来禅高校のとある女子高生の日記   作:笹案

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五河シスター 五

 電車に乗り、天宮駅から五駅先の栄部駅で降りて辿り着いたオーシャンパーク。プールやら遊園地やらが楽しめるスポットである。これが夏真っ盛りなら人が押し寄せて混雑していただろうが、今は繁忙期間中でない。それは、人の目を気にする京乃にとっては僅かな幸運だった。

 

 プールに行くのは随分久しぶりだと、京乃は施設に足を踏み入れる。入場料を払った後に士道と別れて男女別の更衣室に向かい、ロッカーで着替えを取り出す。

 つい昨日に買った水着。見た瞬間に記憶がぶり返して顔が赤くなった。

 水着に罪はないと自己暗示のように思い込ませて、着ていた服を脱いで水着に着替え、持ってきていた上着にすぐに手を通した。

 と、そのとき京乃は隣から甲高い声をかけられる。

 

『京乃ちゃーん、ちょっと助けてくれないー?』

「京乃さん、あの……服着るの、手伝ってもらってもいいですか?」

「勿論だよ」

 

 頷いて京乃は四糸乃の服を脱がせて、そしてよしのんがつっかえることに気がついて手を止めた。普段着ならともかく、水着という種類の服は四糸乃にとって着慣れていないからそうなるのだろう。

 水着は京乃の選んだ物を買ってくれたようで、四糸乃はワンピースタイプの淡く黄色い水着を手に持っていた。それが、京乃の心を温かくさせていて……

 

「あれ、昨日はちゃんと着れたの?」

 

 京乃は、はたと思い出したように口を開く。

折角選んでもらったものだからと買い上げたものの、摩訶不思議なアクシデントがあった後ではあの場にはいづらく、京乃は服を買った後即座に逃げ帰った為、その後の勝負の行方は知らなかったのだ。

 四糸乃は今しがたその事実に気がついたように、少しはっとしたような表情のち、首を小さく横に振った。

 

「着れなくて……十香さんに、助けて……もらいました」

『士道くんにも見られちゃったよねー』

「よ、よしのん……!」

「ああそれは……大変だったし、恥ずかしかったよね。お疲れ様」

 

 四糸乃に水着を着させるのに悪戦苦闘しているように、京乃は渋面(じゅうめん)で労いの言葉をかける。

 四糸乃は不思議そうに京乃を見ていたが、必死な様子を見て邪魔するのは悪いと考えてか、京乃の指示に従った。そして、数分も経てばちゃんと水着を着用することが出来た。

 

「……ん? 四糸乃、今日は着替えられたのか」

「あ、十香ちゃん」

「あの、今日も……手伝ってもらって……その……」

『十香ちゃんも昨日ありがとうねっ、よしのん助かったよー』

「……ありがとう……ございました」

 

 ぺこりと四糸乃が頭を下げるのを見た十香は、満更でもなさそうな表情を浮かべた。

 

「気にしないで良いぞ? 最初は戸惑うものだ。私も最初はそうだった」

『おお、十香ちゃんが先輩っぽいセリフを』

 

 よしのんは茶化しめいたような様子で言うのを、十香は嬉しそうにして頷いた。

 

「そうだな、私は先輩だ。何でも困ったことがあれば頼ってくれ」

『ひゅー、頼りになるぅー』

 

 やはり茶化した様子ではあるが、感謝はちゃんとしているらしく、よしのんと四糸乃は十香に続いて屋内プールの中へと足を進めていった。ならばと、京乃も続こうと歩き出すと、服の裾を誰かに掴まれた。

 

「京乃」

 

 京乃が振り向くと、白いセパレートタイプの水着を着た琴里が、京乃の顔を見つめていた。

 

「……琴里ちゃん、どうかしました?」

「はっきり言ってキモい。私ならともかく、他の年下相手に敬語とかナメられるわよ。今まで通りに接しなさい」

「……き、きも……うん、私はゲロ豚だよね。それでどうしたの?」

 

 少しショックを受けたような顔でありながら、京乃は持ち直したように笑みを浮かべて続きを促す。

 

「……体調、本当に大丈夫なの? この前倒れたって聞いたんだけど」

「うん、へっちゃらだよ。寧ろ前よりも元気になったような気がするしね」

「そ」

 

 京乃が力こぶを作るようなポーズでにへらと笑うと、琴里は素っ気なくそう返して、プールの出入り口へと向かう。それを見た京乃は、置いていかれそうなことに気がついて慌てて彼女に着いていく。

 

「心配してくれたのかな。でも琴里ちゃんの方こそ、体調悪いんじゃ」

「どこを見てそう思ったのかは知らないけど、そんなことはないわ」

「そっか」

 

 京乃達が女子更衣室から出ている頃には、士道はもう着替え終わっていたらしく、彼は四糸乃と十香と言葉を交わしていた。そしてプールに興味津々な二人と別れると琴里が来ていることに気がついたようで、手を振って駆け寄ってきた。

 

「琴里水着似合ってるぞ。その、特に膨らみかけの胸が最高……って違うんだ琴里」

「何が違うの?」

 

 威圧的な琴里の態度に、士道がタジタジとしているのを傍目で見ながら……京乃は、どうやら士道の性的嗜好では膨らみかけの胸が最高らしいという情報を耳にしてしまった。

 京乃は自分の胸元に目を寄せるが、どうも膨らみかけとはいえない。そういう層にはぶくぶく太った雌豚などと言われてしまうくらいにはアレであった。

──知ったところで何も変わらないし、どうでもいい。士道くんから早く離れようよ

 

「わ、たしは……」

「観月は……上着てんのか」

 

 士道が京乃の上半身に向けると、そこにはラッシュガードが着られていた。その視線を受けて、京乃は少し顔をそらした。

 

「ちょっと、恥ずかしくて」

「ああ、うん。そうだよな!」

 

 恥ずかしい。他人に肌を見せる行為に抵抗を感じる。特に、士道には見せたくなかった。だから、前日の水着大会でも出来る限りの肌の露出を避けたのだ。……まあ、その目論見は見事に失敗してしまった訳だが。

 そんな京乃の心の葛藤を知ってか知らずか、士道は照れ笑いをして口を開いた。

 

「似合っているぞ」

「えっと、ありがとう……ございます」

 

 京乃は戸惑ったように言葉を返すと、士道の後ろにいる少女を見て苦い笑みを浮かべる。

 

「……その言葉は嬉しいですが、あんまり私に構うと妹さんの機嫌、悪くなっちゃいますよ?」

 

 士道の後ろには般若のような顔の琴里がいた。それを見て引き攣った顔になった士道に頭を下げて、京乃は四糸乃達の所へと向かっていった。

 

「おおー、気持ちいいな!」

 

 十香は一足先にプールを満喫しているようで、輝かしい笑顔で泳いでいた。そして、四糸乃は十香を見て入ろうかとそわそわしているようだった。

 

『よーし、よしのんも入っちゃうぞー』

「……!」

 

 四糸乃の浮足立っている様を見て、京乃は軽くストレッチをしてから、階段から手すりに捕まり足を踏み入れた。少し冷たく感じたがそれも一瞬であり、暫く経つと温水プールということで温かく心地良い温度が保たれているのだということを実感した。

 底はそこまで深くなく、四糸乃の肩よりも低いくらいの深さだ。

 近くにいる人達は遠くのジェットコースターの火山が時折噴火したりといった凝った演出に驚いたりして楽しんでいるようだった。趣向の凝ったギミックは、大人も子供も何周も巡れるように工夫がなされていて、四糸乃も感動したような表情で水に身を任せてその場を漂っていた。

 暫くの間京乃は四糸乃を見守っていたが、大丈夫そうだと安心して、自らもプールを楽しもうと四糸乃から目を離して軽く泳いだ。

 

 しかし……高波に攫われて、四糸乃の手からよしのんが離れたようだ。

 よしのんは元々、ただの人形だ。意思がある訳ではなく、勝手に動く訳でもない。力なく四糸乃の手から離れたよしのんは下へと沈んでいく。

 四糸乃は感情が暴走してしまうと、良くないことが起こる。先程まで温かったはずのプールが氷点下のように冷えてきっているのがそれを如実に表している。きっと、このまま放置は良くないのだろう。あまり状況を呑み込みきれていない京乃にだってそれくらいは想像がついた。

 

「……よ、よしのんが……」

「大丈夫だよ、大丈夫だから」

「あ、あ……」

 

 声は届いていないのか、四糸乃は絶望の面持ちで震えていた。それを見た京乃は、四糸乃よりもよしのんを先にどうにかすべきだろうと、泳いで流されたよしのんを探す。あまり時間がかからずに下に落ちてしまったよしのんを見つけることが出来たのでさっと取り、四糸乃の手に()める。

 

「大丈夫、大丈夫」

 

 京乃は四糸乃を抱き締め、優しい声でそう繰り返すと、水温の低下が次第に収まってきたようだった。

 四糸乃の目に光が戻り、そして京乃を見てしょんぼりと肩を落とす。

 

「す、すみません……」

「私の方こそ不注意だったよ」

「いえ、そんな……」

 

 二人して気落ちしながらプールから上がって、ドライヤーを求めて更衣室まで戻り、そしてよしのんに当てて乾かす。

 

『おー、京乃ちゃんありがとーねー』

「いえいえ」

 

 失敗のせいで怖くなってしまったのか、四糸乃はブルブルと震えていた。

 

「また流されるの……怖い、です」

「四糸乃ちゃんは、プール自体も嫌になっちゃった?」

「いえ……水に浮かぶのは貴重な体験で、その……楽しいです」

「そっか」

 

 嫌がることを無理やりやらせたくはないが、四糸乃がそう言うのであればと京乃は胸を張る。

 

「よしのんがいなくなっちゃったら私が見つける。……私が、よしのんのことを守るよ。だから四糸乃ちゃんは、安心してプールで遊ぼう」

 

 立ち上がり、また屋内プールへと足を進める京乃を見て、四糸乃は目を白黒とさせながら着いていった。

 

「でも、そのまま入ったらよしのんが危ないね。待っててね、浮き輪取ってくるから」

「浮き輪、ですか?」 

「うん」

「……一緒に行っても、良いですか?」

「そうだね。はぐれちゃったらいけないし、一緒に貰いに行こっか」

「……は、い!」

 

 四糸乃は裾を掴んだまま、貸し出してくれている人の所まで行き、そして笑顔で応対しているお姉さんから浮き輪を受け取り、そしてプールへと向かう。しかし、その折に不思議な光景を目にした。

 

「ちょっとそこのネーチャン達お茶しない?」

「む……なんだ貴様ら」

 

 琴里と十香の前に、ある意味古典的なチャラ男が現れていたのだ。そしてそれを士道が止めに入ろうとした瞬間に、琴里が彼らを一瞥して口を開く。

 

「淡島文雄三等執務官、手代木良治三等官、川西孝史三等官。メイクは及第点だけど……何よ、その三文芝居は」

「し、司令!何故我らのことを……!?」

「いくら関わりがなかろうと、大切な部下の名前を忘れる訳ないじゃない」

「五河司令……!」

「琴里さん、凄いです……」

「……琴里ちゃんの知り合いかな」

 

 感極まったような声を出しているいい年のチャラ男三人を、京乃は若干引いたような顔で眺めつつ距離を取った。

 そして借りた浮き輪を持ち、今度は比較的波の弱い流れるプールに再度入った。それに倣って四糸乃もプールに入る。

 

『おー! ぷかぷかだー』

「……!」

 

 四糸乃もなんだかんだ、楽しんでくれているようだ。

 無意識に緊張してしまっていることに気が付いて力を抜き、しかし今度こそは同じ失敗がないように気をつけながら、京乃もプールに入った。

 

 

 

 ♢

 

 士道と琴里、そして十香はウォータースライダーで遊んでくるらしい。

 つっけんどんな琴里だったが、偶に口元が緩んでいる。楽しいのに、楽しめない、そんなジレンマを感じ取られる。そして京乃を目に留めると、ばつの悪そうな表情で視線を逸らす。今日はずっとそんな調子だ。たまに琴里を見かける機会はあったが、その時には京乃を見ても今日のような態度はとっていなかった。それならば……

 琴里がどうしてそんな態度なのかは、別に重要なことではない。退院したことで心配をかけてしまったらしいし、それに関連したことなのだろうと楽観的に考えることにし、そして隣で浮かんでいた四糸乃に目を向ける。

 

「四糸乃ちゃん、五河君と一緒にいなくて大丈夫? 私とばっかじゃ……」

 

 今日の四糸乃は京乃とばかり一緒にいて、士道と一緒にいる時間は少ないように感じられる。四糸乃だって京乃といるよりも士道といる方が良いのではないかと思い、京乃が問いかけると四糸乃は首を横に振った。

 

「いえ、楽しい……ですから」

『京乃ちゃんこそ、士道くんと二人っきりでいたいんじゃないのー?』

「……そんなことはないかな」

「そう、ですか……?」

「うん」

 

 

 高校に入ると水泳の授業がなくなり、こうして水と触れ合う機会は減っていた。だからこそ、というのもあってか、時間が過ぎていくのは早かった。

 気がついたら昼時を過ぎていたので、士道達一行は遅めの昼食を摂ることにした。

 数分経つと、少し咳き込んだ琴里が席から立ち上がり、それを見た士道は彼女にその訳を尋ねる。

 

「どこ行くんだ?」

「レディの口から言わせる気?」

 

 呆れるような視線をぶつけられて士道は口ごもる。

 

「ああ……いや、ごゆっくり」

 

 琴里はため息を吐いて、歩き出す。食欲がないのか、サンドウィッチは少量しか食べていないようだ。

 

「すまん、俺もトイレ」

「ごゆっくり……です」

 

 四糸乃が小さくそう告げて、十香は手を振られながら士道を見送ると、各自また昼飯を食べ始めた。 

 

「京乃さん、美味しい……ですね……!」

「……」

「京乃さん……?」

 

 士道が去って行った方向を険しい表情で見ながら、サンドウィッチを口に頬張っていた京乃だったが、四糸乃に呼び止められてすぐにそちらに目を向ける。

 

「……ごめん、ちょっとぼーっとしちゃってた。それで、どうしたのかな?」

「今日の、士道さんのことです」

 

 四糸乃からその単語が出てくるのが予想外だったのか、京乃はきょとりと目を丸める。

 

「士道さん、琴里さんとぎくしゃくしてて……」

「確かにそうだったね」

 

 京乃は今日一日の二人を思い出すようにして頷いた。

 京乃にとっては琴里の知らない一面があった。そして、それは四糸乃達には周知の事実だったようだ。

 しかし、それを差し引いても今日の士道はいつも通りと呼べる行動をしていなかった。琴里のそういった一面を最近まで知らなかったか……それとも、単に別の要因でそう言った態度を取らざるを得なかったのか。

 京乃にはそのどちらかなのかは判断がつかなかったが、今日のような琴里を知っていたらしい四糸乃からして、後者だったのだろう。

 

「なので、仲直りのきっかけに……二人きりに出来たらな、って」

「それは良い考えだね」

 

 熟考した後、京乃は未だ昼飯を食べている十香の方へと向き直り、小さく笑みを浮かべる。

 

「十香ちゃん。この後何かやりたいことある?」

「むっ? じゃんぐるくるーず?とやらが気になるが、それよりもシドーが……」

「その、私も……乗りたいです。よしのん、流されちゃ……いやなので……」

 

 流れるプールでの一件を思い出しているのだろう。四糸乃はぶるりと身体を震わせた。

 

「それなら四糸乃と京乃の二人で行けばいいんじゃないか?」

 

 そんな十香の言葉はもっともである。京乃はその言葉が来ることは予想していたものの、少し言葉に詰まった様子で……そして、自分の本心からの言葉を告げることにした。

 

「十香ちゃんとも、もっとゆっくりとお話ししたいんだ。駄目かな?」

「駄目じゃないぞ。それに、なんだ。私も京乃に聞きたかったことを思い出したしな」 

「……? そうなんだね」

 

 聞きたいことが何なのかは京乃には分かりかねていたが、そういうことなら好都合だと頷いておく。

 

「それってどんな……」

 

 京乃がそこまで言いかけたタイミングで、士道が戻ってきた。

 

「お帰りなのだ、シドー!」

『遅かったねー』

「お帰り……なさい」

 

 十香達の言葉を受けて小さく笑うと、士道は何か吹っ切れたような表情で、十香に向かって話しかける。

 

「知ってるか? これからジャングルクルーズってのが始まるらしいんだ」

「おお、今京乃とそんな話をしていたところなのだ!」

「知ってたのか……そうだな、三人で遊んできたらどうだ?」

「そうすることにするぞ! シドーも琴里とゆっくりとしてきてくれ」

「十香、ありがとうな」

「うむ!」

 

 元気よく頷くと、十香は目の前のサンドウィッチ達を平らげることに専念しだした。

 士道はそれを見て、京乃の側に近づいて小声で話しかける。

 

「……観月、危ないと思うことが起こったら、すぐに逃げるんだぞ? 約束してくれ」

「はい、勿論約束します」

 

 京乃は所在なげに士道の死角で指をゆらゆらと揺らしながら、こくりと頷いた。

 

「……皆、恩にきる」

「士道さん……頑張って、ください」

 

 四糸乃のその声と笑みに背を押されてか、士道は頷いて、京乃達がジャングルクルーズの場所に向かうのを見届けた。

 これからどうするかは士道の決めることだ。京乃としては士道がヘタレてもいつも通りに頑張ってくれてもいい。ただ、後悔のないようにしてほしいと、京乃はそれだけを願った。

 

 

 

 

「それで、十香ちゃんが話したかったことって何なのかな」

 

 ジャングルクルーズが始まるまで少し時間がかかるらしく、順番待ちをしている最中に京乃はそう切り出した。

 

「気になっていたことがあってな。私が学校に転入してくる前に、お前と会ったことがあっただろう。ASTのすごい攻撃から守ってくれたことについて聞きたくてだな」

「何のことでしょう」

 

 しらばっくれる京乃を見て首を傾げる十香だったが、すぐに小さく笑みを浮かべる。

 

「……シドーと一緒にいれるのは、京乃のお陰でもあるのかもしれない。亜衣達や四糸乃、それに琴里令音……皆のお陰で、こうして私は暮らしていける。だからな、皆といると私は嬉しいのだ」

『よしのんはー?』

「勿論よしのんもだ」

 

 十香は、あの時正体を知らせなかったはずの謎の人物を京乃と見抜いていたらしい。そして、京乃にとってその感謝は気まずいものにしかなり得なかった。

 あの時京乃が助けたかったのは十香ではなく、士道だ。本当にそれでしかなかった。

 

「だから私が告げたいのは……感謝、だな」

「……十香ちゃんが言っている意味はちょっと分からないけど、その言葉はありがたく受け取っておくよ」

「うむ、そうしてくれ」

「あとね、そのことは五河君に言わないでくれると嬉しいな。困らせちゃうから」

「そうか? 京乃がそういうのならそうしよう」

 

 口元に人差し指を乗せる京乃を見て、十香は任せてくれと力強く頷いた。と、そのタイミングで順番が回ってきたようで、ジャングルクルーズのボートに乗り込んだ。

 

「ああ、そうだ京乃。昨日おめでとう」

「えっ、何かめでたいことあったかな」

「む、シドーから聞いてないのか? 昨日の水着大会のことだ。あれから四糸乃や憎き鳶一折紙と競い合ったがどうやら京乃が一番だったようだ。口惜しいが私の完敗……どうしたのだ?」

「……私が、優勝?」

「うむ。令音にそう聞いたぞ」

「……本当に私が? どうして、そんなはずが……」

「京乃さん?」

 

 隣にいた四糸乃に心配そうに声をかけられて、京乃は思い出したように笑みを浮かべた。

 

「あ……き、気にしないで。もうすぐ動くし、楽しもうね」

「無理はするなよ」

「うん、大丈夫だよ」

 

 十香が不安そうに京乃に声をかけると、ボートが動き出してジャングルクルーズが始まった。

 四糸乃も十香も、係員のお姉さんの説明を受けて楽しそうにしている。それならば京乃も楽しまなければならないだろうと、周囲を見渡す。

 実際、壮観だった。係員のお姉さんの解説がうまいことも相まって、皆が楽しめる空間が創り出されていたのだ。京乃だって、普段なら喜んでいたに違いない。

 一周目が終わり、そしてまた並んで二周目に突入し、それが終われば昼飯を食べたところでジュースを飲んで談笑して。そんな話の途中のことだ。

 

 突如としてそれは訪れた。空気がぴりつくような感覚、そして爆発音が京乃の耳にも届いた。その直後、プール内にサイレンが響き渡り、避難を促すアナウンスが流れ始めたのだ。

 

「シドー……」

「士道……さん」

 

 小声で二人は呟いた。つい、漏れてしまったとでもいうかのように、茫然とした声音で。

 

「あの、十香ちゃん」

「京乃は早く逃げてくれ。私は……やることを思い出した」

『ごめんねー、よしのん達もちょっと野暮用』

「……失礼、します」

 

 そう言って、十香達は何処かに行ってしまった。

 京乃はいつの間にか蚊帳の外になっていた。四糸乃達は士道を呼んだ。それならこれだって士道に関連したことなのだろう。

 

 

 

──行かないと

 

 すぐにそう思った。五河士道という己の好きな人を助ける為になら、何だってやれるのだと自分を奮い立たせる。

 

 逃げてくれと言われようとも、如何に嫌な予感がしようとも、京乃のすることに変わりはない。ただ、いつも通りに行動するだけだ。

 今身に纏っているのは水着とパーカーだけだが、この身一つあれば問題ない。

 私は、私の身体が動かなくなるまで動き続けなければならないんだから。 

 

 アナウンスに従って避難している人の群れに逆らって、爆発音のした方向に進んでいく。

 人はいなくなっていき……そして、見覚えのある姿を前に物陰に姿を隠して、様子を窺う。

 いかつい装備の折紙と十香達が戦っていた。全容は分からないけど、きっと十香達は士道の為に戦っているのだろう。加勢するべきなのか、それを考える。

 

 ……士道のいない時には、足はちっとも動かなかった。逃げることもおぼつかず、きっと無駄に死にゆくようなものだ。ならば士道の所に直接向かった方が良いだろう。それで士道の身に何もないなら、それで良い。

 

 足取りは軽かった。しかし、すぐにその行動をやめなければならなくなった。

 明らかな異常。ノイズのような存在が、京乃の前に姿を表したからだ。

 

【──君の答えを聞かせてくれるかな】

 

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