異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる 作:往復ミサイル
春季攻勢が始まる直前の出来事です。
フィオナ機関と呼ばれる動力機関が爆発的に普及したことで、さまざまな新しい技術が産声を上げ、従来の伝統的な技術の大半が廃れていった。
先進国ではフィオナ機関を搭載した機関車や軍艦が次々に生産され、フィオナ機関によって動く巨大な貨物船に積み込まれて、同盟国や商売相手の元へと送られていく。王都の倉庫の中で、発明を好む熱心な1人の技術者によって生み出された動力機関は、瞬く間に魔術が普及していた世界の工業を大きく変え、産業革命を引き起こしたのである。
そのフィオナ機関が普及した先進国の港からは、従来の帆船が姿を消し始めていた。
産業革命以前の軍艦は、木造の帆船であった。火薬が存在しない世界であるため、船体に魔術を増幅する魔法陣を描き、”砲手”代わりに選抜された魔術師を乗せて敵の船へと魔術を放って撃沈するか、敵の船へと武装した騎士たちが乗り込んで白兵戦を行うのが当たり前であった。
しかし、フィオナ機関によって帆を使わなくても海を突き進むことが可能となり、更に軽量で高出力の改良型フィオナ機関が開発されると、船体は木造ではなく一流の職人たちによって作られた金属の装甲に取って代わられることになる。更にフィオナによって生み出されたスチーム・ガトリングやスチーム・カノン砲も騎士団に採用され始めると、敵の船を攻撃するために乗り込んでいた魔術師も必要とされなくなり、甲板にはずらりと高圧の蒸気で矢や砲弾を撃ち出す重火器が並ぶようになっていく。
今では、軍港に並ぶのはフィオナ機関を搭載した鋼鉄の軍艦ばかりである。従来の帆船たちは発展途上国や同盟国へと売却されていき、オルトバルカ王国の港は金属の装甲を持つ船によって支配されていた。
フィオナ機関がさらに普及すると、民間の商船や客船にも搭載されるようになっていった。帆船と比べると速度も速く、航行できる距離が劇的に伸びたため、魔物の少ない航路をしっかりと選んでいれば安全な船旅ができるようになったのである。
そこで、貴族たちが保有する造船所では何人もの労働者を雇い、モリガン・カンパニーが支払う賃金よりもはるかに安い賃金で働かせ、次々に豪華客船を建造していった。
まるで装飾だらけの貴族の屋敷をそのまま巨大な―――――――とはいえ、全長50m程度の客船である――――――客船の中に詰め込んだかのような豪華客船は、数多くの貴族や資本家たちを乗せ、世界中の海へと旅立っていったのである。
甲板の上には、豪華なドレスやスーツを身につけた人々が集まっていた。椅子に腰を下ろして雑談する貴族の男性たちや、夫と共に海の向こうを見つめる夫婦たち。船体から突き出る巨大な煙突――――――吐き出しているのは煙ではなく、”魔力の残滓”と呼ばれる物質だ――――――を放出する煙突を見上げた子供たちが、大きな声を上げてはしゃいでいる。
貴族や工場を経営する資本家たちからすれば、この客船はまさに最高の楽園と言えるだろう。一流の職人たちが用意した豪華な装飾や彫刻に囲まれ、王国から呼ばれた楽団の演奏や劇団のショーを楽しみながら船旅をするのだ。
きっと乗客の中に、自分たちが甲板に立っているその船が、安い賃金で働かされている労働者が自分たちの家族を養うために苦しみながら作り上げた船であるという事を自覚している者はいないだろう。甲板の上ではしゃぐ貴族の子供たちも、もし仮にその話を聞いたとしても心を痛めないに違いない。
そこは、金持ちだけの楽園でしかないのだから。
「パパ、みて! ドラゴンがとんでる!」
「はははっ。アンジェリカ、あれは騎士団の飛竜だよ」
「ひりゅー?」
「そう。普通のドラゴンと違って人間は食べないんだ。人間ととっても仲良しで、背中に乗せてくれるんだよ」
「すごーい! パパ、アンジェリカね、こんどひりゅーにのりたい!」
「よし、いつか飛竜に乗ろうな」
そう言いながら、可愛らしい白いウサギのぬいぐるみを抱える愛娘の頭を撫でた父親は、大喜びする娘を見下ろしながら微笑んだ。
この世界では、まだ空を飛ぶための機械は発明されていない。そのため空を移動するための手段は飛竜の背中に乗るだけであり、飼育に非常に手間のかかる飛竜に乗ることができるのは、訓練を受けた騎士たちか貴族だけなのだ。
稀に一般的な労働者でも乗ることができるが、そのためには彼らの年収に匹敵する金額を支払う必要があるため、乗ることができる者は非常に少ない。
しかし、愛娘の頭を撫でる父親は、いつかはきっと最愛の娘の願いを叶えてやれるだろうと思っていた。
数年前まで、彼は貴族が経営する冒険者向けのアイテムを製造する工場で働いていた労働者の1人であった。もちろん賃金は非常に安く、毎日食事を摂っていれば底をついてしまうほどである。病気の妻と娘を養うためにも食事を我慢し、ただでさえ低い賃金を妻の治療費に注ぎ込まなければならなかった。
ある日、仕事中に彼は工場を運営する貴族の男性によって強制的に解雇され、職を失ってしまう。
就職先を見つけることもできず、路頭に迷うことを覚悟した彼であったが―――――――スクラップやゴミだらけの狭い路地を通りかかった男に声をかけられ、新しい職を手に入れた。
普通ならば汚らしい路地を訪れる男などいないだろう。しかも彼に声をかけたのは、立派なスーツとシルクハットを身につけ、ドラゴンの頭を模した装飾がついた杖を手にした、1人の赤毛の紳士だったのである。
その男の名は、リキヤ・ハヤカワ。今では世界規模の巨大企業へと成長したモリガン・カンパニーの社長である。
彼の運営するモリガン・カンパニーでは他の工場では考えられないほど高額の賃金が支払われており、従業員の要望も聞き入れてくれる。しかも休暇までしっかりと与えてくれる上に、種族の差別を一切しない職場であった。安い賃金しか与えられず、休暇も存在しなかった以前の職場と比べれば、まさにそこは楽園としか言いようがない場所であった。
高い賃金のおかげで妻の治療のために一流の治療魔術師(ヒーラー)を雇えるようになった上に、完治した妻と幼い愛娘を連れて、こうして貴族ばかり乗っているような豪華客船の『グランバルカ号』に乗って船旅ができるようになったのである。
労働者向けのチケットを担当者に見せた際に嘲笑されたが、やっと自分も貴族たちに追いつき始めたという喜びが、瞬く間に嘲笑された憤りを希釈してしまう。
普通ならば、工場で働くごく普通の労働者が、貴族たちの乗る豪華客船に乗って船旅をするという事はありえないのだから。
「パパ、あれはなに?」
「え?」
空を飛ぶ飛竜を見ているのが飽きたのか、いつの間にか空ではなくウィルバー海峡を見つめていたアンジェリカが、小さな指を海面へと向ける。
ウィルバー海峡はカルガニスタンとヴリシア帝国の間に広がる海域である。クラーケンやリヴァイアサンなどの魔物が生息する危険な海域だったのだが、ヴリシア帝国から魔物の掃討を依頼されたモリガン・カンパニーの第237哨戒艦隊によって徹底的な掃討作戦が実施され、海峡に生息する魔物たちはすでに壊滅状態に陥っていたのだ。
ウダロイ級駆逐艦を56隻も投入した掃討作戦で、巨大な魔物たちは瞬く間に海の藻屑と化し、ダンジョンに指定されていた一部の海域も指定が解除されてしまった。帝国の周囲で最も安全な海域と言われるほどであり、騎士団に護衛されずに民間の商船も行き来できるような安全な海域と化している。
もしかしたら魔物を見つけたのだろうかと思ってぞっとしたが、愛娘が指差している場所には何も見当たらない。蒼くて美しい海面が、グランバルカ号が生み出した波によって歪められているだけである。
「何もないじゃないか」
「ほら、あそこ。へんなのがうみのなかにいるよ」
「え?」
愛娘が指差す場所をもう一度注視してみようと思った次の瞬間だった。
まるで巨大な船同士が真正面からぶつかり合ったかのような凄まじい衝撃が、グランバルカ号の左舷から右舷を突き抜けたかと思うと、その衝撃が発生した発生源から荒々しい水柱が吹き上がる。海面の中から産声を上げた轟音が甲板上の乗客たちの耳を劈いた頃には、鋼鉄の船体が軋み、海面に大穴を開けた水柱に吸い込まれているかのように、段々と左舷へと傾斜し始めていった。
水柱が生じた場所の近くから、今度は火柱が吹き上がる。その火柱は豪華な装飾で覆われ、絵画や彫刻がこれでもかというほど置かれた貴族の屋敷のような船体を侵食していき、猛烈な黒煙で乗組員たちを苦しめていく。
フィオナ機関も浸水して機能を停止し、煙突から吹き上がる魔力の残滓が、機関室から吹き上がる黒煙に変わり始めた頃には、グランバルカ号の船体は左側へと凄まじい勢いで傾斜を始め、転覆し始めていた。
甲板から降ろされた救命ボートに我先にと乗り込むのは、太った貴族の男性や女性たち。乗組員たちが誘導していた乗客を押し退けて乗り込んでいく彼らのせいで甲板の上は更に混乱し、ボートに乗ることを諦めた何人もの乗客たちが、救助されるまでに魔物の餌にならないことを祈りながら海へと飛び込んでいく。
掃討作戦のおかげで海域は安全になったとはいえ、魔物たちが入り込んでくる可能性はあるのだ。
やがてグランバルカ号は転覆し、ウィルバー海峡へと沈んでいく。
無数の残骸を引き連れて海の中へと沈んでいく豪華客船を海中で見守っていたのは―――――――1隻の潜水艦であった。
「―――――――やりやがったな」
「ええ。犠牲者の数は1482人。そのうち、我が社の従業員や関係者は437人です」
ヘンシェルが机の上に置いた報告書を睨みつけながら、拳を思い切り握りしめる。
はっきり言うと、貴族はあまり好きではない。労働者たちを安い賃金で強引に働かせたり、商人たちからまだ幼い奴隷の子供たちを買い取る連中を俺は今まで何度も葬ってきた。奴らを殺せば、奴らによって虐げられていた人々が解放されるのだから。
解放された人々をモリガン・カンパニーが雇えば、労働者たちは決して路頭に迷わない。
この”グランバルカ号事件”で犠牲になった貴族たちの中には、俺が憎んでいる貴族の連中も含まれていた事だろう。けれども中には何の罪もない貴族の人々も含まれているし、モリガン・カンパニーの関係者も含まれている。
俺たちは、”身内”を殺されたのだ。
モリガン・カンパニーの関係者は、低い賃金で強引に働かされていたり、奴隷商人たちに虐げられていた人々が大半だ。奴らの襲撃さえなければ、きっと船旅で思い出をいくつも作り、この会社で土産話をしていた筈である。
死亡した社員や関係者の名簿を見つめながら、ヘンシェルに見られないように涙を拭い去る。
そこにずらりと並んでいる名前の中には、社員や関係者の家族も含まれていた。
「…………社長、貴族の連中がこの一件を『モリガン・カンパニーのハヤカワの仕業だ』と主張しています」
「後で記者会見を開く。…………それより、この襲撃は――――――――吸血鬼共の仕業なんだな?」
問いかけると、ヘンシェルは首を縦に振った。
「グランバルカ号が沈んだ海域で魚雷の残骸を回収しました。それに、船体にも魚雷による攻撃と思われる大穴がありました。あの海域は、吸血鬼共が潜伏しているディレントリア公国の目と鼻の先です」
ヴリシアの戦いで惨敗した吸血鬼たちは、無数の敗残兵を連れてディレントリア公国へと逃げ込んだ。奴隷にされていた同胞たちを開放して兵力を増やしつつ、軍拡を続け、テンプル騎士団へと攻撃を始める前に”無制限潜水艦作戦”を開始し、攻勢前に少しでもテンプル騎士団の戦力を削り取ろうとしていたのである。
実際に、李風が派遣した輸送艦隊が何隻もウィルバー海峡で潜水艦によって撃沈されており、彼らのPMCにも損害が出ているのだ。
グランバルカ号は、その海域を通過してしまったのだ。そのせいで吸血鬼共の潜水艦にテンプル騎士団へと物資を運ぶ輸送船と誤解され、撃沈されてしまったのだろう。
拳を握り締めるのを止め、テーブルの上に置かれているウサギのぬいぐるみを拾い上げる。幼い女の子にプレゼントしたら喜びそうなデザインの小さなぬいぐるみは、猛烈な潮の臭いを放っており、薄汚れている。まるで海を漂流していたぬいぐるみを拾ってきたような状態だ。
このぬいぐるみを持って社長室を訪れた従業員の顔を思い出しながら、もう一度拳を握り締める。
この汚れたウサギのぬいぐるみは、この事件で死亡した彼の愛娘の遺留品なのだという。
「…………ヘンシェル、テンプル騎士団との同盟破棄は無しだ」
「かしこまりました」
「それと、今すぐに派遣できそうな部隊に出撃の準備をさせておけ」
もしレリエルが率いていたのであれば、こんなことはしなかった筈だ。
奴らはレリエルを蘇らせるためにこんなことをしているという。だが、こんな蛮行を続ければ続けるほど、レリエルを汚すだけだ。最も気高かったあの男を、これ以上汚してほしくはない。
今度こそ、あの過激派の連中を”絶滅”させてやる必要がある。捕虜は決して受け入れない。命乞いしている兵士や負傷兵でも、絶対に皆殺しにしてやる。
カルガニスタンへ攻め込もうとしている連中を、あの砂漠で皆殺しにしてやるのだ。
「―――――――奴らを皆殺しにするぞ、ヘンシェル」
「はい、