異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる 作:往復ミサイル
冷たい空気と猛烈なカビの臭いがする空間の中で、銀髪の少女は目を覚ました。
棒で突けば一斉に埃や砂塵が降り注ぎ始めそうなほど汚れた天井にぶら下げられているのは小さなランタンだ。傷だらけであるから使い込まれていることが分かるが、天井の板のように古びているわけではないため、元々この部屋の照明用にぶら下げられていたものではないのだろう。
天井にぶら下がっているのは、産業革命以降にあらゆる売店で販売されるようになったモリガン・カンパニー製のランタンだ。冒険者向けに開発されたコンパクトな代物で、それなりに光も強いため、野宿や暗いダンジョンを調査する際に重宝するという。
冒険者だけでなく商人や傭兵たちにも愛用されている代物だが、さすがに暗い部屋の中をそれ1つだけで照らすのは想定外なのだろう。ランタンの中に居座る炎が照らしているのは天井の板と真下にある床の一部だけで、それ以外は除け者にされてしまったかのように暗闇に支配されている。
(ここは…………?)
少女が周囲を見渡そうとした瞬間、赤毛の女性の姿がフラッシュバックする。
鮮血を思わせる長い赤毛と、同じく赤い瞳。フードのついた漆黒のコートを身に纏い、複数の銃と変わった形状のナイフで武装していた、キメラの女性。
そのフラッシュバックが、”起爆スイッチ”となった。
気を失う前に彼女が経験する羽目になった激痛と恐怖が、一斉にアリーシャの脳の中で再び目を覚まし始めたのである。普通の人間ならばすぐに死んでしまうほどの猛烈な激痛と、凄まじい憎悪を纏った敵の殺意。赤毛のキメラに嬲り殺しにされていた事を思い出したアリーシャは、ランタンの明かりを睨みつけながら歯を食いしばる。
吸血鬼たちの中には、自分たちが最も優れている種族であるという思想を捨て、他の種族たちとの共存を試みている同胞たちもいる。しかしアリーシャは幼少の頃に奴隷にされた経験があるため、人間たちと共存する気にはなれなかった。
それゆえに、彼女は人間を憎む。
この春季攻勢に勝利し、忌々しいテンプル騎士団から天秤の鍵を全て奪還すれば、この世界を支配した伝説の吸血鬼であるレリエル・クロフォードを復活させることができる。彼が復活すれば再び容易くこの世界を支配することができるのだ。
吸血鬼たちが世界を支配すれば、もう二度と人間たちに奴隷にされることはなくなる。吸血鬼の男性たちが強制的に労働させられ、女性たちが犯されることはなくなるのだ。
しかもテンプル騎士団の団長は、そのレリエル・クロフォードを殺した魔王の息子であるという。魔王を始末する前に彼の息子を消すことができれば、忌々しい
彼女の中で産声を上げた憤怒が、フラッシュバックで再び目を覚ました恐怖を食い千切る。吸血鬼のプライドを滅茶苦茶にしていた恐怖を咀嚼した憤怒が徐々に肥大化していったが、何故か激痛は全く消える気配がなかった。
「え…………?」
両手の手のひらと両足の太腿を、激痛が押し潰す。
目を見開きながら利き手である右手の手のひらの方を見た彼女は、手のひらに奇妙な金属の物体が突き刺さっていることに気付いた。刀身と思われる部分が彼女の手のひらを貫通して背後のレンガの壁に突き立てられており、彼女に苦痛を与えつつ拘束しているのである。刀身のような部分の後方には木製のグリップらしき部分があるため、手のひらに突き刺さって彼女に苦痛を与えている元凶がナイフであることが分かる。
何の変哲もないナイフだ。対吸血鬼用に刀身を銀に変えている様子はない。吸血鬼が嫌う聖水を刀身に塗っているわけでもないらしく、アリーシャの肉は再生するために足掻き、何度もナイフの刀身に両断され続けている。
左側の手のひらにも、鍛冶屋に行けば賃金の低い労働者でも購入できそうなごく普通のナイフが突き刺さっていた。
その普通のナイフが彼女の手のひらを貫通した挙句、背後に鎮座するレンガの壁に突き刺さっていることに違和感を感じつつ、そのまま両足を見下ろす。
激痛を感じているのは、両手の手のひらだけではないのだ。両足の太腿にも何かが突き刺さっているような感触がするのである。
ぞくりとしながらゆっくりと自分の足元を見下ろしたアリーシャは、自分の太腿に”喰らい付いている”代物を目にした瞬間、赤毛のキメラに嬲り殺しにされていた際に感じる羽目になった激痛を思い出した。
「ひぃ…………ッ!」
魔物の硬い外殻すら容易く突き破ってしまう無数のスパイクは、まるで巨大なサメの口を彷彿とさせる。魔物を想定した代物であるため、それを対人用に使用すれば、それに喰らい付かれた標的の肉や骨は呆気なく噛み砕かれ、血の海を作り出す羽目になるのは想像に難くない。
自分の血で真っ赤に染まった無数のスパイクは、容赦なく彼女の太腿の肉に喰らい付いていた。本来ならば小型のドラゴンやゴーレムのように硬い外殻を持つ魔物に苦痛を与えつつ足止めするためのトラップなのだが、彼女の足元に用意されたその対魔物用トラバサミは、”罠”ではなく拷問用の”道具”として機能していた。
もちろん人間に使えば大量に出血する羽目になるため、あっという間に死亡してしまう。再生能力を持つ吸血鬼だからこそ、拷問用の道具として機能するというわけだ。
「こんばんわ、メイドさん」
「ッ!」
部屋の反対側から、少女のような声が聞こえた。
ぎょっとしたアリーシャが再び目の前の床の一部を照らしているランタンを睨みつけると同時に、部屋の反対側からやってきた人影が天井のランタンを手に取り、ゆっくりとアリーシャのすぐ近くまでやって来る。
暗い部屋の中に姿を現したのは、蒼い髪の少女だった。蒼空を彷彿とさせる長い髪が肩の短いマントの一部や後ろのフードを覆っている。黒いコートやズボンに包まれている手足はすらりとしているが、幼少の頃から鍛え上げていたのか、すらりとした手足にしっかりとした筋肉がついていることが分かる。
見覚えのない容姿の少女であったが、目を覚ました直後に苦しむ羽目になった彼女が耳にしたその少女の声は、あの廃村でアリーシャを散々痛めつけた忌々しい赤毛のキメラと同じ声であった。
よく見ると、その少女の頭からはダガーのような形状の角が生えているのが見える。根元の方は黒いが、先端部に行くにつれて蒼くなっており、先端部はまるでサファイアのように透き通っている。腰の後ろからも荒々しいオスのドラゴンの身体を覆う堅牢な外殻に覆われた蒼い尻尾が伸びており、ダガーのように鋭い先端部が、すぐに串刺しにしてやると言わんばかりにアリーシャへと向けられていた。
髪の色は真逆だが、アリーシャを睨みつけている瞳の色は、彼女を嬲り殺しにした赤毛のキメラと全く同じ色である。
「誰…………!?」
「さっきまで戦ってただろ?」
「お前…………ッ!」
確かに、髪の色と胸の大きさを除けばあの赤毛のキメラに瓜二つである。
「鮮血の魔女じゃないのね…………?」
「ああ、そうだ。俺はテンプル騎士団団長『タクヤ・ハヤカワ』。お前が討ち取った”筈”の
「弟…………?」
「その通り。同い年だけどな」
ナイフで両手を串刺しにされた挙句、両足をトラバサミに貫かれているアリーシャを見下ろしながら、タクヤは嗤った。
姉であるラウラ・ハヤカワを討ち取った憎たらしい狙撃手を容易くおびき出してから、散々痛めつけることができて満足しているのだろう。そう思った瞬間、アリーシャの中の恐怖を喰らい尽くした憎悪がさらに膨らんでいく。
忌々しいキメラに痛めつけられたという”恥”が、まるで油のように
「お前が魔女のふりをしていたという事は、彼女は戦死したのかしら? 可哀そうに」
「残念ながら生きてるよ。ベッドの上で治療を受けながらな」
標的を仕留め損ねた狙撃手を嘲笑いながらそう言ったタクヤは、肩をすくめてから右手を腰へと伸ばした。廃村でアリーシャに風穴を開けた銃は1丁も装備していないようだったが、腰にはやけに大きなナイフの鞘が2本ほど下げられており、革製の鞘からはナックルダスターを彷彿とさせる漆黒のフィンガーガードと、木製のグリップが突き出ていた。
その木製のグリップを握ったタクヤはゆっくりとナイフを引き抜くと、漆黒の刀身を見つめてから、大量の鮮血を流しつつタクヤを睨みつけている吸血鬼の少女に向かって、漆黒のナイフを突き出す。
ボウイナイフの刀身を彷彿とさせるがっちりとした刀身が、メイド服に身を包んだ少女の腹を貫いた。
「ああああああああああああッ!!」
「―――――――はははっ」
笑いながら、強引にナイフの刀身をアリーシャの腹から引き抜く。がっちりした刀身が刻み付けた傷口から鮮血と共に彼女の腸が流れ落ち、真っ白なフリルのついたメイド服を台無しにしていった。
しかし、タクヤの持つテルミット・ナイフの刀身は銀ではない。そのためアリーシャの腹に刻まれた傷口はすぐに塞がり始めた。鮮血と一緒に流れ落ちた筈の血まみれの腸が唐突に傷口へと吸い込まれていったかと思うと、その傷口を筋肉繊維が塞ぎ、再生したばかりの筋肉繊維の表面を真っ白な皮膚が覆っていく。
常人ならばそのまま死んでいただろう。しかし、吸血鬼は弱点である銀や聖水を使われない限り、すぐに傷口を再生させることができるのである。
だが、人間と同じように痛覚もあるため、傷を負う度に苦痛を感じる羽目になるのだ。
「薄汚いキメラめ…………ッ!」
「悪いが、お前はどんなに濃いモザイクでも修正しきれないくらい無残に殺す予定なんだ」
突き刺したナイフの刀身に指を当ててから鞘に戻したタクヤは、血まみれになってしまった右手をそのままコートの内ポケットへと突っ込んだ。内ポケットに収まっていた代物を取り出した彼は、ニヤリと笑いながら左手を伸ばし、まるで首を絞めようとしているかのように、アリーシャの首を押さえつけた。
内ポケットから顔を出したのは、何の変哲もない注射器であった。小さな円柱状のガラスの管の中にはもう既に橙色の液体のようなものが入っているのが見える。
魔術が普及したことによって”医術”がほぼ完全に廃れてしまったため、現代のこの世界では滅多に目にすることができない代物である。傷口を塞ぐのであればヒールを使うかヒーリング・エリクサーを服用すれば瞬く間に傷が塞がるため、注射する必要はない。病気を治療する際も違う種類のエリクサーを服用していればいいのだ。
姿を消した”医者”たちが使っていたメスは魔物から内臓を摘出する道具として今でも使われているが、注射器は医術と共に廃れてしまった道具なのである。
廃れてしまった医術のための道具が、”中身”と共にアリーシャに牙を剥こうとしている。これからさらに痛めつけられるという恐怖と、滅多に目にすることができない未知の道具がこれから牙を剥くという違う種類の”恐怖”が混ざり合い、彼女の心を侵食する。
「そ、それは…………?」
「さっき討伐したスライムの身体の一部だよ」
「す、スライム………!?」
強酸性の粘液で構成された獰猛な魔物の一種である。獲物を発見するとすぐに襲い掛かり、強酸性の粘液で得物の身体を溶かして吸収してしまうという恐ろしい魔物だ。しかも剣の斬撃や弓矢の強烈な一撃は全く効果がないため、魔術で殲滅するしかない。
もちろん弾丸を撃ち込んでも無意味だ。
遺跡の中や地下に生息している魔物であるため、そのようなダンジョンを調査する際は魔術師を連れて行くか、魔術を身につけていることが望ましい。
アリーシャが気を失っている間に、タクヤはスライムを討伐し、その身体の一部を注射器の中に入れておいたのだ。しかも彼が持っている注射器は、タンプル搭の工房で働くハイエルフの団員が作り上げた特別性であり、スライムをその中に入れても溶けることはないという。
本来ならばスライムを捕獲して調査するために作り上げられた特別製の注射器である。
「スライムを身体に注射したらどうなると思う?」
「………ッ!」
スライムの身体は、強酸性の粘液である。
人間の肉どころか防具や剣まであっさりと溶かしてしまうほど強力だ。それを身体に注射されれば、血管の中に流れ込んだスライムが血液や血管を溶かすだけでなく、肉や内臓を蹂躙することになるのは想像に難くない。
身体の中を溶かされる激痛を味わう羽目になるのだ。
しかも注射されるのはごく少量のスライム。常人ならばあっさりと死亡するだろうが、再生能力のある吸血鬼ならば身体の中を溶かされる激痛を感じながら、身体を再生させ続けることになるため、そのスライムを取り除かない限り永遠に身体の中を溶かされる苦痛を感じ続けることになるのである。
ナイフで身体を切り刻まれたり、トラバサミに喰らい付かれる痛みとは別格である。
「や…………やめて………!」
「…………」
そっと注射器を近づけたタクヤは、先端部の針を静かにアリーシャの首筋に当てた。
「や、やだ…………!」
「……………………」
「許して…………お願い……っ! やめてよぉ…………っ!!」
抵抗しようとするアリーシャだが、タクヤが思い切り手のひらに突き刺したナイフは微動だにしない。両足に喰らい付いているトラバサミのスパイクも、彼女の太腿から離れる気配はなかった。
このまま指を押せば、注射器の針がアリーシャの白い首に突き刺さる。
アリーシャは涙を流しながら絶叫した。
「やだやだぁ! もう痛いのやだぁぁぁぁぁぁっ!!」
もしタクヤが銀の弾丸や銀の刀身に変更したナイフを装備して彼女を痛めつけていれば、アリーシャはこの廃村の中にある地下室へと連れて来られる前に絶命していただろう。いくら銀や聖水に耐えられる吸血鬼とはいえ、立て続けに何度も弱点で攻撃されれば絶命してしまうのである。
だからこそタクヤは、銀や聖水は一切使わなかった。ラウラから利き手と左足を奪った怨敵を、苦しめられるように。
「やだっ…………! お願い、助けてっ!! ブラド様ぁぁぁぁぁっ!!」
「―――――――ふざけんなよ、クソ野郎」
あまりにも冷た過ぎる声が、地下室の中の”音”を支配する。
タクヤ・ハヤカワは今までに何人も転生者を狩り続けてきた”二代目転生者ハンター”である。人々を虐げていた”クソ野郎”を容赦なく惨殺する時の彼の声も、十分に冷たかった。
しかし、今の彼の声の冷たさは、今までの冷たい声を凌駕していた。
左手の指の部分だけをキメラの外殻で覆った状態で、タクヤはアリーシャの首を絞め始める。まるで鉤爪のように鋭くなったキメラの爪がアリーシャの首筋にめり込み、皮膚を引き裂いていく。
「お前が手足を奪ったラウラも苦痛を味わったんだ。しかもキメラには再生能力はない。手足を失ったら、義足を移植しない限り二度と立てないんだよ。…………分かるか? お前がこれから感じるちっぽけな激痛よりもはるかに痛いんだよ」
「ギッ…………ウ……アァ………グエッ………!」
「だからお前は無残に殺す。こいつを注射したら、苦痛を感じてるお前の身体をナイフでバラバラにしてやる。言っておくが対吸血鬼用の装備はまだ装備してないから、お前はしばらく”死ねない”からな」
「ギィ…………ッ!」
そう言ってから、タクヤは注射器の針をアリーシャの首に突き刺し――――――――中に詰まっていた恐ろしい魔物の一部を、解き放った。
注射針の穴から躍り出た橙色の粘液は瞬く間に血管の中へと入り込むと、触れた血管を溶かしながらアリーシャの血管を抉り始めた。穴の開いた血管から飛び出して筋肉や骨へと襲い掛かり、吸血鬼の少女の身体を思う存分消化し、吸収していく。
もし本来のサイズであったのならば、注射器には入らない上に、アリーシャが再生するよりも先に全身を完全に溶かして殺してしまっていた事だろう。
だが、タクヤがプレゼントしたスライムは注射器に入る程度のサイズであるため、そう簡単に全身を溶かすことはできない。しかも吸血鬼には再生能力があるため、解き放たれた小さなスライムは永遠に食料に喰らい付くことができるというわけだ。
「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ! あぁぁぁぁ………うぐっ! 痛いよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
先ほどタクヤがナイフを突き刺した傷口の近くから、鮮血を吸収している最中の小さな橙色の粘液が、皮膚を溶かしながら顔を出す。間違って外に出てしまったという事に気付いたのか、小さなスライムは流れ出ようとしている鮮血を片っ端から吸収しながら、大慌てで
苦しむ少女を見つめながら、
白いレンガと古びた板に囲まれた小さな地下室は、少女の絶叫と少年のどす黒い憤怒によって支配されていった。
灼熱の粉末をぶちまけられた橙色の粘液が、蒼い炎の中で消えていく。
このクソ野郎の肉を食べるのが飽きたのか、首筋の筋肉と皮膚を食い破って飛び出してきたスライムを始末してから、血の海と化した地下室の中を見渡す。埃と砂塵だらけだった地下室の床の板は目の前のクソ野郎が流した鮮血や抉り出された内臓の一部のせいで完全に真っ赤に染まっていた。
親父が身につけていたコートを改良した俺のコートも血まみれになっていて、袖や胸板の部分には、ナイフで内臓や肋骨を切り取った際に千切れ飛んだ筋肉繊維の一部がこびりついている。真っ赤に染まった手袋でその筋肉繊維の一部を摘み取ってから放り投げ、血の臭いが支配する地下室の中で溜息をつく。
多分、前世の俺だったら吐いていたに違いない。というか、こんなことは絶対にしないだろう。左腕と左足を失ったラウラのために義足を手配し、リハビリをする彼女の世話をしていた筈だ。
もし仮にラウラの手足を奪ったこいつに復讐することになっても、こんなに痛めつけなかっただろう。弱点の銀であっさりと殺していたのは想像に難くない。
けれども今の俺は、前世の世界に住んでいた頃よりもはるかに冷酷になった。泣き叫ぶ吸血鬼の少女の身体にスライムを注射して、身体の中を溶かされている少女の身体をナイフで容赦なく切り刻み、内臓や骨を1時間ほど抉り続けていたのだから。
そんな残酷なことをしていたにもかかわらず、俺は吐かなかった。
「…………」
顔についている鮮血や肉片をコートの袖で拭い去ろうとしたけれど、もう既に袖は鮮血と血でかなり汚れていたせいで、余計顔が汚れてしまう。
血まみれになったナイフを鞘に戻してから、まだナイフとトラバサミで拘束されている少女を見つめる。
ひたすら体の中を溶かされ続けた挙句、ナイフで何度も切り刻まれた吸血鬼の少女の目つきは虚ろになっていた。虚ろになった瞳から血涙が流れ落ち、足元を埋め尽くしている自分自身の内臓の山へと零れ落ちている。
試しにもう一度ナイフを振り上げてみたが、このメイドはもう怯えなかった。
「…………」
血涙を流し続けるメイドの虚ろな瞳を見つめつつ、メニュー画面を開く。生産済みの武器の中から愛用しているPL-14を選択し、カスタマイズの項目を開いて弾丸を銀の弾丸に変更する。
ホルスターと共に装備されたそれのマガジンを一旦外し、銀の弾丸が装填されていることを確認した俺は、装備したばかりのPL-14を、心が壊れた吸血鬼の少女へと向けた。
銃口を向けられているというのに、この少女はもう怯えない。自分の血涙を、拷問の最中に抉り出された自分の内臓の山へと垂らしているだけだ。
吸血鬼は”銀や聖水などの弱点を使わない限り死なない”と言われているが、正確に言うと、弱点を一切使わなくても殺す方法は存在するという。
例えば魔術で完全に消滅させれば再生できないし、でっかいスライムの中に放り込んでやれば再生する前に溶けて消滅してしまう。更に、銀や聖水を使っていない武器でも、”ひたすら斬りつけていれば、吸血鬼を殺すことが可能”らしい。
人間を遥かに上回る身体能力を持つ吸血鬼を何度も殺すのがあまりにも難しすぎるため、”弱点でなければ殺せない”と言われ始めたという説があるのである。できるならばこのクソ野郎を使って実証してみたかったんだが、いつまでもこいつを痛めつけているわけにはいかない。
仲間たちの元に戻り、吸血鬼共を迎え撃たなければならないのだ。
だからもう終わりにする。
心が壊れた吸血鬼の少女の首にある傷口は、かなりゆっくりと再生していた。弱点である銀ではなく、先ほど飛び出して俺に襲い掛かってきた馬鹿なスライムが刻み付けた傷跡である。
最初の頃よりも、再生の速度が落ちていた。
つまり、吸血鬼は普通の武器でもひたすら攻撃し続けていれば、再生能力が弱っていって殺せるようになるという事なのだろうか。再生しなくなるまで銀の弾丸を撃ち込むつもりだったんだが、もしかしたら1発で終わるかもしれない。
「………До свидания(さらばだ)」
そう言ってから、俺はPL-14のトリガーを引いた。
春季攻勢が長引きそうですので、次の章まで続くかもしれません。
長引かせてしまって申し訳ありません。