来禅高校のとある女子高生の日記   作:笹案

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狂三キラー 初日後半

 自らを崇宮真那と名乗り、士道の妹であると主張する少女。どれほど士道に会いたかったか、涙ながらに熱弁する彼女を追い返すことなど出来る訳もなく、そのまま彼女も一緒することとなった。

 

「……五河君の、妹かあ」

 

 暫く黙っていた京乃は、やっとのことで呟く。

 

 そもそも京乃はこの少女を見たことがないし、もう一人妹がいるなんて聞いたことがない。

士道とは幼い頃からずっと一緒にいたのに

 これまでの付き合いの上で聞いたことがないのだ。

 だからこそ、京乃はこの少女の冗談かと思ったのだが……

 

「確かにシドーに似ているな」

 

 納得している十香の後ろで隠れるようにしながら京乃もこくりと頷き、ピシリと敬礼を決めてそう言った中学生くらいの少女の姿を改めて見てみる。

 ボーイッシュな装い、凛々しい茶色の瞳、ポニーテールに結われた青色の髪と泣きぼくろが特徴的な少女。

 確かに雰囲気から顔つき、何から何まで士道に似ている少女だった。

 だから、士道の妹だというのを冗談だと切り捨てるのは早計かもしれない。

 

 

「しっかし、真那は感心しねーです。鳶一……あ、義姉様(あねさま)というものがありながら他の女性とも関係を持つなど」

「は、はあ!? ちょっと待て、お前折紙と知り合いなのか!?」

「ま、まあひょんなことから」

 

 視線を上に泳がせながら真那は口笛を吹く。

 とてつもなく怪しい真那の様子を不思議に思った士道は尋ねようとしたが、それよりもひとつ聞き逃せない言葉があった為にそちらを聞くことを優先した。

 

「折紙がお義姉様……って何だ?」

「しょ、将来的にそうなると聞きまして」

「ならないからな!?」

「そ、そうなのですか……?」

 

 確かにそう聞いたのですが……とボソリと呟いた真那だったが、士道がそういうのならばそうなのだろうと思い直す。

 兄にやっと再会出来たのだ。

 それ比べれば、折紙の呼び方など些細な問題だろう。

 

「そんなことより! つかぬことをお聞きしますが……あなたは兄様とどのようなお関係で?」

 

 真那の目線の先にいたのは、士道の隣にいた十香だった。

 

「む? 私は……そうだな……」

 

 十香は熟考した末に、自分の後ろに隠れていた京乃に小声で話しかけてきた。

 

「……京乃、私とシドーの関係って何だと思うか?」

「……え?」

 

 まさか自分にそんなことを問いかけてくるとは思わなかった京乃は、不思議そうな顔をしながらも十香と一緒になって考える。

 確か、前に士道から聞いていた関係であっているはずだが……

 

「……十香ちゃんは五河君の従兄妹なんですよね。家が隣と言うことも相まって、家に遊びに行くことも多い……そうですよね、五河君……?」

「み、観月の言う通りだ」

 

 確認をしてきた京乃の言葉に士道は頷く。

 士道の顔から少し汗が出ているような気がするが、それは京乃の気のせいだろう。

 

「そうでいやがりましたか、とんだ早とちりを失礼しました! ……ん? 従兄妹と言うことは、私とも血が繋がっているんでしょうか……?」

「いや、俺じゃなくて拾われた家の方だからお前とは血は繋がってないぞ」

「了解でいやがります兄様! つまり、貴方と兄様は男女のふしだらな関係ではなく、キスやその先の行為をしてはいないと言うことですね?」

 

 真那は念を入れるようにジト目で十香を見つめるが、当の本人である十香は不思議そうな顔をするだけだ。

 

「む、ふしだらな関係……? そうかは分からないが、シドーとは接吻……ムグッ」

 

 士道は十香の口を手で塞いで、思い出したように口を開く。

 

「あー!! なあ十香腹減っただろ!? 今日はハンバーグにしてやるから! な、一旦家に帰ってくれ、頼むから!」

 

 言葉を遮られたことに対して不満そうな顔をしていた十香だったが、ハンバーグと言う単語を聞いた後には嬉しそうな声をあげる。

 

「むっ、本当かシドー! 目玉焼きも付けてくれるか!?」

「分かった分かった! つけてやるから!」

「約束だぞ! シドー!」

「ああ!」

 

 十香は目を輝かせ、手をブンブンと振った後にスキップをしながらマンション内へと消えていった。

 姿が見えなくなるまで手を振って見届けた士道は安堵の息を吐いたが、前に向き変えるといた妹(仮)の存在に、解けかけていた緊張の糸が一瞬で張り詰める。

 

「あの、兄様。あの人何か言いかけてませんでしたか?」

「そ、そうかぁ? そんなことないんじゃないかぁ?」

「そうでいやがりますか?」

 

 すっとぼけている士道に、真那は訝しげな表情で先程よりも士道に詰め寄る。

 

「……本当に?」

「あ、ああ」

「それならいいんですが……」

「それよりも! お前が妹ってどういうことだ!?」

 

 真那は露骨に話題を逸した士道を訝しげに見つめていたが、その問いかけももっともだと思ったのか頷いて口を開いた。

 

「証拠はこれです」

「……これは、ロケット?」

 

 真那はモゾモゾと懐から小さなロケットを取り出し、それを士道の後ろから一緒に京乃もロケットペンダントを覗き込む。

 

 ペンダントの中の写真には、楽しそうに笑い合っている幼い士道と真那の姿があった。

 

「……確かに俺、だな」

「……あの、でもこれ、この頃は五河君は多分10歳くらいですよね……? 五河君は、その頃にはもう、五河家にいたのでは……?」

 

 士道は疑問を投げかけた京乃を不思議そうに見るが、話している内容には何一つ間違いはないからと、京乃に同調する。

 

「……ああ、そうだな」

「だったら、人違いという可能性も」

「いえ、それはねーです」

 

 すぐに否定してきた真那。全く動じることのない彼女を見て、京乃は首をかしげる。

 

「……えっと、理由をお聞きしても」

「真那の勘がビビッと告げているんです!」

「えっと、でも勘ですよね……?」

「そこは兄妹の絆と言いますか! そんな感じでいやがります! 取り敢えず間違いねーです!」

「あはは、そ、そうですか……兄妹の絆ですか……」

 

 真那の圧に押されて、京乃は困ったように呟く。

 えらくガバガバの反論をされたが、当の本人がそういうのならば突っ込む必要もないだろうと引き下がった。

 だが、しかし。

 

「……んん? んんんんん?」

「……えっと、どうかなされましたか……?」

 

 真那に自分の周りを回りながら穴が空いてしまいそうな程に見つめられた京乃は、頬を赤らめながら困ったように問いかける。

 そんな京乃の表情を見て無礼に気がついたのか、真那は咳払いをした後に謝った。

 

「……これは失敬。先程から聞くのを忘れていましたが、あなたは誰でいやがりますか?」

 

 困ったように聞いてきた真那を見て、自分が驚いて十香に隠れてしまったことで自己主張して来なかったから会話に入れず、真那にも気付かれなかったのだろうと思った京乃は、会釈をしてから声を張り上げて自己紹介を始めた。

 

「はっ、はい! 私は五河君のクラスメイトの観月京乃といいます! 折紙さんとも……仲良くしてもらってます?」

 

 思わず語尾が疑問符になってしまった。

 よくよく考えてみれば京乃は折紙とそれらしい交流なんてものはよしのんを探した時以来していないのだ。

 

 しかし煮え切らない京乃の様子に気づかなかったらしい真那は、ふむと顎に手を押し当てて頷く。

 

「なるほど、あなたも兄様と鳶一一曹……ああいや、折紙さんの学友でございましたか。

 では、なぜ兄様の家に?」

 

 お義姉様の次には一曹ときた。

 ……何か折紙とごっこ遊びでもしているのだろうかと京乃は考える。

 思えば士道にもそういう時期があったし、真那もそういうお年頃なのかもしれない。

 なんにせよ、言い直しているということはあまり触れて欲しくないのだろう。ならば真那の意思を尊重しようと思い、京乃はその呼び方を無視して話を進めることにした。

 

「その、五河君には、よく料理を見てもらってて」

「料理、ですか。それでいつもこんな夜にも兄様の家に行っていると」

 

 真那に胡乱な目を向けられた京乃は目に見えて慌て、破れかぶれで的外れな言葉を発した。

 

「い、五河君の料理は凄いんですよ! こう……口からぶわーって光線が出そうな?」

「……なるほど、口から光線ですか。それは私も食べてみたいですね」

 

 何故か歳下であるはずの真那から生暖かい目を向けられて誠に遺憾だ。

 悶々としている京乃を苦笑しながら見た士道は、学校案内をしている時に観月が自分に何かを聞きかけていたことを思い出した。

 

「観月、俺に何か話があったんじゃないか?」

 

 京乃は口ごもった後、困ったように首を振る。

 

「……いえ、やっぱりいいです」

「そうか?」

「はい。五河君は、真那さんと積もる話もあると思いますし……」

 

 京乃がチラリと二人を見てから決まり悪そうに言うと、真那は苦笑しながら首を横に振る。

 

「私のことは気にせずに」

「いっ、いえ兄妹団欒の時間を邪魔するような野暮な真似は出来ません! で、ですので……今日は、その……ごゆっくり……」

 

 少し引き攣った笑顔を浮かべて、京乃は顔を下げる。

 

「観月が良いって言うならそれでいいが……もう暗いし気をつけろよ、また明日な」

「すぐ隣ですので、大丈夫……です! ……その、また……明日……」

 

 嬉しそうでいて残念そう。

 そんなどちらともつかぬ表情を浮かべてから、京乃は足早にその場を抜けた。

 

 

 

 

「兄様、彼女は……」

「言っていなかったか? 観月は隣の家に住んでいるんだ」

「……へえ、そうでいやがりますか。随分と親しそうでしたね」

「な、なんだよ。そりゃ仲良くなれればいいなとは思うが」

「兄様から天然ジゴロの気配を感じ取りました。真那は……真那は悲しいです……! これは矯正! 矯正が必要です!」

「いや、本当に何言ってんだよ」

 

 

 

 

 

 ♢

 

 その場から去ってから急いで自宅に向かい、玄関まで着くと京乃は深いため息を吐いて立ち尽くす。

 

 言えなかった。

 生き別れの妹と会ったというのならば積もる話もあるだろうし、自分なんかが邪魔していい領域ではない。……って、これもただの言い訳に過ぎないのかもしれないが。

 京乃はもう一度大きなため息を吐いてリビングに向かうと、予想だにしていなかった光景が目に飛び込んできた。

 

 風船やモールなどでやけに飾り付けられた部屋。

 ……デカデカとかけられている『京乃ちゃん、17歳の誕生日おめでとう』という文字。

 辺りを見渡して見ると、テーブルの上に置き手紙があることに気が付き、手にとって見てみる。

 

 やけに長ったらしい文章が書かれていて見づらかったが、要約すると部屋の飾り付けをしたのはおじだったようで、一枚目の手紙には祝いの言葉と直接祝えなくてごめんと長々と謝罪の言葉が書かれていた。

 どうやら最近忙しいらしい。

 別に気にしないでいいし、寧ろ会わなくて安心したと思いつつ手紙をめくり、二枚目に突入。二枚目にはあんなに小さかったのに大きくなって……と、何やらジジ臭いことが書いてあった。流し読みして三枚目をめくると、また同じような内容が書いてあったのでまためくる。

 四枚目には、プレゼント用意したよという内容が書いてあった。

 どうやら自室の部屋の前に置いてあるらしいと手紙に書いてあったので京乃が二階に向かうと、『京乃』とネームプレートの掛けてある部屋の前に漫画やゲームに出てくるようなプレゼント箱が置いてあった。

 何だろうと思いつつ赤いリボンを取って箱を開けると、中にはいつぞやおじに見せられた服のカタログで選んだ物と似たデザインの服が入っていた。

 どうやらあのカタログは、プレゼントの為だったらしい。

 

 少し納得しながら服を自室の衣装棚の中に仕舞い込み、再びリビングに戻りながら五枚目の手紙を見てみると、どうやらケーキが冷蔵庫に入っているらしいと情報を手に入れて冷蔵庫を見てみると、朝にはなかった白い箱を目にする。

 箱を開けると、ホワイトチョコのプレートと苺の乗ったホールのショートケーキが入っていた。

 美味しそうだ。美味しそうではあるが早めに食べないと腐らせてしまうだろう。

 いざとなればやけ食いでもしようかと思いながら箱を冷蔵庫の中に戻して、その後の手紙もパラパラと捲りながら読んでいた所で呼び鈴が鳴った。

 

 

 セールスか何かだろうか? 

 そう思い、誰かが聞いている訳でもないだろうが今行きますと言ってから玄関に向かって玄関の扉を開けると、そこには俯きながら所在なげに立っている緑髪の少女の姿があった。

 

「……七罪?」

 

 京乃が名前を呼ぶと、少女……七罪は地を蹴っていた足を止めて顔を上げた。

 

 七罪。

 みてくれはただの少女にしか見えないが、実は精霊と呼ばれる強大な力を持った存在だ。

 なんやかんやあって京乃と知り合い、そしてまたなんやかんやあって遊び友達と呼べる仲になった。

 京乃は最初こそ七罪を協力者としてしか見ていなかったが、波長があったのか、今では京乃にとって大切な……親友とも呼べる存在だ。

 

「こ、こんな時間に来て悪かったわね、迷惑でしょ?」

「いや、迷惑じゃないよ」

 

 基本的に休日の朝か昼頃に来るから珍しいとは思ったものの迷惑だとは思わないが、いつもと違う七罪の様子に、京乃は少し違和感を覚える。

 

「どうしたの、入らないの?」

「いっ、いや! ちがくて!」

 

 玄関前にて百面相を繰り広げた七罪は、数分の時を経た後に家の近くに落ちていた小石を拾い、それをクラッカーに変えて京乃に向けて糸を引く。

 小気味よい音を立てて破裂したクラッカーの中から、お馴染みの色紙が出てきて京乃の顔に被さった。

 

「……誕生日、おめでとう!」

「……え?」

 

 京乃は呆気に取られた表情を浮かべて動きを止める。

 しかし数十秒後にはようやく、といった感じで頭に付いた色紙を取る。

 

「今日なんでしょ? 誕生日」

「……七罪に言ったかな?」

「京乃の部屋のカレンダーに書いてあった」

「そっか……おじさんに会ったりして、聞いたって訳じゃないってことだよね?」

「え……まあ、そうだけど」

 

 確かに部屋のカレンダーに書いてしまったかもしれない。

 おじさんに会ったとしたら、七罪の場合話題を出した瞬間に嫌でも表情に出るだろう。

 そこまで考えて、京乃はようやく納得する。

 

「そっか……良かった」

「ねえ、前から気になってたんだけど、何? あんたっておじが嫌いなの?」

「おじさんのことが嫌いな訳じゃないんだよ? 

 嫌いな訳じゃないの……ひとり暮らしをしている私を気にかけてくれてるのは分かるし、頼れる人なの。それは分かるんだけど……あまり七罪には会って欲しくないなぁって」

「……?」

「五河君にも会って欲しくないけど、七罪の方が危険だから……」

「危険って!? 何が危険なの!?」

「良かった。被害に遭う七罪はいなかったんだね」

「えっ、ちょっ、想像上の私の身に何があったの!?」

「あはは」

 

 曖昧な笑みを浮かべる京乃。

 笑えば全てお茶を濁せると思えば大間違いであると、問い詰めようとする……が。

 

「お祝いありがとうね、七罪」

 

 ……幸せそうに七罪を見つめる京乃を見て、七罪は何も言えなくなってしまった。

 

 会った当初は、京乃のことを何から何まで全く持って自分とは違うやつだと思っていた七罪だったが、一緒に過ごしているうちにそれは間違っていたのだと悟った。

 京乃には何もない……いや、何もなかった。

 

 実は七罪は来禅高校の女生徒に扮して学校での京乃の様子を見に行ったことがあった。

 教室にいた京乃には親しい友と呼べるような存在はいないようで、いつも孤立していた。

 

 ……そんな彼女と、自分とを重ね合わせていたのかもしれない。

 

「べ、別に……暇だから来ただけだし」

 

 七罪は視線を逸らし、口笛を吹こうとしているようだが掠れた音が漏れるだけでなんとも物寂しい状況だ。

 

「……何にしても外は冷えるし、早く上がった方がいいよ?」

 

 昼間はじっとりと汗ばむ気温ではあるが、まだ6月の上旬で夜は冷え込む。

 七罪は小さな声でお邪魔しますと呟いた後に、家の中に入ると、先ほどまでは緊張していたせいで気付かなかったが、京乃が手に分厚い封筒を持っていることに気がついた。

 

「その手に持ってるのって……」

「あ、手紙読み途中だったな」

 

 どうやら次で最後の一枚らしく、ズラズラと手紙を締めくくる言葉が書かれていた。

 

 全てを読み終えてから無言で手紙をポケットに入れた京乃は、七罪に向き直った。

 

「何書いてあったの?」

「何でもないよ」

「えっ、いや何もないってことは」

「何でもないよ」

 

 にこにこと笑いながら京乃がそう言うと、七罪は押し黙る。

 なぜか、笑顔に圧力を感じた。

 

「そんなことよりも七罪、お腹空いてる?」

「……ん? 腹はまあまあ減ってるけど」

「そうなの? じゃあ丁度良かったかな。今日は、合いびき肉買えたから五河君の家に言ってハンバーグ作ろうと思ってたけど……真那さんとお話もあるだろうからお邪魔しちゃうだろうし……うん、じゃあオムライス作ろうかな」

 

 京乃が士道に手伝ってもらいながらも、初めて上手に作れたのがオムライスだった。

 合いびき肉を使ったオムライスと言うのも士道監修のもと作ったことがある。

 合いびき肉ならハンバーグを作ればいいじゃないかとも思うかもしれないが、正直に言うと成功したことがないのだ。

 

「京乃が、料理……? いや、五河士道に教わってるって言ってたか」

「だから良かったら食べていかない?」

「……ねえ、ひとつ聞いていい?」

「なにかな?」

「……それって人が食べられるもの?」

 

 七罪が戸惑いがちにそう聞いた。

 これでもかなり遠慮した方だったが、それを聞いた京乃は目に見えて意気消沈した。

 

「……大丈夫、大丈夫だよ。五河君にちゃんと教わったもの。ちゃんとレシピだって教えてもらったもの。この前一人で作った時もちゃんと成功したし……一回だけだけど」

「えぇ……」

 

 京乃がボソリと呟いた声を聞いてしまった七罪は不安を隠せない。

 

「よしっ! 私の勇姿を見守ってて七罪!」

「……お、おお」

 

 既に不安しか感じられなかったが、口には出さない。

 

「まずは肉と玉ねぎをみじん切りします」

「う、うん……細かすぎない?」

「みじん切りだからね」

「そ、そういうもんか」

 

「フライパンにバターを溶かします」

「……」

「……」

「……バター焦げてない?」

「はっ、危なっ!」

 

 辺りに焦げ臭い香りが漂う。

 慌てた京乃は換気扇を強にして回す。

 

「き、気を取り直して……お肉を入れます」

「肉ジュースかな」

「……玉ねぎも飴色になるまで炒めます!」

「……玉ねぎ固形じゃなくなってるんだけど」

 

 見事に液体だ。

 

「はいっ! 飴色になりましたね! 次はケチャップ等々入れます!」

「いや、だから飴色どころか……」

 

 そこまで言いかけたところで七罪は京乃が半泣きになっていることに気がつく。

 玉ねぎの効果のせいだけではないだろう。

 ……こいつ、やけになってやがる。

 

「米も入れます! 混ぜます!」

「……胡椒入れ過ぎだし焦げてる焦げてるから!!」

「……はいっ! 混ぜ終わりました! ケチャップライス完成です!」

「……」

 

「次はケチャップライスの上に乗せるふわとろ卵を作ります!」

「……ふわ、とろ?」

 

 完全に両面焼きだ。

 疑問そうに呟く七罪を見てか、冷や汗をかきながら京乃はケチャップライスに卵を乗せた。

 

「つっ、次です!! 今度は七罪の分です!」

「……」

 

 今度は火力が高すぎたのか半熟どころか、本来の黄色さもなくなりどす黒くなっていた。

 

「……」

 

 京乃は形の崩れた卵の残骸をケチャップライスに乗せ、リビングのテーブルまで持っていった。

 

 

 ……。

 

「ね、ねえ、京乃」

「本当ごめんなさい七罪。コンビニのオムライスの方が美味しいですし、買いに行きましょう。コンビニは凄いのです。五河君の次に凄いのです。これらは責任持って私が食べます」

 

 京乃は七罪から目を逸らして、財布からお金を取り出そうとするが、それを見た七罪は机に置いてあるスプーンを手に取って堅焼き卵のオムライスを掬って口に運ぶ。

 

 何故か粘土のあるしょっぱい米。

 そして跡形もないものの香りと汁だけは残っている玉ねぎ。

 堅焼き卵を食べると、カラが入ってしまったのか、ガリと固いものが砕ける音がした。

 正直言って、そこまで美味しいものではなかった。

 でも……

 

「……まあ、前よりも食えるから」

 

 上達は感じた。きっと、今度は食べられる物が食べられるようになるだろう。

 

「今度、期待してるから」

「ありがとうね。頑張るよ」

 

 

 

 

 ♢

 

 

 オムライスを食べ終わった後は食器を片付けてケーキを冷蔵庫から取り出して大きな蝋燭を一本と通常サイズの蝋燭を七本ケーキに立てて火を点ける。

 部屋の電気を消してから、淡く、そして暖かくオレンジに照らされたケーキの前で雑にバースデーソングを歌って、火を吹き消す。

 電気をつけ直してからケーキを切り分けて、京乃の分と七罪の分を1つずつ皿に乗せ、いただきますと言ってから口に運ぶ。

 

「美味しいね」

「うん」

 

 口いっぱいに広がるバースデーケーキの甘みは、オムライスを食べた京乃達を優しく頑張ったねと励ましてくれているようだった。

 

「……本当、美味しいね」

「……」

 

 京乃の言葉を聞きながら、最後のひとかけらを食べる。

 なんでだろうか、少し泣きたくなった。

 

 

 

 まだ残っている分を冷蔵庫に仕舞ってきた京乃に、七罪は勇気を出して話かける。

 

「……何か私に頼みたいこととかある?」

「えっ、何でもいいの?」

「……げっ、何でもは駄目だかんね!?」

 

 キラキラと目を輝かせる京乃を見て、七罪は慌てて訂正する。

 そんな七罪の様子を見てか、京乃は無茶なお願いはしないよと言ってにっこりと笑う。

 

「今度学校が創立記念日で休みで、七罪さえよければ一緒に出かけてもいいかなぁって」

「なんだ、そんなこと……大丈夫だとは思うし、来れるようにしとくわ」

 

 一緒に出かける時までずっとこっち側にいれば良いかもしれないが、ASTに見つかってしまっても面倒くさいし、京乃に迷惑がかかってしまうだろう。

 実際に来れるかなんてもんは分からないが、そんなことを口に出してしまっては京乃を不安にさせてしまうだろう。

 そう思って七罪が京乃の頼みに頷くと、京乃は嬉しそうに笑った。

 

「七罪、ありがとうね。」

 

「あのね、実はもうひとつお願いしたいことがあって……」

「……今度は何?」

「一緒に寝ない?」

 

 一緒に寝る。

 

 その言葉を京乃が放った瞬間、時が止まったように部屋の中は静まり返った。

 しかし、数秒後には七罪がぷるぷると震え始め、そして噴火した。いや、顔を真っ赤にした七罪が咆えた。

 

「ばっかじゃないの!? 何で! 私が! あんたと寝なきゃいけないのよ!?」

 

 そもそも誰かと寝るなんて行動は夜に怖くなった子供が母親に助けを求めるくらいしかとらないものだろう。

 七罪は自分のことをちんちくりんであるとは思っているが、そんな未就学児並みの行動をしようとは思えない。

 一緒に寝るというのがアッチ方面の可能性もあると言うのも一瞬考えはしたが、京乃は士道を好いているのであって七罪をどうにかしようとは思っていないだろうし……

 

 ……いや、どういう意味にせよ、恥ずかしいものは恥ずかしい。無理無理と即座に七罪は首を横に振る。

 

「……そっか、ごめん迷惑だよね」

「……えっ」

 

 そんなに早く引き下がられるとは思わずに、京乃を見上げる。

 

「……七罪が嫌なら私は一人で寝るね……」

 

 迷惑な訳ではないし、嫌……という訳でもない。

 ただ、一緒に寝るのが恥ずかしいだけだ。

 なのに、そんな悲しそうな顔をされてはこちらが悪者みたいではないか。

 

「いっ、いや京乃がどうしてもって言うなら一緒に寝てあげてもいいけど」

「どうしても七罪と寝たいな。……駄目、かな?」

 

 泣きそうな表情の京乃の頼みを聞いて、七罪は言葉を詰まらせた。

 

「くっそ! そうやって五河士道とやらも色仕掛けで落としやがれ! 女狐め!」

「……よく分からないけど、褒め言葉なのかな?」

「ちげーし! 褒め言葉じゃねーし! 

 いいわ! 寝てやんよ! 文句ないでしょ!?」

 

 七罪が一緒に寝ても良いと言うと、京乃の先程までの陰りが一転して嬉しそうな表情へと変わる。

 

「ありがとう、あと風呂であらいっこしようね!」

 

 至って自然な流れでそう言われて頷きかけた七罪だったが、その言葉の意味を咀嚼するとひたりと動きを止める。

 

「……京乃はさ、私が絶対に嫌だって言ったことはやらないよね」

「……? うん、七罪が嫌がることは絶対しないよ」

「……言ったな?」

「う、うん」

「……嫌なんだけど」

「……え?」

「あ、あらいっことか……嫌なんだけど」

 

 少しの間の静寂の後、京乃は慌てたような声をあげる。

 

「……えっ、ほ、本当なの七罪……駄目? 嫌?」

「嫌」

「あ、あらいっこって日本の伝統だよ? 駄目なの? ほ、本当に駄目?」

 

 オロオロと困惑している京乃を見て、七罪は自分が何故京乃と一緒に風呂に入りたくないのか考える。

 自分は精霊と人間に呼ばれている存在で、そもそも汚れが蓄積しないから自分の体を洗う必要がないのだ。

 その時点で七罪が風呂に入る意味はない。

 ……そして見立てによると京乃は同世代の女よりも胸がでかい。

 それに比べて七罪は……

 

「そ、そんなこと言ってると一緒に寝ないし出かけないから!」

「ご、ごめん、嫌なもんは嫌なんだよね。分かった。……気が向いたら今度はあらいっこしようね?」

「誰がするかっ!」

 

 京乃はつーんと顔を背けた七罪を見つめ、取りつく島もないと悟ったのか苦笑してから風呂場へと向かった。

 それを見届けた七罪は、恐る恐る自身の胸に手を当てて長い息を吐いた。

 

 

 

 ♢

 

 風呂からあがった京乃は、日記を書いたり、七罪と談笑をしたり、クイズ番組を見たりしながら一日を過ごした。

 そして明日に響くと困るからもう寝ようと言うことで、クローゼットの中から七罪用の枕を取り出して、部屋の電気を消してから二人で布団に入ると、ベッドが少しぎしりと音を立てる。

 

「……狭いね」

「……まあ、許容範囲内……?」

 

 二人用としては狭いが、二人とも小柄なので場所はそんなに取らない。

 

「おやすみ、七罪」

「……おやすみ、京乃」

 

 

 

 ……、……。

 

 数十分後。

 中々眠れない七罪をさておいて、京乃はすうすうと寝息を立てながら寝ている。

 

 気持ちよさそうに眠っている京乃を羨ましく思いながら、七罪は京乃に寝返りを打って背を向けるが、やはり眠れない。

 目は覚めていく一方だ。

 喉も渇いたし、気分転換に水でも飲みに行こうと思い、京乃を起こさないように静かにベッドから降りて、台所でコップに水を注いで一気飲みすると、カラカラに渇いた喉に水が染み渡り、それと同時にあることを思い出す。

 

 

 

 

 

 することを終えて、ベッドに潜り直してから数分、七罪は誰かに……いや、京乃に抱き枕のように抱きつかれた。

 慌てて振りほどこうとするも、圧迫はされてないものの、その細い腕にあるとは思えないほどの馬鹿力で抱かれているせいで振りほどけない。

 

「ちょ……京乃……」

「……士道くんメイド服も似合うんだね……かわいい……」

 

 七罪に抱きついてきた京乃は、ふにゃりとした笑顔を浮かべている。

 いったいどんな夢を見ているのやら。呆れれば良いのか、羨めばいいのか。そんなことを考えながら抵抗を諦め、七罪は隣から漂う良い匂いにドキマギしながら目を瞑った。

 

 

 

 

 ♢

 

 京乃が朝起きた時にはもう七罪がいなくなっていたが、別にそれはいつものことだと思い、身支度をしようとベッドから降りて、勉強机に置いてある日記帳を取ろうと思ったら、そのすぐそばに手紙のようなものが置いてあるのが見えた。

 確か家にあったものだが使った覚えはない。

 はて、なんだろうと首を傾げて手に取ると、“京乃へ”と封に書かれている。

 字はお世辞にも上手いとは言えないものの、丁寧に書こうとしているのが見て取れた。

 見たことのない筆跡だが、書いた人物には予想がつく。

 封をゆっくりと開けると、一枚の手紙が入っていた。

 

 そんなに長い内容でもないが、いつもはぶっきらぼうな彼女が一所懸命書いたのを想像すると沸々と湧き上がってくるものがある。

 

 ……宝物にしよう。

 即決した京乃は手紙を日記帳の中に入れてスクールバッグの中に大切に仕舞った。

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