ワンサマーとプレデター   作:噛ませ犬

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 今回は、あまり展開の無い話です。


第94話

 一夏は箒に決別的な事を言った後、楯無と共に牢屋を出ていく形で階段を登った後、廊下を歩いていた。近くには楯無が居るが楯無は彼が何処に向かうのかは判らなかった。

 楯無は一夏が何処に向かうのかを判断出来ず、少し首を傾げた後、一夏に訊ねる。

 

「ねぇ一夏君? 何処に向かってるの? 食堂? それとも教室なの?」

 

 楯無は訊ねるが一夏は無言のまま廊下を歩き続けていた。そんな一夏に楯無は訊き続けるがどんなに訊いても、一夏は無言で楯無を方を見ずに廊下を歩き続け、楯無は後を従いていく形で歩き続けていた。

 

「ねぇ一夏君? ……っ」

 

 楯無は下唇を噛むと、楯無は一夏の前に立ちはだかるように移動する。刹那、楯無は一夏の顔を見て驚きを隠せない。一夏は、哀しい表情と言うよりも、怒りの籠った表情をしていた。

 その表情は、一夏が単に何度も訊ねてくる楯無に怒っている訳ではない。

 一夏は箒への怒りを抑えきれないでいた。勇人と止の二人が近くに居なかった為か、それとも箒の顔を思い出した為なのかは判らない。そんな一夏に楯無は何も言えなくなるが一夏は楯無を手で退かすと、再び歩き出す。

 

「一夏君!」

 

 楯無は従いて行こうとした。ーー来るな!! ーー。刹那、一夏は叫んだ。それを聞いた楯無は肩を竦めると、恐る恐る一夏を見る。

 一夏は楯無に対し背中を向けていたが肩越しで楯無を見るーーその表情は怒りが籠められているが楯無に怒っている訳ではない。

 ーー……っーー。一夏は下唇を噛むと、前を向き、そのまま歩き出す。楯無はその場を動けなかったが一夏は少し歩いた後、立ち止まり、楯無の方を見る。

 楯無は一夏の言葉のせいか、何故か哀しげに俯いていた。そんな楯無に、一夏は下唇を噛みながら髪を掻き、楯無の元へと戻る。

 

「一夏君?」

 

 楯無は一夏が戻ってきた事に気付くが一夏はその間に楯無の前へと戻ってきていた。

 

「い、一夏君? 一体どうしたの?」

 

 楯無は恐る恐る訊く。楯無は別に一夏に怯えている訳ではない、楯無は一夏が何故怒っているのかが判らないでいた。

 別に楯無が悪い訳ではないが、一夏は楯無に対して謝る。

 

「ごめん……さっき怒鳴って」

 

 一夏の言葉に楯無は驚く。が、一夏は哀しそうに下唇を噛むも、直ぐに言葉を続ける。

 

「俺ちょっと考えて事をしてたんだ、それでお前に酷い事を言っちまった、それはごめん」

「あっ、そ、それは別に良いのよ? お姉さんは別に怒ってないし、それに一夏君の気持ちを考えずに訊き続けた私も悪いから、別に一夏君が悪い訳じゃないわよ?」

「…………」

 

 楯無の言葉に一夏は無言で楯無を見据える。すると、楯無は一夏の頬を触る。一夏は楯無の行動に戸惑うも、楯無は哀しそうに笑う。

 

「それに一夏君は、ずっと辛い思いをしてきたんでしょ?」

「……えっ? な、何が?」

 

 楯無の行動に一夏は何も判らず戸惑う。だが、楯無は、ある事を一夏に言った。

 

「一夏君、もうこれ以上、嫌な事を思い出さないで、貴方はもう、充分と言っていい程、苦しんだのよ?」

「苦しんだ? 俺が何を?」

「恍けないで、貴方は昔から周りから、織斑先生の付属品としか見てもらえなかったんでしょ?」

 

 楯無の言葉に一夏は目を見開き、身体を震わせる。何故なら、一夏は昔から苦しい思いをしてきた。それは周りが一夏を付属品としか見ていなかった事や迫害した事にである。

 それは一夏にとって消える事の無い思い出だが、何故楯無はそれを知っているのかは、楯無自身が答えるように口を開く。

 

「実は私が一夏君を捜している時、一夏君に関する噂が何件何百件もあったーーでもそれはとても悪い物だった」

 

 楯無はやるせない思いを感じた。楯無から見れば苦痛と、一夏に同情するような内容であった。あんなのは人間の屑がやる事であり、楯無はそんな人間の屑ではない。その為、楯無は一夏を気遣いながらも言葉を続ける。

 

「一夏君、これ以上自分を苦しめないで……貴方はとても優しい人、自分よりも皆を心配する優しい人」

 

 楯無の言葉に、一夏は哀しそうに俯きながら身体を震わせる。一夏は嫌な思い出を思い出していが楯無は言葉を続ける。

 

「一夏君……貴方の苦い思い出は貴方の心に大きな傷を負わせたのかもしれないーーさっきの篠ノ之さんや、織斑先生にも良い思い出は無いかも知れないーーでも、私は貴方に苦い思い出をこれ以上はさせたくない……貴方はもう、充分に苦しんだ……だから」

 

 楯無は一夏に手を伸ばそうとした。刹那、一夏は楯無に抱き着く。ーーえっ!? ーー。一夏の突然の行動に楯無は目を見開くが一夏は両手を楯無の背中に回しながら強く抱き締めていた。

 

「い、一夏君!? ど、どうしたの突然!?」

 

 楯無は一夏の行動に戸惑いながらも訊ねる。一方、一夏は何も言わず楯無を抱き締め続けていた。一夏は自分の厚い胸板に楯無の豊満な胸が当たっても興奮もせず恥ずかしがってもいなく、楯無から良い匂いがするがそれを嗅ぐような疚しい事を考えてもいない。

 一夏は単に楯無に甘えたいが為に抱き着いたのである。理由は一夏が弱気になりつつあった為だった。一夏は昔、僅かな理解者達を除いた者達から姉の附属品としか見てもらえず、心に大きな傷を負った。

 それは消える事もなく拭い去る事も出来ない。一夏から見れば苦痛でしかなった。何故それを思い出したのかは箒との話の時である。

 箒との決別の話は一夏の過去を呼び起こすのには充分な程であり、その中には千冬にも相手にされなかった事も含まれていた。

 一夏から見れば苦痛でしかなった、苦い思い出しかなった。だからこそ、一夏は誰かに甘えたかったのだ。

 本当なら誰かに八つ当たりしたかった。しかし、千冬以外は何の罪もない。一夏はそれを知りながらも八つ当たりしたい気持ちを堪え、楯無に甘えてしまったのである。

 さっきまで怒っていたのも、楯無の呼び掛けに反応しなかったのも一夏は嫌な過去を思い出してしまったのと、一人でいたいと考えていた時も、近くにいた楯無に怒りを感じ八つ当たりしてしまった為に、楯無に謝罪する形で抱擁しているのであった。

 一夏は自分でも判るように抑えきれない怒りを、楯無に八つ当たりに近いように甘える中、楯無は一夏の行動に戸惑いながらも頬を紅くしていた。楯無から見れば喜びしかないだろう。

 

「更識……俺、お前に甘えて良いか?」

 

 一夏は不意に呟き、それを聞いた楯無は不意を突かれるかのように「えっ?」と惚けてしまう。が、一夏は言葉を続ける。

 

「更識、俺、判んなくなっちまった……」

「えっ、どうしたの突然?」

 

 楯無は訊き返すと、一夏は楯無を更に強く抱き締める。ーーあっ……ーー。楯無は少し戸惑う。身体が痛い訳ではなく、一夏の行動に戸惑っているだけである。しかし、一夏は楯無を見ないように楯無の右肩口に顔を埋めていた。

 

「更識、俺、判んなくなっちまった……俺は何の為に、この学園に来たのか判んなくなっちまった」

「い、一夏君?

どうしたの? わ、私、判らないんだけどーーお姉さん困るよ?」

「それは悪かったーーでも、俺の我が儘を聞いてくれ……」

「我が儘? 一夏君の?」

「……ああ、俺の、俺の我が儘を……っ」

 

 刹那、楯無は何かに気付き瞠目した。自分の右肩口に濡れる感触がした。それは一夏が涙を流しているからであった。

 これには楯無は驚くも楯無は直ぐに瞑目しながら笑みを浮かべると、左手を一夏の後頭部に、右手を一夏の背中へと回し、左手を軽く動かすーー楯無は一夏の頭を撫でていた。

 楯無自身の気遣いでもあるが慰めでもある。一夏は楯無の行動に驚きはしなかったが一夏は嗚咽を上げる。

 

「大丈夫よ一夏君、お姉さんが居るから、お姉さんに一杯甘えても良いのよ?」

「っぐ……す、済まねえ……あぁっ」

 

 楯無の気遣いが嬉しかったのか一夏は泣き続けた。何故かは判らない、一夏は自分の辛い過去を忘れようと楯無に甘えている。しかしそれには理由があった。

 一夏は辛い過去だけでなく、千冬や箒に憎悪を抱いているだけでなく、鈴が告白したにも関わらず、振った事も思い出していた。

 千冬や箒は元より、自分は何故か鈴の告白を受け入れなかった。それは一夏は鈴を親友として好きだった。反面、一夏は自分でも気付かないように自分が甘えている少女、楯無を思い出したからである。

 千冬に殺しに掛かった時も、箒が文句を言った時も、何故か楯無の顔を事を思い浮かんだ。一夏から見れば何故かは判らない。

 嫌、一夏自身は気付かないだろうが一夏は楯無を異性として微かに意識していたのである。それは守りたい存在かも知れなかったがそれは何れ大きくなり、一夏にとって大切な人になる事を一夏自身は未だ知らないだけである。

 それに今は一夏は楯無に感謝していた。楯無の気遣いとも言える言葉に溜めていた苦しい思いが少しだけ和らいでいくのを感じていたのである。

 一夏が楯無に抱き着く形で二人は抱き合い続けていた。それは長いか短いかは判らず、近くにも女子達が通るも二人には関係なかった。

 しかし、女子達は二人の甘いとも言える空間に少し悔しい思いと、吐き気がするのを感じたのは言うまでもなかった。




 次回、とある人物達がセシリアの為に動く。
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