来禅高校のとある女子高生の日記   作:笹案

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狂三キラー 3日目(上)

 あの後、午後の授業を少し眠たいながらに何とか意識を保ったまま終えることが出来た。

 それが昨日のこと。今日は……

 

「おはよう、七罪」

「……おはよ」

 

 呼び鈴を鳴らしてきた七罪を玄関に招き入れて挨拶をすると、彼女は眠いのか、少しばかり目を細めて挨拶を返してくれた。

 

 今日は七罪と出かけると約束をした当日だ。

 一昨日も昨日も気疲れしてしまうことも多かったが、今日を思えばなんとか乗り越えることが出来た。

 自分から十香ちゃんに話しかけることが出来たし、時崎狂三にずっと見られていて胃に穴が空きそうになっても、何とか耐えることが出来たのだ。

 

「……? その服初めて見たような。あまりそういうの着ない気がするけど」

「あー、おじさんが買ってくれたの。誕生日祝いらしい」

「へぇ、そう」

 

 七罪に尋ねられ、改めて今日着ている服を見返した。

 膝くらいまでの長さの黒を基調とした長袖のワンピースで、胸部と裾は白いフリルであしらわれている。

 七罪の言う通り、正直中々買わないタイプの服ではあるのだが、確かその頃、五河君がメイド服を好きだと言っていたから、メイド服に似ている服を欲しがっているのではなかっただろうか。

 流石にメイド服を欲しいと言う勇気はなかったのだ。

 

 

 対して、七罪の装いを改めて見てみる。

 

「ちょっと、その格好は……」

「……目立つ?」

「……かなり」

 

 七罪の言葉に、苦笑して頷く。

 

 家の中であればどんな格好でも構わないと思うが、お出かけに行くとなると話は別だと思う。

 今の七罪の装いは、いわばハロウィンの時によく見る……魔女の仮装のようなものだ。

 今はハロウィンの時期には程遠い初夏の候。

 七罪の格好では目立って仕方がないだろうし、あまり目立ちたくない私としては出来れば違う服装に変わって欲しかった。

 

「……まあ、そうよね。正直私もそうだと思ってたわ」

 

 予想に反して、あっけらかんと告げた七罪に服を貸そうかと言おうとした時、彼女の身体が光の粒子のようなものに包まれた。

 そしてその一瞬後にはその粒子も消え失せて、私が今着ている服と同じような黒いワンピースを着た七罪が現れた。

 

「まあ、これでいいでしょ」

「……う、うん」

 

 どうやら貸すまでもなかったらしい。

 便利な能力だなと感嘆したが、少し自分で服を選んであげたいとも思っていたので気落ちもした。

 ……まあ、時間がかからないならそれに越したことはないだろう。それに、これはこれでペアルック? みたいで良いのではないだろうか。

 そう思い直し、鞄を肩にかける。

 

「どこに行くの?」

 

 七罪にそう問いかけられて、少し考える。

 最近熱くなってきたからプールに行くのはどうだろうかとか、遊園地に行って遊び尽くすとはどうだろうかと考えはしたが、一番良いのは多分……

 

「……天宮クインテットかな?」

「どこよ、そこ」

「凄いんだよ、映画館とかあったり水族館もあったり……あとショッピングモールもあるから、やることに困りはしないと思うんだ」

「ふーん」

 

 空返事を返している七罪は、そわそわと落ち着かない様子だ。

 そういえば七罪とは家で遊んだりテレビを見るだけで、外に出かけることはなかったかもしれない。

 私自身遊びに出かけると疲れてしまうということもあり、やんわりと避けてはいたが……七罪も楽しみとあれば、私もめいいっぱい楽しもう。

 そしてその気持ちが伝わってくれれば、きっと七罪にとっても幸せな一日にすることが出来るだろうと思う。

 

「七罪は行きたい所とかある? 別に七罪が行きたいところがあるんなら、私はそこがいいな」

「京乃の誕生日祝いじゃない。私が行きたいところに行ってどうすんのよ」

「七罪が行きたいところが私の行きたい所だよ」

「……特に行きたいとこなんてないからそこでいい。でも、ちょっと京乃に聞きたいことがあったのよ」

 

 第一候補がそこというだけであって、凄い七罪が行きたい所があるなら、そこを第一にして考えたいと思う。

 そう思って言ったのだが、それを聞いた七罪は少し拗ねたような声音でどこでもいいと言ってきた。

 

「その、私ね。前からずっと考えてきたことがあって」

「うん」

 

 言いづらそうにしている七罪を見て、ゆっくりで良いと言って続きを促した。

 その言葉が最後のひと押しとなったのか、七罪は決意したように口を開いた。

 

「私も、京乃みたいに……」

 

 だけど、切羽詰まったような表情で告げられた言葉を上手く聞き取ることが出来ずに、申し訳ない気持ちでいっぱいになりながらも、もう一回言ってもらうように頼むことにした。

 

「ごめん七罪。ちょっと聞き取れなかった。もう一回言ってもらっていいかな?」

「あー、うん、そうね。私の声が小さかっただけだもの、京乃が謝る必要はないわ」

 

 少し困ったように眉を下げた七罪は、言いたい言葉を頭の中で纏めているのか、そっぽを向いてひとしきり唸った後に私の顔を見上げた。

 

「あのね、京乃ってお洒落とかにも気を遣っているわよね」

 

 七罪の言葉を聞いて、そうだっただろうかと首を傾げた。そんな気を使ってはいない筈だ。

 好きなもので構成されているだけで何の面白みもない。

 でも、そんな服を見て気を遣っていると言ってくれるなら、似合っているってことなのだろうか? 

 遠回しな褒め言葉に少し嬉しくなった。

 

「……まあ、馬子にも衣装って言うから。五河君には少しでも見られる姿で会いたいから」

 

 私がそう言うと、七罪はジト目でこちらを見てきた。

 

「な、何? どうしたの?」

「いや、何でもない。馬子にも衣装って言うなら、私にも適応されないかと思って」

「つまり」

「少しでもかわ……じゃなくて、えっと……見れる見た目になりたいと言うか。服とか、その……」

 

 ぼそぼそと何事かを呟いている七罪。

 きっと、まだ言いたいことが纏まっていないのだろう。

 だいたいは理解出来たから、これ以上彼女を困らせないように、笑みを浮かべて口を開く。

 

「うん、七罪の言いたいこと分かったよ。……ちょっとごめんね」

 

 少し考え込んだ後に、七罪の頬に触れる。

 人差し指で頬をつんつんと突いたりしていると、七罪に心底驚かれたような声を上げられた。

 

「な、なな……何?」

「……顔は取り敢えずは下地整えとけば大丈夫だと思う」

「下地?」

「うん、あとはちょちょいのちょいで」

「ちょちょいのちょい?」

「七罪元々の顔が良いもの。それを崩すのは勿体無い」

「へ、へえ……」

 

 辟易としているように見える七罪の髪を見てみる。

 エメラルド色の髪は磨けば綺麗になるだろうが、今は伸びきってしまっているし、枝毛だらけで傷んでいる。

 ここから取り戻すのは無理だろうし、最低でも毛先を整えるくらいはしておいた方が良いだろう。

 

「シャンプーとかリンスもちゃんとしたの使った方が良いよ。……整えたりはするようにしてるけど、正直、まだちょっとボサボサかも」

「ぼっ、ぼさ……!」

 

 ガーンと効果音が付きそうな表情を浮かべ、七罪は髪を両手で押さえた。

 

「結構伸びきっちゃってるし、切るべきかな。私が切ってあげるべきなんだろうけど、そう言うの詳しくなくて……ちゃんとした人に切ってもらうべきだよね」

「へ、へえ、そう」

 

 七罪が相槌を打ちながら自分の髪を触っていると、髪が絡まったのか指が突っかかっていた。

 痛そうだったので、バックからブラシを取り出して渡すと、小さな声でお礼を言われた。

 

「七罪もちゃんとそう言うことに興味あったんだね」

「ちゃ、ちゃんとって……そりゃあるわよ」

「七罪ってば、いつもゲーム機相手に格闘してるんだもの。てっきりそういうことに興味がないのかと思ってたよ。でも、家から出る前に行ってもらえて良かった」

「……?」

「一応、私もその……身だしなみは気をつけようと努力のようなものはしてるから、少しなら七罪の役に立てると思う」

「ど、どういうこと?」

 

 不思議そうに問うてきた七罪に笑いかける。

 

「ちょっとだけ、時間良いかな?」

「え……? 別に構わないけど」

「そっか、良かった。じゃあ、家上がって」

「うん」

 

 

 

 

 

 

「あ、洗顔よろしく。念入りにね」

「え、あ……うん」

 

 五分後。

 私の家に入った七罪は、言われるがままに顔を洗顔クリームを駆使しながら洗っていた。

 

「ねえ、京乃。本当に大丈夫なの……?」

「大丈夫大丈夫。はい、化粧水」

「う、うん」

 

 化粧水を手渡すと、困った様子ではあるものの、教えた通りに塗ってくれた。

 

「目、瞑ってね」

「……ん」

 

 言った通りに目を瞑ってくれた七罪に感謝しながら、出来る限り速く終わらせようと心がける。

 まず初めにパフを使って軽くファンデーションをかけ、頬にチークを乗せ、アイメイクを軽く施す。

 リップは……赤すぎても良くないだろうから、キツすぎない色を。

 

 全ての工程を終えてケースの中に化粧道具を仕舞った後に、七罪に目を開けるように促す。

 

「どう、かな?」

 

 恐る恐るといった様子で目を開いた七罪は、目の前にある鏡を食いつくように見ていた。

 

「……これ、本当に私?」

「うん」

 

 先程までの病人のように生白かった頬は、仄かに赤く上気していた。

 目元はぱっちりと開き、カサついていた頬も瑞々しさを取り戻している。

 

「私のだから、七罪に合わないってこともあるかなって思ったけど……大丈夫そう、かな? 

 まあ、それでも今日は他のやつを買いに行こうね。肌に合う合わないがあると思うし、お試しサイズを何個か買っていこうか。シャンプーリンスは最初はうちのやつ使ってみてね」

「……なんか、楽しそうね」

「うん、妹が出来たみたいで楽しいよ」

 

 昔から、弟か妹が欲しかった。

 結局の所その夢が叶うことはなかったが、今こうして楽しいのだから別に構わない。

 

 

 用意していた手持ちバックを持って家を出て、七罪と共に駄弁りながら歩き始めると、それなりな時間はかかったが、何とか天宮クリテットに辿り着いた。

 

「着いたよ」

「へー、ここが天宮クリテット……ん?」

 

 七罪の手を引いて、急ぎ足で店の中に入った。

 店は平日で開店したばかりだからか、そこまで人は賑わっていないように見える。

 

「あの、予約なしですが大丈夫ですか……?」

「あ、観月さん。空いているので問題ないですよ」

「ほ、本当ですか……この子をお願いしても……?」

「全然大丈夫ですよー」

 

 営業スマイルを浮かべた店員さんの言葉にほっとひと息つくと、七罪に裾を引かれた。

 彼女を見ると、不安そうな顔で小声で話しかけられた。

 

「ここって……」

「私が偶にお世話になってる美容院さん」

「……げっ」

 

 露骨に嫌そうな顔をされてしまった。

 

「七罪が髪切ってもらってる間に、七罪用の必要なもの買っておくね」

「えっ、それって……」

 

 明らかに動揺している七罪を苦笑しながら見つめ、そして美容室の店員さんに頭を下げる。

 

「すみません、店員さん。後はよろしくお願いします」

「ちょっと京乃おお!?」

「はい、分かりました! 妹さんを可愛くしておきますね!」

 

 サムズアップをしそうな勢いのイイ笑顔を浮かべて、その店員さんは頷いた。

 ……妹か。姉妹に見えているんだろうか? 

 まあ、否定することもないだろうし、曖昧な笑顔を浮かべて返事を濁した。

 

「……七罪、買い物終わったら戻ってくるからね」

「……いや、まってよ京乃おお……」

 

 か細い声で名前を読んでくる七罪に罪悪感を刺激されつつも、散髪代を渡して私は店を出て行った。

 

 これは七罪の為でもあるのだ。

 自意識過剰でなければいいのだが、七罪は私に気を置いてくれている……と思う。

 大したお礼も出来ないのにお願いを聞いてくれたのは彼女本来の優しさ故にだろうが、それでもお願いをしなくても家に遊びに来てくれたのは……その、私のことを認めてくれたからだと思いたい。

 

 それは嬉しいけれど、七罪にはもっとたくさんの人と知り合って、そしてその中で私以上に気の合う人を見つけてもらいたいのだ。

 自分でも厚かましいとは思う。

 でも、七罪が私だけに構うなんて現状はあまり好ましいことではないと自分でも分かっているから、なんとかしたいのだ。

 私は、そのうちお母さん達の居る所に行くかもしれないし……いつ居なくなってもおかしくない存在だから、その時に彼女がひとりぼっちになってしまわないように、手を打っておくべきだろう。

 だから、彼女にも少なくても良いから仲が良くて信頼出来る友達を作ってくれれば私としても安心出来る。

 例えば四糸乃ちゃんとか……? 

 七罪のことだから四糸乃ちゃんの優しさに包まれたらタジタジになるかもしれないが、七罪だって優しい子だ。

 中々いいコンビになってくれるかもしれないが、全ては本人達次第だからどうなるか分からない。でも、良い結果になってくれればいいなと思う。

 

 ……いきなり美容室のお姉さんは、ハードルが高かっただろうか。

 いやいや、七罪の為じゃないか。それにハードルが高ければ高い程、後のことがちっぽけだと思える……かもしれない。

 

 

 七罪の為の美容品や自分でも使うものを買った後に時計を見てみたが、まだまだ時間はあるように感じられる。

 

 昼ご飯を何にしようかと思いながら移動していると、服屋のショーウィンドウの前に立っている折紙さんを見つけた。

 微動だにもせずに佇んでいる姿は、まるで店のマネキンなのではと思えるくらいのもので、無機質に感じられる彼女には少しというか、かなり近寄りがたい。

 

 でも、彼女には少し聞きたいことがあるんだ。

 

「折紙さん」

 

 思い切って声をかけると、折紙さんは私の方に顔を向けた。

 

「同志」

「こんな所でどうしたんですか?」

「デート」

「……え?」

 

 慌てて辺りを見渡してみるが、辺りには誰もいない。

 ……デート中……? 

 

「デート」

「えっ、でも……」

「デート」

「な、なるほど……?」

 

 デートとはいったい何なのだろうか? 

 少し自分の中の定義が揺らいできた。

 まあでも折紙さんがデートと言うのであればデートなのだろう。

 そうでなければ、こんなに澄ましてた顔ではいられないだろう。……いや、折紙さんの動揺している顔というのも想像がつかないが……

 

 仮に折紙さんが誰かとデートをしているとして、誰としているんだろうか? 

 真那さんかな。真那さん、折紙さんと仲が良いとか言っていたし。もしかしたら真那さんはお手洗い中だったりするのかもしれない。

 

「あなたは?」

「友達と、お出かけに来ました」

「そう」

「あの、一人で待つの……暇じゃ、ないですか……?」

「別に」

 

 端的に返事をしていた折紙さんだったけど、何故か私をガン見していた。普段なら、五河君絡みでなければ凄いどうでもよさそうに目を逸らされるのだから、何かあったのかと逡巡してしまう。

 

「えっと、折紙さん?」

「前にあなたがくれた写真を知らない?」

「写真……この前渡した物ですか?」

 

 折紙さんは軽く頷いた。

 確か、前に折紙さんと仲良くなろうと思って家に何故かあったブツを渡したんだったな。ちゃんと手渡した筈だけど、失くしてしまったのだろうか? 

 

「……いえ、見ていません」

「そう」

「ほ、補充が必要ですか?」

 

 ……補充って何だろう。自分言ってなんだけど、よく分からなくなってきた。

 しかし折紙さんはその限りではなかったらしく、顔色一つ変えずに口を開いた。

 

「士道の写真の方は欲しい。写真でなくとも、士道と縁があるものならなんでも歓迎する」

「あ、あはは。そ、それはそうですよね」

 

 ……何となく、最近折紙さんの扱いが掴めてきた気がする。

 

 折紙さんは返事を返して会話が終わったと悟ると、今度は完全に私から目を外した。

 きっと、特に用がないなら立ち去れとかそう言ったことを思っているのだろう。

 しかし、私は折紙さんと話したいと思っていた話題を切り出せずにいたので彼女を呼ぶ。

 

「あの、折紙さん……!」

「何か用?」

「あの、実は折紙さんに聞きたいことがあって」

「なに?」

「時崎さんのことなんですが……」

 

 突如、空気が変わったように感じられた。

 

「あの、時崎さんと昨日何かあったんですか……?」

「どうしてそんなことを」

「だって、変……なんですもの」

「変?」

「はい、変……です。折紙さんも、時崎さんも……五河君も」

 

 五河君の名前を出した瞬間、折紙さんは即座に切り返してきた。

 

「士道が変?」

「はい、変です。理由は、よく分からないのですが……」

「そう」

 

 小さく呟くと、折紙さんは少し考え込むように下を向いた。

 

「確かに昨日の士道の様子はおかしかった。その理由までは分からない。だけど、時崎狂三のことで一つ忠告。時崎狂三はおかしい。近づかないことを勧める」

「……そう、ですか」

 

 折紙さんは、随分と彼女のことを警戒しているようだ。

 きっと何か時崎狂三についての情報を知っているのだろう。それについて知りたいかと聞かれたら、私個人としてはあまり知りたい訳ではないけど、五河君に関わるとなるなら話は別だ。

 しかしと、情報を教えてくれる訳でもなさそうだしこれ以上の長居は時間の無駄か。七罪を待たせてしまっているかもしれないし、そろそろ折紙さんとは別れようか。

 

「そろそろ失礼します。長いこと引き止めてすみませんでした」

「気をつけて」

「はい、折紙さんもお気をつけて」

 

 そう言って頭を下げた後に、足早々にその場から抜け出した。

 どっと疲れがこみ上げて来た。

 折紙さんと接していると、何でか精神的ダメージがダイレクトに伝わってくる。いや、今回のはそうじゃなくて……あのピリピリとした空気が耐え難かっただけか。

 

「ひ、酷い目に遭った……もう絶対行かないわ……」

 

 げっそりとした様子の七罪と合流した。

 よく分からないけど、やっぱり店員さんと上手くやれなかったのだろうか? 

 ……いや、単純にいつも関わらない性格の人物と話したからだろう。逃げ出さなかったんだから七罪は頑張った方だ。

 折紙さんと話していて張り詰めていた心が、七罪と会った瞬間に解けるのを感じた。

 

「まあまあ。似合ってるよ、七罪」

「そ、そう?」

 

 疑問げに問いかけてきた七罪に、笑って頷く。

 

 野暮ったく邪魔そうだった髪は、くせっ毛ながらも綺麗に整えられて軽くなっていて、シャンプーを浴びたからか、仄かに良い香りが漂ってくる。

 私が少しながら力添えしたメイクも手伝って、七罪の魅力を引き上げられたと思う。

 そして来ている黒いワンピースも相まって、身体の弱いご令嬢なのではないかと思えてくる。

 

 正直に言って、凄い可愛らしいなと思う。

 

「こ、この後どうすんの?」

 

 少し頬を緩ませて七罪を見ていると、後ずさられてしまった。

 

「……七罪が、行きたい所とか無いのであればひとついいかな?」

「特にないけど……何?」

「ゲームセンターに行きたいんだ」

「ゲームセンター?」

 

 七罪から不思議そうにオウム返しをされたので、ゲームセンターについて知らなかったのかと思い、意気揚々と説明をすることにした。

 

「あ、ゲームセンターっていうのは、いっぱいゲームが出来る所で……」

「そのくらい知ってる。どうして行きたいの? あんたって、ああいう煩い所苦手でしょ?」

「ま、まあそうなんだけど、欲しい物があって。パンダローネってキャラクターのストラップなんだけど、それのUFOキャッチャーがここにあった筈」

「パンダローネ? どんなの?」

 

 バックの中から携帯電話を取り出してパンダローネの画像を検索し、七罪に見せる。

 

「こんなの」

「……ああ、いかにもな」

 

 呆れ顔でそう呟いてきた言葉の意味を理解出来ずに、私は聞き直した。

 

「いかにもって?」

「ああ、なんでもないわ。それよりも、京乃はクレーンゲーム得意なの?」

 

 七罪の問いかけについて少し考える。

 私はあまりゲームセンターで遊んだりすることはないが、多分人並みにはこなせていたような気がする。

 

「まあまあ、かな? 七罪は?」

「やったことない」

「それは楽しみだね」

 

 笑ってそう言うと、七罪から呆れたような顔をされた。

 

「いや、楽しみって……」

「だって初めてなんだよね。未知って言うのは、いつだって心躍るものだと思うんだけど……七罪は違うのかな?」

「さあ? よく分からないけど、クレーンゲームってバカが金を注ぎ込む沼のようなものだと認識してる」

「ば、ばか……」

 

 あんまりな言い様に、少し(ほう)けた声を出してしまった私を見てか、七罪はふんと鼻を鳴らす。

 

「良く考えてみなさいよ。そこら辺で買えばそうお金のかからない商品が、ここでやったら云千円とかかるのよ? これが間抜けじゃなかったらなんなのよ」 

「ま、まあそうかもしれないけど。……五河君と同じパンダローネのストラップは、クレーンゲーム限定だからなぁ……」

「何か言った?」

「い、いや何でもないよ! ほ、ほらクレーンゲームで商品を取った時の達成感は他の何にも変えられないものだし。

 私は商品が欲しいからクレーンゲームをするんじゃないの、その達成感を味わいたいからやるんだよ」

 

 中々良いことを言ったんじゃないだろうか? 

 私は少し得意げになったが、対する七罪の表情は今ひとつ変わらない。

 

「じゃあパンダローネじゃなくて良いんじゃない?」

「そっ、それは……やりたいだけじゃなくてパンダローネも欲しいんです」

 

 言葉を詰まらせてそう返すと、七罪からクスクスと笑われた。どうやらからかわれてしまっていたらしい。

 気恥ずかしさを隠すように歩くスピードを早めると、ゲームセンターが見えてきた。

 そのの一角にあるクレーンゲーム機を見てみると、出口の穴にパンダローネについているタグがかかっていた。

 

「あっ、見てよこれ。出口付近のやつはちょっと引っ掛ければ取れそう」

「……まあ、確かに」

「七罪、先にやってみる?」

 

 そう尋ねると、七罪はクレーンゲームと私を見比べた

 後に考えた後に口を開いた。

 

「お手本よろしく」

「う、うん任せて」

 

 ごくりとつばを飲み、百円玉を投入してクレーンを起動させる。

 最初に縦に移動させ、そして次に横に移動させるボタンを押す。

 ……良い位置に行ったと思ったが、タグに向かったクレーンは虚しく空を切った。

 

「ん?」

「さ、最初はこんなものだから!」

「そんなもの?」

「……うん!」

 

 自分を奮い立たせて、もう一度百円玉を挿入する。

 タグに引っ掛けようとするが、またしても空回り。

 タグ作戦は自分に合ってないのかと悟り、胴体を掴もうとするが、今度は出口から遠ざかる結果となった。

 

「……代わろうか?」

 

 珍しく、気遣わしげな七罪の声が突き刺さる。

 

「……大丈夫だから、もう少し任せて」

「何か私が考えていることが的中しているような?」

「そんなことないよ」

 

 思わず真顔になってそう答えてしまったので、それを誤魔化すように取り繕い笑顔を浮かべて財布に手を伸ばす。

 

「……あ、ニ回で百円玉なくなっちゃうな」

「キリ良いし、やっぱり私と代わってくんない? 京乃の見て、何となく分かってきたし」

「うん、分かった。それならこの二百円は七罪に託すね。私は両替え行ってくる」

「了解」

 

 七罪の返事を聞いて、手をひらひらさせながらその場を立ち去る。

 そして数分とかからずに千円札を両替して、小銭を手に七罪の元に戻る。一回やったのか先程よりも出口に近くなっていて、今はクレーンがストラップを持ち上げる作業に移っていた。

 固唾を呑んで見守っていると、出口にタグが掛かる。

 これは、少し横にずらすだけで簡単に取れそうだ。内心浮き立ちながら隣に立つと、七罪に驚かれてしまった。

 

「いるならいるって言いなさいよ! びっくりするでしょ!?」

「集中してたみたいだから悪いかなって。それにしても七罪って、やっぱりこういうの得意なんだね」

「……まあ、楽しいし」

 

 七罪はいつになく真剣そうな表情でぼそりと呟いた。

 ストラップをどうやって取ろうかと脳内で格闘しているのだろうか? 目の前のストラップをまじまじと見ていた。

 次の百円を渡した私は、邪魔したらいけないと思って静かに七罪がボタンを押すのを見守る。

 

 ストラップが取れるのを神頼みしながら祈っていると、クレーンがストラップを引っ掛けたのが見えた。

 そうして、狙っていたストラップが落ちてくる。

 ……そこまでは言ってなんだが想定通りだが、タグがもう一匹のパンダローネの首元に引っかかり、芋づる式に落ちてきた。

 

「……! ほ、本当に落ちるなんて思わなかったよ、凄いね七罪!」

 

 七罪の手を取っていえーいと喜んだ。

 だけど、恥ずかしかったのだろうか? 喜んだ次の瞬間には、取った手を離されてしまった。

 

「2つともいっぺんに落ちるなんて思わなかったわ」

「幸運の女神様が微笑んでくれたのかもね」

「うわっ、ギザ」

 

 率直な言葉に少しへこんだ。

 

「女神様だとかそういうのじゃなくて、多分そのパンダローネ? だっけ、多分京乃が滅茶苦茶にクレーン操作してたから首元に引っかかったんだと思う」

「それじゃ、私のあれも無駄じゃなかったってこと?」

「まあ、そうなんじゃない?」

 

 ……そっぽを向いてそう言った七罪だが、その口元は少し緩んでいた。

 どうやら、やっぱり少なからず楽しんでくれたみたいだ。

 

「二個もどうする?」

「あげるよ」

「……くれるの?」

「うん、だって今回のMVPって七罪だし。七罪が取ってくれなきゃもう一つだって落ちなかったよ。だから、これはそのお礼かな?」

 

 自分のセンスが壊滅的だとは思わないけど、やっぱり七罪がいたから消費金額が少なくて済んだのだろう。

 そう考えた後に、取れたピンク色と緑色のパンダローネを七罪に見えるように指でつまむ。

 

「どっちがいい?」

「……こっち」

 

 七罪は緑色のパンダローネを指差した。

 私は言われた方を七罪に手渡し、残った方を鞄の中にそっと仕舞う。

 ゲームセンターを抜けて外に出てみると、太陽が真上にいるのが見えた。つまり、今はお昼時なのだろう。

 そのこと実を認識すると、今までゲームに熱中していて気が付かなかったが、自分のお腹が空いてきていることに気が付いた。

 

「……あ。あそこにたこ焼き屋さんあるから、お昼はそれで良いかな?」

 

 七罪に問いかけると、彼女は自分で持っている勝利品(パンダローネ)を見ながらこくりと頷いた。

 屋台のたこ焼きを二人分買い、路上のベンチに座って食べていると、雑踏の中に見慣れた顔が紛れているのが見えて、思わずむせた。

 

「な、七罪……」

「ど、どうしたのよ」

「い、今! 五河君が……と、時崎狂三と連れ立って歩いて……!」

「時崎狂三? 誰それ」

「わ、私のクラスに来た転校生……」

 

 私が茫然としたまま説明すると、七罪は胡乱(うろん)そうな表情……というかジト目になった。

 

「転校生ぃ……? 夜刀神十香も転校してきたクラスにまた転校生が来るの?」

「……まあ、実際来てるんだしな」

 

 確かに気になっていたことではあったが、皆が気にしていなかったから私も気にしなくなっていたな。

 

「ふ、二人は何で一緒にいるんだろう」

「デートでしょ」

「やっぱりか……」

 

 その可能性を否定して欲しかった私は、七罪の言葉を聞いて項垂れた。

 

「追いかける?」

「う、うん!」

 

 先程見かけたのはラグジュアリーショップの近くだったが、移動してしまったのか姿は見えなくなってしまった。

 

「あ、五河君見失っちゃった……」

「そう、みたいね」

「ねぇ七罪、良かったら……なんだけど、い、五河君を……その……」

 

 きっと顔を真っ赤にさせているであろう私を見てか、七罪は何を言いたいのか悟ってくれたようだ。

 

「ああ、分かった分かった。別に私はしたいこととかないし、適当に辺りを散策しながらその五河士道とやらを探そう」

「七罪、あなたが神か……!」 

「神なんていないわよ」

 

 適当に聞き流したのだろう七罪は、言った通りに一緒に五河君を探してくれた。

 とは言っても本腰を入れている訳ではなく、本来の目的であるショッピングをしながらではあるんだけど。

 七罪の髪を二つに結んだり、服屋さんで似合いそうな服を見繕いながらだから横道に逸れてばかりで時間だけが過ぎていたような気がする。

 しかし、一時間後。

 クレープを食べ歩きしながら近くの公園を見た時に、奇跡的にも五河君を見つけることが出来た。

 

「あ、七罪。五河君見つけた……よ……?」

 

 慌てて残りのクレープを食べた後に後ろを振り返ると、そこには七罪の姿がなかった。

 先程までは一緒にいたのだから、迷子になったという訳ではないだろうし、きっと帰ったのだろう。

 唐突に現れて気がついたら消える。

 それが七罪だ。

 

 

 

 自分から五河君に話かけるのは何だか恥ずかしいが、彼の顔色を見て、そうも言ってられないだろうと思い直した。

 五河君は今、何かに怯えている。

 怖がっている、絶望している。

 ……そんな彼を見過ごすことなんて、私には出来そうもなかった。

 

 だって私は、彼には笑っていて欲しいから。


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