『弱め』な大黒柱   作:レスト00

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お久しぶりです。
読者の皆様のおかげで総合評価が千超えました。ありがとうございます。

今回は途中で切ると短すぎになったので、少し長めです。


旧知

 

 

「お父さん、私――――ここで戦車道する!」

 

 学校の先生から連絡のあった翌日、朝はどこか落ち込んだ様子であった我が子が夕方に帰ってくると、今度は勇んだ様子でそんな事を言ってくる。

 新生活とは言え、昔の幼い頃のような娘の行動に父親である彼は、新鮮味を感じすぎていることに少しだけ驚いていた。

 

「急にどうしたの?」

 

「え、あぅ、えっと、今日選択科目の書類提出があって、それで友達と一緒に戦車道を選ぶことにしたの」

 

 色々と端折った説明であったが、その声音にはどこか決意したような意志を聴く者に感じさせた。

 

「……みほがそう決めたのなら、頑張って。…………あと口喧しいかもしれないけれど、こっちの部屋は防音じゃないからあまり大きな声は出さないようにね」

 

 口元に一本立てた人差し指を持ってきて『しーっ』としながら、彼はそう言うのであった。

 彼ら西住家が借りた部屋はあるアパートの隣り合う二部屋だ。そして、片方には西住の表札を、もう片方には彼の所属する事務所の名前が入っている。

 それぞれ2LDKとなっており、西住の表札の方の個室は父と娘それぞれが使用し、事務所の方の個室は片方をタカシの私室と防音設備を整えた仕事部屋となっていた。

 

「………………え?それだけなの?」

 

「何が?」

 

 あっさりとしたそのやり取りにみほは目をパチクリさせながら、思わず聞き返していた。

 

「何がって、私は戦車道から一旦離れるために大洗に来たのに、いきなり、その…………」

 

「離れるって…………別に戦車道から離れるために大洗に来たわけじゃないよ」

 

 みほの尻すぼみになる言葉に首を傾げながら、彼はそう答えた。その彼の返答にみほは冷水を浴びせられたような錯覚に陥る。

 何故なら、彼の言葉はみほ自身が戦車道をしないことはありえないと言っているようなものなのだから。

 

「それって、私は戦車道を、やらなきゃダメって、こと?」

 

 震える唇を何とか動かし、みほはそう問いかける。だが、彼から返ってきたのは再び首をひねる仕草とどこか戸惑うような言葉であった。

 

「?どうしてそう思ったのかは知らないけれど、みほは西住流のやり方がよく解らなくなったから転校してきた。そして、ここで自分のやりたい事を探している…………そう思っていたのだけど、間違っている?」

 

「え、えっと、うん…………間違っていない……と思う」

 

 みほの返答に彼はホッとする。娘の考えを誤解していたわけではないと確認できたのだから。

 

「ならそれって、色んな選択肢の中でも、みほ自身がやりたいって思える程に戦車道を好きってことでしょう?」

 

「あ」

 

 空気が漏れるような声が出た。

 父親の言葉がどこかストンと、体の中に落ち込んでくる錯覚を覚える。

 

「そっか……そっか、私は戦車道が大好きなんだ」

 

 みほは思い出す。

 勝つために試合をするのではなく、ただ自分の想うように動かすことのできる戦車が嬉しくて楽しかった幼い頃を。

 姉と競うようにして、目の前にいる父親にはもちろんのこと、自分の事を叱りつけた母親にも褒めてもらえるよう、無邪気に練習をしていた事を。

 

「うん……うん!お父さん、私戦車道を友達と“やりたい”」

 

 何故戦車に乗るのかと問われれば、今のみほはこう答える。

 

「きっと、それは楽しいから」

 

 もう恐くないのかと問えばこう答える。

 

「後ろめたいことも、振り切れないこともまだまだあるよ。でも、それも含めて私が見つけたい戦車道だから」

 

 その背伸びをしつつも、本当の意味で成長を見せた我が子の決意に彼はそれが当たり前のように、いつもの声音で答える。

 

「うん、怪我のないように精一杯頑張って、みほ」

 

 

 

 という親子のやり取りを行ったのが、もう数日も前の話であった。

 

「何か……仲良し親子ですね」

 

「親バカな事に自覚はありますよ?」

 

 ある建物の廊下をいつものようにタカシに車椅子を押してもらいながら、彼はそんな会話をしていた。

 

「それにしてもどうして今日は学園の方に?」

 

「知り合いから連絡をもらいましたから」

 

 そうなのである。言葉通り、今現在二人がいるのは大洗女学園の廊下なのだ。

 事の発端は、ある一本の電話からであった。

 今現在の大洗学園の学園長を務める人物は、学園がまだ戦車道を行っていた際に仕事の関係で彼とあっていたことがあった。

 当時のあれやこれやを置いておくとして、平たく言えば彼と学園長はそれ以来親しい間柄なのだ。

 そんな人物から電話があったのだ。『久しぶりに話さないか?』と。

 たった数週間とは言え、既にこちらでの生活に慣れ始めていた彼はそれを承諾。そして今日、その約束に応えるために二人は学園の方に足を運んだのであった。

 

「学園長室に着きましたよ」

 

 タカシの誘導により、一室の扉の前に到着する。

 車椅子を方向転換させるのを感じながら、彼は普段着となっている着物の裾を正した。

 

「連絡を頂いた西住ですけど」

 

 ノックの後に声を掛ける。

 すると、数秒もせずにその内開きの扉は開いた。

 

「待っていましたよ」

 

 お年を召したと言えば怒られそうな、老け始めた見た目の男性がそこにはいた。

 

「お久しぶりです、先生……今は学園長でしたっけ?」

 

「相変わらずどこか抜けたこと言うくせに、声だけでこっちの顔に自分の顔をまっすぐ向けて来ますね……そちらの若い人は?」

 

「仕事上の今のパートナーですよ」

 

「初めまして」

 

 タカシは二人から向けられた視線を避けるように、軽く会釈を返していた。

 

「まぁ、立ち話もあれですから中に入りなさい」

 

 そして、案内されるままに二人はその部屋備え付けの机につく。もっとも、彼は車椅子のまま机の隣に停車させただけであったが。

 

「そう言えば、こちらから伺おうと提案したのをわざわざ断ったのは、どうしたのですか?」

 

 部屋の隅に置かれた茶道具一式と電気ポッド。それをいじりながら学園長はそんな問いかけを投げかけてきた。

 

「特にこれといって理由はないですよ」

 

「体調のことがあるのに?」

 

 どこか「分かっていますよ」という雰囲気を出す学園長に、彼は苦笑いを溢す。何故なら学園に来るのを強請ったのは彼なのだから。

 

「あー……えっと、知らない土地だから、感じたことのないインスピレーションがあるかもと思って」

 

「ははは……数日前に早速やらかしたらしいですね」

 

 そう言いながら、学園長は三人分の湯呑を載せたお盆を運んでくる。湯気の出るものはタカシと自分のところに、残り一つの湯気が出ていない湯呑は彼の前に置かれる。

 人肌の飲みやすい温度の飲み物を出してくるあたり、学園長と彼の付き合いがそれなりに長いことをタカシは察することができた。

 

「やっぱり学園艦は噂も?」

 

「あぁ、陸なんかよりも早い早い。しかもここにはそういった新しい情報――――流行か、に飢えている女学生の巣窟ですから。いくら情報化社会が進んで、昔よりも艦外の情報が入ってこようとローカルな情報の方に飛びつくのは、今も昔も変わらないですよ」

 

 しみじみとそう言ってく、感慨深げに頷いている二人。その姿と物言いからこの二人が、それなりの年齢を重ねた大人であることを嫌でも理解させられるタカシであった。

 

「そうそう、今日話す内容を先に言っておきましょう」

 

「「?」」

 

「うちで講演会しませんか?」

 

「…………はい?」

 

 前置きからの本題を言われ、どこか間抜けな声を返すしか彼にはできなかった。

 

「ここ、大洗学園に限らず、よその学園艦でもそうだが、いろんな分野を専門的に取り扱う授業がある。そして、校風によってそれは様々な特色を持ったものまであったりします。有名どころでアンツィオ高校の家庭科……まぁ、平たく言えば食文化ですね」

 

「「あぁ」」

 

 学園長からの説明で、二人にはイタリアンな匂いと光景をそれぞれ連想していた。どっちがどっちかはお察しだが。

 

「まぁ、そんな中でうちは食文化も校風もあまりパッとはしなくて、少し地味ですからね。他校よりもここが優れているとは、大きな声では言えないのですよ。そこで、業界では知名度の高い貴方に講演会の一つでもして貰おうかと思いましてね」

 

 要するに学園長が言うには、大洗の特に目立たない校風をどうにかしたいらしく。音楽関係で知名度の高い彼が音楽を教え、その学生がそこそこでも売れれば他の学生にも良い刺激となり、大洗の特色になりうるのではないのかということだ。

 少し言い方は乱暴だが、学園長は彼に才能という先行投資を大洗にして欲しいと頼んでいるのだ。

 

「自分を嘗てくださるのはありがたいですけど、それは……」

 

「あぁ、無理なら断ってくれていいので」

 

「「へ?」」

 

 再び二人の口から間抜けな声が漏れた。

 

「学園艦では、あくまで学生が主体。下手に大人の企画するあれこれに振り回すのにも申し訳ないですからね」

 

「じゃあ、どうして」

 

「ふむ……どうしてと言われてもね。老婆心ながら、最近の子供は大きな夢を見なくなったがゆえにだからですか……」

 

 そこからの学園長の顔は先ほどよりも一層老けて見えた。

 

「一番才能を伸ばしやすい時期に、下手に現実を見すぎてできそうにないからやらないとする子供が増えている……最近そう思うことが増えていましてね。自身の夢のために頑張る場所が学校だと考えているのですが、それを教師側が早く大人になれ、もっと現実を見ろと言う。それは少し寂しく思うのですよ」

 

 どこかぼやくように言う学園長の言葉に、タカシは学生時代に夢に突っ走る自分を引き止めようとした後輩の事を思い出していた。

 

「まぁ、駄目でもともと。新生活ということで体調管理も大変でしょう。身体が良くなってからまた頼みますよ」

 

「……すいません」

 

「謝られても困りますよ。なんせ無茶を言ったのはこちらなのですから。どれ、消化しやすいお菓子で、さつまいものババロアを用意してあります」

 

 そう言って、学園長は席を立つと小さな冷蔵庫の方に向かった。

 しんみりとした空気であったが、久方ぶりの再会であると、それから二人はお互いの近況を話したりしながらその時間を過ごしていく。

 そして、過去の話に花を咲かしている途中で、その音は聞こえてきた。

 

「――――――飛行機の音?それにしては低い」

 

 その呟くような言葉に学園長とタカシは首を傾げるが、学園長の方は心当たりがあったのかすぐに得心顔になった。

 

「あぁ、そう言えば……確か今日は戦車道の授業で指導役の方が来ますね。それでしょう」

 

「――――それにしては音が近すぎるような」

 

 そう呟いた次の瞬間、大きな音が空気を叩いた。

 最初は何かが落ちる音。そしてそれに続くように金属の擦過音。

 大きくて、それでいて甲高いその音に、反射的に彼は両手で自身の左右の耳を塞いだ。

 

「――――何事?」

 

 空気を叩くような音の振動を、肌に感じなくなりおっかなびっくりで耳から手を離すと、とても聞きなれたエンジン音が聞こえてくる。

 その事に理解が追いつかず、彼はそんな言葉を漏らすしかできなかった。

 

「……………………」

 

「タカシくん?一体、外で何が?」

 

「あ、えっと、十式戦車が空から降ってきました」

 

「……………………」

 

「はい?…………えっと、ん?」

 

「お気持ちはわかりますし、自分でも何言ってんだろとか思いますけど事実です」

 

「……………………」

 

「はぁ、まぁ、確かに戦車の駆動音も聞こえますけど……学園長、何か心当たりは?」

 

「……………………」

 

「……学園長?」

 

 そこまで会話して、先ほどの轟音行こう何も喋っていない学園長に首を傾げる。

 そして、耳を澄ませてみると、確かに学園長は反応をしていた。

 

「あの赤い車って、今日僕が乗ってきたのに似ているな。今日は自動車部と例のレースもあるし、とっておきの車を降ろしてきたのだけど、はは、もしあんなことになったら大変だな……………………現実逃避はよそう。そう、あれは私のくるまですよ、ええ。さっきから上下逆転したナンバーがこれでもかと自分の視界に写っていますよ。何ですか?追い打ちですか?そうですか…………」

 

 今ばっかりは、自分の聴こえすぎる聴覚を呪う彼であった。

 

「…………タカシくん、説明もらっていい?」

 

 小声で喋る彼を一瞬訝しむタカシであったが、その何とも言えない表情と窓際に突っ伏す学園長の様子からある程度察したのか、彼と同じく小声で説明をする。

 

「さっきの着陸した戦車がそのまま、学園長のものと思しき赤い車を、その……プレスしました」

 

 聞かなければ良かったと心底思ったが、このまま学園長をそっとしておくのもあまりにも不憫であると感じた彼は想うがままにタカシにあるお願い事をする。

 

「……その十式の戦車長をここに連れてきてください――――――絶対に」

 

 後にタカシは語る。

 これまで彼と会話した中で、あそこまで意思の籠った『声』を聞いたのはあれが最初で最後であると。

 

 

 

 





と言う訳で御目汚しでした。

皆様の感想はありがたく読ませていただいています。
返信もなるべく早めに行いますので、これからもよろしくお願いします。

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