異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる 作:往復ミサイル
エミリア・ハヤカワは、ラトーニウス王国のペンドルトン家に生まれた次女である。姉であるエリス・シンシア・ペンドルトンの1つ年下の妹で、幼少の頃からずっと仲の良い姉妹であった。読み書きを覚えたエリスはよくエミリアのために絵本を読み、2人で笑いあう幼少期を過ごしていた。
いつも一緒にいる2人を見れば、仲の良いそっくりな姉妹だろうと思う事だろう。実際に仲はいいし、戸籍上でもちゃんとエミリアはペンドルトン家の次女と〝いうことになっている”。
しかし――――――正確に言うならば、エミリアは人間ではなかった。
かつて、大天使がレリエル・クロフォードを封印した際に、彼の血と魔力で穢れてしまった恐ろしい魔剣を復活させるためだけの道具に過ぎなかったのである。回収された魔剣の破片の1つを心臓に埋め込んで長年彼女の魔力を吸収させ、十分に破片が活性化したタイミングで彼女を殺し、心臓から破片を取り出して魔剣を復活させる。それが魔剣を手に入れようともくろんだエミリアの父親と、ジョシュアという形だけのエミリアの許嫁の計画であったのだ。
最初は魔剣の〝餌”になる役割をエリスに担わせる予定であった。しかし、エリスは既に検査で驚異的な量の魔力を持ち、しかも氷属性の魔術の扱いに長けた天才であるという結果が出ており、ただでさえ魔術師の数が少ないラトーニウス王国の上層部はエリスが成長したら騎士団に入団させ、精鋭部隊に編入しようと躍起になっていたのである。
まだ生後数ヵ月だったが、エリスは成長すれば利用価値がある。没落しかけていたペンドルトン家を立て直すための宣伝だ。エリスを計画のために使い物にならなくするのはあまりにも惜しい。
だから生まれてくる予定だった次女を生け贄にする予定だったのだが―――――まるでその非人道的な計画を咎めるかのように、生まれてくる予定だった次女は母親の胎内で死んでしまったため、生け贄にできる子供がいなくなってしまうというアクシデントが発生してしまう。
そこで、エリスの父親は太古の錬金術師が確立した技術を利用することにした。―――――人間の遺伝子を元に、ホムンクルスを生み出すという技術である。
当然ながら遺伝子の元にするのはエリスだ。彼女は優秀な魔術師になれる素質を持った子供だし、その遺伝子をベースにすれば、あわよくば〝もう1人のエリス”が生まれるかもしれない。弱過ぎる生け贄では体内の魔剣を守り切れない可能性があるため、ある程度強い子供になってもらわなければならないので、エリスをベースにするというのはベストと言えた。
そして生まれてきたホムンクルスが――――――エミリアである。
母の胎内で死んだ次女の名を受け継いで生まれてきたホムンクルス。成長して騎士団に入団した彼女は、着実に剣術を身に着けて強力な騎士の1人となった。
ラトーニウス王国は魔術の発展が遅れた国であるため、その分剣術による接近戦を重視する。エリスのような魔術の才能を持たなかったエミリアは、騎士団の戦術通りに剣術を磨き、入団して数年で分隊の指揮をするほど成長していった。
そして、異世界から転生してきたリキヤ・ハヤカワと出会ったのである。
魔剣の計画を知らず、ジョシュアをただの嫌な許嫁だと思い込んでいたエミリアは、彼と出会ってからすぐに騎士団の駐屯地から連れ去られる羽目になる。異世界からやってきた奇妙な少年との、まるで駆け落ちのような逃走劇。エミリアにとってはやっと自由になるチャンスだったのだが――――――彼女に逃げられて困るのは、彼女の心臓に魔剣を埋め込んで復活させようとしていた者たちであった。
生け贄が、身体の中の魔剣の事も知らずに、余所者の少年と逃亡したのである。しかも2人が逃げ込もうとしているのは、よりにもよってラトーニウス王国の隣に鎮座するオルトバルカ王国。迂闊に追撃すれば外交問題になるし、ラトーニウス王国の20倍以上の戦力を持つ大国を怒らせれば、隣の小国などあっという間に焼け野原になる。
逃亡してしまった彼女を奪還するため、オルトバルカ王国から入国許可を得て、しかもラトーニウス王国騎士団の切り札となっていた〝絶対零度のエリス”を呼び寄せたというのに、エリスがモリガンへ寝返った事とジョシュアが魔剣の力を過信したこともあり、魔剣もろともその計画は消え去ることとなった。
魔剣を蘇らせるための道具としてだけ生み出されたエミリアであったが、仲間たちに励まされつつ傭兵として戦い続け、エリスと共にリキヤの妻となった後も何度も実戦を経験してきた。
彼女の傍らにいたからこそ、リキヤは妻がどれだけ強いのか熟知している。妊娠中はさすがにやらなかったが、出産を終えて回復し始めてからは毎朝大剣を手に家の外へと出て、朝早くから大剣の素振りをしていたのである。
そう、既に転生者を瞬殺するほどの力を持っているというのに、彼女は満足しない。更に強くなろうと鍛錬を繰り返す努力家なのだ。
だから妻が弱いわけがない。土方に決闘を申し込まれ、それを受けることにしたエミリアを見守りながら、リキヤは頷いた。
銃という異世界の武器の威力を知っても、彼女は剣を絶対に手放さない。幼少の頃は勇者に憧れ、成長してからは騎士として魔物の群れや盗賊と戦ってきた彼女の得物は、ずっと1本の剣だったのだ。だからその1本の剣で、彼女は今から東洋の剣豪と戦うのである。
相手は旧幕府軍に所属する土方歳三(ひじかたとしぞう)。前世の世界にも同じ名前の偉人がいた事を思い出しながら、リキヤは大剣を構えるエミリアの前に立つ土方を見据えた。
リキヤたちの制服と同じような西洋風の黒服に身を包み、1本だけ刀を持つ土方。エミリアがサラマンダーの角で作られた両刃の大剣を構えるのを見ると、土方も少しだけ目を細めてから刀を鞘から引き抜く。
大抵の転生者たちは、自分に与えられた端末に頼り過ぎている傾向がある。あくまで強化される身体能力は攻撃力と防御力とスピードの3つのみ。スタミナや純粋な技術が自分で努力して身に着けなければならい。
それゆえに、大概は力押しだ。だからあっさりと躱せるし、容易く瞬殺できるのである。
むしろ転生者ではない強敵の方が恐ろしい。彼らには技術があるし、便利な武器を使わずに生き残ってきた猛者ばかりなのだから。
土方歳三も、その強敵のうちの1人なのだろう。
愛用の得物を構えながら土方と睨み合うエミリアは、土方の発する静かな殺気の中で大剣の柄を握り――――――先制攻撃を仕掛けることにした。
一瞬だけ姿勢を低くし、その隙に力を溜めてから鍛え上げた瞬発力で一気に前に出る。モリガンと騎士団で鍛え上げた彼女の剣術の中でも最も優れているのは、一撃の殺傷力よりもその瞬発力が生み出す速さと鋭さである。
元々は魔術で魔物に対抗するという作戦を取ることができないラトーニウス騎士団が、魔物の硬い外殻を貫通できるようにと考案した攻撃方法が、その瞬発力を生かしての一撃である。踏み込む前に狙いを定め、外殻の脆い部分を見つけてからそこに正確に剣戟を叩き込む。そしてその一撃が通用したのならばさらに追撃するという攻撃的な剣術だ。
もちろん、それは対人戦でも猛威を振るう。
人間の装備できる防具は、魔術に頼らない限り限界がある。剣を弾くほど分厚くすれば他の部位の防御が疎かになるし、凄まじい防御力の防具を全身に纏えば今度は動けなくなる。人間である以上、必ずどこかに脆弱な部分があるのだ。
そこを剣で狙い、鍛え上げた瞬発力で瞬時に切り裂く。むしろラトーニウス流の剣術は、対人戦で真価を発揮すると言っていい。
その自慢の瞬発力を生かした剣術で土方へ大剣を突き出すエミリアだが―――――目の前で火花が散ったかと思うと、彼女の剣は右へと逸らされていた。
(――――――!?)
目を見開いた瞬間、目の前で刀を構えていた筈の土方が消えていることに気付いた。瞬発力と剣戟の速度には自信があったのだが、土方はその一撃を見切っていたのだろうか。
しかし、まだ最初の一撃だ。今の一撃が奥の手というわけではない。
すぐに冷静になったエミリアは、今の一撃を土方が受け流し、エミリアの側面へと回り込んでいる事を確認した。右手の刀を引き戻しつつ攻撃の準備をする土方の顔は無表情のままだったが、目は先ほどよりも少しだけ開かれている。
エミリアも大剣を引き戻そうとしたが――――――彼女はそれをフェイントにするという作戦を瞬時に思いついた。剣を引き戻し、大人しくセオリー通りに反撃するように見せかけて回転し、少しタイミングをずらして意表を突きつつ一撃を叩き込むのである。
当たり前だが、剣士は様々な戦い方をする。流派で剣戟は違うし、その剣術を学んだ個人でも剣の振り方は若干違うものだ。剣士によってはその剣術にアレンジを加えて使って来ることもある。
しかし、ナイフや短剣を使うタイプの剣士ではなく、ロングソードや大剣を使う剣士は大概は剣戟を得物で弾こうとするものだ。短剣で相手の得物を受け止めようとすれば得物もろとも弾き飛ばされている可能性があるからである。武器や科学技術の発達で防具や盾の需要が激減している産業革命以降では、得物は相手の攻撃を弾くという役割も担うようになったのだ。
それは倭国でも同じ筈だ。だから次の一撃は、最初のように受け止めるに違いない――――――。
エミリアはそう判断し、剣を引き戻すと見せかけて、思い切り反時計回りに身体を回転させた。漆黒のドレスを思わせる制服が揺らめき、彼女の手が握る大剣がその中で踊る。
騎士というよりは、剣を手に踊る姫のような姿だ。
(!!)
次の一撃を再び得物で弾き飛ばし、その隙に攻撃しようと目論んでいた土方は、エミリアがその土方の攻撃を見切っていたという事を理解しつつ驚愕した。
しかし、土方も今まで剣術の鍛錬を続けてきた剣豪であり、旧幕府軍の切り札の1人である。彼が実戦すればこの作戦も成功するだろうという期待から、土方もこのミヤコ湾への突入作戦への参加を許されたのだ。
相手を畏怖させる抑止力として鎮座するのは望まない。最前線で刀を振るってこその侍なのだから。
エミリアと同じように、土方も瞬時に冷静になる。彼女がタイミングをずらして攻撃してきたというのならば、それを改めて受け流して反撃すればいい。ここで戸惑えばその一撃を喰らうだけだ。
くるりと刀の柄を真下へと半回転させ、切っ先を甲板へと向けた状態で左側から飛来したエミリアの重い斬撃を受け止めた。サラマンダーの角で作られた大剣を玉鋼で作られた日本刀が受け止め、火花を散らし合う。
「――――――さすが、東洋の剣豪だ!」
「貴女こそ………これが西洋の騎士か!」
互いに得物を押し返し合い、後方へとジャンプして同時に距離を取る。甲板に着地しつつ呼吸を整え、改めて目の前で剣を構える相手を睨みつける。
(なるほど………冷静なサムライだな)
今まで戦ってきた転生者とは間違いなく別格だ。この男ならば生半可な転生者を瞬殺してしまうに違いない。
夫であるリキヤとどちらが強いのか比べたくなったが、今は彼と決闘をしているのだ。いくら最愛の夫でも、今は夫の事を考えている場合ではない。
再び先に仕掛けようと思ったエミリアであったが――――――今度は、土方が攻撃を仕掛けてきた。
「!」
だらりと刀を持つ手を下ろしたかと思うと、刀の切っ先を甲板に触れさせ―――――刀身をブリストルの木造の甲板に擦り付け、傷痕を刻みつけながら突っ込んできたのである。
常に甲板を擦っている状態のため、土方に彼の得物が置き去りにされ始める。しかし、得物の動きを妨げている甲板から刀身が離れれば、勢い良く刀身が振り上げられてくるのは火を見るよりも明らかだ。
大剣の切っ先を甲板に突き立てるかのように構えた直後、その大剣の表面を斬撃の流星が打ち据えた。
ギン、とぶつかり合う音を奏でながら振り上げられる刀。それが素早く振り下ろされるよりも先に身体を捻ったエミリアは、土方の鋭い剣戟を辛うじて回避していた。今の一撃をガードしようとしていたら、今頃あの刀身は彼女の右肩にめり込み、甲板に鮮血をぶちまける羽目になっていたに違いない。
(くっ………やはり、刀の方が速い………!)
瞬発力によって真価を発揮する剣術を使うならば、レイピアやサーベルなどの小さな得物を使うものである。しかし、エミリアは重い大剣を使用し続けている。これはミスマッチのように見えるが、彼女の場合は防御力の高い転生者や魔物を両断する事を考慮しているため、確実に相手を切り裂けるように大剣を使わざるを得なかったのである。
それゆえに、相手のスピードが自分よりも勝っていた場合は分が悪くなるのだ。
だが、分が悪くても関係ない。土方の素早い剣戟を大剣で弾きつつ、彼女は得物が生じる火花の中で笑っていた。
(―――――――良い戦いだ)
段々と、若き日の自分の戦いが変わっていく。技術が発展し、武器も変化していくせいで自分が培ってきた技術も変質していった。より合理的で実用的な武器や戦術が主流になっていく中で、古めかしい得物を使い続けていたのは、自分の培った技術を手放したくないという彼女なりの絶叫だったのかもしれない。
しかし、ここにも同じように叫んでいる男を見つけた。
倭国という極東の島国で、新政府軍に淘汰されようとしている旧幕府軍の一員として刀を振るう男。新選組の局長として刀を手放さず、西洋の大国が後押しする新政府軍に戦いを挑んだ1人の武士との死闘の真っ只中で、エミリアは歓喜していたのだ。
極東の島国で、同類を見つけたのだから。
「やぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
「!!」
土方の剣戟を受け止めた直後に、彼女も反撃を開始する。受け止めた土方の一撃を押し上げつつ距離を詰め、土方が後退しようとする瞬間に大剣を振り上げる。
得物を押し上げられたせいで受け止める事が出来なかった土方は―――――辛うじて身体を左へと大きく傾け、エミリアの一撃を回避していた。
「………!」
エミリアにもう一度刀を振り下ろしてから距離を取る土方。今の一撃が掠めたのか、彼の黒服の右肩の辺りが、ほんの少しだけ切り裂かれていた。
次はどのような攻撃を繰り出そうかと考えていたエミリアだったが―――――その決闘を見ていたサムライの1人の絶叫が、2人の戦いを終わらせてしまう事になる。
「副長、回天が包囲されてしまいます! もう限界です、撤退しましょう!」
「………分かった」
残念そうに目を瞑ってから刀をくるりと回転させ、滑らかに鞘の中へと戻した土方は、「潮時だ。悪いが引き上げさせてもらう」と言い残してから、ブリストルに体当たりしてきた外輪船の甲板へとジャンプして言った。他のサムライたちも外輪船の甲板へとよじ登り、ブリストルの甲板から撤退していく。
数名の騎士が撤退する彼らに弓矢を向けようとしていたが、いつの間にかハンドガンをホルスターに戻していたリキヤに睨みつけられると、一瞬だけ震え上がってから大人しく弓を下ろした。
「エミリア、どうだった?」
「………最高の戦いだった。あの男とまた戦いたいものだ」
「安心しろ、九稜城でまた戦えるさ」
おそらく、エミリアと土方が次に戦う事になるのはエゾにある九稜城だろう。出来るならばリキヤも2人の戦いを見るべきなのだろうが、彼も九稜城で手に入れなければならないものがある。
だからリキヤとエミリアは、九稜城に到着したら別行動になるだろう。
血と硝煙の臭いに支配された甲板の上で、リキヤとエミリアはミヤコ湾から去っていく旧幕府軍の外輪船を見守り続けていた。