ワンサマーとプレデター 作:噛ませ犬
「ったく……」
一夏は今、楯無をベッドの上に優しく寝かせ、自身は近くの椅子に座る。そこは保健室であり、一夏は上級生から保健室の場所を教えてもらい、保健室の中にいた。
保健室と言うだけであって、ベッドだけでなく、沢山の薬品等が納めている棚に体重計や身長計等が設けられている。それに校医は居ない。
恐らく、用事があるのだろう。
それに何故、一夏は保健室を捜していたのかと言うと、一夏は楯無を落ち着かせる為だった。本来なら楯無が所属しているクラスまで行けば良かったが、上級生から何を言われるかは判らないのと変な噂を流されたら困るからだ。
無論、それは無理に等しい。今頃、廊下にいた他のクラスや上級生のクラスが元凶と言う形で噂が流れているだろう。
「全く、ろくでもない噂が流れるのは嫌だぜ」
一夏は溜め息を吐くと、楯無を見る。楯無は一夏から背を向ける形で横向けになっていた。
勿論、楯無自身、一夏にまた助けてもらった意味で、一夏があんな行動をしたのを覚えていたのか、頬を紅くしている。
「ところで更識? あんた、この学校の生徒だったのか?」
一夏の問いに、楯無は小さく頷き、一夏は溜め息を吐く。ーー全く、ここは色んな奴と再会するなーー。一夏は内心そう呟いた。楯無と言い、嫌いな千冬や箒と言い、ここは色んな人達と再会する。
まあ、学校と言う物は小中から一緒の者が高校でも一緒である事もあるし、中学では別々になった者達が高校で再会する事も珍しくない。しかし、一夏から見れば嫌いな千冬や箒と再会した上、しかもクラスも一緒なのは苦痛その物でしかない。
一夏はそう思ってしまったのか、舌打ちし、俯く。ーーねぇ、一夏君? ーーすると、楯無が口を開き、一夏は顔を上げる。
楯無は未だ一夏に背を向ける形で横向けになっていたが、一夏を見るように身体の向きを変え、一夏を見据える。
一夏を見る楯無の紅い瞳は哀しそうだった。まるで、目の前にいる者への罪悪感と後悔をも感じているような目だった。
ーー何故そんな目をする? ーー。しかし、一夏からは何も感じられず、一夏は首を傾げる。勿論、楯無は不意に呟く。
ーーごめんねーー。楯無は一夏にそう言い、それを聞いた一夏は目を見開くも、楯無はベッドに座る形で上半身だけを起こしながら、一夏から目を逸らし俯き、言葉を続ける。
「ごめんなさい……」
「何がだよ?」
一夏は何も解らないでいた。それでも楯無は言葉を続ける。
「あの時、貴方に……人殺しをさせてしまった事……を」
「ああ……あれか」
楯無の言葉を理解したのか一夏は腕を組む。あの時とは簪誘拐事件での出来事。あれは狂言誘拐だったが本当の誘拐となってしまった事件である。
あの事件は更識の裏切り者が女性議員へと情報を流す形で密告した物だ。そこまでなら未だ良いだろう。だが、一夏はあの時、五人の人間を殺したのだ。
三人人はリストブレイドで殺し、一人はネットランチャーで放ったネットに絡まり数分後に死亡し、後の一人はレイザーディスクで首を斬り落としたのだ。
何れも一夏が殺ったが一夏は人を殺した事に後悔していない。それに一夏は殺人だけでなく窃盗や不法侵入をしている。無論、楯無はそんな事を知らない。
「何で……何であの時、私や簪ちゃんの前から姿を消したの?」
楯無はそう言いながら、一夏の胸ぐらを掴み、言葉を続ける。
「それに貴方なの? 貴方が彼等を、何であんな事を、生皮を剥がすような事をしたのよ!?」
楯無は一夏の胸ぐらを掴みながら、一夏に叫んだ。
一方、一夏は楯無の言葉に瞠目し、直ぐに瞑目した。だが、一夏は楯無の問いに答えなかった。嫌、正確には答える事は出来なかった。
更識姉妹の前から姿を消した事は答える事は出来るが、生皮の件は答える事は出来ない。あれはエンフォーサーの仕業である。
それに、エンフォーサーは、エルダーからとある使命を任され、一夏達の前に現れた、後の尻拭いをしてくれた。それに、エンフォーサー自身も何も語ろうとはしない。
彼が何の目的で地球に来たのか、エルダーから何の命令を下されたのかは、一夏は知らない。
「答えてよ……あれは貴方がやったの? ……ねえ!?」
楯無は一夏に詰め寄る。目には薄っらだが涙を浮かべている。嘘であって欲しいーー楯無は一夏にそう願っていた。彼の口から答えて欲しかったのだ。
そして、一夏は溜め息を吐き、眼を開け、こう言った。
「あれは俺ではない……それしか言えない」
「えっ……ほ、本当に?」
楯無は再び一夏に詰め寄る。その距離は鼻と鼻と振れる距離だった。普通の男子なら頬を紅くするが、一夏は楯無に恋愛感情を抱いてはいない為、何も感じてはいない。
「ああ、本当だ……それだけは信じてくれ」
一夏はそう言った後、軽く俯く。本当ならエンフォーサーの存在を教えたかったがそれは出来なかった。言えば、彼等の恩義を無駄にする行為に等しい。
その為、一夏は彼等の存在を言わなかった。しかし、楯無には何て言えば良いのかも解らない。刹那、一夏は、ある事を思い出し、楯無に訊ねる。
「そう言えば、俺があの後連絡したけど、その後はどうなったんだ?」
一夏の言葉に楯無は「っ!?」と驚き、直ぐに悲しそうに俯き、肩を震わせる。ーー楯無? ーー。一夏は楯無の様子がおかしい事に疑問を抱く。刹那、楯無は再び一夏に抱き着く。
「お、おい!?」
一夏は楯無の行動に再び驚く。それに、楯無の行動は最早、三回目だった。一回目は簪誘拐事件の時であり、二回目は自分がいたクラスでの時である。そして三回目は、この保健室で起きた。
『二度ある事は三度ある』と言う言葉があるがまさにそれだった。自分は三度も楯無に抱き着かれた。紛れもない事実だが一夏から見れば面倒臭いと思っていた。
一夏はそう思いながらも、辺りを見渡す。保健室には誰もいない。校医は戻る気配はない。一夏はホッと胸を撫で下ろす。
誰がか、この光景を見たら誤解されるからだ。一夏は変な噂が流れるのは嫌だが今は楯無を見る。楯無は泣いてはいないが未だ身体を震わせている。
「おいどうしたんだよ?」
一夏は楯無に訊ねるも、楯無は未だ身体を震わせ続けている。何度訊ねても同じだった。
(何か遭ったのか?)
すると、一夏は何かに気が付いたのか、ある事を訊ねようとした。刹那、楯無は口を開いた。
ーー怖かった、辛かったーー。楯無は一夏に囁く。その意味は楯無自身が身内の件で誰を信じれば良いのかが判らないでいた。
身内や従者や親友は少し信用しているものの、完全に誰かを信用した訳ではない。楯無が、彼女が誰に助けを求めれば良いのかが判らないでいる。何故なら、彼女は自分が更識の当主であると同時に誰かに弱い所を見せたくない、と言う、彼女自身の我が儘もあった。
にも関わらず、楯無は一夏に自分の弱さを見せている。単に一夏に甘えている訳ではないーーあの時、楯無が一夏が人を殺したのと同時に一夏への後悔もあってか、一夏に抱き着くと言う行動を起こしてしまったのだ。
あの時の楯無は一夏に甘えていた。男達に犯されると言う恐怖と、あの誘拐は本当だったと言えその前に身内達の狂言誘拐だった事。
そして、一夏を止める為と言え、一夏を撃ってしまった事にも後悔していた。
楯無はそれを思い出したのか、恐怖で震え、それに目の前には唯一自分が甘えてしまった一夏がいた為、身体を震えを止まらせる為に一夏に抱き着いたのだ。
そんな楯無に一夏は未だ戸惑いを隠せないでいて、楯無をどうすれば良いのかも判らないでいた。
「仕方ねぇ……」
一夏は咄嗟の判断とも言うべき行動を起こすかのように、楯無の背中に手を回し、楯無の頭を撫でる。その行動は一夏なりの楯無を宥める為でもあった。
本当なら、あの後の事を聞こうとしたが楯無がこんな状態では何も聞く事は出来ない。その為、一夏は本意ではないが楯無を落ち着かせる為に楯無を抱き締めている。刹那、顔を楯無の頭に近付ける。
良い匂いがしたーー勿論、一夏は別に狙っていた訳ではない。そして、楯無は身体の震えを止める為、一夏は楯無が落ち着く為、二人は抱き合っていた。
勿論、保健室には二人以外誰もいない。今は、色んな意味での二人だけの時間を過ごしていた。
ーーああ……これは完全に一時間目の授業には出られないなーー。一夏は心の中でそう呟きながらも、千冬や箒の顔を思い出したのか、しかめっ面になる。
「え……えぇぇ~~二人はそんな関係なの~~?」
しかし二人は、保健室の扉の隙間から、自分達が抱き合っているのを、とある人物に見られている事を知らなかった……訳ではなかった。
「誰だ!?」
刹那、一夏は保健室の扉の外から気配を感じ、扉を見るや否や、そう叫んだ。
次回、あの人物が二人に問いつめます。