来禅高校のとある女子高生の日記   作:笹案

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エピローグ

 学校での生活も再度開始し、終わった後はラタトスクに行って、そんな日々の繰り返しで。今までとは違った形ではあるけれど、とても充実した日々ではあると思う。だからそれが私には嬉しくて、それだけで私は満ち足りているはずで。

 

「なあ、京乃」

「……ど、どうしました?」

 

 艦内で休憩しているときに、そう話しかけられて少し困惑した。

 

 未だに士道くんとうまく接せているか分からない。距離感というものを掴みかねている。

 高校まで士道くんのことを知らなかった私と知っている私。それまで当たり前だったものが崩れていって混乱してしまっている。

 それは彼も同様のようで、これまでは料理を教えてもらっていたのに、その頻度だって落ちてきた。私が前よりも多少は得意になっただとか、ラタトスクで掃除をしたり物を運ぶのを手伝うといった雑用をこなしているから時間自体がなくなったというのはあるだろうけど、多分それだけじゃないんだろうな……と思ったんだけど。

 

「デートしないか」

 

 真剣な顔でそう言われて、何事かと思った。

 何か真意があるのかもしれない。そう考えたけれど、私とそんなことをする理由なんて到底理解出来ない。それに、きっとそれは良くないことだろう。

 新入りではあるがラタトスクの方針を知ってしまった私にとっては、きっと拒絶しなければならないことだ。

 

「……その言葉は、十香ちゃんか四糸乃ちゃんに言ってあげるべきです」

 

 何をトチ狂って私を誘ったのかは分からないけど、問題しかないはずだ。だって、彼は十香ちゃんや四糸乃ちゃん、そういった精霊達の好感度を上げる為に活動しなければならない。その時間を私に割くなんてそんな世迷い言を垂れないで欲しかった。

 

「……デートってのは言葉の綾だな、すまん。ただお前と二人で出かけたいってだけだ」

「……私と二人で、ですか?」

「そう、だな」

 

 士道くんは神妙に頷いた。

 

「この前は腹を割って話したつもりだ。お前がラタトスクに入ったってのは……まあ分かる。なんか、うまく言えないんだけどさ……」

 

 ぶつぶつと何事かを呟いている士道くんだったけど、言いたいことが(まと)まったのか、こちらへと顔を向けた。

 

「……それなら、練習に付き合ってくれないか?」

「練習、ですか?」

「ああ。まだ、精霊達とどう接すればいいのか分かっていないし、それなら本番うまくいくように練習するほうがいいだろ?」

「それは確かにいいかもしれない……ですが」

「それに、前俺とデートする権利とかなんとかをもらってただろ? それを使うってことにしておけば、別に誰も文句は言わねえよ」

 

 確かにそんな物があったような気がする。士道くんが一番ドキドキした相手が一日士道くんを好きにしていいという権利。……あんなの事故だからとは思うんだけど、思い出すと恥ずかしい。

 

「明日学校休みだし、時間が空いてたらどうだ?」

「え、あ、あの……でも……」

 

 きっと断らないといけない。うまい言い訳なんて思いつきたくないけど、なんとか引っ張り出して口を開く。

 

「明日もラタトスクで仕事ありますし……その、やっぱり休みなら十香ちゃんや四糸乃ちゃんと出かけるべきなんじゃ」

「許可ならちゃんともらったぞ? それに今はそんなに忙しくないんだろ?」

 

 ……それを言われると確かに痛いんだけど、でも、私なんかが……

 

「ただ一緒に遊びたいってだけじゃ、駄目か?」

「その、喜んで」

 

 勢いに圧されて思わずそう言った。言ってしまった。

 

 

 

 

 何で頷いちゃったんだろう。そんなデートの権利とかなんて無効でいいとか言えば良かったのに……なんて、本当は理由なんて分かってる。本当は出かけたかったというだけなのだろう。

 私は、士道くんのことが好きだ。

 昔の、ファントムに記憶を戻されてなお、彼のことが恋愛感情として好きだ。むしろ、前よりも一層恋い焦がれてしまっている。

 せめて、昔のように戻れたら……なんてことも思ってしまう。だって、私には到底叶わない恋で、彼に合わせる顔なんてないのに。どうやって笑えばいい? どうやって話せばいい?

 私はいったいどうやって日々を過ごせばいいのか。今までは普通に出来ていたはずのことが、今はよく分からない。

 

 

「……寝よう」

 

 たとえ寝付けなくとも、目を閉じ、明日に備えないといけない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 けたたましく鳴るアラームを止めて目を開けると、それなりに約束の時間まで迫っていた。

 慌てて髪を()かして、お気に入りの服を着て、必要なものを鞄に入れる。時間の五分前に待ち合わせ場所の駅前へとたどり着いた。

 

 辺りはやけに賑やかで、楽しそうで。こんな日常ほ中に彼と二人でいてもいいのかと罪悪感が募る。

 でもそんな思いを悟られてはいけない。これは彼が私に望んだことなんだから、せめて楽しそうに振る舞わなれればならない。

 

「士道くん、待たせてごめんなさい。もっと早くに来れば良かったですね」

「いや、俺も来たところだから気にしないでくれ」

 

 それは本当なのかと、少し疑心暗鬼になってしまうけど……士道くんがそんな嘘をつく理由なんてないし、きっと本当なのだろう。

 

「それと、前々から思ってたんだが……これからはタメ口にしてくれないか? 十香や四糸乃には普通に話しているのに、俺相手だと敬語だからさ。少し、距離感じていたんだ」

「……良いんですか?」

「勿論だ、むしろ今までが他人行儀過ぎだった」

「分かりました。それじゃあこれからは……そうするね」

 

 そう口にすると、懐かしくてしっくりとくるような気がする。……昔はそうだったはずなんだから、それも当然といえば当然なのだろう。士道くんはどこか嬉しそうに表情を緩ませた。

 

「それにしても服似合ってるな」

 

 瞬間、顔に熱が集まるのを感じる。

 

「……?どうかしたのか、京乃」

「い、いえ!何でもありませんよ! ああ、あありがとうございます」

「そうか?」

 

 練習だって士道くんも言ってたじゃないか。それなのにこんなにも恥ずかしがっちゃ駄目だ。士道くんもそんなの望んじゃいない……はず。だから、照れくさいのを隠したくて、話題の矛先をずらした。

 

「士道くん、今日はどこに行く予定なんですか?」

「あー……どこに行くか決めてなかった。すまん、普段はラタトスクに任せていたから」

「全然気にしないで大丈夫……だよ」

 

 確かに士道くんは、基本的にラタトスクの指示にしたがっているだけだったようだ。それならこの状況もやむなしなのかもしれない。

 

「京乃はどこか行きたいところとか、何かしたいことはあるか」

「そう、だね……」

 

 恋人のようなことをしてみたい。少女漫画にあったような『あーん』だとか、手を繋いで歩いたり、一緒の服を着たり、同じイヤホンで好きな曲を聴いたりだとか。私の欲望なんてそこを尽きないけど、私としてはもうこの状況だけで、もう満ちているはずだ。だって、私は……五河君と一緒にいるだけで、嬉しいのだから。

 

 悶々とする気持ちを抑えて、(かろ)うじて自分だけの為ではないことをお願いしてみることにした。

 

「今度、四糸乃ちゃんと一緒によしのんの服を作る予定で。まだ材料とか買っていないので、それを買いたい……かな」

「手芸か」

 

 士道くんの言葉に頷く。

 私としても楽しみではあるけれど、四糸乃ちゃんから頼まれたことでもある。だから、そこまで問題はないはずだ。顔色を窺うと、やっぱりそこまでまずくはない選択だったのか、不機嫌そうではない。

 

「そんじゃ、まずは買いに行くか」

 

 士道くんの言葉に頷いて、連れ立って歩いた。

 

 休日ということもあってか、人通りが多い。向かい側から歩いてきた人の肩が当たり、よろけてしまった。

 士道くんとも少しはぐれてしまい、やっと人通りが少なくなってきたところで手を伸ばされた。

 

「……?」

「……はぐれるかもしれないし、手」

 

 士道くんと手を握ったことはある。でも、それはずっと昔の話だ。あ……でも、おにぎりを使ったときにも彼に手を掴まれたっけ。握った手は昔よりもずっと大きくって、思わずドキドキとしてしまった。

 

 やがて完全に人混みがなくなり、名残惜しいながらも手をほどいた。会話も弾まず、どうすればいいのかなんて分からなくて、無言で歩いていく。

 

 方角的に、天宮クインテットに向かっているのだと思う。駅から行けなくはない距離だし、それに色々な施設があるから、やることに困っても時間つぶしは出来るだろう。

 そんな私の推測通り、着いたのは天宮クインテットだった。

 

「確か品揃えいいお店あったから、そこ向かってもいいかな……?」

「おう、そうしてくれ」

 

 完全にこちらに一任してくれるらしい。少しほっとして、よく行く店に足を運ぶ。

 店内はそこまで人がいるわけではなかった。これ幸いと、なくなりかけていた糸をかごに入れ、生地のコーナーへと顔を出す。

 

「何が良いとかあるか?」

「指定はされていなかったけど、よしのんの服なら洗濯しても縮まない素材にしないといけない……かな」

 

 吟味する。

 

「……ああ、この糸とか布地とか」

 

 よしのんに似合うかもしれない。士道くんにも意見を聞こうと思って、彼の顔を見ると、なんだか不思議なものを見たような表情だった。

 

「……士道くん、どうかした?」

「いや、何でもないんだ。ただ、いきいきとしてるなって」

「……そうかな?」

 

 いきいきとしている、か。自分じゃ分からないけど、そんなものなのだろうか。

 なんとなく自分の頬に触れてみると、いつもは下がりっぱなしの口角が、不思議と上がっていた。

 

 

 

「あの、士道くん。琴里ちゃんにも何かあげたら、怒られちゃうかな」

「そんなことはないと思うが、いきなりどうした?」

「す、すみません。琴里ちゃんの誕生日近づいているのに、なにも考えてなかったので……」

「いや、謝ることじゃないぞ。お前がそうしたいっていうならそうするべきだ。琴里だって喜ぶと思う」

「そうかな、それなら……いいんだけど」

 

 琴里ちゃんは、ぬいぐるみとか好きかな。いやでもどうせなら実用的なものの方が喜ぶかな。なら……

 

「行き詰まってるみたいだな」

「あ、うん。琴里ちゃんって何あげたら喜ぶんだろう」

「お前、毎年琴里にはチュッパチャプスあげてなかったか。地元限定とか」

「……うん、琴里ちゃんなら一番喜ぶかなって思っていたんだけど……でも……」

 

 士道くんが琴里ちゃんにプレゼントしたリボン。それを彼女はラタトスクではいつも着けている。

 ……もちろん、士道くんからの大切な贈り物だからっていうのが一番の大きな理由だろうけど、それでも物を大切に使ってもらえるのなら嬉しい。

 琴里ちゃんとは関わる機会は多かったけど『士道くんの妹』としてしか接していなかったから……そう、そこはかとなく壁が存在していたのだと思う。その壁をなくす一歩として、チュッパチャプスのように、なくなってしまうものじゃなくて、手元に残してもらえる物を贈りたい。

 

 ……ハンカチとかどうだろう。日常使い出来るし、ついでにワンポイントで刺繍とかしてみようかな。

 そうと決めればと、彼女に似合いそうな色の生地を選び、会計を済ませる。

 腕時計を見てみると、あっという間にお昼の時間になっていたようだった。

 

「少し、そこの喫茶入って休憩するか?」

「う、うん。そうしたいな」

 

 カクカクと頷いて、士道くんに続いて店に入る。

 人はそれなりに入っているようだけど、雰囲気のいいお店だ。店員の案内してくれた席に座る。

 

「……飲み物を奢るって話だったので、ここの会計は奢ります」

「あ、確かにそういう話だったな」

「お昼もおごります」

「……まあ、それで満足するなら頼む」

 

 士道くんは苦笑いをして、メニュー表に目を通した。

 

「じゃあサンドウィッチとコーヒーで」

「コーヒーなら、この『スペシャルこれでもかコーヒー』でもどうかな?」

 

 見たなかで段違いの価格。コーヒーだけで4桁というのは中々のものだと思う。

 

「普通のブレンドコーヒーが良いな、俺は!」

「士道くんがそれでいいって言うなら、私としては構わないけど……」

 

 これでもかコーヒーって、何が『これでもか』なのだろう。味、それとも量?何か特殊なトッピングなのだろうかと気になっていたけど、値段も中々のものだし自分の分としては注文したくはない。今回はやめておこう。

 無難に紅茶、士道くんが飲みたいと言っていたコーヒーとサンドウィッチを二つ頼み、そして彼と向き合う。

 

「そういえば、よしのんの服を作るんだよな? どんな服を作る予定なんだ?」

「実は、まだ完璧に定めてはいないけど……」

 

 そう前置きをして、鞄の中からメモ帳とシャーペンを取り出して、イメージするものを描いていく。

 

「こんな感じかな?」

 

 季節ごとに着るものを変えるというのも大切かもしれない。もうすぐに夏本番が近づくから、涼しい色や素材を取り入れたつもりだけど、四糸乃ちゃんと同じような服にした方がいいか、それともよしのん専用の晴れ着でも用意したほうがいいのか……

 

「士道くんはどう思う?」

「え? ……ああ、絵結構上手いな」

「あ、ありがとう……ございます」

 

 思わぬ褒め言葉に、思わず敬語に戻ってしまった。

 

「こういうのは結構書いてるから……じゃなくて、こういうデザインってどう思う?」

「俺は服とかよく分からないし、あんまし具体的なアドバイスとかは出来ないが……いいんじゃないか?」

「本当?」

「おう」

 

 自分だけの意見じゃ独りよがりになってしまいそうだと思っていただけに、頷いてくれて少し安心した。

 

「作りたいって言ってたのは四糸乃ちゃんなんだし、それによしのんの好みだって、一番知ってるのは四糸乃ちゃんなんだから、彼女に聞いてみないと分からないけどね」

「そうだな……っと、来たみたいだな」

 

 店員が注文したものを届けに来てくれたみたいで、小さく頭を下げる。そして彼女が去っていくのを目の端で追いつつ、紅茶に口をつける。爽やかな風味が口いっぱいに広がり、少し乾いていた喉が(うるお)う。続けてサンドウィッチを頬張ると、シャキシャキとしたレタスの食感と、トマトやハムの濃厚な味が口いっぱいに広がった。

 

「……うん、美味しいね」

 

 でも、同じ物じゃなくて違うものを頼んだら良かったかもしれない。そうしたら食べさせあいっことか出来たかも……って、違う違う。

 

「どうした? 百面相なんてして」

「き、気にしないでください」

「そうか?」

 

 不思議そうにサンドウィッチを食べていた士道くんだったけど、そこまで気にすることじゃなかったのか、食べることに集中したようだった。最後の一切れを食べ終わると、コーヒーに口をつけて私へと話しかけてきた。

 

「このあとどこに行こうか?」

「少し、服屋に寄って行きたいな」

「服屋?」

「うん、そうそう。士道くんってよく行く服屋とかある?」

 

 そう尋ねると、士道は少し驚いた様子で私を見た。

 

「買うのって俺の服か?」

「うん。今後、ファッションとかにうるさい精霊も現れるかもしれないし……それに、自分の為に良いオシャレしてくれたら、それだけで嬉しいもんだよ」

 

 私なら嬉しいという主観で話してしまっているけど、きっとそういう人は多いんじゃないだろうか。

 

「俺がいい服着ても、着られている感じになるんじゃないか?」

「そんなことないと思うけど……それなら、私が選んでみてもいいかな?」

「京乃がか?」

「うん、客観的に見るとおかしかったりするかも……ですし。……でも、もちろん、最終的な判断は士道くんに任せます」

 

 私は近くにあった店に入っていき、士道くんもそれに着いてきてくれて。それで時間は過ぎていき──

 

 

 

 ……なんといえばいいのか。私は、すっかりと今日という日を楽しんでしまった。

 士道くんに似合いそうな服を見繕ったり、逆に士道くんが私に合いそうな服を探してくれたり、ゲーセンで格闘ゲームをやったり、食べ歩きをしたり。いつも一人でやっていることの延長線。

 

 プールや海、遊園地や水族館なんかの特別な場所に行った訳でもない。

 一人で行っていたり買い物をしている場所に二人でいる。それがどうも不思議で、嬉しかった。

 

 

 

 まだ初夏だが、夏の片鱗を見せている今日日。帰りに訪れた高台公園では、涼しい風が吹いていた。

 先程まで賑わった街の中に居ただけに、人が居ないこの空間は私にとっては凄く落ち着いて……ベンチに座った後は、風に当てられて、心地が良かった。

 

「疲れたな」

「そうだね、私もはしゃいでしまって」

「楽しかったな」

「うん、すごい楽しかった」

 

 士道くんは満足したように笑った。……私にはそれが理解出来なかった。

 

「どうして」

 

 その言葉は不意に出てしまったもので、一度漏れてしまえば歯止めが効かなかった。

 

「士道くんは、どうして変わらず私に接してくれるんですか? だって私は、君のことを突き放して……」

「あの時のことを気にしてないって言えば嘘になる。でもさ、京乃にも事情があったんだろ?」

 

 まるで全てを見透かされているみたいだった。

 

「今日は楽しかった。別に今日だけじゃない。昔から……それに高校に入ってからだって、お前と一緒にいるのは嫌いじゃないし、安心だってするんだ。それだけじゃ駄目か?」

「……ううん。駄目じゃない、と思う」

 

 私がそう言うと、士道くんは少し困ったように苦笑いをした。

 

「……なあ、京乃。少し思ったんだが、もしかしてお前がラタトスクに入ったのは罪悪感からか?」

「それもあるけど、それだけじゃないです」

 

 真剣な表情でそう言ってくれた士道くんに、私は首を振った。

 罪悪感がないかと言われたら、それも含まれているのは確かだろう。でも、私は……

 ベンチから立ち上がって、そして、すぐ近くにある見晴らし台まで歩く。

 

「私……昔からずっと、ここから見る夕陽が好きなんです。ここで見ると、なんだか今日も平和に一日が過ぎたんだなぁって思えるから、なのかな」

 

 一人で見るよりも、誰かと一緒に見るのが好きだ。特に士道くんと一緒に見るのが好きとは、まだ面と向かってはいけないけど、それでも大切な思い出となって私の中に残るのだろう。

 

「だから私がラタトスクに入ったのは、この平穏な日常を守るっていうのも大切な理由……なんだと思う」

 

 そう告げた後、私のことを語ってばかりで、彼のことは聞いていなかったなんて事実に気がついた。

 士道くんは意図して聞き手に徹しているような気がしたけど、それでも……私ばかりが話すのではなく、彼の話も聞いてみたかった。

 

「ねえ、士道くん。君はどうして精霊を助けたいの?」

 

 彼の口からは一度も聞いたことがなかった。だからこそ、聞きたいと思った。最初は不意をつかれたような表情ではあったけど、すぐに表情を緩めた。

 

「そうだな、初めは十香と会った時なんだが……」

 

 懐かしむような表情で、話をしてくれた。

 始めは絶望していた十香ちゃんを助けたかった、ということ。四糸乃ちゃんと出会った時には、心優しい少女が傷つけられる運命を変えたくなったのだと言うこと、時崎狂三と出会った時には、本当の彼女と向き合う覚悟を、琴里ちゃんが精霊だと知ったときには、彼女という大切な存在が殺されないようにする為に、彼はいつも彼女達に真正面から向かい合ってきた。

 

「……やっぱり、士道くんは士道くんだね」

「なんだよそれ、褒めてんのか?」

「褒めてるよ。その原動力だけで、命を賭けられるなんて、頭がおかしいんじゃないかって思う」

「やっぱり褒めてないだろ」

「褒めてるよ。そんな士道くんだからこそ、皆好きになっちゃうんだろうね」

 

 何度も命の落とし、臆したとしても立ち直って、彼女らを救ってみせる。そんな、ヒーローのような少年。

 その真っ直ぐでひたむきな姿は、きっと彼女たちの心を掴むきっかけにしては十分なものなのだろう。

 

「褒め殺しは、やめてくれよ」

 

 そう言って士道くんは顔をそらしたけど、それでも分かる程に彼の頬は赤く染まっていた。それがなんだかおかしくて、私は少し頬が緩んでしまった。

 

 それからは……二人で、夕陽が落ちていく様子を見ていた。

 もうすぐ日は完全に落ち、今日の楽しかったデートのひとときだって終わってしまう。

 

 ……終わってほしくない。そんな思いが芽生えてしまった。

 こうして二人で会う機会なんてなくなってしまうのだろう。私だって忙しくなってしまうし、士道くんにもやらなければならないことがある。

 精霊を全員封印するのなんて、いつになるのか分からない。今まで観測されている精霊は10人くらいのようだけど、それだって増える可能性だってある。

 だから、これが最後のチャンスになってしまうかもしれない。

 

「……どうかしたか?」

 

 浮かない顔でもしてしまったのだろうか、士道くんはそう声をかけてくれた。

 

「悩みがあるならなんでも言ってくれ。力になるからさ」

 

 士道くんはそう言った。彼が私の力になりたいと言ってくれたのは今日が初めてではない。でも、本当はその言葉が好きではなかった。

 理由なんて簡単なもので、負けたみたいに思えていたから。別に勝ち負けなんかじゃないのに、士道の力だけはどうしても借りたくなかった。

 

 でも……そう、今はその言葉が一歩足を進める理由になってしまった。

 

「悩みとは違うんだけど、精霊やラタトスクのことで考えごとをしてたの。人間に敵対的な精霊が現れたらどうしようとか、そんなこと考えてて……それで、初心に戻ろうって思って」

 

 そこで士道くんを見た。

 

「五河君、私がラタトスクに入りたかった理由は、実はもう一つあるんです」

 

 これを告げるのは完全にエゴになってしまうだろう。それでも伝えてしまいたいと思った。

 自分のこれからにかける思いを強固にする為に、そして……ひとまずの区切りをつける為に。

 

「私は君のことを助けたいんだ。罪悪感からではなく、義務感からでもなく。どういう形であれ、君の手伝いがしたい。だって私は──」

 

 風が哭く。心臓は飛び跳ねそうなくらいに脈打って、頭の中は既にぐしゃぐしゃだった。

 それでも私は……

 

 

 

「──君のことが、好きだから」

 

 まっすぐと士道くんを見つめ、そう告げた。

 

「そ、うか。ありがとう」

 

 彼は言葉に詰まった様子だけど、きっとそれが恋愛としての意味を持っているなんて、思ってもいないのだろう。でも、それでいい。私だって、士道くんが今それどころじゃないってことくらい理解している。邪魔やお荷物なんかにはなりたくなかった。

 それでもこうして告げたのは……きっと、ただのエゴなのだろう。

 

「お礼を言うのは私の方だよ。君がいなければ、私は……誰とも仲良くなろうとなんてしなかっただろうから」

 

 七罪と仲良くなれたのだって、『五河士道』という人間が居てくれたからだ。『五河君』が居たからこそ、私は前を向きたいと思うようになった。結局のところ、彼がいなければ私は……今も、ただ一人で過ごしていたのだろう。

 

「だから私は、十香ちゃんや四糸乃ちゃんと仲良くなれたことに感謝してるんだ。君に恩返しだってしたくて。だから、こうして恩を返せる機会を与えてくれたことが嬉しくって」

 

 実は、士道くんに許してもらえることは想像がついていた……のかもしれない。許してもらえたからこそ、辛かった。

 どんなに高いジュースを買ったところで、この心のモヤが消えるとは思えなかった。士道くんが許せても、私が自分のことを許せない。あんなことを言ってしまった、ということ、そしてこれからも酷いことを言ってしまうのではないか……と思えて、自分が嫌で仕方ない。

 それに、士道くんに堂々と気持ちを告げるなんてことは、私自身が許せない。結局は自分本位なのだろう。それでも私は、彼の役に立ちたかった。

 命だってなんだってかける。私が面と向かって彼に、士道くんに恋愛感情として好きなのだと告げられるようになれる日の為に。

 

「だから……胸を張っていけるように頑張っていきたいんだ」

「そう、か。応援するよ」

 

 士道くんはそう言ってくれた。表情は見れなかったけど、でも……その言葉だけで私は、前を向けるような気がした。

 

 息苦しい日々は終わりを告げ、それでもまた日々は続いていく。

 今までそうだったように、今後ずっと嬉しいことや楽しいことが続いていく訳じゃなくて、泣いてしまいたくなることや、時には絶望してしまいそうになることだってあるのかもしれない。

 それでも私は、士道くんと一緒ならどんな困難にだって立ち向かえるんじゃないかって思うんだ。

 

 

 だから……そう、手を伸ばした。

 今は届かなくても、きっといつか重なることを願って。

 

 伸ばした手は取られた。士道くんには大した意図なんてなかったのだろう。ただ、いきなり目の前に現れたから掴んでしまっただけ。それの証拠に、彼はどうして繋いだのか分からないように、不思議そうな顔を浮かべていた。でも、それでも繋がった。それがなぜだか泣きたくなって、それでも嬉しくて。その手を握り返し、あふれそうな感情に身を任せ、それでも心からの笑顔を浮かべた。

 

 

「どうか、これからもよろしくね」

「──こちらこそ、よろしくな」

 

 

 

 




これで当作は完結となります。更新間隔も長く、四年以上をかかってしまいましたが、なんとか形に出来てよかったです。至らぬ点も多かったと思いますが、今まで見てくださった方々、本当にありがとうございました。
今後の参考にしたいので、ぜひ評価感想つけてくださると嬉しいです。

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