異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる 作:往復ミサイル
怪物の産声
怪物になりたい、と思った。
恐ろしい怪物になる事ができれば、躊躇せずに敵を殺せるのだから。
けれども俺は人間だ。母親と父親の間に生まれた、ごく普通の人間でしかない。
もし俺がごく普通の父と母の間に生まれていたら、小さい頃からそんなことを願い続けることはなかっただろう。学校の友達と一緒に、楽しい人生を送っていたに違いない。
けれども俺が生まれた場所は、最悪の場所だった。
「このクソガキが!」
頭を壁に叩きつけられた激痛を感じると同時に、そんな罵声が鼓膜へと流れ込んできた。壁に叩きつけられた痛みが、頭蓋骨や脳味噌へと浸透していくのを感じながら起き上がり、目の前に立っている男の顔を見上げる。
この男が、今しがた壁に頭を叩きつける羽目になった原因だ。薄汚れた白い上着の腹の部分は脂肪で覆われているらしく、やけに膨らんでいる。胴体から伸びている四肢にも特に筋肉がついているわけではなく、手足も腹と同じようにやや膨らんでいた。デブとしか言いようがない体形だけど、まだ7歳の子供を殴りつけて壁に叩きつけるには十分な筋力を持っているのだろう。
坊主頭の男の顔を見上げながら、鼻血を服の袖で拭い去る。
「さっさと酒買って来いよ! ぶっ殺すぞッ!」
「…………」
もっと優しい父親が欲しかった、と思いながら、俺は首を縦に振った。
そう、こいつが俺の父親である。俺が生まれる前まではちゃんと仕事をしていたらしいが、俺が生まれた2年後に解雇されちまったらしく、それからは職を探さずに毎日家で酒を飲むか、母さんが稼いだ金でパチンコに行っている。
何でこんなクズが父親なんだろうか。はっきり言うと、これを父親とは思いたくはない。
幸運なことに、俺はよく母親の方に似ていると言われる。そう言ってもらう度に嬉しくなるんだけれど、残念なことに俺はこいつの遺伝子まで受け継いでいるのだ。
また鼻から流れ落ちてきた鼻血を服の袖で拭い去り、階段を上がって自分の部屋へと向かう。ドアを開けて勉強に使っている机の引き出しの中から小さな財布を取り出し、それをポケットに突っ込んでから自室を後にする。
あのクズは仕事をしていないから、酒を買う時は基本的に俺が金を払うか、母さんが買ってくるようになっている。おかげで欲しいゲームやマンガがあるというのに、全然金が溜まらないから買う事ができない。学校で友達が発売されたばかりのゲームの話をしているのを聞く度に、仕事をせずに酒ばかり飲んでいる父親が憎たらしくなる。
階段を駆け下りてちらりとリビングを見てみると、あのクソ親父は横になってテレビを見ていた。
廊下から俺がリビングの方を見ていることに気付いたらしく、こっちを睨みつけながら「さっさと行けよ!」と怒鳴りつけてくる。そのまま玄関の方へと歩いて行き、自分の靴を履く。
いつも酒を買っている店は自分の家から10分くらいで着く。走れば5分くらいで往復できるだろう。
あのクズが死ねば、俺は幸せになれるだろうか。そう思いながらドアノブに手を伸ばすと、俺がドアノブを捻るよりも先にドアノブがくるりと回り始め、玄関のドアが開いた。
「あら、永人(ながと)?」
「お母さん…………」
玄関のドアの向こうに立っていたのは、買い物袋を持った黒髪の女性だった。優しそうな雰囲気を放っているけれど、よく見ると頬や手の甲には痣があることが分かる。その痣が放つ痛々しさに母さんの優しそうな雰囲気がかき消されているせいなのか、彼女の前では微笑む事ができない。
彼女は俺の母親の『水無月榛名(みなづきはるな)』。虐待を受けている俺をよく手当てしてくれる、優しい母親である。
母さんはどうやら俺のポケットが膨らんでいることに気付いたらしく、悲しそうな顔をしながら頭を撫でてくれた。
「………お酒、買ってくるの?」
「…………うん」
「そう…………ごめんね、永人」
「お母さんは悪くないよ」
どうしてあんなクズと結婚したのか、とは絶対に問い詰めない。確かにあのクズと結婚したのは間違いだろうけど、俺にはそう問い詰めて母さんを恨む資格がないのだ。
「…………行ってくる」
「…………うん、気をつけ―――――――ゴホッ、ゴホッ」
「お母さん、大丈夫?」
「う、うん…………大丈夫よ。行ってらっしゃい」
「うん」
玄関のドアを開け、また咳き込んでいる母さんをちらりと振り返ってから、俺は家を後にした。
キッチンで皿を洗っている母さんの顔にあった痣が、増えていた。
酒を買いに行っている間にあのクソ親父が殴ったのだろう。自分は酒を飲んでパチンコに行っている上に仕事をしていないのだから、母さんを殴る資格は無い筈だ。けれども反論すれば更にぶん殴られるから、俺と母さんは反論できない。
心配しながら母さんを見つめていると、お椀を拭いていた母さんはこっちを見ながら心配しないでと言わんばかりに微笑んでくれた。
母さんに向かって頷いてから、リビングの方でテレビを見ているクズを睨みつける。家族のために働いている母さんを殴りつけたくせに、あのクズは罪悪感を感じていないらしく、自分の子供に買わせた酒を飲みながらソファの上に横になっていた。
あいつさえいなければ、俺と母さんは幸せになれる筈だ。
死んでしまえ。
ちらりとキッチンの方を見つめる。母さんが調理に使った包丁は既に洗い終わったらしく、母さんの傍らに置いてある。あれを拾い上げてクソ親父の喉に突き付けたら、あのクズは死ぬだろうか?
もし殺人罪がない世界だったら、俺はあのクズをとっくに殺していただろう。仕事をしないくせに暴力を振るう理不尽なクズさえいなければ、俺と母さんが痣だらけになる事はないのだから。
そう思いながらキッチンの包丁を見つめていたんだけど、母さんは俺がそれで親父を殺そうとしている事に気付いたらしく、悲しそうな顔をしながら首を横に振った。
溜息をつきながらキッチンを後にし、自分の部屋へと向かう。多分、学校の友達の部屋よりも俺の部屋はかなりシンプルだろう。勉強用の机とベッドと本棚くらいしか家具がないのだから。友達の中には親に買ってもらったテレビが自分の部屋の中にある奴もいるけれど、俺の親父は何も買ってくれない。母さんに頼めば買ってくれるかもしれないけれど、あのクズがパチンコで使うための金や酒を買うための金を払っているのは母さんなのだから、俺にテレビを買う余裕はないだろう。
この家にゲーム機はない。仮にあったとしても、それを使うためのテレビは一日中あのクズが見ているのだからゲームはできない。「ゲームやってもいい?」と聞いたとしても殴られるのが関の山だろう。
だから俺にとっての娯楽は、本棚にあるマンガを読むか、友達の家に行ってゲームをやらせてもらうくらいだった。しかもこの本棚に並んでいるマンガは自分の金で買ったものではなく、優しい友達からプレゼントしてもらったものばかりだ。
あのクズの酒を買うために金を使う羽目になるから、マンガを買う余裕すらないのである。
本棚へと手を伸ばし、気に入っているマンガを手に取る。ページを開こうとしたその時、リビングの方から大きな声が聞こえてきた。
リビングの向かいに2階へと上がる短めの階段があるから、リビングで話している声は、普通に話している声ですら騒音さえなければよく聞こえるのだ。だから怒鳴り声だと、まるですぐ近くで怒鳴られているかのようにはっきりと聞こえる。
『離婚だとぉ!?』
『お願い…………私も永人も限界なの…………!』
『ふざけんじゃねえよ…………絶対許さねえからな、このクソ女ぁッ!』
「お母さん…………」
もし殴っているような音が聞こえてきたら俺もリビングに行こう。勝ち目はないかもしれないけれど、母さんを守ることはできるかもしれない。
でも、殴っているような音は聞こえてこなかった。その代わりに、びりっ、と紙を破いているような音が聞こえてきた後、母さんが泣いている声と足音が聞こえてくる。
多分、母さんが離婚届を親父に見せたんだろう。離婚する事さえできれば暴力を振るわれることはなくなるかもしれないけれど、仕事をしていない親父が離婚を許すわけがない。生活費を稼いでいる母さんがいなくなれば、仕事をしていないクズは酒を飲んだりパチンコに行くことができなくなってしまう。
マンガを本棚に戻し、ベッドの上で横になった。
できるなら、あの父親を殺したい。包丁でバラバラにしてしまいたい。
猛烈な殺意を自分の中で肥大化させながら、俺は瞼を閉じた。
中学校を卒業する直前に、母さんはこの世を去った。
俺が小さい頃から病気だったらしい。けれども母さんは働き続けていた。母さんは家に帰ってきてからよく咳き込んでいたけれど、あの咳は病気のせいだったのだろうか。
母さんの死因が病気だったという事を知ったのは、母さんがこの世を去ったという事を学校で先生から教えてもらい、大慌てで病院に向かってからだった。病院に集まっていた叔父さんが母さんは病気で死んだという事を教えてくれたんだけど、どういう病気だったのかは教えてくれなかった。まだ中学3年生の子供には理解できないだろうと思って病気について教えてくれなかったのだろう。
墓石の表面に触れながら、ゆっくりと燃えていく閃光を見下ろしていた。多分、今の俺は虐待を受けている時や父親の怒鳴り声を部屋で聞いている時よりも、虚ろな目をしているかもしれない。
生活費はどうすればいいのだろうか。
俺はあのクズと2人暮らしをしなければならないのだろうか。
もう母さんは俺を支えてくれないのだろうか。
微笑んでくれないのだろうか。
手当をしてくれないのだろうか。
助けてくれないのだろうか。
どうすればいいのか全く分からなかった。親父は全く料理をしないから、明日の食事は俺が用意しなければならない。もちろん洗濯や家の掃除も全くしないから、そういう仕事も俺がする必要がある。
母さんはお金を遺してくれたけれど、このクズはすぐにパチンコに行ったり酒を買うために使ってしまうのは火を見るよりも明らかだ。だから俺もバイトをする必要があるのではないだろうか。
「くそ、どうすればいいんだよ…………」
後ろの方から親父の声が聞こえてきた。さすがに自分の妻を失って悲しんでいるのだろう。今まで暴力を振るったり、彼女から貰った金で酒を買っていた事を悔やんでいるに違いない。改心してくれたのだろうかと期待しながら後ろを振り返ると、クソ親父は唇を噛み締めながら母さんの墓石を見つめていた。
「―――――――生活費はどうすればいいんだ? 酒が買えねえじゃねえか…………クソッ。死ぬんじゃねーよ、クソ女が」
「やめなさい、高雄くん」
「奥さんが死んだのよ!?」
「うるせえなっ!!」
―――――――このクソ親父は、全然改心していなかった。
母さんが死んだというのに、全く悲しんでいる気配がない。
自分の妻が死んだのに、何で酒を買う金の心配をするのか。
「あ、そうだ。クソガキ、お前明日からバイトしろよ。それなりに金は稼げるはずだからさ。頼むぜ?」
「…………」
今度は、俺か。
肩に触れたクソ親父が、母さんの墓石を見つめていた俺の顔を覗き込んでくる。
もしこいつも働いていたら、母さんは病院に行くことができた筈だ。けれどもこいつは働いて生活費を全く稼がずに、母さんに暴力を振るったり、ただでさえ少ない生活費をパチンコで使っていた。
こいつがいなければ、母さんは死なずに済んだのだろうか。
キッチンで皿を洗いながら微笑んでくれた母さんの顔がフラッシュバックした瞬間、心の中で肥大化していた殺意が弾け飛んだ。
墓石から手を離し、足元に転がっていたそれなりに大きな石を掴み取る。野球のボールくらいの石を思い切り握りながら、その石を俺の顔を覗き込んでいたクソ親父のこめかみに叩きつけた。がくん、と中学3年生に石でぶん殴られたクソ親父の頭が揺れる。石の尖っていたところで殴られたせいなのか、こめかみの皮が裂けて少しばかり血が流れていた。
「ぶっ…………!?」
「な、永人くん!」
「このクソガキ…………ぶっ殺されてえのかぁ!?」
こめかみから流れる血を拭い去りながら叫ぶクソ親父を、一緒に母さんのお墓の前まで来ていた親族のおじさんやおばさんたちが押さえつける。おかげで俺は殴り返されずに済んだけれど、心の中で弾け飛んだ殺意は、まだ消えていない。
このまま殴り殺してやろうかと思ったけれど、石を握っていた右手を振り上げようとした瞬間に後ろにいたおじさんに腕を掴まれ、握っていた石を没収されてしまう。
「やめなさい、お母さんのお墓の前だぞ!?」
「…………」
いつか、殺してやる。
右側のこめかみから血を流しながらまだこっちに向かって叫んでいるクソ親父を睨みつけながら、俺はそう思った。