異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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ラウラの血涙

 

 重々しい防壁の向こうに広がるのは、青空と草原だけが支配する開放的な世界。魔物の襲撃を防ぐための防壁に囲まれた王都は十分広いんだけど、産業革命の影響で次々に姿を現す高い建物やでっかい工場のせいで、段々と閉鎖的になりつつある。

 

 でも、この王都が閉鎖的な都市に見えてしまうのは、多分あの防壁のせいだ。ネイリンゲンが壊滅して王都に住む羽目になった時から、この街はずっと閉鎖的だったのだ。きっとフィオナちゃんが産業革命を引き起こさなかったとしても、この街の雰囲気は変わらなかっただろう。

 

 だから俺は、防壁の外で草原を眺めているのが好きだった。転生者の能力で生産した本物の銃をぶっ放すのも好きだったけど、訓練で疲れた時や魔物討伐の帰りには防壁の外で草原を眺めることも多かった。

 

 親父たちに認められて冒険者の資格さえ取れれば、俺たちも冒険者の仲間入りができる。そうしたらすぐに旅に出て、ラウラと一緒に色んなダンジョンを冒険するんだ。

 

「楽しみだね」

 

 隣で草原を眺めていた少女が、微笑みながらそう言った。

 

 同じ父親と、遺伝子的にはほぼ同じ母親から生まれた俺の大切な腹違いの姉。顔つきは俺にそっくりなんだけど、髪の色は真逆だ。深紅の羽が飾ってあるベレー帽の中から伸びる炎にもにた赤毛は、多分親父から遺伝したのだろう。

 

 普段の性格は子供っぽいんだけど、成人の女性のように大人びた容姿のラウラを見つめながら、俺も微笑んだ。

 

 彼女と一緒に旅をするのが楽しみだ。危険な魔物が徘徊するダンジョンを調査して戦果をあげれば、きっと俺たちも親父たちのように有名になれるかもしれない。

 

「ああ、楽しみだよ」

 

 暖かい風の中で、静かに彼女の柔らかい手を握る。

 

 小さい頃は甘えん坊のお姉ちゃんだと思っていた。今でも相変わらず甘えてくる困ったお姉ちゃんだけど、優しいし、頼もしい大切な俺の家族だ。だから旅に出たら、絶対に俺が守る。

 

 彼女とずっと一緒に旅をしながら、俺が彼女を守るのだ。

 

「タクヤ」

 

「どうしたの?」

 

「えへへへっ…………タクヤも立派な男の子になったよね」

 

「そうか? 相変わらず女に間違われるんだけど…………」

 

「ふにゅー…………ふふっ、女装したらもっと可愛くなるかもね♪」

 

「やめろよ!?」

 

 あのね、俺は男なんだよ!? ちゃんと〇〇〇も搭載済みなんですけど、知ってますよね!? 小さい頃から一緒にお風呂に入ってるから知ってますよね、ラウラさん!?

 

 やっぱり顔つきのせいなのかな…………? 髪を切ってもボーイッシュな美少女に勘違いされるから、もう諦めてポニーテールにしてる。小さい頃によくエリスさんにいたずらされてこの髪型にされたんだけど、この髪型だとお姉ちゃんが喜ぶからな。

 

 顔つきと髪型が原因だな、多分。

 

 家でエリスさんやラウラに女の子用の服を着せられそうになったことを思い出して苦笑いしていると、ラウラが笑いながら肩に寄り掛かってくる。暖かい風の中に彼女の甘い香りが混ざって、それ以外の全ての香りをかき消してしまった。

 

 寄り掛かっている彼女の頭を撫でながら、俺よりも少しばかり背の小さい彼女の瞳を見つめる。髪の色は正反対なんだけど、瞳の色は全く同じだ。

 

「大好きだよ、タクヤ」

 

「俺も大好きだよ、ラウラ」

 

 彼女とずっと一緒にいられれば幸せだろうな。優しい女の子だし、料理も上手だから。

 

 ラウラと一緒に旅をすることを想像し始めると、急に青空が灰色の雲に覆われ始めた。瞬く間に青空を侵食した雨雲たちは開放的だった景色を数分で台無しにすると、無数の雫を大地へと向けて解き放ち、大地を覆っていた草原を濡らし始める。

 

 最悪だ。

 

 もう少し晴れていてくれれば彼女ともっとイチャイチャできたというのに。

 

 ため息をつき、彼女から手を離しながら肩をすくめる。

 

「ラウラ、帰ろう」

 

 家に帰れば、またイチャイチャできる。今日は親父や母さんたちは仕事で、ガルちゃんも親父から引き受けた任務で出かけているから、家にいるのは俺とラウラだけだ。だから家に戻れば2人きりになれる。

 

 そう思いながら彼女の手を引こうとしたけれど、雨が降り始めたラウラは微動だにしなかった。まるでこのままこの草原に留まって、ずぶ濡れになる事を望んでいるかのように、灰色の雨雲に覆われた大空を見上げたまま動かない。

 

「ラウラ…………?」

 

「ごめんね、タクヤ…………」

 

 先ほどまでは楽しそうな声だったというのに、早くもずぶ濡れになりながらそう言ったラウラの声は、まるで大切な物を全て失って絶望したような、悲しそうな声音に変質していた。

 

 降り注ぐ雨粒の中で、彼女の深紅の瞳から涙が零れ落ちていく。空を見上げたまま突っ立っていた彼女は、雨水と涙で濡れたまま、ゆっくりとこっちを見つめる。悲しそうな声だったというのに、彼女はまだ微笑み続けていた。けれども先ほどのように幸せそうな笑みではなく、押し寄せてくる絶望に蹂躙されても、決して屈しない彼女の強靭な精神力が、無意識のうちに浮かべさせていた痛々しい微笑だった。

 

「ど、どうしたんだよ…………?」

 

「ごめんね…………。お姉ちゃん、タクヤと離れ離れになっちゃうみたい」

 

「え――――――――」

 

 離れ離れ…………?

 

 な、何を言ってるんだよ、ラウラ。どうして俺たちが離れ離れにならないといけないんだ?

 

 もう一度彼女の手を掴もうとして右手を伸ばすと同時に、何の前触れもなく、彼女の左手がぼろりと崩壊した。真っ白だった彼女の手が、まるで腐敗した死体の腕のように変色し、手首からどんどん崩れ落ちていく。

 

 ぎょっとして手を引っ込めると、ラウラは笑みを浮かべたまま目を閉じ、まだ残っている右手の白い指で涙を拭い去る。驚愕している俺を安心させようとしているのだろうか。

 

「ラウラ…………」

 

「ごめんね…………タクヤのお嫁さんになれなくなっちゃった」

 

 雨が強くなり、雷鳴が雨雲の中で産声を上げる。猛烈な光を発しながら大地へと突き刺さった雷の光が消えると同時に響き渡った轟音が、まるで空中分解を起こしてしまったかのように無数の小さな音へと枝分かれし、この世界に居座り続ける。

 

 その音は、雷鳴ではなかった。

 

 何度も聞いてきた音だ。魔物やクソ野郎を撃ち殺すときに何度も響かせた炸薬の絶叫。エジェクション・ポートから火薬の臭いを纏った空の薬莢が飛び出す度に、鼓膜を蹂躙していた銃声たち。

 

 雷鳴がいつの間にか銃声に変わっていることに気付いた途端、ラウラの瞳から流れている涙が真っ赤に変色する。鮮血のような色の瞳から零れ落ちた血涙をもう一度指先で拭い去り、白い指を真っ赤に染めながら、彼女は微笑み続ける。

 

「どうしたんだよ、ラウラ…………?」

 

「ごめんなさい…………私…………」

 

 ぼろり、と今度は彼女の左足が崩れ落ちる。片方の足を失ってしまったというのに、鮮血の涙を流し続ける彼女はそのままもう片方の足で立ち続けていた。

 

「―――――――死んじゃったの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞼が開くと同時に、湿った枕と毛布の感触が全身を包み込んでいることに気付いた。まるで、やっと現実に合流できたかのように、少しずつ色んなことに気付いていく。

 

 汗の臭いで台無しになったベッドの感触や、部屋に置かれている家具の群れ。本棚の中には見覚えのあるマンガがずらりと並んでいて、その隣にある本棚には様々な言語で書かれた魔術の教本が居座っている。任務を終えて部屋で休んでいる時によくあの本棚は乱れてるんだけど、ナタリアがこの部屋を訪れる度に、「あんたは団長なんだからしっかりしなさい」と言いながら、よくあの本棚を整理してくれるのだ。

 

 しっかり者の彼女が本棚を片付けている光景を思い浮かべた瞬間、俺はここが自分の部屋だという事に気付いた。タンプル搭の地下に用意された居住区にある、他の団員たちと全く変わらない部屋。団長なのだから部屋に豪華な装飾をするべきだと団員に言われたこともあったけれど、あまり貴族が好むような派手な装飾は必要ない。俺は貴族じゃないし、立場は団員たちと同じなのだから。

 

 ベッドの隣を見てみると、やっぱりイリナが持ち込んだ棺桶が置いてあった。吸血鬼たちは棺桶の中に毛布を敷いて眠るらしい。

 

 そう言えば、どうして俺は部屋で眠っていたのだろうか? 今は吸血鬼たちの攻撃を迎え撃っている最中ではなかったのだろうか?

 

「あ、タクヤ」

 

「ナタリア…………?」

 

 ベッドで眠っていた原因を思い出そうとして足掻いていると、キッチンの方から顔を出したナタリアがこっちへとやってきた。どうやら俺が眠っている間に料理を作ろうとしていたらしく、テンプル騎士団の黒い制服の上にベージュ色のエプロンを身につけている。

 

 以前に街で買ってきた物らしく、よく料理をする時に身に纏っている。普段は制服の上にそれを身に纏っているんだけど、休日だと稀に私服の上にエプロンを身につけて料理することがあるのだ。

 

「吸血鬼たちは?」

 

「ブレスト要塞は放棄したわ。艦隊は奮戦中…………。辛うじて制空権は死守したけど、劣勢ね」

 

「そうか…………」

 

 確か、吸血鬼たちの攻撃を受けたブレスト要塞を放棄したのだ。俺やラウラたちは生き残っている兵士たちを救出しつつ、タンプル搭へと進軍しようとしている敵部隊を足止めするために出撃し、敵にある程度の損害を与えて戻ってきた。

 

 撃墜されたヘリからイリナとステラを救い出し、近くで行動不能になっていたシャール2Cを修理して、敵の戦車部隊を蹂躙しながらタンプル搭へと帰還することができたのだ。もしあの時ガングート級の艦砲射撃で支援してもらえなかったら、俺たちは戦死していたに違いない。

 

 あの時支援してくれた艦長には、しっかりとお礼を言っておかないと。

 

 あ、そうだ。そう言えばラウラはどこに行ったのだろうか?

 

「ナタリア、ラウラは――――――――」

 

 そう言った瞬間、脳味噌の中で激痛が産声を上げた。それと同時にあの夢の中で見たラウラの姿がフラッシュバックする。片手と片足が崩れ落ちて、血涙を流しながら微笑むラウラ。楽しそうに微笑んでいたというのに、彼女はどうしていきなり涙を流し始めてしまったのだろうか。

 

《私―――――――死んじゃったの》

 

「ッ!」

 

 夢の中でラウラが言った、考えたくない言葉。

 

 鯨の巨体に突き刺さる獰猛な銛のように、その言葉が脳のど真ん中に突き刺さる。

 

 確か、タンプル搭へと戻った時に、1人の兵士から教えてもらったのだ。ブレスト要塞の敵部隊を狙撃していたラウラがどうなったのかを。

 

「…………ラウラは…………死んだ……?」

 

 嘘だ。

 

 ラウラが死ぬわけがないじゃないか。彼女は狙撃の技術で親父を超えた最強の狙撃手だし、彼女に戦い方を教えたのは最強の転生者(速河力也)だ。しかも人間よりもはるかに強靭な肉体を持つキメラなんだから、簡単に死ぬわけがない。

 

 目を見開きながらナタリアの顔を見上げると、彼女は溜息をついた。

 

「ごめんなさい、心配しなくていいわ。情報が混乱してたから…………」

 

「え?」

 

「―――――――ラウラが戦死したという情報は、誤報よ」

 

「誤報…………」

 

 ということは、ラウラは無事なのか? 戦死したわけではないのか?

 

「安心して、ラウラは生きてるわ」

 

「よかった…………」

 

「まったく…………あんた、兵士から聞いた誤報を聞いて倒れたらしいわよ?」

 

「マジかよ…………」

 

 だから寝てたのか。

 

 いつもならナタリアは笑いながらそういう筈なんだけど、今は笑っていなかった。笑おうとしたように見えたけれども、彼女は相変わらず真面目な表情のままベッドの近くへと椅子を持ってくると、その上に腰を下ろし、近くに置いてあるポットを使って紅茶を淹れてくれる。

 

 普段の紅茶よりも香りが強烈だな。ヴリシア産の紅茶なのだろうか。

 

「じゃあ、ラウラも無事に帰還できたんだな?」

 

「…………いえ」

 

 問いかけると、ティーカップを傍らに置こうとしていたナタリアの手が一瞬だけ止まった。

 

「…………負傷してるのか?」

 

「ええ…………吸血鬼の兵士にやられたみたい。味方の狙撃兵が救出して連れ戻してくれたんだけど…………。多分、医務室にいるわ」

 

 ラウラが、やられた…………?

 

 紅茶を飲んでいる場合ではない。俺は大慌てでベッドから飛び出すと、紅茶を淹れてくれたナタリアに「ありがとう。ちょっと医務室に行ってくる」と言ってから、手の甲で額に残っている汗を拭い去りながら医務室へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この世界には、便利な魔術が普及している。

 

 例えば魔物に爪で切り裂かれたり、弓矢が突き刺さっても、治療魔術を使えばあっという間に傷口を塞ぐことができる。それに産業革命の際により高性能な回復アイテムの”ヒーリング・エリクサー”が発明された―――――――正確には、産業革命以前からモリガンの傭兵たちが愛用していたものを販売し始めた―――――――ため、冒険者や騎士団の生存率は飛躍的に向上した。

 

 しかし、どんな傷口でも塞いでしまうとはいえ、あくまでもそう言った魔術や回復アイテムは傷口を”塞ぐ”だけであり、片腕や片足を失った場合は、その失った手足を再び”生やす”のは不可能なのである。

 

 魔術は便利だが、対応できない傷もあるため、テンプル騎士団では念のために医務室を設置している。とはいえ、今までにそこへと送られる羽目になったのは、ヴリシアの戦いで手足を失った兵士たちだけだ。それ以外の兵士たちは治療魔術師(ヒーラー)に治療してもらうか、回復アイテムを使って自力で治療することができるのである。

 

 つまり、ラウラがそこに送られているという事は、少なくとも回復アイテムや治療魔術師(ヒーラー)では対処できない重傷を負ってしまったという事だ。

 

 大急ぎでエレベーターに乗り、ボタンを押しながら夢の中で泣いていたラウラの姿を思い出す。

 

 利き手である左腕と、左足が崩れ落ちてしまったラウラ。まさかあの夢の中に出てきたラウラは、吸血鬼にやられて重傷を負ってしまったラウラなのではないだろうか。

 

 戦死したという誤報は、重傷を負っていた彼女を死体だと勘違いした兵士が原因なのかもしれない。

 

 地下4階に辿り着いた瞬間に、エレベーターから飛び出す。回復アイテムが行き渡らなかったのか、頭や胸板に包帯を巻いた負傷兵たちが通路の壁の近くに座って呻き声を上げていた。彼らの傍らでは白衣に身を包んだ女性の団員が大急ぎで調合したエリクサーを支給したり、水を欲しがっている兵士たちに水を配っている。

 

 彼女たちの邪魔をしないように気を付けながら、医務室の前に立つ。ドアをノックしようとすると、白衣に身を包んだ男性の治療魔術師(ヒーラー)に声をかけられた。

 

「同志団長、お疲れ様です」

 

「お疲れ様。…………ラウラは?」

 

「はい、同志ラウラは部屋の中にいらっしゃいます」

 

「容体はどうなんですか?」

 

 問いかけると、彼はかけていたメガネを外してから答えた。

 

「命に別状はありませんが…………彼女を復帰させるのは、不可能かと」

 

「…………入っても大丈夫ですか? 彼女に会いたいんです」

 

「ええ…………どうぞ」

 

 復帰させるのは不可能だと…………?

 

 やっぱりあの夢の中に出てきたラウラは、重傷を負ったラウラだったのか…………!

 

 深呼吸してから、俺は医務室のドアを開けた。

 

 ドアを開けた瞬間、エリクサーの調合に使うための薬草の香りが鼻孔を支配する。医務室の中は前世の世界の病院にそっくりで、真っ白なベッドが純白のカーテンたちに囲まれていた。戦闘で手足を失った兵士たちが既に数名運び込まれているらしく、カーテンの向こうからは兵士たちの呻き声が聞こえてくる。

 

 猛烈な薬草の香りの中に、彼女の匂いは紛れ込んでいないだろうか。石鹸と花の香りを混ぜ合わせたような甘い彼女の香りはちゃんと覚えている。だから少しでもその匂いがすれば、彼女がどのベッドで眠っているのか分かる筈だ。

 

 彼女よりも発達した嗅覚をフル稼働させながら、俺はラウラの匂いを探した。やがて、血の臭いが混じっていたけれど、彼女の甘い香りが鼻孔へと流れ込んでくる。

 

 こっちだ。彼女は奥のベッドにいる。

 

 俺の後についてきた男性の治療魔術師(ヒーラー)は、俺が彼女のベッドの位置を突き止めたことに驚いているようだった。自分が案内するつもりだったのだろうか。

 

「ラウラ?」

 

『た、タクヤ…………?』

 

 やっぱり、このベッドだ。

 

 息を呑んでから、そっとカーテンを手で掴む。

 

 夢の中に出てきた状態のラウラではありませんようにと祈りながら、ゆっくりとカーテンを開ける。

 

 けれども――――――――カーテンの向こうで、ベッドに横になりながら目を見開いてこっちを見ていたのは、夢の中に出てきた状態のラウラだった。

 

 

 

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