ワンサマーとプレデター   作:噛ませ犬

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第72話

 あれから三十分後、ここは保健室。保健室のベッドには、眠っているか気を失っているかは解らない一人の青年が仰向けで横になっていた。その青年は一夏であり、頭には何故か包帯を巻いている。

 一夏が横になっているベッド近くには、一夏を心配そうに見つめている楯無と、向かい側には楯無同様に一夏を心配そうに見つめている鈴がおり、楯無の後ろには箒に怒りを覚えながらもそれを抑えつつ一夏を心配そうに見つめている止の三人がいた。

 三人が三人、一夏が目覚める事を期待している反面、一夏がこのまま目覚めないのではと危惧している。何故、こんな事になったかは一夏が三十分前に、箒が振り翳した竹刀を頭から受けたのである。

 三十分前、一夏は鈴を突き飛ばす形で庇うと、鈴の代わりと言う意味で箒が振り翳した竹刀を頭から受けた。刹那、叩いた音は大きく、同時に一夏の頭から赤い血が辺りに飛び散り、一夏はそのまま気を失った。

 これには鈴も、箒が最悪とも言える行動に驚く前よりも、一夏が自分を庇った事に驚くよりも、一夏が頭から血を流して気を失っている事に驚き悲痛の叫び声を上げた。

 一方、箒は一夏が自分が振り翳した竹刀を受けて頭から血を流しながら気を失っているのを見て、自分は鈴をやる筈だったのに一夏が受けた事に驚きながら恐怖で顔を歪め、竹刀を落とすと身体を震わせながら自分を抱き締めると膝を突く。

 勿論、そこからは近くにいたとある者が鈴の叫び声に反応し、その者が一夏をこの保健室にまで運んだのである。

 それに楯無と止は少し前に一夏が倒れたと聞いて慌てて駆け付け、鈴は付き添いで最初から保健室にいた。

 そして箒は今、とある者達と一緒にいて、勇人は最初は保健室に居たがとある理由で保健室から出て行った為に此処には居ない。

 

「一夏……目を覚まして」

 

 鈴はそう呟きながら、眠っているか気を失っているかは判らない一夏の手を両手で包むように掴む。

 

「一夏君……死なないで……」

 

 一方、向かい側にいる楯無も一夏を心配してそう呟きながら、一夏のもう片方の手を両手で包むように掴む。

 一夏から見れば両手に華と言えるだろうが今はそんな事を言ってる場合ではない。一夏は今、色んな意味で生死の境をさ迷っている。もしこのまま死んだら、まずい事がある。

 それを知ってるのは、近くにいる止と、此処には居ない勇人の二人だ。止は一夏を見て、少し困惑していた。

 

「(まずいな……、一夏がこのまま死んだら、エルダー達が怒るよ……)」

 

 止はエルダー達の事を思い出す。嫌、止はエルダー達よりもとあるプレデターを思い出す。一夏が師匠として義理の兄として慕っているケルティック。

 彼はチョッパーやスカーと共に成人の儀式をクリアしたかは判らないが今何処で何をしているかは判らない。それだけならまだしも、ケルティックは一夏が死んだと知ったらどう反応するだろう。

 プレデターらしく無言かつ動揺しないようにその死を受け入れるのかーーそれとも、怒りで我を忘れて、プレデターの掟を破ってまで箒を殺しかねない。

 止は不謹慎と解りながらもケルティックがどう反応するのかを心配をしてしまう。嫌、今は一夏が目を覚ますのを待つしかない。

 止は内心何も言わないで一夏を見守る。このまま時間だけが過ぎて行くのだろうかーーそんな事は無かった。

 この重苦しい空気を良い意味で打ち破ったのは鈴の発した一言だった。

 

「所で、貴女は更識さんと言いましたよね?」

「えっ?」

 

 鈴は楯無に訊ね、楯無は不意に呟く。すると、鈴は顔を上げて楯無を見据えるーーその表情は険しいが何処か哀しみが混じっている。

 鈴は楯無にある事を訊きたかったーーそれも直ぐだった。因みに楯無と鈴は数分前に自己紹介し終えた為に問題はない。

 

「更識さん……貴女は一夏の何ですか?」

「な、何を言い出すの(ふぁん)ちゃん?」

「私は単刀直入に言ってるのよ……私は貴女が一夏の何かを」

「…………」

 

 楯無は何も言えなくなった。何故なら、楯無は一夏とはとある理由で知り合った。勿論、出逢いは秋葉原であるがそれ以降は何も言えない。

 一夏は人を殺したーーそれも自分が関わっている事と、死刑になっても可笑しくない程沢山の人を殺したのである。楯無はそれを、一夏の幼馴染みである鈴には言えなかった。

 言えば、鈴は恐ろしい衝撃の事実と哀しみにくれるだろう。それだけは避けたかった。しかし、何れは解る事だ、何れ話さなければならない。

 それに、楯無は別の意味で教えなければならない事があった。それも別の意味と言うよりも、鈴が別の意味でショックを受けるだろう。

 楯無はこの事を言いたくはなかったがこれも何れは解る事だろう。たとえ誤解であろうと、自分も一夏同様悪役を買って出よう、と。

 楯無は瞑目すると何かを決意したように頷くと、一夏の手を包むように掴んでいた両手の内の片方の手だけを一夏から離れさせると、その手を自分の胸に当てながら瞼を開け、こう口を開いた。

 

「さっきも自己紹介したかもしれないけど、私は更識楯無ーーこの学園の生徒会長にして……織斑一夏と交際しているわ」

「……えっ?」

 

 楯無の言葉に鈴は何も判らないといった表情を浮かべる。鈴は今、思考が停止していた。楯無が一夏と交際している? あの朴念仁(ぼくねんじん)の一夏に女性がいた? 

 鈴から見れば信じられないと言うよりも、自分が失恋したと言う事実に打ちのめされていた。鈴は哀しそうに俯く。

 

「そう……なんだ」

 

 鈴は微かに呟く。刹那、鈴は涙を流し、鈴の涙が鈴の頬に伝う。鈴は泣いていた。勿論、それを見た楯無は自分のした事に後悔しながら、鈴から目を逸らし下唇を噛む。

 一方、止は鈴が泣いている事に気付きながらも哀しそうに瞑目した。止は最初から解っていた。

 一夏は楯無を箒から守る為に嘘の告白をした事を勇人から聞いたのである。止自身は驚いたが止は別に一夏が楯無と嘘の交際をしている事に怒ってる訳ではない。

 止は只、一夏のしてる事は間違いである事に気付いている。そんな事をしても周りに悪役を買って出るようなもの。

 現に一夏は兎も角として、楯無は箒から怨みを買われている。箒から見れば失恋した事に諦めていないのか未だに付き纏っているが鈴の場合は違う。

 鈴は失恋したと言う事実に打ちのめされている。が、それが本当の交際だったとしても鈴は失恋した事に変わりはない。

 誰一人、幸せになれる訳ではない。例えるなら、二人の女性が一人の男性に恋をしているとしょう。もしその男性が二人の女性の内、片方を選んだ場合、選ばれた方の女性は喜び、選ばれなかった方の女性は哀しむ。

 それに男性がどちらを選ばずに第三者の女性を選んだ場合、どちらの女性も哀しむのも事実。

 全ての女性が誰一人、恋が完全に実ると言う訳ではない。実る恋があれば実らない恋があるのも事実。それを止は楯無が嘘の交際を鈴に言ったとしても、止は何も言わなかった。

 止は二人のやり取りを見守る事しか出来なかった。

 

「そうなんだ……一夏に彼女が……ははっ」

 

 鈴は泣きながら笑うと、一夏の手を放すと、両手を目に溢れ出る涙を拭う。

 

「あれ何でだろ? 涙が止まらないわね……止まらないわよぉ……」

 

 鈴は笑いながら涙が止まらない事に疑問を抱く。鈴自身も解っていた。

 自分は失恋した。鈴はその事実を自分でも解っていた。だが、それも鈴自身が一夏と楯無が嘘の交際を知らない為、尚更酷い話である。

 それでも、鈴は自分が失恋したと思っている。その為、鈴は何時止まるかも判らない涙を拭い続けていた。

 

「何でよ……やっぱり止まらないわよぉ……うぐっ、えぐっ」

 

 鈴は嗚咽を上げる。それを見た楯無は目を閉じ僅ながらに涙を浮かべる。楯無自身も鈴に悪い事をしたと気付いていた。

 自分は何を言われても良い、これも罪滅ぼしと言う訳ではないが楯無は自分もまた、鈴を失恋させるような事を言ったのも事実だ。

 楯無と鈴。片方は、楯無は一夏と嘘の交際をしながらも鈴を傷付けるような嘘を言った人物。鈴は楯無の嘘のお陰で失恋した事を打ちのめされ泣いている。

 どちらも悪い訳ではないがどちらも一夏に想いを寄せている。が、それもまたほんの一時なのかもしれない。

 そして、保険室では鈴の嗚咽の声が木霊していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「止めて下さい織斑先生!! 教師としてあるまじき行為です!!」

「放せ山田先生!! こいつは、私に……私に一夏に何が遭ったのかを教えてくれなかったからだ!!」

 

 ここは生徒指導室。ここには織斑千冬と山田真耶。真耶に羽交い締めされながらも泣きながら憤怒の形相を浮かべている千冬と、怒る千冬を慌てながらも羽交い締めして何とか宥めようとする真耶がいた。

 しかしそこにはもう一人、別の人物がいた。その人物は、千冬に頬を殴られた横向けに倒れながら気を失っている勇人がいた。




 次回、此処もネタバレになる為、教えられません。
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