来禅高校のとある女子高生の日記   作:笹案

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狂三キラー 後日談

 

6月5日

朝に四糸乃ちゃんに会って軽く話をしていたら遅刻ギリギリになってしまった。遅刻にはならなかったんだから、そこは不幸中の幸いなのかな? 

あと、今日の特筆すべき出来事といえば、クラスにまた転校生が来たことだろうか。

時崎狂三、それが私のクラスに来た転校生だ。

五河君に気があるような態度を取っていて、放課後も彼と二人きりでデートをしようとしていた。彼女の積極性は凄くて、ちょっぴり妬ましい。

それは折紙さんと十香ちゃん、そして私によって阻止する結果となったんだけど、一緒に校内を案内することになるとは思わなかった。なんというか、私とは相性が悪い相手だ。

学校が終わり家に着いた後は、七罪が誕生日を祝ってくれた。女友達に誕生日を祝って貰えるなんて初めての出来事で、凄い嬉しかった。五河君には到底頼めないことだけど、また来年もこうやって七罪と祝って遊べればいいなと思う。……そう言えば、七罪の誕生日っていつなんだろう? 

私も、七罪にお祝いしたいな。

彼以外にこんなに興味を持ったのは初めてだったような気がする。でも、自分がこんな気持ちになれることが嬉しくて嬉しくてたまらない。

 

 

6月6日

朝起きたら手紙が机に置いてあった。

七罪が私に宛てて書いてくれた手紙らしい。

大切に宝物として扱うことに決めた。

私は五河君が好きだ。頼もしい彼が好きだ。

でも本当は、彼が困った時は助けを求めてくれるくらいに頼もしくなりたい。

今の私じゃ力不足だろうし、それは遠い未来になるのかもしれないけど……それでも、五河君の征く道を支えるくらいは出来るようになりたいと思う。

 

 

6月7日

創立記念日で学校が休みだから、七罪と遊べたら良いなと約束をしていたのだが、何と本当に遊べた。

七罪はとても素敵な子だ。パンダローネのストラップだって取ってくれたし、一緒に五河君も探してくれた。

最後まで一緒に遊べなかったのは残念だけど、五河君を近くの公園で見つけることが出来て幸せだった。

少し辛そうだったので助けになりたかったけど、私ではまだ力不足みたいだ。

もっと頑張らないといけないな。もっと頑張って、もっと彼には笑顔になってほしい。

だって、彼には笑顔が似合うもの。

もう辛い顔なんてしなくていいって、もう何にも苦しめられる必要なんてないんだって、言ってあげたいんだ。

 

 

 

6月8日

下駄箱で士道くんと時崎狂三が話しているのを聞いた。

内容はよく分からなかったけど、何か不穏な雰囲気だったのを感じ取れた。

会話の最後に時崎狂三が放課後に屋上に来てと五河君に言っていたのが心に残っていて、授業後に五河君の後を追いかけることにした。

 

 

 

気がついたら廊下に倒れていた。周りの皆が気絶している中で、五河君の姿だけがないことに気がついた。だから私は歩いて、屋上に行く途中で変な人影にまた会ってしまっ

だから私は 選択、しないと

 

 

 私にとっては大切な思い出だった。それを消されたくはなかったし、それが残っていたとしても、不完全に残るぐらいなら完全に残してくれた方が良かった。それが駄目なのであれば、全てを消して欲しかった。それだったら、こんなに悩む必要もなかったのに。

 

 

 ごめん、今度からは気をつけるよ。そんな具合に士道の目の前にいる幼馴染は謝った。

 悪いことをしたら謝るのは当たり前のことだ。でも悪いこともやましいこともないのに謝る意味はないだろう。

 士道は上辺だけの謝罪が聞きたかった訳ではないし、疑問に思ったことを聞きたかっただけだ。

 幼馴染は、士道が男友達や少ないながらも存在する女友達と遊んでいることは歓迎して、自分のことのように喜んでくれた。しかし幼馴染が士道との約束を破ったことがなく、そして自分以外の知り合いと遊んでいる所を見たことがなかった。

 だから幼馴染に自分以外に遊ぶような知り合いがいないのか聞きたかったのだが、彼女は謝るだけで理由を話さなかった。そこで、勇気を一歩踏み出して士道は理由を尋ねた。すると今度はすんなりと、照れもせずに微笑んで口を開く。

 君と一緒にいる時間が一番大切だから。

 嘘偽りなくそう言われれば、士道としても顔を赤く染めて狼狽えるほかなかった。

 

 

 

 

 

 

「……またか」

 

 士道は目蓋を閉じたまま、そう呟いた。

 同じような夢を見るのは今日が初めてではない。高校二年生になってから、尋常ではない頻度で似たような夢を見るようになった。

 悪夢でもないし、甘酸っぱい思い出は、士道の中に心地良く溶け込むように入ってくる。

 

 ただ、今回はその限りではなかったようで、先程から頭が痛い。額を触れるが、外傷はないようだ。ただ、じんじんと鈍い痛みが頭の中にくすぶっているような気がする。

 額を押さえたままで目を開けると、大小様々な配管が剥き出しになっている天井が広がっていた。

 寝た状態で周囲を見渡すと、等間隔に並べられたベッドと仕切りのカーテンが目に入った。

 士道はそこまで確認した所で、ここは琴里が所属する〈ラタトスク〉の所有する空中艦〈フラクシナス〉の医務室だと思い出した。

 

 軋きしむ体を無視して身体を起こすと、士道の寝ていたベッドに寄りかかる形で眠っている十香の姿があり、呼びかけてみるが返事はない。

 よく見てみると、その眠り姫のような美貌からよだれが一筋垂れている。……それさえなければ映画のワンシーンみたいなのに勿体ない。

 寝ている十香を起こさないように、音を立てないことを意識してベッドから降りる。

 宙に浮いた足を地面に着けるが……、やはり少し身体の節々が痛む以外は問題はない。火傷もないようだった。

 ……火傷もない? 

 何でそんなことを考えたんだろうかと、士道は戸惑った。怪我をしていないなんて当たり前のことで……

 士道はまだズキズキと痛みを発している額を押さえながらそこまで考えた後で、一人分の足音が聴こえてきたので佇まいを直した。そのタイミングで銀色の髪と目の下の隈が特徴的な人が現れる。

 

「……起きたか、シン」

「は、はい」

 

 どうやら足音の主は彼女だったらしい。

 村雨令音。ラタトスクの優秀な解析官であり、士道のクラスの副担任でもある人物。今日もいつものように、白衣のポケットから継ぎ接ぎだらけのクマのぬいぐるみが顔を覗かせていた。

 

「あの、どうして俺はここに……?」

「……ああ、狂三との交戦の後、気絶した君をここに搬入したんだ」

「狂三との、交戦」

 

 そう呟くと、一気にその記憶を思い出す。

 屋上で狂三を救おうとしたがうまく行かなかったこと。全力を出した狂三と精霊の格好をした琴里が、戦っていたこと。琴里が狂三のことを殺そうとしたこと。……そして、狂三を守ろうとした士道と狂三は、京乃に身を賭して守られたこと、そしてその京乃は狂三に銃に撃たれたこと。

 全てを思い出した瞬間、士道は弾かれたように令音に掴みかかった。

 

「観月はどうしてあんな所に!? 狂三の時喰みの城で皆眠っていたはずで、それなのに何で……死んだ……んですか」

「死んでいない。彼女は無事だ」

 

 言葉だけでは、本当かは分からない。

 しかし、士道は令音が理由なく嘘をつく人ではないことを知っているし、士道の懸念事項は京乃のことだけではない。

 

「それなら真那は無事ですか!? 狂三だって……生きているんですよね!? 琴里って精霊だったんですかっ!? 学校の皆だって……!」

 

 聞きたいことは湯水のように溢れてくる。

 士道は令音に掴みかかったまま、彼女に説明を求めた。正常な思考回路なんて持ち合わせておらず、ただただ混乱していた。

 落ち着きを失っている士道を、令音はいつものように眠そうな表情で見ていたが、そっと士道を抱き寄せた。あまりに突然の出来事に士道は咄嗟に反応出来ない。気がついた時には、士道の顔は令音の豊満な胸に埋もれて……恥ずかしさもあるものの、冷静さを取り戻した。

 

「シン、落ち着きたまえ。順を追って説明する」

「……は、い」

 

  話を聞ける状態にはなったものの、先ほどの出来事が原因で士道の顔は赤いままだ。そのことに気付いてか気づかずか、令音は言葉を続ける。

 

「私の知る限り、死者は出ていない。折紙と真那はASTに回収された。狂三には隙を突いて逃げられた。琴里はここにいるが……」

 

 逡巡するように、令音は士道に視線を向けた。後の選択は士道に任せるということなのだろう。意図を察した士道は力強く頷いた。

 

「会わせてください……!」

「……いいだろう。着いてきたまえ」

 

 頷いた令音は、部屋から出た後はいつもの艦長室に向かうのとは違うルートで歩いていき、そしてひと目見ただけで厳重だと分かる部屋にたどり着く。

 

「村雨令音」

 

 令音がパネルを入力し、手を乗せて機械に名前を伝えると、分厚い扉は重々しく開いた。

 

 そこには──琴里がいた。プライバシーのへったくれもない透明な壁の中で、優雅に紅茶なんかを飲んでいるが、士道達には気がついていないようだった。

 

 士道が令音に目をやると、彼女はこくりと頷いた。ここからは琴里と士道、二人きりで話す時間だということだろう。今は集中しなくてはならないだろうと頬を叩いて気合いを入れ、令音と同じように指紋認証と声認証をして開いた扉を潜り、部屋に足を踏み入れる。

 その瞬間、中で紅茶を飲んでいた琴里の目は士道を捉えた。

 

「士道、起きたのね」

「ここっ、琴里こそ大丈夫か!?」

 

 高校の屋上で精霊の姿になって士道の前に現れた琴里。事情は後で聞くとして、取り敢えずは普段通りにしなければならないだろうと士道が声をかける……が、その声は緊張で上ずってしまった。それを聞いた琴里は鼻で笑う。

 

「ココッってニワトリか何か? ああ、自分は鳥頭ですと自己申告してくれたの? 士道にしては中々気が利いているじゃない」

 

 そこにいたのは、いつも通りの琴里だった。正確には、士道の目にはいつも通りに見える琴里の姿があった。

しかし昨日あった出来事が原因でその光景に違和感を生じさせている。その為か、言いたいことはたくさんあるはずなのに中々言葉が出てこなかった。

ㅤ琴里はそんな士道を尻目に優雅に紅茶を飲み、ミルクを垂らしてマドラーでかき混ぜて、そのマドラーを取り出す。

 

「それチュッパチャプスかよ!」

「何よ、悪い?」

「悪くはないけど……ちょっと衝撃が……」

 

ㅤ士道と接している琴里の姿がいつもらしいというのもあり、少し緊張が解けた。

 

「琴里、本当に大丈夫なのか?」

「今のところは大丈夫よ。士道も元気そうね」

「あっ、ああ」

 

ㅤ勢いよく頷く士道を見て、琴里はほっとしたような表情でひとこと。

 

「……良かった」

「え? 琴里、今なんて……」

「何でもない!」

 

ㅤ顔を赤らめた琴里はそう言った。それでも士道は気になったのか口を開いたが、言葉を紡ぐ前に聞こえてきた咳払いで尋ねそびれた。

「士道。貴方は小言の一つでも言ってやりたい所だけど……本題に入る前に一つ聞きたいことがあるの、良いかしら」

「勿論だ」

 

 力強く頷いた士道に流石私のおにーちゃんと笑い、琴里は彼を見据える。

 

「京乃のことよ」

 

 一言そう告げると、琴里はちらりと士道を見た。その様子が普段と何も変わらないことを確認すると、紅茶の入ったカップを軽く傾ける。

 

「令音から無事は聞いているわ。狂三には……感謝しないといけないわね」

「……?」

 

ㅤ複雑そうな表情を浮かべている琴里に、士道は首を傾げる。そこで狂三の名前が出てくる理由が分からなかったのだ。

 

「令音から聞いてない? 

怪我もなく、無事だってね」

「あ、ああ。俺も無事だって言うのは聞いている」

「そう。顔はまだ見ていないのね?」

「……ああ」

「私も会いたいけど……生憎この状況だしね。士道に、一旦はお願いしていいかしら」

「勿論だ」

「……ありがと」

 

 微かに微笑むと、すぐに引き締めるような表情に戻る。

 

「京乃には不審な点がいくつかある。彼女が何かを企んでいると言いたい訳じゃないけど……それにしてもおかしいのよ」

 

「狂三の時喰みの城が解けたタイミングで現れたから、忘れ物をして学校に戻ってきたって可能性もある。それか、学校にはいたけど解けたタイミングでタイミング良く自我を取り戻したという可能性もあるわ。

それでも不思議なんだけど、京乃はどうしてあんな所にいたのかしら」

「……少しなら、心当たりがある」

 

 士道が恐る恐るといった感じで口を開くと、琴里は目を見開いた。

 

「心当たり? あるならさっさと言いなさいよウスラバカ!」

「い、いや、確証がなかったから言っていいかと迷って……」

 

 士道は糸を手繰り寄せて解くように、少しずつその時のことを思い起こす。狂三と戦うことになってしまう前、下駄箱で狂三と話している時のこと。

 

「実は狂三に放課後に屋上に来いって言われた時に、近くで観月っぽいやつを見たような気がするんだ。勘違いだとは思うし、そうだったとしても屋上に来る意味が分からないから関係ないとは思うんだが……」

 

 士道は、あの時京乃を見た……気がした。それっぽい後ろ姿を遠目に見ただけだ。本当のところは京乃本人かは全く分かっていない。でも、それなら辻褄が合う。

 

「それなら京乃は士道を助けようとしたのね」

「……何で、あいつがそんなことをする必要があるんだよ」

「そんなの、士道のことが大切だからでしょう」

「え?」

 

 士道は琴里の言葉に戸惑ったような声をあげた。今しがた言われた言葉を信じられないように。

ㅤ琴里は、そんな士道の様子を見て小さく息を吐いた。

 

「気づいていなかったの? どう見てもそうでしょうに」

 

 そうだっただろうかと士道は逡巡した。

 京乃には嫌われているものだと考えていた。そういうものだと諦めていた。しかし、彼女の行動を振り返ると、琴里の言う通りなのかもしれないと考えられるようになった。

 京乃はいつも士道を気にかけていた。気弱な彼女なりに勇気を出して声をかけていたのだと仮定すると、本当に……京乃は、士道のことを大切に思ってくれていたのだろう。

 本心ではまだ、完全に納得することは出来ていなかったが、それでも少し士道の心は少し軽くなった。とは言っても少しだ。士道にはまだ完全に心を軽くすることなんて無理だった。

 

「……ねえ、仲直りは出来たの?」

 

 どことなく心配そうな顔で琴里は尋ねた。

 それを見て、そんなに表情に出ていたのだろうかと士道は頬をかく。

 仲直り。京乃とは喧嘩はしていないが……でも、似たようなものはしたと士道は記憶している。

 十香と折紙……そして狂三の三人とトリプルデートをした時に、偶々出会った京乃に対して、ぞんざいな態度をとってしまい……そして、突き放すような言葉を言ってしまったこと。

 でも、士道は自分が間違ったことをしたとは思っていなかった。この前の狂三の件で確信した。

 十香や四糸乃とはこのまま良い友達でいて欲しいと思うが、それ以上は踏み込まないで欲しいし、それが京乃の為になる。 

 

「もう、深く関わらない方が良いに決まってる」

「……あっそ」

 

 琴里は呆れたような目をして、その後に少し口を歪ませた。その表情がいつもの彼女らしくないように思えて、士道は思わず声をかけた。

 

「琴里?」

「何よ」

「反論とか、しないのか」

「貴方が出した結論なんだから文句はないわ」

「いや、でも何か」

「何かじゃないのよ、文句ないって言ってるでしょ?」

 

ㅤ有無を言わせぬ雰囲気に呑まれてか、士道は渋々といった感じで口を開いた。

 

「まあ、そこまでいうなら分かったけどさ」

「……昨日の話に戻りましょうか」

 

ㅤそこから琴里が語るのは、彼女が精霊になった時の話。

 琴里は人間だが5年前に精霊になったこと。

 そして、士道に霊力を封印されて、またいつもと同じ日常を送れるようになったこと。

ㅤ士道と琴里には当時の具体的な記憶は残っていなかった。何者かに記憶を封じされたように、すっぽりとそこだけ抜け落ちている。

ㅤ不思議に思うも、特に記憶を消した相手は思い当たらない。

 ただ、琴里が精霊になってからは誰かを殺したくて堪らない、何かを破壊したくて堪らないといった破壊衝動に身が包まれるらしく、放ってはおけない。だから今確かなことは、琴里の霊力を封印する為に──琴里をデレさせる必要があるということだろう。

 

 士道の視線はぼんやりと琴里の唇に引き寄せられていたが、硝子の割れる音に意識を戻される。どうやら琴里が持っていたティーカップを落としてしまったらしく、床にはミルクティーとティーカップの破片が落ちていた。

 

「琴里、大丈夫か?」

「……大丈夫よ」

「でも怪我したら危ないぞ。手切ってないか? ちょっと見せてみろ」

 

 士道が琴里の手を見ようとした時、後方で扉が開き、黒い鞄を持った令音に声をかけられる。

 

「シン、時間だ。退室してくれ」

「でも」

「……琴里の方はこちらで何とかしておく。さ、早く」

 

 令音の言葉に琴里は頷いていた。そこまで言われては仕方ないと、士道は指示に従って元々いた部屋に戻る。

 

 

 待つこと数分、令音は戻ってきた。

 

「令音さん、琴里は……」

「大丈夫だ、なんて軽く言えることではないかもしれない。薬で抑えているが、今は不安定なんだよ」

「薬ですか?」

「ただの精神安定剤と睡眠薬だ、琴里の身体に悪影響はない」

 

 そうは言っても、薬で抑えなければならない状況というのは良くない状況だろう。士道もそのことを感じ、焦りを滲ませた表情で令音に話しかける。

 

「今すぐに封印した方がいいんじゃ」

「そうしたいのは山々だが……どうも、霊力が安定するのは6月14日だけのようだ。だから君には琴里とデートをし、精霊としての力を封印してもらう」

 

 琴里の精霊の力を封印しなければ破壊衝動に呑まれて、彼女が彼女ではなくなってしまう。最愛の妹が、いなくなってしまう。

 不安や焦り、恐怖、義務感──様々な感情が士道の中に駆け巡る。それを口に出さないように堪え……今まで通り、そして絶対に琴里の精霊の力を封印するのだと決意した。

 

 

「……京乃についても話してもいいかね」

「もっ、勿論です!」

 

 令音の言葉に、士道は身体を改めた。

 琴里のことは勿論大切だが、だからといって京乃のことを疎かに出来る訳ではない。

 狂三との戦闘において起きてしまったイレギュラーのひとつ。

 狂三との会話を聞かれてしまい、起こってしまった事象。琴里との会話で、士道を助ける為にその一歩を踏み出してしまったのだろうということは分かった。

 敵ではない。情報は足りていないが、それだけは確かなのだろう。だからこそ士道は彼女の安否が知りたかったし、どうしてあんなことをしたのかを彼女の口から聞きたかったし……目で確かめて安心したかった。

 

「京乃はここで眠っている」

「眠っているって本当ですか!? でも、あの怪我は明らかに……!」

「眠っているのは本当だ。怪我に関してだが、どうやら傷一つないようだ」

「傷一つ……? そんな馬鹿な」

 

ㅤ士道が最後に見た京乃は身体の大部分が火傷で爛れており、何とか話せているのが不思議な程だった。そして、意識が失う前に聞いた銃声は京乃を狙ったものだった。

ㅤ命を失わなければ御の字、というよりも命を失わなければおかしい状況。それなのに怪我をしていないという令音を訝しげに見る。

 令音はそれも想定済みだったのか、少し表情を歪める。

 

「実際、そんな馬鹿なことが起きているんだ。現実を受け入れる他ないだろう。……京乃もこの艦内にいる。説明するよりも見る方が君も安心するだろう。着いてきたまえ」

 

 士道は、再び歩き出した令音の後を着いていく。先程とは違う道のりで、治療室と書かれた部屋に辿り着く。

 中に入って見渡すと、保健室のような部屋の中では誰かがベッドで寝ていることに気がついた。

 寝ている人物は京乃だった。寝息を立てて眠っているようで、起こすのも忍びなく感じて……しかし不思議と目を離せなくなった。寝ている姿はいつもよりもあどけなく見える。

 布団を被っているせいで身体は分からないが、顔には火傷も怪我一つないように見える。顕現装置リアライザの技術を駆使しても、一日と経たずにこうも綺麗に治ることはないだろう。

 

「本当、ですね。どうして怪我がないんでしょう」

 

 士道からそう質問されることを想定していた為か、令音は小さく頷いた。

 

「原因には目星がついている。多分狂三の能力によるものなのではないかね」

「何で、そう思うんですか? 狂三は身動きも取れずに無抵抗な観月相手に、銃を向けたんです」

 

 士道は自分の言葉に迷いがあるのか、握りしめた拳を震わせてそう言った。

 士道は、狂三とデートをした日……そして彼女が人を殺した瞬間を目にして、絶望した。精霊は救わなければならない存在だという決心が揺るぐ出来事だったのだ。

 しかしその後に京乃と出会ったこと、そしてかつて自分が救った精霊……十香の言葉もあり、少しだが狂三と向き合う勇気が出た。

 それを経ても、士道は狂三がどんな人物なのかを測りきれていない。

 

「だからこそ、狂三の能力が関係していると思うんだ。シンはあの後気絶したから分からないかもしれないが、狂三が京乃に銃弾を放った後、不思議なことに京乃の火傷は跡形もなく消え去ったんだ。だが……少し問題があってな。京乃の額に手を当ててみるといい」

「えっ、でも……」

 

 女の子の肌に触れることに抵抗があるのだろう。士道は分かりやすく狼狽した。

 

「その方が分かりやすいんだ。京乃も嫌がりはしないだろう」

「し、失礼するな」

 

 聞こえている訳ではないだろうが断りの言葉をいれ、士道は京乃の額に自分の手を乗せる。そして、違和感に気がつく。

 

「……熱?」

「今、京乃の意識は混濁している。その原因は昨日の……狂三との戦いだろう。怪我を狂三の能力で治すことが出来たものの、彼女の力はそれだけではなかったらしい。ただ、前例がないからどうなるのか分からないし、ずっと寝たきりというのもありえるのかもしれない」

 

 そもそも精霊という存在だってまだ未知であり、Ifの話のするのであれば限りない。

 もしかしたらすぐに目を覚ますのかもしれないし、そうではないのかもしれない。未来を知ることなんて──それこそ精霊でもなければ不可能だろう。

 

「そんなことって」

「そこで()()()()()()、彼女が屋上であの光景を見てしまったことは、我々に不都合のあることだし、彼女にとっても負担になることだろう。記憶消去の処置を施した後にフラクシナスの息のかかった病院に送ろうと思うのだが、シン……構わないだろうか」

「どうしてそんな重要なことを俺に聞くんですか?」

「君が望むなら彼女は必ず了承する。それが分かっているから、いつ目が覚めるか分からない彼女よりも君に聞いた方が良い」

 

 決められる訳ない。それが士道の本心だった。

 多少は仲が良いが、それでも今後に関わることについてなんて、家族でもないのに決めていいものだろうか。

 ……しかし、そんな思いとは別に、士道の中には沸き上がるものがあった。

 

 士道のことが大切だから助けたのだろうと琴里は言っていた。士道には理解出来ないことであったし、そんなことはあってはならないと思った。……精霊でもなければASTに所属している訳でもないであろう少女がこれ以上戦場に来てしまう可能性は、減らしておきたかった。

 だから士道はある種の覚悟を秘めた表情で、令音に問いかける。

 

「令音さん。それって観月に危険はあるんですか? 後遺症が残ったりはしないんですか?」

「勿論そんなことはないし、安全だ。それにそのままにしている方が危険だろう」

「それなら……俺は、そうした方が良いと思います。

彼女は、観月は精霊とは全く関係のない、ただの高校生です。だからもう……巻き込みたくないんです」

「……そうか、そうだな」

 

 令音は閉じていた瞼まぶたをゆっくり開けた。

 その後に浮かべた表情はいつも通り眠たげなのに、どこか安心しているように見えた。

 

「シン、疲れただろう? 

琴里のことは我々に任せておいてくれ」

「気遣いありがとうございます。でも、琴里は……」

「明日にはラタトスクのメンバーで琴里の霊力を封印する為の会議を行うんだ。それに参加してくれれば嬉しい。今は……そうだな、真那の様子を見に言ってくれないか? 今なら、ぎりぎり面会時間に間に合うだろう」

 

 気分転換も兼ねての提案だったのだろう。それに士道だって、真那のことは心配だ。だからその言葉に士道は、苦々しくながらも頷いた。

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