☆一輪の白い花   作:モン太

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産まれてきた意味

霜隠れに再び来ていた時の事だ。

 

前の依頼から一年ぐらい経過していた。あれからもしかしたら、内戦が起こってしまうかもしれないと危惧していた霜隠れだけど、意外と安定していた。

 

そんな時だ。ゼツから連絡を受けたのは。

 

『デイダラガ死ンダ。最後ハ己デ大爆発ダ。』

 

こればかりは覚悟していた。だけど、凄いショックだ。彼は一番私の面倒を見てくれた。一番仲良くできたメンバーだったと思う。胸に大きな穴が空いたような気がした。

 

……そんな。

 

涙が出そうになる。

 

覚悟していた。それでも凄く寂しい。

 

『あらら、またメンバーが減っちゃいましたね…彼は結構強かったと思いますが。で、どっちにやられたんです…?サスケか…九尾の人柱力か?』

 

『サスケダ。』

 

『ただしね…サスケも死んだみたいだよ。』

 

!?

 

『…………』

 

イタチが少し目を細めていた。

 

そんなサスケ君も……

 

全然想定していなかった……。まさか相打ち。

 

2人同時に失うなんて……

 

『道連れですか…』

 

『感謝するんだな、イタチ。デイダラが命懸けで厄介払いをしてくれたんだ。』

 

『んーー…あと何か忘れてるような…』

 

『トビも死んだみたいだよ。デイダラの奴、見境無く爆発しやがった。』

 

え?トビも……

 

彼ともある程度仲良くしていた。いつも何か本心を隠してるような感じだったけど、彼の悲しみもいつか癒えたらいいなと思ってた。……その彼もが………

 

余りにも急な死亡の知らせの連続に感情が追いつかない。

 

『そうそうトビでしたか…しかし、あの逃げ腰が逃げ遅れるとは…相当大した術だったんですね。』

 

『まあいい…あの程度の男なら幾らでも補充は利く。デイダラは惜しかったが…』

 

『陰鬱なこの組織を和ませる能力ならトビも大した能力者でしたがね。』

 

『オレは行く…せめて静かにデイダラをともらうとしよう。』

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

余りの事に呆然とする。

 

皆が抜忍。いずれはこうなる事は理解している。それでも、失う事は辛くて怖い。

 

どれだけの時間が過ぎていたのか、気が付けば夜になっていて、宿の部屋で布団にくるまり、窓から蛍を眺めていた。

 

「こんな所に居たのか……」

 

「……イタチ。どうして……」

 

「お前に話がある。」

 

………イタチから相談なんて珍しい事もあるんだね。

 

「………貴方、1人だけど。」

 

「鬼鮫の所には影分身を置いてる。」

 

え?それって逆じゃないの?

 

普通は影分身が来るならわかるんだけど。

 

そう思い、彼の顔を伺って確認する。

 

とても強い眼差し。覚悟を決めた目が此方を射抜いていた。

 

「…そう。とても大事な話なのね。」

 

「…………」

 

イタチは無言で頷く。

 

そのまま私の隣に腰を下ろした。

 

何故、今なのか?とか気になる事はあるけど、黙って聞こう。きっとあの時の続きだから。

 

「何から話せばいいだろうな。」

 

話出そうとして言葉に詰まり、イタチは苦笑いをした。

 

それだけでも私は驚く。こんな表情を初めて見たからだ。

 

それだけイタチにとって、本当に深い場所にあるものをさらけ出そうとしている。

 

「…貴方が話したい所から話してくれればいいよ。」

 

私も覚悟を決めて微笑む。

 

イタチは頷いた。

 

「初めて戦場を目の当たりにしたのは、4歳の頃だった。」

 

それは猫婆から聞いた話だ。私が4歳の時はまだあの村で平和に暮らしていた。

 

イタチはその時には戦場を体験していたんだ。

 

いたるところに屍。血の匂い。死の静寂。

 

「父にその場に連れてこられた。オレはその光景に動けず体が冷たくなっていくのを感じた。木の葉の額宛をつけている忍。そうではない忍。2度と動くことのないその者たちの表情は、どれも苦痛にゆがみ固まっていた。誰一人として、望んで死んだ者はいない…望まれて死んだ者もいない…」

 

イタチの黒い瞳に影がさす。

 

「力で何かを解決しようと収めようとした結末…その先に何があるのだろうか…」

 

「命は生まれ。命は、死ぬ…」

 

寂しげに。切なげに。ぽつりとこぼれた言葉。

 

「人は何のために生まれてくるのか…」

 

イタチの瞳から一雫の涙が溢れる。

 

「争うためじゃない。そんなはずはない。そんなことはあってはいけない。人は皆幸せになるために生まれてくるはずだ。それはこの世に生を受けた者が唯一平等に与えられる権利だ。生まれ落ちたその瞬間は、誰もが同じようにそれを与えられる。」

 

肯定されることを待つように黙したイタチに、私はうなずく。

 

イタチは安心したような笑みを浮かべた。

 

「オレはその時心に決めた。この世から一切の争いをなくす。そのために誰よりも優れた忍になろうと。」

 

イタチの想いは、里にとどまらず広く大きくすべてを見据えていたのだと知る。

 

「そんな夢を目指して、オレはアカデミーに入った。」

 

イタチはゆっくりと順を追って話してゆく。

 

6歳でアカデミーに入学し、7歳で卒業。10歳で中忍となり、11歳で暗部へと入った。

 

そして12歳で暗部の分隊長。

 

めまぐるしく進められてゆくイタチの人生。

 

そこには想像を絶する痛みが、闇があった。

 

中でも、8歳で仲間の死を目の当たりにしたことは、とっても衝撃的だった。

 

それがきっかけで写輪眼が開眼したことを聞き、その一件がイタチにとっていかに辛い物だったかがうかがえた。

 

それでも涙を流さず、一人その苦しみに耐えたのだと語るイタチは悲しげな眼で小さく笑った。

 

その後の中忍試験では、スリーマンセルが原則の中、ただ一人単独で試験を受け、すべての試験で他を寄せ付けない結果をたたきだし合格。

 

特に3次試験の対戦の場では、圧倒的な力を見せつける必要があったのだとイタチは言った。

 

そうすることで、観戦に来ている他里の【影】や大名たちに『木の葉にだけは手を出してはいけない』『木の葉にうちはイタチあり』と、知らしめなければいけなかったと…。

 

10歳。その幼さで彼はもう里を自分の手で、力で守るという自覚のもと生きていたのだ。

 

自身のその時とあまりにも次元の違う世界。

 

私はそれを改めて痛感していた。

 

だがイタチの突出した才が、彼を悲しみの運命へと導いてゆく。

 

「父は、オレを一族と里とのパイプ役にするためにオレを暗部へ入れたいとの考えを口にした。違和感を感じた。暗部入りはオレの目的でもあった。だが里とのパイプ役とはどういう意味なのか。そう思った。里の上役には架け橋だと言われた。同じことだ。だが、うちは一族も木の葉の人間だ。同じ里で生きる者同士をつなぐ。意図してつながなければいけない。元々つながっているものではないのか。その関係性はいったい何なのか。木の葉とうちはは、並立する存在なのか。なぜ分けて考える必要があるのか。オレには分からなかった。オレはうちは一族だが、木の葉の人間だ。それは違った考えなのか…」

 

溢れ湧き出るイタチの疑問。苦悩。

 

それをずっと一人で抱えてきたのかと、私は彼の手を繋いだ。とても冷たい手だった。

 

イタチは語り続ける。

 

「暗部へと入る前に、オレは実績をつけるという名目で任務を受けた。それは他里に情報を流しているスパイを暗殺するというものだった。木の葉の忍を殺すという任務」

 

スパイとはいえ、同じ里の人間。

 

里を愛するイタチにはどれほど辛かっただろう…

 

「妻も子供もいる男だった。子供は3歳と1歳。オレの友であったうちはシスイと共に任務に当たり、その命を消した…。あの男が死に際にふかした煙草の煙がいまだに…記憶に残っている。」

 

まるでこの場にその煙が立ったかのように、イタチは空を見上げた。

 

「そしてオレは暗部へと入った。だが、それが結果としてオレの道を閉ざすことになった。クーデターを取り仕切っていた父は、オレの暗部入りをきっかけに、その実行を決めた。里の中枢にオレがかかわることで、深い情報を手に入れ、期を計り動く。そう決めたんだ…」

 

「クーデター?」

 

「そうだ。当時、うちは一族はクーデターを考えていた。里への不満が高まっていた。うちはと里との歴史的な確執。それが燻っていた。」

 

イタチの体が、少し震えた…

 

「オレの夢が、一族を破滅へと進ませるきっかけとなった。」

 

そんな事はない。

 

そう言いたいけど、当時を知らない私に言える事ではない。

 

「オレはいったいどこへ向かっているのかとそう思った…」

 

イタチは本当は誰よりも繊細でもろい一面を持った人だと思った。

 

それでも強くあろうと自分を奮い立たせてきた。必死に。

 

きっとこの世界において彼以上の忍はいないんだろう。

 

「暗部に入り、里の一族への警戒を目の当たりにした。一族の居住地は里によって監視されていたんだ。いたるところに監視カメラが仕掛けられていた。それをモニターで監視する。それも暗部の任務だった。」

 

「ひどい…」

 

思わず言葉がこぼれた。

 

同じ里の人間。そこにある確執。胸の奥が痛んだ。

 

「オレも信じられなかった。だが、里からしてみれば里を守るための処置…」

 

浮かべた小さな笑みに、いまだにその時のショックがぬぐい切れていないことがうかがえる。

 

イタチは少し考えるようなそぶりを見せ、此方をちらりと見た。

 

「その原因は九尾だ…」

 

「九尾が…」

 

イタチはうなずく。

 

「封印されていたはずの九尾が突如里に現れ里を襲い、甚大な被害をこうむった。その時疑われたのがうちは一族だ。九尾の力を操ることができるのは写輪眼のみ。それが一族への疑念を集めた。それゆえ、この事件の後そういった体制がとられた。」

 

里の人々は九尾の事でうちは一族を疑い。疑われたうちは一族は里への不満を募らせた。

 

同じ里で暮らしていればいたるところで両者は顔を合わせる。

 

そのたびに負の感情が渦巻く。事態が悪化していくことが容易に想像でき、気持ちと共に体が重くなるのを感じた。

 

「初代火影となった千住柱間の一族とうちは一族は、もともとは争いを続けてきた者同士だ。過去からの積年があった。そこに九尾の一件。一族の不満は募り溢れた」

 

それでも、うちは一族への疑念は確証のない物で、3代目火影の深い思慮もあり、強行的に居住地を調べたり、一族の誰かを尋問にかけるようなことはなされず、その監視体制も疑いを晴らすためという3代目による考えもあったのかもしれないと、イタチはそう言った。

 

「3代目は決して里に暮らすうちは一族を疑ってはいなかった。それは俺も同じだ。父も、そして他の一族の者も里を愛していた。歴史や政治的なものへの確執はあったが、木の葉はオレ達うちはにとっても故郷だ。故郷を愛する気持ちは何ら変わらない。故郷を守るために強くなり戦ってきた…」

 

里を守るためにうちはは力を求め、強くなり、戦ってきた。

 

その大きくなりすぎた力から里を守るために、木の葉はうちはを警戒し始めた…。

 

どちらも里を守りたい…

 

根底はそこにあるのに…

 

「想いは同じなのに…」

 

胸の奥の痛みがどんどん強くなる。

 

その痛みをずっと抱えながら、イタチは両者の間で耐えてきたのかと息苦しさに襲われた。

 

「そうだ。どちらも同じだった。だが、うちは一族は【一族の誇り】に執着しすぎた。その枠にこだわりすぎた。そして里の対応が、さらにそれを膨張させた。そこに、【里側】【うちは側】という言葉が生まれた」

 

その言葉のはざまで、一族、そしてイタチは多くの中傷を受けてきたのだろうと、その様子を脳裏にめぐらせる。

 

「暗部に入って、オレが里の上層部に求められた事。それは、一族の間で秘密裏に行われている会合での内容を里に流すこと。うちはの不穏な動きに感づいた上層部は、今まで以上に細かに監視し最悪の事態を避けようとした。3代目はただ純粋にそう考え、別の者はオレが里を裏切らぬか監視の手段として。そして、また別の者は【反旗の証拠】をつかみ【静粛】という名のもと一族を排除しようとしていた。それぞれに、里を守りたいという心のもとにな」

 

いくつもの絡み合う策略の中をイタチは生きてきた…

 

その奥にあるものは【里を守る】という想いただ一つなのに…

 

それをめぐる大きすぎる闇を、一身に受け戦ってきた…

 

重く、苦しく、辛い…

 

そして何より恐ろしい…

 

それは、自分が感じている恐怖ではない。

 

イタチが感じてきた恐怖なのだと悟った。

 

だが、決して話すことをやめようとはしない。

 

私はそこにイタチの想いを感じていた。

 

受け止められる…

 

そう信じてくれている…

 

受け止めてほしい…

 

そう求めてくれている…

 

その想いが私の心を強くした。

 

少しして、イタチは再び話し出した。

 

「オレは里に監視されている事を一族には告げず、一族の会合の内容を里に流した。里の中枢である火影とつながれば、一族の暴走を止められる。そう考えた。だが、オレが里の情報を提供しないこともあり、一族の中にオレを疑う者が出始めた」

 

一族を守るための苦渋の決断が今度は一族の中に猜疑心を生んだ。

 

「お前は里と一族、どっちの味方なんだ。そう投げつけられた…」

 

フッと小さく浮かべたその笑みは、さみしく哀しげ。

 

「一族にとって、里は敵で、一族は味方。すでにその形は出来上がっていた。それでもあの時のオレは、まだ事は動いていない。まだ変えられる。そう思っていた。だが、もうすでに投げられた石は、坂道を転がり始めていたんだ…」

 

変わらず景色の中に浮かぶ蛍の光が一粒。イタチのほほを照らした。

 

それはまるで涙の一滴のように見えた。

 

イタチはどうしてか柔らかく笑った。

 

そのあまりにも柔らかい微笑みがひどく悲しみを伝えてくる。

 

「もう誰にも止められないところまで来ていたんだ…」

 

一族が決断したクーデター。

 

必死に止めようと奔走していたイタチが、それを悟った時どんな気持ちだったのだろう…

 

今、この笑みの向こうにどんな感情が、記憶がよみがえっているのだろうか…

 

どうあっても分かりきれないのだろうと、グッと唇をかみしめた。

 

「それでもあいつは、シスイはあきらめなかった。クーデターを止めるための唯一の手段があると、オレにその計画を打ち明けた…」

 

「唯一の手段?」

 

うなずいたイタチの瞳が一瞬赤く光る。

 

「シスイの万華鏡写輪眼に宿った特別な力、別天神(ことあまつかみ)。」

 

うちはシスイの万華鏡写輪眼。最強幻術だ。

 

「当時のオレも聞いたことのない物だった。特別な幻術だ。」

 

「その術を…」

 

「オレの父にかけると話してきた。その術で父を操り、父の口からクーデターの取りやめを一族に言い渡すと」

 

親友が自分の父に幻術を…

 

「あいつはオレの父にその術を使うことを心苦しく思っていた。だが、オレは一族を止めることができるなら、手段を問うつもりはなかった。父の心を自分の手で変えられなかったことは悔しかったがな…」

 

それでも止められなかった…

 

心のつぶやきが聞こえたかのように、イタチはうなずく。

 

「決起を決める会合の前、シスイは父に接触できなかった。その前にダンゾウに襲撃され深手を負った。そして事は取り決められた。」

 

イタチの親友を襲ったのはダンゾウだとイタチは語った。

 

シスイの瞳術でイタチの父を操り、クーデターを取り消したところで、一族の怒りが収まるわけがない。

 

ダンゾウにそう言われ、イタチは言葉を返せなかったと表情をゆがませた。

 

まさかダンゾウがそんな事を……

 

「父がしないのであれば、別の誰かが決起のために立つ。オレは心のどこかで分かっていた…」

 

転がりだした石は一つではない。

 

大きな一つを止めても、その後ろから転がる無数の石は、そう簡単に止めることはできない。

 

「それでも、その後の事を模索しながら、シスイの計画に一縷の望みを託した。だが、その望みも絶たれた。シスイが動くことで自分の計画が濁る事を危惧したダンゾウが、シスイを襲い、右目の写輪眼を奪い毒を盛った。その日、落ち合う約束をしていた場所に、息を絶え絶えに現れたシスイを見てオレは悟った…」

 

もう他に手はないのだと…

 

口にされずともその先には、それ以外の言葉はない…

 

そうか。それでイタチは家族を、友人を、一族を………

 

私はやるせなさに視線を落とした。

 

「あいつは残った左目をオレに預け、死んだ…」

 

息を吐き出すように言い放つと、イタチの体から力が抜けてゆく。

 

鋭く研ぎ澄まされた空気をまとうその横顔が、ゆっくりと此方に向けられてゆく。

 

小さく浮かべられた笑み

 

静かに流れ落ちる言葉

 

「オレが殺した」

 

夜の静寂が深まった。

 

「最も親しい存在を殺すことで、万華鏡写輪眼は開眼する」

 

聞いた事はあった。

 

だが、イタチの口から改めて聞き、鼓動が痛みを帯びながら大きく波打つ。

 

するり…とつながれていた手が解かれた。

 

「この手であいつを殺した」

 

その手をスッと伸ばし上げた。

 

「自分の命が助からぬと悟ったシスイは、オレに万華鏡写輪眼を開眼させるために…」

 

指の間からチラチラと見える光が、悲しみを、切なさを、痛みを膨らませる。

 

「オレがこの手で」

 

グッと手を握りしめる。

 

「この手で…」

 

イタチ…

 

この人は、どれほどのつらい物を抱えて生きてきたのか…

 

自分の想像をはるかに超える苦境、苦心…

 

今となっては取り除くことのできないその苦しみ…

 

その痛みは消えない。消してあげることはできない…

 

「オレがあいつを殺した」

 

自分の中に確認するような口調でつぶやかれる言葉。

 

握りしめられたイタチの手が、さらに固くなってゆく。

 

私はそのこぶしを、思わず包み込んだ。

 

「イタチ」

 

向けられたイタチの表情は、今までに見たことのない弱々しい笑み。

 

包み込んだその手を抱き寄せ、イタチを見つめる。

 

「貴方は悪くない」

 

気休めにもならない言葉。

 

だが、そう思いながらも言わずにはいられなかった。

 

貴方ははただ守りたかっただけなのだ…

 

一族を、里を、大切な物を…

 

「貴方は悪くない」

 

どんな事情があろうと、人の命を奪うことは決して許されることではない。

 

それが分かりきっているイタチには、そんな言葉は届かないのだろう。

 

受け入れはしないだろう。

 

それでも、どうしても言わずにはいられなかったその言葉に、イタチはほんの少しだけ肩の力を抜いた。

 

自然と指を絡めて強く握りあう。

 

「その日オレの万華鏡写輪眼は開眼した。」

 

その時の感覚がよみがえったのか、イタチはしばらく目を閉じて黙した。

 

「後は頼んだぞ…。シスイはそう言い残して逝った。木の葉を創設し、守り抜いてきた一族の誇りと名誉を。そして、木の葉の里を守ってほしい。それがあいつの願い。」

 

親友の想いを、言葉を思い出しながら、イタチはその姿を探すように空を見上げた。

 

「一族の誇り、名誉、うちはの名。それはもちろんオレにとっても大切な物だ。だが、それに執着するべきではない。それは正しきことを見失わせる。狭い了見に己を閉じ込めてゆく。その狭い世界の中で、里に反旗を翻し、己の意地やプライドを誇示する。そんなくだらない事にこだわる者たち。その犠牲となり、あいつは闇の中を耐え忍び戦い、そして死んでいった。」

 

イタチの体に力が入る。

 

「腹が立った…」

 

そんな単語がイタチの口から出るとは思いもしなかった。

 

私は思わず目を丸くした。

 

「誰も、何一つ大切な物が見えていない。愚かしい。そう思った。父に対してもだ。そんな愚かしい行為に先頭を切って走る父。そして父を矢面に立たせて、汚れた仕事をオレやシスイに命じ、陰でコソコソと蠢く者たち。」

 

その言葉の奥に、まだ語りきれぬほどの痛みを感じる。

 

「くだらない。里の平和こそが大切なのではないのか。それが一族の安穏なのではないのか。誰も気づかないのか。シスイの命を懸けた想いは、誰にも届かないのか…」

 

そこにあったのは、一族への落胆。

 

「何一つ大切な物に気づかぬまま、自分では動かずにオレへの不満をぶつけてきた父の側近の者たちを見て思った。こんな奴らのために、シスイは死んだのかと。」

 

哀しげな瞳で言葉を続ける。

 

「こんな奴らに生きている資格はないと…」

 

悔しさを滲ませる声。そこには非難の色が見える。

 

だが、それはイタチ自身へと向けられたものだった。

 

「同じ一族の者の命を、オレは奪おうとした。怒りに任せ刃を向けようとしたんだ。」

 

争いのない世界を目指している自分が同胞の命を奪おうとした。

 

「自分の中に潜む狂気を垣間見た。」

 

私にも何度か心当たりのある想い。

 

自責の笑みを浮かべイタチは次に優しく微笑んだ。

 

「そんなオレを止めたのはサスケだった。」

 

その瞳は、今までに見たことのない優しい色を浮かべていた。

 

初めてイタチの口からサスケへの本当の想いが吐き出されようとしている。

 

「オレの中の狂気が抑えきれなくなる寸前。あいつの、サスケの声が聞こえた。」

 

『兄さん!もうやめてよ!』

 

悲痛なサスケ君の叫び声。

 

見たことのない兄の姿に怯え、震え、それでもいつもの兄に戻ってほしいとの願いを込めたひと言。

 

「それがオレをつなぎとめた。あいつの兄という存在に、引き戻してくれた。いつもそうだった。己の道を、夢を、目的を。そして、この命の意味を見失いそうになったとき、オレを救ったのはサスケだった。」

 

目を細めて微笑む。

 

人が、これほど柔らかく微笑む姿を、私は見たことがなかった。

 

イタチにとってサスケ君は、何よりも愛おしい存在なのだと、改めて感じる。

 

「あいつが生まれたとき、小さな体の中に強い生命力を感じた。必死に生きようとする力。この世に、これほどまでに愛おしく、尊いものがあるのかとそう思った。何があってもオレが守ると、そう誓った。」

 

すべてをかけて、守りたい存在。守らなければならない存在。

 

「だが、守られていたのは、導かれていたのはオレだったのかもしれない。」

 

眉を下げてさらに微笑む。

 

「争いの絶えぬこの世への疑問。任務での痛み。里と一族の間に渦巻く闇。シスイの死。そのすべてにおいて、オレが心折れずに走り続けることができたのは、サスケがいたからだ。あいつのおかげで戦ってこれた。」

 

誇らしげなその表情。しかし、その奥に悲しげな色がちらりと見える。

 

「それなのに、オレはあいつを傷つけた。あの夜、決して消えぬ憎しみをあいつの心に刻み込んだ…」

 

イタチの瞳にはあの夜がよみがえっているのだろうか。

 

「クーデター前に一族を静粛する。うちはの名を、そして誇りと名誉を守るためにはそれ以外には道はなかった。それになにより、もしクーデターを起こしていたとしてもうちはは勝てない。いかに写輪眼を持つ一族と言えども、木の葉の里は落とせない。内戦の末にあるのは、うちはの敗北。両者の大きな被害。罪なき人々の死。そして、勢力の落ちた里への外からの攻撃」

 

「戦争…」

 

イタチは「そうだ」と、うなずいた。

 

「それは避けねばならない。それだけは、起こってはいけない。そのためには他に道はなかった…」

 

もし自分がイタチの立場だったらどうしただろうか…

 

そう思うと同時に、頭の奥がひどく重く痛んだ。

 

「残されたその道、それは一族の誰かの手によって行われる必要があった。他の者による静粛は、里に暮らす他の一族達に恐怖と疑念を抱かせる。『用がなくなれば、里によって消される』とな。だから、同じうちは一族の者の『乱心の末の事件』にしなければならなかった」

 

それができるのはイタチ以外にいなかった…

 

私は目を固く閉じ、うつむいた。

 

なぜイタチなのか。

 

こんなにも苦しい想いを、なぜイタチが負わねばならないのか…

 

だが、もしこれが他の者によるものであれば、周りの人間は、まっすぐには受け止めなかっただろう。

 

里すらも危惧する力を持つうちは一族を一晩で滅する。

 

並大抵の事ではない。不可能に近いと言える。

 

それでも、里が、周りがその事実を受け止めたのは、実行者が『うちはイタチ』だったからだ。

 

6歳でアカデミーに入学してから12歳で暗部の分隊長になるまでの、常識から逸した経緯。

 

そして、中忍試験での圧倒的な強さ。

 

納得させるだけの条件はそろっている。

 

揃ってしまっていたのだ。

 

『うちはイタチならできうる』

 

まるで、今までのすべてがそこへと向かうために仕組まれたかのように、事実として存在している。

 

「オレは決断した。サスケの命を守るという事を条件に任務を受けた。いや、その条件がなくともオレにはもうほかに道は残されてはいなかったがな。」

 

事が起こってしまってからでは一族の名を、里を守れない。

 

だからと言ってその命を…

 

極度に追い詰められていたイタチの胸の苦しみが伝わりくるようで、私は自分の胸元をギュッと握りしめた。

 

「だが、やはりオレにはサスケを殺すことはできなかっただろうからな。その条件を向こうから提示された事は唯一の救いだったかもしれない。サスケには生きてほしい。そしていつか、新しいうちはの形を作り上げてほしい。人々から利用され、恐れられ、切り捨てられるのではない。大切な物を守れる強い存在。必要とされる存在。すべての垣根を越え、平和へと人々を導くそんな存在になってほしい。闇を生きるオレとは違う、闇を照らす存在となってほしいんだ。」

 

溢れ止まらぬサスケ君への想いが、愛おしむ気持ちが、ひしひしと伝わりくる。

 

「あいつならできるとオレは信じている。そのために、あいつには生きる力を与えなければいけなかった。悲しみに打ちひしがれ、立ち止まっていてはダメだ。それではうちはの力を欲する者に利用される。戦いの絶えぬこの時代、オレ達の力はどこにおいても魅力的な物だからな。暁にしてもそうだ。オレにどんな目的があろうと、結果としてその力を利用されていることには違いない。強い力とは、己の意思とは反して気づかぬうちに利用される。利用しているようでいつの間にか逆になっている。そういう事がいくらでもありうる。」

 

イタチは目を細めて遠くを見つめた。

 

「真実と現実は、必ずしも一致するものではない。」

 

深みのあるその言葉は、苦しい現実を耐えてきたイタチだからこその物。

 

「たとえ知らぬ間に利用されていても、最終的にはそれをはねのける強い力とゆるがぬ『目的』を持っていなければならない。サスケも、オレも、自分にしかできない目的をな。」

 

「自分にしかできない目的」

 

うなずき、イタチは強い光をたたえた瞳で私を見つめた。

 

「オレの目的は二つある。一つはサスケの中から大蛇丸の呪印を消し去ることだ。」

 

私は黙ったまま言葉を聞き入れる。

 

「お前も一度受けたあの術だ。強力な力を得られるが、精神を蝕まれる。闇にな。術というよりは呪いのようなものだ。あれと同じものがサスケにも埋め込まれている。」

 

ほんの小さな火種を大火にする力があると、イタチは厳しい瞳で言った。

 

「呪印はサスケを一生苦しめ、2度と登れぬ闇の谷底へといざなう。だが、容易に取り除けるものではない。大蛇丸同様執念深く根の深い術だ。」

 

大蛇丸の顔が浮かんだのか、イタチは顔をゆがませしばし黙した。

 

そして、私をじっと見つめる。

 

「もう一つの目的。これはサスケの目的でもある。その目的を持たせるために、オレは見せなければいけなかった。両親を殺したオレの姿を…」

 

それは奇しくも、私が孤児達に期待している効果と似ていた。

 

「そうすることで、決してぶれない憎しみを、オレへの憎しみを植え付けた。どんな悲しみよりも強い感情。それがサスケの生きる力になる。そして、何者かに利用されようとも、最終目的がオレである限り、あいつは全てをはねのけてオレのもとへ来る。必ず…」

 

その先を。

 

「それこそが、オレとサスケの目的」

 

風が吹いた…

 

静かなその風が二人の髪を夜の中に揺らめかせる…

 

「呪印を封印したのち」

 

私はその先の言葉が聞こえぬよう耳を塞ぎたい衝動に駆られた…

 

言葉が零れ落ちる唇の動きが見えないよう、目を閉じたくなった…

 

だが、体が動かなかった。

 

目をそらすことができなかった…

 

自分の鼓動が聞こえるほどの静寂の中、イタチが静かに、穏やかな口調で告げる。

 

「サスケと戦い、サスケに討たれる。」

 

言葉の終わりと同時に、私両目から涙があふれ出た。

 

…本当に勘弁してほしい…

 

…知っていた…

 

覚悟の上で、そこへ向かっている。

 

それでもイタチの口から聞くその『目的』は、あまりにも痛みが強かった。

 

逸らせぬままの目から、涙が追い溢れてくる。

 

イタチはその涙ごと私のほほを両手で包み込んだ。

 

「藍。それがオレの求める最期なんだ。」

 

静かな声だった。

 

恐れも、迷いも、後悔もない静かな声。

 

久しぶりに呼ばれた本名。

 

それがまるでイタチの決意の強さを感じて、悲しみが一層深まった。

 

「うちは一族を殺したオレを討てば、サスケの名は【うちは一族の仇を取った英雄】として世間に認められる。そうなれば、木の葉の里はサスケを受け入れざるを得なくなる。あいつは里に帰れる。」

 

イタチはそのことを想像したのか、嬉しそうに微笑んだ。

 

その笑みを浮かべたまま言葉を続ける。

 

「オレはもう戻れない。だが、あいつはまだ帰れる。故郷に」

 

必死にこらえていた様々な物が、嗚咽となって私の中からあふれ出た。

 

「それこそが、オレが兄としてあいつにしてやれる最後の事。」

 

どこまでもサスケ君の兄として生きる覚悟…

 

そして死にゆく覚悟…

 

その想いを乗せて、イタチは言葉を馳せてゆく。

 

「あいつは、里を、仲間を愛している」

 

愛に溢れた瞳…

 

「自分が生まれ育ったあの里を、誇りに思っているんだ。」

 

誇らしげな強い言葉…

 

「里に帰りたいと思っている…」

 

だけど、それは…

 

止まらぬ嗚咽に呼吸を遮られ、息苦しさに襲われながら、私は言葉を絞り出した。

 

「それは貴方も同じ」

 

イタチの胸元をぎゅっと握り、額を押し当てる。

 

伝わり聞こえるイタチの鼓動は、穏やかで優しい波打ち。

 

「どうして…」

 

この人は恐れないのだろう…

 

「オレはそのために生きてきた。」

 

「どうして…」

 

イタチは戻れないのだろう…

 

「オレは闇に生きる事を選んだ。」

 

「どうして貴方はそんなに優しいの…」

 

見上げた先で、イタチはやはり柔らかな顔で微笑んでいた。

 

「どうして貴方は、笑っていられるの…」

 

すべての苦しみを、闇を、痛みをその身に受けて。

 

それでもなお、穏やかに笑う…

 

「どうして…」

 

溢れて止まらぬ涙と共に繰り返されるその言葉に、イタチは一層優しい顔で返す。

 

「お前がいるからだ」

 

大きく、それでいて繊細な手が私の髪をなでる。

 

「お前は自覚が無かったかもしれない。だけど、お前がオレの心の支えになっていた。だから、オレは強くいられる。」

 

「イタチ…」

 

「藍…」

 

小さく震える肩を、イタチの手がやさしく支えてくれる。

 

「これが…」

 

瞳にほんの少し不安な色が揺れる。

 

「これがオレのすべてだ。」

 

「……う……」

 

私は今までのすべてを抱きしめるように、自分の胸をぎゅっとつかみ、ゆっくりとうなずく。

 

「オレはお前の思っていた人間とは違ったんじゃないか?」

 

確かにそうかもしれない…

 

涙で滲む視界の向こうに、必死にイタチを映す。

 

怒りに駆られ、狂気を覗かせる一面…

 

迷いも、悩みも、弱さもあった…

 

自分が知っていた、うちはイタチとは少し違っていた…

 

私はもう一度うなずき、イタチを見つめる。

 

「だけど、貴方の事がもっと好きになった…」

 

イタチの瞳から不安が消えてゆく。

 

どちらともなく唇を合わせ抱きしめあう。

 

「藍」

 

強い響きを持つイタチの声。瞳にも強い光が伴う。

 

「オレはサスケを呪印から解放し、サスケに討たれる。」

 

まるで自身の中に確認するかの様に、イタチは丁寧に言葉を紡いだ。

 

「サスケを頼む。」

 

私は無言のまま微笑んだ。

 

「お前に酷な事を言っている…」

 

イタチの声が少し震えた。

 

「オレの尻拭いをお前にやらせようとしている…オレは木ノ葉の為に動いている。暁の敵である木ノ葉の為だ。……お前にとって暁がどういうものなのか、なんとなくはわかってるつもりだ。……家族を仲間を殺すような事に加担させている。……かつて、オレが味わった苦しみをお前に背負わせようとしている。」

 

言葉を返せず、私はイタチの背に回した腕に力を入れる。

 

「何も話さず、消え去る事も考えた…」

 

同じようにイタチも力を入れる。

 

「だが、お前には話しておきたかった。知っていてほしかった。オレのすべてを…」

 

「イタチ…」

 

息が苦しいほどに互いを抱きしめる。

 

「お前の中に残しておきたかったんだ。オレの生き様を…どんなに業が深くても。」

 

私は、何度も強くうなずく。

 

「うん、全部忘れない…」

 

「ああ。忘れないでいてくれ…」

 

安堵の息が、言葉と共に私の耳元で揺れた。

 

二人は同じ決意の色を浮かべた瞳で見つめ合う。

 

「共に背負ってくれるか…」

 

強い光を放つその瞳から、本当に小さな涙が一粒こぼれた。

 

「イタチ…」

 

その涙は、蛍の光一つ分にも満たないほど小さい。それでいて今ここにある幾百のその光より美しく尊い。

 

私はイタチのその涙を、大切にすくい上げた。

 

「私はきっと貴方を愛してるんだと思うの。だからこそ、その想いを受け継いで共に歩むよ。」

 

「ああ。共に歩んでくれ」

 

結局、私はイタチや兄さんのように世界だとか里だとかで物事を考える事はできない。ピンっと来ないのが正直なところ。

 

それでも目の前のこの人の事なら十分理解できた。

 

私は瞳を閉じた。

 

二人の涙の粒が重なる。

 

喜びなのか、悲しみなのか、苦しみなのか

 

その涙の正体は分からない。

 

ただ愛しくてたまらない気持ちだけは、確かに感じることができる。

 

それは、切なく、そして優しい輝きを放っていた。

 

イタチが私の髪留めを外した。

 

そのまま二つの影が重なった。

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