ワンサマーとプレデター 作:噛ませ犬
「ふぅ……」
その三時間後、一夏は楯無と共に寮へと戻り、浴室でシャワーを浴びていた。しかし、右腕にはコンピューターガントレットを着けていない。それもその筈、シャワーを浴びている間にも着けていると故障するのは目に見えてるからだった。が、一夏の表情は何処か晴れない。
何故なら、一夏は寮へと戻るや否や、夕食を摂る為に食堂にも楯無と一緒に来て摂った為に、更に周りから変な誤解が流れてしまったのだ。
これには一夏も苛々とするも何とか耐え抜く。幸いな事に箒は何故かそこには居ないし、セシリアには睨まれていたが一夏は気にしなかったのは言うまでもないし、勇人はプラズマキャノン砲は勇人に渡したまま返して貰っていない。
それは未だ良いかも知れないが一夏は自分の胸を触る。一夏は死地を意味するかのような修行の日々を三年も過ごしていたのか胸板も厚く、腹筋も割れているし、腕にも筋肉が付いている。
が、同時に一夏の身体には痛々しい傷痕が全身に幾つも見受けらる。それは一夏がケルティックと共に修行し、強い生き物達と喰うか喰われるかの死地を潜り抜けてきたのだ。
誰から見ても痛々しいと思うが一夏から見れば唯一の思い出である。一夏だけではない、勇人や止の身体にも傷がある。
「長い一日だった……なのにさっぱりしないな」
一夏は不意に呟くと深く俯いた。シャワーヘッドからお湯の雨が一夏の身体を打っている。普通の人なら疲れを取る役目をもしているかもしれないが一夏は違った。
一夏は疲れを取れるよりもまた疲れが溜まっていくのを感じていた。理由は、今日一日が一夏に、一夏自身が憎悪を抱いている相手と出逢った事やセシリアから決闘宣言をされた事。
楯無と再会し、虚の計らいにより楯無と同室となり、更には運悪く誤解が広まり、やけくそと言うよりも楯無を守る為に周りに嘘の恋人宣言をしてしまった事。
エンフォーサーからプラズマキャノン砲を渡された事。何れも一夏にとって様々な出来事が一夏に長い一日をも感じさせていた。
「全く……くそがっ」
一夏は舌打ちすると、両手を拳に変え強く握り締める。この怒りをどうすれば誰にぶつければ良いのかが解らなかった。
一夏自身、そんな事をしても只の八つ当たりである事も解っており、一夏はこのやるせない思いを誰にもぶつける事は出来なかった。
「くそがっ……今日は最悪な一日だぜ……」
一夏はそう呟くと、蛇口を軽く捻る。刹那、シャワーヘッドからお湯の雨は出なくなった。変わりに浴室内は湿気で充満している。それでも、一夏は浴室内を出ると、湿気も外へと逃げるように移動した。
一夏は近くに置いてあるコンピューターガントレットを右腕に着け、下着を穿き、四肢を隠す程度の細長い寝間着を着て浴室を出ると、ある少女に目をやるーー窓側のベッドに腰掛けながら窓の外の景色を眺めている楯無だった。
楯無は制服を着てはいないーー水色の水玉模様がある白い寝間着を着ていた。それに楯無は一夏の前にシャワーを浴びていたのか、水色の美しい髪は少し濡れている。
一夏はそんな楯無を見て溜め息を吐くと、何も言わずにデスク近くに置かれてる椅子に座り、頬杖を突くーー機嫌が悪いのか表情は険しい。
二人の間には会話はなかった。無いと言うよりも話題になるような話がなかったと言い換えれば良いだろう。それにあるとすれば、その状態を保ち続けているのと、時間だけが過ぎていくだけであろう。
ーーねぇ、一夏君? ーー。刹那、話題を出したいかのように楯無が不意に一夏に話し掛けてきた。それを聞いた一夏は頬杖を突いたまま視線を楯無へと向けるも、楯無は窓の外の景色を眺め続けており、一夏の方を見ていない。
そんな楯無に一夏は溜め息を吐く。普通、話す時は相手の目を見ろよな? と言いたかった。だが、一夏は何も言わないのもあれだと思い、聞き返した。
「何だ? もう寝るから電気を消してくれと言いたいのか?」
「いえ、違うわ……一夏君に少し訊いて良いかしら?」
「何をだ? 変な事だったら承知しねぇぞ?」
「いえ違うわ……そのぉ、一夏君は私の事を、どう思っているの?」
楯無の言葉に、一夏は「はっ?」と惚ける。すると、楯無はゆっくりと振り返るーーその表情は何処か悲しく、一夏を見据える二つの瞳は何処か哀愁漂う。
「一夏君は……私の事をどう思ってるの?」
「いきなり何だ? 俺はお前の事をどう思っているかなんて、俺自身にも解らねぇよ」
一夏はそう言うと、楯無は俯くーーそこから、楯無は何も言わなくなった。嫌、楯無自身が一夏に自分をどう思っているのかを訊く以外、何を訊けば良いのかが解らないと言えば良いだろう。
一方、一夏は誤解とは言え、楯無を守るとは言え嘘の宣言をしたしまった為に一夏にも非がある。
なのに一夏はその事に気付いていないと言うよりも、楯無には恋愛感情はない為、一夏は楯無の事を何とも思っていない。刹那、一夏はある事を思い出し、その事を訊ねる。
「そう言えば虚先輩から聞いたんだが更識、お前、本当の名前は楯無じゃなく、刀奈って言う名前だったんだな?」
一夏がその事を指摘すると、楯無は瞠目し顔を上げる。
「ど、どうしてそれを?」
「どうしてって、虚先輩から教えられたんだよーー更識、お前はあの誘拐事件での件で当主になったのを悔やんでいるんだろ?」
「っ……!?」
一夏はそう指摘しながら、楯無を指差す。勿論、一夏の指摘は当たりであり、楯無は肩を竦める。
「当たりか……だが、あれは身内がやった事何だろ? お前が気にす」
「それは違うわよ!!」
一夏が何かを言おうとしたのを楯無は叫んで遮った。が、一夏は眉間に皺を寄せていた。
「それは違うわ……私は誘拐事件が嘘だったということに怒ってるけど、私は貴方を……貴方を巻き込んだ事に後悔しているのよ……なのに貴方はその事を問おうともしない……私は貴方を……」
楯無は手が震えている事に気付き、落ち着かせる為に胸に当てる。
「私は貴方に何度謝っても許されないと自分でも解っているわ……なのに……なのに……!」
楯無は俯くも言葉を続ける。
「私は貴方に銃を向けた……それなのに私は貴方に促され、撃った……そんなのは許される事じゃないわよ!」
楯無は目を開けそう叫んだーーしかし、一夏は驚きのあまり立ち上がり、人差し指を口元に当てる。
「馬鹿止せ! 外に誰かに聞かれたら困るだろうが!?」
「そんなのはどうだって良いわよ! 私は許されない事をした!! 私はあれ以来、貴方への罪悪感が募るし、当主になった事をも後悔しているのよ!」
「だから止せ!? 誰かに聞かれるって言ってるだろうが!?」
一夏は楯無に歩み寄るも、楯無は言葉を止めない。
「だから別に良いわよ!? 私は貴方に罪悪感はあるし、最早どうでも良くなってたわよ!」
「どうでもって……だからあれは」
「一夏君は怖くないの!? 貴方は私達のせい……むぐっ!?」
刹那、一夏は楯無の唇を唇で塞ぎ、片手を楯無の後頭部へと回し、ベッドに押し倒した。
「う~~ん!! む~~っ!!」
楯無は両手を拳に変え、一夏の胸を叩く。しかし、びくともしなかった。そして、直ぐに終わり、一夏は楯無から離れる。
「何するのよ!? いきなりキスして!? 貴方は……」
「いい加減にしろ」
楯無が何かを言おうとしたが、一夏は静かに怒る。それを見た楯無は肩を震わせる。自分を見る一夏の瞳には怒りが籠っていた。恐らく楯無を黙らす以前に喚く楯無に怒っているのだろう
「いい加減にしろ更識! お前が別に悪い事をした訳した訳じゃねぇだろうが!?」
「そんなの……貴方は怖くないの!? 貴方は私達のせいで自分の手が」
「怖えよ!!」
楯無が何かを言う前に一夏が叫ぶ。それを聞いた楯無は再び震えるも、一夏は言葉を続ける。
「俺だって怖えよ……人を殺す以前に自分が怖えんだよ……俺は復讐の為に動いているのに……親友達にも逢いたいし、今すぐにでもあいつにも逢いたいんだよ……っ」
一夏は舌打ちすると、立ち上がり、肩を震わす。一夏は人を殺すのは躊躇しなかった。が、親友に逢いたいのと今の自分は何の為に動いているのか解らなくなっていた。解るといえば復讐の炎は未だ消えてないと言う事だろう。
しかし、復讐の為なのに、一夏は自分は何をしているなのかも解らなくなっていた。自分はプレデターに鍛えて貰ったのに何をしているのだろうか、と。
「それにお前はお前だ。お前は更識楯無である以前に更識刀奈なんだろうが……お前が何を思うが俺は俺のした事を後悔しない……でもよ、十字架を背負う覚悟はあんだよ……」
「一夏君……あんたは何で、そんなに人を殺した事を気にしないのよ……貴方は私達と逢わなければ」
「逢わなければお前や妹はどうなっていた!?」
一夏は叫ぶと、楯無は再び肩を震わせた。が、一夏は言葉を続ける。
「お前は妹を思っていたんだろ!? だから動いたんだろ!? なのに何だ!? お前は更識の当主として動いたのか!? それとも妹の為に動いたのかよ!?」
「そ、それは……貴方に私達の何が解るのよ……」
「解らねぇよ! でもなお前は更識の何だ? 更識楯無か!? 更識刀奈なのか!?」
「っ……わ、私は」
楯無は言葉を詰まらせるも、一夏は舌打ちすると、楯無を見て溜め息を吐くと、楯無を睨む。
「兎に角、お前は気にしなくても良い……だが、俺は復讐の為にも殺しも躊躇しない。俺は俺の怨みを晴らす為にもな……」
一夏はそう言うと、電気を消す為のスイッチがある壁へと歩み寄り、スイッチを押す。部屋の電気は消えたが一夏は扉近くのベッドに寝転がり、楯無に背を向ける形で横向けになる。
「……もう寝る」
一夏はそう言うと、目を閉じる。そんな一夏に楯無は体を震わせるも、自分も寝転がり、一夏に背を向ける形で横向けになるも少し泣いていた。そして、二人は背を向ける形で横向けになるも、二人から見れば長くも感じた一日は終わりを告げた。
しかし、それはほんの序章に過ぎない事を二人は知らなかった。
次回、一夏と千冬、教室での確執。