異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる 作:往復ミサイル
この世界には、はっきり言うと前世の世界のように娯楽がたくさんあるわけではない。
全く娯楽のないつまらない世界だと言うつもりはない。もちろん娯楽はあるけれど、俺たちが好む娯楽と言えば書店で販売されているマンガやラノベくらいだろうか。もちろんそれも面白いのだけれど、科学力がこの世界よりもはるかに発展した前世の世界でアニメやオンラインゲームを楽しみながら過ごしていれば―――――――すぐに飽きてしまう。
幸い銃の試し撃ちはいつでもできるし、前世の世界には存在しなかった魔術も使えるから、そういった”異世界の常識”を体験する楽しみはある。けれどもどうしても前世の娯楽が恋しくなってしまうのだ。
メニュー画面を開き、歩きながら画面をタッチしてため息をつく。このメニュー画面を使って転生者同士でオンラインゲームがプレイできたり、アニメを見れるような昨日はアップデートで追加されたりしないのだろうか? もしこの能力を作り出した調本がいるというのならばちょっとそういう機能を追加してほしいものである。
そう思いつつ、自分のステータスを確認してからメニュー画面を閉じ、自室の前へと向かう。要塞の中のどこかへと通じているパイプやケーブルが剥き出しになり、いたるところにバルブや圧力計が取り付けられた廊下を包み、いつも目にしている自室の扉を開ける。
シンプルなキッチンと浴室のついたまるでホテルの部屋のような自室へと足を踏み入れてから、扉を閉めて上着を脱ぐ。いつもなら上着を脱ぐ前に腹違いの姉が抱き着いてきたり甘えてくるので、このコートを脱いでネクタイを取るだけでも姉の妨害と誘惑が原因で30分くらいもかかってしまうのが当たり前だ。だから今日はやけにスムーズに上着を脱ぐことができた。
でも、今日はそのお姉ちゃんがいない。ベッドの隣に置いてある棺桶の中には毛布が敷いてあるだけで、その中で寝息を立てていた筈の吸血鬼の少女も見当たらない。
イリナは夜間の警備のため、警備班の兵士たちと一緒に検問所の方に行っている。ラウラも狙撃手部隊の育成のため、砂漠まで魔物の討伐で出払っているので、今夜は1人だ。
なんだか寂しいなあぁ…………。いつもお姉ちゃんが甘えてくるのを楽しみにしてたのに…………。
脱いだコートを壁にかけ、部屋の中に置いてあるソファに腰を下ろす。ちらりと壁にかけてある時計を見て時間を確認してから、俺は目の前の小さなテーブルに置いてある奇妙な物体へと手を伸ばす。
まるで木材の中から切り出して作った木製の箱にも見えるが、その表面にはスイッチやダイヤルのようなものが埋め込まれているのが見える。その箱の側面にはしっかりとモリガン・カンパニーのロゴマークが描かれており、あの世界規模の超巨大企業で開発された製品だという事を意味していた。
部屋に戻る度に甘えてくるお姉ちゃんも楽しみだけど、最近は”これ”も楽しみの1つとなった。
ニヤニヤしながらそれの表面に埋め込まれているスイッチを押し、ダイヤルを少しばかり回すと―――――――ノイズのような音が部屋の中に響き始めたかと思いきや、やがてそのノイズが人間の声へと変貌していき、この世界に生まれ変わってからはすっかり聞き慣れてしまったオルトバルカ語で話す女性の声を形成する。
『――――――タンプル搭の住民の皆さん、明日は射撃訓練の日です。住民の皆さんには1人につき1丁の銃の所持と、一週間に一度の射撃訓練が義務付けられています。割り当てられた訓練場へ、所有する銃器を持参してお越しください』
いきなりノイズと女性の声を響かせ始めたこの物体は―――――――フィオナちゃんが開発したばかりの、”異世界の技術で作られたラジオ”である。
俺たちが幼い頃にカメラを開発したフィオナちゃんが、ついにラジオまで作り上げてしまったのである。
動力源はもちろんフィオナ機関。とはいえ連射の機関車に搭載するのがやっとだった初期型のように大きなものではなく、虫かご程度の大きさの箱の中に収められるほど小型化された最新型だ。スイッチを押しつつ魔力をほんの少しだけ流し込むことによって、注入された魔力がフィオナ機関へと送り届けられ、内部で加圧されるわけだ。そしてその加圧された魔力を使って、放送局から発せられる音声を受信するという原理である。
放送局からの音声の送信は、かつて一度廃れ、ノエルの母であるミラさんが蘇らせた音響魔術を応用した技術で送信しているのだという。フィオナちゃんが一緒に発明した送信機に向かって音響魔術とマイクを使う事により、その音声を発信することができるらしい。
とはいえまだ実用化されたばかりだし、送信できる距離も前世の世界のラジオよりもはるかに短い。すぐ近くにある送信局からの音声は難なく受信できるけど、さすがにここからオルトバルカにある送信局の音声を受信するのは不可能なのである。
製造するためにコストがかかってしまうため、値段は一般的な労働者の年収に匹敵するほど高い。貴族や領主なら躊躇いなく手を出せる値段だけど、さすがに庶民には辛い金額なのだという。
ちなみにこのラジオは、親父たちがこの世界で初めてラジオが発明された記念に無償で送ってくれた。しかもコストがかかるにもかかわらず、タンプル搭に住んでいる住民全員分をオルトバルカからヘリで空輸してくれたのである。
もちろんこれ以上必要になるのであれば購入することになるから、そこはテンプル騎士団の資金を考慮する必要がありそうだ。
『ではタンプル搭の皆さん、おやすみなさい』
さて、そろそろ”あれ”が始まるな。
タンプル搭にも急遽送信局を設立し、ラジオを使って住民たちや兵士たちに放送するための人員も決めてある。普段はテンプル騎士団の兵士たちがあげた戦果やニュースを放送しているのだが―――――――毎週日曜日の夜10時から、住民たちだけでなく兵士たちからも絶大な人気を誇る放送が始まるのである。
ニュースも終わったし、そろそろだな…………。
もちろん俺も楽しみにしている。ちらちらと時計を見上げながら秒針が進むのを待ち続け、息を呑む。
そして、ついに楽しみにしていた放送が始まる。
『―――――――タンプル搭の皆さん、こんばんわ! ”ラジオ・タンプル”の時間です!』
「はははっ」
よし、始まった!
ラジオの向こうから聞こえてくるナタリアの声を聴きながら、俺はニヤニヤし始める。
『Guten Abend|(こんばんわ)! シュタージ所属のクランですっ♪』
『はい、今週も私とクランちゃんの2人でお送りいたします!』
こういうのを放送したいと言い出したのは、シュタージのクランの方である。
ラジオをモリガン・カンパニーからプレゼントされ、向こうの技術者に指導してもらいながら放送局を用意したのはいい。でも、放送しているのがいつもニュースばかりでワンパターンになりつつあったので、娯楽になるような放送をするべきだとクランが提案してくれたのである。
どうやらナタリアも同じことを考えていたらしく、その提案は円卓の騎士たちの会議ですぐに承認された。
その方が住民も喜ぶだろうし、戦場で命懸けで戦っている兵士たちにも可能な限り多くの娯楽が必要だ。戦場の真っ只中にいるだけでかなりのストレスがたまるのだから、それを和らげる必要がある。
2人の意見はやはり正しかったらしく、まだ3回しか放送していないにもかかわらず、この2人が放送するラジオ・タンプルはあっという間に大人気となり、放送局には住民や兵士たちからのファンレターが殺到したという。中には戦車や装甲車だけでなく、戦闘ヘリや爆撃機の機内にラジオを持ち込んで、この放送を耳にする兵士もいるほどらしい。
『クランちゃん、ついさっきまで仕事だったんでしょ? 大丈夫?』
『大丈夫よ。私もこれを放送できるの楽しみにしてるから、すぐに書類を片付けてすっ飛んできたの♪』
『元気だなぁ…………クランちゃんみたいに元気になるコツってある?』
『んー…………私はケーターに支えられてるからかなぁ?』
いつも仲良いからなぁ。
『さて、そろそろ進めちゃいましょう!』
『はい、では今週の”こんな奴は粛清だ!”のコーナーです!』
ああ、このコーナー大好きなんだよね。
一番最初の放送はナタリアとクランが色々とトークするだけだったんだが、二回目の放送でこのコーナーが産声を上げた。
要するに、”相手を粛清したくなってしまうような体験談”を紹介するコーナーである。タイトルが物騒だけど、これ考えたの俺じゃないからね。
『ええと、一番最初は…………ペンネーム”鉄パイプ愛好家”さんからです。ええと、《今朝、愛用の鉄パイプを勝手に廃棄処分されてテンションが下がってます。確かに戦場で使うものですから汚れてますし、それをただ部屋の中に置いておいたのは悪いかもしれませんが、あれは数多の戦場で私の命を救ってくれた大切な相棒だったのです。酷すぎますよね!?》…………あー、可哀そうですね、これは』
『大事なものを捨てられたわけじゃないんだけど、
『うん、私もタクヤにクッキーを食べられちゃったことあるから分かるわ』
あっ、あのクッキー…………あれナタリアのやつだったのか…………。
ラジオを聴きながら冷や汗を拭い去りつつ、ちらりと鏡を見てみる。テーブルの上に置いてある小さな手鏡に映っている俺の顔は、やっぱり青くなっていた。
ごめんなさい、ナタリアさん。
『あら、酷いわね』
『タクヤ、後で部屋で待ってなさい』
ひぃっ!?
な、なんかラジオの向こうからマガジンを装着する音が聞こえてきたんだけど、まさか銃の準備してるわけじゃないよね!?
も、もしかして粛清する気か…………!?
『でも鉄パイプなら工房に行けば簡単に手に入りますし、落ち込まないでくださいね』
『では、次ですね。ええと、ペンネーム”貧乳機関銃”さんからです』
ちょっと待て、なんだそのペンネーム。
貧乳機関銃…………? もしかしてステラか? 機関銃を使うのはあいつだし、胸の大きさを気にしてたからなぁ…………。もしかして彼女以外で機関銃を使う女性の兵士かもしれないけど。
ちなみにテンプル騎士団の兵士の中には、ちゃんと女性もいる。中にはショットガンで敵の群れの中に真っ先に突っ込んで行く猛者もいるという。
『《この前、私の仲間が女の子になりました》…………なんだか聞き覚えがあるわね』
俺の事じゃん!
『《女の子になったばかりだというのに、私よりも胸が大きかったです。それどころかナタリアよりもちょっと大きかったです。あれはどういうことですか? ぜひ粛清したいです!》…………クランちゃん、私そいつ知ってる』
『うん、私もこいつ知ってるわ』
だから俺の事じゃん! 前にウィッチアップル食って性別を変える能力を身につけちまった時の事だろ!?
何だよ今回の放送は。2回も粛清されんの!?
『実はね、女の子になった彼を見た時、私もちょっと危機感を感じてたの。結構大きかったし』
『え、そうなの!?』
『ええ。さすがにラウラくらいのサイズじゃないけど』
『…………と、とりあえず、胸の話はここまでにしておきましょう』
『それにしてもラウラのおっぱいって大きいわよねぇ。なんだか羨ましいなぁ』
『クランちゃん!?』
少しラジオの音量を下げてから、体内の魔力の濃度を変えていく。ウィッチアップルから吸収する羽目になった魔力の濃度が上がっていくにつれて、身長が少しばかり縮み始めたかと思うと、反比例するかのように胸がどんどん膨らみ始める。
た、確かに割と大きいよな…………。重巡洋艦ナタリアよりは大きいかも。
とりあえず無言で魔力の濃度を元に戻し、本来の姿に戻っておこう。
『次は、ペンネーム”変態★ガスマスク”さんからです』
木村じゃないの?
『ええと、《ガスマスクは取らなきゃダメですか? 私はあのデザインが大好きなのですが…………》』
『正直に言うと、ガスマスクを怖がる人もいるからタンプル搭にいる時くらいは外した方が好ましいわ。で、ナタリアちゃん。次は?』
『え、コメントそれだけ!?』
『だってこれしか言いようがないもの♪』
『ええと…………ペンネーム”ニコライ4”さんからですね。《最近みんながコールサインで呼んでくれません。コールサインではなく本名で呼ぶ人もいるのですが、さすがに作戦中に本名で呼ばれるのは拙いですよね。どうすればいいですか?》…………これは大変ですね』
『そうねぇ…………本名を呼んだ人を粛正するとか?』
『ねえ、もっと平和な解決策にしない?』
やめろよ…………本名で呼ぶたびに粛清したら大変なことになるわ。
『あ、いい事思い付いた! いっそのこと本名の方を変えるとか!?』
『それも大変だと思うんだけど…………。ええと、ニコライ4さん。落ち込まないで地道に頑張ってみてください。もしそれでも無理だと判断したら、遠慮なく上層部の方に直接相談に来てください』
『あ、シュタージでもいいわよ。きっと懐に拳銃を装備したエージェントが解決してくれるわ♪』
『弾丸で!?』
笑いながらソファーに寄り掛かり、近くに置いてあったスコーンを拾い上げて口へと運ぶ。
いつもならもうシャワーを浴びてる時間だけど、今夜はこれが終わるまでここで放送を聞いてよう。そう思いながら俺は、ラジオの向こうから聞こえてくる2人の少女のトークを聴き続けるのだった。
「お先に失礼しまーす」
「はーい、お疲れ様ー」
ふー…………。とりあえず、今週の放送は何とか終わったわね。
放送局のドアを開け、外に置いておいた自分の黒い規格帽をかぶってから放送局を後にする。第5居住区の下層部にある放送局を離れてエレベーターに乗った私は、壁に寄り掛かりながら息を吐いた。
ええと、確か明日は住民の射撃訓練があるからそれの指導もしないといけないし、まだ片付けなければならない書類や会議で提案された議案が残っていたからそれも何とかしないと。忙しいわねぇ…………。
エレベーターで第1居住区まで上がり、そのまま通路を通って自室へと向かう。通路ですれ違った兵士たちに敬礼すると、「放送お疲れさまでした!」って声をかけられちゃった。
微笑みながら「聴いてくれてありがとう♪」って返事をして、自室の前へと向かう。団員に与えられる部屋には必ず鍵がついているんだけど、部屋の中に誰かいるからなのか、いつも私とカノンちゃんとステラちゃんが生活している部屋のドアにカギはかかっていない。
ため息をつきつつドアノブを捻り、部屋の中へと入る。
夕食は食べたんだけど、放送で疲れたからなのか、ちょっとお腹が空いたわ…………。お菓子でも残ってないかしら?
そう思いながらキッチンに向かったけれど、大食いのステラちゃんがいる時点でお菓子が生存している可能性はかなり低い。あの子、魔力を吸収しない限り満腹感を感じられない体質だから、いつまでも食べ続けちゃうのよね。
冷蔵庫の中にはやっぱり何も残っていない。そろそろ街まで買い出しに行くべきかなと思いつつテーブルの上を見た私は、見慣れない小包が置いてあることに気付いた。傍らには手紙も置いてある。
「…………なにこれ?」
小包を開けてみると―――――――美味しそうなバターの香りと共に、まだ温かさを纏うクッキーたちが顔を出した。
あれ? 誰か買ってきてくれたのかな?
そう思いながら、手紙の方をちらりと見る。
《ナタリアへ。この前は勝手にクッキーを食べちゃってごめんなさい。口に合うか分からないけど、手作りのやつで良ければ食べてください。それと放送お疲れ様。タクヤより》
「…………ふふっ」
あのバカ…………。
仕方ないわね。取っておいたやつよりも美味しそうなクッキーだし、これで許してあげようかな。それにタクヤの手作りだから多分美味しい筈だし。
クッキーの入った小包を見下ろしながら微笑んだ私は、彼の事を思い浮かべながらクッキーを口へと運ぶ。
やっぱり、タクヤに食べられたやつよりも美味しいわね。甘さは控えめだからジャムを付けても合うと思うし、作ったばかりなのかまだ温かい。それに歯ごたえもしっかりしてる。
うん、許してあげよう。
そう思いながら、私は2つ目のクッキーへと手を伸ばしていた。