異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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リディアの剣術

 

 エリス・ハヤカワはラウラの実の母親であり、俺にとってはもう1人の母親だ。

 

 若き日はラトーニウス王国騎士団に所属しており、弱冠12歳で王国の精鋭部隊にスカウトされたことのある優秀な騎士である。生まれつき常人と比べると莫大な量の魔力を持ち、魔力の調整が極めてデリケートで、完全に制御するためには並外れた集中力が必要と言われる氷属性の魔術を使いこなし、他国の騎士や魔物をことごとく氷漬けにしていったことから、生き残った他国の騎士たちからは「絶対零度」と呼ばれていたほどの実力者だ。

 

 才能がある上に、彼女はラトーニウス王国を離反してからも自分の実力の研磨を続けていた。親父の傍らで共に強敵と戦い、銃というこの異世界には存在することのない遠距離武器の使い方も熟知した彼女は、あらゆる距離から敵を蹂躙できる隙のない最強クラスの傭兵の1人となったのである。

 

 彼女の才能はしっかりと娘のラウラに遺伝し、彼女の中で生きているが―――――才能は同等でも、俺たちよりも遥かに実戦を経験している最強の傭兵の1人だ。優勢でも油断せず、劣勢でも動揺しない。普段は優しい母親のエリスさんだが、家を離れて武器を持ちながら戦場へと思向けば、最も獰猛な戦士の1人となる。

 

 そんな傭兵たちに、俺たちは育てられた。幼少期から基礎体力や筋力を鍛え上げられ、生まれつき持っていた外殻の生成による硬化と氷や炎を操る能力の制御方法を教えられつつ、銃などの現代兵器の使い方も教えられた。

 

 俺たちを育てた母親に銃を向けたくはなかったが、もし仮に躊躇いなく銃を向けたとしても――――――勝ち目はないだろう。

 

 模擬戦では何度も投げ飛ばされ、武器を突き付けられて敗北した。ラウラと2人がかりで戦いを挑み、ちゃんと作戦を考えても一蹴される。試しに罠を張って消耗させようとしても、罠はあっさりと見破られて無効化され、逆に俺たちがエリスさんの罠に引っかかってしまう。

 

 何度も母親に敗北した過去の記憶が脳裏から漂流してくる。投げ飛ばされて地面や床に叩き付けられた痛みは忘れてしまったが、漂流してくる昔の記憶だけでも、この母親にはまだ勝てないと判断できた。

 

 あの時よりも成長しているし、実戦も経験しているのだからもしかしたら勝てるのではないかとは思わない。なぜならばエリスさんは俺たち以上に実戦を経験しているし、出発する前の模擬戦の時点で殆ど手加減していたのだから。

 

 未だにエリスさんに一度も本気を出させる事が出来なかったのだから、勝ち目はないのだ。

 

 それに俺たちは、先ほどのシーヒドラとの戦いで疲弊してしまっているし、手持ちの武器の弾薬もかなり激減している。まだいくつか対戦車用の武器の弾薬が残っているが、そのなけなしの切り札を投入したとしても勝利するのは無理だ。それに、エリスさんはもう1人の女性を引き連れている。見たことのない女性だが――――――おそらく彼女も、モリガンのメンバーとなった実力者なのだろう。

 

 モリガンは世界最強の傭兵ギルドと言われているが、メンバーの人数は10人未満で支部はなく、活躍とは裏腹に非常に規模の小さい傭兵ギルドである。その分メンバーは1人で騎士団の一個大隊並みの戦闘力を持つと言われている。

 

 入団すると、十分な実力がつくまではギルド内で〝傭兵見習い”とされ、他のメンバーと共に様々な実戦を経験したり、他のメンバーに戦い方や銃の扱い方を指導される。そしてメンバーたちから十分な実力がついたと判断されれば、「卒業試験」ということで難易度の高い依頼を与えられ、それを成功させてやっと傭兵の1人として認められるのである。

 

 新しいメンバーの育成に時間がかかるため規模は非常に小さいが、それゆえに少数精鋭であり、1人1人の実力は極めて高い。

 

 もし彼女もモリガンのメンバーだというのならば、更に勝ち目はなくなる。

 

 もちろん、あの2人にここで天秤の鍵を渡して逃げるのは論外だ。俺たちの目的は天秤を手に入れ、誰も虐げられることのない平和な世界にする事なのだから。

 

 親父たちにも叶えたい願いがあるらしいが、鍵を譲るわけにはいかなかった。

 

 勝ち目はないのだから、鍵を持ってあの2人から逃げなければならないわけだが、ここから潜水艇を使って逃げるのも難易度が高い。もし仮に誰かがあの2人と戦っているうちに潜水艇に乗り込み、機関を始動させてから仲間を回収して逃げ出そうとしても、エリスさんならば潜水艇が潜航を開始する前に海水ごと凍らせ、無血で拿捕する事ができるだろう。

 

 むしろ、エリスさんはそれを狙っているのか? 俺たちがシーヒドラとの戦いで疲弊しているから、戦わずに逃げようとしているのを待っているのかもしれない。そっちの方が俺たちから鍵を力ずくで奪う必要がないからだ。

 

 エリスさんの狙いを察した俺は、他に潜水艇で脱出できる場所がないか先ほどと折ってきた通路の構造を思い出すが、他の分かれ道の先にあったのは使われなくなった祭壇や彫刻が飾られている部屋ばかりで、海水があったのはシーヒドラと戦った広間のみだ。しかもあそこは海水が入って来ているとはいえ、外に繋がっている様子はない。

 

 いっそ爆破して海水を侵入させようかと考えたが、そんなことをすれば潜水艇もろとも壁に叩き付けられ、航行不能になるだけだ。

 

 くそったれ。逃げ切れないのかよ………!

 

 すると、エリスさんの隣に立っていた女性が一歩前に出た。左手で腰の鞘を掴み、真紅の瞳で俺だけを睨みつけている。

 

「紹介するわね。彼女はリディア・フランケンシュタイン。あのヴィクター・フランケンシュタイン氏が遺した最古のホムンクルスで、私たちが鍛え上げた4人目の転生者ハンターよ」

 

「!?」

 

 リディア・フランケンシュタイン……!?

 

 彼女の名前を聞いた瞬間、俺は反射的にステラの方を見ていた。確か、彼女に預けておいたフランケンシュタインの実験の記録の中にホムンクルスの作り方が記載されていたが、その中に何度もリディアという名前が登場していたし、その伝説の錬金術師とファミリーネームが同じだ。

 

 本当にあの女性は、大昔に造られた最古のホムンクルスなのか……? もしそうなのならば、あの遺跡の地下にあった実験室の装置の中に入っていたのは、あの女性という事になる。

 

 俺たちが目を見開いていると、エリスさんは言った。

 

「私たちは大分前から面識があるけど、あなたたちと会せるのは初めてよね」

 

「大分前から………!?」

 

「ええ、あなたたちが小さい頃からよ。ダーリンとギュンターくんが遺跡から保護してきたの。メウンサルバ遺跡からね」

 

 やはり、あの装置の中に入っていたのはあの女性なのか………?

 

 しかも4人目の転生者ハンターとして親父たちが鍛え上げただと? だからシルクハットに転生者ハンターの象徴である真紅の羽根を2枚も付けているのか。

 

「なぜ、俺たちに隠していたんです?」

 

「ふふっ。教えてほしいなら、鍵を渡して頂戴」

 

「お断りします」

 

 おそらく、親父は手元に転生者ハンターを1人は残しておきたかったに違いない。冒険者になり、成長すれば旅に出る俺たちは親父の元を離れることになる。親父1人でも転生者を蹴散らすことは出来るが、モリガン・カンパニーの社長となった親父は小回りが利かない。

 

 だから小回りの利く戦力を手元に用意しておきたかったんだ。もし自分が迂闊に動けない場合の実働部隊として、彼女を転生者ハンターにしたに違いない。

 

「彼女はまだ新米だけど、実力はかなり高いわよ? ………彼女、オルトバルカでは〝バネ足ジャック”って呼ばれてるの」

 

「なるほど………聞いたことがありますよ。宿屋でも冒険者たちが噂話をしていますし」

 

 旅に出た後から、何度か宿屋や宿泊施設でバネ足ジャックの噂話を聞いたことはある。人々を困らせる貴族や圧政を続ける領主を殺害し、屋根の上を走っていく謎の殺人鬼。殺すのはその標的と私兵だけで、騎士団に危害を加えたことはないという。

 

 貴族だけを殺しているわけでもなく、時には村を壊滅させて独裁者を気取っている者を消すこともあるという。おそらくそいつらは転生者なのだろう。

 

 屋根の上を駆け抜けて逃げてしまう事から、騎士団ではその殺人鬼を『バネ足ジャック』と呼ぶようになったという。

 

「あらあら。〝切り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパー)の噂話も聞いてるわよ?」

 

 まだ1人だけなのに、もう有名になっちまったのか。もっと転生者をあんな感じに消さない限り有名になることはないだろうと思っていたんだが。しかも、俺の予想通りの名称で呼ばれているらしい。

 

 劣勢の中で武器を構えて苦笑していると、エリスさんは武器を握ったまま両手を広げた。頭上の蒼白い光を見上げながら息を吐き、くるりと左手のM1ガーランドを回す。

 

「面白い戦いじゃないの? バネ足ジャックと切り裂きジャック。しかも、どちらも私たちが鍛え上げた〝子供たち”………」

 

「ええ、確かに」

 

 戦う組み合わせは面白いが………こちとら劣勢だ。面白いわけがない。

 

「タクヤ」

 

 どうやって逃げるべきか考えていると、隣でRPK-12を構えていたステラが冷静な声で俺の名前を呼んだ。無意識のうちにグリップを思い切り握っていた手から力を抜きつつ彼女を見下ろすと、ステラは銃口をエリスさんに向けたまま言った。

 

「撤退するべきだと思います。相手の体内の魔力の量から判断すると、私たちの勝率は0%です」

 

 魔力の扱い方に精通しているサキュバスだから、すぐに分かったのだろう。エリスさんの体内には常人を遥かに上回る莫大な魔力があり、それを氷属性の魔術のために使った場合、どれほどの破壊力となって俺たちに牙を剥くのか。

 

 しかも、その氷属性の魔術がなかったとしても、エリスさんはかなり強い。更に俺たちは疲弊している。こっちの状態は最悪だし、相手も最悪。もう勝ち目はない。

 

 俺は頷くと、唇を噛み締めてから「だが、逃げ場もないぞ」と彼女の進言に返答した。

 

 勝率はないから逃げるのがベストだが、その逃げ場もない。潜水艇で逃げようとすればエリスさんの氷で航行不能にされ、拿捕されてしまう。だから迂闊に潜水艇で逃げるわけにはいかないのだが、俺たちには潜水艇で逃げる以外の手段はない。せめて誰かが転移の魔術を習得していればすぐに逃げる事ができたんだが、あんなに習得が難しい魔術を使いこなせる魔術師は稀有だ。サキュバスのステラでも習得することは出来なかったというから、どれだけ難易度の高い魔術なのかは想像に難くない。

 

 焦りの激流に押し流されないように息を吐き、冷静さを維持しようと足掻く。

 

 神殿の中に籠城するか? それともエリスさんの思惑通りに潜水艇を使って逃げ、氷が来たら俺が炎で溶かすか? 次々に愚策が浮かんでくる中、リディアが右手を日本刀の柄に近づけたのが見えて、俺は大慌てで作戦を考えるのを止めなければならなかった。

 

「彼女、タクヤと戦いたがってたのよ。切り裂きジャックの噂を聞いてからね」

 

「良かったですね、エリスさん。面白い戦いが見れますよ」

 

「ふふっ。息子に親孝行してもらえて嬉しいわ。鍵を渡してもらえればもっと親孝行になるんだけど………渡してくれないのよね?」

 

「当然です」

 

「それなら仕方がないわ。―――――――やりなさい、リディア」

 

 エリスさんに言われると同時に、リディアがこっちへとゆっくり歩き始めた。腰の日本刀に手を近づけてはいるが、まだ鞘から刀身を引き抜いてはいない。

 

 まだ逃げるための作戦すら思い付いていないのに、勝率のない相手と戦わなければならなくなったことを呪いたくなったが、このまま慌てて作戦を考えたところで愚策しか出てこないのだ。応戦した方がいい。

 

 そう判断した俺は、接近してくるリディアに向かってMG42のトリガーを引いていた。

 

「リディアの相手は俺がやる! 悪いが、みんなはエリスさんを頼む!」

 

「ふにゅ、無理しちゃダメだよ!」

 

「まさか、傭兵さんの奥さんと戦うなんて………」

 

「くっ………勝ち目はありませんが、戦いますわ! お兄様、お任せください!」

 

「了解(ダー)」

 

 入口の通路から離れ、エリスさんを迎え撃つために銃のトリガーを引き始める仲間たち。自分のLMGと味方の銃声を耳にしながら照準器の向こうを睨みつけ、俺はフルオート射撃を継続する。

 

 電動ノコギリの異名を持つMG42が立て続けに7.92mm弾を連射する。第二次世界大戦の頃にドイツ軍が使用していた旧式の弾薬だが、口径は大きく破壊力も強烈な弾丸だ。飛竜の外殻を貫通する破壊力はあるだろう。

 

 その弾丸の豪雨の中に、リディア・フランケンシュタインは躍り出た。大口径の弾丸が次々に掠めていく真っ只中に突っ込む彼女を見て、正気の沙汰ではないと思った俺だったが、すぐに彼女には弾丸を全て躱すことのできるほどの動体視力と反射速度が備わっているのだと見抜いた瞬間、これ以上弾幕を張り続けるのは得策ではないと判断した。

 

 このまま弾幕を張ることにこだわり続けていれば、接近され、ナイフを引き抜くよりも先にやられる。それよりは距離を離した状態で仕留めるのを諦め、接近戦の準備をした方が良い。

 

 銃声の真っ只中で聞こえることのない舌打ちをし、トリガーから指を離してLMGを投げ捨てる。どの道ドラムマガジンにはあと数発しか弾薬が残っていなかった筈だから、あのまま連射していれば再装填(リロード)する羽目になっていただろう。

 

 鞘からナイフを引き抜き、俺もリディアと同じく距離を詰めた。

 

 彼女は未だに鞘から刀を抜いていない。右手を柄に近づけ、前傾姿勢で距離を詰めてくる。

 

 俺の得物は大型のナイフとはいえ、彼女の持つ刀の刀身の長さと比べればはるかに小さい。こっちの刀身の長さは30cmくらいしかないのだ。

 

 このまま突っ走って加速し、すれ違いざまに両手のナイフを薙ぎ払おうとしていたのだが―――――――そろそろ腕を薙ぎ払おうとしたところで、やっとリディアの右手が日本刀の柄を握ったように見えた。

 

 こいつの剣術は、普通の剣術ではない。やけに刀を刀身から抜くタイミングが遅く、常に鞘の中に収めていたことから違和感を感じていたのだが、彼女が柄を握った瞬間に俺は彼女の剣術がどのようなものなのかを察した。

 

 リディアの剣術は――――――居合斬りなのだ。

 

 相手の剣術を悟った瞬間、鞘に収まっていた筈の刀と柄が一瞬だけ消え―――――目の前を、何かが駆け抜けた。

 

 近くを弾丸が掠める音にも似た、風を蹂躙する音。その音が聞こえたと思った瞬間、咄嗟に俺は右へとジャンプしていた。

 

 左脇腹からの激痛と、飛び散る紅い液体。真紅の飛沫で石畳を紅くしながら床に転がり落ちた俺は、手放してしまった大型ソードブレイカーを拾い上げながら反射的に脇腹を抑え、起き上がってから素早くリディアを睨みつける。

 

「………」

 

「おいおい、この紳士は居合斬りの達人かよ………!」

 

 改めて紳士の格好に日本刀はミスマッチだと思いつつ、彼女の居合斬りの技術に戦慄していた。

 

 俺はラウラよりも反射速度には自信があるし、接近戦ならばラウラに勝てる。狙撃も得意なのだが、俺が最も得意とする距離は近距離だ。だから俺は基本的に前衛を担当する事が多い。

 

 それゆえにあらゆる攻撃を瞬間的に見切り、何度も受け止めてきたのだが―――――リディアの剣戟は、見えなかった。

 

 辛うじて右手が柄を掴んだのが見える程度だ。刀身はおろか、その刀身が振り払われる軌道や軌跡まで全く見えない。下手をすれば親父やエミリアさんよりも刀を振るう速度が速いのではないかと思ってしまうほどのスピードである。

 

 まるで、世界を置き去りにしてしまうほどの速度だ――――――。

 

 彼女の最速の剣戟には、誰も追いすがる事ができない。それゆえに攻撃を見切ることは不可能だ。

 

 親父たちは………こんな転生者ハンターを育てやがったのか………!

 

 素早くポケットの中から回復用のヒーリング・エリクサーを取り出して中の液体を飲み込み、脇腹の傷を塞ぐ。痛みが徐々に消えていくのを感じながら試験管を思わせるガラスの容器を投げ捨て、息を呑む。

 

 もし仮に疲弊していなかったとしても、リディアの剣戟は見切れない――――――。

 

 それほど、彼女の一撃は速いのだ。

 

 

 

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