ワンサマーとプレデター 作:噛ませ犬
翌朝、此処は学園の地下室にまで続く階段。階段近くには制服姿の一夏と楯無の二人の男女がいた。しかし、二人の表情は険しく、彼等は視線を階段へと向けている。
単に向けている訳ではないーーこれから階段の向こうにある牢屋の、鉄格子の向こうにいて、身体中を拘束されている女子生徒、篠ノ之箒に逢う為に、二人は牢屋へと続く階段の前にいるのである。
箒との面会は一夏が望んだ事である。面会の件は楯無が生徒会長の権限を使って、学園長への許可は貰った為に問題はない。その代わり、学園長からは箒との面会時間は十分だけと言い渡されたがそれは充分か少ないかは判らない。
否、一夏は箒との面会は嫌な思い出しかないだろう。が、一夏はこれ以上自分の知り合いのせいで周りに、更識姉妹に危険を及ばせたくはない。だからこそ、一夏は箒と決着を付け、彼女にこれ以上、周りに危険を及ぼさせない為であるのと、彼女には完全なる絶縁を言い渡すしか方法はない。
それは効果あるかは判らない。だがしかし、最悪な結果だけは防ぎたい。
「いよいよね……大丈夫、一夏君?」
楯無は隣にいる一夏を心配そうに訊ねると、一夏は首を左右に振る。
「嫌、俺は大丈夫だーーそれよりも更識は大丈夫なのか? 俺と一緒に篠ノ之と面会したいと言ったが?」
一夏は険しい表情を崩さずに楯無に訊ね返す。その言葉には一夏の気遣いが籠っているが楯無は哀しそうに微笑む。
「大丈夫……篠ノ之さんを追い込んだのは私にも責任があるわ……なのに貴方は私や簪ちゃんの為に篠ノ之さんと決着を付けようとしている……たがらこそ、私も篠ノ之さんに、篠ノ之さんと同じように貴方に想いを寄せている事を言いたい、最悪な結果になろうとしても、私は貴方が好きである事に、変わりは、ない……」
楯無の言葉に一夏は何も言わず耳を傾けていた。以前の一夏なら楯無が言葉を述べる前に階段を降りていたのだろう。が、今の一夏は違うーー彼は自らの後始末を片付ける為に動いているに過ぎない。
そして、一夏は楯無に対し深く頷くと、楯無も頷き返し、二人は階段を降りる為に足を踏み入れた。
牢屋。そこには身体中を拘束されながら虚ろな目をしている箒がいた。しかし、そこにはエレーナ先生は居ない。
エレーナ先生は数日前にロシアに強制送還されたその日の夜に自殺したのである。エレーナ先生は兎も角として、箒は虚ろな目をしながらもある人物に逢いたい気持ちで一杯だった。
織斑一夏、箒にとって想い人でもあり、大切な存在。が、それは箒が思っている事であり、一夏自身は毛嫌いでしかない。
「一夏……一夏」
箒は覇気も感じないような口調で一夏の名を呼ぶ。刹那、階段の方から足音が聴こえた。
それは徐々に大きくなっていくがそれは階段を降りる足音であり、誰かが牢屋へと来た事を物語っている。箒は視線を階段の方へと向けたーー箒は目を見開いた。
階段を下りてきたのは一夏だった。箒は一夏が来てくれた事によるものなのか目に生気を取り戻し、喜びを隠せない。が、その後ろに、一夏に続くように楯無も降りて来ると、箒は下唇を噛み、楯無を睨む。
「貴様……っ!」
箒は楯無を睨みながらそう呟き、それを聞いた楯無は下唇を噛むも、一夏は箒の前に立ち止まると腕を組みながら、箒を睨み、楯無は一夏の隣にいながらも少し後ろに立ち止まる。
幸いな事に一夏と箒の間には鉄格子がある為、最悪な結果を招く危険はない。が、一夏は険しい表情を浮かべ続けている事に変わりはない。
「よう、無様な姿だな」
一夏は箒に問う。
「い、一夏、私を助けに来てくれたのか?」
箒は少し嬉しそうに訊ね返すが一夏は溜め息を吐き、首を左右に振る。
「違う、俺はお前に言いたい事があるんだよ?」
「言いたい事?」
箒が聞き返すと、一夏は頷き、鋭い眼差しを箒へと向けながら口を開いた。
「篠ノ之、俺はお前とは話すつもりはないし、これから俺に付き纏うな」
ーーなっ!? ーー。一夏の言葉に箒は目を見開きながら驚きを隠せない。だが、一夏は言葉を続ける。
「篠ノ之、これ以上、俺に付き纏うなーー勇人や止、それに更し……楯無やその妹にも手を出すな」
「な、何を言ってるのだ一夏!? お前は私よりもその女を選ぶと言うのか!?」
「……ああ、それに俺は、お前が嫌いだからだよ!」
「なっ!?」
一夏の言葉に箒は愕然とした。それも一夏の言葉は一夏自身の本音でもあり、一夏自身の怒りをも表している。それにその言葉は箒の胸に突き刺さり、箒自身の心に暗い影を落とす。
しかし、そんな箒を他所に一夏は言葉を続ける。
「篠ノ之……俺はお前が嫌いだ……お前のせいで俺は友達をあまり作れなかった、友達を多く失ったーーそれにお前は俺に好きでもない剣道をやらせ、俺が拒んでもお前はそれを聞こうとしなかった……それだけじゃない、お前が転校するまでの間、俺は寂しい日々を過ごしていた……学校でも家でも孤独だった。友達が居ても、お前のお陰であまり遊べなかった」
一夏は怒りを隠しきれず握り拳を作る。が、そんな一夏に箒は反論する。
「そんなのはどうだって良いではないか!? お前は私といる方が楽しい上、私はお前が必要だったからだ!! それに剣道を続けさせていたのも、お前との時間が作りたかったんだ!」
「そんなのはお前の勝手だーーだがな、俺から見れば、お前と一緒にいるのは屈辱でしかない、剣道もあまり好きではない」
「何だと!? お前は剣道の良さが判らぬのか!?」
箒は剣道を馬鹿にした事に怒る。が、それには理由があった。それを一夏は話す。
「別に良いとか悪いとかじゃねえーー俺はな、お前が勧めた剣道のせいで大切な時間を奪われたーー俺が拒んでも、お前はそれを良しとはしなかったじゃねえか!?」
「そんなのはお前がヘタレだからだ!? お前は剣道をやるのを嫌がっていたではないか!?」
「ふざけんな!!!」
一夏は怒りのあまり叫んでしまう。しかし、それを聞いた箒は肩を一瞬だけ竦め、楯無は一夏と箒のやり取りを見守っているが何の反応も見せなかったが一夏を心配そうに見守っていた。
「い、一夏……?」
箒は恐る恐る、一夏を見る。一夏は憤怒の形相を浮かべながらも歯を食いしばっていた。
「いい加減にしろ篠ノ之……お前がそう思っても、此方は散々だったんだよ!? お前が剣道を進めるせいで俺は孤独だったよ!!? お前が一緒にいるせいで友達はあまり近づいてこなかった!! あの女もそれを俺が弱気だとか忙しいとか構ってくれなかった!! お前がいるせいで俺はずっと辛い思いをしていたよ!? お前は人の気持ちを知ってたのか!?」
一夏は怒りながら、箒に言葉を続ける。それを聞いていた箒は目を見開いており、楯無は何もせずに、箒から目を逸らす。それでも、一夏は箒に、こう言い放った。
「お前は少しは人の気持ちを考えろよ!? それにお前のお陰で俺は苦しい思い出が大半だ!! 俺の六年間を返せ!! 返せよっ!?」
一夏は怒りで我を忘れ、箒に詰め寄ろうとした。が、鉄格子のせいで箒に詰め寄ろうと出来なかった。
「ダメ一夏君!!」
楯無は慌てながら、一夏を止めようとして一夏を羽交い締めする。が、一夏の怒りは一向に治まる気配はない。
「お前のお陰で俺はどんな思いをしたのかお前に判るか!? お前が転校した後も俺は孤独だった! お前が残した爪痕は俺の孤独を続かせていた! 返せよ、返せよ!!」
一夏の怒りは箒に向けられていた。が、一夏の溜めに溜めていた怒りが箒へと向けられている。それも全て、箒に原因があるが一夏には耐えられなかった事なのだろう。
そんな一夏を楯無は羽交い締めするも一夏の怒りは消えない。が、そんな一夏に箒は目尻に涙を浮かべながらも、一夏に言い放った。
「そんなのは、そんなのは……っ! そんなのはお前の思ってる事だ!! それにお前は私の気持ちを知ってるのか!!?」
箒は泣きながら叫ぶ。それを聞いた一夏は「何だと?」と言い、楯無は瞠目しながら、箒を見た。箒は泣いていたが箒は言葉を続ける。
「一夏……お前には判るか? お前に私の気持ちが判ってたまるか!!」
「何がだよ!? それにお前の事等どうだって良い!? 俺は今は俺自身の話をしているんだろうが!?」
一夏は怒りながら訊ね返すと、箒はそれを拒絶するように言った。
「黙れ!!!!」
箒は叫ぶ。それを聞いた一夏は下唇を噛み、楯無は目を見開く。が、箒は泣きながら鋭い眼差しを、一夏や楯無に対し、言葉を続けた。
「私はずっと孤独だった!! お前と別れてから、私はずっと孤独だったのだ!! お前と離れ離れになってから、私はずっと独りだった!!」
箒は泣きながら叫んだ。それは、その意味は箒自身に箒の辛い過去を思い出させるような物であった……。
しかし、それを一夏や楯無からどう見られ、どう思われるのかは、箒の過去を知るまで、判る筈も無いだろう。
次回、箒の過去を知った二人は……そして、勇人に隠された秘密。