさん、菊代さん」

 

「姿が見えないと思えばやっぱりここに」

 

 どこかため息を吐きそうなしほの声と言葉から、どうやら二人はまほとみほを探していたらしい。

 どうかしたのかを聞こうとする前に、先に女中である菊代が説明し始める。

 

「旦那様、お嬢様たちは外に出ていたらしく泥で汚れているのですよ」

 

 そう言われると、二人の汗の匂いや戦車に乗ったときにつく油の匂いに加えて、土の匂いがいつもよりも強く香ってきていた。

 

「お二人を着替えさせてお布団の方に移動させますね」

 

「いつもありがとうございます、菊代さん」

 

 そう言われて、笑顔と会釈を返すと彼女は、器用に二人を抱っこしてまたパタパタと去っていく。すると、先ほどよりも自分に近づいているしほの気配に彼は気付いた。

 

「しほさん?」

 

「貴方も着替えますよ。二人の泥が着物についてしまっていますから」

 

 言うやいなや、しほは彼の手を取る。促されるまま、彼は立ち上がる。

 その時、手のひら越しに感じる彼女の体温によって、何故か彼の気持ちが溢れそうになる。

 

「しほ」

 

「!」

 

 二人きりの時だけの呼び方。それをしたことにより、彼女が驚いたことが繋いだ手から感じることができた。

 

「今、僕は幸せです。しほはどう?」

 

「聞くまでもありませんよ」

 

 そういう彼女の表情を触ってなくてもわかるくらいに、彼は彼女を理解し、そしてそう思える程の幸福を彼は感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 





てな感じで、本編かつ前日譚は終了です。
次話を投稿するとすれば、テレビシリーズとなります。


補足として、今回普通に目が見えるように発言をしている彼ですが、もう全く見えていません。ほとんど個別に足音などを聞き分け、個人の特定ができるレベルの聞き取りが彼はできます。

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