ワンサマーとプレデター   作:噛ませ犬

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 気付いたら100話目でした。


第100話

「…………」

 

 一時間後、ここは学生寮の一夏と楯無の部屋。その部屋には一夏と楯無、勇人、本音、簪の五人がいた。

 一夏は自分のベッドに腰掛け、隣には楯無が腰掛け、簪や本音は近くに立っており、勇人は近くの壁に凭れ掛かりながら腕を組んでいる。

 しかし、この時間帯は授業中だが彼等は授業をサボっている訳ではない。それに彼等の表情は顔色が悪いと言うよりも、何処か哀しみに満ちている。

 何故なら、彼等は一人の生徒を心配しているのだ。一夏と勇人の親友であり、更識姉妹の恩人であり、本音の想い人である霧崎止を。

 止は今、生死の境をさ迷っている。止は千冬に刺され、意識不明の重体であり、目を覚ます気配はない。

 止は今、学園に設けられている、重病人や大きな怪我を負った者達だけの為の集中治療室に居り、面会謝絶中である。これは学園長やとある人物の計らいでもあった。

 集中治療室にいるのは世界中からは貴重とも言える男性操縦者であると共に、女尊男卑主義者達に襲われないようにする為でもあった。

 幸いな事に集中治療室だけであって、医療器具は豊富であり、いざという時の備えでもあったのだ。何より、一夏や勇人も止との面会を拒否させている。

 学園内にいる極一部にしか、集中治療室を入る事を許されているのであると同時に、一夏と勇人に止を逢わさせないのは二人が何かをするのを避ける為である。

 二人は止の親友であると同時に、彼等には止が怪我と闘っている事を告げた。一夏は最初は否定した物の、勇人は一夏を宥めつつ、楯無は一夏を落ち着かせていた。

 一方で、千冬は今、牢屋に入れられており、学園側は千冬の処罰をどうするのかを教員達と話し合っており、生徒達には自習と言う形で待機させているが、一夏と勇人は寮にいるのは千冬に襲い掛からない為や、楯無を監視役としているのだった。

 簪や本音は楯無の御内や知り合いであり、虚は生徒会の件で色々と忙しい為に此処に居ない。

 

 しかし、一夏達の間には不穏な空気が流れ、お通夜さながらの重苦しい雰囲気が醸し出されている。

 誰一人明るい話をする気もなく、誰一人話題を出そうとする気配もない。彼等は止と言う人物を心配している。

 彼等だけではない、学園の大半の者達が止を心配している。彼の明るさか、彼にはカリスマ性が有ったのかは判らないが心配している事に変わりはない。

 

「…………」

 

 そんな重苦しい雰囲気に耐えきれないのか、一夏が無言で立ち上がる。

 

「一夏君?」

 

 近くに座っている楯無は疑問の表情を浮かべながら、一夏を見上げる。簪や本音も一夏を見やり、勇人は視線を一夏の方へと移す。

 一夏の表情は般若のように怒りが籠っていたが憎悪と復讐も籠っているようにも思えた。勿論、楯無は直ぐに気付き「駄目よ!」と慌てながら、一夏を抱き止める。

 

「離せ! 俺はあの女が許さない……俺はあの女を殺さなければ俺の気は晴れない!」

「だからってそれじゃ止君は喜ばないわよ!! 貴方が織斑先生を嫌っているのは知ってるけど、貴方のする事は許される事じゃない!」

 

 楯無は一夏を必死に止める。楯無は薄々、嫌、一夏が千冬と箒を嫌っている事に気付いていたが今は違う。

 彼は本気で彼女を、自分の姉を殺すつもりだ。もしそうなってしまったら、彼は一生、姉を殺した弟として白い目で見られ、重い十字架を背負う事になる。

 それに一夏は、それ以前に誘拐犯達やロシア政府の腐った役人達を殺している為、彼はもう死刑になっても可笑しくない。

 勿論、それらは楯無が関わっているのと、楯無自身が一夏をこれ以上手を汚させたくないのだった。

 証拠に、楯無の目には涙が浮かんでいた。一夏を心配しているのと、一夏を思う彼女の哀しみの表れなのかもしれない。

 一夏が暴れ、楯無が止める中、簪と本音はオドオドしていた。彼女達は一夏を止めたいが一夏の親友を思う事には同情しているのと、今の自分達に一夏を止める力はない。

 となれば……簪と本音は視線を勇人の方へと移す。勇人は目を閉じているが彼なら一夏を止める事が出来る。

 そんな二人の、お願いとも言えるような視線に勇人は気付くも内心舌打ちするも、勇人は不意に声を掛けた。

 

「止せ一夏、そんな事をしても止は喜ばない」

「なっ、勇人……!?」

「勇人君!?」

 

 勇人の言葉は突然の事に一夏と楯無は驚くも、勇人は鋭い眼差しを一夏へと向けていた。それは凍てつくような物だったが勇人は内心、止を心配し、一夏も心配している為に炎のように熱い。

 

「一夏、此処は抑えろ、お前があの女を殺しに行っただけで何も変わらない」

「だけどあいつは止を刺した! あいつは俺を狙うだけでいいのに、あいつはお前や止、更識を巻き込んだんだぞ!? それにお前は何で落ち着いていられんだよ!? お前は止が死に掛けているのに、何で落ち着いていられんだよ!?」

 

 一夏は勇人に詰め寄り、肩を掴む。楯無は慌てて宥めるが勇人は一夏から目を逸らす意味で項垂れる。

 

「俺だって辛い……だからこそ、俺達には何も出来ない……だからこそ、俺達は止が自分から生きて帰ってくる事を祈るしかないんだよ……」

 

 勇人は言葉を述べる。勇人らしい冷静な物だったが何処か弱々しい。勇人もまた、止を心配している意味をも表していた。

 

「っ、この野郎!!」

 

 一方、一夏は怒りで我を忘れ、勇人の胸ぐらを掴むが勇人は項垂れたまま、何も返事もせず反撃する気配もない。逆にそれを見た楯無達は驚きながら、勇人を助ける意味で一夏を引き剥がそうとした。

 

「駄目よ一夏君!! 勇人君だって辛いのよ!? 勇人君に八つ当たりしても何も変わらないわ!」

「そうだよイッチー! ハヤハヤだってトッマの事を心配しているんだよ~~!」

 

 楯無達は一夏を止めるが肝心の一夏は怒りで我を忘れ続けている為、効果はない。あるとすれば、一夏は勇人に何をしでかすのかは判らないのと、楯無達から見れば最悪な結末でしかない。

 楯無達の間に不安が過る中、勇人はゆっくりと顔を上げ、一夏を見据える。勇人は一夏に鋭い眼差しを向けるが何処か哀しく、何処か怒りを感じさせる。

 それを見た一夏は勇人の睨むような視線にたじろぎはしなかったが下唇を噛むと、勇人を乱暴に放す。

 一夏は勇人を殴れなかった。嫌、殴れなかったと言うより、勇人の獲物を見付けたような視線に殴る気力が失せ、親友に手を出した自分が恥ずかしく思えたのだろう。

 一夏は項垂れると、勇人に対し「済まねぇ……」と軽く謝る。楯無達も楯無達で一夏が勇人を殴らなかったのと落ち着いたのを見て哀れみの目で見据える。

 そこは安堵したかったが一夏に掛けてやる言葉が見つからなかったのだ。そんな一夏に楯無はゆっくりと、一夏の背中に抱き着く。

 一夏は楯無の突然の行動に驚きはしなかったが身体を震わせていた。勇人は一夏を見て何も言わず目を閉じると、その場から離れる。

 

「何処行くのハヤハヤ……?」

 

 本音が声を掛けると、勇人は立ち止まり肩越しで本音を見る。視線は本音には向かなかったが勇人は静かに呟いた。

 

「暫く一人になりたい……気晴らしにはならないが、そこら辺を散歩してくる……従いてくるなよ」

 

 勇人はそう言い残し、部屋を出ていく、勇人の後ろ姿は何処か寂しそうだが何処か哀愁漂う。扉の開く音が聴こえ、直ぐに閉める音も聴こえた。

 勇人が部屋を出ていった証拠でもあるが本音は簪を見る。

 

「かんちゃん、私達はどうしょう……」

「う……うん、私達は」

「二人共、自分の部屋に戻りなさい」

 

 簪が戸惑う中、楯無が優しく訊ねた。

 

「お姉ちゃん?」

 

 簪は楯無の方を向くと楯無は哀しい笑みを浮かべていた。妹を心配する姉の顔だったが一夏を心配しているようにも思える。楯無は言葉を続ける。

 

「二人共、部屋に戻りなさい。これは生徒会長の命ではありませんーー御内や当主としての命です」

「でもお姉ちゃ」

「簪ちゃん、これは当主としての命ですーー私は大丈夫です、一夏君の事は私に任せて、貴女達は自分達の部屋に戻りなさい」

「…………うん」

 

 楯無の言葉に簪は何も言えなくならなかったが、楯無の言葉に従うしかなかった。別に姉が恐い訳ではないが簪は一夏を姉に任せようと思った。

 一夏の事を知ってるのは楯無だけであるが勇人や止、束には及ばないが今の一夏を任せられるのは楯無しかいない。

 簪は頷くと、本音を連れて部屋を出ていこうとした。本音が何かを言い掛けていたが簪は本音の手を引っ張り、部屋を出ていった。

 扉の開け閉めする音がしたが二人の少女が部屋から出ていった事を物語っていた。

 そして部屋には、一夏と楯無の二人しか居なかったが楯無は一夏に問い掛ける。

 

「一夏君、泣いても良いのよ……」

 

 楯無は静かに問い掛けた。それは楯無が一夏を気遣っているのと一夏が勇人や簪や本音に涙を見せたくなかった事を、楯無は察したのである。

 嫌、楯無だけではない、勇人も気付いていた。勇人も一夏が泣くのを堪えている。一夏を見据えた際、一夏が泣きそうな目をしている事に気付き、敢えて部屋を出ていったのだ。

 楯無は簪や本音を気遣いながらも一夏を心配していたのだ。刹那、一夏は嗚咽を上げた。身体を震わせながらも嗚咽を上げた。

 簪、本音といった者達は兎も角として、勇人の気遣いと、楯無の気遣うような言葉に抑えきれなかった涙を流した。

 一夏の嗚咽は部屋に木霊する中、楯無は一夏の背中を抱き締め続けていた。一夏への気遣いか心配かは判らないがどちらもそうとしか言えなかった……。




 次回、千冬と箒、運命の処遇
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