異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる 作:往復ミサイル
バイクに取り付けられた大きな円形のライトが、雪と瓦礫で埋め尽くされた大地を照らし出す。雪の上にタイヤの跡を残しながら置き去りにしてきた方向からは、効き慣れたオルトバルカ語とヴリシア語の歌が聞こえてきて、まるでキャンプファイアーのように燃え上がる焚き火の周囲ではこちらの兵士たちと捕虜となった敵兵たちが、楽しそうに雑談したり、踊りながら12月24日の夜を過ごしているのが見える。
最前線の夜とは思えない、平和でにぎやかな夜である。
本来ならば、テンプル騎士団の団長として俺もその中にいる筈だった。けれどもこうやってバイクを走らせ、サイドカーに吸血鬼のイリナを乗せて仲間たちの元から離れているのは、やるべきことがあるからである。
親父の元へと伝令に行くわけではないし、こっそりと敵前逃亡するわけでもない。
仲良くなったフランセン出身の捕虜から聞いたんだが――――――吸血鬼たちにこき使われている人間の兵士たちは、大半が吸血鬼たちに家族を人質に取られている労働者だという。本当に吸血鬼たちの掲げる理想のために戦っている人間はごく一部のみらしく、”吸血鬼のための戦い”というよりは”家族のための戦い”らしいのだ。
そしてその労働者たちの家族は、この最終防衛ラインの外れにある強制収容所に収容されているらしい。
今からそこに行くわけだが、もちろん明日の正午まで戦闘は禁止されている。それゆえに部隊を向かわせるわけにもいかないし、俺が乗り込んで警備兵を血祭りにあげるようなことも許されない。だから俺とイリナは武器を何も身につけていなかった。
しばらく愛車のKMZドニエプルを走らせていると、やがて雪に覆われつつある廃墟の向こうから明かりが見えてきた。爆撃の影響を少しは受けたらしく、壁には大きな穴が開いたり傷がついているけれど、他の建物ほど損傷はひどくないらしい。
正面にはかつてゲートだったと思われるひしゃげたフェンスの残骸が転がっていて、辛うじて吹っ飛ばされずに生き残ったフェンスの柱にはランタンが括りつけられているのが分かる。その奥には収容所の入り口があり、そこには2人の兵士が立って警備をしていた。
よく見ると、捕虜になった兵士たちと服装が違う。彼らはオリーブグリーンやモスグリーンの制服だったのに対し、その警備兵たちの制服は真っ黒なのだ。頭にかぶっているのもヘルメットではなく、真っ黒な略帽である。
「いた」
「よし、行くか」
イリナと共にバイクを降り、サイドカーの後ろに積んでいた小さな籠を拾い上げてから収容所へと歩いていく。フェンスの残骸に吊るされたランタンが照らし出す地面はやはり真っ白に染まっているけれど、俺たちのバイク以外にタイヤの跡と思われるような跡は残されていない。
つまり、少なくとも雪が積もり始めてからはここにあいつらの車両は来ていないという事だ。雪が降り続いたせいで消えてしまった可能性もあるが、どの道今は休戦中。明日の正午まで、1発でも敵に向かって発砲することは許されない。
入口に近づいていくと、俺たちがやってきたことに気付いた敵兵が持っていたMP5Kをこっちに向けてきた。小さなSMG(サブマシンガン)の下部から伸びるフォアグリップをぎっちりと握りながら、殺気を俺たちに向けてくる。
『止まれ!』
続けて聞こえてきたのは、ヴリシア語の声。俺たちを睨みつけながら銃口を向ける警備兵の口の中には――――――よく見ると、人間というよりは獣の牙を彷彿とさせる鋭い犬歯が覗いているのが分かる。
そう、収容所の警備兵は吸血鬼たちなのである。
とはいえ警備兵の人数はたったの6人で、そこの警備を割り当てられているのも、本拠地の防衛を任せるには力不足だと判断された”落ちこぼれの吸血鬼”だという。
ヴリシアの兵士から警備兵が吸血鬼であるという情報を教えてもらったから、俺はイリナも一緒に連れてきたのだ。吸血鬼は非常にプライドが高い種族で、自分たちの誇りを汚されることを最も嫌うと言われている。ウラルたちのような穏健派の場合は話は別だが、ここにいる過激派は人間の話に耳を貸すことはないらしい。
けれども、同胞であるイリナの言葉なら聞いてくれるかもしれない。そう判断したからこそ、イリナにも同行してもらったのだ。
『落ち着け。とりあえず、銃を下げるんだ』
『黙れ! 魔王なんかに従う愚か者の話なんか聞くか!』
やれやれ、休戦中なのに凄い殺気だね。
肩をすくめながらイリナの方を見ると、彼女は私に任せてと言わんばかりにこっちにウインクした。真っ黒な制服を身に纏った彼女は数歩前へと進むと、微笑みながらその警備兵に話しかける。
『落ち着いてよ。僕たちは話をしに来ただけなんだ』
ちなみに、この世界の公用語は俺たちにとっての母語でもあるオルトバルカ語となっているけれど、吸血鬼たちの母語はヴリシア語ということになっている。もちろん吸血鬼であるイリナもヴリシア語は普通にしゃべることができるのだ。
俺よりも正確な発音で喋るイリナの声を聴きながら、俺は敵兵の様子を窺う。吸血鬼はプライドの高い種族で、過激派の奴らは人間の言葉に耳を貸すことはない。自分たちよりも完全に劣っている種族として見下しているからだ。しかし同胞だという事が分かったからなのか、少なくとも俺が語りかけた時よりは耳を傾けてくれているらしい。
『今夜はクリスマス・イブなんだし、少しだけ仲良くしない? ねえ、タクヤ』
『ああ』
そうだな。
持ってきた籠の中には、ついさっき作ったばかりのスコーンと紅茶入りの水筒が入っている。吸血鬼たちにとって獲物の血以外は摂取する意味がないものの、紅茶やお菓子は嗜むという。もちろんそのような軽食を口にしない吸血鬼もいるというが、そのような吸血鬼は大概年寄りばかりらしい。
逆に、若い吸血鬼はそのような軽食や紅茶が大好きだという。案の定、その警備兵たちは俺が持ってきた籠の中に入っているスコーンと紅茶を見た瞬間、隣にいる味方の顔をちらりと見た。
『安心しろ、休戦中だから攻撃はしない。ちょっとみんなで話がしたいだけさ。もしよければ収容所の警備兵を全員集めてくれるかな?』
『…………ど、どうする?』
『バカ、騙されるな! こいつら敵だぞ!?』
『だ、だって、あのスコーン美味しそう…………』
『お前それでも吸血鬼か!? くそ、確かに美味そうだけど………ちょっと待ってろ! 隊長呼んでくる!』
早くも銃を下ろし、俺が持ってる籠の中に入っているスコーンへと手を伸ばしつつある警備兵。もう1人のしっかりしている方は警戒心を維持しつつ隊長を呼ぶために入口へと入っていったけど、彼のパートナーが俺の作ったスコーンの香りに屈するのは時間の問題だろう。
確かに、数時間前までは銃撃戦をやっていた敵兵がいきなり夜遅くに尋ねてきて、「クリスマス・イブなんだから一緒にお菓子食べない?」って誘って来たら警戒する。だから慎重だった警備兵の片割れの方はしっかりしていると言える。
よだれを拭いながら籠の中のスコーンに釘付けになっている兵士に向かって微笑みかけながら、わざとらしく小さく籠を揺らす。
『ひ、一つ食べてもいい? 最近全然お菓子食べてなくてさ…………』
『構わないよ? なあ、イリナ』
『うん。今夜はクリスマス・イブなんだし』
そう言いながら籠を差し出すと―――――――その警備兵は、あっさりと陥落した。
クリスマス休戦の真っ只中とはいえ、さすがにいつまでも雪の降る外で大騒ぎしているわけにはいかない。オルトバルカ王国の冬ほど過酷ではないとはいえ、いつまでも雪の降る外にいればさすがに寒いと感じてしまう。
そこで、連合軍の兵士たちが白羽の矢を立てたのは、俺とカノンが敵の指揮官の狙撃に利用させてもらったあのホテルだった。
爆撃や砲撃の影響で一部が崩れているとはいえ、1階にあるやけに広いホールは健在だ。床にしっかりと敷かれている真っ赤な絨毯は埃でちょっと汚れていたけれど、ほんの少し掃除するだけで、まるで貴族のパーティーのように盛大なクリスマスパーティーができそうな場所である。
そこに置かれている円形のテーブルの上に乗っているのはいろんな料理や飲み物なんだが、この島国まで兵士たちと共にわざわざパーティーをしに来たわけではないため、総攻撃の直前でクリスマスパーティーをすると言われていきなり豪華な料理が用意できるわけがない。
なので、テーブルの上に乗っているのは非常食用の缶詰やレーションばかり。後方にある橋頭保や強襲揚陸艦から送られてきた食糧でいくつかは料理が用意されていたけれど、そういった普通の料理はパーティーが始まってから数分で姿を消し、厨房の中から拝借した皿の上にソースの跡やケチャップの跡を残している。
クリスマスパーティーと言うよりは、兵士たちの宴会のようだ。参加している兵士たちの中にはボディアーマーとヘルメットを身につけたまま酒を飲んでいる兵士もいるし、酔っぱらって床の上に横になっている兵士もいる。どさくさに紛れて降伏した捕虜たちもその中に混ざっており、モリガン・カンパニーの兵士と肩を組みながら変なダンスをしていた。
連合軍の兵士がオルトバルカ語で話しているのに対し、捕虜たちが話しているのは全く違うヴリシア語。どうやってコミュニケーションを取っているんだろうか? テレパシー? それともノリだろうか?
「おい同志、オルトバルカのウォッカでもどうだ?」
『何だって? ああ、酒か』
最初は彼らまでパーティーに参加させたら喧嘩でも起こるんじゃないだろうかと危惧してたんだけど、どうやらちゃんと打ち解けることができているらしい。親父も彼らを処刑しようとはせずに見守っているし、おそらく大丈夫だろう。
テーブルの上にこれでもかというほど積み上げられているモリガン・カンパニー製のレーションを1つ手に取り、ワインレッドの袋を開けて中身を取り出す。オルトバルカ語の羅列が書かれている袋の中から顔を出したのは、フォークの入った小さな袋と、一般的な缶詰の3倍くらい大きな容器である。表面には赤毛の大男――――――多分モデルは我が家の親父だろう――――――に包丁でぶつ切りにされているウナギの絵が描かれており、その上には『ウナギゼリー』と書かれている。
誰なんだよ、こんな怖いイラスト書いたの。売れてるのか…………?
売れ残った在庫じゃないだろうなと思いつつ容器の蓋を開け、中に入っているウナギゼリーをフォークでつつく。
「あら、何食べてるの?」
「コレ」
後ろから声をかけてきたナタリアに、今しがた開けたばかりの蓋のイラストを見せる。左手で鷲掴みにしたウナギをぶつ切りにしている親父にそっくりな大男のイラストを見せられたナタリアは、「え、なにこれ」と言いながら凍り付いてしまう。
そういえば、親父は彼女の命の恩人だったよな。見せない方がよかったかな…………?
「食べる?」
「い、いらないわよっ! というか、こんなイラスト書いたの誰!?」
「さあ?」
とりあえず、別のレーションないかな? 隣のテーブルの上を見てみると、先ほどまでは何も乗っていなかった筈のでっかい皿の上にフライドポテトが乗っているのが見える。
辛うじてまだ使える厨房を有効活用して、料理が得意な兵士たちや沖にいる艦隊から呼び寄せた調理師たちが頑張って料理を作り続けてくれているらしい。厨房から料理を運んできてくれた若い兵士に礼を言ってから、彼が持ってきてくれたフライドポテトの皿を持ってナタリアの所へと戻る。
「はい」
「あら、ありがと」
「ところで、他のみんなは?」
「あっちよ」
フライドポテトをつまみながらちらりと見てみると、ナタリアが指差した方向にはどういうわけか兵士たちが集まっていた。小さなテーブルに座っている2人を見ているようだが、何をやってるんだ?
気になったので、俺はナタリアを連れてその野次馬の中へと紛れ込むことにした。酔っぱらっている兵士もいるのか、野次馬の群れの中はやけに酒臭い。顔をしかめながらついてくるナタリアとはぐれないように何気なく彼女の手を掴むと、ナタリアはびっくりしたように目を見開いて、それから徐々に顔を赤くし始めた。
「どうした?」
「な、何でもないわよ…………」
顔を赤くする彼女に向かって肩をすくめつつ、背伸びをして野次馬の群れの向こうを見つめる。モリガン・カンパニーの兵士たちは大男ばかりで、中には身長が2mを超えるのは当たり前と言われているほどがっちりした巨躯を持つオークの兵士までいるから、背伸びをしたうえで野次馬たちの隙間から向こうを見る必要がある。
何とか見えそうな場所を見つけて背伸びをすると―――――――野次馬たちの向こうには、毛先の方が桜色になっている長い銀髪が特徴的な、幼い容姿のサキュバスの少女がちょこんと椅子の上に座っているのが見えた。
あの戦いで戦車に乗っている間、ずっとチャレンジャー2の操縦をしていた仲間のステラだ。幼い容姿をしているが、テンプル騎士団本隊のメンバーの中では最年長で、幼い姿の少女とは思えない怪力で重機関砲やガトリング機関砲を軽々と持ち上げてしまう猛者である。
彼女の隣にはがっちりしたハーフエルフの兵士が座っているようだ。黒と灰色の迷彩模様のズボンと真っ黒なタンクトップを身につけた浅黒い肌の兵士の傍らには上着が置かれており、肩の部分にはオルトバルカ語で『ハーレム・ヘルファイターズ』と書かれている。その上にあるのはエンブレムだ。
確か、ハーレム・ヘルファイターズってギュンターさんが率いていた部隊だよな。奴隷だった兵士だけで構成された歩兵部隊で、ここまでの防衛ラインの攻防戦で大きな戦果をあげたらしい。
捕虜の奴らから聞いたんだけど、ハーレム・ヘルファイターズの兵士たちはかなり屈強で、5.56mm弾を3発ほど叩き込んでもなかなか倒れず、むしろ血を吐きながら奮い立って雄叫びを上げながら突っ込んできたという。
その屈強な兵士が苦しそうな顔をしているのに対し、隣に座るステラは無表情だ。何をしているのかと思いつつ更に前の方に出て見ると――――――ハーフエルフの兵士が、顔を真っ赤にしながら叫んだ。
「も、もう無理だ! 食えねえッ!!」
「はーい、そこまでー! 勝者、テンプル騎士団所属のステラ・クセルクセス!」
「大食い対決ぅ!?」
クリスマスパーティーで大食い対決かよ!?
どうやらフィッシュアンドチップスの大食い対決をしていたらしく2人の皿の上にはフライドポテトの欠片がいくつも残されていた。油のついた皿を若い兵士が片付けていくのを見守りながら、俺は苦笑いしてしまう。
あ、揚げ物で大食い対決か…………カロリーがとんでもないことになりそうだ。
というか、ステラが大食い対決で負けることはないだろ。あいつの主食はあくまでも魔力で、それ以外の物を食べても永遠に満腹感を感じることはないのだから。つまり、目の前にこれでもかというほどの料理を並べられてそれを平らげてしまっても、ステラは魔力を他人から吸収しない限りお腹が空いたままなのである。
クレーターを埋めるために砂粒を1つずつ放り投げるようなものだ。
口の周りについた油を拭き取りながら、ステラはきょろきょろと周囲を見渡し始めた。そして俺が野次馬の中に紛れ込んでいることに気付いた彼女は、いきなり笑顔を浮かべたかと思うと、勢いよく席から立ち上がってこっちへと飛び込んできた。
「タクヤ、ステラは勝ちましたよ! 見てました!?」
「ああ、見てたよ。相変わらず凄い食いっぷりだな」
「ふふふっ。食べるのは大好きですから」
そう言いながら自分の小さなお腹をさすり始めるステラ。彼女は魔力を吸収しない限り空腹感が消えないという体質なんだが、普通の食べ物のカロリーも消滅してしまうため、高カロリーの食べ物をいくら食べても太らないのである。
おかげで旅をしていた頃は彼女の食費に苦しめられたからなぁ…………。あの頃の出費の6割は、全部彼女の食費なのである。
だから管理局でダンジョンを調査した報酬を受け取る度に、達成感を感じつつ、この報酬の中からどれほどの金額がステラの食費に費やされるのだろうかと思いながら仲間の元に戻っていた。
「でも、やっぱりタクヤの魔力が一番美味しいですね」
「そういえば、魔力ってどんな味なんだ?」
「ええと…………何というか、濃厚で適度にスパイシーで…………ビーフカレーの味が一番近いです」
どうやら僕の魔力は、どういうわけかビーフカレー味だそうです。
ちなみにラウラの魔力はどんな味なんだろうな? ステラに尋ねてみようと思った瞬間、野次馬たちの後ろからやってきたサンタの服を着た金髪の少女が、ナタリアに抱き着き始めたのが見えた。
誰だろうと思ったが、どうやらクランらしい。真っ赤な服とミニスカートを身につけ、黒いニーソを履いている彼女は、いつもの気の強い指揮官というよりは陽気な彼女である。
「きゃっ!? く、クランちゃん!?」
「ひっく…………あー、ナタリアちゃーん…………相変わらずいいおっぱいねぇ♪」
「ちょ、ちょっと、クランちゃ…………ひゃあっ!?」
「こ、こら、クラン! 何やってんだ! …………まったく、ビールばっかり飲みやがって…………」
後ろから呆れながらやってきたケーターは、片手に空になったビールの瓶を持っているようだった。どうやらこいつもクランに少し飲まされたらしく、顔が若干赤い。とはいえクランのように完全に酔っぱらうほど飲んではいないらしく、いつもの彼と変わらない。
ケーターは後ろから抱き着いてナタリアの胸を揉み始めたクランを引き離そうとするが…………すぐにナタリアの胸を揉むのを諦めたクランは、あろうことか今度はケーターに襲い掛かると、彼女を止めようとしていたケーターをそのまま押し倒してしまう。
予想外だったとはいえ、鍛え上げられた少年が同い年の少女にあっさりと押し倒されたことに驚きながら、ケーターが落としてしまったビールの瓶を拾い上げてテーブルの上に片付けておく。
「同志、上の階にはまだ無事な部屋があるから、そういうことはそっちでやった方がいい」
「わ、分かった! ほら、クラン。とりあえず上から降りろって」
「んー? ふふっ、ケーターったら、顔が真っ赤でしゅよー?」
それはビールを飲んだからだろうが。
上にのしかかりながらケーターの頬をつつき始めるクラン。ケーターは何とかして酔っぱらっている彼女をお姫様抱っこすると、そそくさとホールを出て階段の方へと向かう。
…………まさか、本当に部屋に行くつもりか? 確かにそうした方が酔っぱらったクランの犠牲者が出なくて済むけどさ。
苦笑いしながら2人を見送っていると―――――――今度は、何の前触れもなくぷにぷにした何かが俺の首に巻き付き始めた。ぎょっとしながらそれを振り解こうとするけれど、予想以上に力が強い。表面は真っ赤な鱗を思わせる皮膚に覆われていて、まるでドラゴンの雌の尻尾を思わせる。
その特徴で、俺はその尻尾が誰のものなのかを理解していた。
「らっ、ラウラ?」
「…………ひっく」
うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!? く、クランの奴、まさかラウラにもビールを飲ませたのかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?
恐る恐る後ろを見てみると、やっぱり真っ赤な顔のラウラがすぐ後ろにいた。うっとりしたような表情で顔を近づけてきた彼女は、周囲に他の兵士たちがいるというのに、お構いなしに俺の唇を奪い始める。
やっぱり、酒の臭いがする。ラウラもクランの犠牲者か…………。
彼女が満足するまで舌を絡め続けてから静かに離す。腹違いとはいえ姉弟同士のキスを目の当たりにしてしまった野次馬の兵士たちがざわつくのを耳にしながら、俺はいつもとラウラの雰囲気が違う事に気付いた。
いつもは大人びた容姿をしているというのに、仕草や口調は幼い頃とあまり変わっていない。けれども今のラウラはいつものラウラと比べると、やけに大人びているように感じる。まるで燃え盛る炎を彷彿とさせる赤毛と、鮮血を思わせる瞳。唇を離した彼女の頬は赤くなっているけれど、きっとその原因はクランが飲ませたビールだけではないだろう。
「ふふふっ♪」
「ら、ラウラ?」
「あら、どうしたの?」
な、なんかエリスさんみたいな口調になってる…………。
「お、お酒飲んだの?」
「さあ? …………ふふふっ、タクヤって本当に可愛いわねぇ…………私だけのものにしちゃいたくなっちゃう♪」
「…………お、落ち着けって。酔ってるんだろ?」
「ひっく…………そんなことないわよ」
嘘つけ。
なんだかふらふらし始めたお姉ちゃんが倒れないように両手で支えておく。念のため、俺の尻尾でも支えておこう。俺の尻尾は彼女の尻尾と違って硬い外殻に覆われている上に、先端部はナイフのように鋭くなっているので、あまり力は入れないでおこう。お姉ちゃんに傷をつけるわけにはいかないからな。
「ごめん、ナタリア。ちょっと部屋に連れて行って寝かせてくる」
「ええ、それが一番ね」
ナタリアに頭を下げてから、俺はラウラを連れてホールを出た。
たった2人でここに潜入した時に通った階段をゆっくりと上がりつつ、どこかに部屋がないか探す。客室のドアがずらりと並んでいるけれど、多分この部屋のどこかにケーターがいる筈だ。できるなら別の階の部屋にしたい。
別にあの2人が嫌いというわけではない。ケーターとクランへの気遣いである。
「ん?」
2階の一番手前にあるドアの前に、カノンがいる。そういえばホールにいなかったけど、何でパーティーに参加しなかったんだろうか? 用事でもあったのか?
彼女はある客室のドアに片耳を押し当てて音を聞いているらしい。何をやっているのだろうかと思いつつ廊下を進んで彼女の元へと進んでいくと―――――――客室のドアの向こうから、ケーターとクランの声が聞こえてきた。
貴族も使うホテルだから、出来るだけ室内の音が外へと漏れない構造になっているからなのか、はっきりと聞こえるわけではない。けれどもドアに耳を押し当てて集中すれば聞き取れるレベルだろう。
それに聴覚が発達しているキメラなら、中で何が始まっているのかはすぐに理解できる。…………一応俺もそれなりに聴覚が発達しているので、部屋の中の声ははっきりと聞こえていた。
気遣いはやっぱり必要だったなと思いつつ、まだ背後に俺がいる事に気付いていないカノンの頭に軽くチョップする。
「にゃんっ…………あら、お兄様」
「バカ、こういうのは聴いちゃダメ」
「でも――――――あら、お姉様?」
「ひっく…………カノンちゃん、一緒に部屋に行かない?」
「はい、是非!」
おい、何でカノンまで誘うんだ。
とりあえず、いつまでも2人がいる部屋の前で騒いでいるわけにはいかないので、上の階にある部屋を使わせてもらおう。クランとケーターが”使用中”の部屋の位置は覚えたから、出来るだけ離れた位置にある3階の部屋を使うことが望ましい。
階段を上がると、2階と同じ構造のフロアが俺たちを待ち受けていた。やたらと豪華な壁の装飾や絵画が並ぶ廊下にはずらりと木製のドアが並び、ほんの少し埃で覆われている。避難勧告が出てから誰も掃除してくれなかったのだろう。
どうせ今はここの部屋を使う客はいないのだから、いきなり開けても問題ないだろう。ノックせずに一番手前のドアを開けて中へと入り、鍵をかけてから奥へと進む。
部屋の中の構造は、爆撃の衝撃波で壁の一部が剥がれ落ちていたことを除けば、カノンと一緒に潜入した一室と変わらなかった。バスルームと思われる部屋のドアややたらと大きなベッドが鎮座する部屋はワインレッドの壁紙で覆われており、高級そうな柱時計が廊下側の壁に貼り付けられている。やけに精巧な彫刻まで掘られた柱時計の針は、そろそろ深夜0時に差し掛かりつつあった。
ラウラは酔ったせいなのか、いつの間にかぐったりしている。とりあえずお姉ちゃんはベッドに寝かせておこうか。
「ラウラ、ベッドに寝かせるよ」
「にゅ…………んっ、別に………このまま抱いてもいいのに…………」
「おいおい」
そっとお姉ちゃんをやけにでかいベッドの上に寝かせ、息を吐く。
そういえば、カノンは部屋に潜入した時、このでっかいベッドをじっと見つめてたな。あの時かなりの緊張感を感じていたせいで返事をしてしまったことを思い出しつつ、恐る恐る隣にいる筈のカノンの方を振り向くと…………ほんの少しだけ顔を赤くしながら、恥ずかしそうにベッドを見つめていた。
てっきりニヤニヤと笑いながら襲い掛かって来るのではないかと思ってたけど、どうやらこのエッチなお嬢様は恥ずかしがっているらしい。
ラウラを1人にするわけにはいかないから俺もこの部屋に残るつもりだけど、カノンはどうするつもりかな?
その時、ベッドの上から柔らかい尻尾が伸びてきて―――――――俺の左手に巻き付いたかと思うと、そのままベッドまで引っ張ってしまう。先ほどホールで首に巻き付いてきた柔らかい尻尾の事を思い出しながら起き上がろうとしたけど、この尻尾を伸ばしてきた張本人は許してくれないらしい。
俺が起き上がるよりも先に両手をしっかりと押さえながらのしかかったラウラは、にこにこと笑いながらじっとこっちを見つめている。
「お姉ちゃん?」
「ねえ、カノンちゃん」
「は、はい、お姉様」
「――――――タクヤの事は、好き?」
「…………えっ?」
俺の目を見つめたまま、カノンに問いかけるラウラ。いきなりそんな質問をされたカノンは一気に顔を赤くしたまま、ラウラを見つめている。
「…………で、でも、お兄様はお姉様のもので…………わ、わたくしは―――――――」
「ねえ、お姉ちゃんに教えてくれない? カノンちゃんの好きな人を」
「…………は、はい、わたくしも…………お兄様の事が、大好きです」
「ふふふっ♪」
すると今度は、俺をベッドへと引き寄せた尻尾がカノンの方へと伸びた。ラウラに見透かされて告白してしまったせいで顔を真っ赤にしていたカノンは、あっさりとラウラの尻尾に引き寄せられ―――――――でっかいベッドの上で横になっている俺のすぐ隣に、押し倒されてしまう。
目を丸くしながらラウラを見上げるカノン。今度は俺にのしかかっていたラウラがそっと顔をカノンに近づけ、彼女の頬に優しくキスをした。
「ひゃっ…………お、お姉様…………!?」
「私ね、カノンちゃんの事も大好きなの」
「え―――――――」
真っ白な指でカノンの頬を撫で、そのまま彼女の細い腕をなぞってからお互いに指を絡み合わせる。そうしながらもう片方の手でカノンの髪に触れ、静かに彼女の香りを嗅いだラウラは、にっこりと笑いながら顔を離した。
「ふふふっ。カノンちゃんも可愛いっ♪」
「お、お姉様ぁ…………」
「タクヤも大好きだし、カノンちゃんも大好き。お姉ちゃんは欲張りになっちゃったみたい。――――――だからさ、分け合おうよ♪」
「えっ?」
ちらりとこっちを見たラウラは、ぺろりと自分の唇を静かに舐める。そして再び俺の上へと戻ってくると、白い手で俺の頬を撫でながら囁いた。そのまま静かにコートのチャックを下ろして上着を脱がせ、素早くネクタイまで解いてしまう。
そしてそのまま黒いワイシャツのボタンを外しているうちに、隣に押し倒されていたカノンも起き上がった。
「あ、あの、お姉様…………分け合うって…………」
「うん、そういうこと♪」
段々と呼吸が荒くなっていく。彼女の甘い香りが容赦なく鼻孔へと流れ込んできて、俺の身体を侵食していく。
「だから、いいよね?」
「お、お兄様…………わ、わっ、わたくしも…………っ!」
2対1かよ…………。
ちらりとドアの方を見て、高級そうな木製のドアに鍵がちゃんとかかっていることを確認した瞬間、拒否するという選択肢が木っ端微塵に砕け散った。もし鍵がかかっていなかったら、誰かが部屋に入ってくるかもしれないという理由を使って逃げていたかもしれない。
けれども、もう逃げようとは終えなかった。
まったく、本当にハヤカワ家の男って女に襲われやすいんだな。
親父と同じ体質を思い出しながら苦笑いし、首を縦に振った直後―――――――俺は、多分ケーターと同じ事をされる羽目になった。