想起
それは何かを私に告げた。そして、私はその言葉に答えた。事の
きっともっとうまくやれた筈だ。でも、うまくやれなかったからこそ今を迎えている。
過去をやり直す事が出来たなら、私はどうするのだろうか? その答えは、すぐに答えられるくらいに簡単な事で──
♢
昔の事。私がまだ、小学校にも入っていないくらいに小さな頃。私は、その日公園で一緒に遊んでくれた子に、帰り際に言われた言葉に衝撃を受けた。
(京乃ちゃんと遊ぶのたのしくない)
年相応で、無邪気な一言。彼女の話している内容を聞くに、彼女と遊んでいる時に私がつまらなそうな顔でいた事が理由だったらしい。それにその子以外も同様の理由で私と遊ぶ事を避けてしまっていたらしい。言われてしまえば納得出来る理由だけど、私は少し悲しくなった。やっと初めて出来たと思った友達だったのに、やっぱりうまくいかなかったのだから気持ち的に落ち込んでしまうのも仕方のない事だった。
でも原因は分かった。反省を踏まえて、私は取り繕った。仲良く出来る人が一人もいないのは私にとって寂しい事だったから、笑顔で皆と接していた。
その甲斐あってなのかは分からないが、前よりも一緒に遊ぼうと誘ってくれる子だって出来るようになった。ただ、仲の良い友達なんてものは一切作る事が出来なかった。浅く広い関係を築いてきた。
──そうだった? いや、あの時士道くんに出逢った。それは間違いのない事の筈だった
私の家は昔から共働き家庭だったから、家族と一緒にいる時間が短くて、寂しかったのかもしれない。両親と一緒にいる時間が短いのであれば、せめて……仲の良い友達を作りたかった。でも、それもうまく叶わなくて、弟か妹が欲しいとお母さんに言ってしまう事もあった。『頑張ってみる』と言わせてしまったが、今もひとりっ子なのがその答えといえるだろう。
お父さんは海外に働きに出ていて、お母さんは働きながら天宮市で私と生活していた。
前述したように、可愛げのなかった私の事を、お母さんは真心込めて育ててくれて、だからそこまでスレる事もなく育つ事が出来た。その生活は私にとっても大切なものだったのだろう。
お父さんは、海外で転々と自分の店を開いている人だった。
閑古鳥が鳴いている状況が殆どではあったらしいが、強い情熱を持った人だ。
正直なところ、私にはよく分からなかった。変に冒険をするよりも堅実に生きた方がいいとすら感じる。お父さんは収入の面でも不安が多かった。お母さんに頼りきっているんじゃないかって、少し不満に思う事もあった。だから私は、その感情をお母さんにぶつける事も多々あった。ただ、その時には彼女は決まってこう言う。
──困った時は、支え合うって約束しているの。
そして彼女はこうも言った。私はお父さんの事を応援している一ファンでもあるのだと。
彼女らが昔に恋をして、付き合いを経て現状に至るのだという事は私だって理解している。
それでも、よく分からなかった。私には彼女の気持ちもお父さんの気持ちも分からない。ただ……お母さんが幸せそうだから、それで良いのだろう。私は日常生活に於いて、大きな不安を感じた事はなかった。だから……当人同士が納得しているのなら、きっと、それで構わないのだろう。
それに、彼の店は少しずつ繁盛しているのだという。そんな話を帰って来るたびに聞くのは私だって悪い気がする訳がない。応援だってしてはいるのだ。
私は変わらずに過ごしていた。順風満帆とも言っても差し支えなかったのかもしれない。私は普通に暮らしていて、たまにはお母さんと買い物に出かけて。そんな日々は楽しくて……そして何かが足りなかった。
ただ、平穏が続くなんて事はなく……中学を過ごして三年目に突入したとある日の事にお母さんが倒れた。過労だったらしい。ワーカホリックのようになっていた彼女は退院したらすぐに仕事戻ろうとしていた。
私は不安だった。もう一度倒れたら、もう二度と目を覚まさないんじゃないかって。
昇給だとか、仕事内のトラブルだとか。そんな事はおいていてほしいと思った。
私は違う環境に身を置いて、身体を休めて貰おうと思った。冷静になってほしかった。
思いつくのは、お父さんのところだった。旅行気分でも何でもよかった。私は彼女に気を休めてほしかっただけなんだ。
お父さんに連絡を取ると、二つ返事で了承してもらえた。天宮に帰ってきてくれるとは言っていたが……迷惑はかけたくなかった。
私を置いていく事は出来ないと反対されたけど、その反対を押しきって送り込んだ。私が彼女について行かなかった理由……よく思い返してみると、よく思い出せない。ここから離れたくない、何故かそんな思いが私の中に巣食っていたからだ。そんな意固地になる事はない筈なのに、その時の私は“絶対”にそれだけは許可する事は出来なかった。──士道くんと離れ離れになるなんて嫌だったから。それだけの理由だ。
だから私は初めてといえる大喧嘩を彼女として……そして、なんとか了承してもらえた。
ただ、条件はつけられた。定期的に連絡を取る事、成績を落とさない事、家計簿をつける事、心配事があるのなら相談してほしいのだという事。
それからは、手紙や電話なんかで近状報告をして、週数回家に来る叔父と話をして……不自由はあったけど、何とか暮らして日々を送れていたはずだった。その筈だった。
ただ、それはどうも勘違いだったようだ。
─不潔
中学三年の二学期に入った頃、修学旅行が差し迫っている時期の事。同じクラスの誰かにそう言われて、そうだっただろうかと首を傾げる。
毎日体は洗っているし、別段汚いとは思えない。
もしかして体臭でも強いのだろうか?
気になって嗅いでみるが、自分ではよく分からないし、分かるものでもないだろう。
だから、この事を彼女に問いかけた。どうしたら私は不潔ではなくなるのかと。
答えは教えてくれず、ただ嫌そうな目でこちらを見てくるのが不思議だった。
それが始まりだったように思える。本当はもっと前から予兆があったのかもしれないが、私が明確な異変を感じたのはこの時だった。
それから、というもの。私の学校生活は明らかな変化を迎えた。男子生徒は殆どそれらに関わっていなかったようだが、同性のクラスメイトからの態度は一変したのだ。
話しかけても、シカトされ。
下駄箱に上靴がなく、グラウンドの植木の近くで見つけるまでスリッパで過ごし。
大量の虫の死骸が机の中に入っていて。
教科書やノートを隠されたり、破られていたり。
身に覚えのない罪を擦り付けられて、そして言葉の暴力を受けて。
囲まれて服を剥ぎ取られて、服の上からは見えない部分を殴られる。
こんな風になったのはどうしてか。
理解は出来なかった。こうなった原因に皆目検討もつかなかった。もしかしたら特にもっともらしい理由はなかったのかもしれない。でも、あったのかもしれない。
だから、何かしたのだろうかと彼女に、彼女達に問いかける。それで言われた台詞は、『余裕そうでムカつく』『頭に乗るな』や『キモい死ね』、もしくは『存在が迷惑』とか『学校に来るな』だ。
……学校には行かないと駄目だ。先生から連絡が行ってお母さん達に心配をかけてしまうだろうし、異変に気がついてしまうだろうから。
だから心配をかけないように日々を過ごして、それで……私は、どうなったのだろうか。何かあったような気がするし、何もなかったような気もする。それが収まる事もなく、そうして日々を過ごしていた。
そんな日々の最中や何度か、クラスメイトである男子生徒に声をかけられる事があった。私の事を可哀想だというその人は私の容姿を褒めてくれて、やっかみを受けているのはそのせいなのだろうと言ってきた。そんな筈はない。仮にそうだったとして、それがこんな事になるのなら聞かなかった事にしたかった。容姿を褒めてくれる言葉なんてものも全部嘘っぱちだ。だって皆がそう言っている。私はゴミのような人間で、外面も内面も全て汚いのだと。だからもう、何も聞きたくはなかった。褒めてくれなくてもいいから、ただ何も起こらないまま時間が過ぎてほしかった。
自己を否定され続ける日々。次第に、同年代の女子生徒を見るだけで身体が
そうして日々を積み重ねている中で一つ、中々忘れられない夢を見た。
私が五河士道と幼馴染であるという、そんな不思議な夢。
五河士道。隣の家に住んでいる、同じ年の男子だったと記憶している。今までクラスが同じになる事がなかった為、彼がどんな人物なのかは知らない。だというのに彼の存在が夢に出てくる理由は……隣の家に住んでいるから、という一点が引っかかっているからなのだろう。どうせ仲の良い知り合いなんていない。だからこそ無理やり彼を当てはめたのだろうが……
ただ、これを知った瞬間私は……どうも不思議な感覚に陥った。
今までとは比べ物にならない違和感。まるで、これが本当にあったかのような違和感。それほどまでにやけに現実味のある夢だったのだ。
五河士道に尋ねてみれば分かる。そうでなくとも、両親に確かめて見れば分かる。すぐに馬鹿な夢なのだと分かるはずなのに……私は、それをしなかった。真実を知るのが、怖かったのだ。
だから私はそれから目を背けて、進路の事について考えた。本当は、来禅高校に通うつもりだった。でも、家から近いし、もしかしたらクラスメイトも受けるつもりかもしれない。
だからこそ高校は、中学の知人が居ないような場所に行こうと考えていたけれど、担任の助言でクラスメイトが行かないという話を聞き、元々の志望校を受験し……なんとか受かる事が出来た。
正直なところ、安心していた。だけどその安心もつかの間、私は衝撃的な事実に直面してしまった。関わるのを避けていた五河士道と同じ高校……その上同じクラスになってしまったようなのだ。
高校に上がっても同じ年頃の女の子と話すのが怖くて、そんな時に男子生徒に助けてもらって事なきを得られた。そして、その男子生徒が五河士道だった。
それがどうも恐ろしくて、彼に私の事を覚えているかと尋ねた。
(ああ、隣の家に住んでいるやつか。クラス同じになった事はなかったけど、中学も一緒だったよな。すまん、名前教えてくれないか?)
そう言われた時、私は確かに安堵したのだ。
私が見た夢はただの夢だった。私が彼を苦しめた話なんて存在せず、そして残るのはただ隣に住んでいたという事実のみ。なんて、そんな訳ないのにね。
最初は深く関わるつもりなんてなかった。
奇妙な夢だったとしても、それでも傷つけた人だという認識だけは拭えなかったからだ。
五河士道は私と隣の家に住んでこそいるが、それ以外には大した接触もなかった。だから、それでいいと思った。
度々夢に出てくる五河士道に興味は抱いていた。でも、接するのは避けてしまう。だから、私は彼に関わらないようにして、私の日常を送る事にしたのだった。
高校での私の日常。高校に入ってからは、別に私がやらなくてもいい事を、気がついたら引き受けているという事が多くなっていた。
それは、放課後の掃除だったり、黒板消しや日誌を書くなんかの日直の仕事だったり、または先生の雑用の手伝いだったり。
頼まれる事もあったが、別にいつもそうだったという訳じゃない。ただ、断ってしまったらまた中学時代と同じような目に遭うんじゃないか、そう考えると断れなくなっていた。それに、たまに先生から褒められるのは嬉しかったから、そこまで苦じゃなかった。
二学期になって暫く経ったその日も、私は雑用をこなしていた。
花瓶の花に水をやり、ゴミを捨てに行き、担任の先生がクラスに残っていた生徒に『学年室に運んでくれ』と言っていた課題の品を手を洗ってから運ぼうと手にかけ、そして手が塞がっていて扉を開けるのに難航していたときの事だ。
忘れ物をしていたらしい五河士道が、教室に戻ってきた。そして私を見て、驚いたように声をかけてきた。
(──誰かに頼まれたのか?)
首を横に振る。別に私個人が誰かに頼まれた訳ではない。自分から率先して始めた事だ。
(観月は偉いんだな)
そういう訳でもない。だから、首を振る。
ただ、強迫観念のままに行動していただけなのだから、褒められるような事ではなかった。
ただ、言葉は出てこなかった。高校に入ってから、まともに話す機会なんてやってこなかった。どうも、口がこわばって思うように動かなくなってしまうのだ。
五河士道とまともに顔を合わせるのも入学式の時以来のような気がする。今の彼は、私の態度に困惑しているように見える。それも当然の事なのだろう。
(それ、一人で運ぶのは大変だろうし手伝うぞ)
手元に目をやる。クラス全員分のノートやワークブックを持っていくには、少しふらつくのは確かだった。
でも、手伝ってもらうのには、どうも勇気が少し足りない。だから首を横に振る。
(俺がやりたいからやるんだ。駄目か?)
駄目じゃ、ない。
やっと口を開いてそう伝えると、五河士道は表情を緩めた。
それからというもの、彼はたまに私に声をかけてくれるようになった。
掃除の人手が足りなくて手伝っていると、手伝ってくれた。クラスの人と話していて、体調が悪くなった時には保健室に同行してくれたりもした。
教室に居るのが嫌で逃げるように図書室に行くと、彼とばったり会ったりして、教室に帰るまで少し声をかけてくれたり。そんな時間が私にとっては大切で。
彼といる時間は楽しかった。心地が良かった。
彼にとっては何気ない時間だったとしても、何も話せなくても、私にとってはかけがえのない時間だった。
私はろくに口を聞けなかっただろうに、それでも相手をしてくれた。困った事があれば手伝ってくれた。だから私は……その恩を返したいと思うようになった。
その気持ちが恋心へと変わったのが、いつだったのかは分からない。でも、気がついたらそうなっていて、五河君と幼馴染のような存在であった事なんて奇っ怪な夢の事なんて記憶から薄れていった。忘れてはいけない情報まで薄れてしまったんだ。罪悪感だって、後悔だって、忘れ果ててしまった。
──
彼が観月と声をかけてくる度に、私は自分を再認識した。私は観月で、だからこそ彼と接しても特に問題ないのだと自分を納得させる事が出来た。
そして私はまた、私の日常を過ごした。
一年の十月には七罪と出会った。それからは彼女と過ごす事も多くなった。彼女のおかげで、前よりもだいぶ話す事に苦労しなくなった。それに、私は初めて友達と呼べる子を作る事が出来た。
二年生に上がってから、私は五河君とまた同じクラスになれた。だからゆっくりと着実に、私は彼との関わりを強めた。もっと積極的に関わろうと思った。
自分から話しかけたり、よしのんを一緒に探したり、また料理を教えてもらえるようになったり。たまに、彼が危険な状況に陥っていたなら助けたいと思い行動してたり。私は、昔に比べたらとても充実した日々を送れていた。そして、それはこれからも続いていくのだろうと思っていた。
ただ、時崎狂三と屋上にいるであろう五河君を助けようと思って、その場所に向かっている
明らかに異質な存在だったけど、私はどこかで見たような感覚を味わった。どこでなのかは分からない。ただ少し……懐かしいと感じたのは確かだった。
私は彼と話をした。それは覚えている。でも記憶は屋上に向かうところまでで、途切れている。多分、そこでもう一度気絶してしまったのだろう。
病院で目覚めた後、私の頭にはとある言葉が燻っていた。
【実はね、君が信じているその記憶は偽物なんだ。その証拠に、君はそのことを覚えているんだろう?】
何を言っているのかと笑いたかった。夢だと信じたかった。でも、どうやら夢ではないらしい。それの証拠に、日記帳にはその日の出来事が詳細に書かれていた。だからこそ私の中に湧いていた疑惑も膨れ上がっていき、そして混乱していった。
忘れていたそれを思い出してしまったからだ。
嫌に現実味のある夢だった。でも、それだけのはずだった。……でも、どうもそれだけではないようだった。
何故買ったのかも思い出せない本。服を探している時見つけたダンボール箱に入っている服やノートだって、買った覚えはなかった。それが、真実を物語っているようで、酷く怖かった。
士道くんが私に会いに来てくれた時、水着を買う時、そして、一緒にオーシャンパークに行く時。私はその違和感が気になり、いつものように楽しめなかった。十香ちゃんや四糸乃ちゃんと一緒に居るのは嬉しかったけれど、それを上回る程に不安事項が大き過ぎたのだ。
そんな中で、緊急アナウンスが聞こえてきた。だから私は五河君を助けようと思った。それが私の存在理由と同義だからだ。
【──君の答えを聞かせてくれるかな】
プールから彼の元に向かおうとしている時、それは私に尋ねてきた。
五河君が危険な目に遭っているのかもしれない。そんな状況下なのに尋ねてくるこのふざけた存在に関わっている暇はない、その筈なのに……無視する事は出来なかった。
「……訳が、分からないです。前にも言いましたが、そもそも記憶が偽物、って……」
近付くのが怖くて、足が後ろに下がる。その存在に対する恐怖というよりも、……彼が言っている内容を理解したくなかったから。
私は逃げたかった。堂々と立ち向かうなんてヒーローみたいな事は出来ない。卑怯者だったとしても、私は……
【もう思い出しているだろうに、肝心の記憶が戻ってないようだね。それなら戻してあげよう──】
そいつの手が私に触れた瞬間に、弾けるように何かが流れ込んでくる。
──思い出した。昔知り得ていた筈の知りたくなかった情報。クラスメイトの
♢
──その日、京乃は屋上に居た。ぼんやりと思考が鈍る中、フェンスを乗り越えて下の景色を見下ろしていた。身体が震える。
最期に思い出すのは自分を育ててくれた両親、そして士道の事だった。でも、それは足をとめる理由にはならなかった。
京乃はこの現状から逃げたかった。自分が起こしてしまった間違いから逃げ出したかった。ただ、それだけだった。
足を一歩進めると、片足が宙を浮いた。
冷たい風が頬を撫でる。夕焼け空の下、天に近い位置。身体は宙に踊り出す。……その筈、だった。
しかし、右腕を誰かに掴まれて足は止まってしまった。
後少しだった。後少しで楽になれた。それなのに邪魔をされた。なんて憎らしいんだろう。
京乃は腹立たしさを胸に振り返り……しかし、言おうとしていた文句の言葉は声にならなかった。
画面越しに見ているようにノイズがかった存在からは歳も性別も特定出来ない。のちに、ファントムの呼ばれるようになるその存在が、京乃の前に姿を表していた。
腕を掴んで京乃の事を数秒見ていたその存在は、思い出したように手を離し、警戒した様子の京乃へと顔を向ける。
【──君は、力が欲しくない?】
少し躊躇った様子で、しかし彼は京乃にそう問いかけた。
【私は君に力を与える事が出来る。その力で君は、君を虐めた相手を殺す事が出来るし、願う事は何でも叶うだろう】
こんな摩訶不思議な事、現実な筈ないだろう。もしかしたら実は自分はもう飛び降りていて、これは死ぬ間際に見た夢なのかもしれない。
そうでなかったとしても、夢か幻覚なのだろう。
どうやら現実と妄想との区別がつかなくなるくらいに狂ってしまったらしい。
それが京乃の出した結論で、でも、夢の中だったとしても、願いが叶うというのなら
(本当に?)
【ああ、本当だよ。君が今願う事は何かな】
(私は……)
口を開き、そして閉じる。
もし、本当に願いを叶えてもらえるのなら。
彼女は神に願うように、許しを乞うように、たった一つの心残りを告げる。
(──私の事を、忘れてほしい。観月京乃なんてくそったれな存在を、士道くんから消してあげてほしい)
♢
身体から力が抜け、地面に座り込む。あまりにも勢い良く膝をついたものだから、その衝撃が体中に伝わった。
でも、そんな事なんてどうでも良かった。痛みだってどうでもいい。
「……そっか。そう、だったんだ」
思い出してみれば、何とも馬鹿らしい話だった。
そうとも知らずに彼と接していたなんて、自分が馬鹿らしい。
五河君……士道くんに辛く当たって、それが嫌で逃げてしまいたかったなんて。
「……私の記憶を消してなんて言った覚えはない。それに、その力とやらだって、貰ってない。貴方はいったい何が目的でこんな事をしたんですか」
何故か、士道くんの記憶は消してくれていたようだけど、私の記憶まで消されてしまったら、結局のところ何も変わらない。目的が分からなかった。
【君は都合がいいからね、死なれるのは少し困るんだ。あそこで君に力を渡したとして、君が死のうとすることくらいは簡単に想像がつく。
だからこうして仕切り直した。今の君は精霊の力を持ったとして、願いが叶ったとして、死のうとはしないだろう?】
それは、確かにその通りだ。中学の頃に比べれば、精神だって落ち着いているし、私が死ぬ事で悲しむ人の気持ちだって、多少は汲み取る事が出来る。私がいない方がいいと思う他人もいる筈だけど、そうじゃない人だって昔よりも増えてしまったから。
それに私だって死にたくない。七罪と……皆と、まだ一緒に生きていたい。
それが、私の偽りない本心だった。
言葉の真意はよく分からない。でも、こいつのおかげで私は生きながらえているらしい。勿論慈善だけで行われた行為ではない筈だが、それでも……私が助かったのは確かな事実だ。
黙っている私を見てその存在は何を思ったのか、穏やかに、諭すように言葉を紡いだ。
【記憶というのは複雑でね、一人の人間の記憶を消す事は難しいんだ。幾ら記憶を封印しても、その人物と関わっている内に、芋づる式に思い出す。五河士道だって、君との記憶を殆ど思い出している筈だ。あと一歩で、昔の事を全部思い出してしまうだろうね】
【これを最後にしよう。五河士道からもう一度、君と一緒に居た記憶を消してあげる。だから君は……これに触れるだけで良いんだ。触れなかった場合は……あと一歩の手伝いをしよう】
それが本題だったのだろう。手に白い宝石のような物を乗せ、彼は何でもないような声でそう告げた。
「……脅迫、ですか?」
【いや、これはただのお願いだよ。君だって好きな人に嫌われるのは怖い筈だ】
怖かった。確かに、それはそうだった。
でも、引き伸ばしたところで何も変わらない……事実は消せないし、なかった事には出来ない。
「……でも私は……もう、迷惑をかけたくない。自分本位で動くのは、もう怖いんだ」
私が思うように動かなかったから、彼の言う事を聞かなかったから怒るかもしれない。そう思い、その存在を見るが、表情は読み取れない。ただ……彼は、驚くほど、静かだった。
【そっか。なら──今回は、後悔のないように】
そう言い残すと、彼の姿は霧散した。
あと一歩の手伝い。それが示す言葉の意味くらい容易に想像がつく。私は、士道くんの元へと走って、それで……
「──京乃」
その声を聞いたときに全てを悟った。目が覚めた彼に私が出来る事なんて……きっと、心からの謝罪だけだろう。
多分次回から更に更新が遅くなると思います。
あと、面倒くさかったり、見えづらいなと感じるならそのままでいいですが、今回の話は夜間モードを使ったり、画面色を白から違う色に変えることをお勧めします。メニューの閲覧設定から背景を選べば色は変えられます。お勧めは白の左隣の灰っぽい色です。他だとちょっと色がどぎついかなと。
まあ、別に変えなくても話の内容が分からなくなる訳ではないので問題ないですよ。見づらかったら元の画面に戻していただければなと思います。四巻の内容くらいからたまに今回と同じように遊んでました。多分後二話くらいで完結すると思うので、それまで温かい目で見守ってくだされば幸いです。
オリ主の挿絵があったら…
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