来禅高校のとある女子高生の日記   作:笹案

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五河シスター 三

 京乃は退院した次の日、食材やトイレットペーパーなどの日常用品を買いに行く為に、近くのデパートを訪れた。

 そして目的通りの品を買おうとエスカレーターに乗った時、二階の服売り場にてビキニを着たマネキンが立っているのを見かけた。

 

 京乃の記憶が確かなら、もうすぐ修学旅行で伊豆に行くという話だった。伊豆といえば海が綺麗なことで有名であるし、水着だって必要になってくるだろう。

 しかし、よく考えて見れば水着なんて中学の水泳の授業で着たきり……しかもそのスク水でさえサイズが合わなくなってしまっているのだろうし、これは新しく買い直すべきだろう。

 しかし、今の京乃は特に買いたいものもなければ、ただ水着を買おうとしているのは、目立たないようにするためだった。適当に、目立たないものを買おう。

 そこまで考えた京乃はエスカレーターを降りて、すぐに水着を探そうと水着コーナーに立ち寄って立ち寄ろうとした。

 そして至極適当にそこら辺に合った水着を掴み、サイズを確認するや否やレジに持っていこうとした。

 

 

「シドー!あそこにいるの京乃じゃないか?」

「……あれ、本当だな」

 

 聞き覚えのある二人の声に、京乃の身体は硬直した。

 明らかに京乃の知るその人の声だったが、慌てて隠れようとする。しかし、それらしい遮蔽物はあるものの、居場所がバレてしまっているのでは意味がないだろう。

 現に、京乃は二人にすぐに見つかってしまった。

 

「おーい!京乃ー!」

「み、観月、こんな所で会うなんて奇遇だな」

「五河君……!?」

 

 京乃は慌てた様子で士道を呼ぶ。

 どうやら士道や十香に会うとは思っていなかったようだ。いつものように逃げ出そうとしていたが、足が思うように動かない。どうやらまだ疲れが取れていないようだった。

 

「観月、顔色が悪いけどどうかしたのか?」

「うむ。もし体調が悪いなら、病院に行った方がいいと思うぞ!」

 

 何なら私も着いて行こう、そうふんすとしながら言う十香。

 その十香を(なだ)めようとする京乃だったが、それよりも早くに人形のように無表情な白髪の少女、まあつまりは鳶一折紙が現れて声をかけた。

 

「夜刀神十香、あなたが近くにいるから同志の顔色が悪い。早急にこの場から立ち去るべき」

 

 折紙が無機質な声音で十香に話しかける。

 

「ふんっ!鳶一折紙、貴様がいるのが原因だ!あっちにいけ!そしたら京乃も元気になるぞ!」

 

 京乃を心配するという理由を作った上で、いつものように喧嘩が勃発した。

 しかし、今回ばかりは京乃のことを心配しているのは本当だったのかもしれない。折紙の顔はいつも通りだったが、十香は言い合いをしている中でも心配そうな表情で、チラチラと京乃を見ていた。

 しかし京乃は普段との少しの違いには気が付かない様子で、いつものようにその場から抜け出そうとした。そしてまたいつものように士道に話しかけられた。

 

「観月、本当に大丈夫か?

まだ体調治っていないんじゃないか?」

「……い、五河君。そんなことは、ないです」

 

 京乃は士道にどぎまぎとしながら、受け答えをする。

 

「本当か?」

「はい、もう大丈夫なんです」

「でも、お前……」

 

 士道の気遣いを断ち切ろうとしてか、京乃は士道からそっぽを向いて、十香達の方へと顔を向ける。

 

「そんなことよりも、皆さんこんな所で何をやっているんですか?」

「そうだったな。シドーをドキドキさせた人が、シドーとデェトする権利を得られるのだ!」

 

 水着を身につけて一番士道をドキドキさせた人が士道とのデート出来ると、十香はドヤ顔で今自分達が行っている内容について説明した。

 デートする権利。それに士道も承知しているのだろうかと、京乃は彼をちらりと見る。士道は少し困ったような顔で、しかし確実に頷いた。

 本人が同意しているのなら問題はないだろう。

 京乃は、こそばゆい感覚に陥りながらもそう納得した。

 

「敵を増やすなんて愚策なのだろうが……京乃なら歓迎だ!恨みっこなしで戦おう!」

 

 この場に置いて、その権利について知らなかったのは京乃だけではない。折紙も、十香の話を聞いて小さく頷き、理解を終えた後に京乃を見て士道の手を掴む。

 

「そう。なら、私は士道と二人で選ぶ」

「は?折紙お前何言って」

「大人の、水着選び」

「ちょ、ちょっと待て折紙ぃ!」

 

 ジリジリと水着片手ににじり寄る折紙に、士道は冷や汗を出しながら後退していく。

 それを見ていた十香としては黙って見過ごすはずもなく、士道と折紙の間に入り、通せんぼをするように手を大きく広げた。

 

「貴様の参加は駄目だ!」

「なぜ? 同志と私の間には差異はない。勿論私と夜刀神十香の間にもない。私が参加出来ない理由もない」

 

 淡々と言論をぶつける折紙に、十香はぐぬぬと唸った。

 

「そ、それは……駄目なものは駄目だ!

貴様は……アレだ!こう……とにかく駄目だ!」

「……ふっ」

 

 嘲笑した。いつも人形のような無表情を崩して、嘲笑をした。一瞬の出来事だったが、確かに折紙は嗤った。

 

「んなっ!?」

 

 それを見てしまった十香は慄き、そして後ずさる。それを好機と見たらしい折紙は十香の妨害を抜け、士道の近くにいた京乃に声をかける。

 

「同志。いつもなら折紙ちゃんと一緒に水着選ぶーひゃっはーって言うところ。どうしたの」

「わ、私そんなこと言ってました!?むしろ折紙さんの中の私に何があったんですか!?」

「違う?」

「違うよ!」

 

 堪らずにノリツッコミをした京乃を見て、十香はホッとしたような表情をした後に眩しい笑みを浮かべた。

 

「何だ、元気そうだな京乃。良かったら参戦してくれ!では私は選んでくるぞ!」

「私は士道と」

「シドー、鳶一折紙に襲われそうになった大声をあげろ、そうしたらすぐに助けに行く!」

「そんなことはしない」

 

 十香は足取り軽やかに水着コーナーへと向かう。

 それをどこか憮然と見送った折紙は、士道の方を見た後に京乃へと目を向けて、そして声をかける。

 

「観月京乃。病院で入院していたというのは本当?」

「あ、うん。そう……です」

「そう」

 

 折紙は頷くと、近くの極端に布面積の少ない水着達を見定め始めた。事実の確認がしたかっただけで、特には言いたいことはなかったらしい。

 京乃は苦笑して、そして彼女に渡すべき物があることを思い出した。

 

「……あ、折紙さん。折紙さんに渡したい物があって……」

 

 そう言うと、鞄の中から写真を取り出し、それを折紙に差し出す。先日、折紙に送ったはずの幼い頃の士道の写真だ。

 

「これです。何故か家のポストに入っていて」

「感謝する。この恩は必ず埋め合わせる」

 

 折紙は流れるように写真を取り、遠くの水着を探しに出かけた。呆気に取られるような一瞬の出来事だった。

 

「……まあ、うん。折紙さんらしいよね」

 

 折紙の様子に安心したように笑い、そして周囲を見渡す。見知らぬ人が一人こちらを見ているものの、知り合いは周囲からいなくなったことを確認し、今後どうしようかと思考する。

 

 京乃にとって、士道とデートをするというものは魅惑的なものであったが、それ以上にこの状況は大変好ましくないものであった。競争をしたとして、自分が勝てるビジョンが見えなかったからだ。

 

 逃げることが許されるのなら逃げたいと京乃は考えるが……それはそれで取りづらい選択肢であった。士道とデートする権利を他の人に取られてしまうと言うことに、一抹の不安を覚えているからだ。

 

 だから京乃はその場から逃げることも、立ち向かうこともせずにぼうっと立っているだけだった。

 ぼうっとしていた。周囲の様子に気を配らないくらいにぼうっとしていた。だから、彼女はそれに気付かなかった。

 

『京乃ちゃんゲットー!』

「えっ、ちょっ……」

 

 戸惑ったような声をあげ、京乃は布の感触に手を引かれる。

 手を引かれて辿り着いた先は、先程よりも沢山の種類の水着が置かれている場所だった。

 

『敵に塩を送る真似はしたくないんだけどねぇ……まっ、いいっしょ!』

「……よしのん?」

 

 京乃は困惑したように、彼女に……よしのんに声をかける。よしのんがいるということは四糸乃もいるわけで、よしのんの上へと少し顔を上げると四糸乃の顔があった。

 

「その……わ、私も京乃さんに、協力します……!」

「四糸乃ちゃんも、どうしたの?」

「京乃さんに、お礼がしたくて……」

 

 もじもじと恥じらいながら、四糸乃はそう言った。

 お礼。そう言われた京乃は少し考え込んだ後、思い出したように口を開いた。

 

「ありがとう。でもね、四糸乃ちゃんはもっと、自分に正直になった方がいいよ」

「……?」

「四糸乃ちゃんだって、士道くんとデートがしたいんだよね」

「そ、れは……」

 

 四糸乃はちらりと京乃を見て、そしてこくりと頷き、それを見た京乃は安堵したような表情を浮かべた。

 

「それなら私のことなんて気にしないでいいんだから」

「そ、れでも、私は、京乃さんのお手伝いがしたい……です」

「……そっか」

 

 京乃は腰を屈めて四糸乃の頭に手を伸ばしてポンポンと撫でる。四糸乃はそれを、頬を桜色に染めて受け入れる。

 

「よし、四糸乃ちゃんが選んでくれるなら、私も四糸乃ちゃんの水着をセレクトしようかな」

『よしのんも選ぶよー』

「よしのんに任せて大丈夫かなぁ……」

 

 京乃はそう呟いた後、困ったように笑った。

 京乃の不安は的中した。よしのんは、四糸乃のヒーローであると同時にかなりのお調子者なのだ。

 

『よしのん的にはねー、こういうの似合うんじゃないかなっ!』

 

 最初によしのんが示したのは、布の面積が極端に狭い、水着と呼べるのかも分からないシロモノ……俗に言う、マイクロビキニだった。

 

「……そういうのは、ちょっと」

 

 着ていく服がマイクロビキニでは京乃の当初の目的からは大きく外れてしまう。というか着た瞬間に先生からストップがかかるであろうことは想像に難くない。

 京乃は苦笑して、首を横に振る。

 

『んじゃ、これはー』

「……そうだね、マイクロビキニって言っておけば次のものが受け入れられるって思ったら大間違いだよ」

『ちぇー、ノリ悪いなー』

「これを着るくらいならノリが悪くて結構だよ」

 

 京乃は軽く笑って、四糸乃に似合いそうな水着を物色し、四糸乃にセレクトした物を渡していく。

 

「京乃さんは、どんな服が好きなんですか?」

「特に好きな服とかはないよ」

「……ないんですか?」

「あまり濃い色の服は着ないかなってくらい……って、これじゃあ選びづらいよね、よしのんが選ぶみたく露出が高すぎるのは目立つから嫌だけど、それ以外なら大丈夫なんだ」

 

 にこにこと笑いながら、安心させるようにそう言った。

 何でもいいに等しい言葉を貰ったが、四糸乃は何とか自分一人の力で探そうと周囲の水着に目を向けて、満足する物があったのか目を輝かせた。

 

「京乃さん。あの、それでしたら、よかったらこれを……」

 

 そう言って四糸乃が指をさしたのは、パレオタイプの淡いピンクの水着だった。

 

「いいね。着てみるよ」

「良かった、です。それでは……」

『四糸乃、そのままは駄目だよ!』

「……え?よしのん、どうして……?」

 

 こてんと首を傾げて、四糸乃はよしのんに問いかける。

 別に四糸乃が選んだ水着は変なチョイスでもなく、彼女に似合うと予想出来る物だったのだ。

 しかしそんな四糸乃の反応に、よしのんはまだまだだなあとパタパタと手を動かした。

 

『よく見てみなよ!京乃ちゃん本番は水着の上を着るつもりだよ!そんなんで士道くんのハートを掴めるはずがない!』

 

 よしのんはそう言い、手で京乃の手元を示す。よしのんの言うとおり、京乃の手には防水加工の施されている上着が握られていた。

 それを指摘された京乃は、ばつが悪そうに苦笑する。

 

「別に、私は士道くんのハートを掴もうだなんて思ってないし、これを着た姿だけ見てもらってこの勝負を降りるね」

『えー、もったいないなー』

「あはは、ごめんね。よしのんは、四糸乃ちゃんの水着選びを手伝ってあげて」

 

 小さく笑みを浮かべると、京乃は試着室のカーテンを開けて着替え始める。

 そして数分後、着替え終わった京乃は、ひょっこりとカーテンの隙間から顔だけ出す。

 

「五河君、次私に似合っているかどうか……見てもらえますか?」

「お、おお。良いぞ」

 

 その言葉を受けて、京乃は試着室のカーテンを開ける。

 京乃の考えとしては士道に何やらの評価をしてもらって、それでこの場を抜け出す──はずだった。

 そうは問屋が(おろ)さないとばかりに、突如としてそれは起きた。

 

「──贋造魔女(ハニエル)

 

 どこからかそんな声が聴こえてきて……そして、京乃の姿が光に包まれたのだ。

 

「えっ、ちょっと……!」

「なっ、何だ!? 京乃大丈夫か……!?」

「み、見ないでくださいっ!!」

 

 京乃はそう言い、慌てて仕切りのカーテンを閉めなおそうとするが、何故かカーテンの結び目がキツく結び直されていて、カーテンを閉じ直すことが出来ない。

 何事も諦めは肝心だ。

 カーテンを締めることを瞬時に諦めた京乃は、自分の水着に手を伸ばすが、焦りが手に(にじ)んだのか思うようにいかない。

 諦めは肝心だ……しかしこの状況で諦められるはずもなく、京乃は涙目でしゃがみこんだ。

 

 数秒後、謎の光が収まったのを察した京乃は絶望の面持ちで神に祈りを捧げた。しかし京乃の祈りも虚しく、試着室前に立っていた士道の目に飛び込んできたのは、パレオタイプの水着の紐の結び目……それが(ほど)けたのを片手で抑えようとしたが上手く掴めずに地面に落とし、せめての防御とばかりに胸元を腕で隠した、京乃の産まれたままの姿だった。

 

 

 

 ……その後の惨状は、酷いものだった。

 

 ただ、結果として確かなのは……どっかの誰かさんの助力もあり、士道とのデートの権利を掴みとったのは、京乃だった……ということである。

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