来禅高校のとある女子高生の日記   作:笹案

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終章
語らい


「膝を擦りむいているようだが、手当てをするかい?」

「大丈夫です」

 

「水着では寒かろう。これでも着るといい」

「ありがとうございます」

 

「珈琲しかないが、飲めるかい?」

「あの……本当お構いなく」

「そうかね」

 

 そう言ったにも関わらず、その人物が珈琲を淹れている様を注意深くじっくりと確認する。どうも不審な動きはなかったようだ。京乃は机に置いてもらった珈琲を見た後、今しがた自分の対面に腰掛けた人物にも目を向ける。

 眼鏡をかけた隈の深い人物。それは、どこからどうみても、京乃達のクラスの副担任である村雨令音だった。

 

「どうかしたかね」

「ええと、そうですね」

 

 辺りに、ちゃぽんと小気味の良い音が響く。

 京乃は少し混乱した様子で次の言葉を探しつつ、淹れてもらった珈琲を見据える。机には砂糖が用意されていたが、別に入れる事もないかと思い、そのまま飲む。当然といえば当然なのだが、普通の珈琲の味がして、それがどうも不思議だった。対面では令音も同様に珈琲らしき物を飲み始めていたが、首を傾げるともう一度角砂糖を落とす。それを見て、京乃は更に混乱した。

 ここが学校で、令音が京乃に何か頼みごとをするというのなら、京乃はここまで混乱はしない。しかし、今、京乃は学校で令音と話している訳ではない。

 気がついたらSFちっくな部屋に士道と琴里とともに移動していて、大慌ての大人に囲まれていた。京乃はその中で見知った人物に腕を捕まれ、その手に引かれて個室に連れていかれた。そして今珈琲を勧められているのが現状だ。

 

 本当はもっと焦らなければならない状況なのだろう。だと言うのに、全くそうは思えない。これも、目の前にいる人物の、微妙に緊張感にかける表情のせいだろうが……しかし、この人は本当に先生なのだろうかと、京乃は令音の姿を今一度見る。

 

 京乃には偶然にも、他人の姿に変身する事が出来る知り合いが一人いる。つまり、彼女以外にもそういった能力を持った人物が存在していて、その人物が令音の姿をとって京乃を油断させようとしている可能性も、ないわけではなかった。例えば……先程別れたノイズのような存在が化けているだとか。

 

「あの……約束破ってすみませんでした。本当なら貴方の言葉を守った方が良いとは分かっていたのですが……」

「約束? ……はて」

 

 京乃の言葉に対して、少し考えた様子の令音だったが、思い当たる節があったのかすぐに彼女の言葉に答える。

 

「……ああ、安静にすべきなのに、プールに出かけた事かい? 別に気にしていないよ。それどころか、四糸乃と一緒にいてくれた事に感謝だってしている」

「そう、ですか」

 

 京乃は困惑した様子で……しかし、確かに頷いた。

 四糸乃の存在を知っていて、名前も知っている。それだけで、京乃にとってはある程度の信頼をおける存在だと感じ取ったからだ。 

 無意識に入っていたらしい肩の力を抜き、もう一口珈琲を飲むと、幾分か穏やかではない心境も少しは鎮まってくるようだった。

 

「それなら良かったですが……この状況はいったいどういう事でしょうか」

 

 部屋自体は普通の部屋だったが、状況に関していえば全く理解が追いつかなかった。

 

「……ここの人達は、五河君のお仲間ですか? もし、違うのなら」

「信用してもらえるかは分からないが、シンの仲間だよ」

「……そう、ですか」

 

 京乃は、ぽつりと呟いた。

 京乃の耳には『士道くん!よくぞここまで!』だとか『司令!司令ぃー!』『五河司令を労う為の準備を!』などの阿鼻叫喚は聴こえてきたが、害意や悪意のある言葉などは聴こえてこなかった。

 それに、文字通り異次元レベルの力を持っているらしい彼ら。京乃には彼らが己を騙す必要があるようには見えなかった。だからこそ令音を疑わない。

 それに京乃には、士道には誰か協力者がいるという事はなんとなく分かっていた。ここまで現実離れした力を持っている事までは想像がつかなかったが……七罪のような人知離れした力を持っている存在がいるのなら、きっとそういう事もあるのだろう。

 

 右も左も分からない現状ではただただ狼狽(うろた)えてしまいそうだが、先程強く覚悟を決めた手前、この状況に狼狽えてばかりもいられない。

 

「士道くんは、無事ですか? それに、琴里ちゃんも……十香ちゃんと四糸乃ちゃんも、みんなちゃんと無事でしょうか?」  

 

 令音は、少し笑みを浮かべて頷いた。

 

「……皆無事さ。諸事情により、今すぐには会えないがね。なに、ちょっとした身体検査をやるだけだ。心配する必要はない。それにシンなら少し疲れただけだろうし、君だってすぐに会えるだろう」

 

 一つの会話ごとに流れる小気味の良い音をBGMに、耳を傾ける。身体検査。疲れただけ。

 言葉を聞くだけでは、どうも疑念が湧き上がる。しかし、全てを疑ってかかってもどうしようもない。それに、先程令音を信じると決めたのだから、彼女の言った事も信じるべきだろう。

 

「突然こんなところに連れてこられて驚いているだろうが……君には、聞かなければならない事があってね。ちょっとした質問だ、そう気構えないでくれ。ただ、正直に答えて欲しい」

 

 カップの中身をスプーンで混ぜながらという行動のせいか、令音は歯切れ悪く口を開く。

 

「その、なんだ。シンに会う途中……不思議な光景を目にしなかったか?」

 

 不思議な光景。京乃の前に現れたノイズのような存在だろうかと、彼女は少し考える。そして、もう一つあった出来事を目にしたのを思い出す。

 

「……十香ちゃんや四糸乃ちゃんが、折紙さんと戦っている所を見ました。……夢や幻覚じゃ、ないんですよね」

「そうだね。正直に言ってくれて嬉しいよ」

 

 コーヒーカップを傾けて満足げに頷いた令音は、ようやく真剣そうな表情を浮かべ、京乃に向き直る。

 

「話すのは得意ではないが……今は私が一番の適役だろう。少し私の話を──〈フラクシナス〉の話を聞いてはくれないか?」

 

 

 

 

 

 

 士道が目を開けると、そこは最近見慣れてきた天井だった。ぼんやりと目を開けると、士道の側にいた少女が不安そうに士道の事を見ていた……とは言ってもそれも一瞬の事だ。士道が次に目を向けた時には、(くわ)えているチュッパチャプスの棒をぴこぴこと動かしながら椅子でふんぞり返っている完全無欠な我が妹(琴里)様の姿があった為、先の出来事は目の錯覚であったかと思える程に疑わしい。

 

「やっと起きたわね」

「琴里。もう、大丈夫なのか?」

 

 士道の意識ではつい先程、琴里の霊力を封印したばかりだ。いくら大丈夫そうに見えたとして、そう言葉をかけざるをえなかった。

 

「ええ。霊力は無事封印出来たし、体調だって問題ないわ」

「そっか。……良かった」

「士道も異常はないようね。じゃあ私は仕事に戻るから、令音に連絡するからあとの事は彼女に……」

 

 携帯を操作すると立ち上がり、琴里はこの場から立ち去ろうとする。本当ならば、彼女の事を引き留めるべきではないのだろう。頑張れと応援の言葉をかけ、見送るのが正しい選択の筈だ。だが……思い出した今となってはそれは出来ない選択だった。

 

「琴里、聞かないといけない事があるんだ、少し待ってくれ」

「なに? 言っておくけど今私忙しい……」

「京乃の事だ」

「……今日は観月って呼ばないのね?」

 

 少し驚いたように聞いてきた琴里に、士道は頷いた。

 

「士道が中三の時、どうも京乃とよそよそしかったから、てっきり京乃と喧嘩したのだとばかり思っていたんだけど」   

 

 覚えてない? 貴方がまだ中三の時に、京乃について尋ねたら、放っておいてくれって言ってたじゃない。

 琴里はさも当然とでも言うかのように、士道に視線を向けるが、彼には心当たりがなかった。……が、ぼんやりとした記憶の中、そういう言葉を琴里にかけた事を思い出す。きっと、その記憶も今まで思い出せなかったのだろう。

 

「あの時は、すまなかった」

「そんな昔の事別に気にしてないわよ」

 

 別にあの時もちょっと驚いたってだけだし。

 琴里は苦笑しているがその言葉に嘘はないようで、士道は心のつかえが取れたような気がした。

 

「喧嘩して絶縁でもしたのかと思ってた。でも、あなたは高校に入り、京乃とまた交流を始めた。私だって不思議だったのよ。……理由を聞く気はなかったけど、そうも言ってられなそうね。士道、京乃と何があったの?」

「分からないんだ。俺には、高校まで京乃と一緒に居た記憶なんて存在してなかった。琴里に……その、キスをした時に思い出して」

「はあ?」

 

 琴里は訝しげに士道を見てくる。

 

「一応聞くが、琴里は……その、京乃が幼馴染だったって覚えている……んだよな?」

「覚えてるに決まってるじゃない」

 

 即答されて、いよいよ士道の表情は曇る。それを見て、琴里の表情も同様に曇る。

 

「士道の鳥頭が原因じゃ、ないわよね。封印した瞬間に解けた……もしかして私と同じようにファントムが?」

「どうだろうな。分からないけど、あの時……俺は京乃に嫌われていた筈なんだ」

「詳しく教えなさい」

 

 椅子に座り直し、険しい顔でそう告げた琴里に、士道は思い出しながら口を開く。

 

 中三の時に京乃に誹謗中傷を浴びせられ、家に帰った後の記憶はあまり残っておらず、気がついたら京乃という存在の事を忘れていたと言う事。

 琴里とキスをした時に、琴里が精霊になった五年前の記憶とともに京乃の事も思い出したのだという事。

 全て、全てを琴里に告げた。

 

「京乃が……そう」

 

 士道の話を聞いた琴里は、眉を(ひそ)めてそう呟く。

 

「それで、士道はどう思ったの?」

「……本人から直接話を聞きたいと、思うが……聞きたくもないような……」

 

 士道にとっては、はっきりさせておきたい話でもあるが、あまりほじくり返したくもあり、出来る事ならそっとしておきたいという気持ちも存在していて、歯切れの悪い言葉になってしまった。

 琴里は吟味するように考え込み、その後ににやりと笑う。

 

「別に京乃に聞けば良いんじゃない?」

「んなあっさり」

 

 素っ頓狂な声を出す士道に、琴里は肩をすくめる。

 

「聞かないと何も変わらないじゃない。それが分かっているから、士道は前に進みたいんでしょう?」

 

 図星だったのだろう。士道は分かりやすく虚を突かれたような表情を浮かべる。

 

「私は別に、どうなったって構わないのよ。だけど……士道には後悔しないようにしてもらいたいの」

「琴里、お前……」

「やっぱりなんでもない。士道には異常ないようだし、仕事に戻るから」

 

 少し頬を赤らめて、琴里は少し慌てつつ椅子から腰を上げる。

 

「まだ休んでいた方がいいんじゃ」

「そんな暇はない。私は、ちゃんと私が憶えている内に、ファントム……五年前に私を精霊にした存在についての記録を纏めないといけないから。また、記憶を消されないとも限らないし」

 

 とは言えども士道に心配そうな顔をされて、琴里は少しの間の後に、仕方ない……と言った感じで、士道に声をかける。

 

「私の事を(おもんぱか)ってくれるなら、京乃から話を聞いてきてくれないかしら。彼女もファントムについて知っているかもしれないしね」

「そ、れは……」

 

 決めあぐねている様子の士道。そんな中で出入り口の扉が開き、そこから令音が現れた。

 

「琴里、要件は……おやシン、目が覚めたのか」

「は、はい」

「それは良かった」

 

 令音はいつも通りの眠そうな表情でそう告げ、その後に琴里を見る。連絡をしてきたのは琴里なのだから、その指示を仰ごうとしているのだろう。令音の視線を受けた琴里は小さく頷いた。

 

「令音。士道を京乃が居る部屋に連れていってくれない?」

 

 

 

 ♢

 

 

「令音さん。京乃がここにいるんですか?」

「そうだね。そして京乃は君に会いたがっているようだ。……何かあったようだが、大丈夫かね」

「……はい」

 

 そうかと淡々と告げた令音は小首を傾げると、小さく頷いた。

 

「ならば、ゆっくり話してみるといいかもしれないね」

 

 大きく深呼吸をする。そして心の準備を整えてから、ノックをすると、カチャリと音がなり扉が開いた。

 そこには少し大きめの白衣を着ている京乃が居て、気まずそうな顔で、士道を中に誘導した。

 

 

 その表情、立ち振る舞いともに高校に入ってからの観月そのもので、混乱する。どうも、チグハグで噛み合っていないように感じられる。

 士道にとっての『京乃』とは、いつも笑顔で対応している奴だった。何だって完璧に(こな)すし、疲れをおくびにも見せない。ある意味折紙じみた所がある人物。……だと言うのに、今はそんな風には見えない。

 

「……令音さんからここがどこだか聞いたか?」

「この施設の事は、少し聞きました」

「そうか」

 

 少しというのがどれくらいの量なのかは計り知れないが、とにかく、フラクシナスの艦内にいても驚かない程度には知っているらしい。

 ならば、すぐにでも話を切り出すべきかと京乃の見る。

 

「その、だな……お前に聞きたい事が……」

()()()()

 

 遠回しに聞こうとしていた事を相手にあっさりと突きつけられたようだった。

 今まで何度か名前を呼ばれる事は確かにあった。でも、今日のそれは言い間違えでは済まされない、だろう。

 

「全部思い出したんですよね」

「あ、ああ」

 

 戸惑いながら、士道は頷く。京乃の様子からは、士道が記憶を取り戻している事への確信めいたものを感じ取った。

 それなら、京乃はどうするのだろうか。

 あの時のように冷たい言葉をなげかけられるのだろうか。それとも……

 

「本当、すみませんでした。謝って済む問題ではないと分かっています。それでも、私は……」

 

 士道の予想に反して、彼女は頭を下げて謝った。その背中は普段に増して小さく見える。

 一瞬呆気にとられた士道だったが、すぐに困惑した様子ではありながらも制止の言葉をかけた。

 

「あ、頭を上げてくれ。まだ頭の整理が出来ていないから京乃の口からこうなった理由を聞きたい。……今日までのお前の態度は、全部演技だったのか?」

「そんな事は、ないです。私は、ずっと本心で君に接していて……」

 

 何かを耐えるように服の裾を強く握り、もう一度士道に向き直る。

 

「夢だと思っていました。君と仲が良かったなんて事実は存在しないのだと。君は憶えていなかったから、尚の事そう信じたくて。

……でも、本当だった。私が、目を逸らしていただけだったみたいで。君とまともに関わるようになったのは高校に入ってからだと本気で信じていて、だから……私が知っている事は、君とそう変わらないと思います」

 

 それを聞いてなお、士道には分からなかった。高校に入ってから同じクラスで過ごしている中で、京乃は士道の事を嫌っているのだと、殆ど無意識に思っていた。しかし、接していく内に勘違いだったのだろうと感じるようになったのだ。

 しかし、それは高校で入ってからの事で、その前京乃が士道の事をどのように思っていたのかは分からなかった。

 きっと出会った当初は悪く思わなかったからこそ士道と一緒に居たのだろうが、ずっと過ごしていると人の悪いところが見えてくる。だからこそ、あの日に京乃の我慢の限界が来て、そうなってしまったのかもしれない。

 

「お前は、京乃はあの時……本当に俺を嫌っていたのか?」

「そんな事は、ないです」

「だったら何であんな事を言ったんだ?」

「……君に、私から離れて欲しかったから。それに、私の事を嫌いになって欲しかったから……です」

「どういう事だ?」

 

 京乃は今、士道の事を嫌いではなかったと明言していた。なのにも関わらず、離れてほしい、嫌いになってほしいなんて言葉をかけられる理由が分からずに、士道は困惑する。

 

 京乃は暫く躊躇うように沈黙していたが、ふっと表情を緩めると、ぽつりと口を開いた。

 

「……中三の時、クラスの子達からちょっとした悪戯をされていたんです」

「悪戯?」

 

 その言葉に違和感を感じ、士道はオウム返しに口にする。京乃はその言葉に頷き、自傷的な笑みを浮かべる。

 

「たとえ些細なからかいだとしても、君は自分の事のように心配してくれる。それが分かったから、嫌だったんです」

「俺に心配をかけたくなかったって事か?」

「……私が士道くんに、心配?」

 

 京乃は微かに目を見開くが、すぐに元の表情に戻り、苦々しく首を振る。

 

「それは少し違うかな。知られたら、私は君に失望されてしまうって、そう思ってたんだ。私は、等身大の私を見てほしくなかった」

「なんで、そんな」

 

 乾いた声音での問いかけに対して、京乃は目をそらしながら話を続ける。

 

「君は私にとって守るべき存在だって、ずっとそう思っていました。だからその逆が、私にはどうも辛くて。……軽蔑をされたくはなかったし、同情でさえもされたくはなかった。ただ私は、君に助けられたくなかっただけなんです」

 

「君は優しいから、理由もなしに私の事を嫌いになってくれない。だけど理不尽な事を言えば、私の事を嫌ってくれると思って。それに、私から離れてくれると思って。そうすれば……私はどこにだっていけると、そう信じていたんです。それだけの為に、私はあんな事をしたんです」

 

 そんな訳ないのに。手を握り締め、吐き捨てるように言うと、やはり呪詛のように言葉を連ねる。

 

「自分を守る為だった。だって、君には私の弱い所なんて見せたくなかったから。それだけで私は君を傷つけるような言葉を放ったんです。だから、私は最低で」

 

 士道が何かを言おうと開けた口は、言葉を紡ぐ事なく空気を洩らすだけだった。

 否定は出来なかった。あの時に感じた胸の痛みは、思い出しただけで辛くなった。小さな時から一緒に居た存在、士道の事を肯定してくれた口から言われた否定の言葉は、世界が黒く塗りつぶされるように、突き放されたように感じられた。

 言われた時は何を食べても味がしなかったし、それから数日、もぬけの殻にでもなったように何も感じれなかったというのは紛れもない真実だった。

 

 士道が言い返さないのを見て、京乃は何かを諦めたような笑みを浮かべて、続きを話す。

 

「何の慰めにもならないだろうけど、君が落ち込み続けてしまわないように、ショックから立ち直れるように、私はとある存在と約束をしたんだ。

それが君から私と言う存在の記憶を消してもらう事だったんだけど……きっと、私が約束を守らなかったから、君の記憶も戻されちゃったんだね」

「約束って」

「白い宝石のようなものに触る事でした」

 

 最近聞いたような話だった。琴里も赤い宝石のようなものに触って、そして精霊になったと言っていた。

 琴里はそれに触れ、京乃はそれに触れなかった。ただ、触れていたのなら……精霊になっていたのかもしれない。

 

「触らなかったんだな」

「もう、逃げたくなかったんです」

「……そうか」

 

 逃げたくない。その言葉に、いかほどの重みが込められているのかは士道には計り知れない。しかし、彼女なりの意思の重みを感じ、士道は小さく頷いた。

 

「士道くん。私のエゴに君を巻き込んでしまった。私は、君の前から居なくなれる筈だったのに、ここまでややこしい事になってしまった。だから、そう。きっと私は……謝るべきだったんです。謝りたかったんです」

 

 そう呟くと、京乃は躊躇うような表情を浮かべて士道を垣間見る。

 

「私は君が私に側にいて欲しくないと言うのなら……引っ越しだって、します。お金が欲しいのなら払います。君の気の済む事なら、出来るだけ叶えたい。だからどうか、過去の事を、許してほしくて」

 

 絞り出すような、か細い声で京乃はそう告げた。

 この後士道が告げる言葉をなんでも受け止めようとするのだろうと察せるほどに弱々しく、今にも消え入りそうだった。

 士道は京乃の糾弾出来る立場にいる。京乃のいう通り、金をせびれば彼女の生活費から取る事が出来るだろうし、引っ越してほしいと言えばすぐにでも彼女の両親へと連絡をするだろう。

 

 今日、京乃から伝えられた事は、士道には衝撃的な内容だった。

 京乃がファントムらしき人物と接触していたという事もそうであるが、士道にとってはそんな事よりも、彼女の本心を知る事が出来たのが、一番の収穫と言えるだろう。

 

「今日、お前から話を聞けて良かったよ」

 

 だからこそ、士道はそう伝える。

 

「俺はあの時、お前に一歩引かれていると感じていたんだ。だからあんな事を言われて、そうだったんだって少し納得もしていた。だけど……違ったんだな」

 

 当時の事は、考えれば考える程に違和感を覚える。

 そのからかいとやらも気づく事が出来たのかもしれない。そんな思いが、士道の心の底に(くすぶ)る。

 

「昔の話を聞けて、それにお前の事を嫌なやつなんじゃないかって思わずに済んで良かったよ」

「わ、私なんて、ろくな人間じゃないですよ。長所なんて何もない無価値な人間で……だから君の側に居るのもおこがましくて」

 

 その言葉を聞いた士道は、どうも違和感に襲われた。

 高校に入るまでの京乃は、別に自信家だった訳ではなかったが、こうも自虐的な人物でもなかった。

 悪戯やからかいで、こうも変わるものなのかと考えてしまうと、どうも腑に落ちない。

 もしかして、自分は何か、重要な事を見落としていたのではないか……

 

 そこまで考えて中断する。

 今すべきなのは、京乃を問い詰める事ではない。そんな事は今じゃなくても出来る。

 自身の事を否定して、殻に閉じこもってしまいそうな彼女に肯定の言葉をかける事が、今の士道に出来る事なのだろう。

 

「それを判断するのはお前じゃない。周りに居る人達が考える事だ」

「……周りにいる、ひとたち」

「それに、お前がお前自身の事を否定してやらないでやってくれ。そんなの……自分が傷つくだけだろ」

「そ、れは……」

 

 納得しようとしても、出来ない。そういった表情で京乃は(もく)していた。

 

「無価値な人間……か、俺も思っていた事があったな」

 

 士道の言葉に、京乃は首を傾げる。到底そうは見えないとでもいいたそうな表情だった。

 

「親に捨てられて、自分に存在価値なんてないんだって思っていた時、お前と出会った。両親や琴里と同じように、お前が俺の存在を肯定してくれたんだよ。照れくさい話ではあるが、お前と一緒に過ごす時間は俺にとって、確かに価値のあるものだった」

 

 きっと、その筈だ。誰に否定されようと、その事実は士道の中からは消えない。

 

「だから、お前がお前の事を否定するのなら、俺がお前の事を肯定する。お前の存在は無意味なんかじゃない。お前は、お前が思っている以上に価値のある人間なんだ」

 

 言いきってしまった後、呆気に取られるような表情に、士道は少し恥ずかしくなったのか咳払いをした。

 

「少なくとも、俺にとってお前は大切な存在だ。その事を伝えておきたくてだな……」

 

 照れくさそうに、しかし確実に言い切った士道の顔を、京乃は見る。

 

「……私が、君の側にいて、いいんですか?」

「勿論だ。俺は今までお前の事を理解しようとしなかったのかもしれない。だからこれからは──もっと京乃の事を知って行きたいんだ」

 

 その言葉を聞いた京乃は、口を開いた。しかし、思ったような言葉も出なかったようだった。

 間もなく、京乃の目から一筋の涙がはらりと落ちた。そこからはこらえたものがあふれ出したように涙を流し、嗚咽も漏らさずに静かに泣き続けた。

 

 

 

 

 

 

 

「……ごめんなさい」

 

 数分後。泣きやみ、しかし目元を赤くした京乃は士道にそう告げた。

 

「何で謝るんだ?」

「……君の方が辛い筈なのに、私が……こんな被害者ぶるような」

 

 辛いのか、と言われれば士道にとっては分からない話だった。確かに過去の出来事は古傷のようにズキズキと痛むが、それよりも辛そうな京乃を見ていたら、どうもとやかく言う気になれなかった、というのが本心だ。

 

「本当は何でだって言ってやりたかったけど、京乃は謝ってくれたし、それに……あの時の事には、少し思う事もある」

 

「だから、気にしなくていいんだ。まあ気になるのなら……今度なんかジュースでも奢ってくれ。それでチャラだ」

「……それでチャラ?」

「ああ」

「……そっか。……君は、そういう人だったね」

 

 力強く頷いた士道に、京乃は少し目を瞬かせたあと、懐かしむような表情でぼそりと呟く。

 

「何か言ったか?」

「いえ……是非、奢らせてください。うんと高いジュースでも勿論構いません」

 

 ようやっと表情を和らげた京乃に、士道も安堵の笑みを見せ、先程まで張り詰めていた空気感も柔らかなものへと変わっていった。

 

 

 

「お前、さっき願いを叶えてくれたやつがいるって言ってたよな。そいつってどんなやつだったか覚えているか?」

「……分からないです。ノイズがかっているように見えて歳だって性別だって想像がつかない。目的も何も分かりませんでした」

 

 この言葉で士道はほぼ間違いなく、京乃が出会ったのは琴里が五年前に出会った存在と同じだろうと確信が持てた。

 京乃の話を信じるのならば、士道の身近な少女が一人だけではなく二人、精霊となっていたかもしれない。()()()()()()()()()()()()士道のもとに二人も、だ。それが偶然なのか必然なのかは分からない。しかし、これは琴里に確実に伝えなくてはならない内容だろうと士道は念頭に置き……そして、こちらを不思議そうに見る京乃に気がつく。

 

「どうして彼の事を知りたいんですか?」

「話は長くなるかもしれないが、それでも構わないか?」

「勿論です」

 

 即答した京乃に、士道は少し驚きながらも説明する。

 数ヶ月前、自分も知る由もなかった情報についてだ。空間震の発生原因が少女の姿をした精霊と呼ばれる存在であり、十香と四糸乃も精霊の一人であるという事。ASTは彼女らを殲滅する為に空間震が起こる度に活動しており、それとは反対に、士道とラタトスクのメンバーは、精霊を助ける為に活動しているのだという事。霊力を封印する方法などは気恥ずかしさが勝り、ぼかしながらではあるが伝え、京乃はそれらの情報を聞き終え、理解したのち小さく頷いた。

 

「……なるほど、そうだったんですね」

「そこまで驚いてないんだな」

「お、驚いてはいますよ? でも、君が精霊だと自称していた時崎狂三と接触していたのを見た時、少し違和感がありましたし、四糸乃ちゃんと一緒にいる時も、普通じゃ考えづらいような異常現象がよく起こっていたので……でも、やっぱりそうなら……」

 

 京乃の頭にはとある考えが廻っていた。士道と昔の事について話し合い、士道の口から告げられた結果、浮上してきた願い。しかし、そんな事を告げて迷惑にならないだろうかと、京乃は少し考え……そして意を決したように拳を握りしめ、口を開いた。

 

 

 

「士道くん、どうか私をラタトスクの仲間に入れてもらえませんか?」




大変お待たせしました。難産でした……

前回、前々回と話の流れに唐突感はあったかなと思うので、後々修正していければなと思います。
それと、高校以前のオリ主がどういった人物であるのか全然描写しきれていなかったので、次回を出した後にでも番外編という感じで投稿するかもしれません。

前回の話を投稿したあと気になったので、士道が気付くまでにオリ主が士道と幼馴染だという事に気付いていたかアンケ取らせてください。伝わってなかったら何かしらの形で修正加えておきます。


あとオリ主の挿絵とかって需要ありますか?
自分の絵なんてとても見せられたもんじゃないので、メーカーさんの使わせてもらってます。
もちろん今更挿絵なんていらない人もいると思うし、自分の中でなんとなくイメージを固めている方やなんかもいるかとは思うので、活動報告あたりに載せようかと思うのですが…(もっとももいろね式美少女メーカー様です)
一応前話の最下部にアンケ置いとくので、こちらもよろしければで構わないので、回答していってくださると助かります。

いつになるかは未定ですが、多分次回で事実上の最終話を迎えられると思うので、最後まで応援してもらえたら幸いです。

※すみません、うそこきました。内容膨れ上がってしまったので後2話で完です。

オリ主と士道が幼馴染だという事に…

  • なんとなくは気付いていた
  • 完全にそうだと思って読み進めていた
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