異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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退役とヒント

 

 真っ白なカーテンを開けた瞬間、猛烈な薬草の臭いが鼻孔の中へと流れ込んできた。彼女の甘い香りをかき消してしまうほど濃密な臭いを嗅ぐ羽目になってしまったけれど、顔をしかめずに、その向こうにいるラウラの身体を凝視する。

 

 いつもの黒い服ではなく、負傷した兵士のために用意された白い服に身を包んだラウラは、純白のベッドの上に横になっていた。

 

 毛布が支給されている筈なんだけれど、彼女はその毛布を使っていなかった。支給するために毛布を持ってきてくれた衛生兵が、ベッドの上に置いた時のままの状態になっている。

 

 それゆえに、彼女の負った傷がはっきりと分かってしまった。

 

 いつも俺の頭を撫でてくれた右腕はいつも通りだ。けれどもその反対側にある左腕がある筈の袖には”中身”が入っておらず、まるでマフラーのような状態になっている。中身のない袖は肘よりもやや上の辺りから膨らんでいて、そのまま真っ白な包帯が覗く彼女の肩へと続いていた。

 

 彼女の足も、同じ状態なのだろうか。ぞくりとしながら少しずつ足の方を見ようとしたけれど、まるで目が見たくないと言わんばかりに硬直しているような気がしてしまう。

 

 けれども俺は、強引に彼女の左足を凝視した。

 

 純白のズボンの中身も、同じ状態だった。左足の太腿の辺りまではしっかりと膨らんでいるのに、そこから下の中身が唐突に消失してしまっていて、左腕と同じく真っ白なマフラーと化している。

 

 ―――――――ラウラの左腕と左足が、ない。

 

 もし気を失っている間に、ラウラが血涙を流しているあの夢を見ていなければ、きっと俺はここでも気を失ってぶっ倒れていた事だろう。最愛の姉の利き手と左足がなくなってしまったのだから。

 

「…………」

 

 中身がなくなってしまった袖へと手を伸ばし、持ち上げる。当たり前だけれど、中身が入っていないせいで袖は軽い。幼かった頃、よく母さんやエリスさんが畳み終えた洗濯物を自分たちの部屋のタンスへとラウラと競争しながら運んだことがあった。まるでその時に手にしていた洗濯物のように、あまりにも軽すぎる。

 

 そのまま彼女の顔を見ると、ラウラは微笑んでいた。

 

「ごめんね…………怪我しちゃった」

 

「怪我…………」

 

「でも大丈夫だよ。ちょっと時間はかかっちゃうけれど、すぐに義手と義足を付けて復帰するから」

 

 ショックじゃないのか、お前は。

 

 自分の利き手と足が、なくなってしまったというのに。

 

 もう一度彼女のなくなってしまった左足を見た途端、同じように左足を失った親父の姿がフラッシュバックした。ジョシュアに身体を乗っ取られるよりも先に、その左足を俺に切断させた親父も足を切られた瞬間に絶叫していた。

 

 もし俺もヘリからの狙撃ではなく、彼女と一緒にヘリから降下して狙撃していたのならば、ラウラはこんな目に遭わずに済んだのではないだろうか。

 

「…………同志」

 

「はい、団長」

 

 すぐ近くにいた男性の治療魔術師(ヒーラー)に声をかけながら、彼の顔を見つめる。

 

「…………俺の腕と足を、ラウラに移植できないだろうか」

 

「…………何を言ってるのですか、団長。そんなことをしたら、今度はあなたが戦えなくなりますよ」

 

「構わない。俺とラウラの父親は同じ男だし、母親も遺伝子的にはほぼ同じ人間だ。移植なら問題はない筈だ」

 

 父親はリキヤ・ハヤカワ。ラウラの母親はエリスさんで、俺の母親はエリスさんの遺伝子をベースにして生み出されたホムンクルス(クローン)なのだ。魔剣を埋め込むために多少調整されているとは言え、遺伝子的にはほぼ同じなのである。

 

 だから移植はできる筈だ。

 

 俺は立てなくなっても構わない。彼女が再び歩けるようになるのであれば。

 

「”部品”ならここにある。ちょっと長いかもしれないが…………」

 

「団長、落ち着いてください。…………この戦いが終わってからならば、手配すれば義手と義足は用意できます。あなたが手足を失う必要はないんですよ」

 

 治療魔術師(ヒーラー)と話をしていると、俺の左手を真っ白な手が掴んだ。びっくりして腕を掴んでいる手を見てみると、ベッドに横になっていたラウラが身体を起こして、俺の腕を右腕でぎゅっと握っていた。

 

「タクヤは”部品”なんかじゃないよ」

 

「でも…………」

 

「それに、腕と足がなくなるのってとっても痛いんだよ? …………お姉ちゃんは大丈夫だから」

 

 微笑みながらラウラはそう言ったけれど、よく見ると彼女の頬は少しばかり濡れていた。

 

 手足を失った人間を苦しめるのは、激痛だけではないのだ。

 

「…………分かった。ラウラ、俺は指令室に戻るよ」

 

「うん、頑張ってね」

 

 ベッドの上の彼女とキスをしてから、治療魔術師(ヒーラー)に「彼女を頼む」と言い残し、俺は踵を返す。重症を負った他の兵士――――――――ブレスト要塞の生き残りだろう――――――――の呻き声を聞きながら、医務室を後にする。

 

 彼女の手足を奪ったのは、誰なのだろうか。

 

 兵士たちの呻き声と共にラウラの甘い香りが医務室のドアのせいで遮られた瞬間、彼女が重傷を負う羽目になった元凶への憎悪が産声を上げる。

 

 最愛の姉が利き手と足を失った悲しみを瞬く間に喰らい尽くして成長した憎悪が、頭と心の中を侵食し始める。

 

 もし生きているなら――――――――惨殺してやりたい。

 

「――――――よう、同志」

 

 エレベーターのボタンを押そうとしていると、通路の向こうからケーターがやってきた。通常の部隊やスペツナズとはデザインが違うシュタージの制服に身を包んだ彼は、手に数枚の書類を持っている。これから指令室に報告に行くところなのだろうか。

 

 ゆっくりと上から降りてきたエレベーターに一緒に乗り、ボタンを押して指令室を目指す。扉が閉まってエレベーターが動き出すと同時に、壁に寄り掛かっていたケーターは手にしていた書類の中から2枚の紙を俺へと差し出した。

 

「ブレスト要塞に、スペツナズから借りた吸血鬼の兵士を潜伏させておいた」

 

「承認した覚えがないな」

 

「ああ、お前が気絶している間にやらせてもらった」

 

「…………申し訳ない」

 

 情けないな…………。

 

 そう思いながら、彼から渡された紙を見下ろす。どうやらこの紙にはオルトバルカ語ではなくヴリシア語で書かれているらしい。シュタージが用意したものではないようだ。

 

《鮮血の魔女、ついに戦死! 我らの優秀な狙撃手によってついに討伐される!》

 

「…………鮮血の魔女?」

 

「ラウラの事だ。あいつらはラウラの事をかなり恐れていたようだな」

 

 まだ死んでいないという事を知ったら、彼らは再び震え上がってくれるだろうか。

 

 そう思いながら、ドイツ語にそっくりなヴリシア語で書かれたそのポスターのようなものを読み進めていく。ラウラの手足を奪った狙撃手の名前が書かれていたのであれば、探し出して惨殺してやろうと思っていたんだが、その狙撃手と思われる兵士の名前は一切書かれていない。ラウラが戦死したのだからテンプル騎士団は弱体化したと書かれており、兵士たちの士気を上げるために用意されたポスターだという事が分かる。

 

「兵士たちには知られてないな?」

 

「ああ。知られたらこっちの兵士の士気が下がっちまう」

 

「…………よし、兵士たちにはラウラがまだ生きている事を伝えろ」

 

「それで、ラウラはどうする?」

 

「え?」

 

「利き手と片足がないんだ。…………義手と義足を手配しても、リハビリには時間がかかる。彼女のためにも退役させるべきでは?」

 

「退役…………」

 

 エレベーターが指令室のある階へと到着し、チャイムを奏でる。扉が開く音も聞こえてきたけれど、すぐに降りようとは思えなかった。

 

 ラウラを…………退役させる…………?

 

 確かに、利き手と片足を失った状態で義手と義足を移植すれば、リハビリさえ終われば復帰はできるだろう。しかし、この世界の技術で失う以前の状態の手足と全く感覚が同じ義手と義足を生み出すことは不可能だ。絶対に差異が生まれるし、その感覚の違いが足枷になる事もある。

 

 下手をすれば、その感覚の違いが原因で再び危険な目に遭ってしまうかもしれないのだ。

 

 それを防ぐためにも、ラウラを退役させるべきなのかもしれない。

 

 彼女を失えばテンプル騎士団は大打撃を被るし、士気も今度こそ一気に下がるだろう。

 

「…………考えておく」

 

「分かった」

 

「それで、敵はどうなってる?」

 

「陥落させたブレスト要塞を橋頭保にし、タンプル搭攻撃の準備を整えつつある。だが、あいつらも予想以上の損害を被っているらしいからな。タンプル搭への攻撃は、おそらく三日後の夜になる」

 

 少なくとも、昼間に進軍するのはありえないだろう。吸血鬼たちの弱点の1つは日光なのだが、その弱点に対する耐性には個人差があるのだ。少しでも日光を浴びれば消滅してしまう吸血鬼もいるし、日光を浴びても身体能力が下がったり、再生速度が遅くなる程度で済む吸血鬼もいる。

 

 昼間に進撃するという事は、その耐性のない吸血鬼たちを切り捨てることを意味している。ただでさえ兵力がこちらの兵力を下回っているのだから、1人でも多くの兵士を作戦に参加させるために夜に進撃するのは想像に難くない。

 

 その間にこっちも最終防衛ラインを準備することができるだろう。すでに各地にある前哨基地から部隊が合流しつつあり、各拠点に配備していた虎の子のシャール2Cたちもタンプル搭へと集合している。激戦から生還したピカルディーも修理が完了しつつあるため、今度の戦闘では増産予定の2両も投入する予定だ。

 

 合計で12両のシャール2Cが佇んでいれば、吸血鬼共も震え上がるだろう。

 

 だが、その前に手を打たなければならないこともある。

 

 まず、ブレスト要塞を一撃で陥落寸前まで追い詰めた敵の攻撃だ。相変わらずその攻撃の正体は不明だが、次の攻撃でその兵器がタンプル搭の攻略に投入されるのは想像に難くない。ブレスト要塞の二の舞にならないためにも、奴らが体勢を整えている間に、少なくともそれを潰しておく必要がある。

 

 それに、その攻撃の前にラウラの復讐もしておかなければ。

 

 できるならばラウラの手足を奪った狙撃手の情報収集をシュタージに依頼したいところだが、彼らも敵の戦力の情報収集で手一杯だ。そういう個人的な依頼をするのは慎まなければならない。

 

「投入予定の増産したシャール2Cは?」

 

「11号車『ジャンヌ・ダルク』はいつでも投入できる。12号車『ジル・ド・レ』はまだ調整中だ。半日くらいすれば投入できるだろう」

 

「防衛線には間に合いそうだな」

 

「ああ。…………あんなのが12両も待ち構えてたら、絶対吸血鬼共は震え上がるぞ」

 

 おかげで持ってたポイントが結構減っちまったけどな。

 

 メニュー画面を開いて残ったポイントの量を確認した俺は、苦笑いしながら指令室の扉を開けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ラウラ」

 

「あっ、タクヤ。お疲れ様」

 

 手足を失っているというのに、彼女はカーテンを開けた俺を微笑みながら見つめてくれた。俺も微笑みながら傍らの椅子に座り、彼女のために用意された食事の乗ったトレイを小さなテーブルの上に置く。

 

 今日の夕食は、ライ麦パンとサラダとアイントプフ。デザートのヨーグルトもある。

 

 ライ麦パンを小さく千切ってからトレイの上に置くと、ラウラは「ありがとね」とお礼を言ってから、ライ麦パンを口へと運んだ。

 

「ラウラ、その…………」

 

「どうしたの?」

 

「…………俺さ………ラウラを退役させるべきなんじゃないかって思ってるんだ」

 

「え…………」

 

 美味しそうにライ麦パンを食べていたラウラが、ぴたりと止まる。

 

 退役するという事は、もう二度と俺と一緒に戦えないという事だ。つまりこの戦いでテンプル騎士団が勝利した後に、一緒にメサイアの天秤を消しに行くこともできなくなるという事を意味している。

 

 冒険者になる前に、一緒に旅をしようと誓ったというのに、もう旅ができなくなってしまうのだ。

 

「………ラウラを失いたくないんだよ」

 

「…………」

 

「嫌なんだ、1人になるのは…………。だから、もうラウラを危険な目に遭わせたくない」

 

 個人的な理由だ。テンプル騎士団の戦力が下がってしまうと言っていれば、もう少し合理的な理由になっていただろうか。

 

「…………そんなの嫌だよ」

 

 唇を噛み締めていると、食べようとしていたパンをトレイの上に置いた彼女は首を横に振った。

 

「約束したでしょ。一緒に旅をしようって」

 

「…………」

 

「義手と義足さえあればお姉ちゃんは大丈夫だから…………………置いて行かないでよ」

 

 どうすればいいのだろうか。

 

 彼女のために義手と義足を手配し、リハビリを終えた彼女を再び前線へと送るべきなのか。そうすればラウラは納得してくれるかもしれないけれど、再び彼女を危険な目に遭わせてしまう。もしかしたら、今度こそ彼女は戦死してしまうかもしれない。

 

 強引に退役させれば、彼女を死なせることはない。けれども彼女は間違いなく猛反発するだろう。

 

 どちらを選べばいい?

 

 俺はどうすればいいのだろうか。

 

 拳を握り締めていると、ラウラが俺の手を右手で思い切り掴んだ。

 

「お願い、置いて行かないで…………1人になるのは嫌なの…………お願い、タクヤ…………!」

 

「ラウラ…………」

 

「1人にしないで…………ッ! お願い…………!!」

 

 そのまま抱き着いてきた彼女を、優しく抱きしめる。彼女が顔を押し付けている制服の胸板の部分に、暖かい彼女の涙が染み込んでいくのが分かる。

 

 どうすればいいのか、分からない。

 

 気が付いたら、俺も涙を流していた。

 

 すぐに涙を拭い去り、彼女が泣き止むまで抱きしめ続ける。

 

 俺だってラウラを1人にはしたくない。けれども、ラウラを死なせたくもない。

 

 もし手足を失う羽目になったのが俺だったのならば、退役しろと言われたら納得していただろう。そのまま車いすに座って生活する羽目になっていたかもしれない。

 

「大丈夫だよ、お姉ちゃん」

 

 尻尾を使って自分のリボンを取りながら、まだ泣き続けている彼女に囁いた。

 

「俺はいつでもお姉ちゃんと一緒にいるからね」

 

「タクヤ…………」

 

 彼女が死なないように、全力で守ればいい。

 

 俺の手足が千切れてもいい。その代わりに、ラウラは絶対に守る。

 

「義手と義足は手配しておくよ。リハビリにもちゃんと付き合うから」

 

「うん…………ありがと」

 

 絶対に退役はさせないし、死なせない。

 

 彼女を抱きしめながら、俺はそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベッドの上で眠るラウラの枕元に、自分のリボンを置く。21年前のネイリンゲンで18歳になった俺のために、ラウラがプレゼントしてくれた大切なリボン。俺の髪の色に合わせてくれたらしく、真っ黒なリボンには蒼いラインが入っている。

 

 俺にとっては、お守りだ。

 

 それを彼女の枕元に置き、近くの椅子の上に置いてあるラウラのカーキ色の服をそっと拾い上げる。

 

 彼女が身につけていた、テンプル騎士団の制服だ。ブレスト要塞で敵兵を狙撃する際に身につけていたカーキ色の軍服を拾い上げた俺は、その匂いを嗅ぎ始めた。

 

 ラウラの手足を奪った敵の匂いが、もしかしたら残っているかもしれない。とはいえ彼女の手足を奪ったのは狙撃手だ。接近戦でも繰り広げていない限り、匂いがつくことはないだろう。

 

 けれども、ヒントが必要だった。彼女の復讐をするためには。

 

 残っているのはラウラの甘い匂いと彼女の汗の匂い。それ以外の臭いは猛烈な火薬の臭いだが、彼女よりも発達した俺の嗅覚が、その匂いたちよりもはるかに薄い別の匂いをすぐに捉えた。

 

 この匂いは…………?

 

「紅茶…………?」

 

 ヴリシア産の紅茶だ。匂いが強烈であるため、中にはこれを香水代わりにする貴族もいるという。狙撃手部隊の中には出撃の直前にヴリシア産の紅茶を飲んでいた者はいなかったため、明らかにこれは彼女の手足を奪った敵の臭いだろう。だが、あいつらはヴリシア産の紅茶をよく飲んでいるという。

 

 別の匂いはないか…………?

 

 襟の部分の匂いを嗅いだ瞬間、別の匂いが鼻孔の中へと流れ込んできた。

 

 相変わらずヴリシア産の紅茶の匂いがしたけれど、その紅茶の匂いと共に彼女の手足を奪った敵兵の体臭もまだ残っている。

 

「…………見つけたぞ」

 

 ラウラの手足を奪った敵兵の匂いは、ちゃんと刻み付けた。

 

 あとはこの匂いを辿るだけでいい。

 

 彼女の服を再び畳み、椅子の上に置く。

 

「待っててね、お姉ちゃん」

 

 手足を奪った敵を、惨殺してくるから。

 

 眠っている彼女の額にそっとキスをしてから、踵を返して医務室を後にする。

 

 おそらく、彼女の手足を奪った敵兵はブレスト要塞にいるだろう。要塞を警備している敵兵の規模は不明だが、単独で潜入してその敵兵を暗殺するのはかなり困難だろう。

 

 敵をおびき出す必要がある。

 

 討伐した筈の”鮮血の魔女”が再び戦線に復帰したという事を教えてやれば、必ずその狙撃手が派遣される筈だ。

 

「…………殺してやる」

 

 絶対に殺してやる。

 

 どんなに濃いモザイクでも修正しきれないくらい、無残に殺してやる…………!

 

 

 

 

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