異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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秘密

 

 

「ここが?」

 

「ええ、そうよ…………まだ覚えてるもの」

 

 彼女もこの街で生まれ育った1人だ。傭兵ギルドが数多く存在し、更に”最強の傭兵ギルド”と呼ばれたモリガンの屋敷まで存在していたため、”傭兵の街”と呼ばれたこのネイリンゲンで、数多の傭兵たちの話―――――――多分大半はモリガンだろう―――――――を聴きながら、この街が壊滅するまでその家に住んでいたのだろう。

 

 とはいえ、ナタリアは俺たちと同い年。つまりネイリンゲンに住んでいたのは3歳の時までで、それ以降は生存者を全員受け入れたエイナ・ドルレアンで育ったということになる。幼少の頃に3年だけ住んでいたのだから、より大きな街であるエイナ・ドルレアンでの生活と比べれば希薄な記憶なのかもしれない。

 

 そういえば、俺たちが幼少の頃に住んでいたあの森の中の家はまだ残っているだろうか。ネイリンゲンの郊外にある小さな森の中に建てられた家の事を思い出しながら、ベリルと一緒に出現した予備のマガジンをポーチへと突っ込み、PL-14にサプレッサーを装着する。

 

 多分、あの森もこの大気流の影響を受けているだろうな…………。

 

 完全に荒れ地と化したネイリンゲンの周辺の草原だった場所を思い出しながら、俺はそう思った。緑と青しか存在しない開放的な草原が、この猛烈な大気流によって殺風景で禍々しい荒地と化してしまったのだから、あの森が影響を受けていないわけがない。

 

 きっと魔物が入り込んでいるか、大気流の影響で住めない状態になっている筈だ。木製のドアが外れ、家族と一緒に食事を摂っていたリビングが砂まみれになっている光景を想像しているうちに、ネイリンゲンを今でも蹂躙し続けている大気流によって飛ばされていく砂塵や小石が装甲に当たる音が、段々と小さくなっていくのが分かった。

 

 大気流の風圧で吹っ飛ばされた小石やレンガの破片は、ちょっとした弾丸だ。それゆえに装甲に命中すると、まるで弾丸が重厚な装甲に弾かれて跳弾するかのような音を奏でるから、命中したのは小石かレンガだという事がすぐに分かる。

 

 その2つは周囲に数えきれないほど転がっている。風の影響で地面が抉られたことによって顔を出した小石や、かつては建物の一部だったレンガの破片が、まるで傷口を塞ごうとする瘡蓋(かさぶた)のように地面を覆っている。

 

 大気流の風圧が強烈になれば、まるでその小石やレンガの破片たちがマシンガンの掃射のように飛来するのだから、それが小さくなったり、装甲に当たる回数が減っていくという事は、大気流の風圧が段々と弱まりつつあるという事を意味する。

 

『こちらシュタージ』

 

「どうぞ」

 

『大気流の風圧が急激に低下中。現在レベル2………………たった今レベル1まで低下。観測によれば、あと2時間はレベル1から2の状態が維持されると思われる』

 

「了解(ダー)、シュタージ」

 

 ほらな。

 

 とはいえ、さっきみたいにいきなり風圧のレベルが上がって吹っ飛ばされるのはごめんだ。しっかり観測してくれよ、シュタージ。

 

「さてと。同志諸君、そろそろ出かけよう」

 

「ええ」

 

 まず調べるべきなのは、すぐ近くにあるナタリアの実家だろうか。とはいえ彼女の家の中に天秤があるとは思えないが、ネイリンゲンのどこに天秤があるか分からない以上、関係のなさそうな民家の残骸もしっかりと調べておかなければならない。

 

「家庭訪問だな」

 

「ふふっ、私は15年ぶりの帰宅ね」

 

 きっと家の中は砂が入り込んで滅茶苦茶になってるだろうけどな。

 

 そう思いながら砲塔の上にあるハッチを開け、一番最初に戦車の外へと躍り出る。砂塵と小石でざらざらしている砲塔の上から滑り降り、地面に着地すると同時に背負っていたベリルを構えて周囲を警戒。建物の中に潜んでいる魔物や、穴を掘って”シェルター”代わりにしていた魔物に襲われないか、仲間が降りてくる前にしっかりと確認しておく。

 

 戦車の周囲に魔物がいないことを確認してから、ハッチから顔を出していたラウラに向かって頷く。真面目な表情になった彼女も同じように頷くと、狭いオブイェークト279の砲塔の中から躍り出て、サプレッサー付きのPP-2000を構えた。

 

 彼女のエコーロケーションなら容易く敵の索敵ができるのだが、索敵範囲を広げれば広げるほど精度は落ちるし、周囲を舞う砂塵のせいで超音波が攪乱されてしまうらしく、索敵可能な範囲はいつもよりも狭くなってしまっている。

 

 しかも彼女のエコーロケーションは、天秤を効率よく探すための手段である。できるだけ無駄使いはさせたくないものだ。

 

 戦車から降りてきたナタリアもPP-2000を構えるが、目の前に建つかつての実家を目の当たりにした瞬間、ほんの少しだけ笑みを浮かべた。

 

「…………随分壊れてるわね」

 

「大気流の中にずっと放置されてたんだからな」

 

 核爆発に匹敵するレベル5の風圧でも、ナタリアの実家だった建物は辛うじて原形を留めていた。

 

 従来の伝統的な建築様式が薄れ始めた産業革命以降に建てられた建物ではないため、15年間もこんな暴風に晒され続けていた目の前の建物は、産業革命以前の主流だったオルトバルカの伝統的な建築様式の建物とあまり変わらない。

 

 産業革命によって生まれた耐久性の高いレンガや金属を使用しない、伝統的なレンガと木で作られた古い家の壁にはいたるところに穴が開いており、屋根にもまるで巨人が巨大な手で抉り取っていったかのような穴が開いているのが見える。入り口のドアにはレンガの破片や木片がいくつも突き刺さっており、一般的な民家の扉とは思えないほど禍々しいデザインに作り替えられていた。

 

 壁に開いた穴からは、リビングと思われる空間や、誰かの寝室―――――――――おそらくナタリアの両親が使っていた寝室だろう―――――――――が覗いており、穴から入り込んだ無数の砂塵や周囲の小さな瓦礫によって台無しにされている。

 

 俺たちの家もこんな感じになっちゃったのかな…………?

 

「ねえ、タクヤ」

 

「ん?」

 

「あんたって、嗅覚が鋭いのよね?」

 

「ああ、犬よりも多分鋭いぞ?」

 

 その気になれば、30人から40人くらいの人数までならば1人1人の体臭を嗅ぎ分けることもできるし、その中から1人がこっそり逃げ出したとしても、その体臭を嗅いで追跡する自信はある。というより、俺の嗅覚がラウラよりも発達していることを見抜いた親父によってそのような訓練を受けさせられたので、臭いを索敵に活用するのはお手の物だ。

 

 ニヤリと笑いながら答えると、ナタリアは左手をPP-2000のフォアグリップから離して、頭の上にかぶっている筈の規格帽をかぶり直そうとした。彼女はいつも規格帽か軍帽をかぶっているんだけど、さっき大気流で吹っ飛ばされたときにどこかに行ってしまったことにまだ気付いていなかったらしい。

 

 気付いていなかったことが恥ずかしかったのか、一瞬だけ恥ずかしそうな顔をするナタリア。俺から目を逸らした彼女は、息を吐いてから質問する。

 

「じゃあ、家の中から何の匂いがする?」

 

「うーん…………ナタリアの匂い?」

 

「なにそれ」

 

 正直に言うと、8割が砂埃とカビの臭いが混ざり合った凄まじい臭いだ。あまりこの臭いは嗅ぎたくないな。ダンジョンとか廃墟の中で散々嗅いだ臭いだから、はっきり言って飽きてしまった。

 

 うんざりする臭いだ。

 

「ち、ちなみに、私の匂いってどんな匂い?」

 

「そうだなぁ…………ラウラの匂いほど甘くはないかな? なんだかツンツンした感じ?」

 

「刺激臭ってこと!?」

 

「い、いや、そういう意味じゃねえって!」

 

 そんな失礼なこと言うわけねえだろ!? 

 

 というか、匂いって表現しにくいんだよ! 

 

「ええと―――――――――――あ、甘酸っぱい匂い…………?」

 

「えっ?」

 

 ああ、こんな感じだ。

 

「花の匂いみたいな甘い香りだけど、しっかりしているというか…………ナタリアらしい匂いだよ」

 

「そ、そうかしら…………?」

 

「ああ。いい匂いがする」

 

「…………変態キメラ」

 

「えぇ!?」

 

 何でだよぉ!? 

 

「えへへへっ。お姉ちゃんはタクヤが変態でも大好きだよっ♪」

 

 お姉ちゃん、部屋に戻ったら思い切り甘えさせてください。

 

 あのね、俺は嗅覚が発達してるだけだからね? 変態じゃないよ?

 

 そう言いたかったが、先ほどまで少しばかり顔を赤くしていたナタリアが真面目な表情に戻っていたのを目にしてから、俺も同じようにそういうことを考えるのは後回しにする。

 

 ここはダンジョンの中だ。環境は最悪で、魔物も凶悪。はっきり言うと人間が住む地域に適しているとは言えない。かつては人間が住んでいた場所だというのに、今ではもう人間を寄せ付けない危険な場所と化しているのだから。

 

 油断すれば死ぬ。適当に警戒していれば魔物に不意打ちされるし、油断すればダンジョンの危険な環境で命を落とす。先ほど吹っ飛ばされた時は片足の骨を折った程度で済んだが、着地した場所がもし魔物の巣のど真ん中だったら、とっくに俺は食い殺されていた筈だ。危うくゴブリン共に食い殺されるところだったけどね。

 

 ちなみに、ゴブリンのオスはよく人間やエルフの女性を襲う事があるという。特に発情期のゴブリンは男性を無視して女性を最優先で襲い、そのまま犯してしまうケースも存在する。

 

 確かゴブリンの発情期は2月から3月下旬まで。今は3月上旬だから、ゴブリンたちは発情期というわけだ。

 

 …………あ、危ないじゃん。

 

 というか、あの倉庫の中で襲い掛かってきたゴブリン共は、もしかしたら俺の事を食い殺すのではなく犯そうとしていたのではないだろうか。

 

 なんだかカノンの奴は大喜びしそうだなぁ。こんな話をしたら、こっそりと成人向けのマンガを自分で書いてしまうかもしれないから、この話は絶対にしないことにしよう。というか、身内にも絶対してたまるか。

 

「ゴライアスはここで待機。気流がヤバくなったらナタリアの家を有効活用させてもらう」

 

「はぁ!? 何それ!?」

 

『了解(ダー)。私たちもお邪魔していい?』

 

「イリナちゃん!?」

 

「冗談だって。何かあったらすぐ知らせてくれ」

 

『了解(ダー)』

 

 よし。

 

 通信を終えてから、ベリルを破片の刺さった禍々しいドアへと向ける。きっとネイリンゲンが壊滅する前は、開放的な田舎の街に佇む伝統的なデザインの民家だったのだろう。こんな廃墟と化す前の街の風景を思い浮かべながら、きっとあの事件さえなければここはまだナタリアの”家”だった筈だと思った俺は、溜息をついてからドアを睨みつけた。

 

 無駄だ、そんなことを思い浮かべようとしても。

 

 結局俺たちが21年前にタイムスリップし、親父たちにこのネイリンゲンが壊滅することを教えたにもかかわらず、この”傭兵の街”は壊滅した。最強の傭兵ギルドと言われた少数精鋭の傭兵たちですら、ネイリンゲンが壊滅し、ダンジョンと化すという悲惨な運命を変えられなかったのだ。

 

 どれだけ立派な武器で武装しても、変えられないものはあるのである。

 

 仲間たちに合図してから、俺はドアノブへと手を伸ばそうとして、その手をぴたりと止める。隣にいたナタリアが問いかけるよりも先に、隣にいるラウラはどうして俺がドアを開けなかったかを悟ったらしい。

 

 ―――――――カビと砂埃の臭いに紛れ込んだ、魔物の体臭。

 

 汗と血肉と腐臭を混ぜ合わせたグロテスクな悪臭が、微かに廃墟の中を満たす砂埃の臭いに紛れ込んで、壁の穴から一緒に漏れ出し、俺の鼻孔へと流れついたらしい。

 

 おそらくこの体臭の薄さだと、家の中にいるのは1体程度だろう。魔物の種類は不明だが、一般的な家の廃墟の中に潜んでいるという事は、少なくとも身長は常人と変わらないか、それよりも小さい。ここに生息する魔物の中でそれくらいのサイズなのは、ゴブリンだけだ。

 

 お出迎えか。

 

 さっそくベリルの5.56mm弾をプレゼントしてやろうと思ったけど、残念ながらこいつにサプレッサーを付けていなかった。さっきみたいに銃声で魔物を刺激し、包囲されるのはごめんだ。大人しくポイントを消費してサプレッサーを付けるか、あらかじめサプレッサーを付けておいた愛用のPL-14をぶっ放すか、刀身とグリップを少しばかり延長した改造型のスペツナズ・ナイフでとっとと始末するしかない。

 

 さて、どれにしようかな。

 

「タクヤ、位置は分かる?」

 

「玄関のドアのすぐ裏。多分ゴブリン」

 

「…………」

 

 すると、ナタリアがこっちを見つめながら頷いた。

 

 幼少の頃だけとはいえ、自分が生活していた実家の中に住み着いている魔物が許せないのだろう。グリップを握っている両手に力を込めてからその力を抜き、息を吐いてから再びドアを見つめるナタリア。オープンタイプのドットサイトを覗き込む彼女の目つきは、明らかにいつもよりも鋭い。

 

 では、彼女に仕留めてもらおうか。

 

 ラウラに目配せし、何とか原形を留めている金属製のドアノブに手をかけたまま、ナタリアに道を譲るようにドアの左側へと移動する。ラウラも利き手である左手でセレクターレバーをフルオートに切り替えつつ、ドアの真正面に立つナタリアをバックアップする準備をする。

 

 はっきり言うと、この3人の中で練度が一番低いのは彼女だ。銃などの現代兵器の扱い方は知っているとはいえ、実際にそれを扱った時間は俺たちに大きく劣る。

 

 経験はかなり大きな武器になるからな。

 

 けれども、彼女に「俺が代わりに突入する」と言うつもりはなかった。

 

 銃を構えるナタリアに目配せして、彼女が完全に準備を終えた瞬間に、俺は壊れかけのドアノブを捻ってから思い切り建物の内側へと押し込んだ。15年ぶりにかつてここに住んでいた少女を迎え入れることになった家のドアは、軋む音と床に転がる小さな破片や瓦礫を跳ね飛ばす音を奏でながら内側へと進んでいき、玄関で俺たちを待ち構えていた馬鹿なゴブリンの眉間を問答無用で打ち据える。

 

 ごつん、と人間の頭を板で殴りつけたような音と、不意打ちされたゴブリンの悲鳴。その後に飛び込んでいったのは、サプレッサー付きのSMG(サブマシンガン)が吐き出した9mm弾の無慈悲な弾幕だった。

 

『ギィッ――――――――――』

 

 独特な声を発しながら、ナタリアの逆鱗に触れてしまった哀れなゴブリンが崩れ落ちる音がする。微かなゴブリンの体臭と砂埃の臭いの中に鮮血の臭いが溶け込み、嗅ぎ慣れた臭いへと変貌したのを知った俺は、すぐにベリルを家の中へと向けた。

 

 やっぱり、玄関には蜂の巣にされたゴブリンが倒れていた。胸板に数発と下顎に2発分の風穴があり、眉間と脳天の間に3つほど風穴が縦に並んでいるのが分かる。

 

 胸板だけでも十分なのに、頭にもぶち込んだのか。

 

「…………………なあ、これはナタリアのお母さんじゃないよな?」

 

「当たり前よ。私のママは金髪だし、もっと身長も高いわ」

 

「あ、そういえばナタリアちゃんのお母さんってどんな人なの?」

 

 構えていたPP-2000を下したナタリアは、苦笑いしながら答えた。

 

「私はよくママに間違われるの」

 

「そんなに似てるの?」

 

「ええ」

 

 俺と同じじゃん。

 

 なるほどね、ナタリアはお母さんに似てるのか。どんな人なんだろう? いつか会ってみたいな。

 

「さあ、早く天秤を見つけて帰りましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナタリアの実家の中は、荒れ果てていることを除けばごく普通の伝統的な民家と同じだ。木とレンガで作られたオルトバルカ王国の伝統的な建物で、2階建てになっている。1階はリビングとキッチンと浴室―――――――――産業革命以前の建物であるため水道はない―――――――――とトイレがあり、2階には両親の寝室と子供部屋があるようだ。

 

 どの部屋も瓦礫や残骸の山と化しており、幼少期のナタリアが眠っていた小さなベッドは、完全に砂埃に覆われてしまっていた。

 

 かつての自分の家へと戻ってきたことを喜ぶナタリアと一緒に家の中を探し回ったのだが―――――――――1階と2階には、当たり前だが天秤らしきものは見当たらなかった。

 

 けれども、ラウラがエコーロケーションを使ってくれたことにより、俺たちはあるものを見つけることができた。

 

「―――――――家の中に、こんなものがあったなんて…………」

 

 リビングを探し回っていた俺とナタリアとラウラの3人の前に鎮座しているのは、下へと伸びる木製の階段。左右の壁にはランタンを引っかけるための錆び付いた金具があり、その階段の奥には、錆び付いたドアノブのついた金属製の扉がある。

 

 その入り口が隠れていたのは、砂塵を含んだ風が容赦なく流れ込むリビングで眠っていた、すっかり古びた本棚の裏側であった。

 

 そう、地下室である。

 

 ベリルに搭載したライトで通路を照らしつつ、下へと降りて扉のすぐ前へと向かう。ドアノブは完全に錆び付いており、捻ろうとしても微動だにしない。強引に捻ればポロリと取れてしまいそうだな。

 

 ドアには鍵がかかっている。当たり前だが、この中にこのドアの鍵を持っている者はいない。もちろん家の中にも、このドアを開けるための鍵と思われるものは存在しなかった。

 

 C4爆弾を設置して吹っ飛ばせば容易くこじ開けられそうだが、出来ればそういう事はしたくないな…………。

 

 15年も暴風に晒されていたせいで、ナタリアの家はかなりボロボロになっている。しかも地下で爆発物を使えば、瓦礫で生き埋めにされるのが関の山だ。3人で埋葬される死人の真似事はしたくない。

 

「鍵がない…………」

 

「ナタリアちゃん、鍵は持ってないよね?」

 

「持ってないわよ。―――――――あっ、ちょっと待って」

 

「どうした?」

 

 心当たりがあるのか?

 

「ええと…………小さい時の記憶だから、あまりあてにならないかもしれないけど…………ネイリンゲンからエイナ・ドルレアンに逃げた時、ママが何かの鍵を大切そうに持っていたの」

 

「まさか、その鍵がこの地下室のドアを開ける鍵か?」

 

「分からないけど…………多分そうかも。―――――――でも、ここに地下室があるなんて聞いたことがないわ。ママはどうして黙ってたのかしら…………」

 

 娘に知らせるわけにはいかない情報が、この扉の向こうにあるってことか。その情報が一体何なのかは分からないが、もし天秤に関するヒントやメサイアの天秤そのものであるのならば、何としても手に入れなければならない。

 

 爆発物は使えそうにないし、強引に突き破ろうとすれば時間がかかる。その間にまた大気流のレベルが上がったらかなり面倒なことになりそうだ。

 

「―――――――ナタリア、お前のお母さんはまだその鍵を持ってると思うか?」

 

「えっ? た、多分持ってると思うわよ? 大切な鍵みたいだし、捨てるとは思わないわ」

 

「タクヤ、どうするつもり?」

 

「…………今から、エイナ・ドルレアンまで取りに行けそうかな?」

 

 かなり無茶な事だ。一旦オブイェークト279で大気流の外まで送ってもらい、俺たちが本格的な旅を始めたばかりの頃に立ち寄ったエイナ・ドルレアンに逆戻りしなければならないのだから。

 

 もし仮にナタリアのお母さんから鍵を渡してもらえたとしても、この先に眠っているのが天秤や、天秤に関するヒントではない可能性もある。もし天秤に関係のないものが眠っているだけだったらただの時間の無駄だ。

 

「―――――――行ってみましょう」

 

「お、てっきりダメって言うと思ってたぞ」

 

「何言ってんのよ」

 

 PP-2000をホルスターに戻したナタリアは、胸を張りながらこっちを見上げた。

 

「ダンジョンを調べて、徹底的に解き明かすのが冒険者の使命でしょ?」

 

「―――――――ははははっ、確かにな」

 

 確かにそうだ。それが冒険者の存在意義なのだから。

 

「よし、一旦エイナ・ドルレアンに戻るか」

 

「ええ」

 

「ふにゅっ♪」

 

 錆び付いた扉を睨みつけながらそう言った俺は、仲間たちと共に踵を返し、今しがた降りてきた階段を上り始めた。

 

 

 

 

 

 

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