異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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魔剣が復活するとこうなる

 

『ねえ、おかあさん』

 

『ん?』

 

『どうしておかあさんのむねにはきずがあるの?』

 

 ―――――――幼少の頃、一度だけ母さんにそう尋ねた事がある。風呂からあがってきたばかりの母さんの胸元にちらりと見えた、何かに貫かれたような傷跡。この異世界ではどんな傷でも一瞬で治療してしまえるような魔術が普及しているのだから、その完全に癒えていない胸元の古傷には違和感を覚えた。

 

 母さんは、苦笑いをしながら答えてくれた。『これは、若い頃に戦ってついた傷だ』と。

 

 でも、母さんが教えてくれたのはそれだけだった。戦いでついた傷。若い頃から傭兵を続けていた母さんや親父たちにとって、負傷するのは日常茶飯事。相手を殺し、その仲間から攻撃され傷を負う。殺されないように攻撃を防いだり躱したりしながら、次々に敵を殺す。そんな血まみれの日常の中でついた傷。その程度の傷なんだろうと、俺は思っていた。

 

 しかし、奇妙な傷だった。すぐに治療できる筈の傷なのに治り切っていない母さんの傷。確か、親父の胸元にも同じような傷痕があったような気がする。

 

 その傷痕の正体は――――――――この戦いの傷だったのだ。

 

 21年前の戦い。エリスさんがモリガンの一員となる、ラトーニウス王国のネイリンゲン侵攻。ジョシュアというある1人の貴族が引き金となった、ラトーニウス王国にすら無断での大国への侵攻。王国側がしくじったジョシュアを切り捨てて白を切っているという説もあるが、母が胸元に傷を負った原因は、この戦いであったに違いない。

 

 モリガンの戦いをよく話してくれた両親だが、この戦いだけはちゃんと教えてはくれなかった。単なるネイリンゲンの侵攻ではなく、魔剣の復活をラトーニウスが目論んでいた事。そして、俺の母であるエミリア・ハヤカワが人間ではなくホムンクルスだったという事…………。

 

 俺は、何なんだ?

 

 俺は怪物で済むのか? 

 

 ずっと混乱していた。

 

 だから―――――――母さんが胸を貫かれているのを目の当たりにしても、俺は絶叫する事ができなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ハッハッハッハッハッハッ! これが最後の破片かぁ!」

 

 エミリアの胸から引き抜かれたボロボロの魔剣の先端にあったのは、彼女の心臓の破片がこびりついた金属片だった。まるで鉄屑のようなその破片は、エミリアの血で赤黒く染まっていなければ、がらくたの中から出てきそうなただの破片だ。

 

 あれが、彼女の心臓の中に埋め込まれていた魔剣の破片らしい。心臓からその破片を引き抜かれた彼女は、目を見開いて血涙を流しながら動かなくなっている。

 

「エミ………リ……ア…………!?」

 

 ジョシュアに向けていたアサルトライフルを地面に落としてしまった俺は、突っ走るのを止めて棒立ちになった。

 

 死んだのか…………? エミリアが死んだ…………?

 

 嘘だろう? まだ生きている筈だ。だってエミリアは…………俺と一緒に旅をしてきた仲間なんだぞ…………? 転生者やレリエルと一緒に戦った戦友なんだぞ…………!?

 

 本当に死んでしまったのか?

 

 俺は信じられず、目を見開きながらエミリアの顔を見つめていた。もしエミリアが死んでしまったと認めてしまったら、俺は壊れてしまうかもしれない。

 

 破片からエミリアの心臓の破片を摘み取って投げ捨てたジョシュアは、狂喜しながら魔剣をかざした。すると先端部に付着していたエミリアの血がチンクエディアを長くしたような形状の刀身全体に広がり始め、脈動を始めた。

 

 魔剣が復活したんだ。

 

 かつてレリエルの心臓を貫いた大天使の剣が、伝説の吸血鬼が刻みつけた呪いを抱いて復活してしまった。

 

「悲しむなよ、2人ともぉ。エリスの遺伝子を使えばエミリアをまた生産できるんだからさ。いくらでも作れるんだぜ? なにせ、ホムンクルス(クローン)だからなぁ!! 記憶もある程度は修復できるんだから、悲しくないだろ? こんな作り物が1つ壊れた程度で…………ハッハッハッハッハッハッハッ!!」

 

「ジョシュアぁ…………ッ!!」

 

 よくも…………エミリアを…………ッ!

 

 しかも、エミリアをいくらでも生産できるだと…………!? ふざけるな。彼女は俺たちの仲間だ。エリスの遺伝子から作られていたとしても、彼女は人間なんだ!

 

「このクソ野郎がぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

 絶対に許さん! このクソ野郎を穴だらけにしてやる!

 

 俺はジョシュアの野郎を睨みつけてAK-47のトリガーを引きながら、ナバウレアで最初に戦った時に殺しておけばよかったと後悔していた。あの時、ジョシュアは俺と戦って敗北し、自分でルールを破って魔術で攻撃してきた。俺はジョシュアに小型の散弾をぶっ放して傷を負わせるだけで済ませたんだが、あの時に殺しておけば、エミリアの心臓から魔剣を取り出すというジョシュアの計画はとっくに頓挫していた筈だ!

 

 甘かったんだ…………! エミリアは、俺のせいで…………! 俺の甘さのせいで…………!!

 

 絶叫しながらジョシュアに7.62mm弾をフルオート射撃で次々に叩き込む。だけど、ジョシュアは脈動する魔剣を掲げたまま突っ立っていた。

 

 すると、ジョシュアを穴だらけにする筈だった7.62mm弾の群れが、ジョシュアの肉体を食い破る前にいきなり何かに弾かれたんだ。まるで戦車に銃弾を弾かれているように、ジョシュアの目の前にある何かに弾丸たちが砕かれ、跳弾していく。

 

「すごい…………! いいぞ! これが魔剣の力か! これがあれば、世界を支配できる…………!」

 

「くそ、弾が…………!」

 

 空になったマガジンを取り外し、新しいマガジンを装着してからコッキングレバーを引いた俺は、再びフルオート射撃で攻撃を続けた。でも、やっぱり弾丸は見えない何かに当たって跳弾し、地面に無意味な風穴を開けるだけだ。

 

「そんな…………エミリア…………!」

 

「おい、エリス!」

 

 エミリアを殺されてかなりショックを受けてしまったんだろう。銃撃を続ける俺の隣で呆然としていたエリスが、動かなくなってしまったエミリアを見つめながらいきなり膝をついてしまう。

 

「この魔剣があれば最強だ。――――そうだ、もうエリスも用済みだねぇ」

 

「!」

 

「エリス!」

 

 膝をついて涙を流しているエリスを嘲笑いながら、ジョシュアは漆黒の魔剣を振り上げた。すると刀身がいきなり血のように紅いオーラを放出し始め、刀身は瞬く間にそのオーラに包み込まれてしまう。

 

「拙い…………エリスさん、しっかりしろッ!!」

 

 タクヤがエリスに向かって叫んだが、エリスはまだエミリアが死んだショックのせいで動けないらしい。両手で顔を抑えながら、必死に「ごめんなさい、ごめんなさい」と連呼している。

 

 そして、ジョシュアはその真っ赤に変色した魔剣を、膝をついているエリスに向かって振り下ろし、真紅の衝撃波を放った。まるで戦車砲のような爆音を轟かせながら、エリスに向かって巨大な真紅の衝撃波が駆け抜けて行く。

 

 俺はアサルトライフルを投げ捨てると、彼女に向かって走り出した。レベルとステータスが高かったおかげで辛うじて衝撃波が到達する前にエリスの傍らに辿り着く事が出来た俺は、彼女の体を掴み、一緒に衝撃波の目の前から飛び退いた。

 

 ジョシュアが放った衝撃波は置き去りにされたエリスのハルバードと冷気を飲み込み、消滅させてから後方にあった防壁を突き破り、死体だらけになった草原へと突き抜けていった。

 

 なんて威力だ…………! 直撃したら、転生者でも消滅しちまうぞ!?

 

「あれは…………!?」

 

 その時、ジョシュアの衝撃波が突き破っていった防壁の向こう側に転がっていた騎士の死体が、いきなり起き上がったのが見えた。俺か外にいる信也たちが蹂躙した騎士だろう。死んだふりをしていたのかと思ったけど、その死体の腹は抉り取られていて、肉や肋骨が見えている。あんな傷を負えば間違いなく即死しているだろう。死んだふりをしていられる筈がなかった。

 

 起き上がったのはその騎士だけではなかった。その傍らでズタズタにされていた死体や、首が千切れ飛んだ死体が次々に起き上がり、地面に転がっている剣や槍を拾い上げると、呻き声をあげながら草原をさまよい始めたんだ。

 

 まるで、騎士の格好をしたゾンビの群れだ。

 

 まさか、魔剣の影響なのか…………?

 

「見ていろ、余所者。僕はこの魔剣で世界を支配する。…………そのあとに、僕に跪いた人間共の前でお前を処刑してやる。ハッハッハッハッハッ!!」

 

「待て、ジョシュア!」

 

 あのクソ野郎が魔剣を掲げた瞬間、背中に真っ赤な翼が出現した。吸血鬼たちが空を飛ぶために背中から生やしていた翼に形状が似ているような気がする。魔剣はレリエルの血を吸っているから、レリエルの影響なのかもしれない。

 

 ジョシュアは背中から血のように紅い蝙蝠の翼を生やすと、高笑いしながら空へと舞い上がった。脈動を繰り返す禍々しい剣を持って紅い翼で空を舞うジョシュアは、まるで魔王のようだった。

 

 とにかく、駐屯地から脱出しなければならない。このままではあのゾンビの群れに殺されてしまう。

 

 俺はちらりと縛り付けられたままのエミリアを見た。どうやら彼女はゾンビになっていないようだ。

 

 縛り付けられているエミリアの亡骸に駆け寄った俺は、鞘の中から小太刀を引き抜き、彼女の両手と両足を縛っていた鎖に思い切り漆黒の刀身を叩き付けた。漆黒の刀身が食い込んだ瞬間、金属音と火花が撒き散らされ、彼女の両腕を縛り付けていた鎖が両断される。俺はそのまま両足を縛り付けている鎖を両断してエミリアを解放すると、胸に大きな穴をあけられて絶命しているエミリアを思い切り抱き締めた。

 

 すまない、エミリア…………。あの時、俺がジョシュアに止めを刺していれば…………!!

 

 彼女の冷たい体からは血の臭いがしたけど、まだ甘い匂いが残っていた。俺はその甘い匂いを刻みつけてからエミリアの亡骸から顔を離すと、そっと彼女の流した血涙を拭き取り、瞼を閉じさせた。

 

「帰ろうぜ、エミリア…………。みんな待ってるからさ…………」

 

 もしかしたら返事をしてくれるかもしれないと思ったけど、やっぱり彼女は何も言わなかった。俺は端末を操作して背中のアンチマテリアルライフルの装備を解除してから彼女を背負うと、突入してきた時に開けた防壁の大穴を目指して歩き出す。

 

「ごめんなさい、エミリア…………。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…………! お姉ちゃんを許して…………!」

 

「…………ねえ、エリスさん。逃げようよ」

 

 膝をついてエミリアに謝り続けるエリスを見下ろしながら、ラウラが言った。でも、エリスは立ち上がろうとしない。

 

「――――――――ねえ、いつまでも何してるの? 早くしないと、あのゾンビ共にやられるよ?」

 

「…………いいのよ」

 

 弱々しいエリスの声を聞いた瞬間、ラウラが鮮血のように紅い瞳を細めた。炎や鮮血を連想してしまう色だというのに、今の彼女の瞳は連想してしまうものとは裏腹に非常に冷たい。

 

 何だか、あの2人はそっくりだった。あの冷たい目つきはほとんど同じじゃないか。俺は先ほどまで、あんな冷たい目つきで俺を睨みつけていた少女と戦っていたのだから、見覚えがある。

 

「死んでも…………いいの…………。私が計画に手を貸したから、エミリアは…………」

 

 自分がジョシュアの計画に手を貸してしまったせいでエミリアが死んでしまったから、ここで死にたいって事なのか。

 

「だから、お願い。…………私を置いて行って」

 

「…………ふざけないで。あなたも来るの」

 

 ラウラは膝をついているエリスに右手を伸ばした。でも、ラウラの右手が彼女の肩に触れた瞬間、いきなりエリスが手を振り上げて俺の腕を振り払う。

 

 ラウラはもう一度エリスに向かって手を伸ばした。彼女はまたラウラの手を振り払おうとしてきたけど、すぐにその手を押さえつけ、エリスを立たせる。

 

「離してよ! お願い、死なせて!」

 

 彼女が絶叫した直後、ゾンビ共の呻き声が入り込んで来る駐屯地の庭に、平手打ちの音が響き渡った。ラウラは振り払った右手で頬に平手打ちを喰らったエリスの胸ぐらを掴むと、涙を流している彼女に向かって叫ぶ。

 

「ふざけないで…………! エミリアさんは、きっとあなたに生きていてほしいって思ってるわよ!」

 

「何で…………!? 何が分かるのよ…………私はあの子を――――――――――」

 

「私にも弟がいるの! エリス、よく聞きなさい!! もし私が弟のせいで死んでその子を残す羽目になったとしてもね、謝罪するために死んでほしいとは全く思わない! 償いたいんだったら生きてほしいって思うものなの! 生き残って、幸せに生きて欲しいってずっと願い続けるわ!! だって、死んだ自分の事を忘れられないで苦しむのは可哀想でしょう!? ここで死ぬのはただの自己満足にしかならないのよ!?」

 

 確かに俺はエミリアの家族ではないから分からない。余計なお世話なのかもしれない。でも、俺にも弟がいる。もしあいつのせいで俺が死んだとしても、俺は信也に生きてほしいと思うだろう。

 

 エリスを叱りつける姉を見てびっくりしているらしく、傍らで2人を見ていたタクヤは目を見開いていた。

 

「――――――それにね、エミリアさんは最後まであなたの事を『姉さん』って呼んでたわよ」

 

「エミリア…………」

 

 ジョシュアに魔剣の破片を抜き取られる直前、エミリアは最後に自分を助けようとするエリスに向かって姉さんと言っていた。

 

 あれだけ冷たくされたというのに、彼女はまだエリスを姉だと言ったんだ。いつかまた昔の優しい姉に戻ってくれると思っていたに違いない。だから、どれだけ冷たくされ、自分が人間ではないと言われても、彼女はエリスの事を姉さんと呼んだんだ。

 

「死んじゃダメよ。…………分かった?」

 

「うぅ…………っ」

 

「だから、行きましょう。…………生きないと」

 

 ラウラは、嗚咽するエリスに右手を伸ばした。今度は振り払わずに俺の手を握ってくれたエリスは、涙を拭い去りながら頷く。

 

 微笑みながら頷いたラウラは、エリスの手を引くと、エミリアの亡骸を背負ったまま防壁の大穴に向かって走り出した。

 

「…………行きましょう、力也さん」

 

「ああ」

 

 俺たちも、帰ろう。

 

 ジョシュアをぶっ殺すまで、死ぬわけにはいかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 モニターに映る映像を見た瞬間、思わず僕は正気じゃなくなってしまったんじゃないかと思ってしまった。この異世界に転生してからはありえないものばかり見ていたんだけど、モニターの映像は今まで見てきたありえない光景を上回っていた。

 

 車長の座席の近くに用意されているモニターに映っているのは、無数のゾンビたちだった。彼らはラトーニウス王国騎士団の防具と制服を身に纏い、ついさっき僕たちに蹂躙されて戦死したままの姿で死体の群れの中から続々と起き上がると、近くに転がっていた血まみれの武器を拾い上げ、呻き声をあげながら歩き始めたんだ!

 

 この世界に存在する普通のゾンビならば、中には腐敗の影響で手足がなくなっているゾンビもいるけど、基本的に彼らは五体満足だ。なのに、レオパルトの車外で次々にゾンビに変貌していく死体たちは、砲弾で手足や首をもぎ取られた死体やズタズタになった死体ばかりだ。中には首がないにもかかわらず立ち上がり、肉片まみれになった地面から得物を拾い上げる死体まである。

 

(シン、死体が…………!)

 

「そ、そのまま直進して!」

 

 一体何が起きているんだろうか? 

 

 でも、逃げるわけにはいかない。まだ駐屯地には兄さんとエミリアさんが残っているんだ。エミリアさんを助けに来たというのに、彼女と兄さんを見捨ててゾンビの群れから逃げるわけにはいかない。

 

「Sマイン、射出!」

 

 僕は手元のコンソールを何度もタッチしてSマインの射出準備をすると、駐屯地に向かうレオパルトに群がり始めたゾンビたちに向かって、Sマインをお見舞いすることにした。

 

 砲塔に搭載されている発射管からSマインが四方に射出され、空中で爆発する。その爆炎の中から姿を現したのは、Sマインの内部にぎっしりと詰め込んであった無数の鉄球たちだった。

 

 爆風と衝撃波に押し出された彼らは地上に降り注ぎ、レオパルトにしがみつこうとしていたゾンビたちを次々に穴だらけにした。ゾンビたちの返り血がレオパルトの装甲を真っ赤にしていく。

 

 でも、中にはSマインが射出した鉄球の雨に耐えて、まだレオパルトにしがみつこうとするゾンビもいた。僕は慌てて制服の内ポケットからワルサーP99を引き抜きながらキューポラのハッチを開け、車体の後方に手をかけてよじ登ろうとしていたゾンビに銃口を向けた。

 

「…………!」

 

 ドットサイトの向こうに見えたゾンビの顔を見た瞬間、僕はぞっとした。そのゾンビはどうやら散弾かキャニスター弾で顔を抉られて戦死したらしく、顔の左半分の皮膚が削げ落ちていたんだ。肉が露出したそのゾンビの頭に照準を合わせた僕は、目を細めながらトリガーを引いた。

 

 9mm弾によって頭に風穴を開けられたゾンビは、まだ呻き声をあげながら手を離すと、そのまま地面に叩き付けられる羽目になった。まだ起き上がろうとしていたようだけど、そのゾンビが叩き付けられたのはレオパルトの目と鼻の先。あっという間に戦車の車体に遮られたかと思うと、めき、とキャタピラに人間が踏み潰される音が聞こえてきた。

 

「す、凄い数だ…………」

 

 キューポラのハッチを閉めようとしながら、僕は戦車の周囲を見渡した。まるであの駐屯地を守っていた守備隊がゾンビに変わってしまったかのようだ。何人か逃走してしまった者もいるから全員ゾンビになってしまったわけではないのかもしれないけど、数百体ものゾンビがたった1両の戦車を取り囲み、呻き声をあげながら群がってくる光景はかなりグロテスクだった。モリガンで傭兵として実戦を経験していなかったら発狂していたかもしれない。

 

 戦車の中に戻ろうとしたその時、駐屯地の防壁に開いた穴の近くで爆音が轟いたのが聞こえた。何かが爆発したんだろう。でも、カレンさんは榴弾を撃っていない筈だし、砲声も聞こえなかった。

 

 まさか、兄さんが脱出してきたんだろうか?

 

 僕はよじ登ろうとしていたゾンビの頭をまたハンドガンで撃ち抜いて叩き落とすと、首に下げていた双眼鏡を覗き込み、爆音が聞こえた方向を確認した。

 

「…………兄さんだ!」

 

「旦那が帰って来たのか!?」

 

「はい! …………でも、誰か背負ってる…………?」

 

 爆炎の向こうからゾンビの群れをアサルトライフルのフルオート射撃で蹂躙しながら姿を現したのは、間違いなく兄さんだった。反動が強烈な7.62mm弾を使うAK-47を片腕で撃ちながら、誰かを背負ったままタクヤ君たちと一緒に僕たちの方に走ってくる。しかも、騎士団の格好をした蒼い髪の女の人も一緒だ。

 

 エミリアさんではないみたいだ。あの人は、確か屋敷の庭で兄さんと戦っていたエミリアさんのお姉さんじゃないか!

 

『信也くん、力也さんがエミリアさんを背負ってます!』

 

「え!?」

 

 戦車によじ登ろうとするゾンビをAKS-74Uのフルオート射撃で片っ端から叩き落としていたフィオナちゃんが言ったのが聞こえた。僕は双眼鏡で兄さんが背負っている人を確認する。

 

 確かに、兄さんが背負っているのはエミリアさんのようだった。身に着けているのは黒いドレスのような制服だし、蒼いポニーテールも見える。重傷を負っているんだろうか?

 

 僕は必死にゾンビを迎撃しているフィオナちゃんをハンドガンで援護しながら、腰のホルスターからワルサー・カンプピストルを引き抜いた。装填されているのは攻撃用の榴弾ではなく、信号弾だ。

 

 ワルサー・カンプピストルを空に向け、トリガーを引いた。天空に向かって真っ白な信号弾が打ち上げられ、そのまま白く煌めき続ける。

 

「ミラ、停止して!」

 

(了解!)

 

「兄さん、こっちだッ!!」

 

 どうして兄さんがエミリアさんのお姉さんを連れて来たのかは分からないけど、早く兄さんたちを連れてここを逃げなければならない。

 

 兄さんはエミリアさんを背負ったまま7.62mm弾をばら撒いて次々にゾンビをヘッドショットで仕留めると、エミリアさんのお姉さんと一緒にジャンプしてゾンビたちを飛び越え、返り血で真っ赤になったレオパルトの砲塔の上に着地した。そして、背負っていたエミリアさんを静かに砲塔の上に下ろす。

 

 彼女の体を見た瞬間、僕は目を見開いた。

 

 兄さんがエミリアさんを背負っていたのは、彼女が重傷を負っていたからではなかったんだ。彼女の胸には大きな穴が開いていて、エミリアさんは目を瞑ったまま動かない。頬には血涙を拭い去った跡が残っている。

 

 その時、ゾンビを叩き落としていたフィオナちゃんの銃声や、戦車を取り囲んでいるゾンビたちの呻き声が全く聞こえなくなったような感じがした。

 

 まさか、エミリアさんは…………死んでしまったの…………!?

 

 僕は無言でキューポラから兄さんを見上げた。彼女を横たえさせた兄さんは、悲しそうな顔をしていた。

 

「………そんな」

 

「…………信也、撤退を」

 

「りょ、了解…………」

 

 なんてことだ。エミリアさんが死んでしまうなんて…………。

 

 凛々しくて優しい人だったのに…………!

 

「…………ミラ、撤退しよう」

 

(う、うん…………)

 

 操縦士を務めるミラに指示を出した僕は、キューポラのハッチを閉めてから座席に腰を下ろし、頭を抱えながらモニターを睨みつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 返り血で迷彩模様が所々紅くなっている砲塔の先には、ネイリンゲンの屋敷が見えた。夕日はもう沈みかけていて、空は赤黒く変色してしまっている。

 

 ミラが操縦するレオパルトが、屋敷の塀の近くで停車した。エンジンの音が聞こえなくなり、装甲に包み込まれた車体が全く振動しなくなる。親父は砲塔の後ろから立ち上がると、母さんの死体を背負い、戦車の上から飛び降りた。

 

 一緒に乗っていたエリスさんも、無言で戦車の上から飛び降りる。

 

「…………彼女まで、ゾンビにならなくてよかった」

 

「そうね…………」

 

 他の騎士たちの死体は次々にゾンビに変貌していたんだが、母さんの死体だけはゾンビにならなかった。もし彼女がゾンビになって襲いかかってきたら、親父は彼女を撃つ事ができたのだろうか?

 

 そんな事にならなくてよかったと安心した瞬間、母親が殺された悲しみと憤怒が再び俺の心を蹂躙し始めた。憤怒のせいで勝手に血液の比率が代わり、服の中で俺の身体が勝手に硬化を始める。それを何とか抑え込みながら、悲しみと憤怒も抑え込む。

 

 これを叩き付ける相手は、ジョシュアの野郎だ。

 

「おい、旦那! なんでその女まで連れて来てんだよ!?」

 

 すると、母さんの死体を撫でている親父に向かって、戦車から下りて来たギュンターさんが親父に怒声を叩き付けた。確かにエリスさんは俺たちと戦ったが、彼女は母さんを助けようとしたんだ。悪い人ではない。

 

 彼の顔を見てから俯いたエリスさんの肩を優しく叩いた親父は、彼女の前に立ってギュンターさんに言った。

 

「彼女は悪い奴じゃない。確かにエリスはジョシュアの計画に手を貸したが…………彼女はエミリアを見捨てなかったんだ」

 

「信じられるか! そいつが旦那の邪魔をしたせいで……姉御が死んだんだろうがッ!」

 

「やめなさい、ギュンター…………!」

 

 確かに、彼女がジョシュアの計画に手を貸さなければ母さんは死ななかった。簡単にジョシュアの野郎をぶっ殺して、母さんと一緒にみんなでこの屋敷に帰って来る筈だったんだ。

 

 それに、ジョシュアに親父が止めを刺していればこの計画はとっくに頓挫して、母さんも死なずに済んだんだ。

 

「…………俺にも責任がある。転生したばかりの頃、ジョシュアに止めを刺していればあいつの計画は滅茶苦茶になってたんだ。…………ギュンター、あまりエリスを責めないでくれ」

 

「おいおい、旦那…………甘くなったじゃねえか。いくら姉御の家族でも、こいつは―――――――」

 

 すると、親父はため息をついてから腰のホルスターの中から水平二連型のソードオフ・ショットガンを引き抜いた。弾切れになっていたらしく、それに12ゲージの散弾を2発装填した親父は、そのショットガンをギュンターさんに渡した。

 

「至近距離で頭にぶち込めば、転生者でも殺せる。…………俺の責任だ。エリスを許せないなら、まず俺を撃て」

 

「旦那…………。すまねえ、分かったよ」

 

「すまない、みんな…………」

 

 戦車から下りた仲間たちに頭を下げた親父は、母さんの亡骸を背負って裏口へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうしてあの時、ジョシュアに止めを刺さなかったんだろうか。甘かった俺を問い詰め、滲み出そうとした言い訳を踏み潰す。俺が止めを刺さなかったせいでエミリアが死ぬ羽目になってしまったんだ。言い訳をするわけにはいかない。

 

 優しかった彼女が冷たくなってしまった理由は、エミリアが本当の妹ではなく自分の遺伝子から作られた偽物の妹で、本当の妹に名付けられる筈だった名前を付けられていたからだった。きっとエリスは、小さい頃から仲の良かった妹の正体を信じられなかったんだろう。そして、憎悪を持ったままジョシュアに手を貸してしまったんだ。

 

 でも、エリスはエミリアを助けようとした。やっぱりエミリアはエリスの妹だったんだ。もしエミリアが生きていたら、きっと仲睦まじい姉妹に戻っていたに違いない。

 

 俺がジョシュアに止めを刺さなかったせいで、エミリアは殺されてしまったんだ…………。

 

「…………くそったれ」

 

 エミリアが死んでしまったのは、俺のせいだ。

 

 左手で頭を押さえながら階段を上り続け、自室のドアを開ける。部屋の中に入ってランタンに明かりをつけ、エミリアをそっとベッドに寝かせた俺は、ベッドにそっと腰を下ろすと、目を開けてくれと祈りながら彼女の冷たくなった頬を撫でた。

 

 涙を返り血で汚れた制服の袖で拭い去ってから、エミリアの頬から手を離して立ち上がる。端末を操作して装備していた武器をすべて解除した俺は、もう一度エミリアの頬に触れてから自室を後にした。

 

 廊下に出てから階段を下り、1階にあるキッチンへと向かう。

 

 他のみんなは自室に戻ったらしく、もう裏庭にはいないようだ。そのまま1階まで下りてキッチンに入り込んだ俺は、棚の上に置かれていた酒瓶を拾い上げ、真ん中にあるテーブルの上に置いてから椅子に腰を下ろした。確かこの酒瓶は前にフランツさんが持って来てくれたラム酒だった筈だ。飲むことはないから誰かにあげようと思っていたその瓶を掴み上げて栓を抜き、口へと運ぶ。

 

 ラム酒を流し込んだ瞬間、彼女と一緒に初めて依頼を受けた時のことを思い出した。農場を襲撃している魔物の群れを2人で壊滅させて、モリガンが有名になったんだ。そして屋敷に戻ってから幽霊のフィオナと出会って、彼女を怖がっていたエミリアはすぐにフィオナと仲良くなった。

 

 そしてカレンから依頼を受けて、ネイリンゲンに戻ってきてから暗殺者に襲撃された。そしてその後に王都で彼女を守るために無数の暗殺者たちと戦ったんだ。

 

 もう一口ラム酒を口の中に流し込んでから涙を拭う。

 

 カレンが仲間になってから、ギュンターがボロボロになってこの屋敷を訪ねて来た。そして、ボロボロの袋にぎっしり入った銅貨を俺たちに差し出して、自分の町を占領した人間たちを殲滅してくれと依頼してきたんだ。その人間たちのリーダーは、俺が異世界で初めて出会った他の転生者だった。レベルの差があり過ぎるせいで苦戦して、俺は宇宙空間まで吹っ飛ばされる羽目になったんだ。でも、フィオナが力を貸してくれたおかげで何とか倒す事ができた。俺が戻ってきた時、エミリアの頬には泣いた跡があったっけな。

 

 そしてギュンターとミラが仲間になってから、信也までこの世界に転生して来てしまった。あいつはまだ未熟だけど、作戦を立てることと戦車やヘリを使った戦いは得意だ。今回の戦いも、戦車に乗ってみんなで俺たちを助けに来てくれた。

 

「エミリア…………」

 

 せっかくジョシュアの所から連れ出して、一緒に傭兵を始めたのに。

 

 俺のせいで死んでしまったんだ。ジョシュアに止めを刺さなかったせいで、エミリアはあいつに心臓から魔剣を取り出されて殺されてしまった…………。

 

 エミリアを貰うって言って連れ出して来たくせに、彼女を守れなかった…………。

 

 情けないなぁ…………。

 

「…………お酒に溺れるつもり?」

 

「エリス…………」

 

 口の周りを制服の袖で拭いながら、キッチンの入口に立っているエミリアにそっくりな少女を見つめた。彼女の姿が一瞬だけ出会ったばかりの頃のエミリアに見えたけど、彼女はもう死んでしまったんだ。あそこに立っているのは、彼女の姉だ。

 

 もう一口ラム酒を飲んでから酒瓶をテーブルの上に置き、俺は「何か用か?」と彼女に問い掛けた。彼女はモリガンのメンバーではないから、当然ながら自室は用意されていない。おそらく俺の後をついて来たんだろう。

 

「…………もしかしたら、エミリアを生き返らせる事が出来るかもしれないわ」

 

「なに…………!?」

 

 酔っぱらって聞き間違っちまったか? エミリアが生き返るだって?

 

 俺は椅子から立ち上がると、キッチンの入口の所に立っているエリスの肩を掴んだ。

 

「い、生き返らせる事が出来るのか!?」

 

「多分ね。かなり危険だけど…………」

 

「どうするんだ!? どうすればエミリアが――――――――――」

 

 すると、エリスはまた悲しそうな顔をしてから、そっと自分の胸に触れた。その場所は、エミリアがジョシュアの野郎の手に貫かれた場所と同じだった。

 

「え、エリス…………何考えてんだ…………!?」

 

「エミリアは私の遺伝子から生み出されたホムンクルス(クローン)よ。だから…………私の心臓を移植しても拒否反応は―――――――――」

 

「馬鹿野郎ッ! そんなことしたら、今度はお前が死ぬぞ!?」

 

 エミリアの心臓は木端微塵に破壊されたわけではない。心臓の中に埋め込まれていた魔剣を取り出されただけだから、簡単に言えば欠けた状態になっているわけだ。

 

 だからエリスは、その欠けた部分に自分の心臓を切り取って移植しようとしているんだ。確かにエミリアはエリスの遺伝子を元に作られているから問題ないかもしれないけど、移植したら今度はエリスが死んでしまう。

 

「分かってるわ。でも、私があんな計画に手を貸してしまったからエミリアは死んでしまったの…………。だから、私があの子を助けないと」

 

「…………なら、俺の心臓も使ってくれ」

 

「え…………?」

 

 いくらフィオナの治療魔術でも、欠けた心臓を元通りにするのは不可能だ。明らかにエリスの心臓だけでは足りないだろう。でも、俺の心臓も使う事が出来れば、エリスも生き残る事が出来るかもしれない。

 

「半年前に、俺がジョシュアを殺していれば彼女は死なずに済んだ。…………頼む、俺にもエミリアを助けさせてくれ」

 

「力也くん………」

 

 彼女の両肩を掴んだまま、俺はエリスの翡翠色の瞳を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

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