ワンサマーとプレデター 作:噛ませ犬
一夏が鈴に告白され、一夏自身が鈴の告白を受け入れられない事を話をしていた丁度その頃、此処は学園の屋上。
屋上には落下防止用のネットが張り巡らされ、手すりも設けられている。が、屋上全体は白にも関わらず、夕日の影響かオレンジ色に染まっていた。
「お姉ちゃん……」
そんな屋上には二人の少女がいたーー更識楯無と更識簪の二人の姉妹である。姉妹は屋上にいたが簪は哀しい目で目の前にいる、手すりに手を置きながら沈み逝く夕日を寂しそうに眺めている楯無に呟く。
「(……一夏君)」
楯無は不意に心の中で一夏の名を呟いた。何故なら楯無はついさっき、一夏に対し、自分の心に溜めていた想いを全て吐き出す形で告白したのである。
一夏から見れば突然過ぎた出来事だろう。一方、楯無から見れば恥ずかしいと言うより辛い気持ちで一杯だった。
自分は何故あんな事を言ったのだろう。あれは自分の気持ちを一夏に言っただけなのに、何故か持ちは晴れない。
「嫌われちゃったのかな……私」
楯無は不意に呟くーー同時に楯無は、自分は一夏に振られたと思っていた。あんな事を言えば一夏は自分に幻滅するだろう。
嫌、するに違いない。自分は一夏に守られているだけであってそれに惹かれたに過ぎないーーなら、一夏はどうだろうかーー彼は自分に恋愛対象を抱いているのだろうか。
彼は自分を……いいや、これ以上は思い出したくはなかった。楯無は夕日を眺めながら俯く。
「私は……嫌われたのか」
「そんな事ないよ」
楯無は諦めたのか言葉を述べるが簪がそれを遮り、楯無は目を見開き後ろにいる簪を見ると、簪は怒りと哀しみが混じったような表情で楯無を見ていた。
「か、簪ちゃん……貴女何時からそこに?」
「ずっと前に居たよ?」
簪の言葉に楯無は驚く。
「ず、ずっと前って私の後を追い掛けてたの?」
「うん……お姉ちゃんが私に気付く、と言うより、私がお姉ちゃんに声を掛けるまで、ずっと後ろにいた」
簪の言葉に楯無は「そ、そうなの?」と驚きを隠せない。何故なら、楯無は簪がいる事をすっかり忘れていた。
本来なら気付いている筈だが楯無は一夏の事で頭が一杯だった為、簪の存在をすっかり忘れていたのである。
「ごめんなさい……私、貴女の事を忘れていたかも知れないわ……」
楯無は簪に謝罪する。が、簪は首を左右に振り、それを終えると口を開いた。
「別に良いよ、私は慣れっこだから……それにお姉ちゃん」
「何かしら?」
楯無が答えると、簪は何かを考えているのか軽く瞑目し、直ぐに目を開け、訊ねた。
「お姉ちゃん、一夏君の事どう思ってるの?」
簪の言葉に楯無「えっ……」と言った後、目を見開く。何故なら、簪は楯無が何故一夏をどう思ってるのかを訊ねたのである。
簪は楯無が心配だったからである。簪は、楯無が一夏と交際しているのは学園中で噂となり、楯無が一夏と食べさせ(楯無が一方的だが)合っているのを何人かは目撃し、一夏が楯無を箒から守っている事も耳にし、二人が同室である事も皆知っている。
そこまではまだ良いだろう。しかし、簪は何故楯無に一夏との関係を気にしているのかを、楯無に指摘するように言葉を述べる。
「私はお姉ちゃんが一夏君と一緒にいる所を何度か見た事があるけど声を掛けなかった……ううん、私はお姉ちゃんが好きな人と一緒にいる所を邪魔したくなかったから」
「えっ……簪、ちゃん?」
簪の言葉に楯無は目を見開く。しかし、簪は言葉を続けながらも哀しそうに俯く。
「お姉ちゃん……ずっと一人で辛い思いをしていた……ううん、お姉ちゃんはずっとあれ以来、私達の事を避けていた」
簪は訳を述べ始める。それは簪があの誘拐事件後、楯無が両親に狂言誘拐や一夏に人殺しをさせた事を問い質していた。あの時、簪は楯無の泣き顔を見て今までや今日まで後悔の念に駆られていた。
それだけでなく、自分は楯無への罪悪感から楯無に声を掛ける事は出来なかった。出来たとしても、楯無に何て言葉を掛けてやれば良いのかは判らなかった。
「私はお姉ちゃんに謝りたかった……でも、お姉ちゃんは私や父さんや母さん、従者の皆に怒っているんじゃないかって、それが怖くて怖くて言えなかった」
簪は俯きながら言葉を述べ、それを聞いた楯無は「簪ちゃん……」と寂しそうに呟くと、哀しい笑みをしながら首を左右に振る。
「それは違うわ簪ちゃんーー貴女は悪くない、悪いのは私よ?」
「でも……お姉ちゃんは男達に犯されそうになったのに……一夏君が人殺しをしてまで助けて貰ったのに、お姉ちゃんは怖くないの? ……お姉ちゃんは怖い目に遭ったのに何でそんなに平気でいられるの!?」
簪は顔を上げるーーその表情は何も解らないと言うより、疑問を浮かべているような表情をしながら哀しい目をしていた。
それを見た楯無は哀しい笑みをしながらも、再び夕日の方を眺める。
「私にも解らない、のよ」
「えっ、解らない?」
簪の言葉に楯無は深く頷く。
「ええ、私ね、犯されそうになった恐怖よりも、一夏君に何て言葉を掛けてやれば良いかが解らなかったーーそれに私自身一夏君に再び逢いたいと思っていた……それに」
楯無は言葉を続けていたが少し俯く。
「一夏君に逢えた時、私は抱き着いたーー今思えば恥ずかしい思い出だけど……けど」
楯無は顔を上げ、簪と向き合う。楯無は少し笑っていた。
「それ以来、私はあの時から今日までの間、一夏君と一緒にいて、一夏君に罪悪感もあったけど、一夏君に惹かれていった」
楯無は恥ずかしそうに簪に言った。何故なら、楯無は一夏に告白したのも一夏が学園に入学してきてから、今日までの間に一夏に惹かれていた為であった。
何時かは判らないが時間と言う物が楯無の心に変化を及ぼし、一夏に恋愛感情を抱かせたのかもしれない。
楯無はその事に気付いてはいないが楯無は話題を変えるかのように、簪にある事を話す。
「それよりも簪ちゃん、私は貴女に言いたい事があるの」
「私に言いたい事?」
楯無は簪と向き合うと、口を開いた。
「簪ちゃんーーこれは覚えてる? 私が簪ちゃんに言った言葉を?」
「言った言葉……あっ」
楯無の言葉に簪は俯く。
「そうよ、私が簪ちゃんに、貴女に『無能のままでいなさい』って」
楯無の言葉に簪は俯きながら少し頷いた。それは簪や楯無にとって余計な一言でもあり、姉妹に大きな溝を作るような言葉でもあった。
それだけでなく、簪の狂言誘拐を招き、一夏を人殺しにさせた言葉でもある。しかし、それには訳があった。それを、楯無は簪に話す。
「実は簪ちゃん……あれはね、簪ちゃんを暗部の仕事に就けさせたくなかったからなの……」
楯無の言葉に簪は眼を見開き、顔を上げる。が、楯無は言葉を続ける。
「私達更識家は暗部の一族ーーそれ故、裏の仕事を受け持ち、生業としているーーけど、それは殺しとか、危険な事をする事が多いからよ……それで簪ちゃんには、ううん、簪ちゃんには暗部の仕事を就けさせたくない、簪ちゃんには更識簪として何処かの大学に進学して、夢を持って、青春を謳歌して欲しいーー簪ちゃんには幸せになって欲しいから、私はあんなことを言ったのよ」
「そ、それって、でも、それじゃお姉ちゃんはどうなの!? お姉ちゃんは私に幸せになれって言っても、お姉ちゃんは幸せになりたくはないの!?」
簪の言葉に楯無は首を左右に振る。
「私は良いのよ……私は更識楯無として、第十七代更識家当主として、その一生を過ごすつもりよーー勿論、後継者を生む為に母親ともなるつもりよ?」
楯無の言葉に簪は何も言えず俯いた。簪は、彼女は楯無の妹として、姉である楯無の力になりたかった。が、楯無の言葉で姉を憎んでいたが狂言誘拐にも加担したのも、姉を懲らしめたいと言う我が儘もあった。
だが、さっきの楯無の言葉に簪は少し後悔した。楯無があんなことを言ったのは、自分には危険な事を担わせたくない、自分には幸せになって欲しいからであった。
簪は楯無とは目を合わせないように俯いていたが、目尻に涙を浮かべ始めながら身体を震わせる。
「簪ちゃん!?」
楯無は簪を見て驚くが簪は泣きながら楯無に抱き着く。これには楯無は驚くも、簪は泣きながら口を開いた。
「お姉ちゃんごめんなさい……ごめんなさい……!」
「簪ちゃん!? それって……」
「ごめんなさい! ……私はお姉ちゃんを……お姉ちゃんを……ひっく、うっく!」
簪は泣きながら、楯無に謝罪の言葉を述べる。それは楯無への後悔の表しでもあり、楯無が自分を大切な存在と見ていた事と、簪自身が楯無を、刀奈という姉が妹である自分の幸せを願いながらも、自分は幸せになるつもりは無いと言ったからである。
しかし、簪はそれを許さなかったーー簪は楯無に言った。
「お姉ちゃんも……お姉ちゃんも幸せになってよ……! お姉ちゃんには一夏君がいるよ……お姉ちゃんも幸せになってよ、幸せを掴んでよぉっ!!」
簪は泣きながら言った。それを聞いた楯無は瞠目するも直ぐに涙目になりながら目を閉じ、両手を簪の背中に回し擦った。
が、楯無は簪の言葉に後悔と簪の言葉に泣いてしまったのだ。
そして楯無は簪と言う大切な妹にそう言われながらも、簪と言う大切な妹を持って幸せだと言う事に泣いていた。
そして二人の姉妹は数分間も泣き合いながら抱き合っていた。
それは二人の我が儘か、彼女達がそうしたいのかは判らないーーだが、夕日は完全に沈みかかっており、空は紺色へと変わっていた。
次回、更識姉妹は保健室へと戻ると一夏が楯無にある願いをします。それは……箒との決着を付ける為に……。