ワンサマーとプレデター 作:噛ませ犬
数分後、ここは本家の客間。客間と言っても和室であり、テーブルしか置かれておらず、出入口に出来る襖と向かい側には障子が設けられていた。
そんな客間には一夏がいた。一夏は辺りを見渡しているが正座していて、その下には座布団が敷かれており、隣には手提げ鞄を置いている。
何故なら、一夏は楯無と簪の母に此処まで案内され、主人が来るまでの間、此処で待つよう言われたのだ。その証拠に、一夏の向かい側には一枚の座布団が敷かれていた。
現に待つ事数分は経ってるが一夏は愚痴を澪す事はなく、苛々してもいなかった。
彼は、こう言う事には慣れており、一時間や二時間ぐらい、何とも無かった。
刹那、襖が開き、一夏は音に反応し、襖が開いた方を見ると、通路側に一人の男性が立っていた。
その男性は四十代後半の男性であり、黒い髪に黒い瞳、顔立ちは良いが少し険しい表情をしているが貫禄があるように思えた。
黒の袴を身に纏ってるが恐らく更識姉妹の父であり、前当主である事を意味しているのだろう。
しかし、一夏は彼を見て何も言わず見据え続けていた。一方、男性は一夏の視線にたじろいでいないが男性は客間に足を踏み入れると、襖を閉めた。
襖の閉めた音が辺りに小さく響き渡る。男性はその後、座布団の所まで歩き、座布団の上に正座した。
刹那、二人は互いの相手を見据え合う。彼等の瞳には各々の思いがあるがどちらかが先に口を開くかは、判らない。
「君が、織斑一夏君か?」
しかし、口を開くいたのは、男性だった。男性の言葉には本当の事を訊こうとしていた。
「……普通は、自分から名乗るのが一般ではないのですか?」
一夏は頷いた後、答えた。その言葉には偽りはない。
「そうか、では私は更識
「更識龍三――それが貴方の名ですか――自分は一夏、織斑一夏と申します」
「君が、か――娘達が世話になったな……それに、済まなかった!」
龍三は頭を下げる。恐らく、自分達の行いのせいで一夏を人殺しにさせた事だろう。
しかし、自分が謝罪したとしても一夏の罪が消える訳ではない。過ぎてしまった事は仕方ない事だろう……一夏から見ればの話だが。
「顔をお上げ下さい――貴方が気に病む事ではありません」
「しかし!! 君はとんでもない事をしてしまったのではないか!? 私達が君を……っ」
龍三は顔を上げ、一夏を見る――龍三は瞠目した。一夏の表情は険しく、瞳には怒りや憎悪どころか、そう言った物は何一つない。
龍三は元楯無であるが一夏の気持ちを察してはいない。逆に一夏もまた、彼に殺意はない。
「龍三さん、俺は貴方方のした事に怒ってません――ですが、俺は貴方の大切な娘さん達が怖い目に遭わそうとした奴等に怒ったのです」
「だが君は、奴等に報復を与えたのか? 殺しと言う報復を?」
龍三の問いに、一夏は首を左右に振る。
「いえ、奴等は貴方の娘さんの、お姉さんの方を犯そうとした――俺はそれが許さなかったのです――だけど、俺が一人を殺そうとした時、彼女は私に銃を向けて、撃たれました」
「銃を!? 大丈夫なのか!?」
龍三は困惑するが一夏は首を左右に振る。
「大丈夫です――だけど俺が気になるのは、その後の事です」
「その後の事?」
龍三の言葉に一夏は頷き、ある事を訊ねた。それは楯無が龍三やその母に対し、私達姉妹に、こんな事をやらせた事、彼を一夏を人殺しにさせた事を後悔していた。
そして彼女は、両親に対し楯無なんて継がなきゃ良かった、刀奈として生きたかった、と。
これらは全て虚から聞かされた事だが一夏はそれを龍三に話し、それを聞いた龍三は俯く。
「そうか、虚ちゃんが……」
「はい、それよりも一つお伺いしたいのですが」
「何かな?」
「そちらに、狂言誘拐の情報を外部の女性議員に漏らした裏切り者は居ましたか?」
一夏の言葉に龍三は悔しそうに下唇を噛む。何故なら、自分達の情報が女性議員に流れたのはスパイがいたからである。
そのスパイは自分達が信頼していた者だった。しかし、それがスパイだと判ると龍三達はスパイを、彼を抹殺した。
「成る程ね……裏切りには死を与える――それが貴方方のやり方ですか」
「うむ、私は娘達が本当の誘拐に巻き込まれた時には怒った……私は我を忘れ、スパイだった者を始末した――私は彼を信用していたが……辛かった」
「成る程ね……ですが娘さん達の気持ちはどうだったんですか?」
「娘達の気持ち?」
龍三の言葉に一夏は頷く。
「はい、彼女達は怖い目に遭いましたが自分は彼女達が辛い思いをし続けているようにも思えました――楯無は、いえ、楯無さんは自分は楯無ではなく、刀奈として生きたかったのは虚さんの口から聞かされましたが、現に彼女は自分に良くすがり着いてきます」
「刀奈が!?」
「はい――恐らく自分に罪悪感を抱いているのでしょう……だけど」
一夏は下唇を噛み締めながら俯く。
「どうしたんだ一夏君? 刀奈が何かしたのか?」
龍三が心配そうに訊ねると、一夏は首を左右に振り、再び言葉を続けた。
「いえ、自分にも原因がありました――自分には嫌いな人が二人も居ました、それも同じクラスでありました――その二人は自分に関わって来ては、俺や親友達、御宅の娘さん達に危害を加えて居ました――俺は何度そいつらに言っても、そいつらは俺や親友達や彼女達に手を出そうとしていました……だけど彼女は、楯無さんは違いました、彼女は俺の為に二人に真正面に向き合い、一夏に関わらないでくれと言ってくれました……なのに奴等は楯無さんに危害を加えようとしました」
一夏は身体を震わせながら、龍三に謝る。
「此方も謝ります……自分は貴方の大切な娘さん達に、自分の為に彼女達に危害が及ぶ様な行動や起こさせてしまいました!」
一夏は辛そうに言葉を述べる。一夏は後悔していた。楯無と簪が自分の為に、千冬や箒と対立するような行動をさせてしまった。
楯無は千冬にIS没収の件や、箒共々一夏に接触しないように言い渡し、簪は一夏と姉を思って箒に怒った。
しかし、それらの行動は没収の件以外は全て裏目に出て、危害を加えられそうになったのである。
一夏はそれを姉妹の父である龍三に言うと、龍三は悲しそうに微笑む。
「それは良い……それは我が更識では良くある事だ」
龍三の言葉に一夏は顔を上げる。
「良くある事?」
「うむ、あの二人は互いに譲れない思いがある――あの二人は自分よりも他人を思いやる心はある……それに私は君に感謝しているんだ」
龍三の言葉に一夏は「感謝です、か?」と訊き返すと、龍三は悲しい笑みを浮かべながら頷いた。
「君のおかげで、娘達は互いを許した……私達の悲願が叶った……礼を言う」
龍三は頭を下げた。楯無と簪の和解――それは龍三達の悲願であった。彼女達の仲が戻ったのは一夏のおかげであった。
姉妹の和解は虚からの連絡であり、龍三達は最初は戸惑っていたが龍三達は一夏に感謝と共に、彼に助けられた事に再び後悔した。
だが昨日、楯無からの連絡で自分と一夏が明日来ると聞かされた。龍三は戸惑うものの、楯無は一夏に安らぎの場を与えたい、と強く申し出たのだった。
「君が来ると聞いた時は最初は驚いた。だが君は私達が思ったような人ではなかった」
「思ったような、人じゃ、ない?」
「ああ、君は私達に怒らなかった、それどころか君は弱気になってる刀奈に怒りながらも優しく接してくれた……君には返してくれも返しきれない恩を貰った……改めて言う、ありがとう」
龍三は頭を下げた。そんな龍三を一夏は顔を上げるよう促す。
「止して下さい……自分は弱気になってる楯無さんが心配だからです、それに自分は彼女に……」
「刀奈が何だい?」
龍三は一夏の言葉に疑問を抱く。
「あっ、いえ自分は彼女に……すみません」
「何を謝ってるんだい? 刀奈が何だい?」
「いえ……自分は、その」
一夏は何故か言葉を詰まらせる。何故なら一夏は楯無を意識し始めていた。
それは没収の件や自分の為に千冬や箒に接触禁止を言い渡してくれた事。
それだけでない……弱気になってる楯無を最初は疎ましいと思いながら、千冬と箒から彼女を守って行く内に、彼女を本気で守りたいと思ってしまった。
あの時から少しずつ意識してしまったに違いない。が、彼女が月影に殺られそうになった時に、本気で守りたいと思いってしまった。
そして、弱っている自分を優しく包んでくれる楯無を、本気で意識してしまった。
一夏は少し戸惑うが、龍三が訊き続ける為に一夏は深く頷いた。
「どうしたんだい一夏君?」
龍三は一夏の様子に疑問を抱く。一方、一夏は決意したように頷くと、少し険しい表情を浮かべ、龍三に自分の気持ちを言った。
「龍三さん……俺は、俺は楯無さんが……いえ、楯無が好きです! 親友としてではなく、仲間としてではなく、一人の女性として、彼女が好きです!」
一夏は龍三は言った。それは一夏自身の本当の気持ちだった。
次回、一夏が、ついに、ついに楯無に……!