ご了承ください。
※思いの他直す所も多く、場面も増やしてしまいました。
狂三キラー 初日前半
あちこちにぬいぐるみなどや漫画本などが置いてあり、生活感に溢れている部屋の中。
「……ぁ」
京乃が目を薄っすらと開けて目覚まし時計を見ると、いつもよりも随分と早い時刻での起床だった。
最近夢見が悪く、眠りが浅いのだ。
そんな日々の中、今日この日に悪夢を見ることがなかったのは
何故ならば今日は他人にとっては重要ではなくとも、京乃にとっては何よりも重要……かもしれない日なのだから、幸先悪いのは勘弁願いたいと思っていた所だ。
まだ
何とも気分の良い朝だ。
京乃は部屋に差し込んでくる光に眩しそうに目を細め……あくびをこぼしながら布団の中に潜り直した。
♢
「……!?」
布団に包まってささやかな幸せを甘受していた京乃は、再度意識が浮上した時に目を見開き、勢いよく上半身を起こして目覚まし時計を見る。
時刻はいつも目覚めるよりも大分遅かったが、学校に遅刻する程ではない。慌てて学校に行ってしまえば、何か忘れものをしてしまう可能性もある。
ここはいつも通りに行動することが大切だろう。
いつも通り……いつも通りに……
「いつも通りにしてたら遅刻する……!」
流石に急がないと間に合わないかもしれない時間帯だ。
慌てて髪や制服などの身支度を整えてから家から出て行った。
幸いにも学校は近い。転ばないようにだけ気をつけて駆け足で行こうと決意して、士道の家を通り過ぎようと思った時に、その可愛らしい声は聴こえてきた。
「……きょ、京乃さん!」
『やっはろー京乃ちゃん!』
「……え?」
驚いて振り返ると、そこには天使がいた。
後光が差している(ような気がする)蒼い髪の天使だ。恥じらいながらも笑顔を浮かべている所がポイント高い。
きっと漫画ならば後ろには花が咲いているだろう。
花の種類は桜かエーデルワイスだろうか? きっとそうだろう。眩しすぎて直視出来ない。そのうち羽と光輪をつけて空へ飛びたってしまうのではないか。そう思えてしまうくらいに神々しい彼女と一緒にいて大丈夫なのだろうか? 否、大丈夫じゃないだろう。
京乃が遠い目をしていると、心配そうに見つめていた彼女と目が合った。
「……よしのんに、四糸乃ちゃん?」
『うん、そだよー』
「きょ、京乃さんおはようございます!」
「うん、おはよう」
薄手の涼しげな白いワンピースを身に纏い、目元を覆い隠すかのように
髪も瞳も海のように青い彼女の左手には、友達であるよしのんが装着されていた。
「服、似合ってるね」
「あ、ありがとうございます……!」
人に褒められるということが少ないからなのか、四糸乃は頬を赤く染めてはにかむ。
京乃が四糸乃と最後に会話したのは、士道と四糸乃とでよしのん探しをしていた日だろう。
「四糸乃ちゃん、よしのんと再会出来たんだね」
『なーにしらばっくれちゃってるのさ京乃ちゃん! よしのんを見つけたのは京乃ちゃんっしょ?』
「その、士道さんからよしのんを手渡してもらった時に、聞きました……その、あ、ありがとう……ございました……!」
京乃は驚いたように目を見開き、そしてにこりと笑う。
「……そっか、私四糸乃ちゃんの役に立てたんだね。怖い人達からは、もう追われていないの?」
「は、はい。士道さんに……助けてもらった……ので」
『そーそー! だから四糸乃ってば士道くんにベタベタの惚れ惚れで……むぐー!』
「よ、よしのん!」
慌てた様子の四糸乃がよしのんの口を塞いだ。
はて、四糸乃は修羅場に発展するとでも思ったのだろうかと京乃は首を傾げる。
「そっか。良かった。……うん、凄い安心した」
勿論、京乃は四糸乃が士道のことが好きだと言うことではなく、四糸乃がASTに追われなくなったということに安心しているのだ。
この小さくて、それでいて芯の通った強さを持った存在である四糸乃を救えて良かったと、心からそう思えたのだ。
「あの、実は私、あのマンションで暮らすことになったんです……!」
「そうなんだ」
そういえば、気がついたら京乃の2つ隣に新しくマンションが出来ていた。
なぜ突然出来たのかと不思議に思っていたが……
「じゃあ、引っ越し祝いに何か……お古で良ければ服とか送ろうか?」
「……京乃さんの、昔の服、貰ってもいいんですか……?」
「四糸乃ちゃんが貰ってくれるなら歓迎だよ。場所取っちゃってるし、整理出来るし」
その言葉を聞いた四糸乃の顔は花が咲いたように、ぱあっと明るくなった。
「ぜひ、お願い……します……っ!」
嬉しそうに笑ってぴょんぴょんとうさぎのように飛び跳ねた四糸乃だったが、すぐに何かを思い出したように不安そうな顔を浮かべる。
「あの、京乃さん。学校の時間、大丈夫……ですか……?」
「あっ、そうだった。早く行かないと」
『京乃ちゃんてばお寝坊さんなの?
行ってらっしゃーい!』
「京乃さん、行ってらっしゃい……です」
その言葉を聞いた京乃は嬉しそうに笑った後に、腰をかがめて四糸乃の頭を撫でた。
「うん、行ってきます」
♢
「京乃ちゃーんー! おはよー!」
四糸乃達と別れた後に駆け足で学校に向かうと、朝のホームルームの五分前には下駄箱に着くことが出来た。
安堵の息を吐いて廊下を歩いていると、向かい側から自分の名前を笑顔を叫びながらで走ってきた人物が現れた。
京乃はビクリと身体を震わせて逃げ腰になりなっていたが、相手が見知った人であることに気がついて足を止めた。
ワックスで逆立った髪、存外筋肉質な身体の持ち主。
士道の友人で、京乃に話しかけてくる回数が最近増えてきた男子生徒。
「……は、はい。えっと……殿山君? おはようございます」
ちょっと小首を傾げながら挨拶をしたが、その言葉を聞いた殿町は思わずといった感じで苦笑する。
「殿町ですよ京乃ちゃん! って、それはさておき知ってるかい? 今日はビックニュースがあるんだぜ」
「ビックニュース、ですか……?」
殿町の言葉を
最近何かあっただろうかと考えてみるが、特に何も思い出せない。
「タマちゃんが挙動不審だったから聞いたら教えてくれたんだ。……ああ、でもタマちゃんに皆を驚かせたいから内緒にしてくれって頼まれてるから、分かるまでのお楽しみってことで」
「は、はい、分かりました。あの、……五河君には教えたんですか?」
京乃はそわそわと落ち着かない様子で殿町に問いかけるが、それを聞いた殿町の様子は芳しくない。
「いやいや京乃ちゃん、あんなセクシャルビースト五河には教えないでいいよ」
「……セク……なんて言いましたか?」
「あー、分からないなら大丈夫だよ。そんなことより五河のやつ、今日十香ちゃんと一緒に登校してたんだぜ?」
「……」
「あー、もう朝から見せつけやがって……」
殿町はやれやれと首を振り、ギザに笑って後ろを向く。
「でも大丈夫だ。俺には京乃ちゃんがいるからな……って、アレー? 京乃ちゃーん?」
殿町は前に向き直って京乃に声をかけようとしたが、そこには既に京乃の姿はなくなっていた。
♢
士道と十香が一緒に登校する。
それは悪いことではないし誰かに咎められることでもない。
それでもやっぱり悲しくなってしまうのは、やっぱり士道のことを諦めきれていないからなのだろう。
そう思いながら自席について俯いていると、声を掛けられた。
「むっ、京乃どうかしたのか?」
「え……」
声の主を見てみると、そこには先程の話の中心人物である十香の姿があった。
「元気がなさそうに見えてな。何かあったのか?」
「そ、そんなことないです」
「ううむ、そうか。それならいいのだが……」
そう言いながらも十香はうんうんと唸り、隣の席から離れようとしない。
どうしたのかと尋ねようとした時、京乃の席の前に折紙が現れた。
「夜刀神十香。あなたが観月京乃に話しかけたせいで観月京乃の顔色が悪くなった」
淡々と告げる折紙に、十香は食って掛かるように席を立ち上がる。
「なんだと!? そ、そんなことないよな! なっ! 京乃!」
顔をずいっと近づけてそう言った十香の迫力に押されて、京乃は慌てて頷いた。
「は、はい」
「ほら見ろ鳶一折紙! 京乃は私は関係ないと言っているぞ!」
「無理やりあなたが言わせているだけ。本当は嫌がっている。私には分かる」
「な、なんだとお!?」
一瞬にして京乃の席周辺がバトルフィールドと化した。
「大体貴様は何なのだ! いつもいつも私に難癖つけて……!」
「真実を述べているだけ」
「ふ、ふん! それなら私も真実を言ってやるぞ!
鳶一折紙の阿呆! 間抜け! のーたりん!」
「幼稚。それらの言葉はすべて貴方に返ってくると何故気づかないの」
「ふ、ふざけるな!」
「ふざけているのは貴方」
「あ、はは……」
逃げたい、この場所から。
京乃が引き攣った笑顔を浮かべていると、朝のホームルームの予鈴が鳴った。
「むっ、時間か。京乃またな」
「……」
十香が笑顔でそう言い、折紙が無言で自席に座るのを手を控えめに振りながら見送り、二人が席に着くのを見届けると小さく息を吐いた。
何でこうなるのだろうかとか彼女達は少しくらい仲良く出来ないのだろうかと考えてみるが、どうも出来ないだろうと諦める。
きっと二人が仲良くできない要因は、きっと京乃が立ち入ることの出来ない深いところにあるのだろうから。
先生が朝の連絡事項を告げているのを聞き流しながらそんなことを考える。
「ふふ、なんとね、このクラスに、転校生が来るのです!」
思い出したようにドヤ顔で指を突き出してそう言った岡峰珠恵先生(愛称タマちゃん)の言葉を聞いて、教室内は一気にざわめいた。
どうやらタマちゃんの思惑通りにことが運んだようで、彼女は満足げに頷いていた。
転校生が来るというのが、殿町の言っていたビックニュースなのだろうか?
そう思っていると、後ろを振り返ってサムズアップをした殿町と目が合った。どうやらビックニュースというのはクラスに転校生が来るということで間違いないらしい。
しかし、転校生か。
6月という中途半端な時期に来るのも不思議であるし、何よりも京乃のクラスには既に十香が転入してきているのに、このクラスにくる理由が分からない。
ならば、なぜ?
──そんな京乃の思考は、少女が入ってきた瞬間に止まった。
どこかで見たことがある少女。
そんな漫画のような展開に驚いている気持ちもあるのだが、それ以上に京乃の中の何かがこの少女はヤバイと警鐘を鳴らして訴えかけてくる。
確かにぞっとするほど美しい容姿だ。
季節外れの冬服のブレザーから覗く真珠のように白く滑らかな肌、赤い瞳、影のように黒い髪。彼女のひとつひとつの挙動からも不思議と目を離すことが出来ない。
それほどまでに美しく、もう一つの隠された瞳で見つめられたら、同性の京乃でも正気を保てなくなるのでないかと思えるくらいに
十香や四糸乃も美少女ではあるが、狂三の場合は可愛いというだけではなく、どこかミステリアスな……魔性ともいえる魅力にも溢れている。
だから目を惹かれたというのもあるのだが、京乃が彼女に目を奪われたのはそれだけの理由ではない。
「
黒板に書いた達筆な字の前でそう言った彼女。
「わたくし、精霊ですのよ」
その言葉を聞いて、そして十香や士道の驚いた顔、折紙の視線だけで人を殺せるような鋭い目を見て京乃はどこか納得する。
狂三からは微かながら七罪や四糸乃と同じような気配が感じられた。
どうやら先程から感じていた違和感はそれだったのだろうということと同時に、彼女達は精霊と呼称されているのだということを知った。
「それじゃあ時崎さん、空いている席に座ってくれますか?」
「ええ。でも、その前に一つ。
わたくし、転校生してきたばかりでこの高校のことがよく分かりませんの。放課後にでもかまいませんから、誰かに案内していただきたいのですけれど」
困ったように告げた狂三。
それを好機と見たのか、手を上げて立ち上がった少年がいた。……
「あ、じゃあ俺が」
「結構です」
時崎狂三は声をかけてきた殿町に笑みを崩さずに、しかし反論を許さないとばかりににべなく言い放って教壇から降りると、項垂れた殿町の側を通り過ぎて士道の席の前までやってきた。
「ねえ──お願いできませんこと? 士道さん」
「お、俺……? というかなんで名前を……」
「駄目、ですの……?」
ここで断られたら泣いてしまいますとでも言いそうな程に目を潤ませている狂三を見て、士道は言葉に詰まる。
「い、いや、そんなことは……」
「では決まりですわね。よろしくお願いしますわ、士道さん」
先程の表情から一転してニコリと微笑むと、ポカンと呆気にとられているクラスメイトの視線の中、軽やかな足取りで指定された席──京乃の右隣の席まで歩いてきた。
……そういえば、京乃の右隣の席は二年になった当初から空いていた。
「よろしくお願いします、京乃さん」
「……はい、よろしくお願いします。時崎狂三さん」
名前を教えていないのに平然と言い当て微笑を浮かべる狂三を見て、顔を
♢
転校生が現れるというイレギュラーな事態にはなり、休み時間中には彼女の席の周りは客寄せパンダのように人であふれかえっていたものの、京乃の学校生活は騒がしいながらもいつも通りに進んでいった。
そして、放課後。
「士道さん、案内よろしくお願いしますわ」
「あ、ああ!」
「……」
帰りのホームルームの後、京乃は2人が連れだって歩いているのを尾行することにした。
士道が危険そうな人物と一緒にいるのが心配だったのだ。
……別に、士道が狂三に骨抜きにされるのだとかメロメロになってしまうとかそういう不安がある訳ではないのだ。
自分自身に言い訳をしている内に二人は教室を出ていったので、京乃も慌ててそれを追いかける。
二人が最初に向かったのは、京乃もよくお世話になっている購買だった。
士道が購買のメニューの前に立って何か説明していた。
多分オススメか士道が好きな種類のパンでも教えていたのだろう。
じっと遮蔽物に身を潜めながら見ていると、士道と狂三が歩き始めたので京乃もそれに慌てて着いていく。
そうして二人が立ち止まった所は、屋上の階段前だった。
士道に何かを言った狂三は微笑をたたえながら、スカートに手をかける。
そうしてジリジリと焦らすようにスカートをたくし上げ、スカートの中にある黒ストッキング越しの純白の下着が姿を現した。
それを見た瞬間、京乃の思考は停止し、次の瞬間にはそれを補うようにぐるぐると廻り始めた。
何故時崎狂三は出会ったばかりの少年に下着を見せるのだろう。痴女か、痴女なのか? もしかして初対面ではないとか? いやしかし士道の狂三に対する態度は引っかかることはあるのだが、間違いなく初対面の人に対するもののそれで……
「は、破廉恥です!」
考えることを放棄した京乃は壁から飛び出して顔を真っ赤にして叫んだ。
あれ、そういえば隠れていたんだっけと思い出した頃にはとき既に遅し。
掃除用具入れに隠れていたらしい十香も驚いたように京乃を見ているし、心なしか折紙も何か物言いたげに京乃を見ているような気がする。
「み、観月?」
「破廉恥……ですの? わたくし貧血持ちでして、そこで優しい士道さんが私の手を取って支えてくれましたの」
「……え?」
何の話をしているのだろうと思い、狂三の手もとを見てみると、確かにそこには士道の手が添えられていた。
それを見た京乃は、慌てながら手をわさわさと動かす。
「す、すみません、私の勘違いだった……みたい……です。先程、時崎狂三さんが五河君に下着を見せていたような、そんな気がしたのですが……」
今度は士道の顔から冷や汗が流れ落ちた。
なんせ京乃の言ったことは紛れもない事実で、ラタトスクからの指令通りに(勘違いではあったのだが)狂三ってどんなパンツを履いているんだ? と尋ね……結果、何故か狂三はパンツを見せてきたのだから、間違いなく士道は狂三のパンツを見た。
士道さんにパンツ見せろと言われましたのと狂三が告げた瞬間、京乃が殿町にでもそれを言ってしまえば、クラス中、果てには学校中に五河士道は出会ったばかりの美少女にパンツを見せるように恐喝したとんだエロ豚だと言う話がまわってしまうだろう。
“神様仏様狂三様、どうか先程の出来事はなかった方向でお願い出来ないでしょうか!? ”
“ふふ、他ならぬ士道さんのお願いですもの、了解しましたわ。
それのお礼と言ってはなんですが後日わたくしのお願いも聞いてくださると嬉しいですわ。”
出会って数時間にして奇跡的にアイコンタクトが通じあった狂三と士道は頷きあった。
その代償は大きそうだが、そのことにまだ士道は気付いていない。
「そのようなことはありませんでしたわ。京乃さん、お疲れなのではないでしょうか?」
「……そう、かもしれないですね……とんだ濡れ衣を……」
目を伏せてそう言った京乃に、狂三はくすくすと笑う。
「いえいえ、お気になさらずに」
「それで観月は何でこんなところにいるんだ?」
「……こ、こんな
尋ねた瞬間に綺麗なお辞儀を決めた京乃を見て、士道は少し苦笑する。
「い、いや別に大丈夫だが、何で観月も……」
「その、五河君に言いたいことがあったのですが……でも、タイミングを逃してしまいまして……」
「そうか。今聞いてもいいか?」
「い、いえ、その……今じゃない方が……」
チラリと折紙と十香、そして狂三を見て首を振る京乃。
それを不思議に思い士道が口を開きかけたとき、どこからともなく携帯電話のバイブ音が鳴り響いた。
「──もしもし」
折紙がポケットから携帯電話を取り出して、話し始める。電話口に向かって淡々と相づちを打ったのち、なぜか狂三に鋭い視線を送り、電話を切る。
「……急用が出来た」
折紙はどこか名残惜しそうに士道を見つめて、もう一度狂三に刺すような眼光を向け、歩き去っていった。
折紙が士道と一緒にいるのに抜け出すのを見たことがなかったから少し驚いたが、これは流れで先程のことをあやふやにして自分も帰ろうと思い、京乃は引き攣った愛想笑いを浮かべる。
「では、私も帰り……」
「京乃さんは案内してくださりませんの?」
「……え!? あ、いや、あの……」
「悲しいですわ、泣いてしまいそうですわ。
えーん、えーん」
およよと目元を手で隠してしまった狂三を見て、京乃は大いに慌てる。
「わ、分かりましたっ! 私も参戦いたします……!」
京乃がそう言うと、狂三は何事もなかったようにケロリと笑いながら京乃に向き合った。
「嬉しいですわ、では行きましょう」
こうして、半ば強制的に京乃も十香と同じように狂三の学校案内に参加することになった。
「購買には、行ったんでしたっけ……?」
「ああ、行ったな。観月は昼飯は購買か?」
「基本的には購買で買います。その……やっぱり自炊は苦手なので」
「ああ……」
何かを察したように士道は呟いた。
京乃の料理を見ている身としては、京乃が自炊を出来るとはお世辞でも言えなかったのだろう。
「み、観月は購買で何買うんだ?」
「ええと、焼きそばパンを買うことが大半で……たまにドリアンパンを少々」
「……ドリアンパン」
まさかドリアンパンに二票目が入るとは思っていなかったからか、狂三がそれって本当ですのと小さく呟いたが、どうやらその声に気づかなかったらしい三人はどんどん先に進んでいった。
「ここは図書室だな」
「え、えっと……そうですね、色々な種類の本があります」
図書室とプレートが掛けられている扉の前で士道が立ち止まってそう説明すると、京乃も同調して頷くが、それはどこの図書室もそうだろうと思うがそこはご愛嬌。
二人の説明に食いついたのは、転校生である狂三ではなく十香だった。
「そうなのか!? 食べ物は! 食べ物の本はあるのか!?」
グイグイと迫り来る十香から逃げるように後ずさりながらも、京乃は返事を返す。
「ええっと、あると、思います……」
「十香……レシピ本があっても、食べることは出来ないからな?」
「むう……いや、シドーに作って貰おう!」
「まあ、そうだな。俺に作れそうなものがあれば作ってもいいぞ」
「おお! よろしく頼むぞ、シドー!」
「……時崎狂三さんは」
「狂三でいいですわ」
にっこりと笑みを浮かべてそう言った狂三相手に、迷うような顔をした後に口を開く。
「……時崎狂三さんは、次行きたいところとかありますか?」
狂三はつれないお方ですわと嘆息した後に、少し悩ましそうな顔を浮かべる。
「そうですわね……先程も申しましたが、わたくし実は体が弱かったんです。ですから、もしもの時の為に保健室の場所は把握しておきたいですわ」
にこりと笑顔を浮かべて告げられて、保健室はこの近くにあっただろうかと京乃は一瞬考える。
「近いですし、次行きます……か、五河君?」
「ああ、そうするか」
そんなことを言いながら、一行は校内を進んでいく。
「ここが保健室だな」
「……よくお世話になってました」
苦笑した京乃がぼそりと小さく呟くと、その声を拾ってしまったらしい狂三が興味ありげに京乃を見る。
「まあ、京乃さんはおてんばさんですの?」
「……」
京乃は失言してしまったと苦々しい表情を浮かべる。
それを見た士道がフォローするように狂三の前へ出てくる。
「ああ、いや。観月はよく失神してたからな。主にクラスメイトに話しかられた時に」
「……それは、大丈夫……ですの?」
「はい、大丈夫です」
狂三に心配そうに声をかけられた京乃はきまり悪そうにして、少し足早に三人の前へと歩いていった。
「ここは体育館ですね。授業で使用することが大半です。バスケ部とバレー部、バトミントン部などが朝や放課後に練習に励んでいます」
「へえ、そうですの。そういえば京乃さんは何か部活動に所属してますの?」
「……高校では、特に所属してません」
「では、中学の頃は何部でしたの?」
やけに楽しそうに尋ねてくる狂三を見て、京乃は少したじろいだ。
別に聞かれたくないことではないのだが、話して面白いことでもない。
そもそも何でこの人やけに突っ掛かってくるのだろうと思いながらも正直に答える。
「……手芸部に、入ってました」
「それはそれは! 楽しかったですの?」
「……活発な部ではなかったですから、楽しいかと聞かれると……よく分かりません。活動がある日も、私くらいしか……来ませんでしたし。正直……名前だけみたいな所でした。でも、放課後に遊びに行けたり、気軽で良かった……とは、思います」
「まあ、そうですか」
「はい」
部活動が充実していなくとも、それで中学での生活がつまらないと決まった訳ではない。そもそも手芸は一人でも出来るものであるし、別に部員が来なくとも問題はないのだ。そう思っての発言で、それを聞いた狂三は相槌を打った後ににこりと微笑む。
「私も手芸は好きですし、もし京乃さんと同じ学校だったら……同じ部活をやってたかもしれませんね」
「……え……あの」
そんなことを言われるとはつゆほども思っていなかった京乃は返事に
「ふふ。何だかんだ、京乃さんは無害そうな感じがしますし、からかい甲斐もありますし」
「……む、無害……? からかい甲斐……?」
それって褒め言葉なのだろうかと悶々としている京乃の横目に、狂三は次は十香に話しかける。
「十香さんは中学時代は何部でしたの?」
士道と楽しそうに手を繋いでいた十香だが、狂三から質問が飛んでくると思わなかったのか困ったように唸る。
「う、うむ。私はその……だな。えっと……そうだ! きな粉パン食べ放題部に入っていたぞ!」
「あらあら、それはそれは……楽しそうな部活ですね」
小さな子供の言葉を聞くように、微笑ましそうに目を細める。
「士道さんは?」
「ああ、俺は帰宅部だったな」
士道がそう言うと、十香がその手があったのかとびっくりしたように目を
♢
保健室を訪れた後も、学校各地を説明しながら歩いた。
教師に用事がある時の為に職員室。
この前女子生徒がクッキーを作っていた家庭科室。
生物室(跡地)。
生活上立ち寄ることも多いであろうトイレ。
色々な場所を回っている内に、一行はまた屋上の前の階段へと辿り着いた。
「ここは学校の屋上……だな」
士道が耳に手を当てながらそう言うと、京乃は不思議そうに返事を返す。
「……でも、ここって鍵かかっているんじゃ……」
京乃は前に興味本位で来たことがあるが、先生が言っていた通りに屋上に通じる扉には鍵がかかっていた。
なら今も開かないだろうと思いドアノブを回すと、予想に反して案外簡単に扉は開いた。
「ひっ、開きましたよ五河君!? も、もしかして壊してしまったんじゃ……」
大いに慌てている京乃を見て、士道は京乃が開いた扉を閉じる。
扉としての機能はちゃんと果たしているようだ。
「いや、壊れてるように見えないし、ただ先生が鍵をかけ忘れただけだと思うぞ。
……こんな機会が今後来るか分からないし、どうせなら屋上に行ってみるか?」
ちらりと、士道は反応を伺うように一緒に来ているメンツを見てみる。
「ふふ、士道さんたらイケナイ人ですね。でも少し気になりますし……どうせなら、行ってみましょうか」
「シドー! 私も行ってみたいぞ」
「み、皆さんがそういうのでしたら私も行ってみたいです……!」
狂三はいたずらっぽく笑い、十香は興味津々と言った感じで目を輝かせ、京乃は皆に同調する形で士道の言葉に頷く。
皆の意見を聞いた士道はほっとしたように息を吐き、再度屋上の扉を開く。
「景色が綺麗だな、シドー!」
バタバタと、いの一番に駆け出してフェンスに食い入るように下の景色を見つめる十香の言う通り、屋上から見える風景は普段の学校からは想像出来ない程に綺麗であり……
落ちてきている夕日が、拍車をかけて辺りを幻想的に照らしている。
「ええ、本当に……綺麗ですわ」
狂三も微笑んで、ゆっくりと歩いていく。
士道も十香と狂三に続いて歩こうとしたが、先程から立ち尽くしている京乃に気が付き、不思議に思って声をかける。
「……? 観月、どうかしたのか」
士道の言葉に放心状態だった京乃は我にかえり、辺りをじっくりと見渡す。
「……何だか、前も来たような……そんな感じがしたのですが……多分、気のせいですね。ここには初めて来たんですから」
「別に特徴がある場所じゃないんだし、もしかしたら昔行ったどこかの屋上とかが記憶に残ってたんじゃないか?」
「……五河君の、言う通りかもしれません。少し気にかかってしまっただけなので……その、すみませんでした」
苦々しそうに謝ってきた京乃の言葉を聞いて、士道はぽりぽりと頬をかく。
「観月、こちらこそごめんな。お前を巻き込む気はなかったんだが」
「あ、謝らないでください五河君! 何だか悪いことをしたみたいでドキドキして、楽しいですから……!」
京乃が楽しいと思っているのは事実だ。
いつもと違う日常にはワクワクするし、士道と一緒にいるだけでぽわぽわと暖かい幸せでいっぱいになる。
でも、それと同時に胸もざわめくのだ。
何かを忘れているような気がする。
だけどその何かがなんなのかは全く思い出せない。
思い出せないということは、そこまで重要じゃないと言うことではないのか。
「……夕日、本当に綺麗です」
フェンスに身を乗り出すようにして空を見上げている京乃に続いて士道も一緒になって上を仰ぎ見ると、オレンジ色に暖かく輝く夕日がゆっくりと堕ちていた。
♢
あらかた案内し終えて時間も良いところと言うことで、屋上へ行った一同は校門へと向かっていた。
「まあ、大体あんなところだ。わかったか?」
「はい、分かりました。案内ありがとうございました。とても楽しかったですわ」
狂三はくすくすと控えめに笑った後に、士道の側まで歩いて士道の耳元に口を寄せる。
「……本当は二人きりが良かったのですけれど」
「は、はは……」
冗談めかして言ってくる狂三に士道は苦笑で返し、世間話をしながら下校していると、狂三が突然立ち止まった。
「それでは皆さん、わたくしはここで失礼いたしますわ」
十字路に差し掛かったあたりで、狂三はぺこりと礼をしてそう言った。
「え? お、おう……」
「む、そうか。ではまた明日だ」
「……」
士道と十香には小さく手を振って見送られ、京乃には神妙な顔で見つめられながら、狂三は闇の中に消えていった。
♢
京乃は狂三と別れた後、士道、十香とともに近所のスーパーに夕食の材料を買いにいっていた。
丁度タイムセールが始まった時間に店に入れたものだから、三割引きの合い挽き肉が手に入ったのだ。ずっしりと重い勝利品を片手に、士道は上機嫌だ。
「シドー、夕飯はハンバーグがいいぞ!」
「私も、ハンバーグがいいと思います……」
照れ混じりに十香の言葉に頷いた京乃を、士道は不思議そうに見る。
「……? 観月も家に来るのか?」
「い、今の気分的にそうだっただけでそういう訳では……」
「別に来てもいいんだぞ? 家族みたいなもんなんだし」
士道がそう言うと、京乃はぴくりと指先を震わせた。
「そう言って貰えるのは嬉しいですが、家族……というほど親密な仲でも……」
「っ、ああそうだな。すまん、変なこと言った」
頬を掻いてそう言った士道。
つい口をついて出てしまったのだが、確かに不自然な言葉だろう。
「で、でも五河君の家、行ってもいいでしょうか……? わ、私もハンバーグ作りたいですし……!」
士道よりは少ないものの合い挽き肉を片手に持っている京乃は、林檎のように朱く頬を染めてそう言った。
それを見た士道は我が子を見守るように微笑ましく思い……そしてはたと思い出す。
「そういえば観月、言いたいことがあるんだよな?」
確か、狂三と二人で学校を案内している時に合流して京乃がそのようなことを言っていたのだ。
そう言われた京乃は、士道に言われて思い出したとばかりに驚いた。
「そ、そうでした。あの……五河君」
「ああ」
「その……実は今日私の……!」
両手の拳を握りしめ、なけなしの勇気をふり絞って言おうとした言葉。
しかし……
「──兄様……ッ!!」
士道に詰め寄った目の前のポニーテールの少女に全てをかっさらわれた。