異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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真相と覚悟

 

「そんな…………天秤がそんな代物だったなんて…………」

 

 俺たちから天秤の正体を聞いた仲間たちは、やっぱり驚愕していた。

 

 彼女たちは、俺と同じく天秤を使って「人々が虐げられることのない平和な世界」を作るという目的があったからこそ、この旅に協力してくれていたのである。虐げられる人々がいなくなれば、世界中で苦しむ奴隷たちも完全に解放されるし、貴族や領主の圧政で虐げられ続けている農民たちも解放される。それにかつてサキュバスたちが経験した迫害や、人間が勝手に危険と判断した種族が絶滅させられることもなくなる。

 

 前世の世界ですら実現しなかった”完全な平和”が、天秤を求めるだけで手に入る筈だったのである。

 

 けれども天秤の正体は、願いを叶えるために同等の対価を必要とする危険な代物。金貨が100枚欲しいのであれば、その対価に金貨を100枚支払わなければ願いは決して敵わない。それゆえに、最終的には”プラマイゼロ”で終わってしまう。

 

 願いを叶えても、同等の対価を失うことになるため、結局願いが叶わなかったのと同じなのだ。

 

 天秤が伝承通りに手に入れた者の願いを叶えてくれると信じている冒険者は多いだろう。俺も、この正体を知るまではその中の1人だった。

 

「なるほど…………サキュバスの滅亡を食い止められなかった理由が、やっと分かりました」

 

 操縦士の座席に座っているステラが、溜息をついてからそう言った。

 

 かつてサキュバスたちは、滅亡寸前になっている同胞たちを救うために、一族の中で優秀な戦士たちを旅へと送り出し、その戦士たちに天秤を入手させ、天秤を使って滅亡寸前のサキュバスたちを救おうとしていた。しかし最終的に願いを叶えることはできず、重傷を負った戦士の生き残りが生還。ナギアラントに立て籠もっていたサキュバスたちは人類の総攻撃を受け、ステラ以外のサキュバスたちは皆殺しにされるという悲惨な結果になってしまう。

 

 きっと彼女にとって、戦士たちが天秤を見つけたにもかかわらず願いを叶えることができなかったのは、ずっと疑問だったのだろう。天秤を見つけて手に入れたのであれば、願いを叶えてもらうだけで一族の滅亡は回避できた筈なのだから。

 

 戦士たちが願いを叶えられなかった真相を知って納得したのか、イリナとカノンの2人と比べると、ステラは落ち着いていた。落ち着いていたというよりは、解くことができなかった難問の解き方を知って納得したような表情をしている。

 

「では、今後は天秤で願いを叶えるのではなく、危険な天秤を葬り去ることが目的になるのですわね?」

 

「そういうことだ。だから天秤を探し出すという目的は変わらない。…………最終的な結果はかなり変わるがな」

 

 人々が虐げられない世界を作るのは、間違いなく大変だろう。それを実現するためにはもっとテンプル騎士団を大きくして、世界規模で転生者やクソ野郎共の討伐を行えるようにしつつ、奴隷たちを受け入れて保護する必要がある。

 

 それに、エイナ・ドルレアンで活動するカノンの母のカレンさんたちによって、少しずつ奴隷たちを開放するべきだという意見も増えつつある。人々が虐げられることのない世界に生まれ変わるのは先になるかもしれないが、天秤に頼らなくても実現することはできる筈だ。

 

「タクヤ、到着しました。ナタリアの家です」

 

「よし、行くか」

 

 ナタリアの父親は、天秤を作り上げたヴィクター・フランケンシュタイン氏の助手である『フリッツ・ブラスベルグ』の子孫。つまり俺たちの仲間であるナタリアは、天秤を作り上げた伝説の錬金術師の助手をしていた男の子孫というわけだ。

 

 伝説の錬金術師と共に天秤を作り上げた男が、この世界に”遺してしまった”メサイアの天秤。それを完全に封印するための研究をしていた男たちの成果が、ナタリアの家の地下室に眠っている。

 

 ベリルのセレクターレバーをフルオートに切り替え、俺は素早くオブイェークト279のハッチから躍り出た。今のところ大気流はずっとレベル1のままとなっており、カルガニスタンでも時折経験する砂嵐とそれほど規模は変わらない。飛んできた砂塵が目に入らないように気を付けながら周囲を警戒して合図すると、同じく戦車のハッチの中からナタリアとラウラも顔を出した。

 

「鍵は持ってるな?」

 

「ええ」

 

 PP-2000をホルスターから引き抜いたナタリアは、そう言いながらニヤリと笑った。

 

 3人で周囲を警戒しつつ、再びかつてのナタリアの実家へとお邪魔する。瓦礫の破片がいくつも突き刺さっているボロボロのドアを開け、家の中に入り込んでいたゴブリンの死体を蹴飛ばしてから、俺たちは地下室への入り口があったリビングへと進む。

 

 家の中へと入り込んだ砂塵で埋め尽くされたリビングの中を確認し、他にもゴブリンなどの小型の魔物が入り込んでいないか確認。ライトで照らしながら、傷だらけのソファの影やテーブルの後ろに魔物が潜んでいないことを確認してから、地下室の階段を降り始めた。

 

 ずっと大気流の暴風に晒され続けていた廃墟の地下に、やけに分厚い鋼鉄製の地下室のドアがずっと鎮座している。表面は錆び付き、ドアノブは完全にひしゃげていた。幸い、鍵穴は錆び付いているだけで済んでいるらしい。

 

 もしこの鍵でも開かなかったら、C4爆弾の爆発でこの建物が倒壊せずに済むか、ちょっとしたギャンブルでも始めようと思っていたのだが、ナタリアがエマさんから借りた地下室の鍵を使うと、長い間主人の研究成果を守り続けていた鋼鉄製のドアは、すんなりと俺たちに道を譲ってくれた。

 

 軋む音を奏で、表面にへばりついていた砂埃を払い落としながらゆっくりと開いていく巨大な扉。反射的にライトのついたベリルの銃口を地下室の向こうへと向け、魔物が入り込んでいないか確認してから仲間たちに頷く。

 

 鍵がなければ入れないような地下室に、鍵を使って扉を開けるという知能すら持たない魔物たちが入り込めるわけがないのだが、もしかしたらスライムのような魔物が入り込んでいる可能性もある。魔物には鍵のついた扉を開けられないのだから大丈夫だと高を括れば、隙間から入り込んでいたスライムに食い殺されるかもしれないのだ。

 

 はっきり言うと、俺は老衰以外で死ぬのはごめんだ。結婚してしっかりと子供を育て、孫たちや子供たちに看取られながら老衰で死ぬ以外の”死”は、全て俺にとってはバッドエンドに過ぎないのだから。

 

 それゆえに、つい用心深くなってしまう。

 

 けれども、やはり魔物の気配はない。嗅覚も駆使して魔物を探知してみるが、地下室の中から漂ってくるのは猛烈なカビや埃の臭いのみ。魔物の強烈な体臭は全くしない。

 

「ここが…………パパの研究室………?」

 

 魔物がいないことを確認したナタリアが、かつての自分の実家の地下に眠っていた地下室を見渡しながら呟く。

 

 ナタリアの父親が天秤の封印方法を研究していた地下室は、簡単に言えば理科室と図書館を融合させ、それの規模を一気に小さくしたような雰囲気だった。理科室に行けば目にすることのできるビーカーやフラスコがずらりと並び、立てられている試験管の中には長い間放置されていたせいで変色した薬品のようなものが入っている。埃まみれになったそれらと一緒に机の上を埋め尽くしているのは、辞書や図鑑を思わせる分厚い本や、複雑な数式が書かれたメモ用紙の山。実験器具と分厚い本でごちゃごちゃしているのは、錬金術師や魔術師の研究室では当たり前だという。

 

 ナタリアの父親も同じだ。まるで一般的な寝室くらいの広さの理科室に図書館から借りてきた分厚い本をぶちまけ、いたるところに色々な数式が書き込まれたメモ用紙を散乱させたような研究室の中へと足を踏み入れた俺たちは、銃を構えて警戒するのを止め、ランタンで部屋の中を照らしながら調査を開始する。

 

 天秤の封印方法をここで研究していたからなのか、天秤に関する情報は、ライトのスイッチを切ったベリルの銃口を下し、暗い地下室の中をランタンで照らしながら調査を始めて1分も経たぬうちにあっさりと顔を出した。

 

 でかい机の上に、埃まみれのビーカーと一緒に置かれていたメモ用紙を拾い上げてみると、そのメモ用紙には錬金術で使う複雑な記号と共に、天秤と思われるイラストが描かれていた。けれども俺は錬金術を学んだことがない――――――――正確には家にあった教本を読んでも理解できなかった――――――――から、この記号が何を意味しているのかは分からない。錬金術師に解読してもらうしかないだろう。

 

 とりあえず、これはタンプル搭に持ち帰るとしよう。

 

 こっちはなんだ? ええと…………天秤の鍵の在り処か。それは俺たちがもう持ってるから必要なさそうだな。

 

 俺たちが必要としているのは天秤の在り処だ。最優先でそれを探し出さなければならないんだが、もしかしたらこれは時間がかかるかもしれない。

 

 埃まみれのビーカーを退け、分厚い教本を一旦床の上に置く。

 

「何か見つけた?」

 

「ふにゅー…………訳が分からない記号ばっかり書いてあるメモ用紙だけ」

 

「ごめん、こっちもまだ見つけられてないわ」

 

 もしかしたら、日が昇るまでかかるかもしれないな。

 

 真っ暗だったネイリンゲンの光景を思い出した俺は、まだ列車の中でしか眠っていないことを思い出した。任務中では一睡もしないで戦い続けることは当たり前だし、状況によっては眠っている場合じゃない事もあるから慣れているんだが、眠っていなかったことを思い出した瞬間にあくびが出てしまう。

 

 とりあえず、眠るのはタンプル搭に戻ってからにしよう。

 

 でも、稀に昼間でもラウラに搾り取られるんだよね…………。

 

「あら?」

 

「ナタリア?」

 

 机の引き出しを確認していたナタリアが何かを見つけたらしい。

 

 天秤についてのヒントであればいいなと思いながらそっちを見ると、他の図鑑みたいな分厚い本に比べればかなり薄い1冊のノートを手にしたナタリアが、興味深そうにそのノートのページを捲っていた。

 

「それは?」

 

「パパの日記みたい」

 

「日記?」

 

「正確には、研究の状況を書き残した記録みたいなものね」

 

 記録か。でも、その中にメサイアの天秤が保管されている位置のヒントはあるのだろうか。

 

 ナタリアが開いているページを見てみるが、天秤の封印方法に関する事ばかり書かれているようだ。しかも錬金術で使う記号も書き込まれているので、俺では解読できそうにない。ナタリアは解読できるのだろうか?

 

 とりあえず、あの日記はナタリアに任せよう。そう思いながら再び机の上を探してみようと思ったその時だった。

 

「タクヤ、これ!」

 

「ん?」

 

 踵を返した瞬間に、ナタリアが俺を呼び止める。

 

 何か見つけたのだろうかと思いながらもう一度日記を見下ろしてみると、ナタリアがびっしりと書き込まれている文字の羅列の一部を指差していた。

 

「ここ読んでみて」

 

「ん?」

 

《天秤の封印方法を考え続けているが、やはり天秤をこのまま”天空都市ネイリンゲン”に保管し続けることが一番安全なのかもしれない。どんな魔術を使っても、あそこへと入り込むことはできないのだから。だが、念のため私はこのまま天秤の完全な封印方法を探し続けようと思う。人生を無駄にしたくはないし、エマのお腹の中にいる愛おしいナタリアにこの研究を引き継がせ、彼女の人生を潰したくはない》

 

 ―――――――天空都市ネイリンゲン?

 

 どういうことだ? ネイリンゲンってここだよな?

 

「…………なあ、天空都市ネイリンゲンって何だ?」

 

「―――――――タクヤ、天秤の在り処のヒントは覚えてる?」

 

「ええと、『メサイアの天秤は、3つの鍵の頂点にあり』だよな?」

 

 3つの鍵が保管されていた場所を線で繋ぐと、綺麗な正三角形を形成する。そしてそれらの鍵が保管されていた場所の中心へと向かって戦を伸ばしていくと、このネイリンゲンで3つの線が結び付く。

 

 それゆえにステラは、天秤がここに眠っているのではないかと思ったようだ。確かにここは3つの鍵の頂点だし、ここに封印されている可能性もある。

 

「―――――――もしかして、”頂点”って空の事なんじゃないの?」

 

「空…………なるほど、だから”頂点”か」

 

 なるほどね。

 

 3つの鍵の頂点というのは、3つの線が結び付くネイリンゲンの事ではなく、その上空ってことか…………!

 

 くそったれ、騙された…………!

 

 おそらく、それを解読した奴らを誤解させ、あの危険な天秤を入手させないための暗号なんだろうな。

 

「でも、天空都市ネイリンゲンって聞いたことないぞ? 戦闘機もここの偵察に派遣してたけど、空中に浮遊する都市なんて発見してないみたいだし…………」

 

「…………タクヤ、その時の偵察機の高度は分かる?」

 

「確か、高度5000mだった筈だ」

 

 それくらいの高度であれば、上空に何かが浮遊していれば気付く筈である。

 

 それにこの世界には、空を飛ぶことができる魔術は存在しない。現時点で空を飛ぶための方法は、戦闘機に乗る以外の手段では飛竜に乗る事しかないのだが、飛竜が上昇できる高度は最高でも3000mから4000m程度だ。

 

 まさか、戦闘機が飛行していた高度よりもはるかに上なのか?

 

「…………念のため、もう一回調べた方がいいかも」

 

「ああ、そうだな」

 

 それに、”3つの鍵の頂点”が本当にその天空都市ネイリンゲンの事を意味しているならば、突入する方法も考えておく必要がありそうだ。それに、日記の中に書かれていたのだから、その情報が間違っているとは思えない。

 

「―――――――よし、撤退だ。タンプル搭に戻って作戦会議でもしよう」

 

 その前に、調査に参加したメンバーを休ませないと。

 

 そう思いながら、俺は仲間たちと共に地下室を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝にカルガニスタンのタンプル搭へと戻り、そのままぐっすりと眠ってしまったせいなのか、そろそろ深夜0時になるというのに全く眠くない。

 

 ベッドの上に腰を下ろし、以前に書店で購入してきたマンガを本棚に戻した俺は、背伸びをしながらそのままベッドに寝転がった。イリナは夜間の偵察任務に行ってくると言って数分前に部屋から出て行ったし、ラウラは教え子たちと訓練をしてくるらしく、夕食の後に部屋から出て行った。

 

 今のところ、部屋にいるのは俺だけである。

 

 俺も訓練場に行って訓練でもするべきだろうかと思い、ベッドから起き上がったその時だった。

 

『タクヤ、いい?』

 

「どうぞ」

 

 ドアを開けて部屋の中に入ってきたのは、パジャマ姿のナタリアだった。いつも黒い制服と規格帽を身につけているせいなのか、水色の水玉模様の可愛らしいパジャマを身につけている彼女は別人なんじゃないかと思ってしまう。

 

 ナタリアって、こんな感じの可愛い服が好きなんだろうか。後でそういう服を見つけたらプレゼントしてあげようかな。

 

「どうした?」

 

「ちょっと、話がしたくて」

 

 そう言いながらこっちへとやってきた彼女は、ベッドの上に座っている俺の隣に腰を下ろした。

 

 彼女はよく料理を作りに来てくれることがあるんだけど、パジャマ姿で部屋にやってきたのはこれが初めてなんじゃないだろうか。

 

「あのね…………初めて会った頃は、アンタの事…………卑怯な事ばかりする胡散臭いやつって思ってたの」

 

「うお!?」

 

 え、悪口言いに来たの!?

 

「で、でもっ…………今は全然違うわ。頼もしいし、優しいから…………」

 

「そ、そう?」

 

「ええ。傭兵さんにそっくり」

 

 なんだか、初めてだ。母さんではなく、親父にそっくりだと言われたのは。

 

 今までは容姿のせいで散々女の子に間違われることが多かったし、母さんに似ていると何度も言われていたせいなのか、母さんではなく親父に似ていると言われて少しばかり感激してしまう。

 

 恥ずかしくなってしまうが、隣で話をしているナタリアの顔も何故か赤い。というか、彼女はそう言う話をしに来ただけなのだろうか?

 

「だ、だから…………私ね、ええと……………………アンタに、惚れちゃったかも」

 

「―――――――えっ?」

 

 ちょ、ちょっと待って。ナタリアさん、どういうことですか?

 

 いつもあんなにしっかりしてるナタリアが、俺に惚れた…………!?

 

 誰かがナタリアに変装してこんなこと言ってるわけじゃないよね? この子本物だよね!?

 

 ナタリアは、呼吸を整えてから俺の顔を見つめた。やっぱり彼女の顔は真っ赤だったけれど、目つきはいつもの真面目なナタリアの目つきである。

 

 真面目なんだ。彼女は、こういう話をするために部屋を訪れてくれたに違いない。

 

「俺もだよ、ナタリア」

 

「え?」

 

「俺も、しっかり者のお前に惚れてた。結構前から」

 

 メウンサルバ遺跡で一緒に調査した辺りからだろうか。

 

「じゃ、じゃあ………………りょ、両想いだったって事………………!?」

 

「おう」

 

「でも、アンタにはもうラウラが………………」

 

「一夫多妻制は当たり前だろ? ラウラも認めてくれてるし」

 

 ハーレムを認めてくれるヤンデレってかなり珍しいよね。

 

「ナタリアが嫌なら、もう少し相談してみるけど――――――――むぐっ!?」

 

 気が付いたら、隣に座っているナタリアに唇を奪われていた。

 

 いきなり柔らかい唇を押し付けられて狼狽している俺を、ナタリアはお構いなしに抱きしめてくれる。数秒経てば落ち着けるんじゃないだろうかと思ったが――――――――なんだか、落ち着くどころか違和感を感じてしまう。

 

 いきなり部屋にやってきて告白し、こうして唇を奪った美少女が偽物なのではないかと思ったわけではない。ここにいるナタリアは、もちろん本物だ。

 

 違和感を感じたのは、彼女がいつもしっかりしている本物のナタリアだからこそなのかもしれない。

 

 気が済んだのか、唇を離していくナタリア。やっぱりいつもと比べると、彼女の顔は赤い。

 

「……………ナタリア」

 

「な、なに? ……………も、もしかして………嫌だった?」

 

「いや、そういうわけじゃないよ。むしろ最高だった」

 

「………ばっ、バカ」

 

「……………あのさ、お前……………焦ってないか?」

 

「―――――――え?」

 

 告白して、いきなりキスをしてきた時にそういう感じがした。

 

 いつもしっかりしている冷静な彼女にしては、焦っているように見えてしまったのである。

 

「……………」

 

 彼女はベッドの上の毛布を見下ろしながら、唇を嚙み締めた。

 

「―――――――あのまま終わるの、嫌だったの」

 

「え?」

 

 どういうことだ?

 

「だって、もう鍵を3つ見つけて、天秤の在り処も分かってきてるでしょ? ……………天秤を見つけて消し去れば、私たちの旅の目的は終わりじゃない」

 

「ナタリア……………」

 

 彼女が焦っていた理由が、分かった。

 

 ナタリアは自分の気持ちを伝える前に、旅が終わってしまう事を恐れていたのだ。俺たちの目的はメサイアの天秤を手に入れ、他者が天秤の正体を知って絶望する前に消し去ること。一番最初の頃と比べると目的は真逆になってしまったけれど、天秤の入手を目指すことは変わっていない。

 

 様々なダンジョンを調査して手がかりを集め、世界中のクソ野郎共と戦う俺たちの冒険は、確かにそろそろ終わろうとしている。もう既に鍵はすべて集めたし、天秤がどこに眠っているのかも分かってきたのだ。天空都市ネイリンゲンについてはアルフォンスが率いるアーサー隊が調査中だが、調査が終わればすぐに作戦会議を開き、俺たちはその天空都市へと向かうことになる。

 

 そして、そこでの戦いが終われば――――――――俺たちの冒険は、終わりだ。

 

 冒険が終わってしまえば、俺たちは多分バラバラになってしまう。俺とラウラのどちらかはモリガン・カンパニーを親父から受け継ぐために社長になる必要があるし、カノンもエイナ・ドルレアンの領主の娘だ。旅が終われば本格的に領主としての教育を受けるため、一旦実家に戻ることになる。

 

 もし俺が会社を受け継ぐことになれば、多分ナタリアと会うのは難しくなるかもしれない。

 

 だからその前に、彼女は自分の気持ちを伝えたかったのだろう。

 

 それゆえに、焦っていたんだ。

 

「…………ナタリア」

 

 唇を噛み締めながら下を向いている彼女の頭を、優しく撫でた。

 

「安心しろって」

 

「でも……………」

 

「もし離れ離れになっちまっても、ちゃんと会いに行くからさ」

 

「タクヤ……………」

 

「気持ちを伝えてくれたいい女を、一人ぼっちにするわけにはいかないからな」

 

 ゆっくりと顔を上げたナタリアは、涙目になっていた。

 

 彼女の瞳から涙が流れる前に、今度は俺が彼女の唇を奪う。これで彼女は安心してくれるだろうかと思いながら唇を離そうとすると、ナタリアは唇を離す直前にしがみついてきた。

 

「タクヤ」

 

「ん?」

 

 涙をパジャマの袖で拭い去りながら、彼女はやっと微笑んでくれた。

 

 こんなに素直なナタリアを目にすることはあまりできないだろうなと思いながら、俺も彼女を抱きしめる。

 

「ちゃんと会いに来てくれないと、許さないんだから」

 

「了解(ダー)。絶対会いに行く」

 

「約束よ?」

 

 ヘリを使えばすぐに会いに行けるからな。

 

 すると、いきなりナタリアが微笑みながらベッドの上に横になった。眠くなったのだろうかと思いながら見守っていると、何故か少しばかり恥ずかしそうにしながらパジャマのボタンに手を伸ばし――――――――ゆっくりと、自分のパジャマのボタンを外し始める。

 

 あ、あの、ナタリアさん……………? ピンクのブラジャーが見えてるんですけど、大丈夫ですか?

 

「……………な、ナタリアさん? 何やってるんですか?」

 

「い、いいじゃない」

 

 襲えって事…………?

 

 なんとなく片手を頭の上に伸ばすと、いつもは髪に隠れてしまうくらい短いキメラの角がしっかりと伸びていた。もし仮にこれを引き抜くことができればダガーの代わりに使えそうな長さである。

 

 部屋の中にいるのは俺とナタリアのみ。イリナは夜間の偵察任務中だから帰ってくるのは多分明け方辺りだろう。ラウラは教え子たちとの訓練中のようだが、彼女の訓練は結構時間がかかる。帰ってくるのは3時間か4時間後だろう。

 

 そして、目の前にはなぜかパジャマのボタンを外してベッドの上に横になってるナタリアさん。

 

 一応母さんから貰った薬はまだ残ってるけど……………大丈夫なの?

 

 俺、女の子に襲われたことは何度もあるけど、逆に襲ったことは一度もないよ? 

 

 息を呑んでからベッドの上の彼女を見つめると、ナタリアもまだなのかと言わんばかりにじっとこっちを見つめていた。

 

 部屋にはちゃんと鍵をかけたし、ルームメイト(ラウラとイリナ)が帰ってくるのはまだ先。それまでは、彼女と2人きり。

 

 女に襲われやすいハヤカワ家の男子の呪いを打ち破るチャンスじゃないか……………。

 

「な、ナタリア」

 

「何よ………?」

 

「…………いいのか?」

 

 やっぱり彼女も恥ずかしいらしく、問いかけると更に顔が赤くなる。

 

 けれどもナタリアは目を逸らさずにこっちを見つめながら、答えてくれた。

 

「―――――――ど、どうぞ」

 

「…………!」

 

 親父。

 

 俺、この呪い(体質)に勝ったような気がするよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前は女を何人抱けば気が済むんだ?」

 

 タンプル搭の訓練区画に用意された射撃訓練場で、隣のレーンで射撃をするケーターに問いかけられた俺は苦笑いしながらPL-14のマガジンを交換していた。

 

 いつもはラウラに搾り取られてたけど、搾り取られずに済んだのは昨日が初めてなのではないだろうか。それに俺が襲ったのも昨日が初めてだ。いつもは女――――――――特にラウラだ――――――――に襲われるのが当たり前だったからな。

 

 告白してきた時のナタリアの恥ずかしそうな顔を思い出してニヤニヤしつつ、PL-14を的へと向けてぶっ放す。隣にいるケーターはちゃんと両手で構えているんだが、こっちは普通の転生者とは腕力が全く違うので、ハンドガンどころかアサルトライフルのフルオート射撃でも片手で十分なのだ。なので、基本的にハンドガンをぶっ放すときは片手なのである。

 

 ちなみに親父は、ヴリシアの戦いでレオパルトを放り投げたらしい。鍛えればキメラの腕力は戦車を放り投げられるほど強力になるのだろうか。

 

「お前だってクランを抱いたことあるんだろ?」

 

「ああ。お前と違って、俺が愛してるのはクランだけだ。…………まったく、ラウラと一緒に部屋から出てくると思えばニヤニヤしながらナタリアと一緒に出てきやがって」

 

「…………あ、そうだ。ケーター、最近手は空いてるか?」

 

「ん? ああ、今日と明日は休暇になってるが?」

 

「報酬を出すから、ちょっと調べてほしいものがある」

 

 そう言いながらPL-14に安全装置(セーフティ)をかけてホルスターへと戻し、コートの内ポケットからあるものを取り出す。ポケットの中から顔を出すと同時に、錆び付いた金属が放つ臭いを放ち始めたのは、表面に融解した跡のある懐中時計の残骸だった。

 

 ザウンバルク平原で拾った、親父の懐中時計にそっくりな時計である。

 

「―――――――この時計、まだ販売されてるやつなのか調べてくれ。雑貨店で売られてる安物らしいんだが」

 

「あ? …………お前、懐中時計のコレクターにでもなるつもりか?」

 

「残念だが、俺は銃に興味があるんでね。……………ただ、もしかしたらでっかい謎に繋がってるかもしれないんだ。頼めるか?」

 

 ケーターは俺から懐中時計の残骸を受け取ると、融解した跡のある懐中時計をまじまじと見つめた。

 

「……………別に構わんが、でっかい謎を知るのであれば覚悟を決めておくことだな。そういう謎の真相を知って後悔することの方が多いぞ」

 

「大丈夫だ」

 

 受け取った時計の残骸をポケットに突っ込みながら忠告してくれた仲間(同志)を見つめながら、俺は頷いた。

 

「―――――――覚悟は決めた」

 

 

 

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