ワンサマーとプレデター   作:噛ませ犬

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第64話

 ーーハアッハアッ! ーー。止は今、学園の中を走っていた。単に学園の中を走り回っている訳ではないーー彼が走っているのは、ある場所を目指しているからだった。そのある場所とは地下室にある牢屋の事であり、そこには、その牢屋にはエレーナが拘置されている。

 彼がそこに向かう理由は放送で流れた説明。それは止にとって嫌な予感が脳裏を過らさせるのと、エレーナ先生の身に何が遭ったのを警告させている。教員方を呼ぶと言う事は只事ではない事をも物語っている。

 刹那、止は牢屋へと続く階段の近くまで来た。が、階段からは微かに笑い声が聴こえ、階段近くには一人の教員がいて、何故か困惑している。

 すると、教員は止に気付き慌てて階段の前に出る。恐らく、地下室には行くな、と言う警告だろう。勿論、そんなのは止には関係なかった。止は教員の前で立ち止まると、教員に言った。

 

「退いてくれよ! エレーナ先生に何が遭ったんだよ!?」

「そんなの、一介の生徒に教える訳にはいかないわ! それよりも自分の教室に戻りなさい! 此処からは教員以外立ち入り禁止よ!!」

「そんなのはどうだったって良いよ! それよりも此処を通らせてよ! エレーナ先生に逢いたいんだよ!」

「それは無理よ! エレーナ先生は今、貴方に逢えるような状況じゃないわ!」

「そんなの……ぐっ!」

 

 止は下唇を噛むと、そのまま教員を横で払うように突飛ばし、教員は横向けに倒れる。その間に止は階段を駆け降りる。教員の呼ぶ声が聞こえたが止は聞く耳を持たず、階段を駆け降り続ける。

 階段からは笑い声が響く。それは階段を下りるたびに大きくなっていく。そして、牢屋の先には数名の教員達が居たが、教員達は止に気付くが、止は階段を飛び降りるかのように牢屋へと来た。

 

「エレーナ先生!! ……っ!?」

 

 止は階段を駆け降り終えるや否や、エレーナの名を呼びながら牢屋の方を見たーー刹那、止は戦慄した。エレーナ先生が拘置されている牢屋の扉は開いていた。しかし、エレーナ先生は逃げた訳ではなかったーーエレーナ先生は牢屋にいた。

 が、エレーナ先生は他の教員達に拘束されるように押さえ付けられていた。が額から血を流しており、壁には完全に凝固していない生乾きの血が付着していた。

 それはエレーナ先生が自分の額を壁に打ち付けていたために付着いたモノだった。そしてエレーナ先生は何故か精神がイカれたかのように笑っていた。さっきの階段に響き渡った笑い声の正体は、彼女の笑い声だったのだ。

 その笑い声は狂気と言うより、この世の中の全てに絶望したかのようにも思えた。周りがエレーナ先生を呼ぶ中、止はエレーナ先生を見て力を抜け落ちたかのように両膝を突く。

 エレーナ先生の笑い声が止や他の教員達の耳へと響き、牢屋全体に木霊する。その光景は同僚や先輩、後輩から見たらエレーナが何故こんな事になったかは判らないだろう。嫌、判るとすれば、彼女は妹が自殺したのと、楯無を殺す事に失敗した事だけだ。

 エレーナは全てが嫌になったのだろう。最早、自分には何も残っていない。ロシアに強制送還されても自分の周りには誰もいない。だから、こんな腐った世界に絶望したのかも知れない。

 

「君戻りなさい! 見ちゃ駄目よ!」

 

 そんな止に一人の教員が心配し声を掛けると共に、止の肩を揺らす。

 しかし、止は返事をしない、いや、返事ができないのだ。あんな様子のエレーナを見て何も言えないでいたからだ。

 

「あ、ああっ……」

 

 止はエレーナ先生を見て何かを呟く。同時に、そんな止を近くにいた教師が声を掛けてきた。ーー此処に居ちゃいけない、早く教室へと戻りなさいーー。

 その教師は止への気遣いでもあったが無理だろう。何故なら、止は生徒でありながらも、エレーナ先生の様子を知り、生徒で唯一の目撃者と言って良い程過言ではない。

 それに、エレーナ先生が何故おかしくなったのかは判らないが、止が目撃したとなれば、止が周りに言い触らす危険もあるだろう。

 だが、止はそんな事をしない。それ以前に、女子達が噂するのも目に見えている。嫌、その教師は教え人として教え子でもある生徒にーー止に言っているのだろう。

 一方、止は教師の耳を傾ける以前に、エレーナ先生を見て何も言えなかった、動く気配さえもなかった。

 止はただただ、エレーナ先生の狂喜染みた笑い声に耳を傾けていた。周りが声を掛けても、止は動かないだろうーー嫌、いた。その者は階段から降りてきて最初に視界に入ったのは、エレーナ先生だった。

 その者は驚きを隠せなかったが直ぐに止に気付く。ーー止ーー。笑い声が木霊する牢屋で聞こえた、止を呼ぶ者の声。この牢屋で木霊する笑い声に掻き消されるかもしれないだろうが止は聞き逃さなかった。 そこにいたのは、一夏だった。

 彼が何故此処にいるかや、階段近くには教員がいるのにどうやって降りてきたかは判らないが、一夏は怒りと哀しみが混じったような表情で止を見ていた。

 「一夏」。止は一夏を見てそう呟くと、再びエレーナを見る。一夏もエレーナを見た。

 エレーナは未だ狂喜の笑い声を上げており、目は見開いており、口の端からは涎を垂らしている。誰から見ても精神がイカれたと思うだろうーーしかし、彼女も又、ロシア政府によって人生を狂わせられた者の一人に過ぎない。

 周りが何を言おうが彼女の耳に届く事は一生、無いに等しい。一夏と止、周りの数人の教師達はエレーナ先生の狂喜染みた笑い声を聞きながらその場を動かなかった。

 牢屋には重苦しい空気が流れ、エレーナ先生の狂った笑い声が木霊する。勿論、それは数分間も続いたが、一夏は止の肩に手を置く。

 ーー戻るぞーー。一夏は止に言った。それを聞いた止は一夏を見ると、一夏は首を左右に振る。自分達に出来る事は何もない。一夏は止にそう言いたかった。が、その表情は、とても険しい。

 勿論、止は瞠目するも、直ぐにバツの悪そうな表情で俯き、小さく頷いたーー止自身も気付いていたのだろう。

 止は立ち上がると、一夏は近くにいる教員に「俺達は教室に戻ります」と言い残し、止を連れて牢屋を出ていく形で階段を昇る。後ろからエレーナ先生の笑い声が耳に響くも、二人は背中で受け止める形で階段を昇り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

「来たか……」

 

 二人が地下室から戻ってきた形で階段を昇り切ると、近くには怒りと哀しみが混じったような教員と、そんな二人に、近くの壁に凭れ掛かりながら腕を組んでいる者が一夏と止にそう呟く。

 一夏と止の二人が声がした方を見ると、そこには勇人がいた。

 勇人は壁から離れ、二人を交互に見る。一夏は兎も角、止の表情は哀しみに満ちている。そんな止を見た勇人は溜め息を吐くと、身体を翻し、二人を肩越しで見ると首を横に振る。

 ーー話があるーー。そう指摘しているようにも思えた。勇人の行動に二人は互いを

見合うと直ぐに頷き、それを見た勇人は深く頷くと、勇人は歩き出し、一夏と止は勇人の後を従いていく形で歩き出す。

 

「待ちなさい!」

 

 そんな三人を階段近くにいた教師は呼び止める。刹那、一夏は立ち止まり、教師を肩越しでギロリと睨む。ーーっ!? ーー。それを見た教師はたじろいだ。が、一夏は無言で前を見ると再び歩き出し、三人は何処かへと向かった。

 そして、少し後に千冬と、あの後、セシリアを教室へと戻るように言った真耶がエレーナ先生の様子を見て、千冬は下唇を噛み、真耶は恐ろしい物を見たかのように青褪めながら両手を口元に当てていたのは言うまでもない。

 

 一方、三人は屋上に居た。勿論、勇人が一夏と止を屋上へと連れてきたのである。それは勇人が周りに話せない事があるからだった。

 

「どうしたんだ勇人? 何か遭ったのか?」

 

 一夏は腕を組みながら、勇人に訊ねる。一方、止は未だエレーナのあの姿を見たのか、それとも思い出したのか何も言わずに俯いていた。

 勿論、勇人の身には何も遭ってはいない。勇人は単に一夏と止を屋上へと連れてきたのは、とある理由からだった。勇人は無言で頷くと、ポケットから自分のスマートフォンを取り出し、軽く操作すると、スマートフォンの画面を二人に観せた。

 最初に観たのは一夏だったが、一夏は止の肩を揺らし、スマートフォンの画面を見るように促し、止もスマートフォンの画面を観た。

 

 

 

「ふざけんなよ!? ロシア政府の奴等、酷すぎんだろうが!?」

 

 数分間、止は怒りを露にし、一夏は憤怒の形相を浮かべながら両手を拳に変え力を入れる。そこには、スマートフォンの画面には、とある内容が書かれていた。そこには、ロシア政府が腐っているという事を示す数々の証拠と、元ロシア代表の女性が自殺した本当の理由が書かれていたのである。

 勿論、これには三人が怒るのも無理はなかった……。




 次回、ロシア政府への怒りを隠しきれない一夏達にある者達が落ち着かせようとします。
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