異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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異世界の切り裂きジャック

 

 真っ赤になった指で冷たい壁をなぞり、何本も鮮血の線を描く。先ほどまでは生暖かった鮮血はもう冷たくなり、鉄の臭いにも似た悪臭を純粋に放ち続けていた。

 

 服に染み付いた血が気になるが、どうせ能力を使って服装を変えれば着替えは済むし、勝手に汚れは落ちる。どれだけ血まみれになっても全く気にしなくていい。

 

「ね、ねえ………」

 

「ん?」

 

 指についた血が薄れたので、足元に転がっている血まみれのコックの服を着た肉塊から補充しようと手を伸ばしていると、先ほどから俺を見守っていたナタリアが問い掛けてきた。

 

 冒険者は魔物から素材を取る際、頻繁にメスやナイフを使って内臓を摘出するため、肉片や内臓を見るのに慣れている者も多い。それにダンジョンで命を落とす同業者も多いのだから、魔物に惨殺された人間の死体も何度も目にしている。

 

 それを見てショックを受け、耐えられなくなって冒険者を辞める者も多い。冒険者はダンジョンを調査する大人気の仕事だが、そういった光景を目にすることに耐えるという試練もあるのだ。

 

 それに――――――初代転生者ハンターに育てられたのだから、今更惨殺されたクソ野郎の死体を見ても全くショックは受けない。そこにバラバラになった死体が転がっていると思うだけだ。〝これ”はもう、この地下室の中に置かれたオブジェの1つでしかないのだから。

 

「その………血で何を書いてるの?」

 

 彼女が指差したのは、俺が壁に書いている文字の羅列だった。

 

 この世界で使われている言語ではない。それに、あのメウンサルバ遺跡で目にした古代文字でもない。この世界で使われている言語はアルファベットに似ているし、古代文字はハングルににているんだが、俺が壁に書き込んでいる文字の雰囲気はその2つの言語とは全く違う。

 

 ―――――この文字を目にするのは、17年ぶりか。

 

 前世の世界の事を思い出しながら、俺は壁に描いた日本語の羅列を見つめた。

 

 前世の世界と異世界では使われている言語は全く違う。転生者の持つ端末には言語を翻訳してくれる機能がついているようだが、俺はその端末を持たない特殊な転生者として生まれてきた。もちろん、異世界の言語は小さい頃に母さんやエリスさんから教わって読み書きができるようになっている。

 

 だが、前世の記憶はある。だから俺が〝水無月永人”という男子高校生だった頃から使い慣れていた言語(日本語)も、まだ覚えていた。

 

 転生者は大半が日本人だという。中には親父たちと一緒に戦った中国出身の転生者のように日本以外の国から転生してきた転生者もいるらしいけど、親父が仕留めてきた転生者は大半が日本人だと言っていた。

 

 それゆえに―――――――この〝メッセージ”は彼らにのみ通じる筈だ。

 

 だから、俺は敢えて前世の世界の言語で、この異世界中のクソ野郎共にメッセージを残すことにしていた。

 

「メッセージだよ」

 

「メッセージ? ………それ、何語?」

 

「日本語だ」

 

「ニホン語? どこの国?」

 

「親父が生まれた国だ。………異世界の国だよ。極東にある、滅茶苦茶小さな島国さ」

 

 そして、俺が虐げられてきた世界だ。何度も虐げられた最低の前世。もう二度と、前世の世界には戻りたくない。

 

 水無月永人は、もう死んでいるのだから。

 

「そういえば、傭兵さんは転生者なのよね………」

 

「ああ。………親父が言ってたんだが、転生者の大半は日本出身らしい。だからこの言語は、そのクソ野郎共にだけ通じる」

 

 港町で有名だったレストランの料理人が惨殺されたのだから、これは大事件になるだろう。奴の死体と一緒に、騎士団によってこのメッセージも発見されるに違いない。

 

 異世界の人々から見れば、ただの奇妙な文字が書かれた殺人事件に過ぎない。しかし、こいつと同じように人々を虐げているクソ野郎たちにとっては、このメッセージは宣戦布告と抑止力になるだろう。

 

「何て書いてあるの?」

 

「―――――『世界中のクソ野郎共へ。これ以上蛮行を続けるなら、てめえらもこうなる。死にたいなら続けるがいい。俺が全員狩りに行く。転生者ハンターより』………って書いた」

 

「なるほどね。転生者にだけ通じる言語か………」

 

 同じように人々を虐げ続ければ、こいつと同じようにぶち殺す。これを宣戦布告だと思っている奴はそうするつもりだ。これでビビって悪さを止める転生者がいるのならば、殺しに行く必要はない。

 

 新聞記者たちに、転生者ハンターの恐ろしさを宣伝してもらうとしよう。

 

 まるで、切り裂きジャックみたいだな………。異世界の切り裂きジャックか。

 

「ねえ………」

 

「ん?」

 

 書き終えたメッセージを眺めつつ血まみれの手でハンチング帽を拾い上げた俺は、ナタリアに呼ばれて後ろを振り返った。

 

 あの転生者をナイフでバラバラにした俺は血まみれになっちまったけど、ナタリアは血まみれになった俺を抱き締めてくれただけだから、それほど血で真っ赤になっているわけではない。

 

 でも、多少は血で汚れている筈だ。なのに、今の彼女は全く汚れていないように見える。

 

 おそらく、それは彼女が纏う覚悟のせいだろう。転生者の欲望を直視する羽目になり、そのおぞましさと禍々しさを知った彼女は、きっと何かを決めたのだ。

 

 自分を虐げる世界との決別。どんな世界でも、その世界と決別し、今まで過ごしてきた枠組みから乖離(かいり)するのは非常に難しい。何も知らない世界に無知のまま旅立つ事と同じなのだから。

 

 しかし、彼女は手探りでも世界から乖離することを望むだろう。だからこそ覚悟は強靭で―――――汚れない。

 

「タクヤ、お願いがあるの」

 

「何だ?」

 

 血まみれの手で血まみれの頬を拭いながら、俺は彼女に尋ねた。

 

 乖離する覚悟を纏った彼女の答えは――――――俺の予想以上に真っ直ぐで、真っ黒だった。

 

「―――――――私も、転生者ハンターになる」

 

「は?」

 

 ナタリアも転生者ハンターに………?

 

 無謀じゃないか? 転生者ハンターになるって事は、転生者と戦い続けるという事だ。レベルが上の相手と何度も戦い、死にかけながらもクソ野郎を抹殺し続ける殺意と血まみれの狩人。転生者ハンターは、最も禍々しい狩人なのだ。

 

 俺や親父は転生者だ。ラウラは転生者ではないが、キメラとして生まれているため身体能力は高いし、特殊な能力もある。それに現代兵器の扱い方を幼少の頃から訓練されているから、彼女の戦闘力は転生者と同等だ。

 

 だが、ナタリアは転生者ではない。今まで彼女は俺たちと共に強敵と戦ったことはあるが、本格的に転生者と戦うには危険過ぎる。

 

 ナタリアは転生者と戦う危険性を知っている筈だ。止めておけと言おうとしたが、ナタリアは俺が止める前に言った。

 

「だって、こんな奴が世界中にいるんでしょ?」

 

「ああ。だが、それは俺やラウラの仕事だ。お前は――――――」

 

「ええ、そうよ。転生者じゃない。銃の使い方もまだ未熟よ。………でもね、私も許せないの。異世界からやってきた奴らに、私たちの世界を荒らされるのが」

 

「………」

 

 彼女たちからすれば、転生者は余所者に過ぎない。

 

 彼らは何者かから与えられた端末と力を悪用し、他人の家で暴れ回っているのと同じなのだ。

 

「お願い。私も………あいつらを狩りたい。生まれ育った世界を守りたいの」

 

「………転生者ハンターになれば、ずっと血まみれのままだ。それでもいいのか?」

 

「え?」

 

「奴らの返り血は………消えないぞ。いいのか?」

 

 昔から奴らを狩り続けていた親父も、ずっと血まみれだったんだろう。

 

 初めて転生者を狩り、自分と同じ世界からやってきた人間に失望しながら―――――銃弾で彼らを貫き、刃で切り刻み続けた。

 

 硝煙と血と殺意は、二度と消えない。転生者に失望している以上は―――――絶対に消えない。

 

「………構わないわ」

 

 でも、ナタリアは足を踏み入れようとしている。血と硝煙の地獄に。銃声と絶叫が支配する狩場に。

 

 止めるべきか? 誘(いざな)うべきか?

 

 親父は、俺たちを誘った。転生者を狩る先駆者として、俺たちに狩りを教えてくれた。

 

 なら、俺も親父のように彼女を誘おう。一足先に転生者ハンターとなった先人として、彼女を狩人にするのだ。

 

 拒まなくていいだろう。――――――迎え入れよう。

 

 狩りたいと言うのならば――――――。

 

「――――――分かった。一応親父にも連絡しておく」

 

「ありがとう」

 

 転生者ハンターはまだ俺とラウラと親父の3人しかいない。

 

 いくら数多の転生者を狩ってきた転生者ハンターでも、まだ抑止力にはなっていないだろう。蛮行を続ける馬鹿野郎共に、蛮行を続ければ転生者ハンターに狩られると教えるには、もっと転生者ハンターを増やさなければならない。

 

 もしかしたら、いつか『転生者ハンターギルド』を結成することになるかもしれない。

 

 そう思いながら、俺は転生者ハンターに志願した彼女を見守った。

 

 

 

 

 

 

 

 

《リキヤ・ハヤカワ様より、メッセージです》

 

 宿屋の小さな部屋で目を覚ました俺の目の前に、朝っぱらからそんなメッセージが勝手に表示された。

 

 今までこんなメッセージが表示されたことはない。というか、この能力にメールみたいにメッセージを送る機能があったのかよ。初耳だぞ。もしかして、アップデートで追加された機能なんだろうか。

 

 今まで知らなかった機能に目を丸くしつつ、瞼を擦ってから蒼白いメッセージをタッチする。

 

 仲間たちはまだ寝息を立てている。そろそろ午前9時になるが、今まで旅をしていて疲れているのか、ラウラやナタリアたちは目を覚ます気配はない。特にナタリアは昨日の夜に怖い思いをしているから、ゆっくり眠っていたいのだろう。目を覚ましているのは俺だけだ。

 

 それにしても、親父からのメッセージか。何のメッセージだ? 

 

 タッチした後に画面に表示されたメッセージの内容を見た俺はぎょっとした。そこに表示されていたのはこの世界の言語ではなく―――――俺が転生者の死体の近くに書いた文字と同じく、日本語だったからだ。

 

《タクヤへ。念のため、このメッセージは日本語で書いておく。――――――昨晩、ノルト・ダグズでレストランを経営していた少年が惨殺されたというニュースが新聞に載っている。もうオルトバルカまで届いているぞ。………その少年は、転生者だったんだろう? 人間の肉を好む狂った野郎だ。前から消そうと思っていた奴なんだが、お前に先を越されてしまったよ》

 

 もうオルトバルカの新聞にも載ってるのかよ。昨日の夜に殺した奴の記事だぞ?

 

《転生者を狩り続けているようだが………あの殺し方は、切り裂きジャックの真似事か? 日本語でメッセージを書いたのは、転生者たちに警告するためなんだろう? 残酷な殺し方をしたことを咎めているわけではない。むしろ、あんなクソ野郎は惨殺されるのがふさわしい。だが………切り裂きジャックを気取ったあんな殺し方を、クソ野郎じゃない人々には決してするな。そうすれば、お前がクソ野郎に成り下がってしまう。もしお前がクソ野郎になり下がったのならば――――――俺が、転生者ハンターとしてお前を殺す(狩る)。絶対に忘れるな。リキヤより》

 

 ………釘を刺しておくって事か、親父。

 

 当たり前だ。あんな殺し方をするのはクソ野郎だけだ。何もしていない人々に、そんな事をするつもりはない。

 

 あんたを敵に回したくはないからな。俺はあんたから戦い方を教わった息子(弟子)で、あんたは俺に戦い方を教えた父親()なのだから。

 

 それに、俺はクソ野郎になるつもりはない。虐げるならば俺はクソ野郎共を虐げる。

 

 メッセージを読み終えた俺は、目の前から蒼白い画面を消すと、ため息をついてからベッドから起き上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ラトーニウス王国の南端にあるノルト・ダグズで起きた殺人事件で、その港町は大騒ぎになった。町で最も有名だったレストランの地下室で、そのレストランを経営していた少年の死体が発見されたのである。

 

 肉を保管していた地下の倉庫で発見された少年は、ナイフでバラバラにされていた。手足や指は切断され、内臓まで切り裂かれて惨殺されていたのである。客たちからの話でその少年がとても誠実な料理人だったと聞いた騎士団は、入り口のドアノブが融解していたことから強盗に殺害されたのではないかと仮説を立てたが、レジの中から銀貨を奪われた形跡はない。

 

 しかも―――――現場の壁に少年の血で記されたと思われる奇妙な文字が記されていたのである。

 

 明らかに現代の言語ではない。古代文字ではないかと判断した騎士団の分隊長は考古学者を呼び寄せたが、古代語の翻訳ができる考古学者も「こんな文字は見たことがない」と言い、解読する事が出来なかったという。

 

 惨殺された少年の死体と、見たこともない言語の羅列。この事件を知った新聞社はすぐに記事を作り上げ、平和な港町で起こった怪事件として世界中にその情報を送り始めた。

 

 案の定、その言語の意味を知らぬ人々はただの怪事件だと判断したことだろう。

 

 しかし――――――異世界からやってきた一部の者たちは、その言語の意味を理解していた。

 

 それは血まみれのおぞましい狩人からの警告であり、宣戦布告でもあったのだ。

 

 ―――――『これ以上蛮行を続ければ、貴様らもこの少年のように殺す』という、狩人からの警告。既にその狩人の恐ろしさを知っていた者たちは戦慄し、彼らを侮っていた者や新参の転生者たちは、それを宣戦布告だと判断した。

 

 そして――――――この事件が、〝異世界の切り裂きジャック”の産声となるのであった。

 

 

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