異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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ガルゴニスの願い

 

 この世界に生まれ変わるまで、父親という存在は母親や子供に暴力を振るう自分勝手な存在なんだろうとずっと思っていた。反論すれば殴ってくるし、黙って部屋の中で過ごしていても八つ当たりされる。家事は全くせず、料理もしない。いつもテレビや新聞を見るか、パチンコをしに出かけていくだけだ。

 

 だから家事は母親や俺の仕事。母さんが病死してからは、全部俺の仕事になった。

 

 はっきり言うと、もうあんな生活は嫌だった。あの男を殺せば自由になる事ができるだろうかと何度も思ったけれど、その前に飛行機事故で俺の方が先に死ぬ羽目になってしまう。

 

 けれども、この世界にタクヤ・ハヤカワという子供として生まれ変わってから、俺は”本当の父親”を目にしたような気がする。

 

 家族の事を大切にする父親や、身につけた力を仲間のために振るう父親。前世で目にしてきた父親(クズ)とは全く違う。

 

 それが、きっと”理想的な父親”なんだろう。

 

 さすがに美女を2人も妻にしていたところは気に食わなかったけれど、俺もこんな父親になってみたいと思った。

 

 しかし――――――――その”理想の父親”は、とっくに死んでいた。

 

 レリエル・クロフォードとの戦いで、相打ちになって死んだというのである。

 

 かつて世界を支配した伝説の吸血鬼と死闘を繰り広げ、レリエルを討伐して生還し、彼はいつも通りに生活を続けた。子供を育てながら妻たちを守り、奴隷だった人々や失業者を積極的に雇って、少しでも苦しむ人を減らそうとした英雄。俺たちはその男に戦い方を教えられ、冒険者として旅に出たのである。

 

 俺はずっとそう思っていた。12年間も、『リキヤ・ハヤカワはレリエルとの戦いに勝利して帰ってきた』という”幻”を、信じ続けていたのだ。

 

 だから、真相を信じたくはなかった。

 

 あんなに強かった”最強の転生者”が、レリエルと相打ちになって死んだという事が信じられないから。

 

「嘘だ…………」

 

「……本当じゃよ。あいつは…………死んだ」

 

「やめてよ、ガルちゃん…………嘘だよね…………?」

 

 震えながら、ラウラがガルゴニスの両肩を掴む。

 

 俺も、親父が死んだという事を信じたくはない。けれど、ガルゴニスがあのように親父の姿に変身して、親父から受け継いだ記憶を有効活用してあいつの仕草まで正確に再現し、親父がレリエルとの戦いに勝利して生還してきたという事にしていたのは、あの男の死を隠すためだったのだ。

 

 親父が死んだという事になれば、母さんやエリスさんもきっと壊れてしまう。もちろん、壊れるのはハヤカワ家だけではない。親父や母さんが設立したモリガンや、数多くの失業者たちを雇用しているモリガン・カンパニーも、確実に壊れる。

 

 そう、あの男が関わった全てが壊れる。

 

 エンジンが壊れた車が、走れなくなってしまうように。

 

「だって……ガルちゃんも戦ったことあるんでしょ? パパってとっても強いんだよ…………? ねえ、嘘なんでしょ? 答えてよ…………ガルちゃん、お願い! 答えてッ!!」

 

 ガルゴニスの小さな肩を両手で揺さぶりながら、彼女のすぐ近くで叫ぶラウラ。止めるべきだろうかと思って手を伸ばしかけたけれど、鮮血のように紅いラウラの瞳の周囲にいつの間にか雫が居座っていたことに気付いた俺は、そのまま手を引っ込めた。

 

 受け入れつつあるのだ。

 

 親父が死んでしまったという事を。

 

 普段は幼いけれど、本当の彼女はとっても大人びている。それゆえに、下手をすれば俺よりも何かを理解するのは遥かに速い。

 

 だからこそ、受け入れようとしている。

 

 彼女の中で言葉を生み出し、あのように両手でガルゴニスを揺らぶらせているのは、まだ彼女の心が、完全に親父が死んだという事を認めようとしていないからなのだ。

 

 俺はまだ、認めたくない。

 

 何度も訓練の相手になってもらったし、九稜城で戦ったこともあるから、あの男がどれほど格上の相手なのかは分かっている。かつて転生者を絶滅寸前まで追い詰め、第一次転生者戦争と第二次転生者戦争を生き抜き、ガルゴニスを撃破するほどの男なのだ。

 

 あんなに強い男が、死んでいいわけがない。

 

 あの男の強さを知っているからこそ、親父が死んだという事を認めたくない。

 

「嫌…………なんでパパが…………あぁぁ…………ッ!」

 

「ラウラ…………」

 

 頭を抱えながら、ラウラは俺の隣で泣き始めた。親父が死んだという事を認めれば、俺も彼女のように泣いてしまうのだろうか。未だに涙が出てこないのは、まだ俺がそれを認めていないという事なのだろうか。

 

 ちらりとガルゴニスの方を見ながら、瞼と目の周囲を静かに指先でなぞる。けれどもそこが濡れている様子はなく、相変わらず女の子のような肌の感触と、カルガニスタンで付着した細かい砂の感触しかしなかった。

 

 ラウラは、まだ俺の傍らで泣いている。真っ白な手で頭を抱えながら、鮮血のように紅い瞳から涙を流して、「やだよ………やだよぉ…………ッ!」と言いながら泣き続けている。

 

 けれども俺は、傍らで泣き叫ぶ腹違いの姉を見守る事しかできない。

 

「―――――――安心せい。メサイアの天秤を使えば、あの男は生き返る」

 

 相打ちになって死んだという事ではなく、本当に生還したという事になる。

 

 大切な家族を失った悲しみを、ガルゴニスの小さな口から躍り出た言葉が覆いつくす。傍らで泣いていたラウラもガルゴニスの言葉を聞いていたらしく、白い指で涙を拭い去りながら顔を上げた。

 

 自分を育ててくれた大切な肉親が、埋葬された地面の中から蘇る。そして生き返ることができたことに困惑しながらこの家に帰ってきてくれるのだ。いつも通りに「ただいま」と言いながら靴を脱ごうとして、母さんやエリスさんに笑われる。オルトバルカでは玄関で靴を脱ぐ必要はないと何度も言われているのに、前世の癖が全く消えていない父を見て、きっとみんな笑う。

 

 そうなれば、きっとハッピーエンドだ。

 

 ―――――――そんなわけあるか。

 

 確かに親父が生き返ってくれれば、ハッピーエンドにはなる。けれどもそのためには、メサイアの天秤に願いを叶えてもらわなければならない。

 

 メサイアの天秤で願いを叶えるためには、その願いと同等の対価が必要。どんな願いを叶えたとしても、プラマイゼロにしかならないのだ。

 

 だから親父が生き返るには、対価が必要なのである。

 

 ガルゴニスの言葉を聞いて顔を上げたラウラには、まだ思い出していないようだ。天秤が願いを叶えるためにやってきた人々に何を与え、何を奪っていくのかを。

 

 それゆえに、今までは息がぴったりと合っていた彼女が浮かべている表情とは、真逆の表情を浮かべてしまう。ラウラは、もしかしたらそれで親父が帰ってきてくれるのではないかという、希望を見つけたかのような表情。けれども俺が浮かべている表情は、きっと絶望を見つけてしまったかのような表情だろう。

 

 親父の正体がガルゴニスだったという真実の中から、実は親父は12年前に死亡していたという真実が生まれ出た。お次はその真実の中から、更に真実が産声を上げようとしている。

 

 ロシアのマトリョーシカ人形みたいだ。

 

「待てよ」

 

 目を覚ませ、ラウラ。

 

「…………メサイアの天秤を使うって言ったな」

 

「ああ。喜べ、そうすればお前たちは、本物の父親と―――――――」

 

「―――――――対価は、どうするつもりだ」

 

 対価がなければ、メサイアの天秤は願いを叶えてくれない。

 

 だから親父を蘇らせようとすれば、親父と同じくらい大切な人間を生贄にしなければならなくなってしまう。天秤がもたらすのは、プラマイゼロでしかないのだから。

 

 彼女を問い詰めると、ラウラも対価の事を思い出したらしい。ぎょっとしてガルゴニスの顔を見上げたラウラを見下ろしながら、幼女の姿をしたエンシェントドラゴンはゆっくりと小さな人差し指を自分の胸へと向けた。

 

「…………私じゃ」

 

「正気か?」

 

「ああ」

 

「そんな…………」

 

 親父の姿をしていたガルゴニスが、メサイアの天秤を欲していた理由が分かった。

 

 このエンシェントドラゴンは、メサイアの天秤を使って親父を生き返らせるつもりだったのだ。自分自身を対価にし、その代わりに親父を生き返らせれば、最終的には何も変わらない。死んでいなかったことにされていた男が、本当に死んでいなかったことになるのだから。

 

 力也が死んだという真相を知っている者がいないから、誰にも気付かれることはない。速河力也が誰にも気付かれずに生き返り、その代わりにガルゴニスが誰にも気付かれずに死ぬ。

 

 プラマイゼロでもリスクがないし、誰も真相を知らないのだ。

 

 それゆえに、絶対にリスクが生まれない。

 

「対価は最古の竜の命じゃ。リキヤだけではなく、他にも死んだ者たちを生き返らせることができるじゃろうな。…………だから、鍵を譲ってくれんかのう? お前たちも、父親に会いたいじゃろ?」

 

 隣に立っているラウラが、ちらりとこちらを見た。

 

 鍵を彼女に渡せば、もう一度本物の親父に会う事ができる。しかし、その代わりにガルゴニスとはもう二度と会うことはできなくなる。

 

 親父が死んだのは今から12年前。だから彼がこの家にいたのは、俺たちが6歳の頃までという事だ。それ以降の父親はガルゴニスで、親父から引き継いだ記憶で速河力也のふりをしていただけ。

 

 実質的に、俺たちの父親はガルゴニスだと言っても過言ではない。

 

 だからこそ、彼女も俺たちの大切な家族なのだ。その家族を生贄にして、死んだ家族を生き返らせることが許されるわけがない。

 

 それに親父も、きっと悲しむだろう。大切な仲間が自分の命と引き換えに生き返らせてくれたことを知れば。

 

「…………頼む、あの男を生き返らせてやりたいのじゃ。あいつは…………たった6年しか父親をやっていないんじゃぞ…………?」

 

 返事を返さずにガルゴニスを見つめている俺たちに、彼女はそう言った。

 

 確かに親父は6年しか父親をやっていない。それに対して、ガルゴニスが俺たちを育ててくれたのは12年。死んでしまった本当の親父よりも長く、俺たちを育ててくれた。

 

 きっとガルゴニスも辛いに違いない。

 

 親父の役割を力也から奪い、彼が手に入れる筈だった幸せを自分が手に入れてしまったのだから。

 

 それゆえに、悲しそうな顔をすることが多くなったのだ。母さんが作ってくれたでっかいバースデーケーキを見て大はしゃぎする俺やラウラを見守っていた時も、ガルゴニスは悲しそうな顔になっていた。

 

「恩返しをさせてくれ…………頼む、2人とも」

 

 それが、恩返しなのか。

 

 自分自身の命を対価に使って、死んでしまった人間を生き返らせたとしても、生き返った人間が自分と引き換えに大切な仲間が生贄になったと知れば悲しむのは想像に難くない。

 

 お前は親父に、悲しみを与えるつもりか。

 

「ダメだ、ガルゴニス。天秤の鍵は絶対に渡せない」

 

「…………」

 

 彼女の赤い瞳を睨みつけながら、俺はそう答えた。確かに死んでしまった親父にも会いたいけれど、ガルゴニスを犠牲にすることはできない。それに親父なら、自分が死んでしまったことを受け入れている筈だ。生き返ろうとは全く思っていないかもしれない。

 

 だからこそ、ガルゴニスに自分の記憶を託したに違いない。

 

 自分はもう死人なのだから、生き返ることはできないのだと覚悟を決めたのだ。

 

 だから、あの男はもう眠らせるべきなのかもしれない。ネイリンゲンの近くにある、平穏なザウンバルク平原で。

 

「…………そうか」

 

 息を吐きながら、ガルゴニスは下を向く。

 

 その間に彼女を説得するための言葉を必死に考えたけれど、おそらく彼女を止めることはできないだろう。モリガン・カンパニーとテンプル騎士団の同盟関係を破棄しても、絶対に天秤を手に入れるために襲い掛かってくるに違いない。

 

 先ほどの俺の言葉は、彼女に対する宣戦布告に等しい。

 

 ならば、俺たちが彼女を止めよう。

 

 ガルゴニスを守るために。

 

 親父を眠らせるために。

 

「あら、ガルちゃん?」

 

「リキヤは戻っていないのか?」

 

 下手をすれば、この地下室で幼女の姿をしたエンシェントドラゴンと一戦交える羽目になるかもしれなかった。だから俺はまだ、PL-14をホルスターには戻していなかった。ガルゴニスと敵対する覚悟は、彼女の願いを理解した瞬間に決めていたのだから。

 

 しかしその覚悟が、階段の方から聞こえてきた呑気そうな女性の声で台無しになる。

 

「あらあら、2人も帰ってきたの?」

 

「ふふっ、びっくりしたじゃないか。手紙には家に戻ると書いてなかったからな」

 

 地下室のドアの向こうからやってきたのは、露店で購入してきた食材がどっさりと入った袋を持っている母さんと、日用品がどっさりと入った袋を持っているエリスさんだった。2人とも仕事が終わってから露店に寄って買い物をしてきたらしい。

 

 ガルゴニスも剥き出しにする寸前だった威圧感を瞬時に引っ込めると、可愛らしい笑みを浮かべながら袋を持つ母さんに駆け寄り、中に入っている食材を確認し始める。

 

「む…………ニンジンとジャガイモ………? これは豚肉かのう?」

 

「うむ、今夜はリキヤの奴が好きなカレーにしてやろうと思ったのだが…………あいつはどこだ?」

 

「リキヤなら、さっき急に工場の視察に行きおったわ。社長というのは忙しんじゃのう」

 

「まったく、仕方のない男だ…………。では、今夜のカレーは甘口にしないとな。ガルちゃんも食べていくんだろう?」

 

「もちろんじゃ! エミリアのカレーは絶品じゃからのう♪」

 

「タクヤとラウラはどうする? 久々に家でご飯食べてく?」

 

「ええと…………」

 

 正直言うと、皿の上のカレーライスを完食する自信がない。

 

 あんなことを知ってしまって、まだ混乱しているのだから。それにこれ以上母さんたちと一緒にいると、何かあったことを悟られてしまうかもしれない。それを恐れていたから、俺は首を横に振った。

 

「悪いけど…………タンプル搭に戻らなきゃ。仕事があるんだ」

 

「うん、私も。副団長だし」

 

「あらあら、2人とも大忙しなのねぇ…………ママは寂しいわ…………」

 

 こっそりとPL-14をホルスターに戻し、ラウラに目配せをしてから地下室の階段へと向かう。母さんたちにもあの話はするべきなのかもしれなかったけれど、母さんたちに「親父が死んでいた」という話をする勇気はない。

 

 それに、母さんたちまで悲しませたくなかった。

 

 だから俺とラウラは、何も言わずに階段を上がっていった。いつの間にか明かりのついていた家の廊下まで上がってからちらりと地下室の階段を見下ろすと、地下室のドアの近くに立っている母さんが、じっと俺たちを見上げていたことに気付いた。

 

 相変わらず鋭い紫色の瞳。嘘を削り取り、真実を剥き出しにしようとしているかのように鋭い母さんの瞳をこれ以上見るのが怖くなった俺は、唇を噛み締めながら踵を返し、家の玄関へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タンプル搭に戻るまで、多分俺の表情は変わっていなかっただろう。

 

 格納庫でスーパーハインドから降り、ラウラを連れて部屋へと戻る。相変わらず食欲はなかったから、夕食は食べずにそのままシャワーを浴び、眠ることにした。

 

 ラウラの後にシャワーを浴び、長い髪をタオルで拭きながらシャワールームから出ると、パジャマに着替えたラウラがベッドの上で横になっていた。いつもなら「えへへっ。ほら、お姉ちゃんと一緒に寝ようよ♪」と言いながらはしゃいでいるんだけど、やっぱり今日は静かだ。何も言わずに天井を見上げながら、毛布をかぶっている。

 

 そっと俺もベッドに入り、枕元にあるランタンの明かりを消す。

 

 タンプル搭の中の照明はフィオナ機関で増幅された光属性の魔力が利用されているが、こういう場所の照明はランタンになっているのだ。とはいえ室内に置いておくお洒落なデザインのランタンではなく、普段持ち歩いているランタンだけどね。

 

 真っ暗になった部屋の中で、俺もベッドの毛布をかぶる。元々は1人用のベッドだというのに2人で眠っているから、ベッドに入ればほぼ確実にラウラと密着することになる。

 

 毛布をかぶると、伸びてきたラウラの手が俺の頭を撫でてくれた。そのまま俺を引き寄せて、優しく抱きしめてくれる。

 

「…………お姉ちゃん、お願いがあるんだ」

 

「何?」

 

「…………できればでいいんだけどさ………俺も、抱きしめていいかな?」

 

 ヘリに乗っている時は我慢できたというのに――――――ベッドに入ってからラウラが頭を撫でたせいで、耐えられなくなった。

 

 親父が死んでいたという悲しみに。

 

 俺たちを育ててくれた父親は、とっくに他界していたのだから。

 

「心が折れそうなんだ…………」

 

「うん、いいわよ」

 

 彼女の尻尾が身体に巻き付いてくると同時に、俺も布団の中でラウラを抱きしめた。

 

 地下室ではあんなに泣き叫んでいたんだけど、今のラウラはとても落ち着いている。彼女はもう親父が死んでしまったという事を受け入れることができたのだろうか。

 

 普段の彼女は子供っぽいけど、こういう時は俺の方が子供っぽいのかもしれない。こうして姉に甘えなければ、心が折れてしまうかもしれないのだから。

 

 まるで母親に抱き着く子供のように、俺はラウラを抱きしめていた。

 

 やっと、涙が出てきた。

 

 

 

 

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