来禅高校のとある女子高生の日記   作:笹案

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今回の話は13話と19話の補完話です。胸糞要素がありますし、完結後の話という訳でもないので嫌な方は見なくても構いません。あくまで、もし京乃が19話の時にファントムが霊結晶を受け取ったら…という仮定での話です。
アニメ範囲外(19巻まで)のネタバレあります。独自解釈もあります。ご注意ください。
人類の敵の話。


番外 京乃リバイバル
袋小路


 

 その日の朝、京乃は自動販売機で飲み物を買いに行き、狂三と士道が下駄箱にて話しているのを見つけてしまった。別に隠れることでもないのだろうが、二人の異様な雰囲気からただ世間話をしているわけではないことは明白であり、不安に思った京乃は盗み聞きをすることにした。

 距離がそこそこ離れているということもあり、大した内容は聴き取れなかったが、最後の言葉だけは明確に聴き取れた。

 

「……では放課後、屋上で」

 

 

 

 

 

 放課後、屋上で。そんな言葉が、授業中も京乃の頭の中を流れる。

 屋上は許可もなく立ち入れる場所ではない。そんな場所に待ち合わせるという事実だけで、どうにも疑いを持ってしまった。何も起こらなかったらそれでも構わない。それでも、自分も行かなくてはならない。見て、何もなかったということを確認したかった。だから自分も屋上に向かおう。

 よしとこぶしを握り、気合いをいれた。

 

 そして、放課後。京乃も士道同様に屋上へと向かおうとしたが、途中で強い倦怠感に意識が途絶えた。何とか意識を取り戻した後にまた屋上に向かおうとするが、ノイズのような人物、ファントムに声をかけられたことにより、足を止めた。

 

 ファントムは京乃に語りかける。士道を助ける力が欲しくはないかと、甘い誘惑を(ささや)く。

 確かに京乃はそれを欲していたが、こんな危険人物からもらうほど馬鹿ではないつもりだった。その為、すぐに首を横へと振った。

 

【……それは残念だ、観月京乃。約束は破るってことでいいんだね。君は賢いと思っていたのだがな】

「……え?」

 

 京乃は気の抜けたような声を出す。

 約束を破るとはなんのことか。いったい、何を言っているのか。そう思う心とは裏腹に、得体のしれない寒気がこみ上げてくる。……まるで、何かを間違えたとでも、言うかのように。

 

【そうか、そうだったね。それなら愚か者である君に、ひとつ“いいこと”を教えてあげるよ】

 

 一拍が空き、ファントムは口を開く。

 

【実はね、君が信じているその記憶は偽物なんだ。その証拠に、君はそのことを覚えているんだろう?】

 

 彼の口から何でもない調子で告げられた言葉は、京乃の今までを否定されるような、残酷な言葉だった。

 

「何、を……」

 

 偽物? 偽物っていったい、何のことだ。記憶が偽物。いったいなにが──

 

 否、京乃は知っていた。それなのに見ないふりをしていただけだった。そして……不幸にも、京乃は言葉の意味を理解してしまった。

 京乃には、士道と一緒に幼少期を過ごしたという記憶も混在していた。夢か(うつつ)か、分からないほどにあやふやだった境界線は、士道が京乃を憶えていないという事実だけで全てを決定していた。しかし、ファントムの言葉により、疑惑が膨れ上がる。

 

「ま、待って。私は、本当に……士道くんと昔から……」

 

 困惑したように声を上げる。

 

【私は君に二つの選択肢を与えた。どっちを信じるのも君次第だとね。そして、君は自分に都合がいい方を信じた。それだけのことだろうが……ふむ、最後のピースだけは埋めていなかったね。なら君に思い出させてあげよう】

 

 ファントムは京乃へと手を伸ばす。そして……封印されていた記憶が戻った。

 京乃がファントムと会ったのは初めてではなかった。忘れていただけで、昔中学の屋上で会ったことがあったのだ。そして京乃は精霊になることと引き換えに願ったのだ──士道の記憶から京乃という存在を消すことを。

 

 無情にも、そいつは言葉を続ける。

 

【観月京乃。君に最後のチャンスをあげるよ。それまでにどうするのが自分にとって最善か、考えておくんだよ】

 

 最後のチャンスも何も、京乃にとっては今が最善だ。そのはずだった。

 

【嫌われてしまったかな? それでも約束をしたからね。また来るよ、次はいい返事を期待しているからね】

 

 ファントムの言葉から、すぐに姿を眩ませようとしていることは明白だった。

 本来ならば、気にしない方が良いのだろう。ただの戯れ言で、すぐ忘れる努力をするべきだ。しかし……今の京乃にはそれが出来なかった。

 

「ま、待って! 聞く、貴方の言うこと、ちゃんと聞くから……だから、どうか……士道くんに、あんなこと思い出させないで」

 

 士道に嫌われたくなかった。もっともっと、たくさんの時間を共に過ごしたかった。

 京乃は震える声で、宙へと手を伸ばす。

 

【ありがとう、やはり君は賢明だね】

 

 そう言って、ファントムは京乃に向かって──(しろ)い輝きを発する、宝石のような物体……霊結晶(セフィラ)を差し出した。

 

【触れて】

 

 そんな言葉に、恐る恐る手に触れる。すると、霊結晶(セフィラ)が凄まじい輝きを放ち、空中へと浮かび上がり、京乃の胸元へと吸い込まれた。

 どくんと、心臓が大きく脈動した。不思議に思う暇もなく、脈が速くなり、息が荒くなる。先程の宝石がもう一つの心臓になり、今までとは異なる熱い血流を全身に放出するかのような異様な感触。

 突如、流れ込む力。それにより生まれ変わるような──否、侵略されているかのような感覚に陥った。

 恐怖、そして……悦楽。

 

【……やはり、さしたる適正はないんだね】

 

 事実確認をするように、淡々としたファントムの声が聴こえた。しかし、その言葉の真意を聞く前に、京乃の意識は途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、はは」

 

 次に目が覚めたとき、京乃は……京乃の姿をした何物かは楽しそうな笑い声を上げた。

 なぜだか、楽しくて仕方がなかった。今の彼女には恐怖心なんてものは存在しておらず、何かを壊すたびに快感が押し寄せる。

 しかし、気絶している士道の近くにいる狂三。顔と顔が触れ合いそうなくらいに密着している狂三を見て、歓喜の感情は鳴りを潜めた。

 狂三は、敵。偶然にも、狂三は弱っているようだった。だからそう、とどめを刺さなければならない。そう……思考は固定された。

 

「……京乃さん?」 

 

 何かに怯えるような、か細い声が聴こえた気がしたが、でも気のせいであると京乃は断じた。狂三は得体のしれない人物であり、そんな声を出すような人物ではないのだと笑う。

 

「貴女が悪いんです。貴女が、貴女が貴女が貴女が悪い」

 

 京乃は士道のことが好きであり、彼のことを守らなければならない。だからこそ……士道の敵である狂三を排除しなければならない。

 

 狂三以外の誰もが意識を失っていた。

 だから優先すべきは狂三であると、すぐに結論づける。狂三は影のようなものに逃げ込もうとしていた。

 見逃せない、許せない、許容出来ない。

 京乃は、まるで無垢な子どもが虫をいたぶって遊ぶように、狂三を追い詰めた。

 まずは足を使えなくし、そして腕をもいで銃を使うことを不可能にした。

 普段の狂三なら、難なくとは言えずとも切り抜けられる場面ではあっただろう。しかし、今の彼女は満身創痍であり、まともな霊力が残っていないことは明白だった。

 程なくして、狂三の動きは完全に止まる。

 

 狂三を殺した。それが京乃にとっての認識であった。つまり、士道の前に立ち塞がる敵は全て消えた。それで終わりの筈が、京乃の認識は狂ってしまった。

 強くなったことから出てきた自信、そして湧き出てくる破壊衝動、そして、エゴが肥大化した塊となり……京乃が今まで押しとどめていたものは、あまりにも呆気なく崩れさった。

 

 ──士道以外の全てを消さなければならない。世界も人も、全てを破壊し尽くさなければならない。

 だから、京乃は……何度も復活する琴里を再生限界がくるまで壊し、気絶して身動きの取れない十香を、真那を、最後に折紙を……全て、自身の障壁となりうる存在を消した。

 

 そして、ようやく……士道を見た。

 気絶していた士道は、騒音で起きてしまったようだった。京乃は愛しい士道の顔に手を添える。その瞬間、士道の顔は大きく引き攣る。

 京乃は不思議だった、ようやく邪魔者が消えたのに、士道がちっとも嬉しそうな顔をしなかったのが、不思議で不思議で仕方なかったのだ。

 

「誰なんだ!?違う、お前は違う!! 頼む……京乃を、あいつらを返してくれ!!」

 

 しかし、そう言われた瞬間──京乃の意識は覚醒した。正確には、元へと戻った。

 京乃は恐る恐ると言った様子で、辺りを見渡す。

 そこには……ただ、血だまりと皆の死体があるだけだった。 

 何故、そんなものがあるのか。誰がこんなことをしたのか。そんなことは議論する余地すら存在していなかった。そんなことをせずとも……自分がやったのだと、殺してしまったのだと、身体が、脳が、憶えている。

 

「あ、ああ……!」

 

 身体が、震える。

 大きな音がしたのを皮切りに、周囲から音が消えたような感覚にすら陥る。

 

 士道さえいればいいと思っていた。そのはずだった。

 でも、そんなことはなかった。全てが終わったあとに思い出すなんて、馬鹿らしい……十香たちと過ごす日々を愛していただなんて。

 

「ごめん、ごめんなさい……」

 

 京乃は繰り返し、そう呟いた。

 

「みんな、私、私は……」

 

 虚ろに呟き、ふらふらとしながら歩き、屋上のフェンスに手をかける。昔、飛び降りることは出来なかった。でも、今は止める人はいない。だから、迷うこともなく、飛び降りて……しかし、死ねなかった。精霊として生まれ変わった京乃の身体は、それくらいでは死ぬことが出来ないくらいに強化されたのだ。

 そのことを理解した途端、意識が遠のいていく。世界が真っ黒に染まっていく。

 駄目だと分かっているのに、眠りたかった。目の前の事象の全てが嘘で、目が覚めたらいつも通りの日常が始まるのではないかと信じたかった。そう……だからこの絶望に身を任せて──

 

【君に、一つ選択肢をあげよう】

「……」

【私に怪我を負わせることが出来たら、この場にいる全員を復活させてあげる。どうかな、君にとって悪い話じゃないだろう?】

 

 そこでようやく京乃は、目の前の存在を見る。

 やはり姿の見えない、ノイズがかった存在。自分を精霊に(いた)らしめた存在。この状況を創り上げた元凶とも言える存在。しかし、京乃は彼を責めるよりも気になることがあり、喉を震わせる。

 

「……ふっかつ、できるの?」

 

 ようやっと絞り出せた言葉が、それだった。

 

【私にはそれだけの力がある】

 

 それが虚言であるかどうかの判断は、京乃にはつかなかった。だが、霊結晶(セフィラ)はファントムから与えられたものであり、ファントム自身も人知を超えた力を……十香たちを生き返らせる力を保有している可能性は捨てきれない。だから京乃は、頷くほかなかった。

 

【そう。ならここからは……少し離れようか】

 

 辺りに指を鳴らす音が響いた。その瞬間、場所は学校から道路へと変わり……

 

 

「──〈輪廻楽園(アイン・ソフ)〉」

 

 そう、言葉は紡がれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大地が揺れた。それから世界は塗り替えられる。

 周りには、何もない。白と黒しか存在していないモノクロの世界。情報量が極限まで削られた、簡素な風景。

 京乃の背筋を、凄まじい悪寒が襲う。

 

「さて、始めようか」

 

 その声で背後に人がいることに気がついて、振り返る。

 

 そこにいたのは──あまりに可憐な少女だった。

 絹糸のように艷やかな銀髪。透き通るように白い肌。どこか物憂げな色を映す双眸さえ、彼女を彩る要素に過ぎない。

 少女が身に纏っているのは極光(オーロラ)の如き幻想的な色をした、ドレスのような霊装であり、その背には、一〇の星を頂く歪な光輪のようなものが浮遊している。また、少女の後ろには巨大な尖塔(せんとう)があった。ガラスのように無機質な表面、空を仰ぐようにして広がる幾つもの枝葉。そして、幹の一部が縦に裂け、そこから樹霊(ドリユアス)の如く少女の形をした何かが顔を覗かせている。

 

 京乃は、その少女をどこかで見たことがあるような気がした。どこで見たかは分からない。分からない、分からないなら問題がない。いや問題しかない。まとまりのない脳内。混乱しきった京乃だったが、口を()いて出た言葉があった。

 

「……神、さま」

「神か。私は〈ゼウス〉と呼ばれているが、それはただの識別名に過ぎないよ」

 

 少女は、少し悲しそうにそう告げるが、すぐに京乃に笑いかけて──

 

「──おいで、我が娘よ」

 

 慈愛に満ちた表情で告げた。

 

 京乃は、自分が人並み外れた強さを手に入れたことを理解していた。それでも、目の前の存在はそれを上回るほど……文字通り、次元の違う強さを有していることが伝わってしまった。

 

 勝てないと即座に分かった。それでも、希望があるのなら(すが)らずにはいられなかった。もとより京乃が招いてしまった事態。可能性があるのなら絶望なんて、している場合ではなかった。

 これは贖罪(しょくざい)の場。もし、自分が勝てないとしても……皆を戻す為ならば。

 

「──!」

 

 漆黒の天へと右手を掲げ、京乃は自分が知るはずのない単語を口にした。悲鳴じみた声に応じて、精霊にとっての武器……天使が顕現した。

 

 しかし、その瞬間に京乃の精神状態が揺らいだ。目の前の存在を殺せと、世界を破壊しつくせと頭の中に言葉が響く。

 呑まれるな、理性を手放すな。下唇を噛んで、何とかこらえる。

 

 少女は動かずに、ただ京乃を見守っている。

 様子見をしているのだろう。ただ、警戒しているというよりも、ただ単純に京乃の力を確認しようとしているだけのようだが。

 京乃は、全く警戒されていない状況に焦りを感じながらも、これは好機だと自分に言い聞かせて、少女の胸目掛けて攻撃する。

 

「随分と思い切りがいいんだね。でも、残念」

 

 少女に当たる前に、光線は消滅した。

 

「〈輪廻楽園(アイン・ソフ)〉では、私に攻撃することは出来ない。ここは私の世界、私のルールで構成されているからね」

「そんなの」

「私が意地悪をしているように見えるかな。でも、それくらい出来てもらわなければ……」

 

 話途中に、新たな光線が少女へと向かう。

 

「……大人しく話を聞く気はないようだね。君は案外激情家なのかな。真っ直ぐに進んでいくそれは美点であると同時に、どうしようもない欠点だ」

 

 少女は、軽くあしらうように自身へと向かう光の方向を捻じ曲げ、京乃へと向かわせる。しかし、当たる寸前に京乃の姿は光のように消えて、そして数メートル離れたところに姿を現した。

 

「……それも、能力の一つだね。君の意志に関係なく瞬間移動をすることが出来る。けれど──連続して攻撃を避けることは出来ない」

 

 京乃は、自身の胸元を見る。穴の空いた胸。

 何が起こったのか、理解が出来なかった。理解した途端、身体が痛みを訴え始め、立つことすら覚束(おぼつか)ず、倒れそうになる。少女は……今、己の命を刈り取る攻撃を与えた存在は、それでも優しい手つきで倒れそうな京乃を支えた。

 

「やはり、駄目か」

 

 少女の声を最後に、京乃は意識が遠のいていくのを感じた。

 もし、もしも過去に戻れたなら……決して霊結晶(セフィラ)に触れることなどなかっただろう。でも、過去に戻る手段なんてあるはずがなかった。

 京乃は目をつぶった。抱いている気持ちは諦観、そして絶望。そして最後に浮かんだ考えは……士道に対する謝罪の気持ちだった。

 謝っても謝りきれない。神がいるのなら、時を巻き戻してくれと、そう願わずにはいられない自分が情けなくて、それでも涙は流れなかった。

 

「ごめ……さ、しど……く……」

 

 

「今まで()()の側にいてくれてありがとう。今まで士道を守ってくれてありがとう。そして──お疲れ様、京乃」

 

 せめて、最後の言葉が自分を責めるものであれば良かったのに……京乃は、そんな願いも叶わずに。胸元から霊結晶(セフィラ)を抜き取られた瞬間、京乃の意識は途絶え……彼女の人生は幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 




全3話予定
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