異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる 作:往復ミサイル
「というわけで、この街の税金は高すぎます。削減するべきです」
「し、しかし、これ以上引き下げたら…………!」
一緒に連れてきた側近のプリチェットと街を治める貴族とのやり取りを見守りつつ、腕を組みながら溜息をつく。
幼い頃から貧しい生活をしていたからなのか、貴族が好む派手な装飾や絵画を見ているとなぜか落ち着かない。俺はどちらかと言うとこういう過剰に装飾された派手な空間じゃなくて、もう少し貧しい感じの場所にいるほうが落ち着くのだ。
それに身につけている服も、こんなにしっかりしたスーツじゃなくてもいい。私服が一番落ち着くんだと妻に何度も言ったんだが、彼女は「領主の夫なんだから、身嗜みはしっかりしないとダメでしょ?」と言って俺に無理矢理スーツを着せやがった。
早く屋敷に戻って私服に着替えたい…………。
そう思いながら部屋の中の時計を見て時刻を確認しつつ、この会談はいつ頃終わるのだろうかと思いながら再びプリチェットと貴族のやり取りを見守る。
俺たちがここに派遣された理由は、この街の住人から税金が高すぎるという苦情が急増したからである。領主である妻(カレン)の元にもこの街の税金を上げるという通知は何件か来ており、その度に俺や側近を派遣してその上がった税金で何をするのか調査していたが、その時は特に問題が見当たらなかったためそのまま承認することになった。
けれども、どうやらその貴族はその税金で何か企んでいたらしい。
「フィリップ卿、ではこの金貨50枚は何に使ったのです? 書類の上では防壁の増強と橋の補強という事になっていますが…………」
「か、確認なさらなかったのですか? 西にある橋と防壁の補強ですよ」
「担当した業者は?」
「せ、専属の業者です」
「では、失礼ですが責任者は?」
「それは…………」
容赦なく問い詰めていくプリチェット。貴族の男が脂汗を浮かべながらこっちを見てくるが、俺は見て見ぬふりをしておく。というか、俺はこの太った貴族を問い詰める側だ。間違っても助け舟は出さない。
ここに来る途中に補強されている筈の橋と増強されている筈の防壁を確認してきたが、数ヵ月前にやってきた時と全く変わっていなかった。相変わらず防壁には成人男性の腕が通過できるほどの穴がいくつも開いており、強度が落ちているのは火を見るよりも明らかだった。それに橋もボロボロで、積み荷をたっぷりと積んだ馬車が上を通過すれば崩壊してしまうのではないかと思ってしまうほど老朽化していたのである。通行禁止と書かれた看板が近くに立っていたが、その看板が撤去されることは、少なくともこのデブがこの街を治めている限りあり得ないだろう。
目を細めたプリチェットは、メガネをかけ直してから息を吐いた。
「では、明日こちらの街に調査団を派遣させていただきます。よろしいですね?」
「ま、待ってくれ! 責任者は今思い出した! アダムスだ!」
「分かりました。ではそちらの方についても調査団に調査していただきましょう」
貴族の男の顔がどんどん青ざめていく。もう一度俺の方を見るが、俺はもう一度見て見ぬふりをして切り捨てる。
「旦那様、行きましょう」
「おう」
書類を抱えたプリチェットは俺にそう言うと、屋敷の扉を開けてくれた。最後に後ろでまだ顔を青くしている貴族の男を一瞥してから部屋を後にし、玄関へと向かう。
廊下にもやはり派手な装飾があって、壁には騎士やドラゴンが描かれた絵画が飾られている。こういう空間は本当に落ち着かない。一刻も早くここを後にして休みたいものだ。カレンの屋敷に早く戻りたいところだが、カレンのお父さんの趣味なのか、あの屋敷の中にはそのまま美術館にできるのではないかと思えるほど派手な絵画や彫刻が置いてあるから、あの屋敷で休んでもはっきり言うと落ち着かない。
何で貴族ってそういうのが好きなのかねぇ。俺には理解できそうにないな。
「旦那様、お疲れさまでした」
「何言ってんだ。話をしてたのはお前じゃないか」
書類を抱えたまま隣を歩くプリチェットに言うと、先ほどまでやけに冷たい声で貴族を問い詰めていた彼は微笑んだ。
彼は元々、ドルレアン家の私兵の衛兵だった男だ。今では衛兵を引退してカレンや俺の側近として仕事をしてくれている。机の上にどっさりと置かれている書類を半日で全て片付け、それから衛兵隊の訓練や家事までやってくれるかなり有能な男だ。カレンも頼りにしている側近である。
ちなみにこの会談は、本当ならばカレンがやって来る筈だったんだが、今回は俺が代理でここにやって来ることになった。
理由は―――――――彼女が妊娠しているからである。
フィオナちゃんの検査では、あと2ヵ月か3ヵ月くらいで生まれるらしい。お腹が大きくなったせいであまり仕事ができなくなったので、俺がカレンの代わりに会談や王都の議会に出席することになっているのだ。
「楽しみだなぁ」
「お子さんですか?」
「ああ。名前も考えないとなぁ」
「そうですね。私も早く”お嬢様”にお仕えしたいですよ。…………では旦那様、お嬢様のお名前を考えるよりも先に、もう少し読み書きのお勉強をなさるべきですね」
「うっ」
や、止めろよプリチェット…………。
わざとらしく眼鏡をかけ直す彼を見ると、プリチェットはまるでこれからいたずらをしようとしている少年のような笑みを浮かべた。
貴族の子供やそれなりに裕福な家の子供は、幼少の頃から学校に通って様々なことを学ぶという。けれども学校はあくまでも裕福な家の子供が通うための教育機関であり、授業料も非常に高い。そのため一般的な家庭の子供は両親から必要最低限の読み書きを教わってから就職するという。
しかし、中には両親から読み書きすら教わることなく就職する子供もいるため、一般的なオルトバルカ語を話すことはできても、文字を読んだり書くことができない人がいるのは珍しくないのだ。
ちなみに俺も読み書きができない男の1人である。
ほんの少しはできるんだが、会議に使う資料を渡されてもなんて書いてあるか分からねえんだよなぁ…………。
「旦那様、これは何て読むと思います?」
「あぁ?」
そう言いながら書類を取り出すプリチェット。彼が指差す単語を見てみるが、やっぱりなんて書いてあるか分からん。
「えーと…………リンゴ?」
「税金です」
税金かぁ…………。まだカレンから習ってないから分からなかった。
もう少し勉強しないとなぁ。
目の前に置かれた分厚い本には、意味不明な記号の羅列が幾重にも並んでいる。複雑な魔術に使うような難しい記号なんじゃないかと思ってしまうが、これがオルトバルカ語の文字だ。両親から読み書きを習う事が出来た幸運な子供たちはこれを自由自在に使って文章を書くことができるというが、俺にはそんなことはできない。
旦那は「ああ、英語にそっくりだ」って言ってすぐに読み書きを身につけちまったらしいが、”エーゴ”って何だろうな? 異世界の言語なんだろうか? 信也も「本当だ、英語にそっくりだね」って言いながら勉強して短時間で身につけてしまったってミラが言ってたな。
ミラも勉強して身につけたらしい。モリガンのメンバーの中で読み書きができないのは―――――――俺だけだ。
「ほら、ギュンター。この単語は何て読む?」
そう言いながら部屋のベッドの上で教科書を広げ、真っ赤なメガネをかけている女性が言う。眼鏡を掛けなくても常に凛としている彼女だが、メガネをかけたことでほんの少しばかり堅苦しさも加わってしまっている。勉強にはこういう堅苦しさが必要だって言ってたが、メガネをかけている妻も可愛らしい。
普段ならばカレンの体格はすらりとしている筈だけど、ベッドに横になりながら教科書を広げている彼女のお腹はかなり膨らんでいて、自力で立ち上がるのは難しそうだ。だから彼女が立ち上がる時や歩くときは、俺やプリチェットが手を貸さなければならない。
彼女のお腹の中には、俺たちの子供がいるのだから。
子供の名前を考えながら、俺はカレンが指差す単語を探し出して、それが何を意味する単語なのかを思い出す。
「…………リンゴ?」
「正解。じゃあこれは?」
「えーと…………犬?」
「正解。じゃあ次はこれ」
「んー…………お母さん?」
「せ、正解」
よし、少しずつ読めるようになってきたぞ。
「じゃあ、次は何か好きにオルトバルカ語で書いてみなさい。おかしな部分があったら直してあげるから」
「おう」
よし、書いてやる。この前こういう書き方はカレンから教わったばかりだからな。
書こうとしている文章に必要な単語を思い出しつつ、鉛筆で紙の上に少しずつ文字を書いていく。こっちを間見守っているカレンに向かってニヤリと笑いながら鉛筆をテーブルの上に置き、文章を書いた紙をカレンの座っているベッドの近くまで持っていくと、彼女はそれを受け取ってから眼鏡をそっと取った。
「ええと…………『私はカレンを愛してます』…………!?」
「どうだ? 合ってるか?」
昨日の夜、”愛”っていう単語は辞書で調べておいたんだよね。
俺が書いた文章を見ているカレンの顔がどんどん赤くなっていく。やがて彼女は紙をそっとベッドの上に置くと、顔を赤くしたまま俺の顔を見上げた。
「あ、合ってるわ…………完璧よ」
「よし!」
「そ、その…………わっ、私も………愛してるんだから」
「分かってるって」
彼女の隣に腰を下ろすと、カレンが俺の肩に寄り掛かってくる。彼女の頭を撫でていると、左腕をカレンの柔らかくて白い手がぎゅっと握った。
若い頃は「この変態ハーフエルフ!」って言いながらビンタしてきたカレンだけど、彼女は俺を奴隷としては扱わなかった。普通の貴族ならばハーフエルフを見るだけで薄汚い種族だと言いながら蔑むのが当たり前だというのに、ちゃんとして仲間として扱ってくれたのである。
最初に出会った頃は、俺は正直に言うとカレンの事をどうせ他の貴族だと同じだろうと思っていた。ハーフエルフの事を見下し、何かあれば躊躇なく置き去りにするような典型的な貴族なんだろうと思って信用していなかったんだが―――――――全くそんなことはなかったのである。
その後は一緒にモリガンで傭兵として戦いつつ、領主になるための試練のパートナーに俺を選んでくれたのだ。
今では妻となってくれた彼女と初めて出会った頃の事を思い出しながら、こんなにいい女を妻にできた自分は幸せ者だなと思った俺は、自分のお腹をそっと触り始めた彼女を微笑みながら見守る。
「名前、決まってる?」
「いえ、まだよ。…………でも、多分生まれてくるのは女の子だと思うの」
「え?」
フィオナちゃんの検査でも、お腹の中にいる子供の性別までは分からない。あくまでも生まれるのがいつ頃になるのかが分かる程度だ。
どうしてカレンがそう思ってるのか尋ねようと思ったが、実際に尋ねるよりも先に彼女の唇が俺の唇を奪っていた。
そのまま優しく妻を抱きしめつつ、彼女の頭を優しく撫でる。
そっと唇を話すと、カレンは顔を赤くしながら微笑んだ。
「ふふふっ…………私ね、とても幸せよ。あなたの妻になれて」
「俺も幸せだよ。結婚してくれてありがとな、カレン」
「ええ。…………ごめんなさいね、いつも仕事を任せちゃって」
「何言ってんだ。俺は身体の頑丈さが持ち味のハーフエルフだぜ? その程度じゃ壊れねえって」
カレンと結婚できたのは本当に幸せだ。彼女は綺麗だし、ハーフエルフである俺のことも大切に扱ってくれる心優しい女性なのだから。しかも他の貴族と違って貧民や奴隷を見下すことはなく、常に彼らを救うための手段を探し続けている。
だから俺は何があっても彼女を支えるのだ。身体が頑丈なのだから、いざという時は彼女の盾にもなってやる。
全身全霊で、彼女を守って見せる。カレンは俺の大切な存在なのだから。
普段はカレンの代わりに仕事をするのが殆どだ。しかも彼女の仕事は会議だけではなく、エイナ・ドルレアンの領内にある街の住民たちから送られてくる要望に目を通して政策に反映したり、エイナ・ドルレアンの議会で審議される法案の承認も行わなければならない。
カレンが直接目を通さなければならないような書類は彼女に確認してもらっているが、それ以外の書類は俺がチェックすることになっている。とはいえ読み書きができないため書類はただの意味不明な単語の羅列でしかない。
そのため、申し訳ないが近くでプリチェットに大切な部分だけを朗読してもらい、それで内容を把握して判断している。
プリチェットがいない時は他の読み書きができる執事やメイドに朗読してもらうし、彼らが仕事で手が離せないならばカレンから教えてもらったことをメモした手帳を持って仕事をするようにしている。もちろんそれでも分からない単語はあるし、仕事のスピードは急激に下がる。
せめて書類の数が少ないのならば問題はないのだが…………目の前に積み上げられた書類の塔を見ると、本当にこれがカレンがいつもやっている仕事の一部なのだろうかと思ってしまう。
何だよこれ。この書類で街の防壁をもう1つ作れるんじゃないだろうか。
「で、プリチェット。こっちは?」
「ええと、水路ですね。数日前の大雨で村の用水路が滅茶苦茶になってしまったので復旧してほしいそうです。この村は農作物を多く出荷していますから、最優先で整備した方が良さそうですね」
「うーん、確かにな。農作物の量が減ると大打撃だからなぁ…………よし、承認しておこう。次は?」
「ダンジョンの中から迷い出てくる魔物の数が増えているそうですので、駐留する騎士の数を増量してほしいそうです。こちらは騎士団からですね」
「分かった。足りない分は私兵で補うか…………あっ、そうだ。少し金はかかるがモリガンを頼れって伝えておいてくれるか?」
「了解です、旦那様」
へへへっ。これで旦那たちの仕事も増えるぞ。
最近は魔物の数も減り始めているから傭兵の仕事も減っている。相変わらず汚れ仕事は減らないらしいが、傭兵の仕事は魔物退治や商人の馬車の護衛が大半を占めているので、魔物の数が減ると必然的に傭兵の仕事は減ってしまうのだ。
おかげで傭兵ギルドの数は減り始めている。
しかも各国は魔物の数が減り始めていることを利用して、ダンジョンの調査に本腰を入れようとしているらしい。もし仮にそうなったら傭兵は一気に衰退し、逆に冒険者たちが主役になる時代がやってくるだろう。
きっとその頃は俺たちはおっさんかお爺さんだな。冒険者の時代を謳歌できるのは、きっと俺たちの子供になるに違いない。
もし俺とカレンの子供が冒険者になるって言い出したら、俺は全力で応援するつもりだ。とはいえドルレアン家の子供である以上はしっかり勉強して、カレンの後を継いで領主にならなければならないんだけど、冒険者という事は世界中を旅するという事だからな。きっといい経験になるだろう。
カレンが反対したら説得してみよう。彼女は強敵だけど、娘のためになるっていえばわかってくれる筈だ。
「よし、次は?」
「ネイリンゲンからです」
「お、珍しいな。要件は?」
「はい、読みますね。――――――”ギュンターへ。東洋の美味い酒を購入したので、後で飲みに来い”。モリガンの皆さんからです」
ん? 何かの要望じゃないのか?
プリチェットが読み上げた書類の内容が予想外だったので、びっくりしながら俺は思わず顔を上げてしまった。傍らで書類を持っているプリチェットはニヤニヤしながら書類をテーブルの上に置き、部屋の中を見渡す。
「旦那様、少しお休みになられたほうがよろしいのでは? 丁度いい機会ですし」
「でもさ…………この仕事やらないと、カレンたちが大変だろ?」
「ご心配なく。これくらいならば私兵の隊長をやっていた頃にも経験済みです。旦那様こそ、二週間も休息をとらずに働き続けているではありませんか。少し羽を伸ばすべきですよ」
「うーん…………じゃあ、少し頼んでもいいか?」
「はい、お任せください」
椅子から立ち上がると、プリチェットは俺にお辞儀をしてから席に腰を下ろした。お気に入りの眼鏡をかけ直してペンを手に取り、無数の書類の山の中から数枚の書類を手に取る。
部屋を出る前に振り向いた俺は、ニヤニヤしながら彼に問いかけた。
「土産は旦那が仕留めた鹿の肉でいいよな?」
プリチェットの奴、鹿の肉が好きらしいからな。
そう提案すると、顔を上げたプリチェットが笑った。
「ええ。大きい奴を貰っていただけると助かります、旦那様」
「はいはい。できるだけでっかい奴を持って帰るから楽しみにしてろよ」
仕事を引き受けてくれた側近にそう言ってから、俺はエイナ・ドルレアンの屋敷を後にするのだった。